- 37話 -
殻が破れるまで
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目次
~誤解と稲妻~
イェルクス……。
…………。
極彩色の光を操る 強大な力を秘めた 怪人が現れてから 1週間程が経過した。
あの日の、黒翼の怪人 ドゥークラや 悪魔 レトの言動から鑑みても何かしらの特異性がうかがえる。
…………。
2種類の エヌ・ゼルプトからの 呼称や認識が、完全に一致するのであれば……。
アレこそが、光の試練の最後に相対する 怪人のようだ。
天瀬十一(アマセ トオイチ)によれば、概ね これで間違いはないらしい。
…………。
試練を始めたとされる人物、神地聖正(カミチ キヨマサ)が残したデータ記録 との照合や……。
遥か昔に試練を行い、伝承を残した部族の情報とも 重なる所が多いのだとか。
…………。
未知の硬度を持つ石の鎧で身を護り……。
極彩色の光を操る 異彩を放つ 怪人 イェルクス……。
…………。
その姿、存在は……。
アルベギ族の戦神、カシュマトアトルの英雄譚や……。
呪い(まじない)を経由して、タロットカードの中にも取り込まている。
…………。
関する数字は 21……。カードの名称は 世界もしくは宇宙……。The World……。
…………。
絵柄には、神であり人でもある 性別の無い存在が……。
全ての試練の果てに姿を表し、月桂樹の中央に立つ姿が 一般的だ……。
いわば世界を終わらせ……。同時に 一巡りさせて、始まりと終わりをも司る。
アレが神だとでも言うのか……。どうにも……。
…………。
青年 有馬要人(アリマカナト)は、慣れない考えに気を取られながら 注文の品を受け取る。
…………。
「 ほらよ。おまちどう !
どした 要人。浮かない顔じゃないか ?
まあ元気出せよ。
新作の フルーティ&モーモーMAKI☆巻き……。食える はな……。
エディブルフラワー プリムラを添えて……。……だ !
今の俺のオススメ……。食用花入りの ブリトーなんだ。感想聞かせてくれよ ?
イチゴ 木苺 スムージーは サービスにしてやる。 」
…………。
年の離れた友人 巻健司(マキ ケンジ)が運営するキッチンカー MAKI☆MAKIでの休日の昼食だった。
…………。
ちょっとした合間にも 思い浮かぶのは 最近の手強い相手との 戦い……。
エヌ・ゼルプトの頂点と考えられる 世界に相当する 極彩色の怪人についての情報が連想される。
それでも、鼻腔からの情報量が 意識の向きを余所へと引き付けた。
…………。
受け取ったばかりの 新作のブリトーから漂う 爽やかな酸味を感じさせるソースの香りは……。
空腹も相まって 気持ちの焦点を簡単にずらす。
なんとなく周囲に目をやると、珍しく 他の客は見当たらなかった。
ここ最近の ニューヒキダ全域の 戦闘処理の数を考えれば 仕方がないのかもしれない……。
青年は、キッチンカーのカウンターから 数歩分 横にずれて、車体を背にして ブリトーを頬張った。
…………。
「 ……うまっ !なにこれ !?
肉汁と フルーツ ?こんなに相性良いなんて……。
有りよりの有りですよ 巻 さん ! 」
「 だろぉ ?そうなんだよ 旨いんだよな コレ。
マンゴーと パイナップルと ジューシーな日樹田牛を良い感じに包み込んでるんだ。
その花弁も良い感じだろ ?
