- 40話 -
2つの太陽
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目次
~そして朝を告げる為の~
J-06 地区……。車線の多い幅の広い道路の一角を 漆黒の鎧が ホバー滑走で疾駆し……。
何かを動作させて 片手に握った 黒色の銃のような武具を 放り投げる。
…………。
『 Extend !! La Garita Quadriga !!
( エクステンド !! ラ・ガリータ・クアドリカ !! ) 』
…………。
銃のような武具は、即座にアルカナの光を 取り込んでは……。
黒馬の意匠を持った 1人乗りの自走砲台へと変形した。
漆黒の鎧の戦士は、黒馬の戦車に 騎乗し……。空を自在に駆けると、ある 2体の怪人に 照準を合わせる。
…………。
2体の怪人とは……。片方は 緑翼の石鎧とも呼称される 光の試練の最後に現れるとされる怪人……。イェルクス……。
そして もう 1体は……。黒翼の怪人として 呼称される 天使型の難敵……。ドゥークラ……。
どちらも ニューヒキダの上空に 鎮座し 中空での決着が余儀なくされるようだ。
…………。
しかし、ドゥークラに至っては、既に激しく消耗しているようだった。
つい先程……。黒翼の怪人 自身が操る 無数の黒色の羽根と……。
漆黒の鎧の戦士が 放った 転移する炸裂弾での 連鎖的な爆発に飲まれたばかりだったのである。
月を連想させる 外見を持った 漆黒の鎧の戦士は、光の障壁を 操れるらしく……。
連鎖的な爆発 諸共……。球状に圧縮された 閉鎖空間に ドゥークラを隔離した後に、これが行われたのだ。
…………。
黒翼の怪人は、球状の障壁空間から解放された後も健在だったが、ここに来て 始めて 全身に亀裂を走らせており……。
辛うじて 爆散を免れた状態にも見える。
…………。
そんな 状態の黒翼の怪人 ドゥークラと……。今も尚、底が知れない 緑翼の石鎧 イェルクスに……。
漆黒の鎧の戦士が、黒馬の戦車の砲台からの 高密度の エネルギー弾を 放った。
…………。
『 Function !! Cataphract Feggari !!
( ファンクション !! カタフラクト・フェンガーリ !! ) 』
…………。
エネルギー弾が 放たれる際の 動作音が鳴り……。
重装騎兵の形状をした 高密度のエネルギーが 猛進していくと、2体の怪人を飲み込んで燃焼させる。
…………。
以降……。
2体のエヌ・ゼルプトが 高密度のエネルギー波動に飲み込まれ……。ニューヒキダ全域から 気配を消した。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
APC 特務棟の中にある ミーティングルームでは……。
J-06 地区と G-15地区の 2箇所で行われた ある日の戦闘処理での 出来事が思い起こされる。
待機室に集った 数人の青年達の間での 認識の足並みが、個々の記憶を元に整理し終わると……。
当時以降からの 変化についての 意見交流が始まっていた。
…………。
今回の ミーティングも、光の試練や エヌ・ゼルプトについて 関連する為……。
白衣の青年 によって いくつかのデータ資料が 提示され、青年達は これまでと今後に目を向けていく。
…………。
参加者は 5人……。
有馬要人(アリマ カナト)……。丹内空護(タンナイ クウゴ)……。天瀬十一(アマセトオイチ)……。
荒井一志(アライカズシ)……。大代大(オオシロ マサル)……。の いつもの面々だ。
5人は ミーティングルーム内 壁面沿いに 立ったまま、大型モニターの映像や データ資料の方を向いている。
…………。
大型モニターに投影されている情報は 天瀬十一が、タブレット端末を使用して 切り替え……。
話の内容に合わせて 参考データを切り替えた。
…………。
そんな中……。青年 有馬要人が、記憶にも新しい 漆黒の鎧の戦士についての話題を投じる。
…………。
「 あの 十一さん……。ようするに 空護さん のアレって……。 」
…………。
漆黒の鎧の戦士……。戦馬車のアルバチャスとは 正反対の 外見を持つが……。
それでいて、死神とも全く異なる 姿で謎も多い。
最近の 最も大規模な戦闘処理で、姿を現し……。ドゥークラと イェルクスをも圧倒したのだ。
…………。
使用者が 丹内空護であるものの……。突如 現れては使いこなしている 異常性には、誰もが気にならざるをえない。
白衣の青年 天瀬十一が、この件についての わかっている事だけを 述べる。
…………。
「 正直 理解の外だね。
元々の systemの上から 新たな systemが 上書きされている。
似たような事象は 俺の code-16-にも起きているけど……。俺の方は そういう想定で 組みなおしたものだ。
どうして こんな事に成っているのか……。直ぐには解明できないと思う。
しかも この新しい system……。
ANTI ACE-M0ON は かなり強力だ。
( アンチ エース ムーン )
けど……。この精巧な設計の癖は……。たぶん……。いや 暴走するような 事も無いかな。
そこも確実だね。保証するよ。 」
…………。
わかっている内容も少ないが……。
限定的には 確定している部分もあるらしく……。今は そこだけが断言される。
確実なのは……。丹内空護の完全な復活と……。今後 エスネトによる脅威は無いらしい事……。
ミーティングルーム内の面々の表情には 安堵の色が表れており……。心強さも感じているのかもしれない。
…………。
誰一人として……。白衣の青年の言葉を疑いもしなかった。
…………。
有馬要人は……。この件に切り込んだからか……。頭の中で整理した情報を口にして……。素直な心情を添える。
…………。
「 十一さん の code-16-をベースにして 新しく ジャスティフォースを作ったのと同じように……。
空護さん の code-7-を元にして あの黒い奴が……。
少なくとも エスネトの姿では……。ないんですよね ?
名前的にも 月 ?
