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定められたもの
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目次
~リセット~
…………。
ぼやけた記憶が 散らかった。
…………。
「 状況は決して良くは無い。
それでも、俺に協力してくれるか ?
俺を助けてくれるか ? 」
「 当然でしょ。班長。 」
…………。
誰かとのやりとり……。これは、自分も どちらかに含まれている。
擦り切れたモノクロみたいに垂れ流されていくだけの……。
…………。
「 ……特記事項は、さっき話したモノで全てだ。
少しでも異変を見つけたら……。 」
「 直接的な 身の危険に晒される前なら、
合流を急いで 可能な限り手がかりを共有する……。
……それが難しい場合は、片方の身の安全を優先して定刻での合流を見送る……。 」
…………。
垂れ流されていくだけの 映像と音のイメージが、直観的に過ぎていく。
過ぎていくだけの直観は、嫌な感情も呼び覚ます。
嫌な感情は、どこかの縁日の 紐くじで引き当てた目当てとは異なる景品のように……。
喜びや楽しさとは かけはなれている。
…………。
悪い冗談だ。
あの班長が合流を見送る程の出来事なんて有る筈が……。
もし、片方が合流できなかった時は……。
…………。
「 ……何が有っても自分の信じる事を信じろ。
それだけだ……。また後で合おう。 」
「 もちろんです。また後で。 」
…………。
また……。後で……。
…………。
嫌な記憶と直観的な感覚が遠のいて……。ぼやけた記憶が離れ……。
周囲の雑音が、聞き流せる環境音から段階的に輪郭を帯びていく。
次第に 意識は澄んでいった。
…………。
「 ……。ここは…… ? 」
…………。
未だにボンヤリと、霞がまとわりついたような感覚で調子が出ない。
青年が上体を起こすと、見慣れない部屋の中の寝台で横たわっていた事に気がつく。
どうやら、この部屋には自分 1人しか居ないようだ……。
…………。
「 そうか……。
確か 真尋ちゃん達と合流して……。
なら、ここが……。 」
…………。
青年 有馬要人(アリマ カナト)は、これまでの出来事を軒並み思い出す。
…………。
あの時は 多くの出来事が重なった。
普段通りの怪人の戦闘処理だと思っていた 戦いは……。
新型のアルバチャスと、量産型の レヴル・ロウ達の出現で様変わりしてしまったのだ。
…………。
神地聖正(カミチ キヨマサ)……。そして、天瀬十一(アマセ トオイチ)……。2人が何を考えているのか……。
……予想すらも まとまらない。わかっているのは……。2人の一面は 自分が知っているものでは無かった。
…………。
太陽のアルバチャスと称する……。神地聖正には 命を狙われ……。
この窮地を救ったのは 剣騎士のピップコート。
共に助けられた 丹内空護(タンナイ クウゴ)の行方は知れず……。
山林の中では、荒井一志(アライ カズシ)や 天瀬真尋(アマセ マヒロ)と再開した。
…………。
……。
巻健司(マキ ケンジ)が運転していた、新しいキッチンカーで連れてこられたのが現在の場所で……。
話によれば……。天瀬慎一(アマセ シンイチ)が用意したと思われる隠れ家らしい。
…………。
天瀬慎一が エイオスやアルバチャスに関連する何かを知っているようで、
ここに連れて来られたのも何かを開示する為なのだとか。
…………。
巻健司は 天瀬慎一と交流が有ったのだろうか ?
天瀬慎一も何故、これまで開示しなかったのだろうか ?
