Bullet・Hound
ep_01
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目次
~空駆ける一~
気圧が入り乱れる季節の変わり目……。
ある日の昼下がり……。
日常的な喧騒があふれる街の路面店の前を、1人の人物が通りかかる。
「 ……クワズイモ、それにチョウセンアサガオか。 」
その人物は、店先に陳列された商品を尻目に小さく呟くと空を見上げた。
「 こいつらだって、何も悪くないのにな……。 」
1人の人物が物思いにふけるように言葉を漏らす。
程なくして、日常的な喧騒があふれる街に、霞が立ち込めていった。
不自然な白色が、手を伸ばした先さえも覆い隠してしまう。
市街を ひといきに飲み込んだのは雲だった。
層雲(そううん)……。
霧雲(きりぐも)とも呼ばれる下層雲(かそううん)の一種である。
「 フハハハハハ !!
よくやったぞ !!ヒロ……。ストラタス !! 」
混乱の声だけが広がっていく雲のどこかから、何者かの高笑いが響いた。
「 リーダー……。コードネームで呼んでくれないと……。困る。 」
「 そうだよぉ。ヤクモぉ。
わたしたち で かっくいい名前 考えた意味ないじゃん !! 」
「 うわっと !!今のはギリギリセーフだろ !?
リンコも俺の名前だすなよな !! 」
声の主たちは……。
自分自身と仲間の存在を匂わせながらも、大胆に動き出す。
市街を飲み込む程の、低高度に現れた場違いな霧雲の中を、複数の何者かが飛び交っていた。
「 どっちでも良いだろリーダー……。仕事だ……。 」
「 そうだぜ ?俺らの不可視の存在感……。たっぷり示してやろうぜリーダー。
今日は、景気づけのデビュー戦だろ ? 」
何者かたちは、なじみ深そうに声を掛け合い……。
場違いな霧雲の中で、何かしらに勤しんでいく。
市街地を雲で飲み込んだのは、まるで自分達であるかのような口ぶりだった。
彼等にとっては霧雲が視野を阻害していないようなのだ。
白一色の世界でも、ビルの壁や街並みの数々にぶつかることもない。
何者かたちは……。混乱する街の人々から、金品を奪っていく……。
「 そうだよな !!ムラクモ !!ナルセ !!
俺たちでやってやろうぜ !!今日から俺たちも……。最っっっ高っっだっ !!! 」
「 結局、いつもの呼び方に戻ってるじゃん。変なのぉ。
ヤクモぉ。そろそろ アレやろうよ。 」
白雲に包まれた街の中で、数人の若い声たちが少しずつ活気づく。
「 そうだな……。そうだよな !!
記念すべき初陣だもんな !! 」
今の事態を引き起こした若い声たちが、勢いを高める最中……。
突如として霧雲が吹き飛ばされた。
市街を隠したと思われる数人は、隠れる白を無くして、あぶり出されてしまう。
今ほどまで声を掛け合っていたのは、似たような格好に身を包む 10人だった。
「 なんだコレは !?
俺たちの雲が !!……吹き飛ばされた !?
まさか……。本当に奴が…… !?都市伝説じゃなかったのか !? 」
10人の中でもリーダー格と思われる声が、雲を吹き飛ばした存在に気がつくと、応戦の意思を示す。
「 こうなったら……。皆 !!
俺たち クラウディーズ・テン の底力だ !!
巻き毛の如き !!絹雲 !!俺の名は……。シーラス !! 」
「 うろこ のようなぁ 巻積雲。
わたしはぁ……。シーロキュムラスぅ。 」
「 次は俺か ?巻雲と層雲の良いとこどり……。巻層雲 ?だったな。
薄雲のシーロストラタスだ。 」
「 高き積雲……。叢雲……。アルトキュムラス……。 」
「 あ、えっと……。次は私ね !
