- 31話 -
運命対自由意志
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目次
~変化の初動~
太陽のエヌ・ゼルプト、アポロダイスに打ち勝ってから数日……。
ある日の夕食時。
…………。
実動班班員用 宿舎の 一室……。恵花界(エハナ カイ)の自室では……。
伊世伝次(イセ デンジ)が 晩御飯の総菜とアルコール飲料も持ち込んで、ちょっとした 祝杯を上げていた。
…………。
植物好きの青年。恵花界は いつもと変わらない 友人の様子に気が緩んでいるのか……。
それとも、節目の今に 何かしらの感慨深さを感じているのか……。
珍しく アルコールの飲酒 頻度が短かった。
…………。
「 まさか、レッドコート種の ソード・キングが 木田郷太(キダ ゴウタ)さん だったとはな。
強い筈だよ……。僕も予想外だった。 」
…………。
恵花界の表情は 少しだけ 柔らかいような……。
少なくとも 適当な青年、伊世伝次からは そう見えた。
…………。
「 危うく死ぬところだった。冗談じゃない。
神地さん が、あんな事してたなんてな。いや……。もう 呼び捨てで良いのか ?神地 !!
それにしても、酔っぱらってるだろ らしくない。
木田郷太さん だなんて。 」
「 ……そうかもしれない。
少し気分が変わったからかな。 」
「 なあ 界……。
レッドコート種の件はこれで解決なのかな ?
後は ポメグラネトを どうにかできれば……。
けど……。エヌ・ゼルプトは やっぱハードル高いな。
あ、そうだ……。
一志は今日、夜間の警邏(けいら)らしいから……。パトロール中で……。
て……。さっき話したなコレ。
俺も酔ってるわ。ハハハ。 」
…………。
同期通しの 独特の緩んだ空気感だった。
例えば、急に何か しでかしても 多少の事なら 笑って許されるような……。
何を言っても笑いが起きるような……。
…………。
余力しかない空間で、植物好きの青年が らしくない顔を見せる。
…………。
「 伊世伝次……。 」
…………。
酔っぱらっているのか、変に珍しさが目立つ。
持ち込んだ総菜の、那須の漬物は少しずつ数が減っていく。
…………。
適当な青年は、違和感を笑って茶化した。
…………。
「 なんだよ ?俺もフルネームか ?卒業式かよ。
飲み過ぎじゃないのか ? 」
「 ハハハ。冗談だ。僕は そんなに酔っぱらっていないよ。
思うんだけど……。英雄のマルクトって どうなるんだろう。
アレがあれば、アルバチャスと同等か それ以上の能力を発揮できる。……つまり。 」
…………。
違和感の根幹は……。
植物好きの青年が 戦う理由と……。そこから発展しつつある もの……。
…………。
これを 取り繕った帳尻合わせだったのかもしれない。
伊世伝次は、そう思った。
…………。
「 ……ご両親の為に、今までの犠牲になった人達の為に か。
マルクトの適性が どういったものなのかは、わからないからなぁ。
触ったら わかったりして。……無いか。 」
「 実は、丹内 総指揮長と 有馬さんの 救助に向かった時……。
何かが見えたんだ。 」
…………。
恵花界の言葉は……。何かしらの可能性を示唆する。
この示唆が 現実ならば、今後の全体への影響は大きい。
…………。
適当な青年は、この可能性を 高い精度の未来だと確証した。
友人の言葉が本当なら 同期としても鼻が高いし……。
マルクトの中でも 神地聖正(カミチ キヨマサ)が使用していた物は、とりわけ強力だと聞いている。
現実に成れば、わけのわからない 怪人達が相手でも 遅るるに足らない。
…………。
「 本当なら それ……。
英雄に見える幻視って奴じゃないのか ?
たぶん 適性があるって事だろ。
天瀬 副指揮長か誰かには話してないのか ? 」
「 一瞬だったから 僕も確証は無いんだ。
もう 1度、マルクトに触れれば……。わかる気がする。 」
「 なんだよそれ !!凄いぞ 界 !!
