- 16話 -
崩壊
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目次
~明けの宙に……~
ある日の早朝、ニューヒキダの郊外……。
L 地区の何処かに 確かに存在する、隠遁者の 隠れ家 カムナ・ベースでは……。
数人の顔なじみに囲まれて、ある青年が 天瀬慎一(アマセ シンイチ)と言葉を交わす。
…………。
多くの事を知り、人の思いを背負い 戦う為に。
…………。
「 有馬君。これが、新しいデバイスだ。
以前……。
君に渡した メモリーから適用された DEFは……。
A-deviceに DEFを 拡張出来るようにする為の、基礎部分に過ぎない。
その上で……。万が一、聖正や、悪意の有る者の手に渡っても完成しないように……。
本来の機能が露呈しないように する為の、ダミープログラムが施されていた。
だが……。
今なら ダミーではない 正当な強化プログラムが 起動するだろう。
完全に使いこなすには、時間を要するかもしれないし 危険も伴うが……。
君なら……。
code-0-のマルクトに適した君なら、きっと 本来の性能を引き出せると信じている。 」
「 ありがとうございます。
絶対に 無駄にはしません。 」
…………。
隠遁者の男は……。恐らく、夜通し作業したのだろう。
…………。
髪の毛は 無造作にくたびれており……。
両目は僅かに渇き、それでいて目の下は 半円型に暗色が出来ていた。
…………。
青年の方も、これからの為に 準備を済ませているようで……。
旅支度を万全にした 頑丈そうな衣納(いのう)を肩に掛けている。
…………。
青年 有馬要人(アリマ カナト)は……。
隠遁者の男……。天瀬慎一から、新たな可能性を内包した 愚者のデバイスを受け取った。
それと同時に、心からの お礼と共に強い決意を示す。
…………。
「 ……本当に 行くんだね ?……有馬 君。 」
「 すみません……。
神地さん は、俺や 空護さんに デバイスを渡すように促していました。
あの時は その意図がわかりませんでしたが……。
天瀬さんが 話した過去の出来事を知って、思ったんです。
たぶん、神地さんの 目的には アルバチャスのデバイスが……。
4つの マルクトが 必要なんだって。
……だから もし、そうだとしたら。
俺が カムナ・ベースに長居すると、ここに居る全ての人達を巻き込んでしまう。
幸い……。
巻さん も 協力してくれるので、ここを出た後も なんとか成ると思ってます。
天瀬さん の 分も、俺が 神地さん に ぶつかってみます。
待っていてください。 」
…………。
以前の大敗を意味する 身体中の傷は 今も残っているが、青年の意思は揺らいでいる様子はない。
…………。
多くを知り……。
体験と照らし合わせて辿り着いた予測に 負の側面を見出して……。放っておけないのだろう。
…………。
かといって、自暴自棄で投げやりな考えでもない。
腹に落ちて 安定した決意が、青年を突き動かしているようだった。
…………。
天瀬慎一が 口を開く。
…………。
「 カムナ・ベースを 出れば……。
気の休まらない時間の方が 多いのかもしれないが……。決して、無理はしないでくれ。 」
「 はい。
空護さん と 合流したら、DEFのアップデート ツール……。渡しておきますね。 」
「 すまない。
丹内 君は、七郎太さん の 息子だ。私も 無事だと信じているよ。 」
「 俺も そう思っています。
空護さん は 必ず何処かで 再起を計っている……。 」
「 もし、彼が 何処かに隠れているとするなら……。
日樹田建設が 管理している土地を 当たってみるのも良いかもしれない。
確か、 L 地区周辺にも 幾つか有ったはずだ……。
目ぼしい座標は、DEFのアップデート作業に 併せて デバイスに移しておいた。 」
…………。
有馬要人の 行動目的には 多くの危険が隣り合わせだった。
天瀬慎一は、これからの状況で予測しうる、精神的な圧力を考慮する。
…………。
これに 示し合わせた訳ではないが……。
今後 増すであろう 精神的な圧力を和らげる意味合いと……。
自身の 知見から考えうる、光明に類する可能性 も 提示してみせた。
…………。
これから歩き出す青年が、少しでも行く先を 見据えられるように。
…………。
「 何から何まで……。
本当に ありがとうございます。天瀬さん。 」
「 そう 思っているのは 私の方だ。気を付けていくんだぞ。 」
…………。
デバイスに込められた 希望と共に、多くの思いを 青年は受け取ったのだ。
…………。
カムナ・ベースが 隠された屋外の山林にも、ほんの少しずつ 朝を呼ぶ兆候が見え始め、一層に冷え込む。
愚者の青年 と 隠遁者の男が行った、一連の やり取りが 一段落がつくと……。ある人物が 労いの言葉を贈った。
…………。
青年と 年齢が離れた 友人の 巻健司(マキ ケンジ)と……。
青年と 同じ実動班に所属している 同僚の 荒井一志(アライ カズシ)からの……。
労いの前倒しと 励ましの意味合いを持つ言葉だ。
…………。
「 本当ならよ……。俺 や 一志 が 一緒に行って戦えたら良いんだが……。
生身の俺達 じゃ 付け焼刃にも ならんだろうからな。
その分、俺 と 一志 は、カムナ・ベースの防衛を全うするさ。
俺達 は お前 が 何の為に戦うのか知ってる。
これから先……。誰に何を言われても、俺達 は 味方だ。
ヤバくなったら 直ぐに戻ってこい。
何をするにしても、生きたもん 勝ちなんだからよ。
……後は。……アレだ。
予定通りだ。特定の日時と 場所に 俺が 物資を届けてやるから……。
さっき 渡したデータで確認して、補給は 受けに来いよ ?
