- 24話 -
実りある行動
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目次
~未知なるもの~
謎のエヌ・ゼルプトの名は ポメグラネイト……。通称 赤眼の巨怪……。
赤熱した色のピップコートの名は レッドコート……。
新たな 怪人達の 呼び名が これだ……。
…………。
……。
特務棟の ミーティングルームでは……、
天瀬十一 が主導で行う 講習が開かれていた。
講習内容は 新たな エイオスについて……。
そして、関連した内容として 恵花界が これまでに どういった経緯を辿っていたのかについて……。
参加者は 実動班の 総指揮長 丹内空護と 副指揮長の 天瀬十一、
彼誰五班の 各分班長……。今回の件に大きく関わる人物として 恵花界……。
合計 7名による 情報のすり合わせが成される。
本来ならば 恵花界と 同時期に 救助された 関あかり(セキ アカリ) も該当者ではあったが、
この女性は 未だに意識が回復していない……。
その為 全体の 足並みを整える狙いで、先んじて 一度 今回の会が 開かれる形になった。
…………。
ミーティングルーム内では 天瀬十一の 説明を 各々が静かに 聞き入っている……。
謎のエヌ・ゼルプトと 赤熱した色のピップコートの 説明を終えると、
質問を 最後にまとめる形式を取り 次の主題に進んだ……。
血の日食……。7日間の旱魃(かんばつ)により、
発生した 人的損害に含まれる行方不明者。恵花界について……。
…………。
行方不明になった日から、
先日 F-15 地区に 辿り着くまでの 空白期間での 出来事についてだ……。
…………。
……。
恵花界は この空白期間 の中で、ポメグラネトや レッドコートと幾度か交戦したらしい……。
これらの新手と 交戦した場所は……。
どうやら 日樹田地底湖 が 在る 空洞の中のようで……。
これについては恵花界 自身も、未だに理解が追いついていない……。
明確なのは……。
気がつくと 多くの仲間と共に、アルカナの光りが 妖しく 光る薄暗がりの洞の中にいた事……。
そこには 木田郷太(キダ ゴウタ)や 関あかり(セキ アカリ) を含む 仲間の姿も有り……。
出口を求めて 襲い来る 複数のピップコートと交戦した……。
しかし ポメグラネトや レッドコートが、暗がりの中から強襲を仕掛けると 状況は悪い方へと転がり始める……。
これによって、皆 少しずつ 離れ離れになってしまったのだとか……。
エイオスの 攻勢が激しくなる程、レッドコートの姿も ピップコートの数も増え始め……。
恵花界が 気がつくと、場所も時間も移ろっていたらしい。
…………。
……。
見知らぬ場所の ベッドの上で目を覚ましたのだ。
いつの間にか 郊外の小さな集落の 民家におり、住民によって 看病されていた事を知る……。
既に 何日も経過していたようで、恵花界 達が行方不明になった日……。
……つまり。7日間の旱魃(かんばつ)の 最後の日から数えると、2ヵ月近くが経とうとしていた……。
住民の話によると、近隣の 資材置き場で 気を失っている所を 地元の人間が発見し、1週間程 目を覚まさなかったのだとか……。
何故 洞の中にいたのか……。
何故 そこから出られたのか……。どうやって移動したのか……。
恵花界に心当たりは無い……。
APCの復活を 一般的な メディアの情報から 知る事は 出来たものの……。
神地聖正の 動きや 謎のエイオスを警戒し……。
APCとの接触よりも、弱り切った身体を整えなおす事を 優先した……。
そして 時が経ち……。
身体が ある程度 回復し、少しずつ本来の感覚や 体力を取り戻しつつあった事を きっかけに、集落を後にする……。
身を隠しては、現在の APCの活動を陰ながら 傍観する事を 決めた……。
ついに 合流を試みよううとした 矢先……。
レッドコート種の ソード・キングに 襲撃を受けてしまう……。
これが 恵花界が 辿った道だった……。
B-01 地区では 関あかり が保護されているが、
未だに意識が戻っていない為 こちらの過去の動向は 判明していない……。
…………。
……。
認識の平均化を目的にした講習は、別段 トラブルも無く 終わりを迎える……。
大枠の概要の 説明の後には、個人毎の 主観や 意見等の交流も成され、新たな怪人に向けて 意識下での足並みが整理された。
…………。
……。
ミーティングルームが終わると、まばらに参加者が退室していく……。
…………。
天瀬十一が 自室の 特務開発部部長室に戻る 道すがら……。
愚者の青年 有馬要人が 同行し、講習内容の話の続きを口にした……。
…………。
「 ポメグラネイトに レッドコート……。
それが あの怪人達の名前なんですね。十一さん……。
ポメグラネイトは確か……。
界が 話していた情報が 由来でしたね。
黒翼の怪人 ドゥークラが その名前で呼称していたとか……。
レッドコートも……。
謎が多いですね。炎熱を操る姿や あの外見は どうも code-19-の能力を連想しちゃいますけど……。
出現する順番なんかに、理由は有るんでしょうか……。 」
…………。
謎に包まれた エイオスの全体像は、大部分が今も霞の中にあるようで 取り止めがない。
…………。
「 順番か……。
俺も気に成ってはいるんだ。
けど、光の試練には 解明されていない部分の方が未だに多くてね。
前は 神地さんを通じて 情報を引き出しては いたんだけど……。
神地さんも どこまで知っていたのか……。 」
「 試練の英雄にしか開示されない情報でしたっけ……。
確か 節制のエヌ・ゼルプト……。
エリアイズも そんな話をしてたような……。試練を始める者への御祝儀みたいなものだと……。
普通に考えると……。
手の内を 知られてら 不利になると思うんですが……。
エイオスには 何かしらの意思が……。
目的が有るんでしょうか……。 」
…………。
愚者の青年が 知りうる 限りの事を話した。
霞の中に見え隠れする 朧げな全体像の 取っ掛かりに手を伸ばす。
敵対する 相手の 動向を深堀りする意味合いの 話し合いは 続く……。
白衣の青年は、愚者の青年の言葉から 最近の戦闘処理で上がっていた 報告内容にも意識を向けた。
…………。
「 わからない……。
手の内を知られても困らない余裕が有るのか……。
そもそも、何を目的に出現し 戦いを仕掛けて来るのか……。
これが わかれば、こちらの取りうる手段も変わってくるんだけどね。
そういえば……。
レッドコートにも自我……。多少の知覚があるかもしれない……。
……そんな風に報告していたね。 」
「 ああ、アレですか……。
気のせい だったら アレなんですけど……。
どうも、引き際というか……。戦況の変化を 認識して行動を変えているように見えるんです。
これまでの ピップコートの殆どは……。
出現したら 倒されるまで 侵攻を止めず……。まるで 暴れるだけの能力しか持っていないような……。
上手く言えませんけど……。そんな感じでした。
けど レッドコートは……。 」
「 これまでの 全ての戦いで……。
……撤退を選べている。そういう事だね。
確かに これは変だね。似たような事例が全くないわけではないけど……。
何かしらの意図のある行動は エヌ・ゼルプトが近隣で指揮して行う事が 現段階の通説だと思う……。
エヌ・ゼルプトが 一切出現していない状態で 撤退を選び続ける種は 今回が初めてだ……。
しかも、全ての レッドコートは生存し 致命傷を受ける前に引いている……。
有馬 君が 交戦した女王型も 撤退を選んで 消滅を免れたんだったね。
DEF で圧倒は出来ているけど、今一歩の所で 倒しきれない……。
