- 30話 -
隠者の幻灯機
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目次
~成就か衰退かの思慮~
A-21 地区。
街全体を見渡せる 高台の公園。
…………。
……。
ある日の早朝、開けた 場所に 2人の人物が 顔を合わせていた。
公園の片方の通りの側には、人目を阻むようにキッチンカーが停車している。
2人の人物は、キッチンカーによって 隠れたような位置取りで 話を進めていく。
片方は、キッチンカーの持ち主……。巻健司(マキ ケンジ)で……。
もう片方は、APCの 現在の C.E.O 代理……。仁科十希子(ニシナ トキコ)である。
…………。
太陽のエヌ・ゼルプトが 爆散し、英雄のマルクトが APCによって回収されてから……。
なん日かが経過している。
…………。
2人の話の本題は おのずと 定められていた。
…………。
「 朝 早くから 悪いねぇ。
とりあえずは……。ありがとう。
友達の救助の お礼と……。
朝の眠気に モーニング珈琲だ。良かったら 朝食も出そうか ? 」
「 ありがとう ブリトー屋さん。今は珈琲だけで結構です。
有馬 君の事なら、私は何もしていないわよ ?
直接 救護に向かったのは、特務棟に到着した後の 2人……。
その 2人が、事後処理班を引き連れて 直ぐに飛び出していった。 」
「 丹内空護(タンナイ クウゴ)と、恵花界(エハナ カイ)か……。
まあ、そうだな……。だが、その許可を だしたのは確かだろ ?
本来なら戦闘処理と護送から戻ったばかりの 2人は……。
メディカルチェックが絶対だ。 」
「 英雄のマルクトの回収を 確実なものに したかっただけよ。
愚者のアルバチャスの 救護も含めてね。
ついでに言っておくけど……。
今回 新たに救助された 24人以外は 殆どが軽症。
体力的な消耗はあっても……。問題ないでしょうね。
英雄のマルクトについては……。
慎重に扱う事を前提に 今後調査が進んで行くわ。 」
「 なるほどね。 」
…………。
早朝の 冷え込んだ空気の中で、湯気を立てる珈琲が 香りを漂わせる。
2人の人物が、共通して在籍している組織……。
World-Exchange's-Bay。
(ワールド・エクスチェンジズ・ベイ)
通称 W.E.B……。
組織の 主要活動についての意見交流が この時の話の本題であった。
…………。
巻健司が、高台から 朝靄を眼下に見下ろして、軽めの深呼吸をする。
数秒目を瞑ると、本題に触れていった。
…………。
「 ……これでやっと マルクトが 4つ揃ったか。
どう思う ?
今日も 変わらない いつもの朝日だ。
気持ちの良い日の出と、心地い風でビタミンD が生成されてる。
……そんな気がする。 」
「 健康なのは良い事よ。
……言いたいのは、光の試練の 失敗条件の事ね ?
光の試練を始めた英雄の不在が……。
試練の失敗に直結する。 」
「 そうなんだよ。
だが、それは直ぐには履行されない……。そういう事か ?
本部からの情報だと……。
ルールは絶対の筈だろう ?どうなってる ? 」
…………。
これまでに知らされていた情報と、現実との齟齬(そご)が気に成っていた。
光の試練の失敗は 22災害以上のものが世界規模で発生する。
そんな風に予測が立てられていたが……。
危機的な雰囲気は今のところ 全くと言っていい程に感じられない。
…………。
「 私だって知りたいくらいよ。
神地聖正(カミチキヨマサ)の生存は幸運だったけど。
結局、あの英雄は根本的な部分で 誰かと共存できる考えを持たなかった。
愚者と太陽の戦いを 成り行きに任せるなんて決断も、本部から念押しされたものだし……。
もし、光の試練が継続しているなら……。
エヌ・ゼルプトを 4体倒した事に成るのかもしれない。
けど、肝心の試練を始めた英雄は……。 」
「 完全に消滅した。情報通りなら試練は失敗の筈だが……。
……そうだな、試練を始めた英雄か。
もしかすると、この資質みたいなものが 移る事も あるんじゃないのか ?
今マルクトを持っている 誰かが 次の中心になる……。
そういう事なんじゃないのか ? 」
…………。
謎の多い 出来事に 起こりうる顛末を口にした。
2人が所属する 本来の組織が、何を思って そうしたのか……。
一応は、これを満たす予測はあった。
…………。
「 これを知っていたから 成り行きに任せる事にした……。
そういう意味ね。
でも仮説だけじゃ少し頼りが無いわ。
本部局には もう少し探りは入れるけど……。
英雄のマルクトの調査、神地データの解析状況の進展によっては……。
見え方が変わってきそうね。 」
「 やっぱ そうなるな。
うっし……。そっちの方は全部任せる。頼んだぞ C.E.O代理。 」
…………。
予測を それ以上にするには、まだまだ能動的に動く必要がある。
ショートヘアの似合う女性 仁科十希子は、念の為の確認を行った。
…………。
「 貴方は何をするの ?
