Bullet・Hound
ep_02
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目次
~白から黒へ~
Bullet・Hound
( ビュレット・ハウンド )
それは……。空を自在に飛び交う天の猟犬……。
一匹の狗が……。雲を操る 10人と交戦した後の事。
ある知らせが入る。
知らせは音声通信によるもので、天の猟犬にとっては聞き馴染みのある声だったようだ。
応答を手短に済ませると、そのまま何処かしらへと飛び去っていく。
某所の一室に、1人の人物が訪れる。
1人の人物は、一戦交えて来たからなのか薄く汗ばんでおり、上半身の肌着を脱ぎ捨てる。
脱ぎ捨てられた肌着は、勢いよく洗濯カゴの中に投げ込まれた。
「 オープンッ !!ゲットォォォォォオ !!
うっし 入ったぁ !! 」
洗濯カゴを揺らす衣類がけたたましく音を上げる。
「 洗濯物は投げるなって言ってるでしょ !?
で…… ?回収は出来た ? 」
「 雲を操る擬似エンブレム型の HSBは全部で 10個。
しっかり持ってきたよ。
けどコレ……。外れっぽいな。 」
1人の人物は、部屋の中で待っていた女性に六角形のエンブレムを手渡す。
エンブレムは全部で 10個。
それぞれの表面には、各エンブレムの名称と思える文字がデザインされている。
デザインは類似のものだが、完全に同じ文字が羅列されている物は 1つも無かった。
女性は、六角形のエンブレムを 1つずつ手に取っては短い時間で吟味する。
そのかたわらで、作業着についた汚れを軽く払い落しながらも話始めた。
「 お義父さんが残した記録を集める事で、失踪した原因がわかるかもしれない。
今回はダメでも……。後退じゃない。
ハズレの選択肢が減っただけ。……へこんでなんていられない。 」
女性は静かに、それでいて力強く、六角形のエンブレムの 1つを握りしめる。
HSB……。正式名称は……。
Hidden Singularity Bullet
( ヒドゥン シンギュラリティ バレット )
いわゆる、技術的特異点が 1つの規格に納まった代物である。
常軌を逸したその性能は、現行の歴史や世界的な一般認識を打ち抜く銃弾として例えられるほどだ。
とある人物が、根幹部分を考案したのだが……。
考案者でもある第一人者……。石灰輝夫(イシバイ テルオ)は発表から何日も経たない間に失踪してしまう。
石灰輝夫の失踪は、世界の様相が大きく変わるタイミングを大きく遅れさせた。
それから、約 8年程が経過すると……。
至る所で、HSBを悪用した犯罪者があらわれるようになる。
criminalの登場だ。
( クリミナル )
現行の常識を逸脱した数々の所業は表向きには公表されず、都市伝説としてのみ処理され……。
criminalを襲撃する Houndの噂も同程度の時期から噂されるようになっていく。
締め付けられるような表情の女性に……。
1人の人物が落ち着き払った表情で応える。
「 まあ……。そうだよな。
さっきのは、そういうつもりじゃ無いけど悪かったな。
それで ?
さっきの入電の話は本当か ?
謎の黒い飛翔体が隠されている場所が判明したとか……。 」
1人の人物からの声に、女性の表情は明るさを取り戻す。
「 ごめん。ありがとう。
件の飛翔体は、世界各地で不定期に目撃されているけど……。
九割九分百里、間違いない。
一番新しい観測記録で洗い出した結果、着陸したと思われる場所はある企業の敷地内だった。
Coal so all
( コール・ソー・オール )
炭素を有効利用した、多くの商品が持ち味の企業ね。
件の飛翔体は各国の記録にも無いにも関わらず、その性能は異質そのもの……。
HSBが関与している可能性が極めて高い。 」
「 たしか、翼平面形が……。楕円翼で……。飛翔速度も音速程度には至ってるんだったか。
資金力がある企業のプライベートジェットってのは……。流石に無いよな。
今の時代に楕円翼なんて物好き過ぎるだろ。
それでいて現行の機体を軽く超える水準の性能を持つんだもんな。 」
「 調査通りの性能を発揮できるなら……。それほどの HSBなら……。今度こそ……。
私は……。石灰輝夫の娘……。
石灰愛理(イシバイ アイリ)。現実なんかに負けてられない。
入手経緯から絶対にお義父さんの手がかりをみつけて見せる。
もし、あの組織を探るなら……。
潜入も視野に入れる必要がある。 」
いつの間にか、女性の眼には強い意志が灯っているようだった。
1人の人物は先程と変わらず、落ち着き払った表情を崩さない。
「 大丈夫。
空は庭みたいなもんなんだ。何が相手でも ヘマはしないよ。
まかせとけって。 」
1人の人物は、女性と近しい間柄だからなのか、親しげに言葉を交わした後に親指を立てて見せた。
「 けど……。私だって力に成りたい。
だからね ?
