- 22話 -
神秘へ繋ぐ意思
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目次
~流れる空転~
気持ちの良い晴れやかな日。
街全体を見渡せる 高台の公園の近くで 壮年の男が キッチンカーを切り盛りする。
…………。
壮年の男が この街に来てから 既に 9カ月が経過しているが……。
キッチンカーの経営は 諸事情により 今日で やっと 2ヶ月程度だった……。
時間は 昼時から 午後の仕事が始まる頃合いに差し掛かろうとしているが……。
客席では、1人の青年が急ぐ事なく食事をしている。
青年は、晴れやかな空とは 相反する空気を背負っている様子で、キッチンカーの店主にとっての 気がかりになっていた……。
…………。
キッチンカーの店主は、先程 入った テイクアウトの準備を行いながら……、
これまでを 振り返る様にして、 関連する出来事を 思い起こす……。
…………。
……。
この現在のニューヒキダは 多くの戦いを乗り越えてきた……。
遠くない 過去では、地名も風景も今とは異なっていたものの、穏やかな地域だ。
簡単に 形容するのであれば、東洋の島国に在る 一般的な地方都市……。
そんな地方都市が 今とは異なっていた当時……。
日樹田 という名前の この地域は、ある出来事で大きく姿を変える。
…………。
……。
出来事の名前は、22災害……。
これは 現在から数えて 約 19年と 3ヵ月程 前の 出来事……。
22時間の間に起きた 謎の怪人達による破壊活動は……。
当時は……。都市伝説 同然で……。実際に体験した者以外からの信憑性は薄かった。
その為、軍事演習による大規模な事故だとか……。
何らかの可燃性物質による爆発だとか……。
最初は噂の方が勢いは強く……。
注目こそされても、実態が不明の出来事として 認識されていた……。
当時の 被害規模は 余りにも大きく……。外部に流せる記録が無かったのだ……。
これは、災害時の映像どころか写真すらも 用意できない程で……。
噂の一人歩きを 助長させる……。
だが、謎の怪人達の 侵攻は本物だった……。
あらゆる軍事作戦で対抗措置を 取られるが、最新鋭の戦闘機をもってしても 統制のとれた兵の武力攻撃をもってしても……。
謎の怪人達には 傷すらも付けられない……。
悲惨な戦況化では 記録を残す余裕すらも無かったのである……。
…………。
……。
今でこそ、怪人達の名は Arcana Origin's(アルカナ オリジンス)……。
略称としては、A.O's(エイオス)が当てられており、今も この怪人達との戦いは続いている。
…………。
……。
エイオス達には 謎が多い……。
共通している事は 殆どが タロットカードの 図柄等と 酷似した特徴を持つ事……。
一般的な知識では無いが……。
謎の怪人エイオス達には、光の試練 と呼ばれる 何らかのルールに沿った行動も確認されている……。
公にはされていないが……。
エイオス達のルーツは意外な所に隠れていた……。
…………。
……。
アルベギ族 民話に在る 戦神カシュマトアトルの英雄譚だ……。
アルベギ族とは……。紀元前 400年前に世界各地を放浪した民族で……。
とても著名とは言えず、 残された記録も少ない太古の部族……。
末裔とされる人々は 世界各地に 存在しているらしく、
民話としての英雄譚を 知っている事以外は、住む場所も習慣も 一切の繋がりを持たない。
それでも 彼達を結びつける 唯一の 共通項……。
戦神カシュマトアトル……。
末裔とされる人々が、個々に交流を持っていないにも関わらず、知っている英雄の名前……。
部族最強の戦士は 最後の族長としても活躍が称えられており、
誉れ高い戦の神として 英雄譚に名を遺したのだとか……。
戦神が戦ったとされる相手は 光の魔物……。
光の魔物が持つ多くの特徴は、タロットカードの中に 溶け込んで伝聞され、
占術としての意味合いの方が強くなっていった……。
今となっては、アルベギ族 民話こそが ルーツである 物的証明は残されていないが、
謎に包まれた 太古の民族の末裔の 存在こそが、怪人エイオスの 特異性を強く象徴している……。
…………。
……。
光の魔物……。怪人エイオス……。
時と場所によって異なる 忌み名を持つ 未知の存在達……。
それらと 渡り合う唯一の手段は、民話の中でも 現代でも 同じらしく……。ある石が 用いられる。
神秘の石 マルクト だ……。
これこそが、現代の軍事兵器すらも 効果を示さない 脅威と 渡り合う手段。