手応えの無い戦いは辛いね……。 」
…………。
今までの交戦記録では、ピップコートには独立した自我は無いとされていた……。
例外が 有るとすれば ソード・ナイト、カップ・クイーン、ペンタクル・クイーンの 3体だ。
この 3体は 7日間の旱魃の 最初期の時期に出現したピップコートで……。
当時……。code-19-による 強制制御の Preceptsによって 身動きの取れない 有馬要人や 丹内空護を 連れ去ったのだ。
ソード・ナイトが 空路で移動し、残りの 2種のクイーンが 殿(しんがり)として時間を稼ぐような動きをしていた。
振り返ってみると、これも ピップコートとしては 遺失な ケースだが……。
この時の ニューヒキダには、
時間差で 複数の エヌ・ゼルプトの姿が確認されている事から、単独での自我や知覚を有していた証明には 弱い……。
この時の 天瀬十一と 丹内空護の 間では、
予め厳密に決めていた 訳ではないが……。
code-16-による 動作補助を交えた レヴル・ロウとの総力によって、code-19-に敵対するか……。
一度、有馬要人と 丹内空護の systemを強制解除に持ち込んでから 機を改めて内部から、神地聖正に相対する……。
白衣の青年は そんな風に 算段を立てていたが……。
結果論ではあるが、
3体のピップコートの 特異な行動が無ければ、今の現実は存在していないのだろう……。
実際に、code-19-の 独占機能 -TAS-の能力と 基本性能の高さは 予想以上だった事が 現在判明している……。
今となっては……。
白翼の怪人と共に現れた 3体のピップコートの行動に、どういった意図があったのか……。知る由は無いが……。
白衣の青年は 自身の見積もりの甘さを 改めて頭の中に残す。
丹内空護とも 有馬要人とも、これに関しては 日を改めて話した事も 有ったが、
白衣の青年の詰めの甘さを 微塵も気にしている風では無かった……。
それでも、天瀬十一にとっての 未熟さの 代名詞になる 出来事として、今も脳内に刻み込まれている。
…………。
……。
多くの事象に 向き合う為に、歩みを止める訳にはいかない。
白衣の青年が 過去の行いと 記憶を整理している間にも……。新手のエイオスに紐づく話は進んで行く。
青年 有馬要人が 口を開いた……。
…………。
「 確か 刑死者のエヌ・ゼルプト でしたっけ……。
十一さんの バベルの あらゆる攻撃手段にも、一切の傷も追わずに耐え抜いたエイオスは……。
何かしらの特性を持っているから だと考えたいですね……。
実はこれに 絡んで気になっていたんですけど……。
あの時に出現していた エヌ・ゼルプトの中でも、
刑死者 ウロドと 運命の輪 セドネッツァの 2体には、ポメグラネイトと似てる特徴が有るように思えるんです……。
同型の エヌ・ゼルプトなんでしょうか……。
エイオス全体を見ても 特徴が似ている種類は幾つか いますし……。 」
「 そうだね……。
エヌ・ゼルプトには……。
君主型 天使型 遺物型の 3つの種類が有るから……。
ポメグラネイトも その型が 同じなのかもしれない……。
共通の特徴で見るなら 天使型かな……。
けど、そうなると アレは 何の大アルカナに相当するのか……。
神地データの 解析も進めば、この辺が わかって来ると良いんだけど。 」
…………。
特務開発部の置かれたフロアに向かう道中で、歩きながらも会話を進めていると 後方から誰かが近づいてくる。
この誰かは 恵花界である。
植物好きの青年の手には ミーティングルームで使用されていた ボイスレコーダーが握られていた。
…………。
「 やっと 追いつけました……。
天瀬 副指揮長。……これ 忘れ物ですよね。
さっきの講習で使用していた ボイスレコーダーです。 」
…………。
天瀬十一は 恵花界の手から ボイスレコーダーを受け取る。
…………。
「 すまない……。
折角 皆との意見を納めたのに なくしてしまう所だった。
さっきは 辛い話もあっただろうけど、
恵花 君が 参加してくれた お陰で、あらましの説明も行いやすかった。
きっと 皆も イメージを掴みやすかったと思う。
ポメグラネイトにしても レッドコートにしても、新手の情報は 多くて困る事は無いからね。 」
…………。
白衣の青年 天瀬十一が感謝の意を伝える。
すると、植物好きの青年は ある怪人について、関連した情報を口にした。
これは全体に共有するには 少し大それたものでは あるが……。
それでも、極わずかの可能性で もしかしたら、
関連しているのかもしれない 趣味を通じてこそ 発言できる内容だった……。
恵花界の視線ならではの 主観である……。
この主観には 有馬要人も 興味を示す。
…………。
「 あの……。
天瀬 副指揮長……。凄く個人的な意見では有るのですが……。
赤眼の巨怪 ポメグラネイトについてです。
この名称は ドゥークラが あのエヌ・ゼルプトに対して 確かに呼称していたのですが……。
この名称は 別の物を意味する名前でも有るんです。
……石榴(ざくろ)です。
ミソハギ科ザクロ属 落葉小高木(らくよう しょうこうぼく)に含まれる 1種……。
その花や果実の事を 英名で pomegranate(ポメグラネイト)と……。 ……そう呼ぶんです。 」
「 界は 植物について詳しいんだったな……。
にしても……。あのエイオスが どうしてそんな……。
もしかして……。
他の エヌ・ゼルプトや ピップコートにも そういう関連が…… ? 」
「 いえ 現状では該当するのは、あの エイオスだけだと思います……。
……なので。話すべきか 悩んでいたんですが……。
もし、役立つ可能性が あるのなら 参考程度には成るのかと……。
僕の主観ですが……。
石榴の樹木は 樹皮が 灰褐色で、これは あのエヌ・ゼルプトの翼の色に酷似しています。
そして、赤い果実と あの化け物の単眼にも 類似の接点は見られるのかもしれません。
花言葉には、優美、円熟、愚かしさ……。
果実そのものは 再生、不死、純潔 等の象徴として 連想される側面も有ります……。
すみません……。役に立つのかは 何とも言えませんけど……。
……僕が知りうることは 伝えた方が良いと 思ったので……。 」
…………。
各々の行き先に進む 途中で、この後にも 幾つか言葉を交わした。
白衣の青年 天瀬十一は、脳内の奥底で 埋もれそうになっている 何かに気がつく……。
また、それとは 別の可能性も同時に チラつき出していた。
…………。
……。
そうこうしている間に、
いつの間にか 行き先が分かれる 通路の突き当りに辿り着いていた。
片方は 特務開発部側に、もう片方は実動班の待機室や 事務室に繋がる、丁字の通路である。
天瀬十一の 脳内には、まだ形の無い 朧げな考えが漂っていた。
これらの イメージを 逃さないようにと、意識を向けながら
有馬要人や 恵花界と 言葉を交わす。
…………。
「 有馬 君も、恵花 君も ありがとう……。
お陰で 良い意見交換が出来た。
それじゃあ 俺は こっちだから……。
何か有れば また 話そう。 」
…………。
白衣の青年は、脳内で漂うイメージを手繰りながら 自室の部長室に 戻った……。
片手には 湯気が立ち昇るマグカップが握られている。
これは 特務開発部に設置されている 珈琲メーカーで淹れてきたものだ……。
熱い珈琲を 静かに口に含んで、手繰った 何かを整理し始める。
…………。
……。
ザクロは タロットカードの 大アルカナにも登場している。
ある種の霊的な意味合いが強い象徴として……。
…………関連する 図柄は 女教皇……。数字は 2……。ポメグラネイトは女型の種なのだろうか ?
