- 21話 -
旅の可能性
- 前 回
- 次 回
目次
~土のマルクト~
愚者のアルバチャス code-0-……。 有馬要人(アリマ カナト)……。
戦馬車のアルバチャス code-7-……。 丹内空護(タンナイ クウゴ)……。
塔のアルバチャス code-16-……。 天瀬十一(アマセ トオイチ)……。
太陽のアルバチャス code-19-……。 神地聖正(カミチ キヨマサ)……。
…………。
……。
愚者 戦馬車 塔 の青年達によって 太陽は打倒された。
…………。
……。
4人の戦いは凄まじく……。
3体のもの エヌ・ゼルプトとの交戦の末に継続された激戦は、それぞれを限界以上に疲弊させる。
…………。
激戦の末には……。神地聖正は 完全に意識を失っており……。正に瀬戸際の辛勝だった。
有馬要人、丹内空護、天瀬十一 でさえも、辛うじて意識が有る程度で 身体的な外傷も軽視できない。
…………。
神地聖正の元には 天瀬慎一(アマセ シンイチ)が 1人で 駆け寄っては、旧友として呼びかけている。
動かずにはいられなかったのだろう。医療班の到着を持つ 余裕も無さそうだった。
…………。
天瀬十一の元には 妹の天瀬真尋(アマセ マヒロ)が寄り添い……。
丹内空護の元には 大代大(オオシロ マサル)が……。有馬要人の元には 荒井一志(アライ カズシ)が……。
医療班を引き連れて走り寄って行った。
…………。
太陽のアルバチャスとして戦った男、神地聖正が口にした数々の言葉は……。何らかの強いつながりを示唆している。
この地……。ニューヒキダに起きた 過去の大災害とも、関連しているのだろう。
…………。
……。
半年程前……。観光客の波に紛れて 博物館を見物していただけの青年の頭の奥の方でも……。
多くの情報が この時も散らかっていたようだ。
…………。
青年 有馬要人は 思考回路だけが 動くのを良い事に……。考えを巡らせ始める。
時には……。とりとめのない事さえも交えながら。
…………。
……。
この地で 多くの非現実を体験してきた。
…………。
ニューヒキダで 最も大きな影響力を持てる人物が 自白した内容だったとしても……。
過去の大災害が、本当に人間の意思の有無だけで起こされたとは どうにも信じがたい。
…………。
神地聖正が……。自らの意思で決断し 過去の大災害を起こしたとしても……。
それを行える手段の存在は、今も尚 未知に包まれており、輪郭も つかめそうにないのだ。
…………。
手段の名前は 恐らく 怪人達の総称……。未知の光りを扱う 怪人達の名前が 思い当たる。
…………。
A.O's の略称で 識別され……。
( エイオス )
Arcana Origin's……。正式名称は、この名で呼称される 存在達は 今も謎が多い。
( アルカナ オリジンス )
…………。
先程……。仮想未来で戦った 灰翼の天使 の言動は、光の試練についての強い関りを 明白なものにしていた。
…………。
……。
ここまで 考えて……。青年の思考は、全身からの痛みに 抗えなくなり始める。
…………。
疲労感や 虚脱感は 臨界点を超えているのだ。
少しでも思考を止めると 意識が遠のいてしまいそうで……。
青年は、痛覚が 明確に上回るまでの間……。もう少しだけ 考える事にして踏み止まった。
…………。
……。
視界の遠くから……。医療班を引き連れて 近づいてくる人影が見える……。荒井一志である。
…………。
既に頭の中で巡った言葉が 周回してきていた。
我ながら だらしない。身体が 冷静さを保持できない状態になっているのだろうか。
…………。
22災害……。
A.O's……。エヌ・ゼルプトに ピップコート……。
光の試練……。マルクト……。
…………。
マルクト ?
…………。
そういえば……。マルクトについても詳しく知らないな……。
…………。
Arbachas を起動する為に 組み込まれているんだっけ……。
( アルバチャス )
…………。
今度……。十一さん にでも 聞いてみよう。
慎一さん も 詳しく知ってそうだったな……。なんだ この親子……。
どんだけ 勉強出来たら、変身ヒーローに成れる ガジェットなんて作れるんだ。
…………。
ッツ………。ィッテテ……。急に……。来る か……。流石に 空護さん も キツイだろうな……。
けど……。本当に無事でよかった。
…………。
荒井 達が 来るまで 後 どのくらいだろう……。
もしかして俺……。今 めちゃくちゃ頭 良くなってたりして……。
…………。
皆 無事で良かった……。
空護さん……。十一さん……。一志……。大代さん……。
真尋ちゃん……。
…………。
巻さん は……。見当たらないけど、たぶん大丈夫だろ……。神出鬼没で なんか達観してるし……。
…………。
……。
あそこにいるのは……。慎一さん ?
そうか……。神地さん と……。友達だから……。
…………。
……。
もう 1人……。神地さん の 近くに……。誰か ?……いるな。
空護さん 並みの身長の……。誰だアレ……。赤い肌の大男 ?……目に血でも流れたか。
…………。
そんな奴 いるわけ……。
いや 神地さん も……。慎一さんも 赤くは見えないな……。
…………。
真紅の戦士か…… !?
アレは 今の こんな状況で 出てきていい相手じゃない…… !!
…………。
……。
青年は、一気に血の気が引いて 眼球の血管にも 力が入った。
考えるまでも無く 危機感と焦燥感が 膨れていく。
…………。
アレは……。過去の大災害でも 数多くの エヌ・ゼルプトを単身で凌駕したとされている怪人だ。
真紅の戦士は……。口伝でしか情報も残っていない為、行動の真意にも謎が多い。
…………。
青年 以外にも、この事態に気がついた者がいたらしい。
周囲からは どよめきと 鬼気迫る声が 飛び交う。
…………。
「 逃げろ !!父さん !! 」
…………。
誰かが 声を無理やり出した……。
…………。
青年が 立ち上がった頃には、天瀬慎一の背後に立っていた エヌ・ゼルプトは……。
片手に握った木剣を 容赦なく振り下ろしていた。
…………。
青年の耳は 大切な人から発せられる悲鳴を、一時的に遮断する……。全身が 再び痛みを遠ざけた気がした。
…………。
「「 アルバチャス 起動 !! 」」
『 Arbachas code-0- !! The Stupid Function !!