ブリトーばっかり作ってる つもりじゃないでしょう ? 」
「 俺は……。
温かく見守ってるよ。皆の活躍を……。 」
「 ……ねえ ケーン。
私が前に話した雑談 覚えてる ?
格闘訓練 受けてるんだけど……。今は すっかり馴染んできたの。 」
…………。
今後の方向性においての不備を洗い出すと……。
洗い出した人物から、再確認として 少しだけ強く提示される。
その影響なのか、壮年の男の表情が引き締まった。
…………。
「 街全体の注視 頑張ります ! 」
「 よろしくね。 」
…………。
壮年の男 巻健司は、速足で キッチンカーに向かうと 軽食の用意を始める。
朝食は……。
ショートヘアが似合う女性が好きな、低カロリー高たんぱく の軽食に近いメニューだった。
…………。
……。
特務開発部にある部長室のパソコンで……。
人知れず あるデータ記録が 解錠される。
…………。
カムナ・ボックスの中に、残されていた 備忘録。
天瀬慎一(アマセ シンイチ)と 神地聖正の 2人が若い頃が記された 活動日記のようだ。
部長室の主 天瀬十一(アマセ トオイチ)は、このデータ記録を 数時間後に閲覧する事に成る。
………………。
…………。
……。
~放浪者達~
いつの間にか消え入りそうな 霧のような 記憶だった。
ぼんやりと 青色の光りが 辺りを漂い 照らす……。どこかも わからない景色。
見知らぬ場所で 白髪交じりの男が見える……。
青色の光りが とても綺麗な どこかの景色で。
…………。
そこには、別の誰かの姿もあった。
…………。
……。
別の誰かは……。若い女性。
女性の髪は、どんな光も 飲み込んでしまうような黒色で、それでいて艶のある 滑らかさだ。
健康的で張りの ある肌をしている。
…………。
豊かで実りの ある大地のように、全てを包み込む生命力に溢れた 肌の色だった。
まるで、太陽の下でも 雨風の中でも歌い、優しく ほほ笑むような……。
知覚するだけでも 自然と 引き寄せられてしまう。
…………。
そんな女性だった。
…………。
どこまでも 突き抜けていけそうな 隔たりの無い 透き通った瞳。
心の底から美しい……。そう思った。
女性が 何かを声にしている。
…………。
声は 上手く聞き取れないのか 自分が覚えられていないのか、いつも思い出せない。
低くも無く 高くも無い 耳心地の良い 声だった。
…………。
……。
これが 幼い頃の、天瀬慎一が見た夢の景色である。
…………。
……。
ある日の 昼下がり……。
炎天下の砂利道の上で……。
在りし日の青年……。天瀬慎一は、炭酸飲料の入ったガラス瓶を見ていた。
呆けた顔で、何やら考え事をしている様子だ。
…………。
「 一本槍の強炭酸……。ザクロ味……。 」
…………。
ガラス瓶に 描かれている絵の人物は、逞しい無頼漢で勇ましい。
筋骨隆々とした腕が 槍を掲げている。
噂によれば、創業者の肖像画が元なのだとか……。
…………。
ガラス瓶から結露が 数滴零れた。
…………。
青年 天瀬慎一が、2口目を先延ばしにしてる間に、乾いた風が吹き始める。
ガラス瓶に口を付けない せいなのか、誰かが 横やりを入れた。
誰かは、天瀬慎一と 一応の友人関係に該当する人物。
…………。
年齢も義務教育と同数年程離れた 青年である。
神地聖正(カミチ キヨマサ)。
まだ あどけなさしかない 顔だちで、生意気な口ぶりが 1つの個性に成っている 青年だった。
…………。
「 それで、こないだの 街道の出店で……。
……おい。聞いているのか ?慎一。
まさか、この暑さで 頭をやられたんじゃあ ないだろうな。
何もなくても逝っちゃってる頭が 大火事か ?
そのザクロ味 冷えてるうちに飲まないと気も抜けちゃうぞ ? 」
…………。
いつも顔を出しては 揚げ足を取るような……。重箱の隅をつつくような……。物言いをする。
耳心地の良い 言葉は少ないが……。すっかり聞き慣れてしまった。
天瀬慎一は 物思いにふけっているのか聞き流す。
…………。
神地聖正は、これを良い事に そのまま続きを話している。
…………。
「 それにしても……。今日の場所は まだなのか ?