…………。
女教皇は 高い地位の女性や 女性聖職者の意味合いを持つ……。
図柄には 白の柱 黒の柱が記載されているが……。
これは黒が Boaz(ボアズ)、闇を意味するもので……。白が Jachin(ヤヒン)、光を表しているものだ。
黒と白の柱は 先の道に繋がる門柱を意味し、門柱の合間には 女教皇が 立ちふさがっているような構図になっている。
女教皇の近くには ザクロの果実が描かれ 道の先に楽園が有る事を示唆するようだ。
そして、その手には 真理に至る書が 大切そうに握られている……。
白衣の青年は 図柄の意味合いを総括し、最近出現した エイオスと照らし合わせて 一考した。
…………。
……つまり、この図柄は 真理と楽園に続く過程を表す 出入り口……。
その門番が……。あの怪人 ポメグラネイトなのか…… ?
女教皇は 地位の高い女性……。
…………。
……。
白衣の青年の 脳内では、不確定の疑問が 起き上がる。
それなりの予測は立つが……。
これを断定するような 根拠は 少し物足りない……。
…………。
ふと……。少し度忘れしていた、覚え書きの内容を 曖昧に思い出す。
民話の戦神 カシュマトアトルが、嫌った エヌ・ゼルプトの能力……。 完全なる擬態……。
これによって アルベギ族の 族長を含めた多くの命が奪われた。
擬態として利用されたのは 戦士カシュマトの 許婚だったらしい……。
完全なる擬態能力……。
仮に そんな ものが有ったとして……。
…………。
「 ……擬態された元の 人間は どうなるんだ ? 」
…………。
不意に言葉にして 小さく呟いていた。
答えに対する 予測は簡単に辿り着けるが、背筋が寒くなる嫌な予測しか出てこない……。
能力への印象と併せて、疑問が湧きあがる。
完全なる擬態…………。 完全なる……。この言葉がつく意味が気になった……。
…………。
厄介な事に……。これに該当する エヌ・ゼルプトが……。
どの図柄に相当するのか 明確な記録はない……。
…………。
記録として 残っているのは、その能力と おおよその被害規模……。そして、特異な武器を持っている事……。
…………。
曖昧な情報群の中から 少しでも 現状を 好転させる糸口を 探さなくてはならない……。
ヒントが 増やせるとしたら……。
…………。
白衣の青年は 2種類の 解析記録を立ち上げる。
1つは 父 天瀬慎一が 託した、カムナ・ボックス……。
1つは 神地聖正が 記録していた、神地データ……。
パソコンのディスプレイには 黒の背景と 白の背景のデータの ウィンドウが展開された。
………………。
…………。
……。
~気がついたらもう~
日が沈んだ後の 夕食時……。
実動班の班員が 利用する宿舎の とある人物の部屋で、インターホンが 鳴る。
インターホンの音に 気がついた部屋の主が 確認すると、訪問者は 年齢も近い 見知った人物だった。
…………。
「 ……伝次。……それに一志 じゃないか。
こんな 時間に どうしたんだ ? 」
…………。
部屋の主は 恵花界……。
訪問者は 伊世伝次と 荒井一志だ。
2人は 小さく驚いた 様子の 部屋の主に 要件を伝える。
…………。
「 夜 まだ食べてないだろ ?
俺と 一志で 同期飯しようと思ってさ。
界が もう少しで 復帰する 前祝いだよ。邪魔するぞ !
焼肉 !焼肉 ! 」
「 すみません。
明日の事も有るので 自分は止めたんですが……。
気がついたら 食材の会計も 終わってしまい……。
なので、早めに終わらせてる前提で 焼肉食べましょう。
給料日前なので そんなに奮発は出来ませんが、
川島精肉店で いろいろ買ってきました。 」
…………。
なし崩し的に 2人の来訪者が 上がり込み、いそいそと準備を始めた。
1人暮らしには 適度な広さの部屋も 成人した男 3人では、
むさ苦しく 床の面積も、小さくなったように感じる。
部屋の主 恵花界は、困ったような表情を してはいるが、僅かに 口元は笑っていた。
…………。
「 界。 準備出来たぞー。
早く座れよ。先に焼いちゃうぞー。
はい。時間切れ。焼きまーす !
砂ぎも !! 豚バラ !! 投下 !! 」
「 ちょっとまて 伝次。
お前 適当すぎるだろ。しかも それ タコ焼きプレートか !? 」
「 自分は止めたんですが……。
気がついたらもう……。 」
…………。
同期 3人による 久しぶりの 焼肉は、過ぎていく時間を感じさせない程、活気づいていった。
たこ焼きプレートで 焼く肉の種類が 変わると、会話も弾みだす……。
…………。
「 こういう 3人の集まり 久しぶりだな。
前は いつだったっけ ?
俺 毎回 最後覚えてないんだよな。 」
「 自分は覚えてますよ ?
確か……。伝次が 失恋して……。 」
「 僕も アレは今も頭の中に残ってる……。
喫茶店で 高校の同級生と再開して、一目ぼれしたんだっけ。
名前は 名部マリア。
伝次も覚えているんじゃないか ? 」
…………。
それぞれに 記憶の中の出来事を 持ち寄って 過去の日を 蘇らせる。
この場で 最も面を食らったのは 話題を投下した本人だった。
…………。
「 ちょっとまって……。
なんで 2人とも覚えレるんだよ。1年以上前だぞ !?