完全に そうだぞ ?確証は 有るようなもんだ。
俺が保証する。明日 話してみようぜ。 」
…………。
何よりも……。
友人が、自身の意思で 目指したい未来を掴みとれる。
適当な青年からしても 応援する以外の選択は無く、反対する理由も無い。
良い事は続くものなのだ。
…………。
恵花界は、伊世伝次の様子から安堵したのか 和らいだ ままの表情で話す。
…………。
「 ……そうかな。
それなら 明日 木田さん達に報告してからにしよう。
まだ、意識は戻らないらしいけど、意思表明をしたい。
ついてきてくれるか ? 」
「 聞くまでも無い。ついてくよ。
友達だろ。
決まりだ !
明日は集中治療室に行って、その後は 新し英雄の誕生だな。 」
…………。
これからの未来に……。意思を示す。
2人は、確かな友情を確かめた。付き合いの長い 2人ならではの 談笑が尽きなかった。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
特務棟の社長室……。
この日も 日が沈んでからの時間に……。
白衣の青年 天瀬十一(アマセ トオイチ)が 顔を出す。
…………。
社長室の主……。C.E.O代理を務める人物……。
ショートヘアが似合う女性……。仁科十希子(ニシナ トキコ)は……。
デスクの周りを整理し 帰り支度をしているようだった。
C.E.O代理の女性は、白衣の青年に気がついたようで 先に声を掛ける。
…………。
「 天瀬 君。どうしたの ?
前よりは 表情が 和らいでいますね。
急ぎの仕事なら、聞くけど ? 」
「 すみません。客観的な意見を 少し聞いてみたかったんです。
父や 前 C.E.Oは、どこまで知っていて 先を見越していたのか……。
以前は……。すみませんでした 不躾でした。
自分の打算の為の謝罪のようで これは これで申し訳ないのですが……。
先程の悩みと、謝罪の気持ちに嘘は無いです。 」
…………。
白衣の青年 天瀬十一は、前回 疑念を持って接した件に罪悪感を持っていた。
謝罪の念を伝えたかったが、最近までは踏み切れず……。その隙間を埋めるように 戦闘処理も頻発し……。
言い訳に成るが 完全に機を見つけられないでいたのだ。
…………。
当時こそ、特に険悪な言い合いには成らなかったが、甘え続けるのも良い事ではないと心底思った。
…………。
そんな折だった。……父 天瀬慎一(アマセ シンイチ)が残した記録の 1つに目を通す。
過ちを積み重ねるべきではないのだと……。心の奥底に叩きつけられた気がした。
些細な しがらみの種も、都度都度 解消しなくては……。
完全な解消は無理でも、少しずつ身近な所から 事に当たらなくては……。
…………。
手探りではあるが そう思っていた。
本題は別の事だが……。これだけは無視したくはなくて 先に切り出したのだが……。
…………。
「 すみません。虫が良すぎましたね。
今のは 忘れてください。帰り支度の邪魔をして すみませんでした。 」
「 待ちなさい 天瀬 君。
すみません……。今 貴方が コレを何度 口にしたか わかる ?
伊達に 貴方より 生きてないのよ ?
前の事は心外だけど、気にはしていないし……。
職業がら疑われるのも慣れています。
天瀬 君が、心底 真面目に向き合っている事も 理解しているつもり。
だから 話してみなさい……。まずは聞くだけ。
そこから先は その後。 」
…………。
ショートヘアが似合う女性は聞く姿勢を 即座に用意して見せる。
それどころか……。
未だに 事が運んでいる事実に気がつかない 白衣の青年から、本題を引きずりだそうと 助け舟を出した。
…………。
「 さあ……。話してみなさい。
人生の先輩が聞いてあげますから。 」
「 本当に よろしいでしょうか。 」
「 無論よ。
冗談で時間を使う訳が無いでしょう ?
それとも何かしらの問答で駆け引きをしたいの ?