こないだの続きを探すなら、前と同じ山道から入れば良かったのに。
何も こんな異常気象の日に 熱がこもる砂利道 選ばなくても……。
慎一 やっぱり君は、自傷癖でも あるのか ? 」
「 聖正……。今 なんていった ? 」
「 お ?やっといつもの調子が出てきたな ?
慎一……。君のような 根暗な人間に 俺が付き合ってやってるんだ。
ありがたいと思えよ ?
君は うだつの上がらない昼行燈だろう。
未知のエネルギーだのなんだのって 幼稚な幻想に浸っても 自傷行為でしかないだろう。 」
「 それじゃない。
聖正……。さっき なんていった ? 」
「 なんだよ 慎一。調子が狂うな。 」
…………。
季節外れの炎天下の中で、黙っているだけでも汗が噴き出る外気。
紫外線は砂利道で跳ね返り 多方面からの照り返しに変わると、全身を日焼けさせる。
まだ、中身が入っているガラス瓶から 水滴が落ちて、乾いた砂利石を少しだけ湿らせた。
…………。
神地聖正は、記憶を頼りに返答する。
…………。
「 んん ?……前の山道に何かあったかな ?
いつもの廃れた道祖神とかなら……。 」
「 それの後だ ! 」
「 それの後…… ?今 歩いてる この砂利道に……。
いや 異常気象の事か ? 」
「 そうだ !!それだ 聖正 !!
2月なのに 30度を超える この異常気象は……。
きっと何かの手がかりに成るんじゃないのか ?
日樹田の周りだけだぞ ?
未知のエネルギーが僕を呼んでいる !!走るぞ聖正 !!
UE探知機の電源も今から回す !! 」
…………。
一見すると、道沿いの木々は まだ、幹を隠す量の葉など ある訳も無く、景色だけは例年らしい。
春が来る前の 死が覆う季節の 名残が残っている。
…………。
「 急に その気に成るなよ……。待てって。
年下の俺よりも 堪えしょうがない。
慎一は 本当に仕方がない奴だな。
炭酸持ったまま走るなよ。また こぼすぞ ! 」
「 ……UE探知機に反応があった !?
ついてこい 聖正 !!時間は待ってくれないんだ !!
炭酸は後で飲む !! 」
「 俺は忠告したからな !!
服にこぼして 汚れても知らないからな。
虫にたかられるぞ。 」
…………。
青年 天瀬慎一の 衣服の はしはし には、既に赤色の水滴が しみ込んでいた。
この日の 太陽は とても高くて、空も青い。
…………。
……。
神地聖正が 忠告を口走りながら 駆けだして……。2時間は経過していた。
…………。
2人の若者は、天然林の中を歩いている。
必要とあらば 山道から外れて、うだつの上がらない青年が 持っている 機器を使用してみた。
目ぼしい反応は確認できない。
…………。
……。
皮肉屋の青年が集めていた 収集品の 王冠で、ガラス瓶には蓋がされたが……。
……中身の状態は 温度も常温に成り、気も抜けてしまっているようだった。
気泡は 殆ど無くなっている。
…………。
神地聖正は、少し この日の散策に 冷め始めているようだった。
…………。
「 どうだ ?慎一。
もう 結構歩いてるけど、それに反応は あったのか ?
その炭酸だって、すっかり気が抜けてるだろう ?
