- 32話 -
正しい力
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目次
~過去と未来と今の両立~
某日……。
…………。
太陽のエヌ・ゼルプトが出現するよりも 何日か前の ある日の出来事。
…………。
A-21 地区の 高台にある公園では……。
お馴染みのキッチンカーの 片づけを、ある女性が手伝っていた。
…………。
……。
女性は 天瀬真尋(アマセ マヒロ)……。
キッチンカー MAKI☆MAKIのオーナー……。巻健司(マキ ケンジ)とも顔なじみの間柄である。
…………。
仕事が速めに終わった この日の帰り道で、晩御飯を購入したついでに なんとなく……。
閉店作業の手伝いを始めていた。
消耗品の残数を数えると、付箋をメモ代わりにして記録をつける。
…………。
少しずつ 片付けも終わりが見えてくると……。
女性は、幾つかの記録が綺麗にまとめられた 真四角の付箋を、店主の男に手渡した。
…………。
「 巻さん。はい コレ……。
後で パソコンに残しておくんでしょ。 」
…………。
店主の男 巻健司は、この日 使用した調理器具を 使い捨ての入れ物に仕舞い込む。
手の汚れを拭いて 付箋のメモを受け取ると、お礼の言葉と品を差し出した……。
お礼の品は、片付けの合間に 密かに用意していたようだ。
…………。
「 サンキュー 真尋ちゃん。
助かるわ。
お礼のクーポンと……。特性のクルミと蜂蜜のヨーグルトスムージー 2人分。
アイスランドの美味しいヨーグルト。スキールを仕入れられたんだ。
蜂蜜とクルミはカナダ産……。
確か……。十一 君は ナッツ系が好きって言ってたよな。 」
「 そんな……。お礼なんて良いのに。
ありがとう 巻さん。
お兄ちゃん、きっと喜ぶと思う。 」
…………。
いよいよ 片付けが終わって。
女性は 半ば強引に、ある話題へと誘う。
…………。
「 あのさ……。巻さん。 」
「 ん ?どした真尋ちゃん。 」
「 巻さんて……。お父さんとは、いつから知り合いだったの ?
どんな関係 ? 」
…………。
以前から気になっていた。
どう聞くか……。いつ聞くべきか……。判断に迷っていたのだ。
…………。
壮年の男 巻健司は、女性の疑問に軽く頷いて口を開く。
…………。
「 ……やっぱ 気になるか。そうだよな。 」
…………。
含みのある言葉が相槌代わりに うたれる。
巻健司は、数秒の間を置いて 疑問への回答を言葉にした。
…………。
「 ちょっとした顔なじみだよ。
22災害の少し後……。
俺も 日樹田に来たことがあった。
たまたま 近くで……。今とは別の仕事をしてたんだ。
……知り合いの忘れ物を 受け取りに立ち寄った。
その時は、小さな ご飯屋で相席に成ってな。
少し話した だけだったんだが……。
今の 新しいキッチンカーの納車 前後くらいに、特務棟の中で少し話して……。
お互いに思い出したんだよ。
聞けば 特務棟の技術系部門で 役職持ちだろ ?
俺が 一方的に 博士扱いして……。
いろいろと 手伝う事にしたんだ。
立派な人だよ 天瀬慎一 さん は。 」
「 そうだったんだ。 」
…………。
巻健司の回答は、女性が考えていたよりも あっさりとしたものだった。
かつて……。
ある山中の カムナ・ベースで過ごしていた日の出来事を思い起こして……。
当時、数分足らずでの出来事を謝罪する。
…………。
「 ごめんなさい。 実は前に……。巻さん が持ってた資料の中 見ちゃったんだ。
アルベギ族 ?とかの……。
お父さん の手伝いだったんだね。 」
…………。
疑念を向けるつもりも……。
敵意を持っていた訳でもないが、罪悪感が 女性の中に残っていた。
父との関係に どんな秘密が潜んでいたのか気になる ルーツになった出来事だったのだ。
…………。
巻健司は、微細な悪態感情も 湧きあがっていないようで……。
いつもと変わらない様子で 何食わぬ顔をしている。
…………。
「 ……そうか。
けど、真尋ちゃん が 謝る必要はないさ。
置き忘れた俺が悪かった。
もしかしたら……。てのは思ってたんだ。 」
「 ねえ 巻さん……。
私は何が出来るんだろう。
お兄ちゃん や お父さんは戦ってるんでしょ ?