違うでしょう ? 」
「 そう……。ですね。
わかりました。少し 甘えさせてください。
光の試練についても気に成りますが、アルカナの光りについてです。
父は昔 別の名前で、呼称していたようなんです……。
Unconfirmed Element……。直訳すれば 未確認の要素……。元素でしょうか……。
(アンコンフォームド・エレメント)
古いデータなので、欠落も有るのか 目ぼしい情報も少ないですが……。
光の試練が始まるよりも……。いえ、地底湖が発見されるよりも前に これを知る……。
もしくは……。予測しうる事は可能なのでしょうか。
父も 神地さんも……。
何が見えていたんでしょうか。
あ……。すみません。
日樹田の外から来た人に話すような内容では無いですよね。 」
…………。
白衣の青年は、本題を吐露するが……。直ぐに遮断する。
…………。
仁科十希子は、短めの髪を耳に掛けなおす。
少し困ったように 眉間の近くを 持ちあげて 少しだけ笑う。
本題とは異なる部分にあえて 脱線した後に、本題へと話を進めていった。
…………。
「 天瀬 君。貴方……。
たぶん 癖に成ってる。ひとまず その謝る癖 直した方が良いわね。
謝られ続けるのも辛いものよ ?
それにね、最初に挨拶した時に話してたと思うけど……。
私も 産まれは 日樹田の人間なの。
余所から来て日も浅いけど……。仲間はずれにはしないでね。
寂しいでしょ ?
脱線したわね。話を戻しましょうか……。
つまり……。
もしかしたら、光の試練に連なる重大な何かに お父様が関わっていて……。
前 C.E.O神地聖正 以上に大きな罪を犯したのかもしれない。
それが……。怖いのね。 」
「 22災害は本当に多くの不幸を生み出してしまった。
今までは、それを仕出かした他人を 外側から見るように生きていました……。
俺は……。身勝手な恥ずかしい人間です。
父が残した物を形にしても……。何をしても……。
贖罪できている実感が無いんです。
もちろん父を恥ずかしい人間だと思っていた訳でも無いんですが……。
自分が身を注ぐ 手応えに飢えてしまう。
もっと先が欲しくなってしまうんです。
直接 命を掛けて 挑む仲間を どれ程助けられているのか……。手応えが無い。
けど この願望は 自分の都合でしかないのに……。切り捨てられないんです。 」
…………。
白衣の青年 天瀬十一は 不安の顔を覗かせている。
表情は嘘のない感情で、普段よりも弱々しい。
…………。
ショートヘアが似合う女性 仁科十希子が、静かな水面のように ゆっくりと話す……。
落ち着いた 速度で、これからを補助出来うる 指針が育つように……。
最後には 今を鼓舞する 言葉を沿えて。
…………。
「 貴方の考えは とても真面目で優しい人間の捉え方ね……。
今は辛いかもしれないけど、その願望が無くなるまで 進み続けるしかないんじゃない ?
私が思うにはだけど……。
天瀬 君の考え方が 悪い事だとは思わない。
けどまだ、早合点の可能性も有るんでしょう ?
もしかしたら、今を生きる人間には 誰にも わからない事かもしれない。
むしろ……。
1人の人間が知りえる事なんて 思ってた以上に ずっと少ない。
それなら……。
少しだけの気構えさえあれば……。
現実になった時に受け止める気構えさえ用意できるのなら……。
考えるのを先に残しておくのも 心のバランスの取り方としては有りなんじゃない ?
今は 今出来る事と向きあって、自分の世界で進み続ければ良い。
実際……。それが実って DAATが実現されたんでしょう ?
進み続ければ、いつか今の悩みにも自分で答えを見つけられる筈。
確か まだ、30前でしょ ?私よりも 10近く若いんだもんね。
貴方なら 絶対 大丈夫よ。自信もって……。
焦らないで ゆっくり向き合って、じっくりと答え方を探せばいい。
どうしても 辛い時は 美味しいものでも 食べましょう ?