只の 赤い色水だ。……勿体ない。 」
「 ……炭酸は後で飲む。
にしても変だな。UE探知機の調子が悪いのか ? 」
…………。
いつも通りで 収穫の少ない 散策。
皮肉屋の青年は、自慢の機器を微調整している 天瀬慎一から 少し離れて 別の景色に目を向ける。
この日は 既に何度か目にしている 断層の壁に辿り着いた。
…………。
「 それの調子が 良い時なんてあったかなあ……。
こっちも行き止まりか。
見ろよ 慎一。これ以上 何もないだろう。
岩肌が むき出しで、さっきと一緒だ。
たぶん……。
山林で気がつきにくいけど 袋小路に成っているんだ。
やっぱ何もないんだよ こんな山の中。
少し離れた所に沢が有っただけだったな。
今日の探検も ここまでさ。 」
「 聖正……。これを見るんだ。
この辺は 異常気象の根幹と関係があるぞ。
どの樹木の新芽も成長している。
春だと勘違いして 芽吹いているんだ。
きっと何かがある。何かが……。 」
…………。
天瀬慎一は 対照的な口ぶりだ。
神地聖正が、今日の分の探検熱も 抜けきったのとは真逆で、今も熱が残っている。
…………。
……。
どんな変化も見流さない つもりなのか、周囲の景色を なめまわすような視線運びだった。
両手を広げて 僅かに前傾姿勢で徘徊する。
…………。
もしも、山道から近い 駐在所の真ん前で、理由を知らない人物から この動きを目撃されたら……。
間違いなく 不審者として扱われ 任意での声を掛けられるだろう。
山林の中で幸運だった。
…………。
……。
山中の不審者が……。気の抜けた声を出す。
…………。
「 何かが……。あった。 」
「 おいおい。慎一……。
似合わない冗談で 俺を驚かそうとしても……。
何かって言うか……。アレは遭難者じゃないのか ? 」
…………。
2人の青年の視界に入ったのは、突っ伏して倒れ込んでいる女性だった。
ボロボロの衣服で身を包み、両手の肘を緩やかにまげて 片方の手の甲の上に顔を乗せている。
…………。
山道から離れた場所での、遭難だろうか……。
地元の人間にしても、軽装すぎるし……。2人の青年は見覚えのない人物だった。
…………。
天瀬慎一は 真っ先に走りよって、意識の有無を確認する。
…………。
「 ……大丈夫ですか ? 名前とか 言えますか ? 」
「 ……ミ……ロ……。 」
「 ……ミヒロ さん ?……気を失ってしまったか。
聖正 運ぶ準備だ。
一番 近い 麓の駐在所まで戻ろう。 」
…………。
青年 天瀬慎一は、適当な長さと硬さの枝を 2本拾う。
衣服を脱いで 上半身の肌を露わにすると、枝を袖に通して 簡易用の担架を作った。
作ったばかりの担架に、謎の女性を乗せようとして 横抱きにしようと試みる。
…………。
そんな中で、天瀬慎一の耳に何かが聞こえた。
聞いたことの有る 耳心地の良い声だったのだ。
先程までは確証が無かったが、確かに聞き覚えの有る声だった。
…………。
「 アルカナ……。 」
…………。
謎の女性が 零した言葉が、青年の動きを 数秒間 止めた。
気を失ったまま 無意識で 発せられた一言だが、幼いころに見た夢の 一部を思い出させる。
天瀬慎一は 少し呆然としてしまったが、気持ちを戻して 救助活動を急ぐ。
…………。
綺麗に焼けた肌の女性だった。
…………。
……。
山道から麓に降りると、この地域の名前が看板に記述されている。
古嶋山道(フルシマ サンドウ)……。
…………。
この後……。
天瀬慎一は、駐在所で 事情の説明に 長々と時間を取られてしまった。
…………。
……。
在りし日の備忘録 30。
2月 某日。
……この日も 例年の時期とは異なる気温だった。
古嶋の天然林を 調査する。同行者 神地聖正。
標高は低いが、土地勘が無ければ迷いやすい山林だ。
似たような景色も多く 山道から外れる際には、下山時に回収する前提の明確な目印を用いる。
Unconfirmed Element 探知機の反応は 良好だったが、途中から調子が悪くなった。
(アンコンフォームド・エレメント)
山中に深く進む程 これは顕著で、再現性が ある場合は 対策が必要だろう。
この日は意外な出来事があった。
遭難者を 1人発見したのだ。
同年代程度の女性だったが、身元を明かせる物は持っていないようで……。名前しかわからない。
この女性の名前は ミヒロさん と言うようだ。
山道から近い 駐在所に 引き渡す。
当時 担架を作るために 上半身の服を脱いでいたせいか 不審者のような扱いを受けてしまった。
ガラス瓶の中身の飲み残しと、担架用に使った自前の衣類に付着した赤い汚れも 怪しまれた原因らしい。
猟奇的な 事件を起こしたと勘ぐられてしまった。心外である。
物珍しさで 石榴味(ザクロ アジ)なんて選んだのが不味かった。
……味は 独特の酸味があって美味しかった。
今後は買った直後に飲み干した方が良いのかもしれない。
とはいえ、話を戻すが……。
1人の お嬢さんが 山中に置き去りにされずに済んで 良かったと思う。
記録者 天瀬慎一。
………………。
…………。
……。
~導きの灯り~
ある青年が、猟奇的な事件を起こしたものだと 勘違いされた日から 数ヵ月 経過する。
この日の昼時。
…………。
天瀬慎一は、道の路肩の瓶ケースに座って 揚げパンを頬張った。
揚げパンの 包み紙 に成っている 古新聞から、食用油が滲む。
卯之町屋は、いつ食べても 美味しくて 値段も安い。
…………。
粒あん が ぎっしり詰まった 真ん中の近くを齧って、反対側の手に持った 瓶の中身を口に含む。
淡い青紫色の 瓶の中身を飲んでいると、隣の瓶ケースに座っている人物が話しかけてくる。
…………。
話しかけてきたのは、皮肉屋の青年 神地聖正だ。
…………。
「 なあ慎一。それの味はどうだ ?