空護や……。要人さん も……。
APCの人達も……。沢山の人が命がけで……。
私も直ぐ近くにいる筈なのに、見えてる景色が違い過ぎる。
知らない間に周りが変わっていく。 」
…………。
天瀬真尋の 心の奥には、高台の公園での ある日の景色が残っていた。
昨日の光景の中では、見慣れた 2人が 言葉をぶつけている。
…………。
有馬要人の 弱気な物言いも、巻健司の偽悪的な言動も……。知らない一面だった。
…………。
とんでもない何かを見てしまった……。そんな気分になる。
今も……。これは残っており、心をざわつかせた。
隣合わせの誰かが 途方も無い何かと戦い続けている。自分には……。
…………。
「 私にも 何か出来ないか。……ずっと考えてるけど。 」
「 戦わない 戦い方も あるさ。 」
「 ……え ?戦わない……。戦い方…… ? 」
「 そうさ。
……寧ろ 直接 最前線で戦える奴の方が ずっと少ない。
そんでな……。戦いってのは 前の方に進むほど非日常でしかないんだ。
なら……。戦わない奴が いないと……。
どっかで、日常には帰って来れなくなっちまう。 」
「 日常を残し続ける戦い……。 」
…………。
女性の中で 渦巻く悩みだった。
考え方の 1つが見えないだけで 歩き方も曇ってしまう。
…………。
巻健司は 更に付け加える。
…………。
「 ある意味。
直接 何かと戦うよりも 辛い時も有るだろうな。
維持し続けるってのも簡単じゃない。目に見える結果も地味な事が殆どだろう。
けど……。
人間は眠らなきゃ成らないし……。
食事だって しないわけにはいかない。疎かにしたら倒れちまう。
立派な戦いなんだよ。 」
「 護るための……。帰るための日常か……。 」
…………。
どんな立ち位置であっても……。
そこでしか出来ない手段と……。その向き合い方や 必要性だった。
…………。
壮年の男は、先程 受け取った四角い付箋を……。
A4サイズの用紙を挟むのに調度いい 図番のクリップに挟み込んだ。
…………。
女性が自身の有り方を模索し、ゆっくりと飲み込んでいく 様子を尻目にして……。
結論へと繋がる言葉を続ける。
…………。
「 どんな立場の戦いにも正義は有るんだろうな。
言葉は安いけど……。それはそれで事実だ。
1人 1人に大きな差は無いのかもしれない。
だから、最後に笑っていられるかどうかは……。
帰る場所が あるかどうか……。
休める場所が あるか……。そういう事なのかもしれないな。 」
「 休める場所や……。帰る場所か……。
そうだね。
少し見え方が変わってきたかも。 」
…………。
いつものように太陽は大部分が沈んで、空は 暗色に近い紫色が混じっていたが……。
女性の表情は対照的に 少しずつ 明るくなっていた。
…………。
「 ありがとう。巻さん。 」
…………。
天瀬真尋は しばらくしてから……。
この日も残業で 帰りが遅い兄の分のブリトーとスムージーを持って 帰路につく。
ブリトーとスムージーは、遅い時間に帰宅する兄の 翌日の朝食になる。
………………。
…………。
……。
~理性からの一方通行~
特務棟 近隣の 人口的な緑地……。
木々が通路沿いに生い茂る 開けたエリアで……。
自身を 悪魔のエヌ・ゼルプトと 称する 相手に、戦馬車のアルバチャスが 果敢に挑んだ。
…………。
戦馬車のアルバチャス 丹内空護(タンナイ クウゴ)が戦う相手は、恵花界(エハナ カイ)だった筈だが……。
度重なる奇行と 非常な言動は 度を越えており……。丹内空護から見ても、全くの別人だった。
…………。
……。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。レト……。
この存在の言動は どういった一貫性を持っているのか、まだ全容は見えないが……。
22災害を起こした 神地聖正(カミチ キヨマサ)とは別に……。
現在に至るまでの間、陰で何かしらを狙って暗躍していたのだと感じさせる。
…………。
レトが他の エヌ・ゼルプトと同様に、人ならざる姿を見せない意図は気になったが……。
今 発揮している 力の源であろう……。英雄のマルクトを 取り戻す為……。