俺 折角 忘れそうだったのに……。 」
「 僕は マリアと 小学生の途中頃まで 近所だったし……。
あの時の 伝次の やけ酒は、流石に忘れないって。
まさか 僕達が 忘れてるか 探ったのか ?
伝次は、毎回 飲むペースが 早すぎるんだよ。
あの日も 家飲み してたけど、
次の集まりに誘うだけの電話で 告白したのも インパクトが強すぎる……。
調度 告白した時は、僕は部屋に居なかったんだけど……。
一志が 止めたんだったね。 」
「 自分は止めたんですが……。
気がついたらもう……。 」
…………。
飲み食いの頻度は 会話の頻度と反比例して減っていき……。
3人の笑い声が 増えていく……。
…………。
「 成程……。
わかった。俺も今度こそ 忘れる。
その前に……。
1回 未達成の 家飲みに呼ぼう !
そうさ !今 呼ぼう。 頼む 界 !! 」
「 今 !?
流石に平日の夜に 呼ぶのは迷惑だろ。
急すぎて マリアに悪い。 」
「 頼む……。
リモートで 焼肉に参加してもらおう !!な…… ?
まだ 焼ける肉あるし……。 」
「 それだと……。只のテレビ電話だぞ 伝次。
マリア側に 微塵もリターンが無い……。 」
…………。
夜も遅い時間に 近づくと、盛り上がった空気も 緩やかになり 会話の速度も安定し始める……。
この日に持ち込まれた 食材や飲料の 総量も減り……。
既に時間の経過を 明確に 現していた。
これに気がついて 頃合いを見定めたのか、訪問者の片方側……。平常心を残した青年が切り出す。
…………。
「 ふう。
いつ食べても 美味しいですね。
時間も 遅くなりますし……。
そろそろ 帰りましょうか 伝次。 」
「 オーケー。オーケー……。
残りの分 片づけたら……。 」
…………。
安定した空気感の中で、訪問者の 2人が 今回の引き際について 言葉を交わす。
荒井一志は 最初の 1杯のみに飲酒は抑えていたが、
伊世伝次は この日の 焼肉用に持ち込んだ 酒の約 7割を 1人で飲み干していた……。
伊世伝次の片手には、季節限定 昔系 ラムネ味の 缶チューハイが握られている。
少し焦げた 鳥ホルモンを 口に放り込み、申し訳程度に租借して 流し込む……。
適当な青年は、ほろ酔いの域を 誰よりも早く通り過ぎて 今も向こう側にいる。
それでも、変な部分で 冷静さを 残しているようで 部屋の主に話しかけ始めた。
…………。
「 なあ 界……。
どうだった ? 」
「 ……かなり酔っぱらってるだろ 伝次。
美味しかったよ。
ありがとう……。 」
「 そうじゃない……。
ここに帰って来るまで 大変 ラったろ ?
俺達 3人は 皆……、家族の為に戦う事にした。
歳も近いし、実動班に採用された時期も同じ……。
仮に 進み方が違う事が有っても、ずっと友達だ。
これらラも ずっとだ……。 」
…………。
適当な青年が 言わんとしている事……。
その中核は 言葉にすら変換されなかったが じんわりと 漂った。
…………。
「 界……。お前……。 」
「 こういう所は 伝次の 良いところですね。
自分だったら いろいろと考えすぎて 空回りするか、先延ばしにして しまうでしょう。
考えてるような 考えていないような……。
本当に不思議な奴ですよ 伝次は。 」
「 そうだね……。感謝しかないよ。
伝次にも 一志にもね。
なあ 伝次……。
俺達で……。コイツ 寝てる……。 」
…………。
適当な青年が 寝息を立てて うつむき出すと、温まった室内の空気と匂いが 周囲の様々なものに 益々 染み込んでいく。
寝息を立てていない 2人は、明日に備える為に 手分けして後片付けを始めた。
…………。
「 仕方が無いですね 伝次は……。
伝次は 後で自分が 担いでいくので、ゴミもついでに持ってきますね。 」
…………。
平日の夜の焼肉は、首謀者が 意識を失う事で 幕引きとなったが……。
同期の 3人は 結束を強くして、変わっていく状況を見据えた 心構えの補強を行った。
………………。
…………。
……。
~恐怖の日 燃ゆる心臓~
恐怖の日……。
実動班の 一部の班員の中でのみ通じる、とある忌み名……。
これは、毎月 定期的に行われているもので、名前の通りに畏怖されている……。
正式名称は……。
偏重型 錬成業務(へんちょうがた れんせいぎょうむ)……。
体力錬成や筋力錬成を、一定の部位の強化に偏らせた トレーニングメニューを実施する もので……。
またの名を、恐怖の日と……。そう呼ばれていた……。
…………。
……。
実動班の 屋外運動場には、既に早朝から 班員が集まっていた。
運動場には、屋外でも屋根が付けられており 天候に左右されずに 全ての種目を実施できる。
集まっている 班員の中には、
コンディションが著しく優れない 人物が混じっているようで、この日の予定を完全に失念していたようだった。
…………。
「 ダメだ……。完全に抜けてた……。
恐怖の日に 二日酔いとか 冗談だろ 俺…… !
一志も 界も なんで教えてくれなかったんだよ……。
……やらかしたくない。
ウッェ……プゥ……。
…………イケるか ? 」
…………。
適当な青年 伊世伝次は、各種目の始まりの前に 戦々恐々としつつ、自身を鼓舞する。
昨晩の 家飲み焼肉の途中から 記憶が無く……。気がつくと今日の日程が始まる 約 30分前だったのだ……。
目が覚めた矢先から 出鼻をくじかれている……。
こんな 状態でも やるしかない……。
やってみせるしかない。状況は 直ぐそこまで迫っていた。
…………。
……。
極一部が 自ら追い込まれているとは 知らずに、今日の日程を取り仕切る人物が、運動場に現れた。
坊主頭の大柄な青年は、首からスポーツタオルを ぶら下げて 人工芝を踏みしめる。
現在の 彼誰五班の 総指揮長を務める人物であり……。
ニューヒキダで最も長く アルバチャスとして戦ってきた男……。丹内空護だ。
運動場に集まった 実動班の全体を 見渡せる位置に 到着すると、偏重型 錬成業務の 全体日程を説明し始めた。
…………。
「 よし。皆 集まったな。
今日は予定通り 今月の 偏重型 錬成業務を行う。
知ってると思うが……。偏重部位は 上半身だ !!