( アルバチャス コード アイン !! ストゥピッド ファンクション !! ) 』
…………。
こんな 身体でも……。今 動けなくて 何が 出来る…… !!
…………。
「 ……ガフッ!!……ゥゥアッ。 」
…………。
青年の脳を いろんな情報が すり抜けていた。
痛みも 音も……。口の中で広がった鉄の味も……。身体を動かすたびに どうでも良くなっていく。
…………。
たぶん……。直ぐ近くで 自分以外の もう 1人も 一緒に戦っているようだ……。白い鎧が見えた。
どちらの動きも 今までで最悪だ……。
…………。
……。
違う……。最悪の状況を予測できなかったんだ……。最悪なのは 自分自身じゃないか。
…………。
……。
そんなんだから 大切な人の……。
気に成ってる人に、一番 させたくない思いをさせてしまったんだ。
…………。
そして……。こんな身体での戦いは 直ぐに終わってしまう。
…………。
……。
Arbachasを 強制解除させられた 愚者と 戦馬車が……。地面の上に倒れ込む。
どちらも、指すらも動かせない状況だった。
何人かの レヴル・ロウが、現在の生存者を護る様に 警戒を強めて立ちふさがっているようだ。
…………。
青年は霞む意識でも、耳だけが 未だ感覚を残し……。真紅の怪人の言葉を聞き取る。
…………。
「 血気盛んな愚者よ……。彼の英雄に 意思は示したようだな。
脇道から入り込み、道化には成りえたか……。土のマルクトを扱う事を認めよう。
火の英雄には 今以上の試練が必要なようだ……。今は連れていく……。
光の試練に挑め。
鍵を持つ者よ……。存分に示すが良い。
火の英雄が 動き出した 今……。試練も進むだろう……。我に 世界に挑むのだ……。
贋作のマルクトで どれ程の道を歩むのか……。常に見ているぞ 愚者よ。 」
…………。
青年は どうにか……。怪人の言葉だけでも聞き届ける……。
…………。
ぼやける視界の中で 赤い霧が 広がると……。
真紅の怪人は 神地聖正を 連れて姿を くらませていた。
…………。
……。
俺は……。まだ 何も知らない……。なんとか勝てた気でいただけの……。愚か者だ。
…………。
……。
全身の戦傷よりも 痛烈な感覚を強く刻まれて しまったのだ。
何もかもが霞んでしまう程の……。忘れられない 悔恨が……。大きな存在感を示す。
青年 有馬要人の意識が完全に途切れた。
………………。
…………。
……。
~悪報の前後~
真紅の怪人が 天瀬慎一を切り伏せて……。神地聖正を連れ去ってから………。
約 3ヵ月程が 経過する。
…………。
白衣の青年 天瀬十一は、多くの資料や 書類に目を通しながら せわしなくしていた。
…………。
……。
神地聖正が……。太陽のアルバチャスとして 表立って活動するようになり、後に行方不明に成るまでの 7日間。
白翼の怪人と 数体のピップコートを 燃焼させた日から始まった 激戦の日々は……。
便宜上ではあるが……。天瀬十一によって……。
…………。
7日間の旱魃(かんばつ)と 名づけられた。
…………。
この命名の由来としては……。
あるデータベースから引き上げられた、code-19-の詳細な性能データが 既存の codeよりも圧倒的に高かった事。
7日間で過ぎ去った 多くの出来事による被害規模を加味して……。
ひでり の神の名を意味する 災害としての旱魃が 当てられたのである。
…………。
ちなみに……。code-19-の詳細な性能データは……。神地聖正が残していた 個人用データベースに残されていたものだった。
…………。
……。
この激戦の日々の出来事も含めた多くの人的被害そのものは……。
血の日食 と名づけられる。
7日間の旱魃は、消息不明の 神地聖正も含めて……。多くの 被害を出してしまった。
…………。
白衣の青年 天瀬十一は、険しい表情で これらの出来事に関連する出来事や情報を整理していく。
…………。
というのも……。
今日この日までの 約 3か月にも及ぶ 歳月は、多くの業務に追われ 今も その渦中にいるからである。
…………。
……。
7日間の旱魃 によって起こった 血の日食 では、この時も 膨大な被害が 確認されているが……。
…………。
軽視できない痛手の 1つとしては……。
APCの 屋台骨にも成っている 人的支柱の 2人の人物が、同時期に不在になってしまった事だった。
…………。
該当する 2人の人物は、元 C.E.O 神地聖正。
そして 特務開発部部長 天瀬慎一 である。
…………。
天瀬慎一は 神地聖正からの意向で、事実上の飼い殺しの状態が続いてはいたのだが……。
古くからの APCを知る界隈からは、技術部門のトップとしての 体裁は残っていたのが 実情だったのだ。
ならば、この件への対策は急を要するものであった。
…………。
2人が不在になったばかりの APCは……。
まるで 背骨と 頭部を失った 魚が、大海に繰り出そうとするのと同じで、当時は僅かな猶予も許されない。
…………。
……。
今となっては どうにかなっているのだが……。
当時の多くの出来事が 今も尾を引いて、天瀬十一を忙しくさせたのだ。
…………。
……。
APCには 特務棟とは別の 庶務棟と呼称される社屋が存在するのだが……。
その中には APCの一般部門として広報部、社内経営部が置かれており 副社長が これらを取り仕切っている。
…………。
副社長の 木曽根紋太(キソネ モンタ)は、真面目な人間ではあるが……。
特務棟での業務についての詳細は 一切 知らされていないのだ。
…………。
知っているのは、APCが Arbachasを開発し……。
怪人と 戦う事で、ニューヒキダの 治安維持を任されているという、一般的な情報のみ。
基本的には……。世間一般で共有されているような情報と 殆ど遜色が無のだ。
つまり……。今回の危機的状況への判断の根幹部分を 相談するには 荷が重過ぎるのである。
…………。
……。
かといって……。
神地聖正 当人も……。自分自身の不在を予期していなかったのだろう……。
こういった時の 判断基準は 明確なものは見当たらなかった。