丹内空護が、暗色と 藤色が混じり合う禍々しい レヴル・ロウの変異型に対峙した。
…………。
……。
レヴル・ウィステリア……。
レトが自称する 禍々しい姿の名前である。
恵花界としての 経験で身に着けた 植物への知見なのか……。旧姓に当たる 藤崎から……。
藤の花を 冠したものらしい。
…………。
レヴル・ロウが元とは言え、単純な戦闘能力は向上しているようだった。
俊敏性も、殴打の威力も、蹴りの重さも code-19-と同等か それ以上である。
英雄のマルクトを使用した 共通項なのか、背面からは 人体の四肢とは異なるギミックが伸びていた。
枝のような、節足動物の脚のような……。なんとも不気味な様相だ。
…………。
……。
不気味なギミックは 刺突武器としても、背面からの攻撃を受け止める手段としても機能している。
だが……。
…………。
丹内空護は、新たに使用可能になった 託された切り札で……。早期に 戦局を傾けた。
禍々しい レヴルを……。-7-DAATでの 猛攻で追い詰めて、2本の B.A.Swordを向ける。
…………。
戦馬車のアルバチャスの近接能力が強化された DAAT 月の恩恵を使用したのが決め手だったようだ。
…………。
……。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。レトは……。独特の余裕を崩していないのか……。
身じろぎすらしない。
…………。
丹内空護は、目の前の悪魔に……。最終通告を行った。
圧倒的な 戦歴を活かした 猛襲で、痛めつけた後の交渉である。
形だけは判断を委ねているが、成否にかかわらず その先は変わらない。……1つの確実な結果が見えていた。
…………。
「 勝負あったな レト……。
俺達 人間も日々 力を磨いている。
感情のままに仲間の無念を晴らさせてもらう。 」
…………。
……見えていた結果を 着実に手繰る筈だった。
…………。
戦馬車のアルバチャスが、刀剣型武装 B.A.Swordを強く握りなすと……。
ある人物の面影が見える。
…………。
「 ……すみません。丹内 総指揮長。
僕の心が……。弱かったばかりに……。沢山の仲間の命を 奪ってしまった。
伝次にも悪い事をしました。
アイツは……。僕を 何が何でも信じてくれていたんです……。
今なら断言できます。
悪魔のエヌ・ゼルプトは……。何の意図も無く嘘を付きます。
言動の殆どに 一貫性は無い……。暴れるだけの……。化け物です。
擬態なんてのも嘘だ。
僕は……。いつの間にか レトに同化されていたようです。 」
「 恵花……。 」
「 奴は今……。丹内 総指揮長との戦いで消耗しているのか……。
僕の意思で抑え込められています……。
きっと 英雄のマルクトの お陰でしょう。
けど、時間は長くない。
今のうちに……。僕 諸共……。奴を……。悪魔を 倒してください。
人間のまま 死に……たい……。 」
「 諦めるな 恵花……。堪えるんだ。有馬にも十一にも 連絡は送った。
不活性化を使えば 望みは有る筈だ。
……自分を見失うな !! 」
…………。
戦馬車の青年の言葉の語気には……。
仲間を勇気づけんとする 勇ましい優しさが織り込まれていた。
…………。
恵花界は、レヴル・ウィステリアとしての姿のまま これへの返答を返そうとしたのか身じろいでいる。
身じろぎながら……。
人間らしい 葛藤の答えを 絞り出す。
…………。
「 ……ダメです。丹内 総指揮長。
早く……。僕を……。グゥッ……。奴が 悪魔が 暴れてしまう。 」
「 恵花 !!……気をしっかり持て !! 」
…………。
丹内空護は、両手に持った 2本の B.A.Swordを手放して、苦しみ呻く かつての仲間の肩を掴んだ。
この直後……。
…………。
戦馬車のアルバチャスの身体に 禍々しいギミックが、刺さり……。
レヴル・ウィステリアが握る 小剣型武装デバイス L,L,Eの刃が、深く 脇腹に刺し込まれた。
…………。
「 ハハハハハ……。古典的な 三文芝居でも 引っかかるのか。
さっきも言ったでしょう。
俺ボクは……。僕も私も……。悪魔レトなんだって。
何を気負ってるんですか ?
