Bullet・Hound
ep_03
- 前 回
- ----
目次
~mission code Coal~
後に……。日月六郎(タチモリ ロクロウ)の名で、某所に潜入を試みる 1人の人物が……。
衣類を投げ入れて、洗濯カゴを揺らす。
「 洗濯物は投げるなって言ってるでしょ !?
で…… ?回収は出来た ? 」
「 雲を操る擬似エンブレム型の HSBは全部で 10個。
しっかり持ってきたよ。
けどコレ……。外れっぽいな。 」
1人の人物は部屋の中で待っていた女性に、六角形のエンブレムを手渡す。
エンブレムは全部で 10個。
女性は、六角形のエンブレムを 1つずつ手に取っては短い時間で吟味する。
「 お義父さんが残した記録を集める事で、失踪した原因がわかるかもしれない。
今回はダメでも……。後退じゃない。
ハズレの選択肢が減っただけ。……へこんでなんていられない。 」
女性は静かに、それでいて力強く、六角形のエンブレムの 1つを握りしめる。
「 そうだよな。
さっきのは、そういうつもりじゃ無いけど悪かったな。
それで ?
さっきの入電の話は本当か ?
謎の黒い飛翔体が隠されている場所が判明したとか……。 」
1人の人物からの声に、女性の表情は明るさを取り戻す。
「 ごめん。ありがとう。
件の飛翔体は、世界各地で不定期に目撃されているけど……。
九割九分百里、間違いない。
一番新しい観測記録で洗い出した結果、着陸したと思われる場所はある企業の敷地内だった。
Coal so all
( コール・ソー・オール )
炭素を有効利用した、多くの商品が持ち味の企業ね。
件の飛翔体は各国の記録にも無いにも関わらず、その性能は異質そのもの……。
HSBが関与している可能性が極めて高い。 」
「 たしか、翼平面形が……。楕円翼で……。飛翔速度も音速程度には至ってるんだったか。
今の時代に楕円翼なんて物好き過ぎるだろ。
それでいて現行の機体を軽く超える水準の性能を持つんだもんな。 」
「 調査通りの性能を発揮できるなら……。それほどの HSBなら……。今度こそ……。
私は……。石灰輝夫の娘……。
石灰愛理(イシバイ アイリ)。現実なんかに負けてられない。
入手経緯から絶対にお義父さんの手がかりをみつけて見せる。
もし、あの組織を探るなら……。
潜入も視野に入れる必要がある。 」
いつの間にか、女性の眼には強い意志が灯っているようだった。
1人の人物は先程と変わらず、落ち着き払った表情を崩さない。
「 大丈夫。
空は庭みたいなもんなんだ。何が相手でも ヘマはしないよ。
まかせとけって。 」
1人の人物は、女性と近しい間柄だからなのか、親しげに言葉を交わした後に親指を立てて見せた。
程なくして……。更に幾度かのやり取り交わし……。
今回、相対する相手の情報に話が移ろっていく。
「 ところでさ今回の相手なんだけど……。 」
「 謎の飛翔体の持ち主……。もとい、パイロットが HSBの持ち主なんだろ ?
他にも何かわかってるのか ? 」
「 黒い飛翔体のおおよその着陸地点がわかってから、ついでに他の角度でも調べてみたの。
私も知ったのは、ついさっきなんだけどね。
公になってない程度の噂なんだけど……。
Coal so allの創業者……。
コール・スミスは、秘密裏に多くの機密情報を非合法に集めている可能性が高いみたい。
集められた計画の殆どは、航空機の開発記録や天候の人為操作に関連したものだとか……。
どういう経緯で流れた噂なのかもわからないし、証拠が見つかるまでは疑惑程度なんだけど。
もし、本当だった場合……。
使用されている HSBは恐らく……。
Yellow Canaryだと思う。
( イエロー・キャナリィ )
Yellow Canaryは、数ある HSB開発記録の中でも、炭を自在に扱える能力を持っている。
起動前後の形状も HSBの型もわからないけど、Coal so allの技術と一緒に使ったら……。
既存の航空機や戦闘機なんて太刀打ちできないかも。
炭ってイメージに無いかも知れないけど、空と親和性が結構 高いんだよね。
気を付けて。
……たぶん、危険な調査になると思うから。 」
作業着姿の女性、石灰愛理は……。古くなって痛んでいる紙の束から、1枚を抜き出す。
抜き出された 1枚の紙は、石灰輝夫が残した開発メモだった。
炭を操る HSBのアイディアや覚え書きが、走り書きで記載されており……。
その殆どは、本人だけが読める程度に崩れた字体で、
特徴的に強調された一部だけが、本人以外にも読み取れる。
石灰輝夫が残した多くの資料の中でも、ここまで崩れた覚え書きは数えるほどしかない。
読み取れる内容としては……。
HSBとしての名前と、そのコンセプトとなる大まかな能力のみ。
有用な情報は、殆ど無いのと変わらない。
変わらないとはいえ……。1人の人物の表情は……。決して揺らがない。
「 さっきも言ったろ ?
空は庭みたいなもんだ。
大丈夫だよ。
俺は愛理のお義父さんみたいに、急にいなくなったりしない。必ず帰ってくる。
お義父さんだって、絶対どこかで元気にしてるさ。
それに……。
それほどの相手だとしたら……。
それほどの HSBなら……。入手経路に、お義父さんの情報が含まれている可能性だって上がるだろ ?
百歩譲って危険かもしれないけど、それだけラッキーも隠れてるって !