これ……。用意したんだ……。
九字切加速装置( くじぎりかそくそうち )の調整をしてみたの。
デモ演唱を聴いてみて ? 」
「 ……演唱 ? 」
「 それじゃ 機動させるね……。 」
女性が何かしらの起動テスト用の操作を行うと……。
室内のディスプレイに専用の映像が表示され……。何かしらのデモ演出が流れる。
1人の人物は、この演出に見覚えがあったものの、所々で未知の何かを感じ取っていたようだ。
程なくすると……。裸足で害虫を踏みつぶしたかのような……。
そんな表情に変わっていく。
「 ……なんだコレ。 」
「 素敵でしょ ?
演唱が聴こえる間は、今までの比じゃないくらい性能が上がるから !
Bullet・Houndの名前に恥じない活躍が出来る筈 !! 」
女性の表情は既に、先程までの儚さなど欠片も見えない。
それとは真逆に……。1人の人物の表情は暗く重い。
「 つ……。使いたくねぇ……。 」
「 使え ! 」
「 嫌だ。 」
「 使え ! 」
「 嫌だ……。 」
「 使え ! 」
「 い、嫌だ……。前のに戻してくれ……。 」
この日、以降……。
1人の人物は近しい人物の想いを受け取って、潜入調査に赴く。
目的地は炭を扱った一大組織 Coal so all……。
この日……。mission code……。Coalが発令される。
……………………。
…………。
~表面張力~
ある技術事務職員の新顔が、戦闘技能錬成職員の女性と行動を共にするようになってから、1週間程が経過する。
技術事務職員の新顔は空地天彦(ソラジ アマヒコ)。
戦闘技能錬成職員の女性は鮫島夏美(サメジマ ナツミ)。
2人はこの日も、時間を見合わせて顔を突き合わせる。
場所は、すっかり行きつけになった店……。
鮮魚が美味しい珈琲屋……。店の名は……。いぶされ……。
Coal so allの最寄り駅、鉱ノ巣( コウノス )駅の裏通りの店が、馴染みの作戦会議室になっていた。
鮫島夏美は、黒のパイロットスーツを少しだけ気崩して、海鮮丼をかきこんでいく。
空知天彦の方は、カツサンドを注文していたが、注文の品がまだのようで……。
水の入ったグラスを口に運んでいる。
若者……。空地天彦は水を含みながら、これまでの 1週間程の動向を整理した。
「 僕らが探っている謎は……。
最近、目撃されているらしい不審者と黒い雨について……。
不審者が目撃されたのは、今日からだと 10日程前が最後。
黒い雨の方は、今日から見ても約半年程前から数回の頻度で観測されている……。でしたね。
で……。僕ら 2人で意見交換をするようになってからは、新しい情報も無し……。か。
これってどうなんでしょうね。
僕らの動向がバレて警戒されてるのか、それとも単純に次の発生が無いだけなのか。 」
若者が声の大きさを抑えながら、現在の状況についても言及する。
パイロットスーツの女性は、数秒程 沈黙した。
沈黙した後……。
光沢が綺麗な鮮魚の切身を口の中に放り込んで、飲み込むと口の周りを おしぼりで軽く拭き取って応答した。
「 どうもこうも……。
手がかりが無さすぎるだろ。
アタシらが共同で調べ始めてから、調度 1週間程度とはいえ……。こんなに進展しないもんか。
それとも、甲士の奴が話してたみたいに……。
本当は天彦の周りの、技術事務の連中の中でも隠している奴でもいるのか ?