飲食の伝手で 良い知り合いがいるから。 」
…………。
白衣の青年の不安には、少しずつ心の枠組みが添えられたようだった。
2人が この日の帰路についたのは 少しだけ後になる。
………………。
…………。
……。
~アクシデント~
特務棟の 天瀬十一の自室。
特務開発部の中の 部長室では……。
有馬要人(アリマ カナト)が、天瀬十一を相手に 意見を交わしている。
…………。
内容としては、ここにはいない 青年の今後について……。
…………。
「 どうします ?十一 さん。
DAAT 月の恩恵を使えば もしかすると……。 」
…………。
話の渦中にある青年は、レッドコート化の懸念があったのだが……。
……懸念を払拭する手段が 最近に成って 立証できたのだ。
DAAT……。天瀬十一の父、天瀬慎一が残した 技術による切り札である。
…………。
白衣の青年 天瀬十一も、青年の言わんとしている事を察しているようで……。
短い時間感覚で返答を返した。
…………。
「 ……もしかすると、恵花 君も レッドコート化の疑念は消せるのかもしれないね。
ただね……。前に人間に戻った 24人のデータが コレなんだけど……。 」
「 十一さん。これは……。 」
「 アルカナ適性が最下限値まで 下がっているんだ。
ようするに……。木田さんも含めて 24人は、レヴル・ロウすら起動できない事に成る。
一般的な実動班として、特殊小銃 W.C.P.Sを扱う分には弊害は無いけどね。
だから、今後の進路は 意識が回復して リハビリが ある程度進んでからだけど……。
24人にとっては、もしかしたら酷な選択に成るかもしれない。 」
…………。
白衣の青年は、今回の流れを 想定していたのか 1つのデータ資料を 展開する。
この結果によれば、渦中の青年は 行動理念の 大部分を手放す必要が有るのだ。
精神的な支柱を天秤に掛けなくてはならない事実は……。やはり残酷である。
…………。
尚の事、これが単純なようで 厄介な 問題に成っているのだと、考えるまでも無く理解できた。
青年 有馬要人も 目を細める。
…………。
「 ……界は ご両親の為に戦っているんでしたね。
レッドコート化の疑念を無くすと、同時に……。
彼誰五班からは除籍される事に成ってしまうわけですか。
説明の仕方が難しい問題ですね。 」
「 DAATを使用する方が 断然 優先されるけど……。
彼の 意義の中で 大きな 1つを奪ってしまう。
逆に 関 さん の時は、アルカナ適性に変化は無かったからね……。
レッドコート化の可能性が高い確立で残っているのは事実だ。
どこまで先延ばしにし続けらるのかも難しい。
……少し 俺も考えてみる。 」
「 わかりました。十一さん。
出来る事は少ないかもしれませんが、俺も考えてみます。 」
…………。
目の前に並べられている手段が カードのように並んでいるような気がした。
どの切り札を切るのか……。
どの切り札が、何に繋がるのか……。2人の青年を悩ませる。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
数日後……。ある日の特務棟……。
丁字の通路で、天瀬十一、有馬要人、恵花界の 3人が 鉢合わせになった。
3人は それぞれが、別の方角から訪れて……。
通路が交わる合流地点で 顔を合わせる。
偶にあるような、日常的な鉢合わせの光景で 簡単な挨拶を交わすが……。ある警報が鳴った。
…………。
突発的な事故なのか……。事が起きたのは 人間に戻ったばかりの 24人が治療を受ける場所……。
特務棟内部の 集中治療室がある区画である。
3人は 即座に警戒心を強めたようだった。
…………。
特に……。有馬要人と 天瀬十一は、関あかり の身に起きたレッドコート化の暴走事故を連想たのだろう……。
青年 有馬要人が、真っ先に反応した。
…………。
「 ……十一さん 俺 行ってきます。 」
「 人数が人数だ。
有馬 君……。俺も行くよ。
念のため 戦闘行為が出来ない人員を、
棟内部用のシェルターに避難させた方が良いな。
医療班の人達の避難も必要かもしれない。恵花 君は……。 」
「 この館内放送は 有事ですよね ?