プリムラは 食用花の中でも癖が無くて食べやすい部類に入るからな。
やっぱ俺の味覚は正解だな。才能が怖いねぇ。 」
…………。
青年 有馬要人が、この地での戦いに身を置いてから数えると、もう少しで 1年が経過する。
…………。
厳密には まだ 1年足らずでの 経験や体験だが……。
これから先も 未知の何かが待ち構えているかもしれないが……。
…………。
本当に多くの出来事が 過ぎ去っていった。
…………。
片方の手に握る ブリトーを何気なしに視界に納め……。
青年は 次の一口に齧りつくと、心身共に飲み込んで腹へと送り込む。
…………。
「 日樹田牛 ?あんまり聞かない種類……。
それに食用花だなんて……。ハハハ。巻さん には、似合わないですね。
けど……。本当に美味しいですよ コレ。人に進められるかも。 」
「 ハハハ !本当だよな。
食用花なんてがらじゃないか……。余計なお世話だ。
……ったく まあいいや。
日樹田牛の方はな、俺も最近 知ったんだよ。
まだまだ マイナーブランドらしいけど……。
脂身も食べやすくて 腹に重くならないし……。赤身も筋張ってない。
あの 川島精肉店でも少量しか仕入れてないっぽくてな……。なんとかアポ取って仕入れたんだ。
食用花は その時の試供品みたいなもんでよ……。
日樹田牛を扱ってる 畜産農家が趣味でやってるから 使わせてもらってるんだ。 」
「 ……なるほど。確かに 期間限定メニューに うってつけですね。 」
…………。
また食べたい味も……。二度と味わいたくない経験も……。
どちらもが、漠然と思い浮かんで 青年の心の奥を通り過ぎる。
…………。
「 要人……。こんなのもある。
日樹田牛の ホットラードドリンクだ。ぐい吞みしても良いぞ。
ハードな肉体労働には最高の チャージドリンクだ。……試作だけど。 」
「 溶かした牛脂なんて、カロリーの爆弾じゃないですか。
すみません 大丈夫です。
こんなの飲んだら、スムージーの爽やかさが台無しです。
イチゴと木苺に謝ってください。 」
「 んだよ。面白そうなのに。
仕方ねぇ調味料に使うか……。 」
…………。
連日とはいかないが……。
さほど 間を開けずに 訪れては 空腹を満たしていた馴染みのキッチンカーが、随分懐かしく感じた気がした。
有馬要人が、いつもと違う何かに気がついたのは、そんな時だった。
…………。
キッチンカーの 販売窓の外れの方に……。見覚えのある物が ぶら下がっていたのだ。
一部の羽根の装飾が 取れているような……。悪夢除けの御守り……。
ドリームキャッチャーである。
…………。
「 ……ところで、巻さん。
それって……。何処で……。 」
「 んん ?……ああ。これか。
もしかして、お前の忘れもんか ?
いつだったかな……。キッチンカーの中に転がってたみたいでな、最近見つけたんだ。 」
「 たぶん、そうかもしれません。
もう、5ヵ月近くは前でしたっけ ?
カムナベースから飛び出して……。
空護さん を探しながら、神地さん達との戦いに走り回った頃の……。
見つかって良かった。 」
…………。
7日間の旱魃(かんばつ)と名づけられた 戦い……。
アルバチャスとしての 神地聖正や……。
節制、吊るし人、運命の輪 に相当する 3体のエヌ・ゼルプトらとの戦いがあった時期だ。
…………。
当時 青年は……。K-15 地区の広場へ訪れ……。
怪人の脅威にさらされているように見えた 1匹の犬を護り戦った。
この時に、件の犬から お礼として 残された品が、ドリームキャッチャーだったのだ。
…………。
当時 使用していた 荷物入れの布袋である、衣嚢(いのう)に仕舞っていたが……。
いつの間にか 紛失していた物で、探しようが無くとも気に成っていたのである。
装飾に欠損の有るドリームキャッチャーは、貰い物でもあるからなのか……。
青年から見ても 所在が気に成る 物品だった。
…………。
巻健司も 青年との認識の足並みが揃ったらしく……。
店先に飾るようになった 背景を口にする。
…………。
「 あの頃か……。何回か 荷物を預かった時もあったし……。
その時に 荷物から落ちて転がってたのか ?
まあ、捨てないでおいて正解だったな。
見た感じ……。結構 本格的だし 材料も作りも良い値段がしそうな感じだったから……。
店先に 魔除け感覚で 下げてみたんだ。
持ち主がいるなら返すわ。ほらよ。
不眠症だったのか ?
意外と 御守り持ってるタイプだよな お前。
首に下げてる巾着とかも それっぽいし。 」
「 ありがとうございます。
元々は俺のじゃないんですよ……。どっちも貰い物なので……。
こっちの巾着は 両親からの 御守りです。
旅の安全祈願みたいな。
ドリームキャッチャーは両親からでは無いですね。 」
「 そういえば……。要人 お前、何処に行くにしても 徒歩だったったけ ?
願掛けくらいは されるわな。
……で ?ドリームキャッチャーの方は ?