場所も 日にちも 時間も、毎回 同じ じゃねえからな。 」
「 有馬さん。
自分も、巻さんと 同じで 同行出来ないのは 心苦しいです。
ですが……。
近隣で 最低限の 哨戒は 行うつもりです。
丹内 班長を 見かける、可能性だって ゼロじゃないでしょう。
なので、有馬さん は 気負い過ぎないでください。 」
…………。
青年は、2人からの言葉にも 心強さを覚える。
…………。
状況は、あばら屋 で 丹内空護が 話したように 良好とは言えない。
…………。
むしろ、直接的な行動を取れるのは自分自身のみで……。
贔屓目(ひいき め)に見ても劣勢だろう。
…………。
敵対する相手の 総数も わからず……。意図も完全には 把握出来ていない状態に等しい。
それでも……。青年の表情には 微細な焦りも、迷いも、恐怖の色すらも出ていない。
…………。
心を同じにする仲間の気概は、何よりも強く 熱意を生み出すのだろう。
…………。
思いを背負い……。
決意を高める 有馬要人の背中を 最後に押したのは……。
愚者の青年が ニューヒキダに来てから 始めて護った人物……。天瀬真尋(アマセ マヒロ)だった。
…………。
「 要人さん。今更だけど、あの日……。
助けてくれて、ありがとう。
きっと、今までに 要人さん が 助けた人は 沢山いるんだと思う。
だから……。
思いっきり戦って、思いっきり お腹空かせて 帰ってきて ? 」
…………。
この街に来てからの 最初の日……。
当時こそ 只の観光客だった青年は……。
1人の人物 丹内空護から 熱意を感じ取り、その日 起こった脅威の暴挙に逆らって歩き出した。
…………。
夕日を背にして戦った日から、半年程の月日が流れ……。青年は成長し……。
…………。
「 ありがとう 巻さん。ありがとう 荒井。
ありがとう 真尋ちゃん。……いってきます ! 」
…………。
……決意の眼差しを 抱いて 歩み始める。
…………。
青年が カムナ・ベースを出て 山林の暗闇に姿を消す一方で……。
……まだ白んだばかりの夜明けの空には、一段と 輝く星が煌めいていた。
………………。
…………。
……。
~後光を抱く 2者~
ニューヒキダの中心部。E 地区……。
皇帝マーへレスとの 交戦跡が残り 復興が進められている区画では……。
…………。
数十体の ペイジ型のピップコートを相手に、集団戦闘を基調にして 戦闘処理が繰り広げられる。
塔のアルバチャスが、青い目の レヴル・ロウを 数人程 統率して戦っていたのだ。
…………。
白翼の怪人が 神地聖正(カミチ キヨマサ)によって打倒された日から、数日程 経過していたが……。
以降……。
これまで 穏やかだった 怪人エイオスの出現頻度は大きく変わってしまったらしく……。
日常的に、ニューヒキダの各地に 姿を見せるようになっていた。
…………。
……。
この日も、複数の レヴル・ロウと、ピップコートの戦いが繰り広げられる。
青い目のレヴル・ロウ達の挙動は、赤い目の状態とは異なっていた。
意識的に 統制された動きはしているものの……。
それぞれ 個人毎に癖の残る程度の動きで、経験則を貯えながら 怪人の歩兵を 確固撃破しているようだ。
…………。
塔のアルバチャス 天瀬十一(アマセ トオイチ)が檄を飛ばすと……。
1人の レヴル・ロウが、陣頭指揮の結果による進捗状況や、これによる予測を伝える。
…………。
「 各自 そのまま残党の処理に当たれ。
編成を崩さず、適切な間合いを忘れるな。 」
「 天瀬 副指揮長……。こちらも 滞りなく進んでおります。
近隣の戦闘処理は、完了まで残り 5分程度でしょう。 」
「 了解。
恵花 四班長。
有意識下での戦闘は、班員 それぞれの士気の変化に気を付けるんだ。
戦況は 常に変化する前提で考え、俯瞰的な判断を忘れないように。 」
…………。
塔のアルバチャスからの 伝達を行っているのは……。恵花界(エハナ カイ)……。
彼誰五班(カワタレゴハン)の中でも、四班を統率する 分班長に該当する人物だった。
…………。
……。
そもそも……。
…………。
次世代型アルバチャス等の中でも、汎用的な量産型を目指して設計されたのが、レヴル・ロウなのだが……。
レヴル・ロウのみで 編成された新設班が、彼誰五班(カワタレゴハン)である。
…………。
その最大の指揮権は、APCの C.E.Oである神地聖正が 保持し、次点で強い指揮権を持つのが 天瀬十一なのだ。
…………。
天瀬十一は 神地聖正の思想を色濃く汲み取り……。
量産型や 次世代型の開発にも携わった経験を存分に活用して、状況に沿った適切な判断を下す。
2種類の武器を 起動用のデバイスとして扱う レヴル・ロウの特性も……。
天瀬十一 自身が扱う、バベルの特性も含めて……。多角的に熟知しているからこその指揮能力だ。
…………。
恵花界は……。この判断に 沿って集団戦闘での 練度を高めて、習熟度を向上させているのである。
…………。
……。
今日この日の E 地区全域の戦闘処理には、四班の総員 20名程を伴って 行動しており……。
四班長に 抜擢された 恵花界には、知識面での補助も兼ねた指導が行われている。
…………。
その中には、実動班に身を置いていただけでは 失念してしまうような……。
怪人毎の微細な特徴も、戦況に関わる用であれば伝達されていき……。今後の用兵術の質が向上するように意識れているのだろう。
…………。
現在……。
交戦している ペイジ型は、全て形質変化済みのもので 2種類に分けられる。
剣の性質を持つ種と……。杖の性質を持つ種が入り混じっているようだ。
…………。
……。
恵花界が 指揮する第四班は、レヴル・ロウの武装毎に編成を分けて これらの対処を進める。
10名の銃撃型デバイス保持者で造られた編成は、牽制射撃や定点射撃を行い陽動に努め……。
残りの 10名は、銃撃から逃れた数体を 多対一の形式で強襲。
小剣型デバイスによる 強力な斬撃や刺突 格闘戦で、各個撃破を徹底して行っていく。
…………。
……。
天瀬十一は 戦いの様子を じっくりと観測し、自身のアルバチャスの記憶域に視覚データとして保存した。
…………。
「 中遠距離において 真価を発揮する小銃型デバイス……。
Rebel React Gun( レヴル・リアクト・ガン )、略称 R,R,G( アール・アール・ジー )
接近戦に特化した半面、絶大な出力を持つ小剣型デバイス……。
Law Light Edge( ロウ・ライト・エッジ )、略称 L,L,E( エル・エル・イー )
どちらも 想定通りの効果を発揮しているな。
これなら、エヌ・ゼルプトとの戦いでも 対応出来る日は近いか……。 」
…………。