…………。
それもその筈で……。
APC内部での トラブルには 如何なる 件であっても……。
C.E.Oが 中心になって 内部で解決する事が前提となっているのだ。
今回は C.E.Oが そのトラブルの渦中にいた事で、解決までに なかなか指針が立てられなかったのだ。
…………。
……。
7日間の旱魃……。最後の日の夜……。
…………。
白衣の青年 天瀬十一は……。
日常的に 父に変わって実務を取り仕切っていた 事も有り……。ぼんやりと 先の出来事の 輪郭を思い浮かべる。
…………。
情報の段階に 切り分けを行いながら、必要に応じて 木曽根副社長と意見交換を 行うしかないのだと……。
…………。
C.E.Oは 姿を消してしまい……。父 天瀬慎一は……。真紅の怪人からの凶刃によって、命を奪われてしまったのだ。
こんな状況だ……。今の自分に 喪に服すような時間は有りはしない。
目の前の問題が 優先度の高さを漂わせていたのである。
…………。
……。
状況に変化を呼び込んだのは 1通の電子メールと 数時間後に成った 電話だった。
…………。
驚くことに それは……。
APCの 大型スポンサーに当たる企業から 支援の継続を 申し出るものだったのだ。
…………。
A.B.C.S Project Company……。略称の APCは、立ち上げ当初こそ 地元の有力企業 日樹田建設からの融資を受けていた。
( エービーシーエス・プロジェクト カンパニー )
…………。
しかし……。程なくして 地方都市にしては破格の援助を得るようになる……。
当時……。神地聖正に何かしらのコネクションが有ったのか定かではないが……。その存在感は かなりのものだった。
…………。
少なくとも、地元に君臨する日樹田建設とは 所縁も無い中での 大型融資の話だったのだ。
今も APCと関係が続いている その大型スポンサーの名前こそが……。今現在も大きな関りを持つ 組織の名前である。
…………。
World-Exchange's-Bay……。通称 W.E.B……。
( ワールド・エクスチェンジズ・ベイ )
…………。
W.E.Bは、当時も今も……。世界で最も強い影響力を持つ組織の 1つだ。
いつ頃 創設されたのか詳細は伏せられているが、傘下に置かれている企業の業種は問わず幅広い領域を抑えている。
…………。
……。
特定の国や 宗教にも縛られず、世界各地に非公開の拠点を持っているらしい。
謎に包まれた全体像を 補う説得材料としては、傘下となっている 企業や組織への莫大な資金援助があげられる。
…………。
圧倒的な資本力と資金力を持っているのだろう……。
また、W.E.Bからの融資を受けると 副次的な影響が 付与されるのも 大きな恩恵だ。
一定水準の信頼ができる企業や組織として、自然な流れで 良好な信頼の イメージのラベルを掲げられるのである。
…………。
APCが 地方都市の組織で有りながら……。
現在の体裁を保てるのも……。特務開発部が活動できるのも W.E.Bによる影響力が大きい。
…………。
そんな 巨大組織が APCの存続の危機で……。
最も早く 連絡を取り、これまで以上の 手厚い支援を表明してきたのである。
…………。
……。
白衣の青年 天瀬十一も、W.E.Bについては 一定の認識があった。
…………。
以前……。
神地聖正と Arbachasの成り立ち等についての話をした際にも、その名が 飛び出した事すらもあったのだ。
…………。
その組織の名前と……。活動内容の大枠……。そして 強い影響力しか 一般的には公開されていない。
潤沢な資金援助で 文字通り 世界交流の港のような役割を 受け持つのだろう。
…………。
一方で……。W.E.Bは 好意的に見られるばかりではない。
…………。
W.E.Bによる恩恵は 多くが欲しがるものなのだろうが……。
関係を持ち掛けられるまでは、外部からの連絡手段は一切無く……。あぶれる組織や企業は 存在する。
そのせいか……。陰では 閉じられた港 等と揶揄される事も有る ようなのだ。
…………。
全体像が掴めるようで 掴めない 謎の組織……。
それが W.E.B なのである。
…………。
……。
W.E.Bからの申し出は 非常に有りがたいが どうにも気に成る事が有った。
…………。
この話を 持ち掛けられたのは、神地聖正と 天瀬慎一が不在になった 直ぐ翌日の午前中の事だったのだが……。
APCとしては この 2人の件は……。まだ 外部に公開していないタイミングだったのである。
社外秘として 処理するつもりは ないものの……。
扱いには最新の注意を払っており 世間には出ていない情報に 起因しているような気がしてならないのだ。
…………。
W.E.Bからの連絡は、社内での気持ちの方向性を整えるよりも早く 届いた申し出だった。
…………。
……。
いくつかの条件付きとはいえ……。
これまで以上の 資金援助や 物資 人材両面での援助を、必要に応じて行うと確約されていた。
この申し出には、今後の W.E.Bとの関係や……。今後も継続したい活動内容を加味すれば、承諾以外の方向性は無い。
…………。
……。
天瀬十一は……。これまでの経緯を 何気なしに整理し終える……。
頭の中だけで行える ちょっとした気晴らしだ……。
…………。
白衣の青年は 少しだけ瞼を閉じる。
熱い珈琲が 入ったカップを少しだけ触ってから……。自身の手指で 眼窩(がんか)周辺の 血流を温めた。
…………。
ここ最近は……。特に 疲れが溜まっているのだ……。
付け焼刃でも 熱を伝えると心地が良いのだろう。
…………。
……。
白衣の青年が 短い休息を終えて、幾つかの調査資料や 記録に目を通す。
…………。
……。
現在 ピッチを上げて 取り掛かっているのは、ある人物に提出する資料の制作だ。
資料には……。7日間の旱魃 での出来事を 極力詳細に記載する必要がある。
…………。
これによる影響の 一端としての被害状況……。血の日食 も記載する対象に成っていた……。
…………。
まだ 気乗りは しないが、今後の事を優先するならば 当時の記録や記憶を元に 作り上げなければならない。