そう言えば、天彦のところの先輩はどうだったんだ ?
何か無かったっか ? 」
堂々巡りの話題の中で、特定の何人かの人物が話題に上げられる。
特定の何人かは、資材倉庫管理兼整備職員の亀田甲士(カメダ コウシ)の助言によって視野に入った人物達だった。
それらの中でも特に顕著なのは……。
働き始めた時期と、黒い雨が観測され始めた時期が重なる人物。
日月六郎(タチモリ ロクロウ)である。
「 日月さんについてですか。
僕の主観が入りますけど、そんなに怪しいようには見えないんですよね。
確かに前は、いかにもな感じにも見えたんですけど……。
けど……。
仕事はそつなくこなしてますし、いろいろ教えてくれて……。
むしろ、いい人そうな。
かといって、村井さんも特に変な感じも無いし。
技術事務の他の方達も特にこれといってって感じです。
逆に……。
万が一の可能性として、ひな子さんの見間違いとかも考えたりして……。
例えば、見慣れない人物が不審者だとするなら、
不審者が目撃された時期に、技術事務の方で新しく働き始めた人がいないかも調べてはみました。
まあ、結局のところ、その時期に働き始めた人はいませんでした。
僕より 1つ前の時期に働き始めた人は 3ヵ月前の数人だけで……。
流石に見慣れない顔って感じにはならなさそうですね。
ひな子さんの事も鮫島さんの事も疑ってはいないんですけど、本当に進展がなくて……。
僕も歯がゆい気持ちです。 」
「 アタシの部署回りも改めて調べてみたけど……。
結果は、天彦と似たようなもんだ。
そうなると……。後は、警備からの情報に嘘が無いか直に確かめて、材料を増やすか……。
見えてる相手を狙うのは得意なんだけど……。
目標が直接見えないと、どう動いたもんか。
急がないとアタシらもマズいぞ。 」
「 マズい ?
どういうことです ?
誰かに妨害されてるわけでも無いですよね ?
何か危害を加えられる可能性でもあるんですか ? 」
「 炭祭りだ。
地域交流も兼ねた恒例の大型イベントが近いだろ ?
どこの部署も準備を進めてる筈だ。
大型イベントで多くの人や物の動きが有れば、情報が益々追えなくなる。
もし、何かしらの作為があるのなら、
炭祭りを挟んで、それ以前の情報の風化を狙っているのかもしれない。 」
ある方向に危機感が向けられた。
少しだけ緊迫した空気とは裏腹に、注文していたカツサンドが配膳される。
若者は、満を持して昼食に手を伸ばすが……。
思わぬ事象によって阻まれてしまう。
若者が持つ携帯端末に着信が入ったのだ。
「 あ……。
すみません。
ちょっと、外で電話してきます。 」
若者はカツサンドに伸ばす手を止めて、足早に外に出ていった。
パイロットスーツの女性は、物思いにふけるようにして海鮮丼の続きを食べ始める。
数分も過ぎないうちに、店の出入り口から誰かが顔を見せた。
その誰かは、若者では無く……。パイロットスーツの女性も見覚えのある無精な男だった。
「 お前……。鮫島じゃないか。
さては、ここがお前らの作戦会議室ってわけか ? 」
「 亀田甲士か……。
一応 言っとくけど、お前も容疑者候補の 1人だからな。
何しに来た ? 」
「 ハハッ。そうかい。
てか……。毎度毎度、出会い頭にフルネームで呼ぶのやめろよ。
俺はコーヒーブレイクしに来ただけだよ。
ただのチルタイム。
ところで、お前らの”ら”の方は ?見当たらないけど ? 」
「 外にいなかったか ?
天彦はついさっき、電話しに外に出たばかりだ。 」
「 いや ?
見てないな。聞かれたら困る話でもしてたりしてな。ハハッ。 」
鮫島夏美と亀田甲士は友好的なようで、どこかしら刺々しい会話を繰り広げる。
無精な男、亀田甲士は慣れた風にカウンター席に座り、注文をすませた。
更に数分経過して、空地天彦が戻らないまま……。
無精な男が注文した品が仕上がる。
亀田甲士が、蜂蜜入りウィンナー珈琲を幾度か口にした後、再び口を開いた。
その内容は、もちろん独り言ではなく……。
鮫島夏美に語りかけている内容だった。
「 空地天彦についての冗談は置いておくにしても……。
日月六郎については、耳寄りな情報がある。
知りたいだろ ?