HSBの悪用だって俺が止めさせないとだしな。 」
1人の人物は、微塵も不安を見せずに口角を上げた。
瞳の奥は力強く……。先を見据えている。
「 うっし…… !
俺、なんか気合 湧いてきた。
まずは、ドキドキの偽名考えないとな !
後は……。バレないようにキャラ造りか !?
偽名は……。実名の苗字から少しイメージとかで ずらしたりして……。
お日様の日と、お月様の月で……。日月(タチモリ)とかにするか。 」
ただただ……。
遊びに行くかのような……。振る舞いと口ぶりに……。
作業着姿の女性……。石灰愛理も表情を明るくする。
「 本っ当に……。バカだよね。危ないのにさ……。 」
「 俺が愛理の分も頑張ってくるだけだよ。
それはそれとして……。何事も楽しむ方が気持ちも楽だしな。
下の名前も思いついたわ。六郎……。
俺の偽名は日月六郎(タチモリ ロクロウ)だ !!
空の事は俺にまかせとけ。 」
この日、以降……。
1人の人物は近しい人物の想いを受け取って、潜入調査に赴く。
目的地は炭を扱った一大組織 Coal so all……。
この日……。mission code……。Coalが発令される。
……………………。
…………。
~炭素と空~
鉱ノ巣市( コウノスシ )は、滑車公園( カッシャコウエン )の上空……。
約 5,000m……。対流圏の中間の辺りで……。黒色の飛翔体に天の猟犬が相対する。
黒色の飛翔体の後方には、黒煙のような雷雲が広がっていた。
まるで……。厄災でも引き連れているかのように……。黒色の飛翔体が空を進む。
天の猟犬に黒色の弾丸が放たれる。
「 そんな挨拶代わり……。当たるかよ……。
一応、こっちから聞いてやる。
お前は誰だ ? HSBを使っているんだろ ? 」
「 フフフ……。狗は素早いものだ。
噂はよく聞くぞ。
HSBを……。独占しているのだろう ?
各地で暴れまわっているのだそうだな。 」
天の猟犬が、黒色の飛翔体と入れ違うように交錯した。
相互に弓なりの軌道で弧を描き……。背面を狙う……。
2つの軌道が風を起こしたからなのか、黒雲は少しばかり吹き飛ばされていた。
独りの影は……。HSBが持つ標準の機能により、黒色の飛翔体に音声通信で呼びかける。
「 好きに言ってろ。
もう一回だけ聞くぞ ?
お前は誰だ ? その HSBで何をするつもりだ ?
ポパイ計画に……。ストームフューリー計画……。
それから、ボーイング2707の開発記録……。
他にも多くの記録の内部情報を非合法な手段で入手してるだろう ?
……調べさせてもらった。
下手な言い逃れはしない方が賢いんじゃないか ? 」
黒色の飛翔体は、天の猟犬の背面を捉え黒色の弾丸を浴びせた。
「 そこまで知っているのならば。
吾輩が返答するまでもあるまい ?
お前こそ……。吾輩の組織で何をしていた ?
技術事務の日月六郎よ。
いや……。これは偽名なのだろう ?Houndよ。 」
「 その弾も……。当たらないね。
何をしていたのか ?
それこそ……。お前も知ってるだろ ?
お前の身辺調査と……。炭祭りの準備だよ。毎日コツコツな。
コール・スミス……。
確か、これはお前の偽名だったか……。 」
「 小僧の今の姿が Houndと呼ばれているように……。吾輩にも今の名前がある。
今の吾輩は……。コール・スミスであり……。
Coal miner……。
( コールマイナー )
空を飛ぶ……。炭鉱夫である !!
吾輩の新たなる覇道は、今日この日から始まるのだ。 」
黒色の飛翔体と、天の猟犬が互いに距離を離した。
相互に背面を狙う軌道は変わらないままだが、
弧を描く軌道の対局で、巨大な滑車をなぞるように飛び続ける。
天の猟犬が攻勢に出ようと、専用の武装を起動した。
起動音と共に、独りの影の手に銃剣が握られる。
『 meteor_No.9 !! ready !!
( メテオラ・ナンバーナイン !! レディ !! ) 』
「 炭鉱夫が空飛んでんじゃねぇよ。
ていうか……。今時、楕円翼なんて……。どういうつもりだ物好きめ。
マリーンレースにでも出るつもりか ? 」
「 フン……。
この形状はロマンだよ。
楕円翼は生産コストが高く、今の味気ない時代には忘れ去られたものだ。
だが、決して劣っているのではない。
最も、翼端渦の発生を抑えられる形状なのだ。
ロマンの翼平面形は、最も後方乱気流の発生を小さくする。……素敵じゃないか !