高き層雲 !おぼろ雲のアルトストラタス !……よしっ言えた。 」
リーダー格の声が力強く名乗り上げたのを合図にして、残りの面々も続いていった。
名乗るたびに、10人はそれぞれに異なる姿勢を作って、力強さを示しているようにも見える。
しかし……。
何人かが名乗り上げたところで、上空の影が動き出す。
一陣の風が巻き起こると、似たような格好に身を包む 10人は吹き飛ばされ……。
すべからく生身の身体に戻されてしまい、突っ伏している。
「 卑怯だぞ貴様 !!
よくも俺たちの崇高な登場シーンを…… !!お前は……。いったい…… !? 」
10人は、何かしらを利用して姿を変えていたと思われるが、再起の力は残されていないようだった。
「 お前ら……。俺が誰だか知らねえのか…… ?
俺は Hound……。空は俺の庭だ。
……ってアホか俺は。こいつら子悪党と同じような事しちまった。
けど、どっちにしろアレだ。お前らが持ってる シンギュラリティは没収だ。
しょうもねぇ事してんじゃねぇよ。 」
翼を抱く独りの影は……。
いつの間にか、クラウディーズ・テンが所持していた何かしらのエンブレムを確保していた。
10人が再起不能であると確信したのだろう、Houndは颯爽と飛び去って行った。
ある空の高い所で……。多量の水の粒が飛び散った。
天気雨とも見まがうような光景である。
水の粒の一つ一つは太陽の光を乱反射させて、極彩色の輝きを断続的に発した。
天気雨、あるいは、きつねの嫁入りとも呼ばれる天候に似た景色の中で……。
高い空の一層に青い所を、何者かが翼を広げて飛び去っていく。
大きな翼を抱くのは人型の影……。
Bullet・Hound
( ビュレット・ハウンド )
それは……。空を自在に飛び交う天の猟犬……。
一匹の狗が……。この日も……。青空を背負う。
……………………。
…………。
~空の下で~
ある日の早朝。
若者が家を出る準備で躍起になっていた。
日常的な癖や習慣によるものなのか、視ていないテレビの電源は入りっぱなしで……。
部屋の床には乱雑な並びで、カタログが散らばっている。
テレビでは、数日前に起きた出来事が完結に報じられており……。
それによれば、どこかの市街で極めて短時間の濃霧が発生したのだとか。
濃霧が発生した街では、同時期に 10人程度の若者達が窃盗を働いていたらしい……。
だが、結局のところ窃盗は未遂で終わったのだそうだ。
濃霧が直ぐに解消された事と、10人程の若者たちが疲弊した状態で見つかったためである。
部屋の主である若者は、報じられた内容を掻い摘んで聞き流して、ある場所に向かう準備を急いだ。
若者が向かう場所は決まっている。
無意識にでも視界に映るカタログに、その場所の名前や情報が記載されているのだ。
Coal so all
( コール・ソー・オール )
……この地域で最も勢いのある企業で、今日この日から働ける。
こんな幸運の始まりの日に寝坊してしまったのだ。急がないわけにはいかない。
若者は寝ぐせもそのままにして、テレビを消して玄関の扉から飛び出した。
……………………。
…………。
交通機関の乗り換えの順序を組み替えて、ひたすらに走り……。
どうにか、初日の遅刻を回避できた。
「 ……お。……おはよう。……ございま……。 」
「 んん ?
もしかして……。今日からの新人君かい ?
その様子から察すると……。初日から寝坊でもしてたかな ?
ハハッ。
肝が座ってるなら頼もしい限りだ。
私は教育担当の村井だ。よろしくな。 」
「 ……い、いえ。
寝坊だなんて、空が気持ちよくて……。走らずにはいられなかっただけです !!
ほ、本当です !!