かなり きつい色してるけど 牛乳なんだろ ?
ブルーベリーって名前の 国外の果物を混ぜてるんだってな。
俺は遠慮したけど、変なところだけ肝が据わってるんだよな 君は。
猟奇的な露出狂は、根幹が違う。
駐在さんに 目を付けられるだけは ありますなあ。 」
…………。
日常的な 山中散策で、非日常に遭遇した日……。
誤解を解く きっかけは 偶然による所が大きい。
あの日、延々と誤解を解こうと言葉を並べていた駐在所に、1人の来訪者が訪れて流れが変わる。
来訪者も 当時のガラス瓶の中身が好きなようで、それでいて顔の広い人物だった。
顔の広い人物とは、調度 これから会う予定だったのだ。
…………。
どうやら、謎の女性に関係した内容らしく……。
詳細は これから直接 知らされる。
…………。
「 黙れ 聖正。こんな往来の ある場所で 変な事を話すなよ。
アレは 誤解が解けただろ。
僕は 何もやってない。
罪に問われる理由は無いんだ。知ってるだろ ?
そもそも……。
あの時、お前が学生証を忘れてこなかったら……。
児童誘拐も疑われずに済んだんだ。
お前の幼い顔だちに あんなに苦しめられるとは思わなかったよ。 」
「 それを言うのか ?
俺は もう高校生だ。いっぱしの青年だぞ !子供じゃあない。 」
「 今のご時世 元服は無いんだよ。
まだまだ 学校と家の往復をした方が安全な年頃だろう ?
僕に付きまとう暇は無い筈だ。
僕は天才だぞ ?
日樹田の明日を 照らす人材だ ! 」
…………。
2人の青年が、仲良く口論を繰り広げていると……。
件の人物が 現れる。
…………。
外見上は 背広が様に成る 紳士風の老人だ。
…………。
「 流石 明日の天才達だ。
今日も元気が良いな。 」
「 あっ……。大車 教授。
……こないだは その ありがとうございました。
僕と コイツだけじゃ、何を話しても堂々巡りで。 」
「 礼には及ばない。
情けは人の為ならず……。私なりの善意と打算の両立だ。
落とし物を届けた ついでに、興味深い話をしている若者がいたんだからな。
半裸の変人と 言葉の汚い悪ガキ。
面白そうな君達に、恩を売っておけば退屈はしないだろうと……。
そう思ったのだ。 」
…………。
大車初夫(オオグルマ ハツオ)……。
日樹田大学で考古学の講義も行っている人物である。
物好きな性格らしく、あちらこちらに手を出す ちょっとした有名人だ。
頭髪も口ひげ も、雪のように真っ白なのだが……。
……体力も好奇心も年齢と重ならない元気な老人なのである。
…………。
老人らしからぬ行動力を持つのだが……。
噂によれば、家族にとっては ソレが悩みの種だとか。
…………。
だが お陰で、天瀬慎一は 要らぬ疑いから逃れられたのだ。
あの日の駐在所では 本当に危うかった。
負の偶然によるものだが……。
運が悪ければ 猟奇的な若者として扱われる所だった。
童顔の少年を先導して、うら若い女性に 何かしらの犯罪行為を行っているように見られてしまったのだ。
ガラス瓶の中身は炭酸が抜けて、糖分で べたつき……。
担架作りに使った 自前の服に 付着していた赤い石榴味の反転が、疑念を強めてしまうとは……。
…………。
第三者の声が無ければ只々 危うい。
…………。
……。
恩人である 大車教授によれば、謎の女性についての所要なのだとか。
駐在所では、行方不明者の捜索届けに 合致する記録が無いか、調べられる事に成っていた。
身元の分かる物を 所持していなかったようだったが、名前を覚えていたのが幸運である。
あの日から歳月も経過している 今なら、何かしらの進展があったのだろう。
…………。
青年の中で 所要の概算が予想された。
本題へと切り出して、簡易的な答え合わせを行うが……。
老紳士からの返答は予想を裏切った。
…………。
「 それで 今日の本題は何ですか ?
あの女性……。確か ミヒロさん ?の御家族が見つかったとか……。 」
「 そうだね……。その娘の事なんだけど。
実を言うと、今も よくわかっていないんだ。
わからない事が わかった……。とでも言えば想像できるかな ? 」
「 ……何を おっしゃるのです ?
日本全国の行方不明者届けと照らし合わせて その誰とも異なる……。
そういう意味でしょうか ?