吾輩の愛機に相応しい !!折角だ。愛機の名を紹介しよう……。
コール・ファイア……。炭色の吾輩専用のスピットファイアである。 」
「 何が……。Coal Fireだ……。
直訳したら 石炭火災だろうが。 」
大空で巻き起こった、ドッグファイトは勢いを衰えさせないが……。
互いに、交わす言葉は未だに冷静そのものだった。
「 小僧……。コール・ファイアは炭を自在に操れる……。
コレがどれほどの事か想像できているか ? 」
「 自身があるなら……。言ってみろよ。
俺は更に上を行くだけだ。 」
「 炭とは……。いいや……。炭素は世界のあらゆるものに密接に関連する存在だ。
例えば、その結びつきが変わるだけで……。
黒鉛のグラファイトとダイヤモンドのように、まるで真逆の性質を再現できる。
高いモース硬度を誇るダイヤモンドは絶縁性をも合わせ持ち……。
逆に至極柔らかい性質のグラファイトは電気をよく通す。
全く逆の性質を持つ……。これらの材料は炭素だ。
そして、炭素は空気中にも二酸化炭素として大量に存在する。
燃やそうが水に溶かそうが決して無くなりはしない。
まさしく永久不滅の循環をする。
昨今では……。
航空機の外装部品にも軽量で強固な特性が重宝されている程だ。
無駄のない炭素を自在に操れる HSBならば、空でこそ無類の性能を発揮できるのである ! 」
コール・ファイアが突如として、機体を片翼の側に傾けて軌道の輪から抜け出す。
天の猟犬もまた、追従するように旋廻し……。引き離されないように食らいついた。
互いに、未だに有効打を狙える位置取りは出来ていない。
「 つまり、俺がお前を止めに来た予想は……。当たってたって訳だ。
そんくらいで別に驚かねぇよ。
今時は学校で習う範囲だからな ! 」
「 ならば……。これはどうだ ?
炭素を操れるコール・ファイアだからこその……。制空権の取り方について……。 」
「 人工的な気象操作の実験記録が、それに関わるってわけか ? 」
「 ただの技術事務にしては、予習が出来てるではないか。
その通りだ。
吾輩が築き上げた、Coal so allの技術をあわせる事で……。事が運ぶ。
今一度、教えてやろう。
吾輩の愛機 コール・ファイアは、炭を自在に操れるのだ。
コレを用いれば、空の変化は自由自在。
無数の炭素で大気中の水滴を重くすれば……。人工降雨が……。
巨大なカーボンナノネットを何重にも用いれば、風を凪ぐ即席の防風柵すらも出来る。
炭素が雨雲の発生を手伝えるのなら……。人工的な雷雲も作れるだろう。
狙った場所で EMP同然の電磁パルスも発生させられるのだ。
グラファイトの如き、炭素の雲で太陽光を遮れば……。地表も海面も冷えていき……。
季節外れの突風をも起こせるだろうな。 」
炭素を自由自在に操れるからこその、空での応用方法だった。
あくまでも、数ある応用の一部であるのだと……。
そんな風に思わせる口ぶりで、手元のカードが多い言い回しをしてみせる。
独りの影にとっては、それでも予定調和の様子だった。
「 だろうな……。
どれほどの影響範囲で扱えるかにもよるんだろうけど、本当に出来るなら……。
現代の空はあらゆるインフラが使い物に成らなくなる。
その後は、どうするつもりだ ?
インフラの独占で……。更に稼ぐのか ? 」
「 金などいらん !
吾輩が欲するは、唯一つ !
人間が減った、在りし日のロマンある空である。
誰しもが、空を行きかうのが当たり前の昨今。
管制塔のレーダーが無ければ、
直ぐに衝突事故を起こす程に、人工物が飛び回る現代の空が……。いかに汚い事か。
身勝手な人間によって……。
欲に超えた資本によって……。
鳥は時に、毒ガスを浴びる探知機にされ……。
時に、道楽として生命の種を捻じ曲げられ……。
今となっては、自由に飛べるはずの空すらも狭くされている。
人間の手によって、人間は地面に叩き落とすべきなのだ。 」
コール・ファイアの操縦席から、今までで最も感情のこもった声が発せられる。
HSBによる標準装備の音声通信を経由しているものの……。
その声には嘘や偽りは混じっていないようだった。
「 スミス、俺は正直なところ……。驚いたよ。
HSBは現代社会には過ぎた力だ。
当然、急にそれが現実に成れば、私欲だけに目が向く奴の方が多いと思ってたからな。 」
「 吾輩は……。ロマンと大義の為に空を飛ぶ。 」
「 けどさ……。
その大義を成すまでには、人工的で大規模な気象操作も辞さないんだろ ?
それじゃあ……。それまでの間に犠牲になる生き物も自然もどうでも良いのか ? 」
天の猟犬は真に迫った。
HSBを私欲のために扱う人物の……。裏側に触れようと手を伸ばすように……。
真面目な調子で言葉を並べる。
「 どうでも良いとまでは思わん……。
だが、大義の為の犠牲は。吾輩が背負うつもりだ。 」
「 スミス……。石灰輝夫って知ってるか ? 」
「 吾輩も HSBを扱っているのだ。知らぬわけが無いだろう。 」
「 俺さ……。少しだけ……。お前の事 関心したんだよ。
けど、やっぱダメだな。
お前がやろうとしてる事は……。俺がさせない。
お前のシンギュラリティも没収だ。 」
ビュレット・ハウンドの眼光が……。頭部のマスク越しに光った。
猟犬らしく……。獲物を見据えるように……。
「 フハハハハハハ !!
やってみろ 狗小僧 !!
その小さい身体で、コール・ファイアに打ち勝てるものか……。試してみるがいい。
空で……。天候すらも操り……。半永久的に飛び続けられるロマンの翼に適うものか……。
気の向くままに試してみるがいい !! 」
「 いい気になりやがって……。
天候操作も……。空の王者も……。天狗の専売特許だろうが。吠え面かかせてやるよ。 」
「 吠えるのは……。
狗の方であろうが !! 」
「 俺の常識だと……。人間も吠えるんだよ !!