そんなに高そうで 親以外からって……。誰からなんだよ。 」
…………。
有馬要人は、ドリームキャッチャーを手に取り……。不思議な気分になった。
先程の懐かしさの根幹に、この悪夢除けが関わるような……。そんな錯覚をしたように思えたからだ。
妙な気分になるが……。年の離れた友人との会話に意識を戻して……。応答する。
…………。
「 ……犬ですね。 」
「 犬ぅ !?んだよ それ……。
浮いた話が隠れてるかと思ったら……。犬 ?嘘だろ ? 」
…………。
青年は ドリームキャッチャーを手にするまでの背景を かいつまんで伝えた。
戦火の中で 逃げ遅れたようにみえた、1匹の 犬を助け……。
意外な形で お礼をされたのだと……。
…………。
「 ……なるほどね。
人助けと 犬助けもしたら、お礼に置いてってくれたのか……。 」
…………。
有馬要人が 話を終えて……。ブリトーの最後の 1口を 口の中に放り込んで食べ終える。
片手に持った スムージーの容器の中には まだ、何口か分の残りが あるようで……。
次を飲む タイミングを無意識に考えていると……。
キッチンカーに 新しい来客が訪れる。
…………。
来客は……。店主の巻健司も、青年 有馬要人とも 見知った女性だった。
…………。
「 ……巻さん 何の話してるの ?
あ、要人さん……。こんにちは。 」
…………。
天瀬真尋(アマセ マヒロ)……。
普段は APCの特務棟の社食で働く人物であり……。天瀬十一の妹でもある。
…………。
女性は 休日らしく ラフな服装で……。
タイトなスカートと スニーカーを合わせており、
スカートと同系色のキャップを髪留め代わりに しているようだった。
…………。
キッチンカーの店主 巻健司は、女性の質問に応えつつ……。
事実の意味合いをぼかして、誤解が産まれそうな言い回しに言い換える。
…………。
「 お……。調度良いところに。
聞いてくれよ 真尋ちゃん。コイツさ……。プレゼント貰ってんだよ。 」
「 え……。へえ……。プレゼント。 」
…………。
女性は 少しだけ 意外そうな反応を示す。
…………。
「 巻さん ちょっと…… !!違うでしょソレ !!
確かに貰い物だけど。あ……。 」
「 な ?調子乗ってんのよ。こんな感じで……。
真尋ちゃん は 誰に貰った プレゼントだと思う ?
要人、壊れかけの御守りだけど大切そうに してるんだぜ ? 」
…………。
言葉の意味に間違いは無いが……。想定外の方向へと レールが敷かれていき……。走りだす。
青年は 不必要に焦り……。自らの言葉で どつぼにハマった。
…………。
「 ……えっと。家族とか ? 」
「 あー……。おしい 半分正解。
残りの半分は、直接 本人の口から 聞いてみると良い。
真尋ちゃん にも イチゴと木苺のスムージー。サービスだ。 」
「 え……。そんな 巻さん。私 ちゃんと払うよ ?
いくら ?お店 潰れちゃう。 」
…………。
嫌に楽しそうな表情の 壮年の男と……。
誤解の可能性に四苦八苦している青年……。
そして、そんな 2人の攻防に気づいているのか いないのかも 外側からはハッキリしない女性……。
…………。
3人のやりとりは、どうにも珍妙で……。それでいて 調和が取れているようにも見えた。
…………。
壮年の男は、珍妙な調和を それらしい理由で強引に崩すと……。別の流れに押し込む。
…………。
「 良いから良いから !!
それよりも、悪いんだけどさ……。
要人も 真尋ちゃん も、あっちのベンチで スムージー飲んでてくれないかな。
ほら、あまり常連だけで たまり場みたいに成っちゃうと……。
他の お客さん が、買いにくく成っちゃうから。
悪いね 2人とも。 」
…………。
有馬要人と 天瀬真尋は 強引に高台の公園の端の方にあるベンチに向かうように促される。
ベンチからは、ニューヒキダ全域が見渡せるように成っており……。この日の天候も悪くない。
2人の間の空気は、格別 悪いわけでもなく 良くも無い……。
…………。
青年 有馬要人は、残りの分の スムージーを速いペースで飲み干した。
思わぬ 流れが 背中で噴き出す汗を増やす。
………………。
…………。
……。
~高所でのアクシデントと~
ニューヒキダ全域を見渡せる 高台の公園では……。
有馬要人と……。天瀬真尋の……。
ベンチに座った 2人が、それぞれに スムージーを口にする。
…………。
「 後で 謝らなきゃ……。
あ、このスムージー 美味しい。 」
「 俺も このスムージー好きだな。
……巻さん 変な時あるし、たぶん 大丈夫だと思う。 」
…………。
青年 有馬要人は……。思わぬ状況で 調子を狂わせて……。既に スムージーを飲み干していた。
…………。
残りの量にしても、何口分も無かったのだが……。
場の持たせ方を 誤魔化す 1つの手段としては、早々と使いつぶした 自身の行動に後悔する。
…………。
気がつかれないように 景色に遠くを見ながら、ゆっくりと鼻から息を吸い込み……。
……ゆっくりと 口から息を吐き出す。
吐き出す息の量は小出しになるよう、口を小さく開けて 閉じているか空いているかの境目に留めた。
…………。
なんとなく 気持ちを持ち直した気がして……。
こちらから、話題を 放り込む。
…………。
「 ……えっと そういえば、確かアレだよね ?