見た所、今のところ目ぼしい情報に辿りつけていなさそうだしな。 」
「 甲士……。 」
「 確かアレは……。
日月が働き始めて 1ヵ月過ぎるかどうかって頃だったかな。
たまたま、その日は夜遅くまで仕事を手伝ってもらったんだ。
資材倉庫の中の片づけに人手が足らなくてさ。
で……。うちの部署の 1人が雑な仕事をしたせいで、アイツの近くに長尺な木材が倒れそうになった。
その時、近くにはアイツの他に、もう 1人女の職員もいたんだけど……。
2人とも資材で怪我をしなかったんだよ。
日月六郎が……。
直ぐに反応して、女の職員の手を引いてさ。資材から離れたんだ。
あの時、俺は遠くから一部始終を見てた。
俺が叫ぶよりも先に、アイツは反応して避難して見せたんだよ。
偶然動けただけかもしれないし、
うちの部署の 1人のアホが起こしたヒューマンエラーが原因で……。助けてもらった側ではあるんだけどな。
あの時の動きは……。
例えるなら……。戦闘技能錬成職員も顔負けの立ち回りだったと思う。
アイツを疑えとまでは思わないけどな。 」
「 何が耳寄りな情報だ……。
確かに驚きはするが、アタシらが探してる情報と関係なさそうなゴシップだろうが。 」
「 そりゃあ、そうだろ。
俺は前も話した通りだ。
社内の身近なゴシップで精神的な栄養を貰ってるだけだからな。
相棒を待ってる間の気分転換に程度なっただろ ? 」
日月六郎にまつわるゴシップが一通りの区切りを迎えると……。
店の出入り口から、若者が戻ってくる。
若者、空地天彦が亀田甲士と挨拶を交わすと、入れ違うように亀田甲士は会計を済ませた。
「 ま、そんな感じって事で……。
俺は良い感じにチル出来たし……。
昼休憩の時間も少ないし……。
展示物の仕上げもある。先に帰るわ。それじゃ。 」
若者は、どんな話が繰り広げられていたのか要領を得ないが……。
パイロットスーツの女性越しに、あらましを耳にしながらも、冷え切ったカツサンドに手を伸ばす。
ランチタイムの残り時間が刻々と迫る中……。
冷え切ったカツサンドが、若者の口の中の水分を奪っていく。
……………………。
…………。
~迫る日は~
若者、空地天彦が……。
鮮魚が美味しい珈琲屋で、冷え切ったカツサンドを口にしてから更に数日。
業務内容の大部分が炭祭りに向けての準備に変わる頃……。
若者は、日月六郎と共に業務に当たる。
業務内容は……。技術事務の全体が受け持つ共通事項の準備だった。
「 そう言えば……。
空地は忙しい時期に働き始めたんだな。
炭祭りの事はどれくらい把握出来てるんだ ? 」
デスクワークのかたわら、日月六郎がおもむろに話しかける。
空地天彦は、キーボード操作を止めることなく応答した。
「 恥ずかしい話ですが……。
僕の認識は、まだまだ浅いです。
えっと……。炭祭りは……。Coal so allの一大広報事業とも呼ばれていて……。
年に一度……。
鉱ノ巣市を盛り上げるイベントとして、地域でも親しまれているんですよね。
当日は、多くの無人航空機が展示用のショーを行う予定なんでしたっけ。 」
「 その通りだ。
1カ月も働いていないのに、なかなか知ってるじゃないか。
各部署でもブースを出すのが通例だ。
資材倉庫管理の部署なんかは、虫をモデルにした無人航空機の展示ブースを出すらしい。
展示の花形は……。
今年も戦闘技能錬成職員が操縦する僻地用の特機だろうけどな。
ちなみに、俺たち技術事務職員は、他部署の雑用と会場案内が恒例なんだと。
参加は俺も今年が初めてだ。一緒に頑張ろう。
噂では……。今年は他にも特別展示があるらしいぞ。 」
仕事内容に関連する、ささやかな雑談だった。
同じ室内の他の職員たちも特に気にする様子もない光景だ。
そんな中で……。
若者が半年程先輩の人物に、少しだけ踏み込んだ話題を放り込んだ。
「 あの……。日月さん。 」
「 ん ?どうした ? 」