人間が 怪人との境界に追い詰められる姿が 誰かを思い出させるってわけだ。
夢川結衣が……。重なる演技力とか演出とか……。
上手くできたんだねぇ。ワタシ俺って……。 」
…………。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。
レトは……。恵花界の声で……。反撃の一撃以上を 繰り出す。
…………。
背面から伸びる 禍々しいギミックで、何度も戦馬車の青年を刺し貫く。
樹木の枝先のような……。節足動物の脚のような先端には……。
しっかりと、赤い液体が付着している。
…………。
「 格好いい。格好いい。戦馬車は格好いい……。
戦馬車は無様だなぁ。ハハハハハ。……そろそろかな。 」
「 ……だまし打ちか。確かに俺は迂闊だった。
だが、恥じるつもりは無い……。俺は まだ 戦える !! 」
…………。
丹内空護は、後方に数歩 後ずさってから……。踏み止まった。
足元には おびただしい量の血が垂れている。
踏み止まるだけで 精一杯だったせいなのか……。DAATは解除され……。
平常時の戦馬車の姿に 戻ってしまった。
ここからの起死回生を……。狙う必要がある。
…………。
もう一度……。戦馬車の上位型へと姿を変えようと……。腰部側面のセンサーに手をかざした。
…………。
『 Device Error Factor !! Non Function !! Error !!
( デバイス エラー ファクター !! ノン・ファンクション !! エラー !! ) 』
「 ……こんな時に。 」
…………。
原因不明の 誤作動用の音声が鳴る。
間髪入れず……。聞きなれない何かが 動作した。
…………。
『 Absolute-13- !! Function !!
( アブソリュート・サーティン !! ファンクション !! ) 』
…………。
聞きなれない何かが……。鳴動すると……。
戦馬車のアルバチャスの全身からは、赤と黒の粒子が溢れていく。
これによる影響なのか……。身体中の無数の裂傷は 跡形もなく治癒されていった。
…………。
時間が逆に進むように、グズグズと 傷口が蠢いて 再生されていく。
…………。
種明かしは……。悪魔の口から飛び出した。
…………。
「 不思議に思わないですか ?
自身の傷の直りが早い事……。
ほら 今も……。身体中の傷が消えていくでしょ ?
丹内 総指揮長……。貴方は 死神のエヌ・ゼルプト……。
エスネトに成りかけているんだ。 」
「 死神の……。エヌ・ゼルプトだと ?
俺は 人間だぞ ?
今までも……。アルバチャスとして……。戦ってきた……。 」
…………。
これまでに、多くの情報を開示する悪魔のエヌ・ゼルプトだった……。
何が嘘で……。何が本当なのか……。もしかしたら……。
事実は 1つも混じっていないのかもしれない。
…………。
それでも、裏を知る手段が無い以上……。自由意志は少しずつ 情報の暴力に埋もれていく。
戦馬車の青年の自我は……。既に大部分が摩耗し始めていた。
…………。
……。
レトは……。淡々と言葉を並べて 情報を ぶちまける。
…………。
「 ですねぇ……。それでも不思議では無い理由はある。
見た感じ混ざり物が ある感じですが……。
死神は いつも、アルカナ適性の強い何者かの体を変化させて受肉する。
極まった肉体が 格好の餌食。
だから、出現しない事もある。
逆に……。
その時代の英雄が、死神に変わった事だって 事例としてはあるんだ。
当時の試練は 英雄の消滅と見なされて 試練は失敗。
世界は崩壊した。
歴史の中からも完全に痕跡を残す程……。
死神は とても危険なんだなぁ。
しばしば強い奴が受肉の元に成る……。
すなわち、強い戦士が 1人欠員して脅威に変わる。
なんの対策も出来ないなんてのは珍しくは無い。
もし……。対策するなら……。
極まった素体に成る前に試練を完遂するか……。
先に別のエヌ・ゼルプトに成るとかしかないのかなぁ。
……簡単じゃないよね。 」
「 ……グウウウァ。アアアア。……俺。……は。 」
「 さよなら。……英雄。これで後少しだ。
今回の試練は失敗でフィニッシュ !バットエンドよ こんにちわ !