データ収集の傍ら……。
既存の アルバチャスとは異なる、レヴル・ロウの特徴と付随する運用が、天瀬十一の脳裏に浮かぶ。
…………。
……。
量産型レヴル・ロウは……。
使用者の適性や 班編成の都合に併せて、
2種類の中から 予め取り決めた片方のみを 選択して起動する仕様になっいる。
…………。
武装の種類は 本来のアルバチャスよりも少なく……。
1人の班員が扱い続ける武装は、基本的に どちらか片方のみに成る為、実際に扱う武装は限定されるのだが……。
その分、個別に割り当てられた立ち回りや、役割は習得しやすい。
…………。
汎用型ならではの長所である。
…………。
小銃型の R,R,Gであれば、編成を整えて行う掃射や、射撃による陽動や援護が主軸になり……。
小剣型の L,L,Eであれば、乱戦を防止する為の各個撃破や、格闘戦による戦線の意地……。射線の確保が基本動作だ。
…………。
どちらの武装デバイスを扱うにしても……。
銃剣付き 特殊小銃 W.C.P.Sの、使用経験が活きる動作で 取り回しが可能な為……。
経験の浅い人員でも、無用な混乱を 最小限に抑えて戦う事が出来る。
…………。
これらは仮に、code-19や code-16の統制機能を使用しないにしても、メリットが大きい。
どんな人物でも、安心して戦闘面での熟練度を高められるのだ。
…………。
……。
この 2種類の武装デバイスの特性は、班の特色にも柔軟に組み込まれている。
…………。
例えば……。小剣の扱いに重きを置いた班や、小銃の扱いに特化した班……。
それらの中間に該当する バランス型の班……。
…………。
計 3種類の編成が設けられている。
…………。
……。
第四班は……。変化する戦況に対応出来るよう……。
小剣編成と 小銃編成が 10名ずつで 均一になるよう考えられた バランス型に該当しており……。
実動班でも 年齢が若い 恵花界が四班長に選ばれた理由も、これに関連していた。
…………。
年齢以上に冷静な資質と、得意な武装に偏りが無い器用な面が評価されたからこそなのだ。
…………。
……。
天瀬十一が 一巡りの思案を終えて……。
バベルの情報武装 アルカナ・サーチを利用し、他の地域で交戦中の 各班の様子を 確認していく。
…………。
近接武装と 格闘戦に特化した 第一班と……。班長の 木田郷太(キダ ゴウタ)。
均衡のとれた戦力の 第二班と……。班長の 大代大(オオシロ マサル)。
銃射撃型のみで編成された 第三班と……。班長の 伊世伝次(イセ デンジ)。
…………。
いずれにしても 各地域での戦況も良好なようで……。
ニューヒキダ全体に出現した ピップコートを相手に、順調な戦闘処理が進行しているようだった。
…………。
……。
当初の運用よりも、数名ずつ多い班編成に成っているのだから問題が有る筈もない。
ペイジ型の ピップコート程度ならば苦戦はしないだろう。
…………。
本来……。
第五班目に相当する 20名は、班長適任者不在により 天瀬十一が指揮する事に成っているが……。
当面は 各班の補強戦力兼、安定した経験の充足を目的として 5名ずつで分配。
第一班から 第四班に編入させる形になっている。
…………。
ならば 円滑に事が運ぶのも当然だ。
…………。
「 恵花 四班長。
当初の予定通り、この区画の戦闘処理が完了したら、例の捜索任務に移ってくれ。 」
「 承知 致しました。
後ほど 所在不明のアルバチャス 2名と、元 特務開発部長……。天瀬慎一の捜索を実行します。 」
…………。
恵花界への命令下達を終えると、他の区画で行動している班長にも個別で指示を送り……。
神地聖正と話し合って取り決めた、優先事項の遂行に移行させた。
…………。
……。
優先事項は 3つ。
1つ……。デバイスを所持したまま 姿を消した 丹内空護と 有馬要人の捜索。
1つ……。丹内空護と 有馬要人が所持していた デバイスの回収。
1つ……。エイオスとの何かしらの繋がりが 示唆されている 天瀬慎一の捜索。
…………。
3つの優先事項は、戦闘処理の合間に優先的に行われており……。
この日も各班に担当を分けて、ニューヒキダの至る所の捜索が進められる。
…………。
……。
戦闘処理が行われた地域の周辺を 重点的に捜索し、捜索してない地域を日々洗い出していくのだ。
…………。
この日の捜索箇所を除くと……。
残す地域は、G 地区、H 地区、J 地区、K 地区、L 地区。
…………。
全て ニューヒキダの外周地域に位置する郊外の地区であり……。
中心部の地区に比べると 都市開発も控えめで、自然環境が多く残っている。
つまり、どの地区も 捜索活動の進捗状況は進展しにくい地区ばかり。
…………。
滑走機能や 情報武装によって、意思疎通を円滑に行える アルバチャスの主要機能を もってしても進展が遅い地区だ。
…………。
……。
天瀬十一と 第四班が、E 地区での最後の捜索作業を進めていると……。
見覚えのある青い光の集約が再発し、先程戦った エイオスと同種のペイジ型が出現する。
…………。
しかし、その数は 倍になっており、片手で数えられる程度だが、杖の性質を持った ナイト型も加わっていた。
…………。
厄介な事に……。
同様の状況が、他の班の活動地区にも出現しているようだ。ピップコートの増援だろうか。
…………。
突如出現した 怪人達の強襲に、第四班のレヴル・ロウの殆どは面を喰らい、浮足立ってしまう。
…………。
恵花界は、そんな中でも早々に動き出す。
ピップコートに、射撃と殴打を叩き込み 3体のペイジ型を 迅速に爆散させた。
…………。
更に、怪人の爆発で注目を集めた機を逃さず、緊急時での指示を 第四班全体に行き届かせる。
…………。
「 各員。戦闘態勢に入れ。
射撃編成は陣形を造り、弾幕で敵の動きを制限して消耗させろ。
近接編成は射線上に敵を押し込むんだ。
多対一での各個撃破も忘れるな。
着実に数を減らせ。 」
…………。
第四班は 恵花界の言葉で 意識を切り替えて、想定通りの編成で攻勢に出る。
多数のピップコートを相手に、恵花界からの 指示通りの挙動も 忘れない。
…………。
それでも……。
先程よりも多い物量による差異と、未だ交戦経験が少ない 空飛ぶ騎士には 手を焼いているようだった。
空中の杖騎士が 放った火球によって、散発的に 地面が吹き飛ぶと 陣形が崩れそうに成ってしまう。
…………。
『 Barrage Armed !! Function !! Cup !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! カップ !! ) 』
『 Hover Chaser !! Function !!