マルクトは 4つ存在しているようで……。
いずれかを 用いて 怪人が扱うものと 同様のエネルギーを 行使する……。
現代の技術で これを成した戦士の姿……。そして、その systemの名前……。
これこそが……。
…………。
Arcana Barrage Chase System。略称 Arbachas(アルバチャス)……。
未知の 怪人を相手に出来る 唯一の戦士……。
…………。
……。
アルバチャス として戦う戦士は主に 4人……。
火のマルクトを 扱う 太陽のアルバチャス……。アポロン……。
使用者は 神地聖正(カミチ キヨマサ)……。
光の試練を 始めた張本人であり、英雄の秘石として 火のマルクトを選択したと思われる人物。
アルバチャスとして 1つの到達点とも言える systemは、高い戦闘能力を保持し……。
その高い 能力を現実にする為に 日輪型のジェネレーターが 特徴として目立つ。
使用者の 神地聖正 当人は、約 3ヵ月前までは APCの C.E.Oとして、表の顔を持っていた。
22災害以降に 災厄に見舞われた 日樹田を立て直したとされる現代の英雄の顔だ……。
……だが、約 19年と 3ヵ月前に、何らかの方法で 光の試練を始め、
何かしらの目的を持って 22災害を勃発させた張本人こそが、この男だった……。
光の試練の あらましを知り、陰から多くの出来事を 自身に都合の良いように運び続けたのだ……。
その手段や影響は人命にも及んでおり、
行動の意図や 被害の全容が今も APCやスポンサー企業 W.E.Bによって調査されている。
なにしろ、神地聖正 本人は現在も行方不明だからだ……。
…………。
約 3ヵ月前……。
太陽のアルバチャスの暴走を止める目的で 3人のアルバチャスが 対峙し……。
最も完成されたアルバチャスの systemを強制的に停止させた……。
しかし……。
そこへ、22災害でも出現していた 最も著名で 謎を含む強力なエイオスが 姿を見せる……。
謎を含む強力なエイオス、真紅の戦士……。この存在によって、神地聖正は 連れ去られてしまったのだ……。
これと同時に ある悲劇が起こってしまう……。
神地聖正と旧知の仲だった、アルバチャスの開発者……。天瀬慎一(アマセシンイチ)が殺害されてしまったのだ。
この出来事は 現在も多くの事柄に強い影響を残した……。
…………。
……。
風のマルクトを 扱う 戦馬車のアルバチャス……。チャリオット……。
使用者は 丹内空護(タンナイ クウゴ)……。
APCが誇る 対エイオス戦闘処理班の班長であり、ニューヒキダで象徴として名高い白色のアルバチャス。
耐久性 機動性 攻撃能力……、使用者の性質も相まって どれを取っても大きな欠点の無い安定した能力を持つ。
APCにとっては 始めて、実戦 投入されるようになった 型式であり、
チャリオットによる 多くの戦闘経験から、後発の型式の参考データが組み上げられたのだろう……。
約 3ヵ月前までの戦いでは……。
使用者の所在が不明になった時期や、他の アルバチャスには無い上位の形態へと変異した事も有った。
丹内空護が 復帰した経緯や、上位の形態へと変異した理由は 今のところ わかっていない。
現在の動向としては、量産型のアルバチャス レヴル・ロウを主に構成された 特設班……。
彼誰五班(カワタレゴハン)の総指揮長として活動しているようだ。
…………。
……。
水のマルクトを 扱う 塔のアルバチャス……。バベル……。
使用者は 天瀬十一(アマセ トオイチ)……。
APCの 特務開発部において技術的な面での活動が 主の人物であり、神地聖正の旧友 天瀬慎一の実子の 1人。
研究員としての業務が本業だが、過去には実動班を志していたようで 本業で得た知識も交えて 戦闘処理もこなす。
バベルは アポロンの最後の試作にも該当しており……。
見た目に反して 類似の新規武装や systemを複数持っている。
例えば、マルクトから生成したエネルギーで自然現象を発生させ、
攻撃や防御等への転用を可能にする ジェネレーターの搭載と その運用……。
他にも、新型の情報武装を用いた他の型式への戦闘補助等が該当する……。
耐久性も アポロンと同程度に高い水準の為、継続戦闘能力の長期化や 強引な局面にも対応しやすい。
外見上で特徴的な 大型の腕は 補助アームであり、攻撃にも防御にも器用に使い分けられる装備だが……。
これは、希少な アポロンとの 相違点になっている。
欠点があるとすれば、アルバチャスの特色でもある ホバー機能による滑走速度が遅い事だろうか……。