月も確か……。エヌ・ゼルプトと関連する タロットカードの 大アルカナにありましたね。
最近覚えました。
星、月、太陽、審判、世界……。No.17 から 21までの 最強の切り札が この 5枚だと……。
あんな状況から 災い転じて……。って奴ですか……。
結果オーライで何よりですよ。空護さん には 毎度 本当に驚かされます。
まさか……。不活性化の影響とはいえ……。エスネトが入り込んだ時期と……。
肉体の乗っ取りを 狙った systemの あらましを認識しつつ、その両方を跳ねのけて復活したんですもん。
なんていう名前の奇跡ですか それ……。
俺……。心臓 無くなりましたよ。 」
「 有馬 君……。それは 無くならない奴だよ。
まあ それにしても……。丹内さん には 僕も同感だけどね。
あの ドゥークラを圧倒する程の パワーアップをして戻ってくるだなんて……。
荒井 君と 僕が レトと戦っている間に、
本当に大きく試練に関わる何かが動いていたなんて事も ありえるんだろうか。 」
…………。
青年の言葉で 場の空気が一層に和み……。懐かしい軽口の隙を ある人物が突く。
ある人物……。温和な青年 大代大は 控えめな調子で便乗するが……。会話の流れが反れないように 舗装した。
…………。
これを察したのか……。
戦馬車のアルバチャスだった 渦中の青年 丹内空護が口を開く。
…………。
「 皆には心配をかけたな……。
これからは 俺の行動で 応えていきたいと思っている。
まだ 危機を脱した訳では無いのなら……。
何が相手でも 今まで以上の 働きをして見せるさ。 」
…………。
真面目な口調で 今の状況の中でも 優先度の高い方向性へと 推し進めた。
…………。
この流れに合わせて……。室内のモニターには ある人物と 怪人についての情報が 映される。
その 2者は……。光の試練の中心と なっている可能性が高いようで……。
これまでにも、幾度となく 周囲を振り回し続けた。
…………。
……。
人物の名前は 神地聖正(カミチ キヨマサ)……。
光の試練を 始めたと思われている人物で……。現在の APCや アルバチャスが作られるように促した。
試練による大規模災害で 疲弊した かつての 日樹田の復興の最前線にも、立ち続けたのだが……。
その裏では……。自身が 光の試練と呼ばれる 未知の事象において 最大の恩恵を手にしようとしていたようだ。
最大の恩恵についての詳細は 神地 自身が残したデータにおいても 詳細な記録は見つかっていない。
…………。
……。
怪人の名前は レト……。悪魔のエヌ・ゼルプトである。
かつては……。恵花界(エハナ カイ)として行動していた。
神地聖正が組織した当初の 彼誰五班において 第四班 班長を務めた 人物だったのだが……。
これは 嘘の姿であり……。その正体は 22災害で 本物の恵花界に擬態して 成り代わった エヌ・ゼルプトだったのだ。
悪魔のエヌ・ゼルプトとしての 動向が目立ち始めたのは……。
神地聖正が 太陽のエヌ・ゼルプトに変異し……。撃破された後からだったが、悪魔は 今も 驚異の種を振りまき続けている。
…………。
……。
神地聖正と 悪魔 レトの 共通項は……。どちらも、火のマルクト……。通称 英雄のマルクトを所持している事。
その力は……。試練においては 重大な影響力を持つらしく……。
どんな状況にあっても、無視できない 度合いのようだった。
…………。
温和な青年 大代大は……。これらの件も踏まえて 現在も危険性が高い 怪人に焦点を当てる。
…………。
「 試練の英雄 神地聖正と……。悪魔のエヌ・ゼルプト レトか……。
言ってしまえば 今までの全てが奇跡かもしれないね。
僕らには 見えない何かを 知っている相手にさ……。綱渡りだったとしても ここまで歩いてこれた。
なら……。この先も、皆で 奇跡の道を繋がなくちゃね。
あの日の 丹内さん が放った 砲撃で、ドゥークラとイェルクスが 打倒できたのかは まだ わからないけど……。
少なくとも……。レトは 僕と 荒井 君の前からは 悠々と撤退して見せた。 」
…………。
話題の中心は……。行動原理の見えない悪魔へと 定着した。
悪魔は これまでも……。常に 誰の側にも いないような……。調和の取れない動きを目立たせている。
…………。
あの日の戦いで、直接 言葉を交わし 戦っていた 2人の青年も……。この話題に加わった。
1人は……。大代大と共に 戦っていた 生真面目な青年……。荒井一志……。
そして、1人は……。何度も 悪魔と戦った 人物……。青年 有馬要人だ。
…………。
「 確か……。自分と 大代さん が レトと交戦してから 何分も経過していなかった筈。
何かを見透かして 本気で戦ってはいなかったんでしょう……。
試練が大きく動く……。
あの時 そう 話してましたが……。
どんな結果になるか 知っていたんじゃないでしょうか。 」
「 レトか……。
アイツは 空護さん が エスネト化する後押しと、火のマルクトの強奪を成功させたけど……。
擬態元の 恵花界の人格を利用して 全てを意図するにしても……。普通じゃない。
もしかしたら コレも、アイツなりに奇跡の連続を 繋いだ結果だったのか ?
それを知らなかったとはいえ……。
元々の 恵花界としての人格が完全に消えてしまったなら……。
なんていうか……。 」
「 ……本当に 恐ろしいですよね。
自分も 伝次も……。他の班員達だって あんな形で敵が潜り込んでいるなんて思いもしなかったでしょう。
奴は今も何処かに隠れている筈……。
未だに 何かしらの狙いを見抜けていないようで……。自分に腹が立ちます。
エヌ・ゼルプトとしての本性を出すまではとはいえ……。界とは 何度も高め合った筈なのに。 」
…………。
生真面目な青年 が……。有馬要人の言葉に 食い気味に言葉を続けて 拳を握った。
荒井一志の視線は 参考データに注がれているが……。気持ちの先は 別の場所に 突き刺しているようだ。
…………。
これに気がついたのか……。丹内空護が ある 2人に注意を促す。
…………。
「 荒井……。大代……。
もし また、あの悪魔と直接 戦う事があっても 油断するなよ ?