( ホバー・チェイサー !! ファンクション!! ) 』
「 恵花 四班長。
そのまま、戦闘を続けるんだ。
空を跳ぶ 騎士は 全て俺が引き受ける。
この地区での 戦闘を早々に終わらせて、他班の救援に向かうぞ。 」
…………。
天瀬十一の アルバチャスの武装機能と……。
滑走機能の 動作音から数秒も経たずに 数体のペイジ型が爆散し、雷の弾丸が 空を飛翔する杖騎士達に命中した。
…………。
威嚇射撃に 杖騎士達が全て引き付けられて、第四班が交戦している地域から距離を広げていく。
…………。
……。
バベルは B.A.Cupによる 射撃を継続し……。
近くのペイジ型の ピップコートの 1体を補助アームで掴むと、杖騎士が密集する中空に目掛けて投擲した。
…………。
投げ飛ばしたペイジ型に目掛けて、継続的に 数発の雷の弾丸を撃ち込んでいく。
…………。
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Cup Pentacle !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! カップ・ペンタクル !! ) 』
…………。
塔のアルバチャス code-16-から放たれた極まった雷撃の弾丸が 閃光を発生させた。
空中で電圧を高められた続けたペイジ型に被弾すると、過度の電位差によって スパークが発生する。
…………。
電圧差によって産まれた閃光は、美しい樹形のリヒテンベルク図形を作り出したのだ。
雷鳴を轟かせる樹形は、周囲の杖騎士達に枝葉を伸ばしていくと、一瞬にして飲み込んでいく。
…………。
……。
残りの怪人は ペイジ型のみとなり、離れた位置で戦っている第四班にも 勝機が見えるだろう。
天瀬十一が そんな風に目算を立てると、自身のアルカナサーチが何かを知らせる。
…………。
……。
第一班の、木田郷太の元には、灰色の翼の天使型が……。
第三班の、伊世伝次の元には、特異な姿の遺物型が……。
……事態は急を要する。これらは恐らくは 新手のエヌ・ゼルプトだろう。
…………。
特徴から察するに、第一班が交戦しているのは、節制のエリアイズ。
第三班が交戦しているのは、運命の輪のセドネッツァ。
直ぐにでも、救援に向かいたいが……。
…………。
天瀬十一 自身の目の前にも、新手のエヌ・ゼルプトの 1体が現れたようだった。
…………。
「 神地さん からの話通りなら こいつが相当するアルカナは 吊るし人。
天使型のウロド……。 」
「 オマエ……。ウロド ノ コト シッテル……。
シレン ノ エイユウ ダナ ?
オレ エイユウ ヲ バッスル ヤクメ。
オマエ SHI・NE。 」
「 なるほど……。こういうのが沢山いる訳か。 」
…………。
天瀬十一の視界に映るエヌ・ゼルプトは……。
神地聖正から聞いていた、天使型のイメージとは離れた印象だった。
翼と思われる部位も貧相で、とても天使には見えないが、過去の大災害を起こした怪人としてならば、納得できる外見と口ぶりだ。
…………。
凶事の塔が……。雷鳴を打ち出す聖杯銃を握り直し、目の前の 吊るし人に相対する。
………………。
…………。
……。
~平等に回れ反逆者~
3種類の 新手のエヌ・ゼルプトが出現してから数分が経過する。
天瀬十一は……。アルバチャス code-16- バベルの機能を巧みに使いこなし……。
情報の少ない 吊るし人のウロドを 相手にしても、平静を保って戦闘を行っていた。
…………。
この数分間で得た情報と 状況を整理する。
…………。
……。
数分前……。
自身が交戦しいる、吊るし人のウロドも含めて 計 3体のエヌ・ゼルプトが出現した。
…………。
まず……。エヌ・ゼルプトは、ピップコートと比較して 遥かに危険なエイオスである。
事態は急を要するが……。
3箇所に分散して 出現したのならば、直接 各地へ救援に向かうには時間が掛かり過ぎてしまう。
…………。
新設されたばかりの 彼誰五班の手にも余るだろう……。予測される各地域への被害も 間違いなく甚大だ。
…………。
ならば……。
極力、各地で時間を稼がせて、救援に向かうまでの生存率を高める事を優先させるべきだ。
一定の被害を 前提に……。それ以上の被害を抑える為の行動を……。正式な指示として行き届かせる。
…………。
ウロドを 第四班と共に共闘して、対処する手も有るが……。
乱戦では 予測に反した不意な状況が仕上がる可能性も捨てきれない。
…………。
今の戦歴の浅いレヴル・ロウには、情報の少ない エイオスとの真っ向からの交戦を避けさせて……。
前線を下げつつ 後退させる方が適しているだろう。
…………。
想定外を重ねて 事態の悪化を 加速させる方が危険だ。
…………。
それに……。
先程のピップコートの出現で、避難等は最優先で行われているのなら、優先すべきは 戦地に立つ班員の命だ。
…………。
第一班と第三班は……。いずれも武装手段が偏った特化型の班編成でもある。
第一班には第四班を……。第三班には第二班を……。
それぞれの活動地域の近い班を 救援に向かわせて、数による防戦で時間を稼いでもらう。
…………。
既に、神地さん にも連絡は済ませている。
自分自身が、目の前の ウロドさえ撃破し救援に向かえば……。被害を最小限に対処が間に合う筈だ。
…………。
……。
塔のアルバチャスは、今後の戦況をも 想定し 考えをまとめると……。
今 交戦している エヌ・ゼルプトに集中しなおす。
…………。
……。
どうやら ウロドは、中距離からの 広範囲攻撃が 得意なようだ。
四本に 枝分かれした 特殊な鞭を乱雑に振り回しては、反射的に暴れている。
…………。
身のこなしは軽いように見えるが、まるで野生の動物を彷彿とさせる動きだ。
…………。
四又の鞭は、見た目以上に伸縮 出来るようで 危険ではあるが、脅威としては弱い。
使用者が 反射的に動くだけの この エヌ・ゼルプトならば……。別段 苦戦する可能性は薄いだろう……。
…………。
簡易的な 戦況の着地点についての予測だ。
更に言及するならば……。このエヌ・ゼルプトは、あまり知能が高い種ではないのかもしれない。
完全な 決めつけは 控えたとしても……。問題は無いだろう。
…………。
……。
天瀬十一は 思案を巡らせて……。淡々と 相手の行動を見極める。
…………。
目算での ウロドの 対応範囲外を維持し、B.A.Cupによる射撃と、ホバー・チェイサーによる滑走で機を伺った。
バベルから放たれる、雷の弾丸の 十数発目が命中する。
…………。
「 ヌウウウゥ。オマエ ズルイ。
ザイニン ノ クセニ……。
ハナレテ ニゲテ ヘンナ カミナリ ヤメロ。
……オマエ SHI・NE。 」
「 敵対してる相手に 言われた事を実行して、不利になる馬鹿はいないよ。
それに……。この攻撃も 効いてるんだろ ?