…………。
……。
土のマルクトを 扱う 愚者のアルバチャス……。ストゥピッド……。
使用者は 有馬要人(アリマ カナト)……。
過去に開発が凍結された 最初期試作型 アルバチャスを、天瀬慎一が秘密裏に改良した system。
有馬要人は 4人のアルバチャスの中では唯一、日樹田の外部から来訪した人物であり、
この事からも わかる通り、最も神地聖正からも遠く 所縁の無い人物……。
調査によれば……。
父親は 有馬無鹿(アリマ ムロク)、母親は 有馬理歩(アリマ リホ)……。
両親は共に邦人だが 青年の出生も出身も 共に 日本国の国外なようで……。
……22災害発生時も 両親共々 国外に居たと思われている。
有馬無鹿の生家は神社合祀(じんじゃごうし)で既に無く……。
有馬理歩の生家に該当する、
梨田(ナシダ)果樹園も 今は遠縁の親類を経由して第三者の手に渡っており……。
何を理由にしても 22災害とも、神地聖正とも繋がらない……。
どちらかが アルベギ族の末裔として、日本に根付いた家柄だった可能性が 全く無い訳でもないが……。
W.E.B日本支局 長年の見解としては、 件の末裔は日本には一切 確認されていない……。
それに……。
仮にアルベギ族の末裔だったとしても、それがアルバチャスとして戦える程に
マルクトの効力を引き出せる理由に直結するかは 別問題だ。
…………。
アルバチャスとして戦える基準は 高水準のアルカナ適性……。
ニューヒキダで育った人間の殆どは 22災害を経て、大なり小なりの適性を持つように成ったと思われるが……。
この土地と 関連の薄い 有馬要人が 何故 ここまで高い適性を発揮できるのか………。
…………。
……。
キッチンカーの店主は、手を動かしながら思考を巡らせる……。
作業の合間に、目の前で黙々とブリトーを頬張る 愚者の青年に目をやった。
ここ最近の青年の表情は虚ろで 沈んでいる……。そんな風に見えるからだ……。
約 3ヵ月前……。
太陽のアルバチャスの暴走を止める目的で戦った 3人のアルバチャス……。
その中の 1人である青年が、今も 沈んだ空気を無意識に漂わせる理由……。
恐らく……。
謎のエイオス 真紅の戦士によって
神地聖正が連れ去られ、これと同時に 天瀬慎一が殺害されてしまった事に あるのだろう。
…………。
……。
22災害にも出現した 謎の怪人……。通称 真紅の戦士。
この怪人は 行動に謎が多く……。
あらゆるエイオスの中でも 特に異質な印象を受ける……。
…………。
……。
記録によると 22災害では、エイオスの中の 1体でありながら、
最も遅れて姿を表し 全てのエイオスを消滅させていったようだ……。
かと言って……。
これまでの行動は エイオスに 敵対する 訳でもなく、アルバチャスとも幾度となく交戦している……。
その強さは本物だ……。
少なくとも、今の アルバチャスでは 完全に相手の実力の底に触れるには至っていない……。
この怪人も また 光の試練において 何らかのルールに沿っているのだろうか……。
異質な理由は他にも有る……。
エイオスの中でも、タロットカードの大アルカナに相当する特徴を持つ怪人達が……。エヌ・ゼルプト……。
小アルカナの特徴を持つ怪人達が……。ピップコート……。
真紅の戦士は どちらにも該当せず、W.E.Bが用意したアルベギ族の記録とも一致しない……。
他のエイオスからは ログと呼称されているが、もう 1つの呼び名が有るのだ……。
カシュマトアトル……。
どういう訳か……。
アルベギ族の英雄譚に 登場する 戦神の名が、エイオスの中では 個体名として浸透しているという事だ……。
…………。
……。
愚者の青年の目の前に 追加のブリトーとスムージーが配膳される。
キッチンカーの店主が 年の離れた友人に用意した 景気づけのサービスだった……。
ブリトーもスムージーも 濃厚な緑色で 独特の香りが漂っている。
…………。
「 ほいよ。どっちも MAKI☆MAKI 特性の新メニューだ !
食うだけ食って、栄養付けてくれよ ? 」
「 ……ありがとうございます。巻さん……。
そういえば……。
食堂でのバイト 止めたんでしたね。 」
「 まあな !
商売道具が 万全なら 本業に戻っても 問題ねぇからな。
それよりも どうだ ?
新メニューの新セット……。 」
…………。
簡単なやり取りを行った。
キッチンカーの店主は 新メニューに自身があるようで、続け様に材料やコンセプトを語り出す。
…………。
「 テーマは 栄養爆発 !味は二の次 !その名も 新緑濃厚セットだ !