なにしろ この資料を提出する相手も これに目を通す相手も……。
現在の APCの C.E.Oとしての職務に当たる 人物なのだから。
…………。
W.E.B が出した 援助には 幾つかの条件が有った。
…………。
……。
この条件によって……。W.E.B日本支局から C.E.O代理という肩書で 出向したのが、その人物なのである。
その人物は 返事を受け取ってから 1週間程で 現地入りを果たした。
…………。
……。
白衣の青年は 頭の中を切り替えて資料に目を通す……。
その過程で、7日間の旱魃(かんばつ)の最後に起きた出来事を思い出した。
既に……。ある程度 まとめられた調査内容と 記憶にある情報を すり合わせていく。
…………。
……。
神地聖正が連れ去られ 天瀬慎一が切り伏せられた当時……。かつてない程に 場は混乱していた
この日の……。この時。大きく分けて 2つの場所で人的被害が発生していたのだ。
…………。
3体のエヌ・ゼルプトが関わっていると思われる 人的被害と……。真紅の怪人が 関わったものである。
…………。
……。
まずは……。
真紅の怪人が起こした被害について……。
…………。
気を失っている 神地聖正の元へ 天瀬慎一が駆け寄り、呼びかける中で 件の怪人が突如として現れた。
…………。
最近では 複数の呼び名が確認されており……。主に 3つほどだろう。
ログ……。もしくは カシュマトアトル……。そして 真紅の戦士……。
…………。
元来の 正式名称が この中の どれかなのかも、ハッキリしていない謎の怪人である。
謎だらけの 真紅の怪人に……。
天瀬慎一は背後から切り伏せられ、神地聖正は 連れ去られてしまった。行方は 不明のままで 今も捜索が続いている。
…………。
当時……。愚者のアルバチャス 有馬要人と、戦馬車のアルバチャス 丹内空護が 迎撃に出たものの……。
連戦に次ぐ連戦が仇となって……。完全に手には負えない状況だった。
…………。
2人の アルバチャスに次いで……。戦後処理に現れた レヴル・ロウが 10名程 駆け付けたのだが……。
真紅の怪人は……。数秒の沈黙の後 交戦すらもせず姿を消してしまった。
…………。
これ以降……。ピップコートも エヌ・ゼルプトすらも 出現していない。
未だに継続されている状況が 気持ちの悪い緊張感を漂わせている。
ここまでが D 地区内 だけでの出来事と、今現在における その後の顛末だ。
…………。
……。
もう 1つの被害は、D 地区 E 地区 N 地区の複数の地区に またがって発生した。
こちらは 吊るし人 ウロドと、運命の輪 セドネッツァが起こしたと思われている被害……。
…………。
ウロドと セドネッツァは……。言わずと知れた エヌ・ゼルプトで……。3体にも及ぶ 当時の 新手である。
リーダー格と 思われる 灰翼の怪人 エリアイズの撃破は確認されているが……。
こちらの 2体は 詳細な足取りが わかっていない。
…………。
広い範囲での被害に、最初に気がついた人物は 巻健司だった。
…………。
どうやら……。
担架を取りに行った途中で 彼誰五班(カワタレゴハン)在籍の班員が 複数 負傷し横たわっていたらしい。
…………。
後から判明した事だが……。
その各 ポイントは エリアイズとの交戦以後、一度 現場からの撤退を完了させたポイントだったようなのだ。
…………。
つまり 状況から察するに……。新たに哨戒していた人員が何者かに襲撃された事に成る……。
太陽のアルバチャスの暴走を 止める戦いが 行われている裏では、別の戦いが行われていたのだろう。
…………。
……。
この時に 負傷していたのは全員 彼誰五班の第三班に該当する。
…………。
同様に負傷していた 第三班 班長の伊世伝次(イセ デンジ)によれば……。
光の針や……。何かで打ち据えるようにして……。その場にいた 三班の全員が負傷したらしい。
特徴から 照らし合わせると、恐らく セドネッツァと ウロドによるもので間違いないだろう。
…………。
戦いによる痕跡は、複数の地区に 点在しており……。被害内容の詳細な状況を知る為 こちらも調査が進められている。
気に成るのは ここからで 負傷した状態で見つかったのが 第三班だけだった事だろう。
…………。
大代大と 第二班の編成は D 地区で活動していた為 除外するとして……。
木田郷太(キダ ゴウタ)と 第一班の総員。
恵花界(エハナ カイ)と 第四班の総員は……。痕跡すらも見当たらないのだ。
最後の情報武装での共有データ受信歴は、E 地区や N 地区で途絶えている……。
…………。
エリアイズや セドネッツァとの交戦で、負傷した班員は この時の哨戒活動 以前に 戦線から外されている為……。
厳密には……。第一班と第四班の 総員ではないのだが……。大多数が 消息不明なのである。
…………。
一部の残骸には、第三班が受けたものと酷似した痕跡が確認されたが……。現在も そこで調査は停滞しているのだ。
…………。
……。
この日の エヌ・ゼルプトとの最初の交戦時の ものも含めると……。
…………。
彼誰五班における被害は……。死者 20名。 行方不明 30名……。
…………。
行方不明者は、第一班と 第四班から 一般班員が 14名ずつ……。木田郷太 恵花界の両班長 も個別に該当する。
…………。
そして、行方不明とされている 神地聖正 と 同時期に 命を落とした 天瀬慎一。
…………。
……。
多くの不幸は 今も重く伸し掛かっている。
…………。
……。
こんな状況だから こそ なのか……。
W.E.Bからの援助は迅速で……。かつての特務棟と同規模の設備は 3週間程で仕上がった。
…………。
これにより、以前までの勢いを超える程の速度で APCの今後の活動は進んで行く。
…………。
W.E.Bから 提示された条件の 1つとして……。
特務開発部部長には、天瀬慎一に変わって 天瀬十一が就任し、彼誰五班は 丹内空護が総指揮長を務めるようになった。
…………。
副指揮長は 天瀬十一が兼任し、有馬要人は……。大代大……。伊世伝次ら と共に……。