特に、お前みたいな子悪党がな !! 」
ビュレット・ハウンドとコール・ファイアの飛翔速度は同程度だった。
天の猟犬が背面を捉えようと狙うが……。
肝心なところで、炭で出来た黒雲が照準の邪魔をする。
それどころか……。黒雲は大気中の水分を吸着しているようで……。
氷の粒がぶつかり合い、本格的に放電現象が発生しそうにまでなっていた。
雷雲の中を飛ぶのは、天の猟犬にとっても安全とは言えない。
コール・ファイアの方は、恐らくダイヤモンドの性質を利用し……。雷雲への対策はしているのだろう。
そうなれば、長期戦になるほど……。時間を稼がれるほど、どちらが不利になるのかは明かだ。
日月六郎を名乗っていた青年は……。
今日この日に備えて持ち込んだ物を取り出す。
片手には、専用の銃剣武装が……。
反対側の片手には、六角形の擬似エンブレム型の HSBが握られている。
飛翔速度を緩めずに……。
銃剣と、擬似エンブレム型の HSBを 1つずつ連結させていった。
『 Bullet point !! Cirrus !!
( ビュレット・ポイント !! シーラス !! ) 』
「 俺にだって……。雲を操る手段はあるんだぜ ?
meteor_No.9 !!
巻雲の如き軌道で……。撃ち抜け !! 」
「 ヌウウウ !?この追従性能は…… !! 」
9つの弾丸が……。飛行機雲のような尾を引いて……。コール・ファイアに命中した。
黒色の機体は、片翼に穴が空いた衝撃でよろめく。
機体から弾けた炭素が辺りに散らばり、周囲の視界をさらに暗くしてしまう。
それでも、天の猟犬の攻勢は緩まない。
「 まだまだ 俺の攻撃は終わらないぞ スミス !!
中層雲のニンボストラトゥス !!雨雲で……。周りの炭を洗い流せ !!
ついでに下層雲もだ……。
ストラタス、霧雲で炭素が局所に降り注がないように霧散させる !! 」
『 Bullet point !! Nimbostratus !!
( ビュレット・ポイント !! ニンボストラトゥス !! ) 』
『 Bullet point !! Stratus !!
( ビュレット・ポイント !! ストラタス !! ) 』
「 吾輩の炭の雲を…… !! 」
「 大気中の水分が炭の粒子で重く成ったら降雨になる。
これは、お前がさっき俺に話した事だろう ? 」
局所的に放たれた雲の弾丸が、炭で作られた黒雲をかき消していく
隠れる場が無くなり……。
飛行姿勢を崩してしまったコール・ファイアの背中に向けて、照星と照門が綺麗に並んだ。
「 後は……。翼に穴が開いたコール・ファイアだけだ !!
対流雲 !!キュムロニンバス !!
積乱雲の……。入道雲……。ビッグ・げんこつ・弾 !! 」
『 Bullet point !! Cumulonimbus !!
( ビュレット・ポイント !! キュムロニンバス !! ) 』
「 やるではないか !!小僧 !! 」
コール・ファイアの尾翼と、穴だらけの片翼だけが吹き飛ぶような……。
精密な狙いで、入道雲の弾丸が突き抜ける。
「 安心しろ……。地上に叩きつけられないように……。今すぐ回収してやるよ。 」
空の戦いは……。その広さに比べればあまりに小さく……。
炭祭りの会場から見えない位置で、1つの局面を迎えた。
……………………。
…………。
~黒炭のカナリア~
空の中心で瓦解を始め、高度を落とすコール・ファイアに……。
ビュレット・ハウンドが接近する。
「 安心しろ……。地上に叩きつけられないように……。今すぐ回収してやるよ。 」
人命と……。HSBの回収も兼ねて……。
天の猟犬が黒色の機体の残骸に近づいた瞬間だった。
機体の胴体を突き抜けるようにして、黒色の巨大な杭のようなものが出現する。
猟犬は、一瞬の判断で上空の方向に旋廻し身を反らす。
「 狗小僧が あのような技を、持っていたとは誤算だった。
だが、吾輩もコール・ファイアは奥の手では無いのだ。
流石に この程度は避けるか……。小僧 !! 」
「 スミス…… !!
まさか……。さっきまでのコール・ファイアは……。 」
コール・ファイアの残骸を破壊して現れたのは、特徴的な外装に身を包んだ人影だった。
黒炭色のゴーグルが、怪しい黄色のレンズで輝き……。
旧式のパイロットスーツのような形状の外装装甲で全身を武装している。
片方の手には、身の丈を超える長尺のロッド型の何かが握られていた。
ロッド型の何かの先端には、炭素の粒子が生き物のようにうねりながら集約されているようだ。
遠目で見れば……。黒色の旗がたなびいているかのように錯覚出来るような形状である。
旧式のパイロットスーツのような外装に身を包む、コールマイナーは……。
両足の膝の少しばかり下の辺りの突起から炭の粒子のようなものを噴出させているのだろうか。
単独でも空中で自立しており、地表に落下する様子は無かった。
「 そのまさかだ。
コール・ファイアは……。吾輩の HSBによって形作っただけの炭の塊といっても良い。
吾輩は……。コールマイナーは……。
単独で自立飛行が出来る。
カナリアの名を冠する HSBなのだ。自力で空を飛ぶなど当たり前だ。
Yellow Canaryに競合している技術的特異点は、主に 2つ。
半永久的に稼働する小型炭素循環炉……。そして高い相乗効果を持つロッド型専用武装。
Coal pillarである。
(コール ピラー)
ピラーの先端は炭素を自在に集積し、形状も思うがままに操れる。
独立飛行能力は小型炭素循環炉による莫大な推進力によるものだ。
この姿では、狗小僧程の速度では飛べんがな……。 」
「 ご丁寧にどうも。 」
「 まさか、コール・ファイアが落とされるとは思わなかったぞ ? 」
「 スミス……。空での戦いで スピードが出せないのは致命的じゃないのか ?