…………。
青年の頭の奥では、これまでの あらましと、そこから伸びる疑問が飛び交う。
最も気がかりなのは……。
…………。
記憶にも新しい……。丹内空護について……。
…………。
……。
明確に断定出来はしないが……。
哨戒行動の直前に取り決めたルールに照らし合わせるなら、
合流を見送る理由は、哨戒行動中の突発的な要因に巻き込まれた事を意味する。
…………。
かつて……。
何度も自身の窮地を助けてくれた班長を、
直接助けられなかった歯がゆさが、毒のように身体中を巡っていく。
…………。
「 ごめん、空護 さん……。俺……。 」
…………。
寝台の上に水滴が零れる。
…………。
「 ……何も出来なかった。……何も。 」
…………。
嗚咽が漏れていた。
最善を求めて行動しても振り回されるばかりで、ほんの少しも何かを出来た気がしない。
熱意が有っても空転するだけで……。
悪化していく出来事の連続は、無力感と罪悪感を ひたすらに育て始める。
…………。
……。
少しの時間が経過し……。空の太陽が、さっきよりも西側に傾いていた。
…………。
涙は止まっても……。
沈んだ気持ちが、抜けきらない中でも……。
…………。
……。
ある人物との受け答えが 思い浮かぶ。
…………。
「 ……何が有っても自分の信じる事を信じろ。
それだけだ……。また後で合おう。 」
「 もちろんです。また後で。 」
…………。
青年が、丹内空護と交わした言葉である。
…………。
……。
今だからこそ 強く……。心の底に思い起こして、自分に言い聞かせた。
静かに瞼を閉じて、ゆっくりと 焦らずに 深呼吸をする。
…………。
「 俺は俺に出来る事を…… ! 」
…………。
有馬要人は寝台から立ち上がり……。
この部屋に 1つしか無い 出入り口の方へと歩き出す。
誰に見られている訳でもないのに、表情は引き締まり 目元に力が籠っていた。
…………。
意を決して……。扉に手を伸ばすと……。
先に 外側から誰かが扉を開けたらしく、そのまま鉢合わせになる。
…………。
扉を開けたのは、天瀬真尋だ。
恐らく……。互いに心の準備が出来ていないまま顔を併せた。
…………。
青年は 自身の心臓が握り込まれて縮むんでいくような 感覚を覚えた。
…………。
「 ……っぅお !!!……ま…… !!真尋ちゃん !?
ビッックリ した……よね ?……ごめん大丈夫 ? 」
「 ……お互い様ですよ。
要人 さん 大丈夫でした ?
少し早いですけど、夕食の用意が済んだ所なので、もし食べられ そうなら……。 」
…………。
天瀬真尋は、廃村で合った時のような実動班の防護ジャケット等は着用しておらず……。
動きやすそうな服装に変わっていた。
…………。
女性の朗らかな表情や……。
空腹を誘う香りで、青年は沈んだ気持ちを少しだけ柔らかくする。
…………。
案内に従って、この隠れ家の中の食事等を行う場所……。ホールに向かう事にした。
道すがらでは、2人は何でもないように言葉を交わす。
…………。
「 覚えてますか ?
要人 さん、キッチンカーから降りて 直ぐに治療を受けて……。 」
「 覚えてるよ。けど驚いた。
真尋 ちゃん のお父さんが、山の中の 秘密の隠れ家に居たなんて……。
医療用の設備も有るし、医療従事者も常駐しているんだもんね。 」
…………。
とりとめのない話をしているようで、自然と互いに共通する話題に誘われる。
いつもの明るい雰囲気が 青年の心情に複雑な感情を思い出させる。
天瀬十一……。天瀬真尋の実の兄の事だ。
…………。
きっと、表に出さないだけで抱えている事も有るのだろう。
…………。
「 そうですよね。
私も知らなかったから……。
巻 さん は、どうして知ってたんだろ。
お父さん も、教えてくれたって良いのに。
あっ !1つくらいは知ってるよ ?
ここは、カムナ・ベースって名前なんだって。 」
…………。
青年が腹の奥で、天瀬十一についての出来事を どこまで話し……。
そして、どう話すか考えている内にメインホールに辿り着く。
メインホールには見知った顔の 巻健司や、荒井一志が夕食の準備を進めていた。
…………。
「 おっ。要人 !!
やっと起きたか。心配したぞ ?