……有機物を また 1個 間引いてやった。最高だ。 」
…………。
白色の鎧の戦馬車は……。黒色の歪な形状に姿を変え終える。
自我があるのかさえも、外側からは うかがい知れない。
外見的な特徴の 片腕の盾も無くなっており……。篭手すらも消え去っている。
誰かを護る為の 防具は消失し……。代替としてなのか……
元々の篭手が備えられた側の腕には 別の特徴が目立った。
…………。
それは 嫌な金色と、血のような赤色の輝きを光らせている……。
死神の象徴。……鎌を思わせる 曲がった刃が腕の側面から生えていた。
………………。
…………。
……。
~正しさ~
白色の鎧の戦馬車が……。黒色の姿に変異してしまう。
ある 悪魔のエヌ・ゼルプトの言葉通りならば……。
死神のエヌ・ゼルプト……。エスネトが 顕現した瞬間であった。
…………。
戦馬車のアルバチャスだった それの全身は、僅かな致命傷さえも治癒しきっているようだ。
この姿になって 一連の変化は、落ち着きを見せるが……。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。レト からすれば、何かしらの不可解な要点が有るようだった。
…………。
「 エスネト 元気 ?……んん ?変だな。丹内空護の意識は沈んでいるのに……。
……ああ やっぱりか。
試練の英雄 神地聖正だ……。仕込みを残してるな。 」
…………。
レトは 軽めに腕を組んで 思案した後に 初見を口にする。
初見の結果には それなりの納得を しているようだった……。
先程までの 諍いの音が納まってから……。穏やかな静けさが辺りを包んでいる。
…………。
不気味な静けさを……。2人の人物が切り裂く。
2人の人物は、丹内空護とも 恵花界とも近しい 見知った人物だった。
現在の 特務棟が直面している最低限度の脅威を理解しているようで……。
どちらも 戦闘可能な姿で、この場に駆け付ける。
…………。
……。
愚者のアルバチャス……。有馬要人(アリマ カナト)……。
丸七型のレヴル・ロウ……。伊世伝次(イセ デンジ)だった。
…………。
愚者のアルバチャスは、既に DAATを起動しているようで……。上位型の姿に身を包んでいる。
青年 有馬要人が、最低限度の問答を投げつけた。
…………。
「 界……。お前 エヌ・ゼルプトだったのか……。
空護 さん に 何をした ? 」
「 確か……。有馬要人 五班長。僕は無実ですよ。
父の為 母の為、試練の為に 取り組んだだけです。
これからも……。全身全霊で天使型の役割を果たしますとも。
試練に挑む知的生命体には、導きを……。
戦馬車のアルバチャスは、勝手に こう なった。
俺ボクのせいじゃない。
素質があっただけ……。エスネトが気に入ってしまっただけ……。
成るべくして、エヌ・ゼルプトに成るんです。
……まだ 他にも お気に入りの相手はいるようですけどね。 」
…………。
レヴル・ウィステリアは……。飄々としている。
声からは屈託のない 明るい感情が簡単に感じ取れる風だ。
…………。
愚者のアルバチャスは、DAAT 月の恩恵と……。
不活性化の光を振りまく上で 最も適した 武装を次々と起動した。
…………。
「 界……。俺は お前にも直ぐ 不活性化の光りを使うべきだったんだ。
空護 さん にも使えば……。きっと間に合う。 」
『 Defender's Ability And Tactics !!
( ディフェンダーズ アビリティ アンド タクティクス !! ) 』
『 Extend !! Dawn Moon Purge !!
( エクステンド !! ドーン・ムーン・パージ !! ) 』
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Wand Pentacle !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! ワンド・ペンタクル !! ) 』
『 Hover Chaser !! Function !!
( ホバー・チェイサー !! ファンクション!! ) 』
…………。
ホバー機能でも疾駆して、レッドコート化した 人達を元の姿に戻した 光の放流を繰り出す。
未だに……。恵花界も 丹内空護も 知っている姿には戻らない。
…………。
「 まだまだ !!何度でも 月の恩恵を注ぎ込む !! 」
…………。
レヴル・ウィステリアは、片手に握っている 小剣型武装デバイス L,L,Eで適度に反撃に出る。
逆手持ちでの俊敏な攻勢を仕掛けた。
拳を素早く打ち付ける挙動の延長にある斬撃だ。
…………。
有馬要人は、鋭く素早い 悪魔からの攻撃に対処せざるを得なくなってしまう。
黒色の戦馬車との距離も離されていった。
まだ、満足に不活性化の光を 浴びせ切れていない。
…………。
レヴル・ウィステリアの 狡猾な所作は 継続された。
背面から突き出した禍々しいギミックでも牽制をしている。
悪魔は、愚者のアルバチャスと戦いながら 親友に声をかけた。
…………。
「 DAAT 月の恩恵ですか……。
ピップコートにしか効かなかったでしょ ?
マルクトと直結した エヌ・ゼルプトには、どれ程の効果が有るのか……。
まあ 試して下さいよ。有馬要人。
そうだ……。伊世伝次 !