真尋ちゃん て、空護さん とは昔から なんだっけ。 」
…………。
特務棟の食堂で再開した時も……。
マーへレスを打倒した後の 食事会での様子も……。
親しげな 2人の様子が 印象的だった。昔馴染みらしく……。割り込むには難しいんだと やっと整理がついた。
…………。
「 え ?ああ……。そうだよ。
お兄ちゃん が よくウチに連れてきてたし……。
一緒に遊んだりもしたから。
どうして ?……何かあった ? 」
「 いや……。何もないよ。
確か そうだったかなって……。空護さん は自分で話したりしないから。 」
「 確かに。……だと思う。
アルバチャスとして戦ってたのも、去年の今頃は全然 知らなかったし……。
空護って、基本的に 無限実行って感じで、お兄ちゃん くらいにしか考えてる事 話さないんだよね。
実動班にも 入ってからは どんどん遠くに進んでくみたいな……。 」
…………。
確かに……。その通りだ。頼りになる反面の 裏側というか……。
戦闘処理においても、いざという時の危険を顧みないからこその強さが 周りを勇気づけている。
…………。
始めて ナイト型のピップコートと交戦し、地上への落下に対処が出来なかった時も……。
エヌ・ゼルプトとの戦いで危うかった時も……。
今までも何度も助けられてきた。
だが……。
…………。
だが……。その結果……。その強さが狙われ……。
本人でも どうにも出来ない状況へと追い込まれているのが 今の状況だ。
それが原因で 存在 諸共、消えてしまうなんて……。やはり馬鹿げている。
…………。
「 ……そうはさせない。
もし……。もしも、これからの戦闘処理で 何かあったとしても、俺が遠くには行かせない。
今は俺も アルバチャスの 1人だからさ……。
もし、空護さん に何かあっても 俺が助ける。だから安心して。 」
「 ……そっか。要人さん もヒーローだもんね ?
なら これからも いっぱい食べて、体力付けないと !
栄養足りなくなったら、身体が壊れちゃうし……。
私も もっと美味しい ランチ作れるように頑張んなきゃ。 」
…………。
青年 有馬要人の心の奥底では、戦意が燃えていた。
会話の流れを意図していた訳でもないが、先程までの緊張は 何処しらに消え失せて……。
使命感と義憤が しっかりと強く形を作っていくようにも感じる。
…………。
青年の頭の中に、ある 2人の言葉が蘇った……。
…………。
……。
……何が有っても自分の信じる事を信じろ。
1人 1人では とても敵わない状況でも……。皆でなら きっと 違う道を見つけられる筈だ。
…………。
……。
1つは 丹内空護(タンナイ クウゴ)からの言葉で……。もう 1つは天瀬十一の言葉である。
今……。1人では敵わない状況にいるのが 丹内空護なら……。これまでの自分が何度も助けられてように 助けが必要だ。
…………。
手段の 1つには もっとも最悪の手段も含まれているが……。
それを決断するのは本当に どうにもならない……。差し迫った瞬間のみ……。選べざるを得ない瞬間だけでいい。
…………。
出来る限り……。選ばなくても良いように……。最善を追い求める。
青年は、心の奥で より強く形が決まっていくものを改めて認識した。
…………。
目の前の女性と、その見知った人物が……。今も孤独に戦う恩人が……。笑っていられるように……。
気持ちが一度ほぐれて、頑丈に編みなおされるような感覚だった。
…………。
今までの戦い方に迷いがあったつもりも無いが、何かが すっきりした気さえする。
だからなのか……。いつもよりも 自然な笑顔で……。
日常的な本心を打ち明けられるように思えた。
…………。
「 実は俺さ、平日の楽しみにしてるんだ。真尋ちゃん 達の作るランチ。
いつも 今日の日替わりは何かなって……。 」
「 本当 ?うれしい。
要人さん いつも完食だもんね ? 」
「 気づいてたの ? 」
…………。
青年は 何も とりつくろわずに、等身大で話す。
この事にすらも 普段との差異を感じない。
…………。
「 ごめんね。
本当は 話すつもりなかったんだけど……。嬉しくて。
食堂で働いてるとね……。残しちゃう人 珍しくないんだ。
時間の都合とか いろんな理由で 完食できない人もいるから……。
ああ。献立考えたけど ダメだったかなって。
食材も上手く 使えなかったのかなって。
……へこんでも仕方ないんだけどね。
だから、毎回 完食してる人って ロスも出ないし……。
それで美味しく食べてくれてるなら、凄く嬉しいんだよ ?