俺の武器はスピードと銃剣だ。
アウトレンジから攻撃能力を存分に発揮できる。 」
2人の距離は充分にひらいていた。
はたから見れば……。
仮にコールマイナーの方が、力いっっぱいフルスイングをしたとしてもピラーは届かないと思える距離だろう。
一方的に、猟犬の方が攻撃を仕掛けられるような……。そんな間がひらいていた
周囲では……。コール・ファイアの残骸や、霧散しかけていく炭素が不自然な挙動で散らばっていく。
「 吾輩もバカではない。
それを知った上で……。今も尚、勝利を確信しているぞ !狗小僧 !
止められるか ?炭の真骨頂を !!
吾輩の狙いを調べたのなら……。わかるだろう ?何ができるのか !! 」
「 コール・ファイアの残骸と……。大気中の炭が広がりながら……。高度を上げていく ?
まさか !?
汚ねぇぞ !!スミス !! 」
「 何が汚いものか……。
狗小僧、お前は事前に吾輩が何を狙い、
何ができるのかを、おおよそにしろ把握していたのだ。
そして、それを阻むために地上から 5,000mくんだりまできたのだろう。
ならば……。何も不意打ちでも何でもない。
これも正統な真っ向勝負だ。
吾輩を……。止めてみせろ !!
吾輩が……。熱圏の一部に DLCコーティングを施し、地表を冷やす前に !!
一度、コーティングが済んでしまえば……。地上も空も吾輩の思うがままよ。
ダイヤモンドの性質を高めてレンズを作れば……。夏を超える灼熱が……。
グラファイトの性質を高めて遮光すれば……。冬をも超越した極寒が地表に訪れるだろうな。 」
「 ふざけやがって……。 」
天の猟犬が身体の向きを反転させて……。更なる上空に顔を向ける。
即座に高度を上げようとした瞬間だった。
「 止めて見せろとは言ったが……。
狗小僧……。
吾輩に背中を見せるのは、具策だ。 」
「 しまった…… !! 」
ビュレット・ハウンドに炭素で作られた巨大な大鎌が振り下ろされた。
空の高い所で爆発が起こる。
爆炎は、大規模なもので……。灰燼が散っていくと、どうにか難を逃れた猟犬がチラついた。
「 なんだ……。今の破壊力……。Cloud emblemが……。壊された !?
HSBが物理的に壊されるなんて…… !! 」
「 吾輩も驚いた。
HSBは構造も特殊で、物理的に破壊は限りなく難しいと聞いていたが……。
小僧の奥の手を全て壊すとは……。 」
「 調子に乗るな。
爆発したのは全部じゃない。まだ……。雲は作れる。 」
猟犬は目視で炭鉱夫を見据える。
ゆっくりと 戦闘態勢を整えた。
「 けど、お陰で……。気持ちが落ち着いたよ。
お前を先に倒して……。あの炭素の断層を止めればいい。 」
「 奥の手を大量に失った狗小僧が……。吾輩に勝てるのかどうか……。
今の吾輩を相手取るなら、スピードだけでは意味がないぞ ? 」
「 そんなの、どうだって良いさ。
やるかやらないかで、全てが決まる時があるんだよ。
例えば……。今みたにな。 」
天の猟犬が握る銃剣に握力がこめられる。
炭鉱夫も身じろぎすらせず、これまでの調子を崩さない。
「 その心根は立派なものだな。
ところで、誰が呼び始めたのかは知らぬが……。
HSBを扱う者を criminalとよぶそうだな。
ならば 狗の小僧……。
お前もまた、私的な犯罪者ではないか。
吾輩の邪魔立てをする権利など無いだろう ? 」
「 否定はしないよ。
俺も criminalの 1人だろうな。
だがな……。HSBは誰かが誰かを悲しませるために産まれたんじゃない。
それに……。俺はハナから正義の味方のつもりですら無いんだよ。
俺は世の中を脅かす敵の敵だ。
そんで…… !!
俺はアイツだけの味方なんだ !!俺だって引けないものがあるんだよ !!
今言ったばかりだろ……。やるかやらないかで、全てが決まるってな !! 」
戦いの行く末は……。どちらに良い結果をもたらすのか……。
未だに見えない。
「 フフフ。全く……。その通りだ。
吾輩は決めたぞ。
今から、狗小僧……。お前を友として呼ばせてもらう !!
思う存分に闘おうでは無いか !! 」
「 勝手に呼んでろ……。ロマン親父が !! 」
互いに片方の手に握る武器の先端を向けて、宣戦布告の意思を体現しているようだった。
今、この一瞬でさえも……。
炭鉱夫が作り出した炭の断層は、熱圏の方へと向けて高度を上げていく。
猟犬にとっての勝利条件は……。
コールマイナーを倒し……。炭の断層を破壊する事。
相対する炭鉱夫の能力の限界地は未だに見えない。
……………………。
…………。
~天狗~
炭祭りの会場……。滑車公園の広場からも確認できる程の爆発が空の高い所で発生した。
会場は少しばかりどよめくが……。ある若者がマニュアルを元に案内に徹したからか大事にはなっていない。
自身の持ち場で奮起する若者の元に、見知った顔が訪れる。
いつの日か……。若者が お使いで持たされたファイルを受け取った、老齢の人物だ。
「 空地天彦(ソラジ アマヒコ)君……。だったな。
仕事中で悪いが……。今日は良いもんを教えに来たぞ。アレだ。 」
「 貴方は……。資材倉庫 02番の……。おやっさ……。
あ……。失礼いたしました。 」
「 いや……。その呼び方でも良いよ。
亀がたまに君の事を話してるからな。
アイツの影響だろう ?