あっと……。
僕の名前は……。空地天彦(ソラジ アマヒコ)……。です。
本日よりお世話になります。よろしくお願いします !!村井さん !! 」
若者は教育担当の人物に引率されて、新しい職場の中に進んで行った。
各部署への挨拶と同時に、どこが何をする場所なのか……。建物の中の案内も行われ……。
若者にとっての初日は、流れるように移ろっていく。
約 1年ぶりの仕事だった。
若者は昼休憩が明けると、資材倉庫の方へと向かう。
つい先ほど、教育担当の村井から簡単なお使いを頼まれたのだ。
「 確か……。資材倉庫の……。02番の作業所だったっけ……。 」
若者の手には、薄手のファイルが保持されている。
別段、迷う事も無く、目的の作業所に辿り着くと、手近な人物にファイルを手渡した。
「 お疲れ様です。
今朝、顔合わせをしました空地です。
村井さんからこれを届けるようにと……。 」
「 それは……。もしかして……。
うんうん。間違いないね。
やっぱ、こうでなくちゃ。
ありがとう。
確か……。今朝、挨拶に来てた……。天彦君だったかな。
ちょうど待ってたんだ 助かるよ。 」
若者からファイルを受け取った老齢の人物は満足げな表情をうかべる。
「 いえいえ。
お役に立てたようで なによりです。
ところで、そのファイルはいったい……。 」
「 気になるかい ?
……けど、まだ早いんじゃないかなぁ。
どうしようか……。 」
老齢の人物が考えを巡らせていると、作業所の奥から誰かの声が聞こえる。
どうやら声は、急をようする知らせのようだった。
「 おい。おやっさん !!
V055 今度こそ動かせそうだ !! 」
「 おう !!亀 !!
今もどる!!
悪いな天彦君。少し忙しくなりそうだ。
次に新しく始まったら見せてあげるよ。村ちゃんによろしくな ! 」
老齢の人物から簡単にあしらわれる。
若者は手短に挨拶をかわして、02番の作業所を後にした。
教育担当の村井が待つ事務室に向かう途中……。
長い渡り廊下を通行していると、後方から何者かが駆け寄り……。
若者の背中を蹴り飛ばす。
若者の白衣のど真ん中に、26cm程の蹴り跡がハッキリと残った。
「 捕まえたぞ !!のぞき野郎 !!
今の飛び蹴りは、アタシの親友 ひな子の分だ !! 」
若者は目を白黒させて、自分自身を蹴り飛ばした相手の方を向く。
蹴り飛ばしてきたのは、黒のパイロットスーツに身を包む女性だった。
女性の姿勢は、だらしなさが微塵も無く……。
身体のラインが見えないパイロットスーツ越しでも、鍛えられているのだと想像するには容易い。
何よりも、若者が涙目になる程度の威力が、今の一撃に込められていたようだった。
「 いたた……。な、何をするんですか貴女は ! 」
「 こっちのセリフだ のぞき魔 !!
ここ何日か……。更衣室の近くで怪しい人影がいたのは知ってるんだよ。
いつまでも見逃してもらえると思うなよ ? 」
「 ぼ、僕は今日から働き始めたんですよ ?
何日か続いてるなら僕では無いですし……。それに、のぞきだなんて……。
絶対にそんなことしませんよ。 」
若者は自身が関与していない出来事なのだと、精一杯の言葉で訴える。
その様は、誰が見ても裏の無い真っ直ぐさが滲んでいた。
「 今日から…… ?
本当にそうなら、職員IDでも見せてみろ。
Coal so allで働くなら、誰でも持っているはずだ。
アタシは戦闘技能錬成職員……。
特機操縦技能だって履修している。
もし、嘘でもついたら、さっきの蹴りの百倍は覚悟しろよ ? 」
パイロットスーツの女性にとっては、若者の言葉の信憑性は薄かったのか……。
この場にいるあらましを追及させずにはいられないようだった。
「 僕だって職員IDは持ってますよ。
今日から技術事務職員として働いてるんです。ほらコレ !