作ってよかったなって。
あ……。ごめんなさい。急に……。 」
…………。
青年の 調子に巻き込まれたのか……。女性の方も 壁は無く会話が弾む。
…………。
「 いや 良いと思う。凄く格好いいよ。
ランチで 何を食べても美味しい理由も……。
今までも 頑張ってこれた理由も わかった気がする。
……よし。決めた。
最近は 忙しくて 空護さん 食堂に来てないかもしれないけど……。
今度 俺が 必ず連れてくるから。 」
「 え そんな。私は別に……。 」
「 大丈夫。俺に任せて ! 」
…………。
しかし、青年と女性の 見ている視線の先は微妙に、まだ揃わない。
2人の 間の空気は和むが、未だに変化の兆しが潜んでおり……。
この先へ続く道に 水を差すかのような、別の変化が 先んじて現れてしまう。
…………。
高台の公園の 端の方で……。中空に光が集まり、そこから 数体のピップコートが這い出てきたのだ。
…………。
「 あれは…… !
……真尋ちゃん 巻さん と一緒に隠れてて。
それから これ……。終わるまで 預かっててくれないかな。 」
…………。
有馬要人は、天瀬真尋に避難を促し……。同時に ある物を預けた。
青年が 預けたのは、ドリームキャッチャーである。
天瀬真尋もまた、青年の言葉を了承し 巻健司のいるキッチンカーの方へと向かい身を隠した。
…………。
青年は 眼前に現れた 数体のピップコートを視界から外さずに、デバイスを動作させる。
…………。
「 起動 !! 」
『 Unlock Grant !!
( アンロック グラント !! ) 』
『 Arbachas code-0- DAAT !!
( アルバチャス コード アイン ダート!! ) 』
『 The F0OL Extend !!
( ザ・フール エクステンド !! ) 』
…………。
ピップコートは 3種類 出現しているようで……。
ワンド・キングが 1体……。ペンタクル・ナイトが 4体……。ソード・ペイジが 3体……。
最近目撃されるようになった キング型と ナイト型の種類が 混じっているが、負けるつもりは微塵も無い。
…………。
愚者のアルバチャスは 拳を握り……。即座に戦いを終わらせようと意気込んだ。
………………。
…………。
……。
~後に続く恵み~
A-21 地区……。高台の公園の出入り口 付近……。
道路との境目の 間口の広い 辺りで、怪人エイオスの中でも 数の多い種に該当する ピップコートが出現していた。
…………。
中空に集約した光から 這いずり、飛翔し……。総数 8体の怪人が現れる。
4体の ペンタクル・ナイトは、ピップコートでも唯一の飛翔能力で、空を走り……。
3体の ソード・ペイジは、片方の腕と一体化している 幅広い片刃の剣先を 地面に引きずり……。
1体の ワンド・キングに至っては、自身以外の 7体を まとめる指揮役を担っているのか、
変容している 赤熱した片腕の掌から、攻勢の合図にも見える 砲撃を 1発 上空へと吐き出した。
…………。
青年 有馬要人は、先程まで 語らっていた 女性 天瀬真尋に、離れた場所へと隠れるように促し……。
愚者のアルバチャス として……。code-0-DAATを 専用端末から動作させる。
…………。
「 起動 !! 」
『 Unlock Grant !!
( アンロック グラント !! ) 』
『 Arbachas code-0- DAAT !!
( アルバチャス コード アイン ダート!! ) 』
『 The F0OL Extend !!