俺は……。土壇場で 奴への情が捨てきれず、相手の思い通りに やられてしまった。
どうにか生還できたのは、有馬や 十一だけじゃなく……。多くの仲間達に助けられた お陰だ……。
説得力なんて 無いのと同じだとは 思っているが……。
何を狙っているのか 見えない奴ほど 厄介な奴はいない。
情けない言い方になるが、俺と同じ轍は踏まないでくれ。 」
「 忠告 ありがとうございます。
僕も 荒井君も……。レトに 私怨が無いとは言えませんが……。もちろん そのつもりです。
今思えば レトには……。
僕や 荒井 君との 戦いよりも優先する何かがあったのかもしれませんね。
そういえば 奴は……。怪人の中でも 唯一、英雄のマルクトを保持してる特異性が ありますけど……。
未だに エヌ・ゼルプトとしての姿も見せていない。 」
…………。
悪魔のエヌ・ゼルプトの 厄介さを高める要因……。マルクト……。
未知の成分で出来た 石だが……。確かに アルカナの光を発する物で……。現在は 4つが確認されている。
有馬要人の保持する 土のマルクト……。丹内空護が所持する 風のマルクト……。
天瀬十一が扱う 水のマルクト……。
3つは 青年達が 戦う為の力として 今も手元にあるが……。残りの 1つは 悪魔に奪われたままだった。
…………。
火のマルクト……。またの名を 英雄のマルクト……。
以前は 試練の英雄とされる 神地聖正が 自身のデバイスに組み込んでいた物だが……。
現在は 悪魔 レトが これを手にして、自身の能力を高める為に使用しているようなのだ。
レトは……。エヌ・ゼルプトでありながらも マルクトを扱っている。
そのせいか これまでも レヴル・ロウに似た姿しか 見せていなかった。
…………。
レヴル・ロウを独自に 変質させた 禍々しい現在の姿である。
…………。
背面からは 常に 枝か 虫の脚を思わせる 突起を伸ばし これを攻撃にも防御にも利用するのだ。
悪魔のエヌ・ゼルプトについて……。ある疑問が産まれていた。
…………。
白衣の青年 天瀬十一が、大代大からの話を継続させて その件に 進んで行く。
…………。
「 実は俺も 大代さん と同じ点で気になっていたんだ。
まず前提として……。
エヌ・ゼルプトは その殆どが 何らかの形で怪人としての姿を持っている。
特異性の高い 死神ですらも、怪人としての姿に後天的に変異させる性質を持つのなら、例外にはならない。 」
…………。
天瀬十一が口にした内容に……。有馬要人と 丹内空護も反応を示す。
それぞれが記憶を思い起こして これまでと照らし合わせた。
…………。
「 ……えっと。十一さん それって つまり。
レトにも 今の姿とは異なる エヌ・ゼルプトとしての姿が ある可能性が高い……。そういう事ですか ?
なのに……。これまでは レヴル・ロウから変異した独自の姿……。
レヴル・ウィ…… なんとか。としての姿しか見せていない。 」
「 レヴル・ウィステリアだったか……。
確か、始めに 英雄のマルクトを手にして あの姿に変異した時……。そんな名前を名乗っていたな。 」
…………。
2人の青年に続いて……。
大代大と 荒井一志も 今の話の要点に注目する。
…………。
「 本心として……。どんな意図かはわからないけど……。
藤の花を意味する言葉として 英名を混ぜたんでしょうね。
かつての 恵花界としての人格からなのか……。擬態元の実父に当たる 藤崎さん の苗字をヒントにしているなら……。
荒井 君じゃないけど……。僕だって あまり良い気分はしない。 」
「 自分も資料で 改めて確認しました。
悪魔は 擬態能力を持っていたんですよね。
なら、擬態前の 怪人としての姿が あるかもしれない……。
そしてそれを 出さない理由も……。そういう事ですね ?天瀬 副指揮長。 」
…………。
悪魔 レトのこれまでの行動から見られる可能性と その理由には 何が潜んでいるのか……。
改めて向き合う程に 引き付ける何かがあったようで、誰もが そこへと意識を向けた。
…………。
天瀬十一は……。4人からの 反応を見届けた後に 仮の 具体例を出していく。
…………。
「 何かしらの理由で……。もしくは、何かしらの局面を狙って 出さないだけなのか……。
そこが気になっているんだ。
いくつか想定するなら……。そうだな……。
例えば……。戦闘時の保険として エヌ・ゼルプトとしての姿を見せない……。
例えば……。何の意図も無く 気まぐれに レヴルの状態が続いていただけ……。
例えば……。本体としての レトは実は まだ 隠れたままで、今まで現れたのが 全て分身体だった……。
こんなのも全く無いとは言えないか。 」
…………。
悪魔が潜伏させているかもしれない 裏の部分……。
それを 想定して 仮の具体例が述べられると、青年達は 思考を巡らせる。
…………。
丹内空護……。大代大……。荒井一志の 3人は順番に 具体例への見解を述べていった。
…………。
「 レトは 狡猾では あるが……。
1つ目の 保険として エヌ・ゼルプトとしての姿を温存しているってのは しっくりこないな。
何を狙っているのかにもよるが……。
出し惜しみする必要のない 局面は今までにも あっただろう ? 」
「 僕も 今の 丹内さん の見方には異論はないかな。
ついでに……。2つ目の 何の意図も無い パターンも、ありそうで 無い気がする。
マルクトの強奪や、これまでの行動から 完全に目的や 意図が無いとも思えない。
特務棟に侵入して、荒井 君に接触した事もあったしね。 」
「 ……ですが、自分達が何度も戦ってきた 全てが分身体かと 言われると、これも疑問が湧きますね。
分身体を使い始めたのは、初めからでは無かった……。
もし、最初から これを使えたとして……。分身体だけに行動させ 本体は今も隠れたままなら……。
全体的に 被害規模が 小さすぎるのでは無いでしょうか ?