アルカナ係数の低下と、密度の揺らぎが確認出来ている。
華奢な 見た目にしては、耐久力が高いようだけど……。こっちも忙しいんだ。
アウトレンジから 一気に決めさせてもらう。 」
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Cup Pentacle !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! カップ・ペンタクル !! ) 』
…………。
塔のアルバチャス code-16- バベルは……。固有機能によって 雷のエネルギーを弾丸に込める。
雷撃の球体を B.A.Cup の銃口に形成し、自身の胴体すらも覆う大きさにまで成長させた。
…………。
この間にも 滑走で絶えず移動し、ウロドからの反撃も許さない。
…………。
天瀬十一は、静かに引き金を握り……。明確な射撃の瞬間を 気付かせる事もなく、雷球を射出した。
…………。
轟音の雷鳴弾が……。片翼の天使 ウロドに 命中する。
…………。
「 ヌウウウゥウゥウゥン !……グゴオッ !
ザイニン ノ クセニ……。
ザイニン ノ クセニ…… !ザイニン ノ……………………。 」
「 俺は 五月蠅くて、頭の悪い奴が嫌いなんだ。……悪いね。 」
…………。
ウロドは、強大な雷球に包まれていった。
…………。
天瀬十一は滑走を止めて、視覚データの収集に努める。
今は緊急を要するが……。
ここで見届けるのにも……。理由はあった。エヌ・ゼルプトが 相手なら、どんな情報も只、捨てるには惜しい。
…………。
情報収集の傍ら、各地域で活動している 彼誰五班の現況の 確認も並行した。
…………。
……。
吊るし人の エヌ・ゼルプトが居た地点には……。
未だに 雷エネルギーが ドーム状の半球型で存在し、空気と半球の境目を干渉し、音を鳴らしている。
…………。
これ程の電荷に まみれれば、ひとたまりもないだろう。
だが、新手のエヌ・ゼルプトが 相手ならば 出し惜しみなどは出来ない。
…………。
……。
天瀬十一は、今の戦闘処理において 入手した情報にも目を通していくが……。
流し見 程度でもわかる通り……。ウロドの耐久力は想像以上のようだ。
…………。
収集されたデータを 裏付けるかのように……。
……思いもよらない合図が返される。
…………。
電荷が 音を鳴らす中でも、轟音を上回る声量の雄たけびが上がり……。周囲に なんらかの影響を及ぼしたのだ。
…………。
「 ヌウウウウウウウウウウウウウアァア…… !! 」
…………。
天瀬十一が瞬きをしたか どうかも曖昧な一瞬だった。
…………。
先程までの 景色が一変したのだ。
余りにも唐突で……。何が起きたのか 予測すらも遅れた。
…………。
「 これは……。どういう事だ…… ? 」
…………。
気がつくと、視界に映る景色の上下が逆転している。
…………。
「 いや……。違う。逆転しているのは……。俺の方なのか…… ? 」
…………。
片方の足首が 何かに括りつけられて、そこを起点にして 身体が宙ぶらりんになっている感覚だ……。
まるで……。タロットカードの 吊るし人の絵柄と同様の……。刑死者のような……。
…………。
つまり……。
…………。
天瀬十一の予測が 辿り着く頃合いと ほぼ同じくして、事態の現況と思われる存在が話しかけてくる。
…………。
「 オマエ ザイニン。ザイニン ハ ツルス。
ツルシタ ザイニン ハ ムチ デ ウツ……。コレガ ジョウシキ……。
オマエ タチ 非 ジョウシキ。 」
…………。
ウロドが片手に持っている 四又の鞭を振りかぶった。
四本に分かれた先端が 風を切って音を鳴らす。
…………。
「 こんな小細工で……。 」
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Cup Sword !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! カップ・ソード !! ) 』
…………。
天瀬十一は、即座に 武装機能を起動した。
刀剣型武装 B.A.Swordで 鞭を切り払い……。B.A.Cupによる射撃での反撃も 同時に行う。
…………。
code-16-からの 銃射撃は ウロドに命中したらしい……。
気がつくと 天瀬十一の両脚は、地面に設置し……。先程までの異様な状態から脱していた。
…………。
……。
異様な状態は、継続時間こそ短く情報としては、絶妙に頼りない。
…………。
実際に、吊るされていたのか……。
感覚だけを 誤認させる類(たぐい)なのか……。どうにも 調子を狂わせる。
…………。
天瀬十一は、もう一度 滑走機能を発動させて、目の前のエヌ・ゼルプトとの交戦を再会させた。
…………。
「 吊るし人……。只の エヌ・ゼルプトではないと言う事か。
まずは、奴の特性を探らなくては……。 」
…………。
彼誰五班への救援を急ぎたい反面……。
新手の エイオスの 手の内は わからず……。想像以上に厄介だと わかった。
…………。
撃破するには 充分な度合いの攻撃をしたつもりだったが、何か裏が有るのか……。
…………。
「 ザイニン ハ ウロド ガ ニガサナイ。
ニゲラレル ト オモウ ノハ オロカモノ。
ザイニン モ オロカ モノ モ……。ウロド ガ ツルシテ ムチ デ ウツ ! ムチ デ ウツ !