まあ、そんな話よりも……。コレを持って来たぞ。 」
若者は咄嗟に、不意にしみついてしまった呼称を声にしてしまう。
要因は即座に看破されていたが、お構いなしに話は進む。
若者の不意の呼称で言う所の、”おやっさん”が手に持っているのは、見覚えのある薄手のファイルだった。
「 これは……。この前のファイル ?
けど、どうして……。 」
「 コイツはな……。博打の帳簿だ。
例えば、ドッグレースとか……。勝ち負けを賭けるのに使う。
なんとなく、今日は気が向いたからな賭けてみるか ? 」
「 賭け事ですか……。
普段なら、僕はしないたしなみですね。 」
意外な頃合いでの、意外な誘いだ。
若者は率直な心情を言葉にする。
「 お ?
普段ならって事は……。やってみるか ? 」
「 すみません。
やめておきます。
賭けたいものがたぶん、賭けの対象になってない気がしたので。 」
「 対象になってない物 ?
それはいったい……。 」
「 今日の炭祭りの成功ですよ。
この日まで、ある先輩からの助言を元に頑張りましたから。
二足のワラジ状態でしたけど……。
入社以来の大仕事を、しっかりやり遂げたいんです。 」
せっかくの誘いだったが、若者は賭けに参加しなかった。
若者が信望するものは、相性が悪すぎた。
ただ、それ以上に……。
「 確かにな、それなら皆、無事に終わる事しか考えないだろうからな。
賭けの対象にはならないか。
邪魔をしたな。
ワシは村ちゃんでも探す事にするよ。 」
1つの結果だけに気が向いていたようだったのだ。
意外な来客がその場から離れていくと、若者がイベントの案内や雑事に戻る。
何があっても……。無事にイベントが終わるように……。この日のために準備してきたのだ。
つい先ほど、断りを入れて姿を消した人物の分も……。
半年ほど先に働き始めた先輩の分も、今の仕事に殉じられるように。
若者は小さくつぶやく……。
「 日月さん……。頑張って……。 」
間違いなく何も知らないながらに……。その人物が無責任な人物ではないと……。そう思うからこその言葉が飛び出した。
……………………。
…………。
空の高い所で……。苛烈な攻防が繰り広げられる。
戦いの火花を散らすのは……。2人……。
片方は大きな翼を抱く、天の猟犬……。ビュレット・ハウンド。
片方は黒炭色の外装に身を包む、炭鉱夫……。コールマイナー。
猟犬の手には専用武装の銃剣が握られており……。遠中距離からは烈風の銃弾を……。
至近距離に迫ると剣撃による鋭利な猛撃を繰り出している。
炭鉱夫の方は、長柄のピラー型の武装を振り回して互角以上に渡り合う。
近中距離こそが特異な武装のように見えて、それでいて遠距離にも炭素でできた散弾を飛ばしては牽制射撃を行っていた。
両者の戦いは、空の上とは思えないほどに激しくぶつかりながら継続される。
既に……。どちらも装甲の一部が破損し……。消耗の激しさが目に見えてわかる状態だ。
「 うおおおおおおおお !!!! 」
「 ヌウウン !!甘いわ !! 」
何度目かの……。激しい接戦が強く火花を飛び散らせた。
「 流石に吾輩も息が上がって来た……。やるじゃないか……。友よ。 」
「 その呼び方やめろよ……。ロマン親父。
息が上がって来たなら、とっとと武装解除しても良いぜ ?
今なら地上まで安全に降ろしてやるよ。 」
ビュレット・ハウンドとコールマイナーは、互いに武器を向け合いながら言葉でも牽制した。
言葉通りならば、互いの限界は近いようで……。
両者の行動もその言葉と、大きく離れていないようにも見える。
「 フフフ……。冗談も秀逸か。
これほど楽しいのは久しぶりだ。
だが……。息が上がって来た頃合いならば。
吾輩も大勝負に出ようではないか。まだまだ元気が余ってる間にな。 」
「 そういう事かよ……。
けど俺も 乗っかってやる。俺のとっておきを見せてやるよ。
また、汚ねぇ手段で来ても……。俺が上を行ってやる。 」
「 今の吾輩は……。さっきまでとは異なる。
友を相手に、そんな手段を取るつもりは無い。
炭の断層も間も無く……。中間圏を超えて目的の高度に到達するのだ。
その前に心地よく勝利を納めようではないか。 」
決着は近いのか……。次の大きな動きが、各々の言動から予見される。
戦いが始まってから、さほどの時間は過ぎていない。
それでも、大きく消耗させてしまう程度に、つい先程までの攻防がひたすらに激しい。
「 スミス、1つ聞くが……。その大技は……。大量の炭素を集めて繰り出すのか ? 」
「 当然だ。吾輩のピラーは炭素を集約する。
既にわかっているだろうが、大気中の二酸化炭素すらも意のままだ。 」
「 そうかよ……。聞き飽きたね。
けど……。安心したよ。”九割九分百里”……。俺の勝ちだ。 」
日月六郎の偽名を使っていた人物が、自分自身以外の言葉を受け売りにして勝利を見出した。
あまりの口ぶりに、炭鉱夫の男 コール・スミスも、いささか警戒心を強める。
どちらも戦意が いよいよ高まったようで、大仕掛けをためらいも無く発露させようと動き出す。
「 随分な自身だな……。良いだろう受けてみるか ?