村井さんからのお届け物で、作業所に行ってただけです。 」
女性は若者の手持ちのIDカードに視線を向ける。
「 職員IDは……。確かに今日の日付で交付されているな。
所属にも嘘は無さそうだ。
空地天彦……。か……。 」
IDカードを嚙みちぎらんばかりの獰猛な視線で睨みつける。
更に、数秒ほど時間が過ぎると……。
パイロットスーツの女性は目元を細めて、バツの悪そうな顔つきに変わっていった。
程なくして……。
これまでの非礼を何度も謝って……。事の経緯を話始めたのだった。
「 本っっっっ当に !!!すまなかった !!!
少し血が上ってたみたいだ。
配属早々に知りたくはないかもしれないけど、最近どうも変なんだよ。
不審な人影の噂はあるし、いつだったか黒い雨が降ったなんてのも聞いたし……。 」
「 不審者と黒い雨ですか……。
けど、因果関係なんて無さそうですけど……。確かに気がかりですね。
そういえば、友達のために怒ってたんでしたっけ。
えっと、名前は……。 」
「 すまない。申し遅れたな。
アタシは鮫島夏美(サメジマ ナツミ)。
得意分野はさっきみたいな荒事と、特機関連の操縦だ。
うちで開発研究をしている特機の試験操縦担当ってところだね。 」
若者が、この日から働き始めた組織……。Coal so allでは多くの部署が設けられている。
女性が所属する武将は、独自製品の中でも特殊で……。
僻地などで役立つ搭乗型の業務用機器を取り扱っているのだ。
耐久性が高く、柔軟な性質を再現できる炭素構造は……。
極寒地域の除雪車両や、高圧の深海でも多大な恩恵を再現できるのである。
それらの試作を類似の環境で試すには……。
人並み以上の体力と、非常時にも備えて常人離れした身体能力が求められるのだ。
パイロットスーツの女性はその職務に耐えうる人物なのだろう。
若者と簡単な自己紹介を済ませると……。
話は、先程までの大本に帰結していく。
若者は、前後関係を思い出しながら気になった点を言及した。
「 施設内の出来事なら、正式な報告ルートで監視カメラとかを見てもらうとか……。
それでもダメなんですか ? 」
「 確認はしてもらったけど……。
目撃例があがった時間と場所には誰もいなかったらしいんだ。
だから、見間違いじゃないかって……。
……だけど、ひな子は嘘をついていない。
自身の発言が、全否定されてアイツは気を落としてる……。
アタシが不審者を捕まえて証明しないと !! 」
パイロットスーツの女性……。鮫島夏美は、友人のために走り回っているのだと話した。
まるで、1匹のサメが魚雷のように進み続ける勇ましさと、危うさが漂う。
本人はそれらを自覚しているのかいないのか……。
よどみの無い眼差しで、若者に向き合っていた。
「 天彦……。さっきは本当にすまなかった。
見慣れない顔が更衣室の近くを通り過ぎたから早合点したみたいだ。それじゃあ……。 」
「 待ってください鮫島さん。
僕にも何か手伝わせて欲しい。
事情を知ったからには無かったことになんて出来ない。 」
「 気持ちは嬉しいけど……。
自分の背中を蹴り飛ばした相手に何かするなんて人が好過ぎるだろ。
これ以上、迷惑をかけるのはアタシも本意じゃない。 」
2人の間で、幾度かの言葉が行き交う間にも、空の景色は流れていく。
若者は、よどみの無い眼差しを切り捨てなかった。
「 別に迷惑じゃないですよ。
僕だって仕事の合間の、気が向いた時だけしか手を貸せませんし……。
大本の不審者にしっかり返したいじゃないですか。
僕らが巻き込まれた分の迷惑を ! 」
力強く……。
例えば、空と海が重なる水平線の向こう側のように目標が見えなくとも……。
若者は決意を言葉にする。
……………………。
…………。
~果て終わる日~
ある若者が……。
背中に 26cm程の足跡をつけられた日……。
1日の仕事を終えて……。再び、渡り廊下で顔を合わせる。
要件は唯一つ……。パイロットスーツの女性が探す謎の答えを探すことだった。
若者は、これまでを思い出して言葉を交わす。
「 で……。とりあえずの今日からって事で……。
昼と同じく、仕事終わりに渡り廊下に集まりましたけど……。 」
「 まずは、アタシが知ってる情報を改めて共有しようか。
まだ噂の域だけど、不審者が現れるようになったのは、最近の 1~2週間以内。
更衣室の近くで、ひな子が謎の人影を見たのは今日から 4日くらい前。
監視カメラの映像結果を聞いたのは昨日だ。 」
「 不審者の背格好とか……。外見の特徴はどうでした ?