ボクは 丹内 総指揮長や 大代さん を探してきます。
確か どちらかは今、近隣の警邏でしたね。
レヴルを起動して 情報武装で 現状の共有を行います。
なので、まずは L,L,Eを取りに武器倉庫へ向かいます。 」
…………。
最低限度の情報交換を済ませて、直ぐに 3人は走りだす。
…………。
……。
2人の青年は……。目を疑った。
集中治療室に到着したが……。そこには ピップコートの 1体すら見当たらない。
…………。
……。
だと言うのに……。
室内から周辺の通路まで含めて……。
壁や天井に至るまで、有機的な赤色が 飛び散っていた。
生きている人影は、只 1人のみ……。伊世伝次しか見当たらない。
…………。
普段は適当な青年は何やら呟いており、目の焦点は合っていないようだった。
どこかしらの虚空を見ている。
…………。
「 なんだこれ……。なんで……。 」
…………。
伊世伝次が 立ち尽くす場所は、木田郷太の寝台の 真ん前だ……。
生物的な赤色の液体に まみれた 力ない ソレが横たわっている 寝台だった。
…………。
結果だけを察した 青年が……。有馬要人が 声を掛ける。
…………。
「 伝次……。何があったんだ。 」
「 ……こんな事。……俺じゃない。こんな……。 」
…………。
集中治療室は……。
室内の換気扇が追いつかない程度には生臭い。
………………。
…………。
……。
~結果と解放~
特務開発部……。
何名かの実動班の人員によって 職員の避難が完了したからか……。フロア内は 静かだった。
ここに至る までの通路は、所々に 隔壁が展開されており、手厚く護られている。
厳重な防備の理由は、近場の屋内 シェルターの為でもあるが……。別の理由もあった……。
…………。
例えば、アルバチャスや レヴル・ロウ等のメンテナンスや研究の為の 設備の保護も 別の理由に含まれる。
この他に、昨今で 最も重視される 別の理由……。
それが、英雄のマルクト。
…………。
……。
特務開発部内では、A.B.C.S開発課と A.O’s(エイオス)研究調査課 合同の元、日夜 解析が行われており……。
ニューヒキダ全域に影響を及ぼす 事象……。光の試練への対策が考えられていた。
…………。
まだまだ この取り組みも日が浅く、杜撰な扱いは出来ない。
なにしろ、英雄のマルクトは 太陽のアルバチャスの破格の性能を 実現するのだ。
内包する 可能性は、他の 3つのマルクトの比ではない。
…………。
……。
何層もの隔壁で護る必要が有る。
…………。
この日の屋外では……。
第二班班長 大代大(オオシロ マサル)と、 第四班班長 荒井一志(アライ カズシ)が……。
丸七型で、小銃型武装 R,R,Gを携行し……。神経を尖らせていた。
自班の レヴル・ロウ 10名ずつで、エヌ・ゼルプトやピップコートの出現に備えていたのだ。
…………。
英雄のマルクトの保護に当たっても、20名以上の 実動班が 特殊小銃 W.C.P.Sを携えて 警護に当たっている。
…………。
……。
こんな万全の状況下で……。恵花界が 英雄のマルクトの元に辿り着く。
道中では、実動班の面々の合間を 通過する理由も用意した……。
…………。
緊急の案件として 天瀬十一の指示により、英雄のマルクトを直接 警護するように指示を受けている……。
…………。
最後の隔壁を警護する 実動班の 5名は、これに疑念を持っていないようだったが……。
英雄のマルクトの 直ぐ近くまで 同行した。
…………。
調度 今しがた……。同行した 5名は……。息を引き取った。
裂傷による失血死である。……鋭利な刃物が 5名の首元に大きく溝を作ったようだ……。
荒めの多角形の結晶を、恵花界が手にする。
…………。
「 ……これが 火のマルクト。
英雄が賜る 神秘の結晶。……これが有れば僕も。 」
…………。
植物好きの青年 恵花界が、片方の掌で マルクトを握り……。
小剣型武装 L,L,Eと 見比べる。……刃先には 鮮やかな色の赤い液体が、この時も付着していた。
…………。
……。
英雄のマルクトが保管されていた フロアの一角に……。
…… 1人分の足音が 近づく。
…………。
……。
この人物は 駆け足で、力強い 走り方をする人物のようだった。
大柄な体格で 坊主頭の 青年……。
戦馬車のアルバチャスとして 名をはせる人物……。丹内空護である。
…………。
戦馬車の青年は、既に息すらもしていない 5名に気がつくが……。
……現状の把握を急いだ。
…………。
「 これは……。どういう事だ。
恵花 ……。敵はどこだ ?つい先程 集中治療室でも何かしらの惨事が有ったようだ。
十一や 大代から連絡を受けた。
……新手のエヌ・ゼルプトか ? 」
「 ……日樹田の英雄は 神地聖正。
ニューヒキダの英雄は……。丹内空護……。