昨日は 治療を受けるなりで、そのまま眠っちまって……。
今日も今日で 夕方だからな。 」
…………。
巻健司は、そんな風に軽い口調で話すと、水の入ったグラスを手渡す。
…………。
「 食べる元気が有るなら……。まずは 水だろ。 」
…………。
いつも捉えどころのない 年の離れた友人だが、特に変わった感じはしない。
有馬要人は 簡単に礼を口にすると、受け取った水を一気に飲み干した。
先程……。
天瀬真尋が 言葉にしたように……。
目の前の友人は何を知っているのか。どうして、この場所を知っていたのか。
…………。
「 巻さん……。
巻さんは、この場所をいつから知ってたんです ?……それに。 」
「 ああ……。それな。
その辺を説明する前に、いろいろ話して もらう方が良いだろうな。
知りたいだろ ?
エイオスの事も、アルバチャスの事も。
後は、これからどうすべきか……。
……とかも含めてな。 」
…………。
ニヒルなミドルは、青年が抱いていた疑問に答える意志を見せつつ……。
話の順番を気にかけているようだった。
聞き覚えは有るが、謎のままに していた出来事について意識が向く。
…………。
「 とうとう、アレの話をするんですか ?
自分も気になりますが、この場に残ってもよろしいのでしょうか。 」
…………。
巻健司の言動に、荒井一志が気にかける。
少しずつ緊迫感が漂い始めるが、巻健司は最優先事項を引き合いに出して、これを先送りにした。
…………。
「 たぶん……。良いだろ。
この街で、関わった全員に知る資格が有ると 俺は思ってる。
けど……。そうだな……。アレの話の前に、先に腹ごしらえだ。
これから何を聞いて……。何をするにしても……。
体力が伴わないと どうにもならん。
一志、真尋 ちゃん、要人も……。
3人とも、俺の特性ブリトーで 栄養取っといてくれ。沢山 用意した。
2時間後かな……。天瀬博士には……。
そのくらい にでも話してもらえるよう、俺から話しとくからさ。 」
…………。
巻健司は、軽い調子で話し終える。
すると、片手に持った 配膳用のトレーに数本のブリトーを よそって姿を消した。
一時的にでも、ゆっくりと食事が取れるように気にかけてくれたのだろう。
…………。
青年 有馬要人は……。
これから知らされる出来事や、ここにはいない人物 達の事も気がかりだったが……。
巻健司の言動にも頷けるものを感じ取り 食事を取った。
…………。
今すべき事……。
これから行うべき出来事に 正面から向き合う気概を固めながら……。ブリトーに齧りつく。
…………。
……。
程なくして……。予定の時刻が近づいた……。
…………。
……。
既に、食事の片付けも終わり……。メインホールには 2人の人物が顔を見せた。
1人は巻健司で……。もう 1人は天瀬慎一である。
…………。
天瀬慎一は……。
天瀬十一や 真尋の父でも有るが……。何を知っているのか……。青年の意識が向く。
…………。
巻健司からは 博士と呼ばれている人物が、
早々に床に膝を付くと額を床に密着させて謝罪の意志を示した。
…………。
「 本当に……。申し訳ない。私は……。
ニューヒキダの あらゆる惨事を引き起こした張本人でもある。
皆、辛い思いをしてきただろう……。
本当に、すまなかった。 」
…………。
後悔と自責の念に 染まった表情や言葉は……。
事態を把握しきれない 3人を困惑させるが、その真剣さに嘘は微塵も混じっていない。
声を絞り出そうにも 上手くいかないのか、不本意そうな抑揚になっており……。
只ならぬ 過去の出来事を連想させる。
…………。
「 今から 私が話す出来事は……。
私と聖正も含めて……。大きな罪を犯してしまった愚かな先人達の話だ。
過去の災害にも大きく関わる……。とある出来事について伝えたい……。
だが……。もし、聞くに絶えないようなら途中で退席してくれて構わない。 」
…………。
そんな風に言い終えると……。どこか深い心持が隠れた眼差しを見せた。
…………。
天瀬慎一は……。
忘れてはならない過去の行いを……。
…………。
少しずつ明確な出来事として思い起こしていくと、当時の感情すらも記憶として呼び覚ましていく。
………………。
…………。
……。
~知恵の実の誘惑~
30年前の、ある日……。
海にも隣接する地方都市の傍ら……。
岩壁が目立つ、ある断層の付近の山間部では……。
1人の青年が、菓子箱程度の大きさの、妙ちくりんな機器を操作している。
…………。
青年の身なりは、お世辞にも整っているとは言えない なりで……。
髪の毛も不格好に伸び散らかし、無精ヒゲも不揃いで、何本もの針金が突き出しているような有様だ。
…………。
「 ……おかしいな。今度は何処を直す ?