少なくとも、英雄のマルクトを強奪した あの日は……。
分身体を出せないからこその行動でしたし。 」
…………。
白衣の青年が提示した もしも の想定に対して、一定の見解が語られる。
これらの想定には、本人も完全には納得できなかったらしく……。更に その先を話す為の 材料として 続きを話し始めた。
…………。
天瀬十一は 本命の もしも に切り込む。
最終的に辿り着いた 想定を提示する為に……。迷路の行き止まりを塞いだのだと確かめるように……。
…………。
「 ……そうだね。俺も そう思った。
それぞれの ifの想定には、 空護……。大代 さん……。荒井 君と 似た答えに行きついたんだ。
エヌ・ゼルプトとしての姿を見せない理由を いくつか考えたけど……。どれもしっくりこない。
そこで……。
考え方を ゼロ地点に戻して……。ある可能性に 辿りついたんだ。
俺は……。エヌ・ゼルプトは必ず手強いものとして、固定概念に縛られていたからか……。
この可能性を最初から 見ていなかった。
悪魔のエヌ・ゼルプトは 神地データにおいても、手強い注意すべき存在として 記述されていたからね。
言い訳になるが、この可能性については 発想すら無かった。 」
…………。
順序だてた 落ち着きのある口調だった。
白衣の青年が 着実に 話の出口に近づいていく。
…………。
そんな中……。話の出口に気がついた ある人物が もしもの可能性を呟いた。
悪魔の裏側に潜む部分を……。有馬要人が口にしたのだ。
…………。
「 もしかしたら……。悪魔は エヌ・ゼルプトとしての姿を持っていない……。
そういう事ですか ?十一さん。
姿が無いから 何にでも擬態が出来る……。そして……。 」
「 ……無二の 姿を確立さる為に エヌ・ゼルプトでありながら 試練に介入している。
更に付け加えるなら こうだね。正解だよ 有馬 君。
多くのデータから 洗い出した結果、光の試練の果てには 莫大な恩恵が約束されている ようなんだ。
かなり具体性に欠けるけど……。
もしも この抽象的な 結果が 文字通りに現実になりえるとしたら……。
レトの行動にも、手段を選ばなかった 神地の全てにも 充分な理由がついてしまう。
記録の殆どは かなり ぼかされているけどね。
それでも、共通する記述を 重ねていくと 本当に そうだとしか 思えなかった。
そう考えれば……。神地や レト……。他のエヌ・ゼルプト達の 幾つかの言葉とも合致する。 」
…………。
青年の言葉の後には、天瀬十一が補足を付け足した……。
更に そのまま、光の試練についての 今 予測しうる性質も述べて 理由を添える。
…………。
現段階では予測であり……。確実に断定しうる証拠も 存在しないが……。強い説得力を漂わせた。
…………。
「 仮に事実なら……。間に合わせの姿として レヴルを元にするのも うなづける。
僕ら との戦いで、何かしらの目的を果たそうとしているんだろうとは 思っていたけど……。 」
…………。
これまでは不可解だった 悪魔の行動の裏側への 説得力が……。大代大を納得させる。
…………。
不明瞭な 部分は未だに多いが……。今 共有された可能性に 何か関連を見出したのか……。
丹内空護も ある事柄を引っ張り出す。
…………。
「 聖正と言えば……。エヌ・ゼルプトは 試練の全容を知っていても 自由に干渉できない理由があると……。
エヌ・ゼルプトは基本的に 試練においての役割が 有るのだと、何度か話していたな。
この役割に反すれば、何かしらの罰則のようなものが エヌ・ゼルプトに課されると……。
だが……。成程な。
レトが本当に エヌ・ゼルプトとしての 決まった姿を持たないからこそ、罰則にも引っかからない訳か。 」
「 自分の存在が無いから 擬態をする悪魔 か……。 」
…………。
丹内空護の言葉に……。有馬要人もまた 発想の糸を繋げた。
…………。
悪魔……。マルクト……。試練……。戦いの中で 掴みとった多くの 点が……。青年達の中で 繋がっていく。
個々の考えが まとまり始める中で……。これを認識した人物が もう 1つの重要事項に話を移す。
…………。
白衣の青年 天瀬十一はタブレットを操作して……。
今回のミーティングで 共有したい 別の優先事項について 話し始めた。
…………。
「 もしかすると……。過去に罰則を受けてたからこそ……。
エヌ・ゼルプトとしての姿が無くなった……。なんて事も あるのかもね。
光の試練には 今も謎が多い……。
レトが 英雄のマルクトを何かしらの意図で 強奪したなら……。奴の動きは 今後も軽視はできない。
ドゥークラと イェルクスにしても あれで完全に打倒 出来たのか 断定できるまでは……。
皆も まだまだ 気を緩めないでくれよ ?
そうそう……。二三型についてだけど……。
基礎能力の調整で 1つの方向性が定まりつつあるんだ……。
後は駆動時の エネルギー効率と その配分も……。 」
…………。
室内の 大型モニターには……。丸七型に次ぐ 新たな レヴル・ロウについての 進捗状況が映し出されていた。
この日のミーティングは 以後も速やかに進行し……。予定通りの共有を終えるが……。
…………。
「 …………。 」
…………。
先程までとは異なり……。
ある青年は、いつの間にか 口数が減り 静かにモニターに 見るようになっていた。
荒井一志が 無言のまま……。少しだけ 目を細める。
………………。
…………。
……。
~夜じゃなくとも~
戦馬車のアルバチャスだった 青年は、ある場所に向かう 道中で 最近の出来事を思い起こす。
仲間達との 意見交流を目的とした ミーティングも 既に数日前で、現在 思い起こしているのは それよりも 更に前……。
調度、自分自身の身体を 取り戻した 戦いの日から 3日は経過した頃だろうか。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
ドゥークラと イェルクスを退けてから、数日に渡って 普段よりも念入りな健診が行われた。
何日も エヌ・ゼルプトや、systemとしての アルバチャスに 身を包まれていたのだから 当然だ。
…………。
一通りの健診を終えて、一部では 更に数日後に結果を待つ のみ の段階まで来ると……。
特務開発部内の 白衣の青年の自室で……。
簡単な 面談も兼ねた時間が訪れる。
…………。
「 健診 お疲れ様。
相変わらず 本当に凄まじい体力だね。どの結果も 健康そのものだったよ……。それどころか寧ろ……。
一般的な成人男性の 平均基準よりも大きく上回っている項目だらけだ。良好だよ。
なあ……。空護 これは後から わかった事なんだけど……。
神地は 俺を利用して -A-13-の起動条件の 1つを作動させていたようなんだ。
今更だけど、アレが無ければ 君が ここまで囚われる事も無かったかもしれない。
俺のミスだ……。本当にすまない。 」
「 いや……。悪いのは 十一……。お前じゃない。
それに どちらにせよ俺は エスネトに狙われていた。
嫌な偶然かもしれないが……。聖正の目論見が無ければ……。
レトに くし刺しにされた あの日で 俺は完全に飲み込まれていただろうな。だから気にしないでくれ。 」
「 嫌な偶然か……。喜んでいいのか 複雑だけど……。
けど……。これも今 話していた通りに 君が生還できた 切っ掛けの 1つなんだろうね……。
……まあ、君が元気に戻ってこれて 本当に良かったよ。
そうそう……。A-device……。中身の方は 俺が見たんだけどね……。正直 かなり驚いた。
空護 やっぱ人間やめてるかも……。 」
…………。
事前には、code-7-専用の起動用端末 A-device(エー・デバイス)の状態も確認されており。
これのメンテナンスも含めた 結果を交えて 話が進んだ。
…………。
天瀬十一は、今回の調査結果の総括に触れていく。
自身のデスクの PC用 ディスプレイには 類するデータが展開されているのだろう……。
眉毛の真ん中を僅かに持ち上げて 小さく笑いながら目を細めた。
…………。
しばらくぶりの やり取りに……。流れの きっかけが出始めると……。
丹内空護も これに応答した。
…………。
「 相変わらずだな……。俺も安心したよ。
これくらいで そう言われるなら。俺も 全力で善処し続けよう。 」
「 ANTI ACE-M0ON……。略称は AA-18……。内部データには そう記述されていた。
( アンチ エース ムーン )
月のアルバチャスって言った所かな。
想定される能力の高さは エヌ・ゼルプトにも近い 高水準のものだ。 」
「 これからも 問題なく 使い続けられそうか ?