( ザ・フール エクステンド !! ) 』
…………。
アルバチャス……。
多くの人物が 平和を取り戻そうと願って 実現させた……。戦士の姿だ。
赤色と黄色の色彩が派手な、タロットカードの 愚者を思わせる 戦い護るための 力……。
…………。
青年 有馬要人は、拳を握り……。目の前の怪人達に相対する。
…………。
「 ワンド・キングに……。ペンタクル・ナイトか……。
……長引かせられないな。 」
…………。
約 1週間程前……。イェルクスとの初めての戦いでも現れた 新手の型だ……。
ワンド・キング……。
他のワンド スート持ちと同様に、片腕が先の膨らんだ 杖や棍と混じってるような独特な形状を持ち……。
膨らんだ杖の先頭部が、片腕の肘から手の辺りまでを 覆うように一体に成って、肘の辺りからは杖の 柄のような部位が棘の伸びる。
…………。
杖が一体になっている方の 片腕の掌は 常に赤熱し……。かつての炎熱を操るピップコート種、レッドコートを思い出させた。
…………。
ワンド スート持ちは、これまでにも確認されており……。
単純な数の多さを特徴に持つ ペイジ型や、飛翔能力を持つ ナイト型が主である。
この スートに共通する点として……。
杖や棍に似た片腕は 篭手のような役割と、掌から火球を打ち出す 中距離までを対応した 汎用性の高い立ち回りだ。
…………。
しかし、ワンド・キングは……。
単純な 戦闘能力に関しては、ピップコートの中でも エヌ・ゼルプトに最も近いと思われる キング型……。
…………。
掌から放つ火球の威力も、常に赤熱した片手での殴打にしても、名前に恥じない強さを持つ。
加えて……。王の名前を持つからなのか……。1段以上は 上の攻撃手段として……。厄介な能力を持っている。
……赤熱した掌から放つ 広範囲への熱線だ。
1週間程前の戦いでは、川沿いでの戦いだったからか 枝川の方面に向けての 空撃ちに終わったが……。
…………。
「 ……こんな場所で アレをやらせる訳にはいかない。 」
『 Hover Chaser Function !!
( ホバー・チェイサー ファンクション !! ) 』
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Sword Pentacle !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! ソード・ペンタクル !! ) 』
…………。
ホバー機能で 地上を統べるように走り抜け……。
落ち着き払った速やかな動きで 腰部側面のセンサーを次々と 動作させる。
…………。
ワンド・キングは、こちらも含めた広い範囲を 狙っているのか……。
赤熱した掌に熱を集めて、今にも 熱線を吐き出そうとしているようだった。
…………。
青年は、片方の手に アルバチャスの刀剣型武装 B.A.Swordを握る……。
B.A.Swordには、護符の恩恵が付与され……。光の刃が刀身を覆うようにして漂う。
…………。
4体の ペンタクル・ナイトは……。
飛翔能力と その頑強な鎧を駆使して、青年が ワンド・キングに至るまでの 道程を阻もうとしているらしく……。
執拗に接近し 立体起動で動き回る砲弾のように襲い掛かった。
…………。
3体の ソード・ペイジもまた 類似の目的なのか……。
片腕の剣を振り回して 時間稼ぎのような行動に移る。
…………。
計 7体のピップコートによる 地上と空中からの妨害と強襲だ。
常にホバー機能で疾駆する 青年との距離も 縮まっていくが……。愚者のアルバチャスには別段の不都合も無い。
…………。
『 Device Error Factor !! Cross Function !! THE MOON !!
( デバイス エラー ファクター !! クロス・ファンクション !! ムーン !! ) 』
『 Defender's Ability And Tactics !!
( ディフェンダーズ アビリティ アンド タクティクス !! ) 』
『 Extend !! Trick Ster ter !!