ブリトーには、ゴーヤ、アボガド、アスパラ、ピーマン、オクラ、
パクチー、バジル、ジビエ燻製肉とか を ぶち込んでてな……。
スムージーには、カボチャの皮、西瓜の皮、ゴーヤ、ほうれん草、小松菜、蜂蜜、特濃山羊乳なんかが入ってる。
どの食材も 選りすぐりの良質な食材を見繕ってるから……。
少しだけ食べにくいかもしれないが 栄養は……。 」
「 ……御馳走様です。
美味しかったですよ 元気出ました……。 」
…………。
店主自慢の新メニューについての説明の途中で 綺麗に完食される。
少しだけ食べにくいと 言葉で 逃げ道は残したものの、
複数の香辛料による味付けもあって 初回で 引っかからずに食べきった 青年の行動は 誤算だった。
…………。
「 何だと…… !?嘘だろ……。 」
「 ……じゃあ 午後の仕事が有るんで……。
巻さんも テイクアウトの配達 ファイトです。 」
…………。
青年の 鼻腔の入口には 新緑濃厚セットの ソースが 少しだけ付着している。
恐らく ブリトーの包み紙を 経由して 青年も気がつかない間に 付着したのだろう……。
これは異常な緊急事態だ……。
新緑濃厚セットの ソースは ペスト・アッラ・ジェノヴェーゼと呼ばれる調味料ソースに成るが……。
イタリア・リグーリア地方起源の伝統的なレシピをベースに、
MAKI☆MAKIのオリジナルブレンドが成されている……。
具体的には……。
西洋わさび ホースラディッシュや、メキシコの青唐辛子 ハラペーニョ、
ハバネロの一種である キャロライナ・リーパー、メキシコの大地で取れた濃厚蜂蜜 等を 独自の配分で調合されているのだ。
つまり、粘膜組織が近い鼻腔周辺に付着すれば 直ぐにでも気が付けるような程度には、
痛覚と味覚が踊りだす病み付きソース……。
それが、新緑☆濃厚 !!味覚 巻き込み ジェノヴェーゼ 刺激を沿えて……。なのである。
…………。
「 何が元気だ 要人の奴。重症だな……。
オクラの粘りまで 口からたらしやがって……。
ちょっと待て要人 !!
顔ふいていけ顔…… !! 」
…………。
キッチンカーの店主 巻健司(マキ ケンジ)は、おしぼりを片手に 青年の後姿を 年甲斐も無く 追いかけた。
………………。
…………。
……。
~夜明けの機を望む兵~
A.B.C.S Project Company……。
(エー.ビー.シー.エス プロジェクト カンパニー)
…………。
略称 APC の中でも 怪人エイオスに対処する目的で活動する部署が集められた特務棟……。
更に その中で直接的な戦闘等を担う 実動班の待機室では……。
…………。
……。
量産型のアルバチャスの運用を元に編成された 特設班……。
彼誰五班(カワタレゴハン)に所属する 数名の分班長が 恒常的な事務処理を行っている。
第三班長 伊世伝次(イセ デンジ)は、自身のデスクに近い 長机の上の ある物に手を伸ばす……。
ある物は 片手に乗せられる大きさの 玉サボテンだった。
玉サボテンを 蛇口の有る 屋外に持っていき……。いつものように世話を始める。
元々 植物の世話などを行う 人間でもないが、ここ最近は 玉サボテンの 面倒を見ていたのだ……。
季節にもよるが、何週間かに一度 株元が浸かるほど たっぷりと水を与えて、
鉢を手で持ち 鉢の底から水が通り抜けるように何度か 繰り返す。
鉢の中の土や 根っこ に充分な水分が行き届いた後は、
鉢の底から 滴る水が適度に切れたのを確認して 受け皿の上に鉢を戻す……。流石に慣れたものだ。
約 3ヵ月も有れば 今までに経験していない事も習慣として馴染み始める。
伊世伝次は 玉サボテンに 水やりを済ませると 待機室の元の位置に 戻した……。
…………。
……。
すると 殆ど同じ 頃合いに、彼誰五班の総指揮長 丹内空護が 待機室に戻る……。
特務棟内に在る 特務開発部の方で 所要を済ませた帰りだった。
丹内空護の 視界の中に、伊世伝次が 調度 入り込んだようで………。
約 3ヵ月 にして 始めて 玉サボテンに気がく。
…………。
「 伊世……。
それはどうしたんだ ? 」
「 まさか 丹内総指揮長……。
………玉さんに 今 気がついたんじゃ無いですよね ?
こんなに個性的な陶器のポッドなのに 噓でしょ。 」
「 玉(タマ)さん…… ?
そのサボテンの名前か ? 」
「 忘れちゃったんですか ?