複数のメニューを元に、腕回り 胸 背中を 苛めるぞ。
今日の結果は 今の時点での 身体能力の目安にもなるだろう。
準備運動を しっかりと行い、無理をせずに我慢を重ね 自分の限界に挑んでくれ。 」
…………。
丹内空護は、挨拶を済ませると 今回の実施スケジュールと 錬成メニューの説明を始める。
一連の説明が終わると、運動場に集まった 面々は 両手を広げても 指先が接触しない程度の 感覚に距離を取って、 実動班 名物の 準備運動、悳体操(イサオ タイソウ)を始める。
その後には 隊列を組んで 身体を適度に ほぐす 中距離走を行った。
…………。
……。
偏重型 錬成業務(へんちょうがた れんせいぎょうむ)……。
丹内空護の前任者だった 実動班の班長 藤崎悳(フジサキ イサオ)によって考案され 今も受け継がれる業務の 1つである。
現在は 概ね 1ヵ月に 1度程度の頻度で行われており、実動班の班員の 身体造りに 役立っている……。
一方で、体力的に自身の無いものや、
体力面に不安は無くとも 激しい運動が単純に好きでは無い者が、主だって敬遠しているようだ……。
今回の種目は……。
上半身を鍛える内容が豊富な、偏重型 錬成業務 上版(へんちょうがた れんせいぎょうむ じょうばん)……。
実施者は、彼誰五班の中では 第二班、第三班、第四班が該当しており……、
今回実施しない班員は、突発的な 戦闘処理への予備戦力も考慮して、実施日をずらす事で改められている。
準備運動の 30分程の中距離走を終えると、2人 1組でバディを作り……、
計測者と錬成実施者の役回りを相互に 行う形で進行していく……。
丹内空護は 全体の動きを把握して、実施の合図を送った。
…………。
「 今の自分が どのくらいの負荷に耐えられるのか……。
どこまで やれるのか……。それぞれの健闘を祈る。
始めるぞ !!まずは、腕立て 3品盛り からだ !! 」
…………。
偏重型 錬成業務 上版……。
1種目目……。腕立て 3品盛り……。
ワイドプッシュ、ノーマルプッシュ、ナロープッシュ を 各 30回 連続で行い、
30秒のインターバルを挟んで休み、合計 3セット行う。
腕立て伏せの 基本セットである。
速度は求められないが 全員が揃えて数える為、
体幹が未完成で、成れていない班員にとっては 早々にして地獄を味わう事となる……。
…………。
2種目目……。スロータイム……。
ワイドプッシュ、ナロープッシュ を 各 20回 連続で行う 緩やかに見える動作だ。
但し、伏せた状態で 5秒の維持を 毎回行う為、合計 2セットの 緩慢な窮屈に耐える必要が有る……。
腕立て伏せの 変化型セットであり、遅筋と精神力を増強する種目だ。
…………。
3種目目……。クイックタイム……。
ノーマルプッシュ を 2分間の制限時間の中で 我武者羅に行う 実力テストのようなメニューである。
最低合格回数が 設定されており、それを下回ると 査定が下がる等の マイナス効果が発生してしまう。
制限時間 2分 80回以上 1セット……。これが最低合格回数に設けられている基準だ。
この規定数を超えるほど 好成績の評価を得られる為、
ボーナスステージとして見るのか、恐怖にかられるかは 実施者次第……。
腕立て伏せの 変化型であり、速筋を養い 力量を示す種目だ。
問題が有るとすれば、1種目目と 2種目目の負荷が じわじわと蓄積し……、
多かれ少なかれ 筋肉の中では、乳酸が存在感を強くしている。
身体的にも逆境が隣り合わせに なりやすい事だろう……。
尚、全ての 腕立て伏せは 計測者を担当するバディが 地面に掌を置き……。
実施者は、その甲に しっかりを顎が接触させる事で、正規の数として計測される。
…………。
……。
適当な青年 伊世伝次の 顔面は 血流によって ほんのり赤く……。鼻息も荒く上がっていた。
掌で 正三角形を作るように 地面を掴んで、行う ナロープッシュにも 堪え……。
葛藤の中で 耐え抜く 2分が経過する。
…………。
「 ………………ッウッハァ !!
……………………耐えたぞ……。良くやった俺……。
フ……ゥ……。ッハ……。 」
…………。
人一倍 息が上がっている青年を 気にすることもなく……。
クイックタイムの計測結果が 記録されていった。
丹内空護は 記録データを、回数の多い順に並べ替えて 概算としての結果に目を通す。
…………。
……。
丹内空護 113回、大代大 101回、荒井一志 92回。
……………伊世伝次 59回。
…………。
別日 計測組 上位 3名……。
天瀬十一 108回、有馬要人 97回、恵花界 95回。
…………。
……。
前回の記録から 上昇している者もいるが……。大幅に低下している者もいたようだった。
伊世伝次が配属時に 上版で計測した記録は……。96回である……。
総指揮長の 丹内空護の頭の中には 疑問が浮かぶ。
身体が冷えない 程度の休憩を取って、次々と種目が移り変わっていく。
…………。
4種目目……。懸垂 2品目……。
5種目目……。2時間 持久走……。
6種目目……。箸休めビーチフラッグ……。
昼休憩……。
7種目目……。射撃訓練……。
8種目目……。格闘訓練……。
…………。
……。
そして、この日の全ての日程を 無事に終える……。
運動場の 片付けを済ませて、それぞれの班員が帰路についた。
計測 記録のデータに 目を通す 坊主頭の青年に 誰かが声を掛ける。
…………。
「 お疲れ様です。丹内さん。
やっぱ 流石ですね。僕もまだまだですよ。
今回は クイックタイム自身 有ったんですけど。 」
「 大代か……。
いや、充分な記録だ。
今回の上版の種目には 腕立て伏せが多いが……。
体力を上手く節約するのが コツだ。
身体を伏せる直前は、両腕の力を一瞬だけ抜いて 自由落下で 伏せる時間を早め……、
顎が 接地する 寸前で 地面を押し飛ばすように腕を力ませて、上体を元の高さに戻す……。
これ程の回数なら 上を目指すのも 趣味に近いだろう。
どの 成績を見ても、第二班にとって うってつけの ものだった。
あらゆる状況に 臨機応変に対応できる事の裏打ちだな……。
午後の射撃訓練にしても 格闘訓練にしても……。
これ程の 総合力が有るなら 仲間として頼もしい。 」
…………。
丹内空護をもってして 大代大の成績は高く、
丸七型として戦う 現在の環境に 適しているように見えた。
…………。
「 とんでもないですよ。
……ありがとうございます。
ところで……。
丹内さんは どう思います ?
前回の講習でも話になった、レッドコートについてです……。
あの怪人達 何か気になりませんか ? 」
「 俺も大代も含めて……。
奴らが 出現するようになってからの 交戦回数は増えているが……。
どんなに手段を尽くそうと、
必ず 逃げられている……。
気になるのは この事か ? 」
「 この事も……。ですかね。
エヌ・ゼルプトが 怪人側の指揮系統を担っているのは 現在の定説ですが……。
レッドコートも、通常種のピップコートには 類似の事を行えるのでは ?