( エクステンド !! トリック・スター・ター !! ) 』
…………。
青年 有馬要人は、今の自身が取れる全ての能力から 最適な組み合わせを開放したのだ。
DEF 月 による、引き延ばされた時間軸での 擬似的な高速移動と……。
DAAT 星 による、質量の有る分身を かけ合わせる。
…………。
3体のソード・ペイジを 即座に切り伏せて……。その直後に 2体の分身を残した。
…………。
……。
舞い上がるだけの砂埃や……。
キッチンカーの洗い場の蛇口から落ちたばかりの、水滴の動きが緩慢になるスローモーションの世界で……。
2体の分身が 難なく 4体のペンタクル・ナイトを 爆散させる頃……。
青年 有馬要人は、ワンド・キングの直ぐ近くまで辿り着く。
…………。
ワンド・キングの片腕の 赤熱した掌には 今も熱が集まり……。
通常の時間軸では 10秒も待たずに、広い範囲を飲み込み焦土に変える熱線が放たれるのだろう。
…………。
愚者のアルバチャスが、片手に握る 刀剣型武装 B.A.Swordを用いて、ワンド・キングを一閃で切り裂き……。
爆散する直前に 上空へ向けて 強く蹴り飛ばす。
…………。
青年が DEF と DAAT 双方の特殊機能を解除して 通常の時間軸に帰還し、分身すらも消え去ると……。
先程までの青年が 蹴り飛ばした ワンド・キングが、上空で爆散した。
…………。
「 ……よし。間に合った。 」
…………。
特務棟からも近い 高台の公園で……。実動班の到着よりも速く、短い戦いが終息した。
…………。
……。
戦いが終わり 静かになると……。
キッチンカーの裏に隠れていた 2人の人物が顔を出す。
その中の 1人 天瀬真尋は、青年を案じているのか 言葉をかけた。
…………。
「 ……要人さん。大丈夫 ? 」
「 真尋ちゃん……。俺は大丈夫。アレくらい どうってことないよ。
そっちは ?怪我とか……。 」
…………。
青年 有馬要人も、アルバチャスを解除して 生身の姿に戻ると 応答し……。
念押しの確認で 相手の身を案じる。
…………。
いつの間にか交わる 2人の視線と距離感に、隠れていた もう 1人が割り込む。
割り込んだのは、壮年の男 巻健司だ。
…………。
「 安心しろ 問題ねぇよ。
お前が助けた どっかの犬と同じで 擦り傷 1つも無しだ。 」
「 ……犬 ? あ、それよりも これ……。返すね。ドリームキャッチャー。 」
…………。
日常のやりとりで 女性が何かを思い出したらしく……。
……戦いが始まる直前に 預かっていた物を、青年へと手渡す。
…………。
しかし、女性が話した言葉の内訳と、これに関わる ドリームキャッチャーが……。
偶発的に 巻健司の目に止まった。
これをきっかけに……。今さっきの戦いの前の……。青年と巻健司が話していた話題が再燃する。
…………。
3人は 次第に和み……。
話のついでに、青年が両親以外から貰ったプレゼントの種明かしが成されていった。
件の悪夢除けについても 認識が揃い……。
…………。
「 え プレゼントって……。そういう事 ?
巻さん が変な言い方をしただけか……。私てっきり……。 」
…………。
まんまと……。壮年の男の掌で 踊る 2人の若者は……。
あらぬ 誤解から……。解放されていった。
…………。
女性がどう思っているのかは、青年には わからないが……。
こういった件に関しては、戦闘処理よりも気疲れしてしまう。
…………。
「 ハハハ。まあ……。ジョークだよ ジョーク。
楽しかっただろ ? 」
「 ……ほら。コレだ。
真尋ちゃん あまり 巻さん の言う事 鵜呑みにしない方が良いよ。
たまに しか良い事 言わないんだ この人。 」
「 たまにかよ !
良いじゃねぇか……。ささやかな楽しみなんだから。
な ?プレイボーイ。
ほら 折角だ ホットラードドリンク飲むか ? 」
「 飲みませんよ !
飲んだら 口の中 ネロネロなるでしょ。
っていうか 俺は プレイボーイじゃないし。 」
…………。
変な汗を搔かされたが……。青年の表情は無自覚に笑っていた。
…………。
「 ……でも 一応、贈り物って意味は 間違ってないんだよね ?
要人さん の それ。
特別な想いとか……。込められてたりして ? 」
「 良いねぇ……。真尋ちゃん。
おじさん そういう感じ 良いと思うなあ……。……フフッ。 」
…………。
流れを 理解しているのか……。していないのか……。
女性が 真面目な調子で要点を結び……。沈んだばかりの話題を引き上げる。
…………。
巻健司は、この言葉に真っ先に反応し、真面目な顔をした……。
笑いを堪えているのだろう。緩んだ 表情が直ぐに浮き出るが、盛大には暴れさせないで やり過ごす。
…………。
……年の離れた友人の相変わらずの体裁だ。
…………。
「 あのね 真尋ちゃん。
世の中には真似したらダメな人っていると思うんだ 俺としては……。
この人の言う事は 信じちゃだめだ。 」
「 おい要人 !誰がこの人だ……。
俺が この人なら、お前は その人だぞ ?……それの 御守りの人だぞ ? 」
「 えっと……。じゃあ私は あの人で……。 」
…………。
3人の 会話の流れは 混戦した。
青年は、今一度 わずらわしさの無い 危機感を感じる。
…………。
「 ハハハ。なんだろ……。ダメだ。
この人に どんどん汚されてく気がする。 」
…………。
自覚すらも無い速さで時間が過ぎ去った。
実際の時間に換算するなら そんなに長い時間では無いのかもしれないが……。
青年の中に潜む 殺伐とした空気が、和らいでいく。
………………。
…………。
……。
~明るい見通し~
何処かに存在する仄暗い洞……。光溜まりの淵では……。
洞の中でも 高さが有る断崖に腰を掛けて……。
両の足をぶらつかせる 何者かが、自身以外の相手に 愚痴をこぼす。
…………。
「 ホントにダメですねぇ……。飽きた……。
先輩 俺ボク飽きた。
ピップコートなんて 送り込んでもさぁ……。今時なんの足しにも成らないでしょ。
そろそろ、また エスネト連れて出かけても良いよね ? 」
…………。
レヴル・ロウにも似た 外見を持つ 人ならざる異質な存在……。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。レト である。
…………。
自身の退屈さを 前面に押し出しているのか……。
近場に落ちている適当な 石を光溜まりの中に放り投げ続けた。
…………。
黒翼の怪人は、光溜まりの淵に立ったまま……。
悪魔からの 具申を一蹴し……。厳しい雰囲気で言い聞かせる。
…………。
「 汝、口を慎め……。
既に 規定の流れは 決まっている。 」
「 こないだの……。イェルクス様に悪戯したのを根に持ってるんですよね ?