現存する班編成での班長を務める形へと方向性が進められる。
…………。
以前のように戦えない自分が 副指揮長を兼務するのは どうにも気に成るが……。
この 3ヵ月程の期間で 最大限度の対処方法は用意してきた。
…………。
code-16- バベルが 起動しない今でも、出来る事を するつもりだ。
…………。
……。
白衣の青年 天瀬十一は、手元の資料の 仕上がりを確認すると、C.E.O代理の元へと向かう。
………………。
…………。
……。
~戦神合一~
APCの特務棟が 新設されてから 特務開発部の中には、ある人物の業務用の個室が用意されていた。
特務開発部部長を務める、天瀬十一にとっての自室である。
天瀬十一が 自室で 一息つく傍ら……。ある人物から開示された内容を思い出す。
…………。
白衣の青年は……。今しがた 社長室で要件を済ませて 自室に戻った所だった。
これから思い起こすのは……。資料の提出と簡単な報告を終えた後の……。ちょっとした息抜きである。
…………。
…………。
……。
光の試練と アルベギ族について……。
…………。
そもそも……。アルベギ族とは 各地を転々とした 放浪民族で、その記録は少ない。
…………。
……。
一説によれば……。海の民の末裔そのものだったとか……。
あるいは 海の民の末裔と交流があった別の民族だったとか……。諸説あるようなのだが。
…………。
どちらにせよ 各地を巡る 流動性の高い生活体系だったからか、明確な情報は 極めて限られている。
紀元前 400年頃に最盛期を迎えて、それ以降は 少しずつ数を減らしていったと思われているのが彼等だ。
…………。
アルベギ族が、何故 ニューヒキダで発生している 怪人と関りが有るのか。
…………。
これを、その人物から 知らされた時は どうにも線が繋がらなかったのだが……。
部族に伝わっていたとされる 民話の内容には、ある名前の英雄が登場するのだ。
…………。
アルベギ族 最後の 族長であり……。最強の戦士 カシュマトアトル……。
…………。
数少ない民話の情報によれば、カシュマトアトルは 赤土で身体を清め、光の魔物と戦ったのだそうだ。
同様に……。赤土で染め上げた儀礼用の木製の剣に 黒色の秘石を はめ込んで……。人ならざるものと 戦い抜いた。
…………。
この木剣も 黒色の秘石も……。
部族にとっては、最高位の霊的な 祭具らしく……。本来ならば 荒事に使うものではないのだとか。
…………。
……。
民話に出てくる戦士が 祭具を武器にするには理由が有った。
…………。
アルベギ族が 信仰する戦神が祭られている 聖地 アストラに向かう 途中……。事件が起きたらしい。
この事件が きっかけで……。
アルベギ族は それまで以上に強く結束するようになり、最盛期を迎えるほどの反映を迎える事に成る。
…………。
一方で、この時期を境にして 緩やかに 衰退していった。
…………。
……。
聖地に向かう途中で 現れるようになるのが 光の魔物だ。
この 光の魔物 こそが 事件の元凶なのだとか……。
…………。
元凶達は……。巡礼の途中に 現れては、部族の命を 執拗に狙い続ける。
…………。
当時の アルベギ族の 力自慢の戦士や 精鋭が……。
族長マシュマトと 共に、光の魔物と幾度となく戦うが 魔物には及ばなかったのだ。
…………。
アルベギ族は、逃げるように 放浪を続けた。
…………。
著しく 数を減らし……。
族長のマシュマトすら 命を落とし、まだ 若い戦士だった嫡子(ちゃくし)に 部族の未来が託される。
…………。
若い戦士カシュマトは 同胞と共に知恵を絞り……。
光の魔物と戦う為に やむを得ず……。ある 決断を下した。
…………。
一族の 命 以上に大切な……。祭具である 木剣と、先祖の魂が宿るとされる 霊石の 結合だ。
…………。
カシュマトは 赤土で 全身を清め……。
同様に……。赤土で染め上げた木剣に、身体を失った多くの先祖と戦う覚悟で 霊石を はめこんだ。
…………。
この時の 霊石の名前は 黒宙石( コクチュウセキ )。
…………。
少し話は反れるが、不思議な事に……。
愚者のアルバチャスと交戦していた 真紅の戦士の 発言にも これと同様の名前の石が出ていた。
…………。
アルベギ族の カシュマトの話に戻して……。民話の方の結末を 追っていくと……。
カシュマトは 多くの犠牲を出しながらも、部族が崇拝する 聖地の戦神 アトルの如く 戦ったらしいのだ。
…………。
そして ついには、光の魔物を撃退し……。
カシュマトは 戦神と同一の存在として 崇拝されるようになっていく。
…………。
アルベギ族を 救った英雄であり……。戦神として称えられ……。カシュマトアトルと名前を変えて……。
そう……。呼ばれるように成っていくらしい。
…………。
部族は……。緩やかに衰退していくと……。
世界 各地で、似たような口伝を 伝達する者が現れるようになる。
…………。
歴史に埋もれた一族が 存在していた可能性だけを 残し続ける……。末裔たちによる民話……。
アルベギ族 民話の口伝は、おとぎ話としての体裁を持った英雄譚に姿を変えていくのだ。
…………。
戦神カシュマトアトル と 光の魔物。
…………。
祖先の生涯を絶やすまいと 密かに伝えられ続けた 末裔達による口伝は……。著名ではない。
とはいえ……。そんな名前の英雄譚の中で 登場する 光の魔物の特徴は、英雄譚以上に 知名度を上げて広まっていく。
…………。
……。
英雄譚の中で 登場する 光の魔物の特徴は、娯楽や占術として……。著名になっていたのだ。
部族の中で 呪い(まじない)に取り入れられるようになった魔物の解釈が、英雄譚の中でも目立っていたのかもしれない。
…………。
これ以降に 広まった占術を 原型に持つのが タロットカードだったのだ。
…………。
白衣の青年は 珈琲を 口に含んで ゆっくりと飲み込む。
…………。
「 ……つまり、俺達が戦っている相手は、少なくとも 1回は 人類と相対した事が有る存在って事か。
けど、紀元前 400年頃の話に登場した相手が 同一の存在なのか ?