お前なら わかるだろう ?十一。 」
「 大丈夫だよ。
これ程の 丁寧な仕事が出来る人が残したんだ。安心していい。
こんなに緻密で精巧な 構築癖は……。少し懐かしいね。 」
…………。
AA-18……。漆黒の鎧の戦士としての 新たな systemの話に差し掛かると……。丹内空護の様子が少しだけ変化する。
白衣の青年は……。あらかじめ これを想定していたのか、即座に返答をかえした。
…………。
丹内空護の 様子の変化が……。何を意図しているのか……。何に関係しているのか……。
理解している口ぶりで、根拠すらも 匂わせる。
…………。
坊主頭の青年 丹内空護は……。珍しく動揺した……。
僅かな 変化だったが 目を普段よりも見開き……。直ぐに瞼を閉じて呼吸を整えた。
…………。
「 十一……。実は……。この system……。 」
…………。
戦馬車のアルバチャスだった男が……。言葉を選びながら 何かに観念した瞬間……。
白衣の青年が割り込む。
…………。
「 なあ 空護……。
俺は確かに メンテナンスとしての意味合いで 内部記録に目を通したけど……。仕事の一環だ。
悪いけど……。
空護が 復活するまでの間に 何があったかも、今は一切 興味が無い。
けど たぶん……。AA-18は……。
エヌ・ゼルプトの素性を 知り尽くしている 誰か が構築したのかも……。しれないね。 」
…………。
天瀬十一が口にしたのは、この時の個人的な興味の有無と……。何かしらを見知ったからこその予測だった。
その予測は……。確かに具体性を漂わせており、明確な根拠すら あるように感じられるが……。
…………。
あくまでも……。予測としての念押しなのか 断言はされない。
…………。
「 お前……。そこまで わかって……。 」
…………。
丹内空護の反応は……。断言されなかった それを裏打ちしたのと同然だった。
…………。
それでも 尚……。
天瀬十一は、念押しの言葉を 付け加える。
…………。
「 今のは只の予測だし……。
そう思った根拠を 記録するつもりも無い。
なんとなくだけど……。恐らく これからの俺達には 必須の情報ではないんだろう ?
緊急性が高い 要件なら……。未だに 空護が話さないのも違うだろうからね。
だからさ……。
どうしても話したくなったら……。全てが終わって お互いに歳を取って……。話すネタも 無くなって……。
それからにしよう。
もし、気が進まないなら 話さないままでも良い。
俺も それまでには、負けないくらいの浮いた話を用意しとくよ。 」
「 ああ。必ず話す !
その時は 良い酒と 旨い飯も用意しよう。……本当に すまん。 」
「 俺達でさ 気兼ねなく……。だらだら時間を捨てられる 未来を必ず実現しよう。
それと……。すまん よりも ありがとう で良いよ。
何も悪い事は無いだろ ?
俺が知っている内容は、ここで止めておくからさ……。安心してくれて良い。 」
…………。
白衣の青年 天瀬十一の言葉は……。友人への最大限の鼓舞でもあり……。
そして……。これから 何が合っても 互いに助け合う 何よりもの証明だった。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
丹内空護は……。数日前のミーティングよりも 前の出来事を思い起こし……。
今日 この日に 向かう場所への道すがらで 感謝の気持ちを 噛みしめる。
…………。
視界に映る景色は 歩幅に合わせて変化し……。目的の場所へと 近づいていった。
少し離れた前方には 改修も完全に終わった橋の主塔が そびえ立っている。
C-02 地区……。ヒキダ・ブリッジの近隣に向かって……。歩を進めていく。
…………。
この日の枝川も……。いつもと何ら 変わりなく……。穏やかに流れて 水面からの照り返しが眩しい。
日が傾きかけているからか……。時折 水面付近を飛ぶ虫を 狙った魚が跳ねては、再度水中に戻っている。
現実では……。水面の上を歩くなんて あり得ない……。
…………。
戦馬車のアルバチャスだった青年 丹内空護は……。更に 別の日の出来事を思い起こした。
それは……。自分自身の身体を取り戻した あの日……。
現実とは異なる 精神世界での 出来事だ。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
枝川の水面の上に 足をついても 決して沈まず……。
周りの景色も 丹内空護が子供の頃のものが 混じった 歪な世界。
…………。
……。
まだ……。復興が進む前の 古い鉄橋が 見える近辺の ある一か所の川幅は……。不自然に膨らみ……。
真円型の 戦場としての役割を 持っていたのかもしれない。
その 中心付近で……。黒色の死神と 白色の戦馬車が 激しくぶつかっている。
…………。
黒色の死神 -A-13-は、片腕の曲刃による大ぶりを攻勢の主軸にしているが……。
曲刃が付いていない 反対側の腕でも 拳鉄や手刀を用いて、大ぶりの曲刃での隙を 何度も潰した。
…………。
これは……。-A-13-が持つ 打撃にも斬撃を込める 独自の能力……。
Blade+ を利用した猛襲である。
( ブレイド・プラス )
…………。
ホバー滑走にも似た 鋭い疾走で……。水面を走り……。微細な間隙も見せない。
…………。
丹内空護は……。戦馬車のアルバチャスの 上位型 code-7-DAATで 死神と渡り合い……。無心で切り結ぶ。
…………。
DAATの能力によって 近接戦闘能力を向上させて、2本の B.A.Swordを振るった……。
…………。
何度も……。何度も……。互いの刃が……。激しい音を鳴らす。
…………。
丹内空護の肉体を 奪取しようとする 死神のエヌ・ゼルプト エスネトの進攻を 阻み 跳ねのけようと……。
白翼の怪人ナティファー からの協力を元にして……。
かつての 近しい人物……。夢川結衣の思いを 糧にして……。抗い続ける。
…………。
この時は既に 神地聖正の精神体こそ退けていたが……。
ナティファーの形をもってして、丹内空護と共闘していた 夢川結衣も姿を消しており……。
エスネトとの戦いにも何の保証も ありはしなかった。
…………。
死神と戦馬車は、枝川の水上を それぞれの滑走能力で 並走したまま、攻防を続ける。
…………。
現在の 肉体の主導権を反映させる精神世界の 空模様には変化が見られ……。
次第に暗い色が増えているようだった。
…………。
丹内空護は それでも尚、焦燥感を殺して 死神と切り合う。
無言のまま 2本の B.A.Swordを振るい続けた。
…………。
そんな時だった……。苛烈を極める 切り合いの中で、今までにない別の気配が漂ったのだ。
姿すらも 見えない何者かからの呼びかけが 響く……。
呼びかけは……。精神世界での時間軸とも 異なっているのか、膨大な情報量を 瞬時に知覚させた。
…………。
……。
君が……。風のマルクトの戦士だね ?