良いじゃないですか……。
事前に楽しい事しよ ?て宣言したんだし……。
ニンゲンの戦神……。あんなに強いなんて興奮しませんでした ?
ガワだけじゃない メンタル込みの カシュマトアトルですよ ?
本物はやっぱ 違うなぁ……。ってなりません ? 」
「 汝、レト……。わきまえよ。
世界のマルクトは……。試練の最後に行きついた英雄とだけ 武闘を行う……。
それ以外の例外は、試練の根本的な遅延を 根絶する為に ログを通じて行うのみ。
あるいは……。成就しない試練を終わらせる その瞬間のみ。もっとも……。
……その瞬間は 武闘ではなく職滅になるがな。 」
…………。
黒翼の怪人 ドゥークラの後方には……。古い作りの遺跡の道が続き……。
先の方には道が分かれて、2つの影が存在している。
…………。
2つの影の間を隔てる壁は無いが……。
互いに一定の距離をもって 離されており……。どちらも自発的には動きそうにない。
…………。
片方は……。片腕に 湾曲した刃を持つ 黒色の鎧……。死神のエスネト……。
もう片方は……。極彩色の光を帯びる 緑翼の石鎧……。イェルクスだ。
…………。
ドゥークラは、後方の 2体と レトの間を阻むように直立しており……。僅かな隙も無い。
悪魔 レトも これを理解しているのか……。断崖の縁に腰を下ろしたまま 話を続ける。
…………。
「 ……けど、そのログも 戦神の意識が混じって、バグだらけだったじゃないですか。
返品して正解だったでしょ ?
まあ、返品元が イェルクス様しかないから……。
あそこまで ぶっとんだ状況は 俺ボク私も 誤算なんですけど。ハハハ。 」
「 汝、次は無いぞ ?
また 同じ類の動きをすれば……。暗雲に溶かすものと思え。 」
…………。
レトが 1つの笑い話で 洞内に声を響かせるが……。
黒翼の怪人は、一切の微笑もしない。
…………。
「 ……わかりましたよ。
だから、ほら ?大人しくしてるでしょう ?
エスネトが完全に顕現するまでは、缶詰生活……。
今まで以上のイレギュラーが起きないように 引きこもる。……悲しいなぁ。
でも、エスネトが良い感じに成ったら ?
今回の試練は失敗って扱いで、気兼ねなく お気軽に暴れてもオーケーなんでしょう ? 」
「 ……規定通りだ。 」
「 なら、もし……。試練の英雄が エスネトすらも飲み込んだら ? 」
「 ……規定通りだ。 」
…………。
今の悪魔にとっては 時間の経過と 言葉遊びだけが 娯楽なのだろう。
わざとらしく、既に知っている内容にも深々と 切り込んでいく。
それでも……。只 制限された現状には 気が滅入るのか……。1つの結果の催促を口にし続ける。
…………。
「 太陽の英雄が復活したら……。試練続行として、この場で 俺ボクらで殴り合いね。
はあ……。エスネト頼むぞ……。
どっちでも良いけど、早いとこ 決着付けて ?
経過時間的に……。たぶん、そろそろだよね ?ね ? 」
…………。
洞の中で……。
深い暗闇の中で……。静かに次への変化が 進んで行く。
………………。
…………。
……。
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