丹内さん。……ボクも実は知ってるんです。前に 有馬 さん の救助を行った日……。
太陽のエヌ・ゼルプト……。アポロダイスが打倒された日……。
幻視が見えました。
きっと 試練の英雄に与えられる特別な情報としてのヴィジョンです。
なので……。ほら 火のマルクトを L,L,Eに組み込んでい見ました。 」
「 ……恵花 ? 」
…………。
どうにも先の見通せない 会話運びだった。
丹内空護の眉間の溝は、表情筋が動いて 少しだけ深くなる。
…………。
恵花界が握っている 小剣型武装デバイスには、既にマルクトが装填されているようで……。
植物好きの青年は、頬に付着した 誰かの血も気に留めない様子だ。
…………。
「 そうです……。オレ僕は 恵花界です……。
知識が湧いてくる……。
そうだ。エヌ・ゼルプトの中でも特殊で危険な奴らが 何体かいるんです。
丹内 さん にも 教えますよ。
たぶん……。気に成ってるんでしょうし。
ナティファー、レト、エスネト……。この辺は 知っておいても良いと思います。
丹内 さん も聞き覚えも、見覚えも有りますもんね。 」
「 ……恵花。今は 特務の内部で起きている出来事の収束が先だ。
マルクトで知識を得られるなら 全ては その後に……。 」
「 夢川結衣(ユメカワ ユイ)は ナティファーです……。
白翼の怪人は人間に紛れていました。 」
…………。
丹内空護の耳が……。何かを聞き取る。
今までには おおよその 予測として、捉えていた出来事の答えなのだろうか……。
明確なのかも わからないが……。直視できない答えは 反射的に聞き流しそうになる。
…………。
「 ……なんだと ? 」
「 夢川結衣(ユメカワ ユイ)は ナティファーです……。
白翼の怪人は人間に紛れていました。
……もう 聞こえましたよね。 」
…………。
植物好きの青年 恵花界によって、こじ開けられるように 情報が流し込まれた。
情報の乱流は、説得材料を強める追加の流れを呼び込んだ。
…………。
「 あのエヌ・ゼルプトは……。記憶を操ります。
他人の記憶を自身の中に移す事も……。逆に与える事も出来る。
この時の移送は……。一切の欠落も無い完全な記録。
移送時に フィルターや制限も掛けられますが……。
摩耗すらもしない生きた記憶 感情……。知的生命体の中に潜む情動さえも自在に扱える。
例えば……。死に掛けの人間から中身を移送する……。
なんて事も不可能ではない。
移送先は 人間通しでも……。動植物でも 無機物でも良い……。
ナティファー自身に 集約するもよし……。
もしかして 先輩なら……。その逆も出来るのかも……。
エヌ・ゼルプトとしての中身に制限を掛けて……。人間の記憶と融合する。
でも まあ……。そんな事したら、元に成った方は もぬけの殻で……。
たった 1人の人間が エヌ・ゼルプト並みの生命力を得られる程度の恩恵しか無い。
移送された記憶と同等の怪人としての再生力……。
……けど これをやるのはナンセンスでしょうね。 」
「 ……恵花。いや お前は 誰だ ? 」
「 俺は……。僕ですよ ?……嫌だなあ。仲間じゃないですか。
……そうそう。集中治療室の件ですよね。
木田郷太 達は私がやりました。
伊世伝次も驚いているんじゃないですかね。サプライズ。 」
…………。
多角的な想定と 凡例を付け加えたようだった。
言葉に感情は乗っているようだが、まともではない。
時間の経過と共に 恵花界の目は座り……。悪い意味で冷静だった。
…………。
丹内空護は、アルバチャスの起動に踏み切る。
…………。
「 恵花……。それを手放せ。
マルクトが何かしらの悪い影響を及ぼしているのかもしれない。 」
「 恵花界 ?……誰ですか それ ?
俺ボクは……。悪魔のエヌ・ゼルプト……。名前はレト……。
そして マルクトと、現代の英知は私のものだ。
……起動。 」
…………。
戦馬車のアルバチャスが、交戦場所を屋外に移したのは 直ぐ後の事だった。
特務棟からも近い、人工的な緑地の中の 開けたエリアで……。
恵花界が使用した systemを強引に 解除しようと試みるが……。予想以上に手強い。
…………。
……。
丸七型ですら無い……。只のレヴル・ロウの 小剣型武装デバイスのようなのだが……。
起動後の姿は……。既存のものとは 異なっている。
…………。
外部装甲の至る箇所が 藤色で……。形状も変容し補強されているようだ。
背面からは 枝のような……。はたまた……。節足動物の脚のような……。複数の突起が伸びている。
アルカナの光の色も 黄色だった。
…………。
戦馬車の殴打に……。恵花界が蹴りを かち合わせる……。
…………。
異様な強さのレヴル・ロウが、再び話し始めた。
…………。
「 ナティファーは……。あれでも上手くやったんでしょう。
単独崩壊には至らなかったのは幸い なのかな ?