私の名は アンチェス……。法王のエヌ・ゼルプトだ。
姿は見えないかもしれないが それについては 気にしないでくれ……。あいにく 今は姿が無くてね……。
…………。
永らく この度の英雄に囚われ……。彼の英雄は、私の法の力を思うがままにしていたのだろう。
法の力は……。あらゆる者を 節理で縛り 信服させる 安堵の力……。無法な放縦にさえ 規律を促す。
法の届かない深淵か……。もしくは……。類似の成り立ちを持つ 力を扱う者でなければ……。
絶対的な服従からは逃れられないだろう。
…………。
私は……。試練の始まりと共に……。英雄のマルクトに 飲み込まれてしまったようだが……。
彼の英雄は マルクトの恩恵を理解していたからこそ 戦う為の力として、私を使ったのだろう。
ナティファーに護られ 死神と戦う為の姿を維持している君と同様に……。
彼の英雄も、私を 自身の精神体を保護する 鎧としたのだ。
…………。
そうでなければ……。己の肉体を離れた精神が 満足に動き回れる筈も無いのだから。
…………。
逆に言えば……。私達は エヌ・ゼルプトの中でも 特殊なのだよ。
…………。
他者の内面を食いつくす エスネトも……。
記憶を護り 巡らせる ナティファーも……。
法の光で 心に作用する 私もね。
…………。
今のナティファーは 君とも近しいのだろう ?
君と彼女のお陰で 私は 彼の英雄から完全に解放された。
既に、自分自身の 身体を呼び出す 力も残ってはいないが……。事情は 理解しているつもりだ。
最後に……。ナティファーが望む通り……。風のマルクトに隠された 最大の切り札を形作る手伝いをさせて貰ったよ。
…………。
誰が これを用意したのか……。彼女が これを見つけて組みなおしたようだ。
…………。
本題だが……。君には 風のマルクトに眠る 全てを託そうと思う。
…………。
月の力を……。遺物型の中でも 特異な力を 今から君に託す……。
これは……。最も強力な 5つの中に含まれるものだ。遺物型は……。絶大な恩恵を内包する。
君が これを使いこなせれば……。あるいわ……。エスネトを退けるのも 不可能では無いのだろうな。
…………。
但し、使いこなせるかは 君しだいだ……。失敗すれば エスネトが全てを手にしてしまうだろう。
…………。
私は そろそろ 完全に消え去る……。
だが 彼女は……。僅かな 記憶の残滓として 君の中に残るだろう。
…………。
意思疎通が 取れるでもないが……。エスネトさえ倒せば……。彼女は完全に消え去らずに済む……。
…………。
さらばだ……。英雄とも異なる 真の英雄よ。使ってみるがいい……。
…………。
……。
…………。
膨大な情報量でも……。丹内空護にとって 混乱するようなものでもなかった。
ゆっくりと時間を取って 話を聞いた感覚が残り……。何者かが薄れていく……。
…………。
何者かの……。声と気配は 薄れていくが……。
丹内空護が 手にした新たな力には 確かに ある女性の気配を感じた。
ぼんやりと……。ある女性とは別の 何者かの名前が 浮かぶが……。時間の経過で 摩耗していく……。
…………。
戦馬車のアルバチャスだった 青年は……。白色の鎧の 姿から……。漆黒の鎧の戦士へと姿を変える。
…………。
精神世界の空には……。綺麗な真円の月が輝きだし……。
死神と 戦馬車との間で 勝敗が決まった。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
丹内空護が……。あの日の出来事を概ね 連想し終える頃には……。
ヒキダ・ブリッジの主塔の 直ぐ近くまで 辿り着いていた。
…………。
散歩用に舗装された小奇麗な道沿いには……。子供の頃に夢中になった ザリガニ釣りの穴場も……。
多くの虫が集う 酸味のある匂いを漂わせる樹液だらけの樹も見当たらない。
新しく植林された 樹齢も若い 姫楮(ひめこうぞ)の木と……。花壇には ペチュニアが風に撫でられている。
…………。
植わっている木々や 植物の 名前が 記載された立札が並ぶ 小奇麗な 道を通り抜けて……。
鉄橋の 主塔の中へと進み……。上階の展望台へと昇った。
…………。
展望台から 街を見渡すと……。
背の高い建物も増え……。現在の景色は 子供の頃のものとは 大きく異なるのがわかる。
未だに 戦いの後が痛ましく残る地域も 目につく……。
過去の大災害から……。この街は大きく変わったのだ。
…………。
一方で……。展望台に昇って 久しぶりに この辺りから目にした その場所は……。今も殆ど変わらない。
…………。
子供の頃に見た お化け山が見える。
…………。
「 聞こえるか ?全部片付いたら……。
今度こそ 古嶋山林に 登山に行こう 俺が必ず連れていく。 」
…………。
戦馬車のアルバチャスだった青年の 心の奥底では 決意の光が 満月のように輝く。
………………。
…………。
……。
~日向と日陰~
ある日の早朝……。特務棟内の 屋内運動場の芝生の上では……。
1人の青年が 入念な準備運動を終えて 適度に温まった 身体の筋を 順番に伸ばしていた。
運動靴は 芝生の朝露で しっとりと濡れている。
…………。
生真面目に……。怪我の防止と 基礎的で初歩的な身体造りの為の 準備運動を怠らない。
…………。
そんな 1人の青年の横には……。別の人物が近づき……。途中からだが同じような動作で 準備運動に混ざり込んだ。
足を大きく開き……。片足の膝だけを折り曲げて……。身体の重心を ななめ下に落としていく。
…………。
別の人物……。有馬要人が……。先客の 荒井一志に声をかけた。
…………。
「 二三型の 開発 進んでるんだってな……。後 どれくらいだろうな。 」
「 有馬さん……。確か それって 前のミーティングの……。 」
「 俺が言わなくても このくらい、一志は知ってるか……。稼働試験にも 参加してるんだし。
お前も 早朝の自主練か ?