本当に そうなら……。奴らはいったい……。 」
…………。
考え込んだまま……。珈琲の入ったカップを 少しだけ急な動きで 口元から戻した。
すると 僅かに跳ねた黒い水滴が、自分用に まとめたメモ書きに 跳ねていく。
…………。
白衣の青年は 日常的な 不注意を きっかけに 膨大な残りの仕事へと誘われる。
…………。
適度に 知識欲を 刺激しながら……。脳内で反芻させ終えると……。今後の指針に 意識を向けた。
先程の社長室でも話にもなった 事柄についてだ。
…………。
……。
C.E.O代理を通じて W.E.Bから提示された今後の指針……。
当面の APC及び 特務開発部に課された職務としては 幾つかあるのだが。
…………。
各枠組み毎に 最優先事項が存在しているのだ。
まず、APC全体としては……。ニューヒキダの継続的な復興が これに該当する。
…………。
次に 実動班に課された 最優先事項は 2つ。
1つ目が、エイオスの戦闘処理。
2つ目が 特別指定行方不明者の捜索だ……。
…………。
APC全体と 実動班については 大きく変わった所は少ない。
唯一 異なる変化が有るとすれば、特別指定 行方不明者の捜索が それに当たるだろう。
…………。
元C.E.O 神地聖正と……。彼誰五班 第一班と第四班の 班長を含めた 15名ずつ……。
計 31名にもなる 捜索対象者の 所在の究明は、戦闘処理が無い限り 今も最優先されているのだ。
…………。
最も変化が有った 特異な 職務内容は特務開発部に課されたものだった。
それは、あるデータボックス内からの データの引き上げ……。サルベージである。
…………。
神地聖正が 何を考え……。何をしようとしていたのか詳細に知る必要が有る。
本来ならば 本人を拘束した状態で 行う所なのだろうが、例によって 行方不明者の 1人に含まれている状況だ。
…………。
尚更 何を知っていたのか 解明する為に、情報を引き上げる必要性が注目されているのである。
この対象元が 個人用のデータボックスだった。
…………。
無論、セキュリティ強度は高い……。
一朝一夕にはいかないが、深度の浅い 情報群の中から 最近 引き上げたのが、code-19-の 基本性能だったのだ。
…………。
今後の作業で 詳細に記載された 日誌等でも有れば 何かしらのヒントに繋がるのだろうが……。
現状では、まだ 他の目ぼしい情報が少ない。
…………。
……。
白衣の青年は……。C.E.O代理に 意見具申を行い、ある物も 現在の自室に移設させてもらっていた。
…………。
移設の対象は、父 天瀬慎一が 使用していたと思われる データボックス。
これは L 地区の山林の中に在る カムナ・ベースと呼ばれる ラボに置かれていた物である。
…………。
いつ頃、該当施設に 仕込まれたのか わからなかったが……。
天瀬十一が持つ デバイスの中に、父から譲り渡す物としての文言が 残されていたのだ。
…………。
それによれば 全てが そこに残されているのだそうだ。
…………。
意見具申の際の予防線として……。C.E.O代理には こういった 内容が父から残されていた事は伏せてある。
…………。
あくまでも……。
神地聖正の データボックスの究明を優先し、並走して行う前提で 許可を貰ったのだ。
…………。
もしかしたら……。父は まだ伝えきれていない事が有るのかもしれない。
…………。
code-16-用の A-deviceの中に残された文言は……。
天瀬慎一が使用していた データボックスの 移設方法が 事細かに残されていたのだ。
…………。
これは、例えば志半ばで 父が動けなくなって 神地聖正が 勝ち残った事を見越しての事なのか……。
はたまた……。それとも 別の何か見越しての事なのか……。
…………。
父が作った Arbachasの原型と、初期型の code-0-と code-7-にのみ適用できる DEFの事も有る。
これから 父が残した物が 必要になる時が有るのかもしれない。
…………。
……。
意思も 願いも……。全てを 受け継ぐつもりで 事に望むつもりだ。
…………。
……。
物思いにふけってから……。数時間が経過する……。
…………。
作業の傍らで、白衣の青年は 机の端の方の資料に手を伸ばした。
紙の資料の山に 白衣の袖が触れてしまい、多くの用紙や ファイルが雪崩を起こす。
…………。
片づける前に……。少しだけ気分転換でもした方が良いのかもしれない。
天瀬十一は、ゆっくりと鼻腔から酸素を脳に送った。
…………。
……。
白衣の青年が……。自分用に まとめたメモ書きには、珈琲から跳ねた シミが出来ている。
…………。
メモには 多くの覚え書きが 記載されており……。
黒いシミの近くには、光の魔物が持っているかもしれない特徴も記されている。
…………。
英雄 カシュマトアトルが 最も嫌った ある 1体の光の魔物 が持つとされる特徴……。
それは 人間への擬態……。
…………。
……。
まだまだ精査が必要な 多くの情報は……。崩れた資料の中に埋もれていく。
………………。
…………。
……。
~終わりと始まり~
APCの特務棟……。
現在の社長室の主が、特務開発部部長から 報告を受けて 資料を受け取る。
…………。
C.E.O代理は 特務開発部部長が 社長室を後にした後……。
自室の椅子に座ったまま 受け取った資料の全体に 軽く目を通していった。
…………。
数分が 経過し……。
習慣的に時間の確認を行おうと パソコンのディスプレイを目をやる。
…………。
ディスプレイには、先程まで確認していた 3ヵ月程前に受け取った 辞令が データとして映し出されていた。
何気なしに……。その内容を視線で追いかける。
…………。
……。
APCの C.E.O代理として 出向を命ずる……。W.E.B 日本 支局所属 超自然技術研究部門……。
…………。
……。
文面の途中で 視線を切り上げて 静かに思案した。
…………。
辞令を受け取ってから 既に 3ヵ月程が経過しただろうか。
長いようで 短い歳月だ。
…………。
最初は……。久しぶりに 古い友人にも会えるとも思っていたのだが……。
どうやら行方不明らしく……。ささやかな楽しみは 絶たれてしまった。
…………。
ニューヒキダを取り巻く状況を考えれば……。友人の事は……。多くを望めない可能性もある。
職業柄 こういった出来事は何度かあったし……。予感が的中してしまう事も少なくない。
…………。
相変わらず この地域は 怪人からの 脅威を払拭出来ないでいるようだ。
…………。
深く考えるまでも無く、無意識に幾つかの経緯を連想し終えた頃だった。
W.E.B名義で 貸与されている電話が着信を知らせる。
…………。
電話を掛けてきた男は……。
……この街に 先んじて現地入りしており、後 3ヵ月程すれば 滞在日数も 1年が経過するだろうか。
…………。
……。
C.E.O代理の女性は、短い髪を耳に掛けなおして……。
独特の胡散臭い雰囲気を持つ 男からの電話に応じた。
…………。
「 ……あまりかけて来ないでって言わなかった ?