いつも ありがとう。お陰で ほら !元気になったよ !
俺も ボクも 私も…… !!伊世伝次の事が大好きだ !! 」
「 ……界。お前を増長させたのは俺にも責任がある。
好き放題させる隙を作ってしまった。
お前は俺が止める。 」
…………。
伊世伝次は、しっかりと 小銃型武装デバイス R,R,Gの 握把(あくは)を握った。
銃口の近くに 取り付けられた 照星を、藤色と暗色の レブルに向けて狙いを定める。
極短時間で……。レヴル・ウィステリアの頭部に定点射撃を浴びせた。
…………。
動き続ける的へ……。継続して 数十発以上の光弾が吸い込まれていく。
…………。
継続して被弾する衝撃が、レヴル・ウィステリアの姿勢を崩し のけ反らせる。
青年 有馬要人は、この機を見逃さずに……。B.A.Wandによる打撃を叩きつけた。
…………。
「 完璧だ 伝次 !!……このまま空護さんに 不活性化を !! 」
…………。
悪魔のエヌ・ゼルプトは、確かに 後方へと小さく 後退させられる。
愚者のアルバチャスが、ホバー滑走で レヴル・ウィステリアの横を すり抜けて……。
変異してしまった無言の アルバチャスに接近した。
…………。
この瞬間に……。悪魔のエヌ・ゼルプトは……。
恵花界の声で 小さく笑った。
…………。
「 フフフ。そろそろかな……。エスネトが 多少は動かせる頃合いだ。 」
…………。
不穏な笑い声の直ぐ後……。
有馬要人が、丹内空護に 今までで最も近づいた瞬間……。
黒色の戦馬車は、赤々とした目を光らせて……。片腕に備え付けられた 曲がった刃を振るった。
…………。
愚者のアルバチャスは、辛うじて 身をひるがえすが……。B.A.Wandは先端部が切断されてしまう。
青年は、杖型武装の残骸を直ぐに手放して距離を取った。
…………。
B.A.Wandの欠片が 中空で爆発するよりも 迅速に……。黒色の死神が動き出す。
無機質な動きではあるが……。だからこそ 挙動に無駄は無く……。
愚者の青年を 驚愕させる。
…………。
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Sword Pentacle !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! ソード・ペンタクル !! ) 』
…………。
戦いにおいて 丹内空護に次ぐ 経験を積み重ねてきた 有馬要人をもってしても……。
死神の俊敏な動きも 無感情な動作も、本能的な恐怖を呼んだ。
簡単な横薙ぎのようだったが、刀剣型武装 B.A.Swordを呼び出して受け止める。
…………。
「 空護さん……!!……なんて力だ。 」
…………。
愚者のアルバチャスが握っている 刀剣型武装には護符の恩恵が乗っており……。
周囲には、DAAT 月の 不活性化の光が にじみ出ている。
B.A.Wandを使用せずとも、肉薄した戦いを行う距離ならば……。
相手の アルカナの光の影響を弱体化出来ている筈だった。
……筈だったのだが。
…………。
愚者のアルバチャスが B.A.Swordで受け止めている、死神の曲刃が……。
刃先に火花を散らしている。
死神の脅威は これだけでは留まらない……。
…………。
切り結んでいる 間でも、曲刃の切っ先が 愚者の青年の身体に届きそうだった。
抉り込むような三日月型の刃が、つば競り合いの意味を無くしてしまいそうだ。
曲がった刃の一部を受け止めても、侵入するような形状の切っ先だけは 更に先に届くのだ。
単純な力も強く……。攻めるにしても引くにしても、見極めが難しい。
武装の切り替えをしたくても、片腕の 1つすら離したら危うい状況だった。
…………。
……。
愚者が死神の対処に追われている合間……。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。レヴル・ウィステリアが……。もう 1人の方を向いた。
…………。
「 見ろ 伝次……。アレが死神のエヌ・ゼルプト……。エスネトだ。
まだ、不完全だから 俺ボクの声を聞いても話が出来ないようだけどね。
アイツは 光の試練においても ヤバいんだ。
打撃に斬撃を付与できる。
切断に特化してるんだよ。 」
…………。
レトは、軽快な口ぶりで 伊世伝次に話しかけている。
変わらない友情を感じているのか……。とても穏やかな口調だった。
…………。
「 なあなあ 伝次。
俺ワタシは、お前が 大好きだ 友達だろ ? 」
「 そうだ。俺と界は 親友だ。