あ、でも僕の背中と見間違えたなら……。
身長は 170cm前後で、似たような服装か……。
それこそ、Coal so allの技術事務職員の誰かって可能性もあるわけですよね。
一応、村井さんにも聞いてみましたけど……。
僕らと同じ程度の認識しか無かったです。 」
「 不審者がカメラにも映らずに、ひな子の前に現れただなんて……。
手がかりはどこに……。 」
不審者の情報を整理してみるが、情報が行き詰また事実に足止めをされてしまう。
若者は聞きかじったばかりの、もう 1つの変事に意識を向けた。
「 地道に目撃者を探すしか……。
そういえば、黒い雨はいつ頃 観測されたんですか ?
不審者との因果関係があるかはわかりませんけど、時期が完全に一致する日もあったんでしょうか。
この辺りの話題も、技術事務職員の中では情報が少なくて……。
なんだか旬の過ぎたゴシップ程度の関心しか無かったんですよね。
協力するスタンスなのに僕の情報量が頼りなくて……。すみません。 」
「 いや……。天彦が謝る必要はないよ。
手伝ってくれるだけでアタシも心強いんだ。
黒い雨は不審者よりも、もう少し前で……。
今日から遡るなら、たぶん 6ヵ月以上は前になるかな。
再発は以降、極まれに……。
それこそ、観測するにも発生時間が短すぎて気がつかれない程度なんだ。
こっちは、アタシも直に観測したから間違いないよ。
ひな子が見た不審者だって、見間違いじゃない筈……。
きっと、近隣で何かが起きてる。 」
鮫島夏美は目頭を細める。
若者……。空地天彦もまた……。情報の糸口をどこから探すか考え込んでいるようだった。
そんな折に……。異なる誰かが、場に加わる。
汚れた作業着姿の……。お世辞にも身ぎれいとは言えない無精な男だった。
「 アンタら こんな時間に何してんだ ?
技術事務職員と戦闘技能錬成職員にも残業があるなんて珍しいな。 」
「 貴方は……。どうして僕らの職種を……。 」
「 肩から首にかけて、肩章がつけられてるだろ ?
軍人でもないのに職種別の印があるんだから、それを見ればわかる。
それに……。こっちからしたら 2人とも見た顔だ。
女の方は、戦闘技能錬成職員の鮫島夏美……。
血の気の多い問題児。
男の方は、今朝 挨拶したよな ?
技術事務職員の新顔。空地天彦だろ ?
昼は おやっさんが世話になったな。
あのファイルは、年寄り連中の楽しみなんだ。届けてくれて助かるよ。 」
「 資材倉庫管理兼整備職員の亀田甲士(カメダ コウシ)か……。
今日もそっちの職員は残業か。
血の気の多いアタシなら、そっちみたいなブラック労働……。考えたくもない。 」
「 だろうな。
気の短い奴じゃあ続かないだろう。
で……。物珍しい組み合わせで何してたんだ ?
流石にデートなんかじゃないだろ ?