ムチ デ ウツ !ムチ デ ウツ ! SHI・NE。 」
「 こんな奴に……。俺が…… ?……なめるな !! 」
…………。
不意討ちは 先程の 1度きり……。
以降……。今のところは 問題なく戦況を組み立てられている筈だった。
…………。
塔のアルバチャスは、B.A.Swordで 切り付け……。B.A.Cupで 銃撃も浴びせている……。
更に、補助アームによる 重い殴打も 数発見舞っているのだ。
…………。
相手の攻撃も 適時 回避し……。受け流しては、有効打を防いでいる……。
にも関わらず ウロドの勢いは一向に衰えない。
…………。
天瀬十一は、刻々と過ぎ去る時間と、思い通りに進まない戦況に焦りを覚える。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
塔のアルバチャスが、吊るし人の エヌ・ゼルプトと交戦している頃……。
…………。
恵花界が 班長を努める 第四班と……。
大代大が 班長を努める第二班は、それぞれに 救援先の班と合流を果たしていた。
…………。
……。
しかし……。合流こそ果たしたものの、第一班も 第三班も 悲惨なもので……。
どちらも既に、数人の班員が 命を落とし、半数が戦闘不能な状態だったのだ。
…………。
……。
運命の輪を司る エヌ・ゼルプト……。セドネッツァと 交戦していた 第三班は、射撃を専門とする編成である。
…………。
交戦を 始めた当初こそ、隊列を組んだ集団での弾幕を基調に、ピップコートを早々に片づけて……。
高まった士気を 呼び水にして 掃討射撃へと移行させたのだ。
…………。
無数の弾丸を見舞い弾幕を張るが……。
…………。
セドネッツァの特性だろうか、一瞬にして隊列を崩す程の、不確定な何かを行われてしまう。
…………。
これによって、数人が 吹き飛ばされたかと思えば、数人は急速に引き寄せられており……。
虚を突かれた間に、その数人が針状の武器に刺突されてしまっていた。
…………。
これをきっかけに、射撃専門チームの出鼻は挫かれ、行動指針すらも揺らいでしまう。
…………。
……。
節制を司るエヌ・ゼルプト……。エリアイズと 交戦していたのは……。
第一班だが……。近接武器と格闘戦が専門の武闘派が 揃っている 精強な班編成だ。
…………。
こちらも、ピップコートとの交戦は既に、手慣れたもので 順調に撃破していった。
灰色の翼を持つ天使の出現にも、臆する事は無く……。連携のとれた 白兵戦を仕掛けたのだ。
…………。
そんな中……。豪胆な 第一班の面々にも、エヌ・ゼルプトならではの 特性が襲い掛かった。
…………。
エリアイズが何かを行うと、セドネッツァとは逆に、殆どの班員の身動きが重くなる。
…………。
カシュマトアトルの赤い霧とは異なり……。
身体中に何かしらの変化も見られないし、視認 出来るような 他の現象も見当たらない。
…………。
不思議な事に、身動きが重くなった班員は軒並み、空中でも行動を制限されていた。
…………。
エリアイズが行った、何かを空中で受けてしまったからなのか……。
空中で 行動を制限されている班員だけは、まるで 重力が存在しないようで……。
一定の中空から 落ちる事すらも出来ず、その場に留まっている。
…………。
手足は 当人の意思で 普段通りに動かせるようだが……。中空に取り残され続ける独特な 景色は異様だった。
…………。
こんな状態では、灰翼の天使から 一方的に殴られるばかりである。
1人ずつが、的にでも成っているようで……。防ぐ手段も反撃の手段も 無いに等しい。
…………。
殴打の 1つで絶命してしまったものも、数人 出てしまったようだ。
…………。
地に足がついている班員も……。中空に留まっている班員も……。等しく標的として見積もられているのだろう。
標的に成らなくなった者は、意識を無くして その場で 力なく項垂れている者だけである。
…………。
……。
運命の輪……。セドネッツァには 第三班 班長の伊世伝次が……。
節制……。エリアイズには 第一班 班長の木田郷太が……。
…………。
辛うじて 立ち向かい、疲弊する自身の班を庇い、抵抗している程度が精一杯である。
…………。
第三班への救援に訪れた 第二班と……。第二班 班長の大代大が……。
第一班への救援に駆け付けた第四班と……。第四班 班長の恵花界が……。
…………。
これまでの情報共有を 迅速に終わらせて……。共闘する姿勢を整えては 身構えた。
…………。
……。
高望みは出来ないかもしれない……。それでも、この場で戦う 実動班として……。
可能な限り 持ちこたえる。
…………。
APCが 保有する 最新の 単独武装対策兵器……。
太陽のアルバチャス code-19-……。アポロン……。
塔のアルバチャス code-16-……。バベル……。
…………。
これらを 駆る 2人の 人物の救援が……。エヌ・ゼルプトとの戦いの 矛先を変える筈なのだ。
…………。
……。
節制の エリアイズ……。
運命の輪の セドネッツァ……。
吊るし人の ウロド……。
新手の 3体の怪人達は 個々に 別の場所で 被害を及ぼしているが……。
その脅威は 確かなもので……。エイオスの中でも一線を画するようだった。
…………。
3体の脅威との戦いは まだ 始まったばかり……。ニューヒキダの各地で 戦塵が舞い、腥風(せいふう)が漂っていく。
………………。
…………。
……。
~……輝く明星~
3体の新手……。
エリアイズ、ウロド、セドネッツァが 出現するよりも、少しだけ前。
…………。
調度、各地に ピップコートの増援が現れ始めた頃合い……。
K-15 地区の一角、人通りが少ない広場にも、ピップコートが大量に出現する。
…………。
……。
現れた ピップコートは、彼誰五班が 交戦している組み合わせと同じで……。
ワンド・ペイジ……。ソード・ペイジ……。ワンド・ナイトの 3種類だったが……。
…………。
K 地区には以前、マーへレスが出現した過去から、広場周辺を行き交う人々に恐怖を思い出させた。
その過去とは……。剣と王のスートを持った 強力なピップコートが出現した日の事だ。
…………。
人通りが少ないとはいえ、逃げ惑う人々は、近くのシェルターを目指して走りだす。
…………。
……。
ニューヒキダに 新たな ヒーローが導入されてからというもの……。
怪人の出現頻度の増加も……。1回に出現する数も増加傾向に有るのだと……。
噂としては 出回っているが 完全には 浸透していない。
…………。
多くの人々が 逃げ惑う中……。
広場の端の方で 1匹の やせ細った犬が身体を丸く縮めて、背の低い植木の草間に身を隠していた。
飼い主の いない野良なのか……。
何処かから逃げてきたのかも わからないが、走って逃げ去る様子は見えない。
…………。
広場では 時間の経過に比例して、ピップコート群が無差別に暴れ その範囲を広げていく。
…………。
やせ細った犬が、静かに目を瞑ると……。
ピップコート群の前に、1人の青年が割って入り そのまま立ちはだかった。
…………。
青年は、頑丈そうな 衣納(いのう)を背負っており……。
衣服の所々には 植物の種がくっついて、靴に至っては泥がこびりついている。
…………。
あまり……。良好な身だしなみでは無いが そんな事は関係なく……。
この青年が 漂わせる空気が、やせ細った犬を安心させたようだ。
…………。
良好な身だしなみではない 青年が……。身を丸めた犬に 話しかけた。
…………。
「 ……逃げられないんだな ?……わかった。 」
…………。
青年は 短い言葉で、話し終える。
衣納を 肩から降ろして、やせ細った犬が その陰に隠れられるように地面に置いた。
…………。
静かに呼吸を整えて、片手に持ったデバイスを握る。
…………。
「 起動……。 」
『 Arbachas code-0- !! The Stupid Function !!