吾輩のピラーに……。集まる炭素が形作る !!
炭素の巨人の一撃を !! 」
先に動いたのは……。
炭鉱夫 コール・スミスであった。
だというのに、先に動いてない側が余裕の声を発する。
「 遅せぇな……。
九字切加速装置…… !! Release !!
( くじぎりかそくそうち リリース ) 」
ビュレットハウンドが、これまで使用しなかった切り札を動作させた。
切り札が即座に起動し……。これまでの飛翔速度とは比較にならない速度で空を駆ける。
天の猟犬は、炭鉱夫を捕まえて上空へと引き連れていった。
『 臨 兵 闘 者 皆 陣 列 前 行 !!
( リン ピョウ トウ シャ カイ ジン レツ ザイ ゼン ギョウ !! ) 』
「 ヌウウウウ !!?
この速度は…… !! 」
『 臨 兵 闘 者 皆 陣 列 前 行 !!
( リン ピョウ トウ シャ カイ ジン レツ ザイ ゼン ギョウ !! ) 』
「 意識を保つだけでいっぱいいっぱいだろ ?
背中を炭素で護らないと……。強化外装でも空気摩擦で熱いかもな……。
にしても……。やっぱ うるせぇなコレ。 」
『 臨 兵 闘 者 皆 陣 列 前 行 !!
( リン ピョウ トウ シャ カイ ジン レツ ザイ ゼン ギョウ !! ) 』
あまりにも強い重力加速度によって、コールマイナーは姿勢を維持するだけでやっとの状態だ。
「 何という速度だ……。吾輩が……。身動きできんとは…… !!
気圧の急変で、ショック状態にでもするつもりか ?
だがコールマイナーにそんな小細工は効かん !!
吾輩が直接動けずとも……。ピラーの先端に炭素を集めれば…… !!
炭素の巨人……。コールジャイアントを……。作り出せるのだ !! 」
「 まるで磁石に集まる砂鉄みたいだな……。
確かに、まともにやりあったら勝ち目は無かったかもな。
けどな、スミス……。気がついてるか ?
俺達が今……。何圏の近くに来てるのかだ……。 」
「 なに…… ?
バカな……。ここは中層圏の上層か !?
まもなく、地上から約 75Km程を超えるだと !? 」
「 正解だ。
お前は今、ピラーから生える上半身だけの巨人を作るために……。
ありったけの炭素を集めただろう ?
見覚えのある炭素が集まったんじゃないか ? 」
一瞬の出来事だった。
超加速飛行によって高度を上げた空の戦い。
その間にも、炭鉱夫が反撃の機会を狙ったわけだが、
反撃の一手にもちいるつもりだった材料が、予定と異なるものだったのだ。
対流圏で予定していた炭素の収集は、急遽として、強引に中間圏の上層で行われてしまったのである。
中間圏の上層は……。熱圏と数 Km程度しか距離が離れていない。
「 吾輩の……。炭の断層が……。DLCコーティングが……。消えてしまう !? 」
「 その通りだ。
後は、この高さから……。地表に急降下だ !!巨人を下敷きにしてな !! 」
『 臨 兵 闘 者 皆 陣 列 前 行 !!
( リン ピョウ トウ シャ カイ ジン レツ ザイ ゼン ギョウ !! ) 』
中間圏の上層と熱圏の境目付近では、地上から見る地平線以上に星の輪郭を鮮明にしていた。
視界の直ぐ近くには、熱圏の外側に広がる宇宙が見える。
「 フフフ……。ここまでは してやられたな……。
だが !!炭素の巨人の質量を只の加速だけで押し切れるものか !!
熱圏すれすれの高度から地表に堕ちるのは……。狗小僧 お前だけだ !! 」
「 速さは重さだ。
それにここは……。お前が得意な炭素も少ない熱圏の近くだ。
半永久のバカみてぇな推進力も元が足りなかったら、どうにもならねぇだろ ?
ついでに、お前はピラーの先端から巨人の上半身を生成している。
武器として振り回すには、重量には限度がある。
炭素は軽くて硬いのが持ち味なんだろ ?
なら……。推進力が弱いここじゃ、その弱点もカバー出来ない。
つまり !! 」
「 コールジャイアントが…… !!押し負ける !? 」
「 地上まで…… !!付き合ってもらうぞ !! 」
『 臨 兵 闘 者 皆 陣 列 前 行 !!
( リン ピョウ トウ シャ カイ ジン レツ ザイ ゼン ギョウ !! ) 』
けたたましく鳴り続ける、ビュレット・ハウンドの切り札の動作音が……。
意識を向けないと、聞き流してしまいそうになりつつある中で……。
戦況は、迅速に変わっていった。
熱圏の近くまで炭鉱夫を押し上げた猟犬が、
地球の重力圏内から離れ過ぎない程度に飛び上がってから、進行方向を Uターンさせたのだ。
これまでに無い程、大きく肥大化した炭素の造形物もろとも……。
地上の方角に向けて、一気に押し込む。
足場のない、高高度の空から……。炭鉱夫が……。地上に押し込まれはじめたのだ。
「 吾輩のジャイアントが…… !!燃えてしまう !!