不審者も黒い雨も……。こんな場所じゃ手がかりも見つからない筈だ。 」
無精な男の観察眼は鋭かった……。
しかし、よどみの無い眼差しの女性もまた、気押せずに応対して見せる。
若者は、2人のやり取りの合間に短く言葉を挟むだけでも、やっとの様子だ。
「 02番の作業所で昼に呼びかけてたのは、貴方だったのか。
でも、どうして僕らの目的を知って……。 」
「 調度、周りに人がいなかったからな。
……本当に内部の誰かを疑うつもりなら、気を引き締めた方が良い。
時間の都合もあって、ここでの話し声は目立つ。
糸口を探すつもりなら……。良い視点が 2つある。
まずは、警備の監視カメラからの情報が正確なのか。
技術事務職員の中で本当に見識が浅い奴がいないのか。
それから、そもそも……。鮫島……。お前の友人は見たままの事を話しているのか……。
すまん。3つだったな。 」
「 甲士……。ひな子は嘘をついちゃいないよ。
だけど参考にはさせてもらう。
……ありがとう。
どうして そこまで肩入れする ? 」
よどみの無い眼差しの女性が、最低限度の反論と確認を行う。
無精な男は、散らかった髭の辺りが かゆいのか、小さく搔きながら応答する。
口元の表情は少しばかり緩んでいたが、目は座っていた。
「 身近で起きてるジャンクな娯楽を楽しみたいだけさ。
不審者はともかく、Coal so allで働く者なら怪奇な天候に興味を持つ方が普通だろ。
うちの組織は、専属の気象予報士を抱える程度には業務に関連しているんだ。
じゃあ……。そろそろこの辺で……。
こっちは残業がまだまだ残ってる。
いい気分転換になったよ。
こっちこそ感謝したい気分だ……。それじゃ頑張ってね。 」
一言で言い表すのならば……。
誰が見ても不敵な表情……。とでも言えば良いのだろうか。
どこか底が見えない言動を、短い時間のやり取りで示したのだ。
無精な男の後姿を、2人は数秒ばかり無言で見送った。
無言を断ち切って若者が口を開く。
「 ……亀田さんって、あんな感じの人なんですね。
本当に無関係なんでしょうか。 」
「 わからない。
悪い噂はきかないし、腕は立つらしいが……。腹の底に何かを隠していたとしたら……。
喰えない言動だろうね。
アタシもアイツの事は、詳しくないんだが……。
的外れな物言いでは無かったと思う。
天彦……。連絡先を交換しよう。
日と場所を変えて話し合った方が良いのは事実だ。
……今日はもう止めにした方が良い。 」
「 そう……。ですね……。 」
謎を再確認するしかなかった 1日だったが……。
危機感が足りなかったと、実感は出来たのだろう。
2人は早々に連絡先の交換を終わらせて、次の機会を見据える。
直ぐに後の事だった。
更なる別の誰かが……。その場に足音を近づけていく。
「 おっ。こんな所にいたのか。
空地 !探したぞ。
ん ?戦闘技能錬成職員の……。鮫島と一緒だったのか。
お前、初日から退勤処理忘れかけてないか ?ちゃんとやっとけよ ? 」
誰かの肩章は、若者と同一の物のようだった。
若者もまた、見知った相手だからなのか緊張の表情を少しばかり緩めている。
「 ええ !?
すみません !!直ぐに戻ります !!
ありがとうございます。えっと……。あっ……。 」
「 まさか、俺の名前か ?
朝、自己紹介しだろ ?日月だ。
日月六郎(タチモリ ロクロウ)。
お前の半年先輩だ。今度こそ覚えてくれよ ? 」
「 すみません。日月さん。
あの……。日月さんて……。働き始めて 6ヵ月くらい経つんですよね ? 」
普段なら……。何気ない世間話同然の会話だった。
にもかかわらず……。ある一点が……。若者の表情を再度、引き締める。
緊張の原因は退勤関係のヒューマンエラーではない。
その人物の……。勤続期間だ……。
若者の記憶では、黒い雨が始めて観測されたのは……。
約 6ヵ月程前。
「 はあ ?
今、そう言ったばかりだろ ?
半年 イコール 6ヵ月。それがどうした ?村井さんが言ってた通り、たまに変な奴だな。
まあ、俺は伝えたぞ ?