何か 新しい動きでも ? 」
「 いやぁ……。今の所 こちらも 何も無い。
けど 久しぶりの故郷は……。その……。どうかなと思ってね。 」
…………。
四十代中頃の その男は、いつもの飄々とした調子を変えずに話しかけてくる。
…………。
C.E.O代理の女性にとって 一回り程の年齢差がある年上の同僚だ。
出身国こそ異なる せいなのか……。いつ話しても いささか ノリが軽い。
…………。
本題を引き出す為に 少しだけ 語気を強めても良いだろう。……C.E.O代理の女性は そんな風に考えたようだ。
…………。
電話をかけて来た相手が 苦手そうな部分に真っ先に触れた。
…………。
「 あのねぇ……。ケーン。こっちも それなりの気持ちは用意してきてるの。
貴方の心配は杞憂ってものよ。そもそも……。 」
「 ああ……。すまない。……ちょっとまった。
……わかってるよ。わかってる。俺達は仕事中の 過度な接触は厳禁だってな。
だから 本名は無しだ……。今の俺は 巻健司……。ニヒルで しがない 個人事業主 OK ? 」
…………。
この男は……。後 3ヵ月程すれば ニューヒキダでの滞在日数も 1年が経過する……。
自称 ロックビルの ニヒルなリス……。だった筈だが……。相も変わらず軽い調子は変わらない。
…………。
「 で ?……しがない ブリトー屋さん の要件は ?
まさか 本当に只の世間話って訳じゃないんでしょ ?
個人事業主としての営業なら……。今は ブリトーの気分じゃないわね。 」
「 なかなか 手厳しいね。俺としては 只の世間話でも良いんだが……。そうだな。
……あの情報は 上手く浸透してるかなと思ってさ。 」
…………。
本部を経由して かき集めた調査資料の事だろう……。
自分自身が 出向した事にも……。多くの調査員が派遣されている事にも関わる調査資料だ……。
…………。
カシュマトアトルの英雄譚……。
W.E.B 内部で密かに調査が進む 民話由来の おとぎ話だ。
…………。
しかし これも……。
一部の派閥では、光の試練を 現実として認識するまで 民話に尾ひれが付いた作り話だと 思われていた。
…………。
紀元前 400年前の部族の末裔の おとぎ話が……。
現実に起こった事だとは 本気で信じられる者の方が少ない。
…………。
W.E.Bの初動が遅れた理由の 1つがこれだった。
…………。
これと同時に……。
もう 1つの理由としては、誰が今回の試練の中心になっているのか……。当時は 確証が無かったのだ。
…………。
試練の英雄とされる人物が……。必ず 大きく全体の流れに関わっていくのだが……。
22災害発生 以後に、速やかに見分けるのも簡単では無い。……どう贔屓目に見ても 至難の業だろう。
…………。
「 民話については……。しばらく経過観察ってところかしら……。
本来なら、貴方が 天瀬慎一を経由して 試練に対する認識を浸透させる予定だった。
正しい認識の元……。協力者を増やして 神地聖正による 試練の私物化を妨げる。
けど 間に合わなかった。
天瀬慎一は殺害され……。神地聖正も 行方知れずになってしまったわね。 」
「 その通りだな。流石 超自然技術研究部門……。
何年か前に エジプトでチュパカブラのミイラを 一緒に追いかけただけは有る。
現場専属の人間としては、呑み込みが早くて助かるよ。だが……。
光の試練は……。その都度……。所々で 異なる点が発生する。
これに関しては 本部でも 認識されていた事だし、2人の事は 想定外だったが……。
問題はここからだ。
恐らく 神地聖正は 生きているだろう。 」
…………。
特務開発部部長に用意させた資料によれば……。
7日間の旱魃(かんばつ)では、最後には 神地聖正も Arbachasを起動 出来ない程に 追い詰められていた。
…………。
今となっては 試練の英雄も 行方知れずの 1人に過ぎない。
これに加えて……。多くの問題も抱えているのだ。
…………。
「 報告書によれば……。限りなく可能性は低いと思うけど 本気 ?
アルバチャス通しの戦いで 致命傷には至らなかったとしても……。
件の怪人……。ログに連れ去られているのよ ?
他の行方不明者も 含めて……。中途半端な可能性は 持てないんじゃない ?
生きていたとしても……。神地が行った事は 人道的にも庇いきれない。
今更 名実ともに 英雄として 戦ってもらうには汚点が多すぎる。
code-19-による 強制的な制御機能の開発と導入も そうだけれど……。
APCの 旧特務棟への襲撃……。アレも神地が行った 破壊工作だった。
仮に 試練に向き合う為の 手段だったとしても……。
人命を軽視した 強引な手段である事には 変わりは無いわね。
実際問題……。これによる人的は被害は 血の日食の大多数を絞めている。
行方不明者も死傷者も かなりの数が確認されているの……。
恐らく、22災害以後……。各支局から 派遣された調査員の失踪にも関わっているのでしょうね。
彼には もう 英雄の顔は作れない……。 」
「 ……だが アルカナの力は 未だに全容が掴めない。
本当に試練の英雄が 再起不能になれば……。既に世界は終わりを迎えている筈だ。
人間社会の枠組みでは、非人道的だったとしても……。完全には難しいんだよ。
試練の英雄が 神地なら、排除する選択が取れるかどうか……。誰にもわからないだろう。
いくら 天瀬博士が残した技術が優れていて……。
マルクトが 3つ有ったとしても、肝心の 英雄のマルクトが 監視かに無いんだ。
しかも……。現存する 3つの マルクトも 1つが systemの破損によって機能不全なんだってな。
イェルクスどころか……。最後の エヌ・ゼルプトにも 敵わないだろう。
おまけに時間も無いと来た……。
神地が 英雄にしか知りえないルールを 19年近く隠し続けた事が痛いな。
試練を完遂するまで 2年程度しか残っていない。
英雄の暴走を止めるだけで やっとだったなんて……。笑うに笑えん。いや……。逆に笑っとくか ?