試練においての本来の能力は発揮できませんでした。
無駄な慈悲……。気の迷い……。
僕には理解できないな……。先輩の やる事は。 」
「 恵花 いや……。お前は レト だったか。
強引にでも、恵花を返してもらうぞ。 」
「 ……なんだか勘違いしてませんか ?
俺が僕で……。私が恵花界なんですよ ?
折角なので 更に教えましょうか。エヌ・ゼルプトがどうやって出現するのか……。
奴らは どういった性質を持つのか……。 」
…………。
どこか禍々しい 外骨格の レヴル・ロウの言葉は、感情が こもっているようで……。
上っ面だけなぞったような……。嫌な軽さを見せる。
片手に握る 小剣型武装デバイス L,L,Eの刃先を……。
指先で ゆっくりとなぞった。
…………。
「 エヌ・ゼルプトは 個別の箇体を持ち……。
それを顕現させてから、アルカナの光で受肉するようにして 形を成す。
なので……。
全く同じエヌ・ゼルプトは存在しないし……。
完全に同じ事が出来る なんてのも無い。
それぞれが無二の能力を持っている。
つまり……。
人間に記憶を移したり同化できるのは ナティファーだけ。
私ボクは……。悪魔のエヌ・ゼルプト……。
当然 別の能力を持ちますよね。
……なんだと思います ?
完全なる擬態……。これが俺の能力。
今回は 適当に見繕った人間に 混じって、子供の頃から育ってみた。そんな次第です。
試練に挑む知的生命体に紛れ……。少しずつ内部から蝕む……。
試練の英雄は これを知っているんだ。
きっと楽しい事に成る。誰が僕かわからない。
犯人宛てゲーム……。
神地聖正も誤算だったんでしょう。
まさか……。ですよねぇ。
成人するまでの期間は、日樹田の外で育ち……。
恵花界としてのニンゲンの人格が 身勝手な親孝行で 引き寄せられ……。実動班を志す。
警戒しなければならない 相手を彼誰五班に抜擢してしまった。 」
「 ……なら本物の藤崎 さん のお子さんは。 」
「 あの規模の災害ですし……。
親元の手を離れて無事な訳無いでしょう。
お陰で 俺ボクの擬態は安泰でした。……なんちゃてって。 」
…………。
悪魔のエヌ・ゼルプトは、軽快な口ぶりで 舌の根が乾く間もなく 話し続ける。
これまでに鬱積した、ものを解放するような……。
上なぞりでも感情が乗っているような 声色だった。
…………。
「 なんで今 エヌ・ゼルプトが現れる経緯を話したのかわかります ?
レッドコート……。アレは僕が作りました。
調度、ポメグラネトが完成した時に 閃いたんです。
実動班の何人かが調度良い素体だった。
レヴル・ロウとはいえ、アルカナ適性は 一定の水準で持っている。
これに、ピップコート種を 接ぎ木として 混ぜる。
エヌ・ゼルプトが専用の箇体に受肉するのと同じですね。
台木になってもらいました。
恵花界としての園芸の知識が役立ってよかった……。 」
…………。
戦馬車と悪魔が にらみ合う 緑地は不気味な静けさだった。
…………。
レトは……。具体例を示すつもりなのか、適当に見繕った 近場の枝を無作為に むしり取る。
手折ったばかりの枝を 片手で軽めに握ると……。
L,L,Eを握っている側の手の、人差し指だけを突き立てて枝を指し示した。
身振り手振りで、よりイメージが伝わりやすいように 気を利かせているようだ。
…………。
「 ……意味わかります ?
まず、台木っていうのは、根っこが生きてる素体になる樹です。
接ぎ木は……。
台木と異なる種類の 樹の枝を差し込んで、くっつくように移植する……。
そんなイメージで考えてください。
上手くできれば 大本は素体のままで、接ぎ木より先は まったく別の木が生き続ける。
素敵でしょう ?