今日は確か……。空護さん との徒手格闘も有るんだろ ? 」
…………。
まだ……。運動場内の人影は 他に見当たらない。
天窓は解放されていても、日の光も 全てが入り込むわけでもなく……。
直射日光が 当たっている場所は殆ど 無いような 状態だ。
…………。
「 自分は 稼働試験のデータ取りも有るんで……。定期的に 朝は早めに来てるんです。 」
…………。
青年は話の合間に 遠くの方に目をやり……。現在の時刻を確認する。
屋内運動場の壁掛け時計によれば……。
他の誰かが 運動場内に顔を出すまでには 充分な時間がありそうだった。
…………。
「 そっか。
大代さん も……。合一編成での集団戦闘訓練の回数増やしてるし……。
なんか 皆のモチベーションが 上がってる感じがするな。
確か 昨日は……。警邏(けいら)も兼ねた 市街地での走り込みしてたっけ。
空護さん が来るまで まだ時間は有るよな……。模擬戦しないか ? 」
「 よろこんで。 」
…………。
有馬要人と……。荒井一志は……。互いに それぞれが携行している デバイスを動作させた。
code-0-と 丸七型の模擬戦が始まる。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
始めに 戦闘時間を決めておき……。
決まり手が有っても、戦闘を継続させる 無手格闘での 模擬戦だった。
…………。
心身共に常に持久力と冷静さが求められる 時間を……。2人の青年が 戦い抜く。
…………。
互いに systemを解除し……。芝生の上に腰を下ろして 飲料水で 喉を潤した。
限られた時間での 追い込みは 空腹感を大きくさせる。
…………。
青年 有馬要人は……。飲料水の入ったボトルに蓋をすると 芝生の上に仰向けになった。
…………。
「 俺は余所から来た身だけど……。この街の人は 本当に凄いよ。
誰かの為に 命がけ なんてのが、全然珍しくないんだ。皆……。凄く強い……。 」
…………。
青年の記憶では……。まだ 丹内空護が 来るまでには余裕があった筈だ。
それでも時間は進んでいるからか……。先程よりも 芝生の梅雨は 乾き始めている。目視できる水滴は少ない。
…………。
生真面目な青年は 少しだけ笑っているが……。まだだ……。
…………。
「 ……有馬さん だって そうじゃないですか。 」
「 俺のは 少し違うよ……。たぶん。
なあ 一志……。もし……。光の試練の莫大な恩恵が どんな願いも叶うものなら……。
……何を願う ? 」
…………。
青年 有馬要人が 自分達に 無関係とは言えない話題へと 強引に持っていく。
これは 前回のミーティングで 飛び出した 新たな想定だ。
…………。
「 本当に どんな願いもかなうなら……。
たぶん この街に住む人達の殆どの答えは 同じかもしれません。
今は絶対に合えない 誰かが どんな人にも いるでしょうから。 」
「 ……そうだよな。 」
…………。
恐らく……。これが……。そうなのだろうか……。
もしかしたら……。自分自信が 動かなくても 適切な誰かが もっと有効的な行動をしていたのかもしれない。
…………。
だが、していなかった場合……。後から取り返しはつけられない。
青年は静かに 相槌だけを打った……。
…………。
「 ですが……。自分は その逆も 同時に思ってしまうんです。
多くを失ったから得られた 今を……。否定したくはないと……。そう 思ってしまうんです。
沢山の不本意の上に どうにか作り上げた 全てを……。
これから 乗り越えた先に あるかもしれない先の何かを 否定したくはないと。
……愚かですよね。
失った全てを取り戻せるのかも 確証は無いし……。
それを望む人の方が 当たり前かもしれないのに……。
もしかしたら それを選べる側だと 勝手に思ってしまいました。
爺ちゃん も 伝次も生きてて……。界とも……。ずっと友達でいられたら 良かったなって。
全部の いいとこどり……。出来たらなって……。すみません。 」
…………。
ある時期から 深刻そうだった 生真面目な青年の表情に、哀の色が混じった。
眉間には 僅かに力が入っているようで、それだけでは無いと 容易に想像できる。
…………。
「 いや……。俺が この話題を ふったせいだ……。すまない。
前のミーティングで 途中から 様子が変だったから 気になってたんだ。
……無神経だったな。 」
「 いえ……。少し 気が抜けました。
きっと 正解が 無い話です。
このまま抱えてたら……。自分も 危なかったかもしれない。
気構えてたつもりだったので……。こんな風に 人に話すとは思わなかった。
正直に言えば、不思議な気分です。
丹内 総指揮長から忠告を受けたばかりだったのに……。
言葉が芯に 届いてませんでした。
大代さん は……。誰が言うまでも無く 折り合いを付けているんでしょう。
本当に試練の 恩恵が言葉通りの 絶対的なものだったとしても……。
最初から 何かしらの答えを出しているような気がします。
自分みたいに 迷っている姿を 決して見せない。
……まだまだです 自分は。 」
「 そんな事ないよ。
励まそうとして 見透かされて 気まで使わせて……。俺って本当に馬鹿だ。
一志は 俺よりも凄いし……。強い。 」
…………。
青年は 自分自身に恥ずかしさを覚えつつ……。
出来る事だけを 再度 提案する。
…………。
「 一志……。また 模擬戦 やらないか ?……空護さんが来る前の Last one。 」
「 よろこんで。
けど次は DAAT使ってください。自分も もっと強くなりたいので……。 」
「 分身は…… ? 」
「 ……今日は無しで。 」
…………。
有馬要人が code-0-DAATを起動し……。荒井一志も レヴル・ロウ 丸七型を 起動させる。
互いの 打撃の圧は、先程の模擬戦よりも高まっていた。
今回の模擬戦は……。制限時間を決め忘れてしまい……。予定以上に 2人の青年の体力を消耗させると……。
しばらくした後に 丹内空護からの大目玉を食らう事となる。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
互いに……。拳をぶつけて高め合う 2人の青年の様子を……。
外側の物陰の中から 何者かが 観測していた。
…………。
何者かは……。監視カメラの死角でもないのに、何故か この日の映像には映らず……。
それを知っているのか ゆったりと 何処かへと立ち去る。
…………。
2人の青年達の やり取りを静かに覗いていたのは……。ある人物の姿をしていた。
その姿は……。ある 植物好きな青年 恵花界だ……。
…………。
「 ハハハ……。有馬さん 本当に 良いタイミングで来るんだ。
まあ 良いか……。
じゃあ、こっちは……。ノータッチだ。 」
…………。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。レトは……。ニューヒキダ全域に及ぼす警報も鳴らさず何処かへと消え去った。
………………。
…………。
……。
~ザッハリヒ~
ニューヒキダの 地底深く……。
日樹田地底湖 と呼称される 仄暗い洞の中……。
…………。
洞内を照らす 光溜まり よりも少し離れた 中空で 光が集まって、そこを通り道にした 何者かが這い出る。
何者かは……。人間の姿をしていたが 直ぐに 自身の姿を変異させた。
…………。
光溜まりが照らす洞内に 現れた何者かに、黒翼の怪人が気がつく……。
黒翼の怪人は……。光溜まりの中心部の 上方で 中空に留まり、ある行動を続けていた。
ひたすらに……。光溜まりから 青白い光を その身に集め続けている。
…………。
「 汝 レト……。何処へ行っていた ?