……だから 俺は、これ以上 お前が踏み外す所なんて見てられない。
木田さん 達が死んだ。
これ以上は……。ダメなんだよ 界。 」
…………。
伊世伝次は、意を決したのか……。自身の小銃型武装デバイスの切り札を動作させる。
レヴル・ファンクションで……。炸裂弾を撃ち込もうとしたようだった。
一見すると……。
少しの 隙も無い、身体に落とし込まれた挙動だったが……。
…………。
伊世伝次の腹部と胸部には……。鋭利な何かで刺突の痕跡が付けられている。
丸七型の真正面には、レヴル・ウィステリアが立っていた。
…………。
刺突の痕跡からは、有機的な赤色が 噴き出す。
…………。
伊世伝次の身体が自立する 力を無くして、転倒しそうになると……。
悪魔のエヌ・ゼルプトが……。優しく抱きしめた。
…………。
「 僕ワタシは……。伝次が大好きだ。さようなら。 」
…………。
レヴル・ウィステリアは、自身の両腕で 抱きしめている 丸七型の背中に……。
禍々しい背面から伸びるギミックを 刺した。
…………。
深く深く差し込んで……。
伊世伝次の背中に 致命傷以上を 残す。
…………。
レトは優しく 抱きしめていた相手を解放し……。その場に横たえさせた。
…………。
調度、示し合わせるようにして、上空からは 赤眼の巨怪……。ポメグラネトも降り立つ。
悪魔は死神に合図を送った。
…………。
「 エスネト 今日は これで撤収だ。ゆっくり定着させれば良いよ。
試練の英雄も まだまだ軽視できない。 」
…………。
黒色の死神は……。この呼びかけに 直ぐに反応を示す。
愚者のアルバチャスには目もくれず……。
悪魔と 赤眼の巨怪が並び立つ方角へと向かった。
…………。
あまりにも あっさりとした幕引きだ。
…………。
死神が ホバー滑走に似た動きで 地上を移動すると……。
これを援護するようにして ポメグラネトが動く。
歪な片腕の先端からは 光の短槍を無数に打ち出した。
…………。
青年 有馬要人は、伊世伝次の身を護るためだけにしか 立ち回れない。
…………。
「 伝次 !!死ぬな !!……界の奴なんて事を。 」
「 有馬要人……。俺僕は やる事やったんで 出直します。
皆には よろしく伝えてください。さよなら伝次。
また 会いましょう 有馬要人。 」
…………。
レヴル・ウィステリアは、背面から伸びる 枝のような脚のような突起物から……。
アルカナの光の弾丸を無数に打ち出す。
…………。
愚者のアルバチャスは激高した……。
伊世伝次の真ん前で 自身の身体を壁にすると、切り札を動作させる。
…………。
『 Defender's Ability And Tactics !!
( ディフェンダーズ アビリティ アンド タクティクス !! ) 』
『 Extend !! Trick Ster ter !!
( エクステンド !! トリック・スター・ター !! ) 』
「 お前を逃がすかよ。界 !! 」
『 Hover Chaser Function !!
( ホバー・チェイサー ファンクション !! ) 』
『 Barrage Armed !! Function !! Pentacle !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ペンタクル !! ) 』
…………。
DAAT 星と、護符の恩恵を かけ合わせて……。
愚者のアルバチャスは、15体にまで 複製される。
…………。
5体は 伊世伝次の警護に回り……。
10体の 実体を持つ残像が、反撃に移った……。
…………。
……。
反撃に移った 10体は……。光弾の中を進んで行くが……。
黒色の死神が……。黒色の飛ぶ斬撃を一閃 打ち出すと……。
避けきれずに 次々と消滅してしまう。
…………。
9体の残像が消滅し……。1人の実体が 吹き飛ばされる。
有馬要人は、死神からの斬撃に直撃してしまい……。systemの強制解除に追い込まれた。
…………。
……。
ポメグラネトにしても……。黒色の死神にしても……。一切の言語を発しないからなのか……。
悪魔のエヌ・ゼルプトが、今度こそ 去り際の言葉を残す。
…………。
「 また会いましょう。そう言ったんですよ ?有馬要人……。
まだまだ のた打ち回って くださいよ。
そろそろポメグラネトと遊んでた 何人かが来るでしょ。
それじゃ……。 」
…………。
3つの脅威は……。
おびただしい光の放流の中に 姿を消した。
…………。
程なくして……。
大代大(オオシロ マサル)と、荒井一志(アライ カズシ)も 合流を果たす。