界の……。恵花界が 趣味で育ててた サボテンが 玉さん ですよ ? 」
…………。
約 3ヵ月前に起こった、7日間の旱魃(かんばつ)による影響で……。
行方知れずとなってしまった人員は 実動班の中にも少なくなかった……。
この時の戦いで 発生した人的被害は 血の日食 と呼ばれており………。
彼誰五班の中の 当時の分班長 からも 2名が未だに見つかっていない。
行方不明者、死傷者 が これに該当し、
神地聖正のように エイオスに 連れ去られた人間が他にも存在した場合……。
実際には その 瞬間を確認されていないだけで……。
水面下で被害にあった者も 存在するのではないか ?と……。
当時を振り返る形式で 懸念される事例も 有るのが現状だった……。
…………。
「 恵花界の……。
そうか。そいつが……。
待機室で育ててたとはな……。今 気がついたよ。
にしても……。結構 逞しそうだな。 」
「 まあ……。サボテンですからね。
育てやすいんですよ きっと。
ついでに 待機室の居心地も 良いのかもしれませんね……。
界も 大切にしてたみたいですから 枯らすわけにはいきませんよ。 」
「 確か……。恵花の家は元々 母子家庭だったか……。
今は母親も他界し、父親もの身元も わかっていないのか……。 」
「 そうです……。
だから……、玉さんは 界にとっての 大切な身内なんです。
母親が大切にしていた
植物の最後の 1つが コレだって前に聞きましたからね。
前は 観葉植物とかが沢山あったらしいですけど……。
生活環境の変化で 結構枯らしちゃったって……。 」
…………。
何気ない 世間話の中に……。
別の人物も 混ざり込む。
その人物は 以前 彼誰五班の 班長候補として上がりながらも 辞退した人物で………。
恵花界や 伊世伝次とも 年齢の近い 同僚であり……、
友人でもある人物 だった……。
現在は 恵花界の欠員を埋める意味合いで 四班の班長を務めている……。
…………。
「 伊世は器用ですね……。
自分は 生き物の世話は苦手でしたよ……。 」
「 一志……。
そんな事ないよ……。コイツが……。
玉さん が強いんだよ。 」
…………。
荒井一志は 伊世伝次と 軽く笑いあう……。
それから 少しだけ時間を置くと、現在の第四長が 生真面目な調子で
彼誰五班の総指揮長 丹内空護に 別の話題を投げかけた。
丹内空護が 先程 特務開発部で 済ませた所要に関わる 話題である……。
…………。
「 所で 丹内総指揮長。丸七型の方は どうでした ? 」
「 悪くないな。
このまま 実戦経験で試験データを集めれば順調に進む筈だ……。
今のところ レヴル・ロウの 正規 次世代型としての基準は満たしているようだ。 」
…………。
Rebel Law 丸七型……。
(レヴル・ロウ・マルナナガタ)
彼誰五班の 総合的な戦力の 向上を念頭に置いた改良型の名前である……。
現在は 本格的な量産を目標に 限定された数で 導入されており その使用者としては……。
第二班長 大代大(オオシロ マサル)、第三班長 伊世伝次(イセ デンジ)、第四班長 荒井一志(アライ カズシ)の
合計 3名が、実動任務や 訓練の中で 試験データの収集を行っていた。
丸七型は code-0-と code-7-の特色を 簡略化して落とし込まれており、
これまでの レヴル・ロウの性能を 無理のない範囲で 強化されている……。
ニューヒキダを取り巻く環境を鑑みると、丸七型の量産は 多くの期待を背負っているのだ。
…………。
丸七型の話題には 伊世伝次も 熱い思いを向けているようで……。
自身の力不足を、補填する要因の 1つにでも出来れば と言わんばかりに 目を細めた。
…………。
「 量産型の改良で総合力の底上げ……。
順調に進むと良いですね。
俺達も エヌ・ゼルプトと戦えるようにならないと……。
前に実感しましたよ。
これからは 木田さんや 界 達の分も……。 」
…………。
苦悩を滲ませる 伊世伝次の 表情に、
丹内空護が 落ち着いた声で 話しかける。
実証試験での 結果を根拠にした 慰めではない 総評だった。
…………。
「 今の丸七型なら code-0-や code-7-に かなり近づいてはいる……。
無理はするな。 」
…………。
戦いにおいて 望むような結果を得られない無念が どれ程 苦しいものか……。
丹内空護にも 経験はあった。
天瀬慎一の事も もちろん そうだが……。
血の日食には………。
後から精査して これに該当する可能性が高いとされている 人物がいた……。
7日間の旱魃(かんばつ)から何日か遡り……。
前身に当たる 行方不明事件 だったと思われる ある人物の失踪……。
当時こそ 怪人とは無関係だと思われたが……。
夢川結衣(ユメカワ ユイ)の件も、エイオスに絡んだ行方不明事件の 1つだったのかもしれない……。
…………。
あるエヌ・ゼルプトとの交戦時に得た 体験していない筈の実体験の感覚が 妙に頭の中に残っている……。
…………。
白翼の怪人 ナティファーの固有能力が 神地聖正からの情報通りの偽りの記憶ならば……。
整合性が付かないわけでもないが……。
あれ程 周囲を利用した人物が どこまで信憑性の高い事実を口にするものなのか……。
かといって 完全に これを否定する ものも 今は無い……。
今 出来る事は………。
最後に 夢川結衣と交わした言葉を 否定しない事……………。
…………。
丹内空護の頭の中では、夢川結衣とヒキダ・ブリッジで話した 最後の様子が思い起こされる………。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
その日は 思いも寄らない 再会だった。そして……。
それ以来………。その女性の姿は見ていない……。