我は 次の試練への啓示は 出してイない筈だガ ? 」
…………。
黒翼の怪人 ドゥークラの全身には 大きな亀裂が走っており……。
絶えず吸い寄せ続ける アルカナの光を 零れさせた。
…………。
悪魔 レトは……。光溜まりの淵に立って 黒翼の怪人を 見上げたまま応答する。
両腕を広げ……。身振り手振りで 納得させようとしているかのような……。そんな動きを混ぜ込んで……。
…………。
「 ハハハ……。偵察ですよ。
何事も 情報の優位性が全てを決めるんですよ ?先輩も知っているでしょう ?
それに……。俺ボクに指示を出したのは 先輩でございますよ ?
汝……。光の試練の継続に当たって 地上の様子を見てこい……。
ご自分で啓示を出したじゃないですか ?
身体の ひび割れ……。増えましたねぇ。
本当に直せるんですか ? 」
「 我が…… ?そうだ……。
次の啓示も我が出そう……。次のケイジもモ……。ワレがガ……。
試練にヲいて……。審判は絶対の……。 」
…………。
ドゥークラの 面の部分の欠片が 剥がれ落ちて……。裂肛は広がっていく。
視線の先は 誰の方も向いていない……。
…………。
「 フフフ……。完全に壊れてる。
最強の エヌ・ゼルプトが こんなに なるなんて……。おもしろ過ぎるでしょ。
丹内さんの アレで消滅に至らなかったのは……。
世界のマルクトを 守護する 旧型の意地なのかな。 」
…………。
悪魔は 笑い……。
最強のエヌ・ゼルプトに背中を向ける。
…………。
……。
ゆっくりと歩を進めて……。洞の中でも 異質な……。誰が作ったかもわからない 石畳の先に向かう。
石畳と同程度の 印象を漂わせる作りで、その奥には 極彩色の光を放つ 緑翼の石鎧が立っている。
…………。
「 さて……。こっちは どうだ ?動けるのかな ? 」
…………。
悪魔は 物怖じせずに 近づいていき……。
何気ない道端で 見かけた虫でも 覗き込むような様子で 歩み寄る。
…………。
極彩色の光には 時折 くすんだ色や 真紅の色が混じっていた。
緑翼の石鎧は 項垂れたままに……。呻き声を上げる。
…………。
「 グゥ……。ア……。オレは……。必ず お前らを…… !!
タナラダ……。ウィーリッツ……。ヘノウ……。お前らの無念は……。オレが絶対に…… !! 」
…………。
荒々しい声での 悔恨や怒声が 発せられ続けた。
声の主は 間違いなく この姿ではない……。ある戦士なのだろう……。
…………。
悪魔は……。何を思っているのか……。片手の中に納められた 微細な光の靄にも視線を向ける。
微細な光の靄は……。荒々しい声とは また違ったものなのか……。
それとも……。同類の何かなのか……。
…………。
悪魔や 荒々しい声からは 断定するには至らない。
…………。
レトは ほくそ笑み……。ひとしきり 感心した後に、声色を 女性のものへと変えた。
…………。
「 フフフ……。まだまだ無理かな……。
イェルクス様としての 機能が 性懲りもなく縛ってるのか…… ?
世界のマルクトが秘める アルカナの力は、奥が深いなあ……。
俺ボク私も 想定のガイガイだ。
そうか……。なら……。
カシュマト !!聞こえる ?
速く 助けて……。光の魔物が……。皆を…… !! 」
「 ガァ……。ア……。タナラダ…… !!
オレが お前を 助け……。グゥオ……。ア……。オレが……。奴らを…… !! 」
…………。
この女性の声に 呼応するかのように、緑翼の石鎧が 僅かに身体を揺らして 荒々しい声を強くした。
…………。
「 助けて……。カシュマト !!皆を助けて…… !!
…………フフ。
フフフ……。早いとこ頼むよ ?戦神カシュマトアトル……。
イェルクス様なんて 速く内側から 壊しちゃってさぁ。
じゃないと……。間に合わないよ。
光の試練なんて 碌なもんじゃないな……。クソ喰らえだ ハハハ……。 」
…………。
高笑いが洞内に こだまする。
…………。
……。
悪魔は 石畳を通り抜けて 光溜まりの淵に戻ると……。最強のエヌ・ゼルプトに話しかけた。
…………。
「 先輩だって そう思うでしょ ? 」
…………。
話の流れが つながらなくとも……。意図が伝わっていなくとも 構わないのだと……。
そんな調子の悪魔に……。黒翼の怪人が辛うじて 反応した。
…………。
「 ……試練において 審判はワ 絶対の。
新たな啓示を……。イェルクス様の……。 」
「 そうですよね 先輩。
ぶっこわれないように 全身に アルカナを吸い続けなくちゃですよ ?
全ては 光の試練の為に……。
そもそも、審判のエヌ・ゼルプトが 消滅するわけには いかないですもんね ? 」
「 試練ヲ……。歪める者には……。再起不能を……。
シレンを進む 英雄にハ……。再三のハイシャ復活を……。
試練を……。歪める 英雄には……。サイサンの再起フノウヲ……。
我が……。試練を導き……。ユガメメル……。者ヲ……。復活ノ……。イェルクス様ノ……。ワレの……。 」
…………。
レトは 適当な応対で 楽しそうに会話を継続させるが……。
仄暗い洞の中での異様な空気は……。深みを増していく。
…………。
「 フフフ……。本当に馬鹿なんだもんな。
全てを 仕切った気でいて 自分でも ギリギリまで逃げの手段を縛ってんだから。
同じ世界で 2度も試練を 打破されかけるなんて……。
けど今は……。カシュマトの時代とは違う。
どうせ イレギュラーだらけなら……。どっちの 不可抗力が上回るのか……。最後まで見ないとね……。
先輩の代わりに……。イェルクス様の代わりに 俺ボク私が 試練を導いてあげるよ。
意味不明には意味不明が立ち会わなきゃ……。ハハハ。 」
…………。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。それは……。
人間にとって 意味不明を体現する……。不死なる猛毒……。
………………。
…………。
……。
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