後からでも、元々の樹と同程度に 扱えるような感じです。
従来型の第二段階目の ピップコートよりも、強く仕上がりました。
けど、悲しい事に……。
接ぎ木の側だけ こないだの戦いで はがされてしまった。
……勿体ない。 」
「 なんとも思わないのか…… ?
恵花界……。 」
「 勿体ないかなって思います。
それから そろそろ 覚えてくださいよ。俺は恵花界じゃないですよ ?
僕の名前は レト……。悪魔のエヌ・ゼルプトです。
ちなみに この姿は、英雄マルクトの能力でアレンジした専用のレヴル・ロウ……。
旧姓が藤崎だったんで……。
藤の花……。レヴル・ウィステリア……。これでいきます。
花言葉は 優しさ 歓迎……。そして 不死の象徴です……。
悪魔は死なないんですよね。
ヒーローだって その方が格好いい。ね ?
亡くなった両親の為に戦う義憤の英雄なんです。……俺僕私は。 」
…………。
先程まで握っていた枝を、零れさせるように 手元から落として……。
同意を求めるように両手を広げた。
…………。
悪気どころか……。敵意も 殺意すらも 発していない。
丹内空護は、眼前の それが 確実に和解 出来ない相手だと理解した。
…………。
「 わかった……。今から 手加減は 無しだ。
……エヌ・ゼルプト。 」
…………。
戦馬車のアルバチャスは、静かに DAATを起動しようと センサーに手を伸ばす。
今回の相手は……。仲間の仮面を被っていた……。悪魔だった……。
………………。
…………。
……。
~偏向か潜在~
ニューヒキダのどこかに 存在する 仄暗い洞……。
青白い光りが漂う 光溜まりの淵で、2体の影が 言葉を交わす。
…………。
1体は赤眼の巨怪……。ポメグラネト……。
1体は黒翼の怪人……。ドゥークラ である。
黒翼の怪人は 何かを察知したようで、今後の全体の流れを見越した物言いをした。
…………。
「 汝 気がついているか ?
アレが ついに目を覚ましたようだぞ。
名も無い傀儡の 1つに成り果てた 汝に……。アレは名を与えた。 」
「 …………。 」
「 復活、結合、愚かしさを込めたのだと……。話していたな。
ポメグラネト……。
意思が無ければ……。覚えてもいないか……。 」
…………。
赤眼の怪人は 棒立ちで 何の反応も見せない。
至極当然の この状態には、黒翼の怪人も既知の出来事だからなのか……。
コレに対しては、それ以上の言葉は発さなかった。
…………。
背後の気配に気がつくと 頭を緩やかに下げる。
片手は片方の胸を抑えて 礼節を示す。
…………。
「 イェルクス様……。
カシュマトアトルは、如何様にでも なりましょう。
太陽の英雄は、しぶとく残っておりますが……。
いずれ……。死神が顕現致します。
悪魔と死神の両者が揃えば……。
どのような試練も そこで潰える事でしょう。
死神 エスネトも……。遠からず姿を見せる筈。 」
…………。
黒翼の怪人 ドゥークラが 向き直った先には……。
神々しい姿の 1体の人ならざる者の姿あった。
仄暗い洞内の中でも、光りを帯びて極彩色の 羽根を 周囲に漂わせている
…………。
ドゥークラが敬意を表す相手は、ポメグラネトとは異なる存在ではあるが……。
……こちらも無言なようで、沈黙を極めていた。
…………。
この神秘と妖しさが立ち込める場で……。別の声が割り込む。
別の声は……。絞り出すように どうにか声を発するが……。荒々しい勇ましさが潜んでいる。
…………。
「 ……グゥ。……ゥアア。……。
…………ドゥークラ。……オレは諦めんぞ。……。 」
「 汝、人界の戦神か……。
小細工をしても 試練は滞らない。必ず光の道は繋がるものだ。
力なく……。望みどおりに記録の海に沈むがいい。 」
…………。
ドゥークラが発した言葉を最後に、荒々しい声は 消え去った。
光の試練……。試練の使途 エヌ・ゼルプト……。
多くの闇に潜む光の煌めきが、少しずつ 1点の未知に引き寄せられていく。
………………。
…………。
……。
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