「 最近、聞いた噂なんですけど……。 」
若者が放り込んだのは……。
空地天彦も極めて最近になって知った事柄だった。
知ったのは……。冷えたカツサンドを頬張ったあの日……。
亀田甲士の話を聞いた、鮫島夏美からの又聞きで得た話である。
日月六郎が、資材倉庫で見せた常人離れした立ち回りについての……。
その真偽を……。本人の反応から……。若者がうかがった。
当初こそ……。
日月六郎も少しだけ驚いたような表情を見せるが、直ぐに表情を柔らかく戻す。
一切の動揺が見えない眼差しで、落ち着いて受け答える。
「 その出来事は本当だよ。嘘じゃない。
あの時は必死でさ、何も考えてなかったかな。
けどもし俺が……。
戦闘技能錬成職員も顔負けの立ち回りを出来ていたとしたら……。
それを見抜ける奴も常人の感覚ではない……。かもな。 」
「 あ……。
すみません。変な事を聞いて……。 」
若者は……。自身が不躾な事をしたのだと思い直した様子だった。
バツの悪そうな若者に、日月六郎が別の話題を差し伸べる。
「 なあ、空地。
今年の炭祭りでは、特別展示があるかもって話しただろ ?
黒い雨とまではいかないけど、普段とは違うものが見れるかも知れないぞ ? 」
「 普段とは……。違うもの……。ですか。 」
「 だからもし……。
予期しない賑わいで会場がごった返しても良いように……。
今の内から、俺らが会場案内のマニュアルをしっかり用意しないとな。 」
若者が扱う業務用のパソコンのディスプレイに、日月六郎から贈られた共有資料が届く。
その中には、一般的な避難マニュアルも含まれていた。
若者が、共有資料に目を通している数秒の間を置いて……。
日月六郎が小声で話しかける。
「 それから……。
空地と戦技の鮫島が、2人で変な動きをしているのは噂になってる。ほどほどにな。
そもそも……。極端な話だが……。
一番自由に謎を作れるのは、公的にも一番影響力が強い奴だろ。
もしくは、一番影が薄い奴だろうな。
ま、冗談はこの辺にして……。
炭祭りの準備だ。口の倍以上に手動かすぞ ! 」
間近に迫るイベントに向けて……。
若者の精神的な方向性が固まり始めているようだった。
以降……。
空地天彦の周囲でも……。鮫島夏美の周囲でも……。共通の調査は一向に進まないままだったが……。
動揺にして……。新たな変事も一向に見られなかった。
時は進み……。
いよいよ、炭祭りの当日。
空の高い所で……。大きな爆発が起こる。
……………………。
…………。
~炭鉱夫~
炭祭り当日……。
鉱ノ巣市でも随一の広さを誇る、滑車公園( カッシャコウエン )。
Coal so allからも近隣の憩いの場は、炭祭りの会場として設営も終えており……。
各所のブースに至っても、いつでも稼働できるような状態だ。
既に、一般の来場者も多数入場しており……。今や遅しと、開会の挨拶を心待ちにしている。
予定では……。
開会の挨拶の時間を皮切りに、幾つかのイベントプログラムが進行して全てのブースが稼働を開始する。
開会の挨拶は期待が集まる大きな流れの始まりだ。
にもかかわらず……。炭祭り進行の裏では……。
緊急の予定変更が行われていた。
この日……。開会の挨拶を行う筈の人物が会場に顔を見せていないのだ。
Coal so all創設者であり……。最高責任者……。
コール・スミス……。
まさしく、今日この日に挨拶を行う予定の最重要な人物である。
どうやら……。代理の人物が当てられてはいるらしく……。開会の挨拶は定刻通りには執り行われた。
裏でのごたつきこそあったものの、無事にオープニングセレモニーが終わりを迎える。
いよいよ、年に一度の大型イベントが始まろうとした。
そんな頃合いで……。空の方で轟音が鳴った。
轟音が鳴るほどに……。少しずつ陽の光が薄らいでいく。
この日の天気は、どこの予報でも快晴とされていたはずだった。