…………。
「 ……丹内さん。
……私、そろそろ戻りますね。 」
「 皆には俺からも言っておく。
また、特務には来るんだろ ? 」
「 本当に、ご迷惑を お掛けします。 」
…………。
再び合う口約束を交わした……。
すると その女性は ほんの少しだけ長い時間 瞬きで視線を遮る……。
…………。
「 良いさ。
また夢川が助けてくれるなら、俺も心強い。 」
…………。
戦馬車の A-device(エー・デバイス)がエイオスの出現を少しだけ早く示唆し……、
戦いに場に赴く合図を知らせる警報が ニューヒキダ全体に鳴った。
2人はその意味を直ぐに汲み取る……。
少なくとも 丹内空護には そう見えていた……。
互いの考えが一致してるのかも わからない中……。
その女性は 少しだけ 間を置いて言葉を発する。
…………。
「 ……出たんですね。 」
「 言ってくる。
じゃあ……、またな夢川。 」
「 ……はい。また……。
プレゼント大切にしますね。 」
「 そうか。良かった。 」
…………。
まだ この次が有るのだと……。
この次が無いとは 当時は疑いもしなかった………。
………………。
…………。
……。
~裏返しの切り札~
APC 特務棟……。
特務開発部……。
アルバチャスの開発や整備……。怪人エイオスに関する データの整理も 一手に引き受ける部署では……。
…………。
実動班の 総指揮長 丹内空護が 所要を終えて立ち去ると……。
少しだけ後から 入れ替わる様にして……。
愚者の青年が 訪れる。
…………。
この日の午後は 定期的な デバイスの 検査があり……。
青年は 彼誰五班の 中でも最終日の 今日 スケジュールを組んでいた。
…………。
特務開発部部長 天瀬十一(アマセ トオイチ)は……。
青年に気がつくと 早速 話し始める……。
…………。
「 調度 良いところに来たね 有馬君……。
今さっき 総指揮長……。空護が来てた所でね……。
直近の第一次データの内訳の説明をしたところだったんだ……。 」
「 確か……。丸七型の試験記録ですよね。
雰囲気から 察する感じだと、良好って感じでしょうか。
一六型(ヒトロクガタ)は どうでした ?
バベルの代替に成りそうですか ? 十一さん。 」
「 一六型の方は……。そうだな……。
可もなく不可も無く……。
目だった進展は無いよ。
厳しい目で見るなら……。
想定した能力には まだまだ及ばないかな……。
今のままじゃ、バベルと同等の戦力としては劣るのが 正直なところだ。
一応……。俺も 現 一班長だからね。
最低限……。指揮系統の役割を全う出来るようにはしてある。
情報武装能力の移設と……。
長期戦や 錯綜した激戦時を想定した程度の 耐久性能……。
この 2点は 安定して再現出来てはいるけど……。
水のマルクトの調整が未だに安定しない。
攻撃能力は バベルと同一とは言えないのがやはり痛い……。
電撃による攻撃や耐久性の向上も、補助アームの稼働も……。まだまだ問題がある。
レヴル・ロウを素体に バベルを再現するには先が長いかな……。 」
…………。
白衣の青年。天瀬十一が 以前 使用していた systemは、
7日間の旱魃 最後の 神地聖正との戦いの中で デバイス諸共 大々的に 破損してしまい 今も完全には修復されていなかった。
アルバチャスに 変身する為の起動端末……。
A-device(エー・デバイス)は、物としては修復が終わったものの……。
バベルのみが 未だに正常な動作をしない……。
シュミレーションでは 動作は可能の域で、何度も見直しを行ってはいるが……。
実際に実機起動が不可となっていた。
打開策として 最近 1ヵ月で 進められているのが、バベルの機能を別の systemに組み込む事だ。
アルバチャスの量産型として 導入された レヴル・ロウの起動端末に、
バベル用のマルクトと 関連する回路を 移設し、更に本来の性能をスケールダウンさせる形で設計しなおす……。
こうして稼働にまで辿り着いた レヴル・ロウが一六型だった……。
…………。
マルクトや光の試練については 未だに謎が多い。
わかっている事は 限定されており……。
エイオスと呼称される怪人達を 倒す必要が ある事……。
そして……。
それを成す為に アルバチャスが作られた事……。中でも……。code-19-は別格だった。
…………。
code-19- アポロン……。
神地聖正が 光の試練に挑む為に完成させた アルバチャスの 1つの到達点……。
火のマルクトを 携えた圧倒的な太陽のアルバチャスだ。
systemの 根幹回路に組み込まれる マルクトは、
試練の英雄 が 4つの中から 1つを選別する事で 英雄の持ち物として 最も強い能力を発揮する……。
選別されたマルクトは 英雄のマルクトと 呼ばれ、
残りの 3つとは比較にならない程の 膨大な アルカナ エネルギーを生み出すようなのだ……。
太陽のアルバチャスに 使用されていた物は 火のマルクトであり……。
これこそが 光の試練で選別された 英雄のマルクトである。
恐らく……。神地聖正が 光の試練を始めた際に 選別したのが コレだったのだろう……。
以上の事は 神地聖正が管理していた 個人用データベースの中で 判明した事だ……。
便宜上……。神地データと呼ばれる デジタル情報群には、
まだまだ 多くの記録が隠されているようだ……。
未だに 解錠されている 深度は浅く……。
特務開発部が最新の注意を払いながら 日夜 解析を進めている。
…………。
多くのタスクを 並走する 天瀬十一の 目の下には疲れの兆候が しみついており、
有馬要人が 気遣った。
…………。
「 十一さん は 戦い以外でも多忙なんです……。
俺は今の 一六型で 全然問題ないと思いますよ ?