( アルバチャス コード アイン !! ストゥピッド ファンクション !!) 』
『 Hover Chaser Function !!
( ホバー・チェイサー ファンクション !! ) 』
…………。
青年は、赤と黄色の装甲で身を包み、慣れた様子で 滑走機能も 動作させる。
…………。
ストゥピッドが、迅速な ホバー走行で立ち回り……。この場にいる全ての ピップコートを殴打や連脚で圧倒した。
青年 有馬要人は……。
先程、衣納を置いた位置から……。適度に戦地が遠ざかった事を目視で確認する。
…………。
どうやら、あの場所に 残っている怪人はいないようだ。
…………。
「 よし…… ! 」
『 Barrage Armed !! Function !! Pentacle !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ペンタクル !! ) 』
…………。
青年は 自身の身を包む エネルギーを 活性化させると……。
鮮やかな 徒手空拳と 跳び蹴りで、周囲の ピップコートを全て爆散させた。
…………。
アルバチャスの システムを解除し、自身が 衣納を置いた位置まで戻る。
行き場の無い犬は、無事だったようだ。
…………。
しゃがみこんで、様子を見ても……。真新しい外傷等は見当たらない。
…………。
「 良かった……。 」
…………。
やせ細った犬の表情は 安心しきったように見える。
青年も、柔らかく口角を上げて 優しい表情を返した。
…………。
……。
程なくすると……。
やせ細った犬は 立ち上がり、多くの人々が 逃げていった シェルターの方角へ歩き始める。
…………。
犬が座っていた場所には、何かが落ちており……。
青年が これに気がつくと、犬は力強い鳴き声で 合図を贈った。
…………。
有馬要人は、やせ細った犬が身体の下に しまっていた物を拾い上げる。
…………。
やせ細った犬は、確かに 青年と視線を合わせて、先程と同じように合図を送ると、立ち去っていった。
…………。
「 こういう、つもりは無かったんだけどな……。
けど、その気持ち……。受け取るよ。 」
…………。
青年は、やせ細った犬からの感謝の気持ちを しっかりと心の奥に納める。
とても賢そうな顔をしていたように見えた。
…………。
やせ細った見た目とは 異なり、足取りもしっかりと力強く……。自力で どうにか出来たのかもしれない。
青年は、もしかしたらの 可能性を頭に過らせて……。
受け取ったばかりの感謝の気持ちを、改めて 眺める。
…………。
「 ドリームキャッチャーか……。懐かしいな。
ここだけ……。羽根が取れてる ? 」
…………。
久しぶりに見た、悪夢避けの御守りに懐かしさを覚えた。
…………。
ニューヒキダに 来るよりも、昔の事を思い出して 少しだけ郷愁に浸るが、直ぐに これをしまい込む。
衣納の収納部の口を閉じて、自分自身も別の場所を目指そうと思い立つが、近くから妙な気配を感じた。
…………。
地面に衣納を置いたまま、後方へと振り返ると……。見覚えのある姿が 視界に入る。
…………。
赤い体表を持ち……。過去の 22災害では最も意図の わからない行動をした存在。
…………。
「 お前は……。真紅の…… !俺に用か…… ? 」
…………。
見た感じでは、両手に武器も持っていないし 強烈な敵意も 殺意も感じられない。
…………。
だが、何の用も無く 現れるような存在では無いだろう。
この怪人の行動は、光の試練に関連が有るのか……。
…………。
有馬要人は、何が起きてもいいように、デバイスを片手に握り 身構えた。
…………。
「 愚者よ……。愚者として、進むつもりなのだな…… ?
鍵を持ち……。彼の者に並ぶつもりか……。 」
「 光の試練の事か……。
俺は、神地さん と 十一さん が 何をしようとしているのか、俺の目で確かめる。
もし、2人が 誰かを傷つけるような 選択を選ぶつもりなら、俺が全力で止めて見せる !! 」
「 試練の英雄に仇をなすのか……。
ならば……。その意思、示して見せよ。 」
…………。
青年 有馬要人は、再び A-deviceを動作させた。
…………。
無意識のうちに、ニューヒキダでの日々が頭の中によぎる。
数々の経験と……。これまでに関わった人達との思いが 強い力を湧きあがらせる。……そんな風に思えた。
…………。
「 ……起動 !! 」
『 Arbachas code-0- !! The Stupid Function !!