どちらにせよ……。もしも 奴が どこかで 生存しているなら……。
何が何でも 引きずり出す必要が有る。 」
…………。
W.E.Bとしては……。
22災害 直後から、調査員の派遣を行っていたが 当時……。行方不明者が続出した……。
この時 巻健司は 1度 調査を引き上げており、仲間の状況を加えて本部に報告を行っていたのだ。
以降……。
…………。
しばらく 距離を置いては様子を伺い……。
現地で頭角を表していた人物や、影響力の強い人物に目星を付けては接触し……。
…………。
復興への寄付を名目に資金援助を行う。
当時の 接触候補は全部で 7人にまで絞られた。
…………。
立木太郎(タチキ タロウ)、立木二郎(タチキ ジロウ)、丹内七郎太(タンナイ シチロウタ)……。
大車始(オオグルマ ハジメ)、天瀬慎一、神地聖正、黒松克彦(クロマツ カツヒコ)の 合計 7人である。
…………。
この中に 今回の試練の中心になる人物が いると予測をつけて 改めて身辺の調査は秘密裏に進められた。
…………。
大車始は、援助された資金で 早々に日樹田を離れた為……。光の試練とは完全に無関係と判明。
黒松克彦は、地元の銀行業を手堅く経営。
立木家とも 取引は有るが、アルカナと関わる そぶりが一向にみられ無い事から、限りなく無関係と予測を付けられる。
…………。
候補者予測は……。5人まで絞られるが、それぞれが決定打には欠けていた。
…………。
立木太郎、立木二郎、丹内七郎太、天瀬慎一、神地聖正 まで絞られるが……。
決定打に繋がる詳細な情報は、現地でも念入りに秘匿されていたのだろう。
…………。
今になって思えば、神地聖正はこれまで 多くの虚偽の情報を交えて 誤魔化していたのだ。
一見してみれば……。社交的で、酒の付き合いも適度に行う 好青年だ。
疑惑は有っても……。ついでに調べる程度の 存在だった。
…………。
……。
そんな中……。突如 密かに注目を集めた出来事があった……。
尻すぼみになった都市伝説が 余りにも脈絡が無さすぎる事から……。調査員の中で 目に留まったのだ。
…………。
この件の依頼者が 天瀬慎一だった事と……。
丹内七郎太の死や 相続争いによって、影響力を日に日に小さくしていく立木家の様子から……。
神地聖正だけが やっと最終予測に残った。
…………。
以降 W.E.Bは……。積極的に神地聖正への接触を求めるが、出資以外には 付かず離れずの距離感を維持される。
光の試練の英雄である事を 疑われていると自覚しての 警戒だろう。
…………。
Arbachas開発の有無は……。
試練の事を考えれば、どうしても 無下に出来ず……。結果的に 神地聖正の放縦(ほうじゅう)を許し続けてしまった。
英雄にしか開示されない情報源が、駆け引きに置いての ウィークポイントになってしまっていたのだ。
…………。
……。
しかし、天瀬慎一への接触を機に カムナ・ベースの建設を秘密裏に成功させると……。
悟られないように 少しずつ外堀を埋めていき、どうにか今に至る。
…………。
C.E.O代理の女性は……。話の途中で 短い髪の毛を耳に掛け直した。
…………。
「 神地聖正……。
どこまでも 厄介な男が試練を始めてしまった。
ねぇ ブリトー屋さん。折角だから 改めて聞くけど……。これから どうする つもり ?
残り時間も 少ない……。英雄の姿も見えない……。
試練のイレギュラーも多い。
本部への 本格的な連絡は まだ先だけど、試練を 正統な形で 誘導するのは難しいでしょうね。
このままだと……。
優しく見積もっても 2年以内に 今の世界は 無くなっている 可能性の方が大きいわね。
部下や同僚の仇討ちでもする…… ? 」
「 さっきも 話しただろ ?
今回の試練は 民話の記録とも 所々で違う……。
なら、イレギュラーが多ければ 想定も簡単に覆されるだろう。
約 9か月前の現地入りで……。戦闘処理に巻き込まれたのも想定外の 1つだ。
あの時は、直前の思い付きで キッチンカーに追加の補強を発注しておいて正解だった。
流石の俺も 本気でそう思ったね……。
ノーマルの偽装車じゃ ピップコートの攻撃にも耐えられなかっただろうな。
けど、その想定外は 幸運だったのかもしれない……。
特注の愛車を犠牲にした お陰で、神地聖正とは所縁の無い青年と 自然な流れで交流を持てた。
とことん個人的な見解で申し訳ないが……。
この ラッキーボーイに何かが有る前提で、俺は掛けをしたいと思っている。
コイツの出自も満遍なく調査済みだが、見えてこないんだ。
マルクトとの 適性が高い理由がな……。
見えないなら……。まだ完全に 明日を見捨てられないだろ ?
この先の試練で、今の人類が どんな道を辿るのか……。焦らず じっくり見ていくしか無いな。
俺としては そんな感じだ。
長電話して悪かったな。C.E.O 代理。 」
…………。
電話越しとは言え 思いの外、これまでと 今後を見据えた話は 広がっていた。
それから更に 幾つかの言葉を交わして 通話を終わらせる。
…………。
C.E.O代理の女性は パソコンのディスプレイを目視して 時間を確認した。
…………。
時間の経過を実感し……。
特務開発部部長から受け取った資料と、あるデータを 合わせて閲覧しようと思い立つ。
それは、これまでに判明した データが 再編集された secret report だ。
…………。
ふと 既に閲覧する必要のないデータが 今も展開されている事に気がつく。
…………。
……。
辞令のデータが 先程と変わらず 表示されたままだった。
…………。
……。
出向を命ずる。
W.E.B 日本 支局所属 超自然技術研究部門 仁科十希子(ニシナ トキコ)。
………………。
…………。
……。
- 前 回
- 次 回