そんな事が ? 」
「 それだけなら 珍しい事ではないんだ。
届け出が 出ていない場合もある。
理由は……。元々 身内が少なく天涯孤独だったとか……。
家族がいたとしても、探すつもりが無かったりだとか……。
国外からの不法な入国者だったり なんて事も有るかもしれないな。
どちらにしろ あまり良い過去では無いのかもしれない。
特に あの娘は、当時 日本語が出来ないようでね。
記憶も喪失しているらしく、日常的な生活の知識も乏しかったそうだ。 」
「 そんな……。
そしたら これから どうなるんですか ? 」
…………。
国の機関に 預けられれば 悪い風には成らないと思っていた……。
あの日 限りの縁だとは思っていたが、先が見通せず いたたまれない。
…………。
身元の知らない人物だったが、不憫で仕方がなかった。
青年 天瀬慎一が気を落としていると……。
生意気な青年 神地聖正が、ある言葉を拾う。
…………。
「 んん ?……早合点するなよ慎一。
たぶん 今、教授は 当時は日本語が出来ない……。
そう話していなかったか ? 」
「 その通りだ 悪ガキ 君。
人間観察が不得手では、日常的な皮肉の 1つも特技には成らないものか。
あの娘は今、新し人生を目指して励んでいる所だ。
そこで、君達 2人の強力が必要だ。
本人も会いたがっているようだしな。 」
…………。
意外な内容が 連続した。
青年 天瀬慎一の顔は、絵にかいたような驚きの表情で……。
両目を自然な大きさで見開き、口は力なく緩んで開口している。
開いた口に、小さな羽虫が入り込むが 気がついたのはやや遅く……。
慌てて 吐き出す。
…………。
老紳士 大車初夫は、そんな青年の様子を笑いながら続きを話した。
…………。
「 これから、新たな戸籍を用意する。
就籍届だよ。
あの娘が 発見されてからの 細かい記録の穴埋めが必要だ。
申請の手続きの、手伝いを して欲しい。
そして、もし君達 2人さえ良ければ……。
あの娘の 友達に成ってやってくれ。
1人は寂しいだろう。
人間は他人と 群れなくては 辛い時もある。 」
…………。
この日の所要を 話し終えると、2人の青年を連れて 目的地に向かった。
…………。
……。
身寄りの無い人達を 一時的に預かる施設 つぼみ共助会 に、到着する。
施設長と挨拶を済ませると、例の女性と 面会した。
…………。
女性は、この場所に身を置くように成ってから、日本語や 社会生活に必要な訓練を行っているらしい。
物覚えは良好なようで、日常的な会話は既に身に着けていた。
それでも、山中で救助される以前の記憶は 一切思い出せないのだとか……。
成人はしている ようなので、ゆくゆくは 社会に出る つもりだそうだ。
…………。
最初は、施設長と 大車教授も交えて 5人で話をしていたが……。
施設長と 大車教授は席を外した。
年齢が近いと思われる 天瀬慎一と……。
当時の救助で関りを持つ 神地聖正とで 3人の若者が 始めて正面から言葉を交わす。
…………。
3人だけの部屋の中で、改めての挨拶を最初に行ったのは 女性の方だった。
…………。
「 お久しぶりです。
以前は 山の中で助けて頂きありがとうございます。 」
…………。
記憶や過去の面での不利は抱えているが、これに負けない明るさを持っている。
朗らかな笑顔は麗しく、やはり耳心地の良い声だった。
青年 天瀬慎一が そんな風に 聞き入っていると……。
……女性が そのまま話を続けた。
…………。
「 ……今日 集まって頂いたのは、他でもない。
お前たち 2人の下郎に、私の ?家臣に成って頂きたいのデござる。
各々がた つきましては……。拙者の……。 」
…………。
あまりにも 衝撃的だった。
心からの笑顔に嘘は無いし、邪念もなさそうのだが……。可笑しな口ぶりだ。
…………。
2人の青年は 互いの顔を見合わせる。
目の前の 闇鍋女武者に聞こえないように、小さな声で 話し合う。
…………。
「 なあ 慎一……。これは そういう出身て事か…… ? 」
「 いや……。ちぃがう……だろ……。
違うだろ……。 」
…………。
闇鍋言語の原因は 施設長が 見ていた テレビ番組の影響だった……。
…………。
この日を境に 3人の交流は増えていき、闇鍋言語も 少なくなっていく。
…………。
女性には 名前も過去も記録には無かった。
新しい戸籍として 就籍届を出すに当たって……。交流を深めて必要な書類を用意していく。
誕生日は 山中で発見された日にした。産まれた年は おおよその年齢からの逆算で……。
…………。
女性が覚えている事は 極僅かだった。
唯一 覚えている内容も曖昧で、何かを探していた気がする……。漠然とした 手がかりだけ。
探し物は とても小さな物らしく……。これ以上の記憶は思い出せない。
…………。
就籍届を提出する理由や 当時のあらまし等も 3人の記憶を頼りに整理した。
これからは名前も必要だ。
…………。
神地聖正の提案で、苗字は 地名からとって……。
天瀬慎一の提案で、名前に漢字を当てはめる。
古嶋三尋(フルシマ ミヒロ)……。
…………。
3人で いろんな思い出を尋ねていけるように……。そんな意味合いが込められた。
いよいよ、手続きも終わり受理されると 謎の女性は、何者かとしての名前と戸籍を手に入れる。
山中で女性が発見された日から数えて、1年以上が経過していた。
…………。
……。
月日は水のように流れていく……。
数年が過ぎ去ると……。日樹田では 飛躍的な土地開発が進み始める。
これを取り仕切るのは、地元でも著名な 企業 日樹田建設で……。
立木家によって至る所での 立ち退きが起こっているらしい。
…………。
時代の変化を否が応でも感じられる 日々の中で……。
3人の若者達は 交流を深めていき……。ある 1つの転換点に差し掛かる。
…………。
天瀬慎一は 思いの全てを、古嶋三尋にぶつけた。
…………。
「 三尋……。さん……。
僕は 貴女の……。これからの未来にも過去にも成りたい !!