…………。
……。
大代大と荒井一志の 2人は、つい先ほどまで……。
特務棟の近郊に出現した ポメグラネトとの交戦に対処していた。
赤眼の巨怪 の後を追い……。現在に至るのだ。
…………。
大代大は……。有馬要人の元へ向かい……。
荒井一志は……。伊世伝次の元へ向かう。
…………。
愚者の青年は、命に別状は無さそうであるが……。
…………。
伊世伝次の方は、既に長くはないようだった……。
…………。
……。
適当な青年……。伊世伝次が……。同期の顔を見つけたからか……。
どうにか声を吐き出す。
自分自身の先を知っているようで……。
喉の奥や……。身体中の傷口からの出血など 気にも止めていないようだ。
…………。
荒井一志は……。眉間に力が入っていたが……。口角を上げて耳を傾ける。
…………。
「 ごめん……。一志……。……自。業自……。得だ……。
俺さ……。
……アイツを。
独りに……。したくながった……。……がっふ。
………………。
ごめん……。 」
「 ……伝次。ゆっくり休んでください。
その気持ち 自分が受け取りましたから。 」
…………。
伊世伝次は、涙と血にまみれて……。
息を引き取った。
…………。
この日……。
各 戦地での、損壊も含めて APCは大きな痛手を追った。
特に 人的被害は大きく……。
丹内空護、恵花界、伊世伝次、木田郷太の 4人を始め……。
全体を見ると 軽視できない 痕が残ってしまう。
………………。
…………。
……。
~白と黒の英知~
悪魔と死神が表られた この日……。
特務棟内部で 多くの被害が出た この日……。
…………。
C.E.O代理の 仁科十希子(ニシナ トキコ)も……。
特務開発部 部長の 天瀬十一(アマセ トオイチ)も……。
遅い時間まで 事後処理に追われた。
…………。
日付も変わって 未明に成ると……。特務棟内部の 人影が疎らになる……。
この間……。
天瀬十一の業務用パソコンと 接続されているディスプレイが 人知れず何かを映す。
…………。
どうやら、ディスプレイ上に 展開されたのは ある 2種類のデータのようだった。
…………。
1つは……。ウィンドウのバックスクリーンが 白色のデータ……。
……神地データからの解析情報を映すものだ。
…………。
もう 1つは……。ウィンドウのバックスクリーンが 黒色のデータ……。
……カムナ・ボックスからの解析内容である。
…………。
……。
神地データの方には……。件の死神についての記述が アンロックされてた。
死神のエヌ・ゼルプト……。エスネト……。
神地聖正が、これを利用して 肉体を変えてでも 蘇る 狭域完全制御……。
Arcana Barrage Chase System -A-13-……。通称……。
-Absolute-13-
(アブソリュート サーティーン)
太陽神を再臨させる 逆位置の死神……。
…………。
搔い摘んだ内容でも、手放しで喜べるような内容の記述ではない。
…………。
情報群を模したイメージなのか……。
黒色の鎧で身を包んだ 骸(むくろ)が……。大鎌を握っては馬に跨り……。
データ ウィンドウの 下部の辺りで ゆっくりと 歩いている。
…………。
……。
これとは対照的に なのか……。
はたまた 偶発的な ものなのか……。
…………。
バックスクリーンが黒色のデータ……。
カムナ・ボックスからの解析情報にも なにかしらの、未知の情報群が 映されていた。
…………。
A-8_+_A-11_=_A-181……。
JUSTI-F0R-CE
(ジャスティフォース)
…………。
神地データ程の 濃密な情報量こそ 展開されてはいないが……。
雷が剣に吸い込まれていくような イメージのロゴが、添えられていた。
剣のつばには ライオンのような意匠も確認できる。
…………。
カムナ・ボックスから展開された 未知の情報群は……。その一部が 何処かに転送されているようだ。
転送先は……。マルクトが久しく まともに動作していなかった デバイス……。
天瀬十一が所持する……。code-16-の起動用端末だった。
…………。
当人の 天瀬十一が、仮眠の代わりにシャワーを済ませている間……。
これらのデータも、自動的に 閉じられて……。何事も無かったかのように 身を潜める。
起死回生か……。更なる 試練なのか……。
白衣の青年が 兆しに気がつくまで、もうしばらく時間を要する。
………………。
…………。
……。
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