まるで 引き際を認識しているようじゃないですか ?
通常種の ピップコートが ある程度 爆散すると、
どんな状況でも姿を消しています。
それに……。これまでのピップコート種には 無いような 特徴……。
レッドコート全体に見られる 共通項も気になる要項でしょうか。 」
…………。
赤熱した色のピップコートの新種 レッドコート。
昨今までの 戦闘処理において 只の 1体も撃破できておらず、
作戦の度に交戦する各個体が それぞれ同一の 個体なのかも 判明していない。
交戦時から撤退までの間に 個体識別をする為のペイント弾等も行い、
エイオスが 姿を消した後 どこに消えているのか……。出現している個体は全てが 同一個体なのか……。
そういった、調査も同時進行で行われているが、実を結ぶには至らない。
神出鬼没な 新種の 情報がまだまだ不足している。
…………。
「 丹内さん。……僕が思うには ですが。
エイオスが 人間を模倣している。
なんて可能性は……。あると思いませんか ? 」
「 人間を模倣しているだと ?
模倣する知能が有り……。
だからこそ、戦況を見極めている……。
そう言いたいのか ? 」
「 そんな感じです……。
これに加えて……。
現在確認されている レッドコートが 携行している武装も、
例えば アルバチャスや……。 特に レヴル・ロウの武装を模倣して形作られている……。
可能性の域を出ませんが……。
僕は最近 そんな風に思うんです。 」
…………。
幾度か重ねられた レッドコートとの戦いの中で 辿り着いた予測だった。
真偽は 未だに不明だが、レッドコートが扱う 武装は 確かにレヴル・ロウのものと よく似ている。
レッドコートの中でも、 ソード・キング、カップ・クイーン、ソード・クイーン……。
多少 形状が異なる 武装を携行している種も 確認されているが……。
…………。
「 僕の主観です……。
あくまでも これを前提にして話しますが……。
過去の記録にも有るように アルバチャスは 謎のエヌ・ゼルプト……。
真紅の戦士を 一部 模倣した 考えの上で、設計されたと なっています……。
これは 人類が、エイオスに立ち向かう為に 時間を掛けて成した結果です……。
光の試練と呼ばれる ルールのわからない戦いの中で、
僕達は 戦っている訳ですが……。
かつては 武装した兵士が束になっても 敵わなかった ペイジ種のピップコートにも、
対抗できるようにまで レヴル・ロウの 隊列戦闘も精度が向上しています。
光の試練に必須と言われる マルクトも無しで……。
ならば……。
ニューヒキダで戦う人々が そうだったように……。
エイオス側も 何かしらの学習能力や それに類する何かを持ち……。
強さの下限を底上げしようとしている……。
そういった 可能性が有るのではないか……。
……と 思うんです。 」
「 独立した自我を持っているからこその学習……。
進化の可能性か……。
完全に無いとは 言えないのかもな……。 」
「 まあ……。
僕も 確証があるわけでは無いんですけど……。
冷えてきましたね。
立ち話で 引き留めてしまって すみません……。
荷物 持ちますよ。 」
…………。
日々の訓練や業務の中で、確実に実動班の士気は高まり 街を護る意識も実力も向上しているが……。
取り巻く謎は 常に形も見せず……。
指先に触れるよりも 僅かに離れて フワついている。
この日も ゆっくりと 太陽が西側に傾いていく。
………………。
…………。
……。
~未熟な挫折と臨界点~
A-21 地区……。
高台にある公園……。
ニューヒキダを見渡せる景色の中で、昼下がりの公園のベンチに 青年が仰向けに横たわる。
少し前までは 街全体を見渡し……。
いつものように ニューヒキダを視界に納めていた。
どれ程 時間が経過したのか 曖昧だが、どこまでも 突き抜ける青空の下で、
青年は ベンチの上に 移動していたようだ。
この日は 青年が含まれる組が 偏重型 錬成業務(へんちょうがた れんせいぎょうむ)を終えてから、
何日か経過しており 筋肉痛は既に和らいでいる。
別段 身体が不調な訳では無かった筈だが……。
誰もが喜ぶような 青空の下で、青年は ベンチで仰向けになり 横たわる。
…………。
……。
程なくして 青年の近くに何者かが忍び寄り……。
何者かによって、両の瞼の上に 熱々の何かが 乗せられた。
…………。
「 喰らえ !!
瞼の上に ブリトー !!
……成程な。
コイツが 正体不明の ヒーローに変身するツールって事か ?
生身じゃ お前も隙だらけだねぇ……。
これで、第五班長か……。聞いて呆れるぜ。 」
…………。
何者かの正体は 近場でキッチンカーを運営する人物……。
巻健司だった。
青年 有馬要人の アルバチャス起動用端末……。
code-0-のデバイスは いつの間にか 巻健司が 片手に持っている。
青年の両手には 熱を保った棒状の物が 1本ずつ握られていた……。
これは、今ほど 両瞼の上に乗せられた 2本のようだ。
…………。
「 何するんですか……。巻さん。
目の上にブリトー乗せるなんて……。いや、……ブリトーじゃない 温めた保冷剤 !?
それは俺のです。
返してください。 」
「 どうすっかなぁ……。
いいや、やめた。誰が返すかよ。
これは 今から俺のにするわ。
調度 新しい奴が欲しかったんだ。今使ってる スマホのバッテリー、すぐ切れるんだよ。
こっちは APCの最新技術が 使われてる最新だろ ?
頑丈そうだしな……。
どっかに売りつけるのも良いか。セミリタイアも余裕よ。 やりたい事も沢山有るしなぁ。 」
…………。
青年は 両手に 温まった保冷剤を握ったまま ベンチから立ち上がる。
巻健司は すかさず 青年の腹部に中断蹴りを 入れて、
青年を 強制的にベンチに 戻した。
…………。
「 お前の方が 若いからって 油断してんだろ ?
俺も それなりには動ける。
フニャフニャの お前よりもな。
コレは 今から俺のもんだ。 」
「 何を言って…… ?
やりたい事って……。そもそもキッチンカーどうするんですか。
今日の巻さん 変ですよ ? 」
「 キッチンカー…… ?
アレ……。お前にやるわ。
変なもんかよ……。
考えてみろ、俺も お前も元々は 余所から来た流れ者だ。
お前とも 偶然知り合ったが……。
俺がどんな人間か、お前は知りつくしてるってのか ?
近くで 仲良さそうに してたのも、飯のタネに有りつけるからさ。
前から ?いいタイミングでも有れば……。
上手い話に有りつきたいって考えてた。
そういうもんだろ。
流れ者に 他人の事情なんて最初から関係ないんだよ。
甘々に 浸りやがって……。
お前も 元々 流れ者だ。
今日から キッチンカーのオーナーに成ろうが、どうなろうが……。
どうでも良いだろうが ?