その……。だから……。けけけ結婚してください !! 」
「 はい……。喜んで。 私も 慎一さんとの 未来にも過去にも成りた……。 」
「 やっぱりダメですよね……。変な事を言って すみま……。 」
「 あの慎一さん ? 」
…………。
時に月日の流れは風よりも早く……。
1組の夫婦が誕生すると、女性の お腹には新しい命が宿った。
…………。
男児なら 十一……。女児ならば 真尋……。
夫婦の名前から 末の字を引き継いで、2人で名前を考える……。
…………。
十人十色の人生の中でも 一人の人間として進んで行けるように……。天瀬十一……。
自分自身にとっての本当に大切なものを探して辿り着けるように……。天瀬真尋(アマセ マヒロ)……。
…………。
夫婦は 思いと願いを込めた。
…………。
……。
在りし日の備忘録 300。
10月 某日。
天候は連日の雨が上がって空には雲がかかっている。
今日は 2人で子供の名前を考えた。
性別は まだわからないが、産まれた後に慌てなくても良いように……。
それよりも、とにかく新しい命の誕生に 名前を考えたくて仕方がない。
自分でも不思議なくらいに浮ついているのだが、真っ先に出来る親らしい行動は これだろう。
山中で まだ名前も無い頃の三尋と出会い……。後に再会した。
まるで、呼吸をするのと同じような具合で、あっという間の人生で……。
今でさえも内心 驚いている。
これからは、家族の為に 日雇いの仕事も増やして 生計を立てなくては……。
いや……。少し未練があるが、UE探知機も 既に 9号になる。
金銭に変えられない 時間の使い方は、見直した方が良いのかもしれない。
聖正に手伝ってもらうのも 僕の甘えなのだろう。
この機に考え直す必要が有る。
記録者 天瀬慎一……。
追記者……。天瀬三尋(アマセ ミヒロ)……。
好きな事を続ける 慎一さんも大好きです。
少しだけでもいいので、これからも熱中できる時間を手放さないでください。
………………。
…………。
……。
~到来~
立木家が矢面に立って行った、日樹田の都市開発は……。
地質調査……。埋設物調査……。空洞調査等が行われるが……。
これまでに埋没していた 岩盤が崩れたからなのか、開口部が露わになると 開発は一時的な停止に追い込まれる。
後期の見直しが 可及的速やかに行われて、開口部の内部への調査が入った。
…………。
……。
この際、発掘調査も兼ねて 大車教授に声が掛かり……。
その伝手を通じて、2人の青年 天瀬慎一と 神地聖正も随行する事に成る。
…………。
……。
今回の件に際して組まれた調査団は、何度かに分けて最深部を目指した。
始めて訪れた最深部では、誰もが目を疑う。
見た所 地底湖のようだったが……。
水面と思われる界隈には まるで物質化した光が 直接満たされているようだったのだ。
…………。
……。
光の色は幽かに青く……。洞内を照らす……。
後に 日樹田地底湖 と呼称される この空洞で、もう 1つの驚きの事実が発生する。
…………。
お情けの随行だった 筈の 人物が持参した 探知機が……。強く何かに反応したのだ。
天瀬慎一の UE探知機 10号が、何かしらを検知した。
…………。
……。
これは後に、洞内でのみ 検知される未知のエネルギーだった事が判明する。
余りにも広い洞内は、岩盤に護られた空間だと判断が下された後も 都市開発の足を止めさせて……。
その間に、未知のエネルギーの実証が間に合った。
未知のエネルギーは、神秘的な洞内の光景から 言葉通りの アルカナ光 と名づけられる。
…………。
未知のエネルギーが 発見された日から 更に何日かが過ぎ去ると……。
古い遺跡も洞内で見つかった。
…………。
……。
日樹田地底湖での 2つの発見は、都市開発を進める立木家にとっては 厄介な偶然だったが……。
未知のエネルギーの資源としての価値を早々に見出したからなのか……。
……あらゆる情報を外部に漏らさないようにと画策したようだった。