緊急時だけでも 現地で指揮を取れるなら 充分じゃないですか。 」
「 ありがとう。有馬君。
けど……。マルクトは 3つしか手元に無いし……。
万が一……。英雄のマルクトを持つ神地や……。
新手のエヌ・ゼルプトが 敵対する事が有れば また状況が変わってくる。
code-0-と code7-の DEFも心強いし……。
皆の事を 信じていない訳ではないが……。
バベルの復帰は 何としても やり遂げたい。
命がけで戦う君達にばかり 強敵との相手を、預け続けるのも心苦しいからね。
……意地を張って すまない。
その穴埋めにって訳でもないけど……。
……今後の 戦闘処理で 役立てられるものは 何でも使えるように とは思っている。
例えば……。A2鹵獲装置 改……。
(エーツー・ロカクソウチ・カイ)
古いものだけど 改良してみた。
使い方しだいでは 戦闘処理の 助けに成る筈だ……。 」
…………。
互いの言い分は、どちらも間違ってはいなかった。
だからこそ、積み重なる 軋轢が きしむ。
2人は そんな感情に 一切の自覚も無く 会話を続けた……。
…………。
「 アルバチャスが実装される前の妨害用機構……。
……でしたっけ。確か昔は、ニューヒキダの至る所に設置されていたとか……。
働き過ぎですよ……。十一さん。 」
「 良いんだ……。出来る事はやりたい。
それよりも、現段階では 情報武装の system更新は完了した。
万が一として 驚異の 1例に code-19-を想定はしているけど……。
今の彼誰五班の全ての systemは -TAS-による 行動の支配を受けないようには成っている。
後 気になるのは……。
code-0-と code-7-に内包されていると予測される上位の systemについて……。 」
「 空護さんの チャリオットが変異したアレですね……。
記憶では DEFの 動作中に いつの間にか変異が済んでたと思います。
DEF による拡張機能なのか……。 それとも別に理由が有るのか……。 」
…………。
話の流れは 丹内空護のアルバチャスに起きた変異へと移行する。
本来 既存のアルバチャスには 上位の強化形態など存在しないと思われていた。
何故なら Arcana Barrage Chase Systemを起動する際に……。codeの適用が行われるが……。
ベースとなる形態の code-less-が立ち上がり……、
その上から code-0-や code-7-等の数字入りの systemが強化形態として展開される為である。
数字入りの ナンバリングされた強化用 systemが、
1つのデバイスの複数適用される設計には なっていないのだ。
…………。
「 動作に条件が有る筈だから……。
それがわかれば 良いんだけど……。
もし、父さんが設計したものだったとしたら、
code-0-にも 内包されている可能性も有る……。
全容さえ掴めたら……。
レヴル・ロウの更なる 強化にも転用が望める。 」
「 難しいですね……。
単純に考えるなら 窮地に陥る事は条件に含まれるんでしょうけど……。
それなら……。
俺も空護さんも もっと 前の段階で 作動しても良いような……。
それこそ マーへレスとの乱戦時とか……。 」
…………。
天瀬十一の父親、天瀬慎一が W.E.Bからの援助を得て設立した山中の隠しラボ。カムナ・ベース……。
そこに残されていた 天瀬慎一のデータボックスもまた 解析が進められる案件の 1つだった……。
神地データと 異なる大きな差異は……。
現在の C.E.O代理からの 正式な業務として割り当てられている ものかどうか……。
…………。
World-Exchange's-Bay。
(ワールド.エクスチェンジズ.ベイ)
通称 W.E.B から出向されてきた C.E.O代理 からの業務指示では……。
最優先される 解析は 神地データである……。
天瀬慎一が残したデータボックスは その傍らで、
天瀬十一が単独で 行っている程度のもので……。
カムナ・ボックスという 便宜上の名前も……。
記録整理の都合で 使用している くらいで こちらの 存在を知らない職員も多い。
…………。
とは言え 天瀬十一にとっては、
父が カムナ・ベースからの移設方法まで丁寧に残して 託した事から 何かしらの情報が眠っている確信が有った。
DEF に関わる事なのか……。