これから気をつけろよ ?
次は無いからな ?……なんてな !!
じゃ、帰るわ。お先ぃっ !! 」
若者が表情を強張らせている中……。
その人物は主観的なコミュニケーションを済ませて、その場を立ち去っていった。
日が傾き……。少しずつ薄らいでいく明るさの中で……。若者もまた自身の考えを表明する。
それは……。よどみの無い眼差しの女性が、先ほど口にしたものと限りなく近しいものだった。
「 鮫島さん……。
亀田さんが話していた視点は的外れではないと……。僕も思います。
日を改めましょう。僕らの認識以上に危険なのかもしれない。 」
ほんの一瞬の短い間だけ、冷たい風が吹き抜ける。
季節の変わり目を行きかう、気団の欠片だった。
……………………。
…………。
~来る日のカナリア~
地域の一大組織 Coal so all。
炭素を利用した数々の商品と、再生事業を主力に知名度を上げ続けては、その名を轟かせている。
影響力は大きく……。
地方の経済力を支える支柱の 1つでもある。
著名な主軸の事業としては……。
ワンストップの気象観測事業も保持しており……。
炭素によって軽量化と、耐久性の両立を狙った気象衛星 カナリアは、高い精度で気候の様子を観測している。
他にも、軽量化された炭素化合物による護身具や、航空機器の外装部品の設計……。
有数の重工との取引に使用される戦闘機の備品に至るまで、多くの産業を展開しているのだ。
再生が望める炭素の可能性を追及する企業の一室で……。
碧眼の男が 1人……。静かに瞼を閉じる。
静かに息を吸い込み……。ゆっくりと吐き出した。
「 今年も順調に過ごせそうだ。 」
碧眼の男の視線は、電子カレンダーに向いており……。
電子カレンダーには、ある日程が記録されている。
Coal so all 主催 !!炭祭り !!
黒色と黄色のツートンカラーで彩られた広告だった。
電子カレンダーに格納されているのは、あるイベントの予定である。
碧眼の男は、室内の鳥かごに向けて優しく話しかけた。
「 なあ、スピットよ……。
吾輩は止まらないぞ。
今年の祭りは、例年のものにも遥かに勝るものになるだろうな。 」
鳥かごに中の止まり木には……。
ボーダーファンシーに属するカナリアが、おとなしくしていた。
鮮やかな黄色と柔らかな羽毛が、入念に手入れされているのだと示す。
碧眼の男から……。スピットと呼称されるカナリアは……。
時折、愛くるしい挙動で首を動かしていた。
碧眼の男は、身ぎれいに着こなしている背広の懐から、古い写真を取り出す。
「 だが……。その為には……。
一工夫が必要なようだ。
苦労を惜しむべきではないな。
お前も、そう思うだろう ?スピットよ。
栄誉ある成功の為には障壁はつきものなのだろう。 」
古い写真には……。いつかの時代のプロペラ付き戦闘機が映っていた。
碧眼の男が、再度、静かに瞼を閉じる。
何を考えているのか……。
瞼を閉じたまま……。小さく呟いた。
「 Hound……。潜り込んだ狗を……。潰すか ? 」
何を考えているのか……。
口角は上がり……。言葉とは裏腹に不服そうな様子は微塵も無かった。
「 奴のパーソナル情報は明らかになっていないが……。
おおよその当たりはついている。
鮫島夏美……。
空地天彦……。
日月六郎……。
亀田甲士……。
この中に……。必ず狗はいる……。奴の尻尾を先に見つけるのは吾輩だ。 」
碧眼の男が座る座席のデスクでは……。パソコンのディスプレイの中で情報がまとめられていた。
ディスプレイに映るのは……。黒色の戦闘機と……。数々の計画の記録のようだ。
記録の最終更新日には古い物も混じっている。
男の名は……。
コール・スミス……。Coal so allの創設者であり……。最高責任者である。
……………………。
…………。
……。
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