けたたましい音を鳴らすのは、陽の光を遮る黒い雲のような何か。
何かの中で……。雷鳴が”がなる”。
黒雲のような何かを引き連れるように空を行くのは……。黒色の飛翔体だった。
飛翔体の翼平面形は楕円翼。
まるで、スピットファイア型の航空機を彷彿とさせる形状である。
Coal so allで働く人物の中では、僅かながら……。今回のような黒く暗い雲に見覚えがあった。
どよめきの声に紛れて、黒い雨の存在がちらつき始め……。
今さっきまでの賑わいが、少しずつ色を変えていく。
不安の声が少しずつ、増える中で……。1人の人物が人目の少ない場所を目指して走り抜ける。
1人の人物は、肩から首の辺りにかけて肩章がついた人物だった。
Coal so allで働くからには、この日の会場についても知り尽くしているのだろう。
最も人目が少ない場所を目指して一目散に走っていく。
「 やっぱ……。この日か……。デモンストレーションには調度いいもんな。
けど、何があっても HSBは悪用させない。 」
1人の人物は、機械仕掛けの手甲を片腕に装着する。
「 行くぞ……。
Blue Hound !! Release !!
( ブルーハウンド リリース ) 」
何者かが……。片手の分しかない機械仕掛けの手甲を動作させた。
上昇気流が巻き起こり、瞬く間に 1人の人物に硬質な鎧が装着されていく。
翼を抱くを独りの影が……。風をまとって空へと飛び立った。
独りの影は……。黒い飛翔体に接近していく……。そんな中……。
空を自在に飛び交う天の猟犬めがけて、黒色の弾丸が放たれた。
「 そんな挨拶代わり……。当たるかよ……。
一応、こっちから聞いてやる。
お前は誰だ ? HSBを使っているんだろ ? 」
「 フフフ……。狗は素早いものだ。
地上から約 5,000mの高度まで追いついてくるとはな。
噂はよく聞くぞ。
HSBを……。独占しているのだろう ?
その為に各地で暴れまわっているのだそうだな。 」
天の猟犬が、黒色の飛翔体と入れ違うように交錯した。
相互に弓なりの軌道で弧を描き……。背面を狙う……。
独りの影は……。HSBが持つ標準の機能により、黒色の飛翔体に音声通信で呼びかける。
「 好きに言ってろ。
もう一回だけ聞くぞ ?
お前は誰だ ? その HSBで何をするつもりだ ?
ポパイ計画に……。ストームフューリー計画……。
それから、ボーイング2707の開発記録……。
他にも多くの記録の内部情報を非合法な手段で入手してるだろう ?
下手な言い逃れはしない方が賢いんじゃないか ? 」
黒色の飛翔体は音声通信に反応して見せるが……。
穏やかな言葉選びでも友好的ではない物言いをしてみせる。
それどころか……。黒色の飛翔体は、天の猟犬の背面を捉え黒色の弾丸を浴びせた。
「 そこまで知っているのならば。
吾輩が返答するまでもあるまい ?
お前こそ……。吾輩の組織で何をしていた ?
技術事務の日月六郎よ。
いや……。これは偽名なのだろう ?Houndよ。 」
「 その弾も……。当たらないね。
何をしていたのか ?
それこそ……。お前も知ってるだろ ?
お前の身辺調査と……。炭祭りの準備だよ。毎日コツコツな。
コール・スミス……。
確か、これはお前の偽名だったか……。 」
「 小僧の今の姿が Houndと呼ばれているように……。吾輩にも今の名前がある。
今の吾輩は……。コール・スミスであり……。
Coal miner……。
( コールマイナー )
空を飛ぶ……。炭鉱夫である !!
吾輩の新たなる覇道は、今日この日から始まるのだ。 」
「 ……炭鉱夫が空飛んでんじゃねぇよ。 」
天の猟犬は臨戦態勢を取り……。
黒色の飛翔体に、静かな戦意を燃やす。
……………………。
…………。
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