エヌ・ゼルプト に関わる事なのか……。
どちらにせよ……。
…………。
「 只 命に危険が迫るだけでは……。
条件を満たさないのか……。
何かしら別の……。
条件が有るんだろう……。
今日も デバイスを借りても良いかい ? 有馬君。 」
「 もちろんですよ……。十一さん。
俺にできる事なら…… ! 」
…………。
現在 出来る事を 積み上げて 追い求める……。
…………。
2人の青年の足元は微妙に疎らでは有るが それぞれに 最善を考えて先を目指す……。
………………。
…………。
……。
~混迷とチャンス~
APC 特務棟……。
社長室……。
部屋の中には 1人の 人物がおり、柔らかそうな椅子に座って ある資料を黙読していた……。
C.E.O代理 の肩書を持つ 女性が 短めな髪を耳に掛けなおす……。
…………。
デスクには 既に、ショートヘアが似合う女性の 名前が入った プレートが置かれている……。
C.E.O 代理 仁科十希子(ニシナ トキコ)……。
…………。
仁科十希子は 元々、APCとは異なる企業に在籍しており……。出向の形で 現在の役職に付いている。
今も出向元の方には籍が残っている状態だ……。
出向元は W.E.B……。正式名称は World-Exchange's-Bay……。
世界的にも著名な 巨大組織の 日本 支局 超自然技術研究部門から、
元々の出身地が 日樹田 だった事もあって 出向を命ぜられた。
もちろん……。
理由の大部分は こんな事だけでは無いが、辞令の通達は いつも急なもののようだ。
…………。
今の役職として 優先すべきは 光の試練を なんとしても正常に進める事……。
かなり無茶な話だった……。
光の試練において 残りの猶予は 約 2年……。
運よく W.E.Bの本部が 集めた情報 通りだったとしても……。
試練の英雄 神地聖正が 行方不明の ままでは、 いつ 絶命し 試練の失敗条件を満たされるのか わかったものではない。
エイオスの中でも強力な種である、 エヌ・ゼルプトを 規定数倒すにしても……。
現存する 戦力では あまりにも 心もとない。
特務開発部部長が systemの底上げに奔走し……。
彼誰五班の面々の 士気は高いが……。どうなる事か……。
数日前に電話で話した 人物の言葉ではないが……。
イレギュラーが多すぎる。前提が良い方だけに公転するとは限らない。
…………。
髪の短い女性は 脳の奥底で疲れを隠して 本部から取り寄せたデータ資料に目を通す。
パソコンのディスプレイには 歴史の陰に埋もれたとされる唯一の 試練の記録が 映されている。
紀元前 400年前の放浪民族 アルベギ族 の末裔による英雄譚……。
戦神カシュマトアトルが 試練を成す上で戦い 倒したとされる 5体のエヌ・ゼルプト……。
…………。
……。
愚者のエヌ・ゼルプト……。捕らわれず進む者。エテルチョ……。
正義のエヌ・ゼルプト……。極光の闘士。ブラフチェティ……。
悪魔のエヌ・ゼルプト……。不死なる猛毒。レト……。
月のエヌ・ゼルプト……。落涙の魔王。ザマルク……。
太陽のエヌ・ゼルプト……。焦熱の頂点。オーダイス……。
…………。
……。
そして最後に現れる 更なる上位の存在……。
前回と 全く同じ進行順序では無かったとしても、民話通りならば
これらのエイオスの能力は危険なもの ばかりだ……。
…………。
神地データの最深部には これらを より補填しうる情報は有るのだろうか……。
試練の英雄が 他の誰かを 利用こそしても、信頼しなかった理由は やはり……。
一巡り 思案していると ニューヒキダに危機を知らせる警報が 鳴った……。
どうやら警報で 示された地域で 何者かが 怪人と交戦しているようだ……。
パソコンのディスプレイを 有事のオペレーション画面に切り替えて、
APC全体の動きと ニューヒキダ全域の様子を 定点カメラで確認した。
…………。
『 緊急速報です。 F-15 地区に エイオスが出現しました。近くに居る方は直ちに避難してください。
緊急速報です。 F-15 地区に エイオスが出現しました。近くに居る方は直ちに避難してください。 』
…………。
新たな戦いの 連鎖が めくれ上がる……。
………………。
…………。
……。
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