( アルバチャス コード アイン !! ストゥピッド ファンクション !!) 』
…………。
ストゥピッドと 対峙している、真紅の戦士は 未だに武器も構えず 威風堂々と立っている。
両者は……。何を言うまでも無く、互いに武器は持たないまま、格闘戦を始めた。
…………。
以前……。始めて 真紅の戦士と戦った時とは異なり……。
…………。
カシュマトアトルは、あしらうような無碍な振る舞いは 一切なく……。
拳で 有馬要人との戦いに応答している様にも見える 戦いぶりだ。
…………。
……。
肉薄した攻防は激しく……。そして、長くは続かない……。
…………。
互いに 上段蹴りを ぶつけて、その衝撃でよろめき、双方が共に少しだけ後ずさった。
…………。
空気は 張りつめて、臨戦態勢は続くが……。
真紅の戦士が、木剣を 片方の手に出現させて、赤い霧を噴出させる事で 状況を変化させる。
…………。
赤い霧の発生と、殆ど同時の速さで、有馬要人も 武装を起動した。
…………。
『 Barrage Armed !! Function !! Sword !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ソード !! ) 』
…………。
青年は、決して闇雲に戦わず……。
相手の出方を伺い、あえて 同じテリトリーの手段で戦う心構えを体現してみせる。
…………。
変化に感ずいたのか、真紅の戦士が 木剣で攻撃を行う事は無かった。
…………。
赤い霧からは、以前の青年を 苦しめた蝋(ろう)による攻撃は繰り出されず、大量のピップコートが這い出てくる。
…………。
「 愚者よ……。その 1つの鍵をどこまで使いこなせる ものか……。
英雄に並び 示すがいい。 」
…………。
これだけを 言い残すと……。
ピップコートと 入れ替わるようにして、真紅の戦士は 赤い霧の中に姿をくらませた。
…………。
相変わらず、言い回しに 癖が有り……。どうにも要領を得ない。
青年 有馬要人は、ひとまずの優先行動として、目の前に現れた ピップコートの撃破に目を向ける。
…………。
数は 先程の倍 程度は いるだろうか。
…………。
見たところ……。
ワンド・ペイジ……。ペンタクル・ペイジ が多く……。数体の ソード・キング が混じっているようだ。
…………。
青年は、アルカナサーチから ある事に気がついて 一息に倒しきる方法を選ぶ。
…………。
「 天瀬さん……。DEF 使いますね。 」
『 Device Error Factor !! Cross Function !! THE STAR !!
( デバイス エラー ファクター !! クロス・ファンクション !! スター !! ) 』
…………。
青年は……。
自身の 腰部側面の 新しい起動センサーに触れて、新たに追加された機能を動作させた。
…………。
動作音が 流れると、ストゥピッドの身体を……。薄く優しい黄色の輝きが 包み込み そのエネルギーは安定する。
…………。
……。
黄色のオーラに 包まれた ストゥピッドが行った殴打も……。
B.A.Swordによる 斬撃も……。
…………。
青年の 意思に呼応し、攻撃したい時にだけ、複数の残像に分裂した。
…………。
この残像は、実物に限りなく近い性質を持っているようで……。攻撃手段にも呼応して、反映される。
…………。
……。
殴打や 蹴り ならば、実物の拳や足の周辺に、複数の残像が瞬間的に出現して 影響範囲を増やし……。
たった、1度の殴打や 蹴り が、複数の標的に 複数の打撃として叩き込まれる。
…………。
B.A.Swordによる斬撃ならば……。
まるで 何本もの武器で、並列した攻撃を行っているような、面での攻撃に変化した。
…………。
残像として 複製された打撃や斬撃が、複数の標的への同時攻撃を可能にしているのである。
…………。
ストゥピッドが 行った 残像による膨大な攻撃は……。
それ程の 時間もかけずに周囲のピップコートを爆散させた。
…………。
……。
青年は 自身の衣納を片手で回収すると……。
アルバチャスの解除はせずに、滑走機能で 何処かを目指して疾走していく。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
青年が新たな力で奮戦したのと 殆ど 同時刻頃……。
…………。
L 地区の何処かに 在るカムナ・ベースのメインホールでは……。
天瀬真尋が、淹れたての珈琲 2人分を、トレーに乗せて通りかかる。
珈琲が 入った カップの片方は、天瀬真尋の物で……。もう片方は父 天瀬慎一の物である。
…………。
メインホールのテーブルには、1組の紙の資料が置かれており……。
何となく視界に入った これ が、天瀬真尋を引き付けた。
…………。
女性は 先程も、メインホールは通過したが、こんな資料は無かった筈だ。
…………。
「 誰かの忘れ物かな…… ? 」
…………。
天瀬真尋は、テーブルに 珈琲の乗ったトレーを置いて、資料の中に目を通す。
中身を見れば何となく、誰の持ち物かわかるだろう……。
…………。
もし、父の物なら……。
これから一緒に珈琲を飲むついでに、直接 渡せば問題ない。
…………。
そんな心持で 女性は資料の 中身を黙読した。
…………。
……。
アルベギ族 民話調査資料……。
光の魔物……。アルベギ族の英雄……。カシュマトアトル……。
…………。
「 これって……。 」
…………。
軽い気持ちで、資料の概要を流し読む。
資料の内容には、何処か 既視感を感じた気がした。
…………。
更に 読み進めようと気に成り始めた頃……。女性は 誰かに声を掛けられる。
…………。
「 おっ、真尋ちゃん。お疲れい !
もしかして……。これから博士と珈琲 ? 」
「 巻さん……。お疲れ様です。戻ったんですね。 」
…………。
つい先ほど……。
巻健司は 外の空気を吸ってくるついでに、周辺の見回りに出ていたのだ。
予定よりも 少し早いが、戻ってきたのだろう。
その言動から 特に危険な 異常等が 無かった様子が伺える。
…………。
「 そうそう、真尋ちゃん。この辺で紙の束見なかった ?
テーブルに置いたような気がしたんだけど……。
ああっ。それそれ。……年取ると、置いたまんまにしちゃうもんな。ハハハ。
ごめん ごめん。
俺のだから貰ってくわ。……見てないよね ? 」
…………。
天瀬真尋は、巻健司の いつもの軽い調子と勢いに気圧される。
先程まで 中身を見ていた事を伏せつつ 資料を手渡した。
…………。
巻健司は立ち去り……。資料を持って、自室に消えていくが……。
壮年の男の背中を見届けた後も……。しばらくの間……。女性の頭の奥に 手渡した物の中身が残り続ける。
…………。
2人分の珈琲が 少しだけ冷めていった。
………………。
…………。
……。
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