それだけではないな……。
狗小僧……。お前の片翼も炭化しているぞ ? 」
「 当たり前だろ。
あんな物量を無理矢理にでも地球に向けて押し込んだんだ。
こっちもボロボロさ。
地表までには……。巨人君は燃え尽きそうだな。 」
既に互いに満身創痍で……。
地球の重力に任せて、落下するのみの状態だ。
ビュレットハウンドは片翼が黒く炭化しており、残った反対側の翼は元来の白色のため……。
なんとも妙ちくりんなアシンメトリーになっていた。
頭部を覆うマスクも加速装置の過度な使用が原因で、危険信号の赤色に発光している。
炭素の巨人は既に燃え尽きて……。二酸化炭素へとかえっていった。
「 スミス……。知ってるか ?
天狗ってのは元来、隕石が由来なんだってよ。
地表の近くで音を鳴らした流星が、天を駆ける狗として解釈されたんだ。 」
「 ほう……。
ならば今の吾輩達が、さしずめそういう風に見えるかもしれんな。
良い事を聞いた礼に。
吾輩からも教えてやろう。
多感芳香族炭化水素( たかんほうこうぞくたんかすいそ )……。
要するに、炭化水素の 1種だが、これらの種類は多岐に渡る。
考えの一つでは、宇宙が始まったとされる最初期から存在するとも噂される。
ふふふ。
このまま燃え尽きれば良い炭に成れそうだ。 」
「 地上まで目算で 7,000mくらいって所か……。さっきまで闘ってた高さが近づいてきたな。
スミス……。本当にもう何も出せないか ? 」
瞬く間にも、対流圏まで落下してきた 2人は……。
危機感があるような、無いような何とも言えない調子で言葉を交わす。
「 人間 2人分の推進力などは当然ながら無理だ。
吾輩は、もう役立たずの木偶の棒よ。 」
「 アレも無理か ?
カーボンなんとかネットとか……。ありったけの量で良い。出せないか ? 」
「 出せなくはないが……。パラシュートには弱すぎる。 」
「 出せるんだな !?
ここまで闘ったんだ、俺とお前の勝負はお預けだ。
もし無事に地上に戻ってからも、また同じことをするなら。
お前がどこにいても、何度だって今日みたいにしてやる。忘れんなよ ? 」
「 ふん。良いだろう。
吾輩は……。今日この日に一度 死んだものとして生きようではないか。 」
「 HSBの悪用さえしなけりゃ……。
どう生きようが、俺はどうだっていいが……。お前から没収するのは先送りにする代わりに……。
知ってる限りの情報を教えてくれないか ?
石灰輝夫についてだ。 」
それでも、変な所で頭がさえているのか……。
今後を見据えた会話を行う余裕が見え隠れしていた。
「 何か……。事情がありそうだな。深くは聞かんが……。
吾輩は Yellow Canaryをブローカーから買ったのだ。
独自のカルテルみたいなものだ。
吾輩が知る限りの情報は、お前の HSBのデータ領域に送っておこう。
さて……。そろそろ地上が近いぞ ?どうする ? 」
「 悪いな。恩に着る。
もう少しだ……。ギリギリまで堪える。合図を送ったらさっきのを頼む !! 」
両者は共に、投げやりなようにも見えて……。
要所毎に、冷静な側面を交えさせているようだった。
いつの間にか、この場を猟犬の方が指揮して目的を 1つに集約させる。
「 よし !!今だ !!ありったけのを頼むぞ !! 」
「 こんなものが……。ええい !!ままよ !! 」
「 下は任せろ !!積乱雲の入道雲だ !! 」
『 Bullet point !! Cumulonimbus !!
( ビュレット・ポイント !! キュムロニンバス !! ) 』
炭鉱夫は……。極々精密な炭素の網を上空の広範囲に向けて撃ち出す。
猟犬の方は……。今まさに 2人が落下する地表の方に向けて、積乱雲の塊を発射した。
「 産まれたての積雲に近い積乱雲が……。
地表から空に向けて緩やかな上昇気流を !?
小僧め……。自由落下の位置エネルギーに風がぶつかるようにしたのか……。 」
「 後は……。俺達が何処に叩きつけられるかだ……。
HSBの外装の強度と……。運を信じるのみ !! 」
大胆かつ鮮やかな荒技で……。落下の衝撃を少しばかり減退させたようだった。
落下した場所は……。海抜の高い山中にある湖らしく……。
着水と同時に、2本の水柱が立ち昇る。
猟犬の意識は一度……。ここで途切れるが……。
聞き覚えのある女性の声で、意識を取り戻した。
1人の人物は、湖畔に打ち上げられていたようで……。
近くには、誰かが人為的におこしたと思われる焚火が燃えている。
「 ねえ。聴こえてる ?
そっちの着陸地点は、把握できてるから今迎えに行くね ! 」
「 頼むよ愛理……。
今回は、流石にヤバかった。詳しい話は、後でまとめてする。 」
「 あ、そうだ。あのお祭り……。炭祭りは無事に終わったらしいよ。
良かったね。じゃまた後でね ! 」
生身の姿に戻った猟犬の近くに、他の人影は見当たらない。
この日の戦いが、これから先の大きな動きの起点となっていく。
この日まで……。日月六郎として活動していた猟犬の名は……。
赤星彗青(アカボシ スイセイ)……。
Bullet・Houndとして、陰ながら戦う男である。
……………………。
…………。
- 前 回
- ----