だからよ……。
今日から これは俺のもんだし ?お前はキッチンカーのオーナー様。
……ご理解 ? 」
…………。
巻健司は ベンチの上で 姿勢を崩してる 青年に 高説を述べる。
片手には、青年の持ち物だった デバイスを しっかりと離さず、もう一度 青年の腹に 蹴りを入れる。
そして、そのまま ベンチの背もたれの 後方側に向かって歩き出した。
…………。
「 まあ、そういう事だ……。
それじゃあな !! 」
…………。
正午を 過ぎて 少しずつ太陽も傾き出す……。
壮年の男が 公園の出口に向かって歩を進めた。
その足は 1歩 1歩と、キッチンカーが停車している方角とは 真逆の出口に向かっているようだ……。
片手に持った デバイスを 空にかざすようして、戦利品を まじまじと眺めながら……。
…………。
「 それは 俺のだ……。 」
…………。
青年が ベンチから 立ち上がる。
さっきよりも 真剣な 顔つきで……。
その様は 声にも反映されているようだった。
それでも、壮年の男の足は止まらない。
…………。
「 そのデバイスは……。俺のだ……。
俺が アルバチャスだ !! 」
…………。
今までで 最も 強い意思が籠った 言葉と気配に、壮年の男の足は 止まった。
…………。
「 だから どうした 要人 ?
コイツは 今 俺のさ……。
見えるだろ ?
お前の手元じゃなく 俺がもってるんだよ。 」
「 巻さん……。
俺は 貴方にも 勇気を貰った……。
正直 最初は軽はずみに 首を突っ込んで 戦った……。
けど、それで 誰かを助けられる事を 認識できたのは……。
戦い続ける 勇気を貰えたのは……。
皆が いたからだった。
だから 俺は…… ! 」
「 だから 俺が 正体不明のヒーローだって ?
笑わせるなよ 要人……。
……俺は知ってんだよ。
お前が 毎日 ここで昼飯を 取るようになった理由をな……。
黄昏てるんだろ ?
自分が護れると思い込んでた 街の残骸を ここから見下ろしてよぉ。
自分は 護れなかった……。
けど、それを悔やんでないわけでは 無いですよってな !!
お前の事は 馬鹿な奴だと思ってたが……。
まさか ここまで 馬鹿だとはな。清々しい陰気 馬鹿だった訳だ……。 」
…………。
高台の公園の 空気が張りつめていく。
青年の表情は真剣だが 何かが 異なり、壮年の男に 値踏みされてしまう。
言い合いは続くが 青年の言葉の語気は 地に足がつかず 弱弱しい。
…………。
「 ……俺は確かに 馬鹿だ。
けど 俺は……。 」
「 んん ?……今 なんて言った ?
直ぐに しぼみやがって……。
けど 俺は……。 なんなんだよ !?
なんも言えないのかよ ?ヒーローなんだろ ? 」
「 俺は……。
俺は 皆を……。この街を護りたい……。
最初は戦いの中で虚勢を張ってたんだ……。
いつ 死んだって良いと思った。
けど、助けられるものが 増えていって……。
自分が護れた街で 食べる料理も、景色も 音も どんどん好きになった。
復興が進んで 沢山の人が笑いあって……。
皆の今が 明日に繋げられるなら……。
そう思ったら……。
もっと 勇気が湧いたんだ。
けど……。 」
…………。
青年が 何かを引きずり出そうと もがくが 途中で つっかえる。
つっかえた 原因を手繰り寄せるのに 強い抵抗があるようだ……。
まるで、決壊しそうな 防波堤を 人力で無理やり 塞ぐ……。
そんな青年の様子を察したのか、壮年の男が 激流の中に手を突っ込んだ。
…………。
「 ……長期化する 戦いやエヌ・ゼルプトの侵攻で 死者が出始めた。
そうだろ ? 」
…………。
青年は うつむいたまま、目の周りの筋肉に力が入る……。
見開いた目は、瞼に遮られる事も無いが、焦点は合っていないようだった。
壮年の男は、青年が図星を付かれた表情に変わったのを見定めて 続きの話しを進める……。
…………。
「 始めは 皇帝 マーへレス……。
そんで 灰翼 エリアイズ……。
そんで 極めつけは……。
真紅の戦士に……。
天瀬慎一を目の前で 殺された……。 」
…………。
青年が 無理矢理 塞いでいる 防波堤の雑多な補強を、壮年の男が 取っ払っていく……。
壮年の男は、棒立ちをしている青年に、更なる ダメ押しの言葉で 追撃を加えていった。
…………。
「 要人……。
お前は こんな風に考えてたんじゃないか…… ?
自分は……。
世間でも 著名な アルバチャスとして戦える 選ばれた人間で……。
無条件で 多くの期待を背負える 見てくれの良いヒーロー……。 」
「 ………………違う。 」
…………。
凶悪な鈍器のような 言葉が ぶつかった。
身体に痛覚は無くとも 無防備な青年には 痛烈な 影響を伝播させる。
…………。
「 本当に違うのか ?要人……。
こんな風にも 考えてたんだろ…… ?
例えば……。APCの中でも……。
仲間に恵まれて 何をしてもマイナスにはならない……。
最高のポジションに 潜り込めた……。
あわよくば……。
その中で 適当に 都合の良い人間関係を、適当に育てるフリを出来ればいい……。 」
「 …………違う !!
そんな風には…… !! 」
…………。
壮年の男は 何度も鈍器で 打ち付ける。
青年の身体は無傷だった。
全身に裂傷も無ければ、青あざも 内部骨折すらも無い……。
それでも、現在の青年にとって 最も痛烈な 痛みが、防波堤の奥で 蠢き始める……。
激流の中で 足の付き場を見失った 青年に、壮年の男が 強い言葉をぶつけて 近づいていった。
…………。
「 何が違うんだぁ……!?
居場所が出来て……。
姑息に それを維持できれば……。それで満足なんだろ ?
本当に違うんなら、自分の口で言ってみろよ。 」
「 俺は…… !!