…………。
世間的な工期の延長理由は、安全性の根治的な見直しと より利便性の高い街づくりの再検討……。
……そんな建前を 早い段階で打ち出される。
…………。
……。
立木家は これまでの間で、多額な資産を注ぎ込んで 念入りな根回しを行ったようだった。
…………。
そして……。
日樹田地底湖遺跡の継続調査と、未知のエネルギー アルカナ……。
この 2種の最終調査が行われた日。……ついに人命に関わる事件が発生する。
…………。
……。
唯一の生存者は 2人……。
1人は 天瀬慎一……。もう 1人は 神地聖正だった。
仄暗い洞の中での 怪人との遭遇も、これによる殺戮も……。2人にとっての精神的負荷は計り知れないもので……。
食事も睡眠も……。前のように出来やしない。
辛うじて 発狂するには至らなかったのか……。
2人の青年は、今後の進退を 言い争うように成ってしまう。
…………。
……。
天瀬慎一と 神地聖正が 言い争う間にも、地底湖への出入り口は簡易的に封鎖され……。
土地開発を どうするか……。それ以前に 地底湖での出来事を どうするか……。
生存者の 2人の言質も含めて どう扱うのか……。立木家は根回しを急いだようだった。
…………。
……。
神地聖正が どのように考えたのか……。
私欲なのか、それとも 何かしらの義憤めいたものなのかも わからないまま……。
地底湖の遺跡に記述されていた 儀礼的な何かが……。恐らく執り行われた。
地底湖での事故から 日も浅い間に、日樹田の大地は かつてない程 大きく揺れる。
…………。
……。
この地鳴りが起こるより 1時間程前……。
青年 天瀬慎一の知る 女性とは少しだけ雰囲気が変わっていた。
天瀬三尋の 声も人格も面影を残すが……。少しだけ異なる様子を見せる。
どこまでも 突き抜けていけそうな 隔たりの無い 透き通った瞳で……。青年に話しかけた。
…………。
「 ……今から 話す事を覚えておいて。
アルカナは……。この世界には とても危険。 」
「 三尋 ?……急にどうしたんだ ? 」
「 アレは……。世界を破滅させる原因に成る。
……きっと また扱いきれない。 」
「 また…… ?
何故 それを言い切れるんだ ? 」
…………。
青年は、いつの日か体験した 強い既視感を覚える。
記憶が消える前の 断片なのか……。
山中で見つかったのは、何かしらを知って逃げてきた結果だったのか……。
俯瞰的な整理を行ってみるが、その忠告のような言葉の根拠を催促した。
…………。
天瀬慎一の 催促の結果は、成就しない。
雰囲気も いつもの見慣れた女性に戻っているようだ。
…………。
「 ごめんなさい。
母親だから かしら、凄く危険な……。嫌な気分がしたの。
とても怖くて……。 」
「 ……すまない。きっと僕のせいだ。
陰鬱な気持ちを 移してしまったんだ。……少し休もう。 」
…………。
天瀬慎一は、最愛の妻と 親愛を注ぐ 2人の子供を 休ませる。
妻の名前は 天瀬三尋……。青年から見て同い年の良妻だ。
第一子の長男は 天瀬十一……。もう少しで年齢も二桁に成る しっかり者。
第二子の長女は 天瀬真尋……。再来年に成るまでは、年齢も片手の指の本数に納まる 遊びたい盛り。
3人の寝顔も寝息も 何もかもが 離れがたい。
…………。
幾らかの時間が過ぎると、青年は 胸騒ぎに駆られて……。ある場所へ走った。
…………。
……。
天瀬慎一が、日樹田地底湖を目指して 駆けだす。
仲違いした ばかりの 友人を探して 走り回ってから しばらくすると……。
22時間にもわたる大災害の、最後の兆候が発生した。
この大災害が収束する頃には、日樹田の全域は 大きく損壊し……。廃墟に変わってしまう。
…………。
怪人が跋扈(ばっこ)する 大きな凶事……。
22災害の発生だった。
………………。
…………。
……。
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