……増やしたくないだけだ。
自分が役割を果たせなかったせいで……。
大切なものを 失っていく人達を……。
もう増やしたくないだけなんだ……。
十一さんや 真尋ちゃんだって……。
俺が もっと動けてたら……。 」
…………。
本来なら 既に決壊している 負の感情だった……。
しかし、これを 付け焼刃で どうにかできないものかと、決壊した防波堤の淵に しがみつき続けた……。
その結果、青年の 足は地面から離れ、何をするにも 危険な状況に 自らを追い込んでいく……。
日常生活では こんな状態でも 何でも無い顔をする……。
見誤った 責任感に首を絞められ……。
自責の念の中で 溺れ……。息が続かなくなる寸前……。
青年は 自分自身で作り上げた 瓦礫と濁流に囲まれて 逃げ場を失っていたのだ……。
壮年の男は 瓦礫を壊し 払いのける……。
そして……。
…………。
「 馬鹿な奴だ……。知ってるよ。
本当は いつ街に 怪人が出ても動けるように……。
もし、次に 自分のミスで どっかの区画の 今 が無くならないように……。
もし、無くなったとしても……。自分の記憶の中に焼き付けられるように……。
護れなかった 街を戒めに 忘れないように……。
そうやって いつも、街を見てたんだろ……。 」
「 ……巻さん。どうして。 」
「 まさか 本気で言ってるのか ?
バレバレだ……。
お前は馬鹿だが……。良い馬鹿だ。
始めて この公園の近くで 俺と合った日を覚えてるだろ…… ?
お前が 食事してたら エイオスが 少し離れた近くに現れた……。
ありえねぇぞ 普通……。
どんなに打算が合っても……。
本気で 人を助けたいって気持ちが 無い奴は、あんなに直ぐに動けやしない。
わざわざ 自分が向かわなくても良い距離で……。
ましてや あの時は 実動班の人間ですらないんだ。
アルバチャスに変身する為の 端末も 持ってたわけじゃない……。
お前は 俺に言ったよな ?
直ぐに戻ります……。だから、その時に出発できるように車を準備してください……。ってな。
あの時から 俺は、お前が 何かをやらかしてくれる……。
そんな風に思った。良い意味でだ……。
なあ、要人……。自身を持っていいんだ。
お前は 囚われるな。 」
…………。
激流に流されそうになる 青年 有馬要人の手を……。
………壮年の男 巻健司の言葉が、しっかりと掴んだ。
掴んだ その手は ゆっくりと 引き寄せられて、負の感情が渦巻く激流の中でも 地面に足を近づけさせる。
…………。
「 良いか要人……。
人間は絶対に死ぬ……。
誰だって いつか必ずな……。
そんで 人の死は必ず 何かを残す……。
どんな人間の命でもだ……。
それが 先を生きる為の力になる事も有れば……。
重い呪いに成る事もある……。
外せない 手錠や足枷みたいにな……。
だが、どっちに成るかは 残された奴が どう生きるかで変えられる。
囚われるなよ ?
お前の抱えてる問題は 1人で戦っている訳じゃない。
実動班の仲間がいるだろ……。俺だっている。
まあ、俺は……。飯を出すか 話し聞く ぐらいしかできねぇけどな。ハハハッ……。
………………。
……天瀬兄妹は、2人とも……。自分達なりに 必死に 変えようとしてるんだろう。
呪いじゃなくて 生きる力に……。
強いよな 本当に……。
信じるのも簡単じゃない……。
自分で望みが見えない時ほど そうだ。
要人……。お前は あの日……。
夕日が綺麗だった あの日……。確かに自分の意思で動けたんだよ !!
お前の中の強さに お前が自身が苦しめられる事も有るかもしれない……。
そんな時はな、自分が過去に成し遂げた事を思いだせ !!
どんな事だって良い !!
あの日……。お前が動いたから……。
あの日の今を見捨てなかったから、俺も真尋ちゃんも 助かってるんだ。
他にも あるだろ……。
俺が知らないだけで、お前が動いて 助けられた 人達が…… !! 」
…………。
青年は 負の感情による激流から 少しずつ解放される……。
高台の公園の景色は 変わっていないが、息苦しさが取り払われていく ようだった……。
…………。
「 自分を呪うな 要人……。
お前は きっと 大丈夫だ。
天瀬兄妹の事も 何か出来ないか……。
そうやって 何でも かんでも抱えてんだろ……。
今 考えても 直ぐに どうにもできない事だって有るさ。
だからよ……。いつ どうにか出来そうな時が来ても良いように……。
今は 食え……。
食って 寝て 身体動かして……。
いつでも動けるように 自分を労われよ。
そんで もし、その時が来たら……。
お前の助けたい誰かが 重荷で 埋もれそうになってたら……。
恨まれてでも、その重荷を奪え……。ぶっ壊せ……。
大事な人が 助かるなら、自分が どう思われようが 関係ねぇだろ ? 」
…………。
高台の公園の景色も……。
青年と壮年の男の立ち位置も 別段の変化は無い。
しかし、先程までとは 全く異なる景色だった。
ここにいる 2人の表情は 暗いものが無く、ピリつく雰囲気も無い。
どこか土気色だった 青年の様子も 朗らかに移ろいかけている ようだ。
…………。
「 巻さん……。 」
「 ほらよ……。コレ 返す。
キッチンカーは お前に やらん。
腹 蹴って悪かったな。
お詫びに ブリトーやるよ。特別に今の新作だ……。 」
…………。
有馬要人の手の中に アルバチャスとして戦う手段が戻される。
壮年の男は 飄々と、自身の商売道具の改造車に向かい……。
既に 調理済みの 品を 温めなおして 青年に手渡した。
青年は 緑色のブリトーを受け取って 感謝の言葉を述べると。嬉しそうに齧りつく。
…………。
「 ……すみません。ありがとうございます。巻さん。
ブリトーも 頂きますね。
……ウェップ !!まずっ……。
美味しくないし 生臭い……。
何ですかコレ !?
店 潰れますよ……くっさ !!
あつ !!自分の口が臭い !! 」
「 んだよ……。
美味しくないのは 俺も知ってるよ。
栄養爆発 !味は二の次 !新緑濃厚セットだぞ !?
しかたねぇな……。ほら スムージーだ。 」
…………。
緑々色MAKI☆巻き と 緑々色スムージー☆……。
またの名を 新緑濃厚セット……。ここ最近まで 巻健司が、有馬要人に与え続けた 新商品だ。
…………。
「 ……ありがとうございます。
頂きますね。
青臭っ !!苦っ !!
……え ?コレも ? 」
「 不味いけど……。
どっちも 栄養は有るから……。……たぶん。
まあ、良かったよ
味覚 戻って。おめでとう……。残したら 代金 50倍な……。 」
「 ……コレ そういう奴 ?
嘘でしょ……。オウップ…… !! 」
…………。
青年との懐かしい やり取りに 壮年の男は ほくそ笑む。
言葉の抑揚は単調でも 口角は上がっており、
青年もまた 料理を楽しむ 気持ちが 戻ってきたようだ……。
…………。
「 大丈夫……。だいじょーぶ……。
要人 お前 それ……。何回も完食してるから……。 」
「 ……は ?
ヴォゥッ…… !!嘘でしょ ? 」
…………。
五感を疑いたくなるような 日々の中でも、力強く 地面に足を付く……。
静かな日常でも 戦いに向けた 歩みは止まらない。
………………。
…………。
……。
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