問題点が有るなら、改良の余地が有るって事だ。
とどのつまり、まだまだ向上させられる事を示唆している。
失敗は成功の父母……。コイツは未来を造る希望の子だ……。
直ぐに動かしてやるぞ UE探知機。 」
…………。
思っていた通りの動作をしなかったのか、青年は即座に砂利の上に座り込む。
両手の手指を鉄粉や埃で真っ黒にして、妙ちくりんな機器をいじった。
腰に括りつけた工具入れに片手を突っ込んで……。
手元も確認せずに、備品やドライバーを取り出して黙々と作業に いそしんだ。
…………。
砂利の上で座り込む 青年の近くに 何者かの足音が近づく……。
…………。
「 慎一、また やってるのか ?
流石に未知のエネルギーなんて無いって。
仮に有ったとしても……。
都合よく 何処にでも有るような こんな田舎で見つかる訳が無いじゃないか。
それよりも、もう少し身ぎれい にした方が良いぞ ?
これ、いつものだ……。
君の分、ここに置いておくよ。今日も暑い。 」
…………。
見るからに近寄りがたい青年に、誰かが何の躊躇もなく話しかける。
炎天下の中……。
誰かは、涼しげな色彩の ガラス瓶を差し入れると、
手始めに 自分の分を口元に運び、冷たい炭酸水で喉を潤した。
…………。
「 ……ああ。そうそう。
王冠は外して貰ってきたから、早く飲まないと気も抜けるしヌルくなる。 」
「 …………。
今、良いところなんだ……。子供は家で宿題でもした方が良い……。 」
「 勉強ばっかり出来ても、
年相応な友達も 恋人もいない日陰者が よく言うよ。
俺の名前は 神地聖正だ。
それに、こう見えても高校生。子供じゃない。 」
…………。
見知った風な 2人は、いつものように軽く言葉で殴りあう。
義務教育の半分以上の年齢差こそ有っても……。
互いに揚げ足を取り合う間柄の青年と少年は、普段と変わらない調子で言葉を交わしていた。
…………。
「 なあ、慎一。俺は知ってるんだぞ ?
銭湯の帰り道で 待ち伏せだなんてさ……。
相手の事を 少しも考えちゃいないじゃないか。
また唐突な告白で玉砕ってわけか。フラれただろ ?
これで 通算何人目だ ?
何度も話すけど、髪の毛もヒゲも……。そのボロボロの 格好だって……。
相手に自分自身を良く見せる気概が全く見られない。
考えてもみろ ?
自分自身の身なりにすら、気を使えない奴が……。
好感を持たれると思うか ?
それとも ?
まさか君は……。自分が好いてる相手に 恥をかかせたいとかで……。
身なりを整えない趣味でも 持っているのかい ? 」
…………。
天瀬慎一も、神地聖正も 年の近い交友関係を造るのがどうしても苦手で……。
…………。
「 ……ふう。困った奴だな。のぞき見か ?
他人のアレコレに 大層立派な説教を垂れる人間の やる事がソレか ?
自分よりも年齢も立場も上の人間に 生意気な口を聞いたら……。
何か得でも有るのか ?
悪いが……。僕は見た目よりも気概が売りだ。
UE探知機だって、未来を照らす希望の兆しなんだよ。
これを仕上げる僕が 外見で取り繕う暇なんて 1秒もありはしない……。
僕の気分に水を差して邪魔をするなら、世界の進歩は遅れるぞ ? 」
「 ああ……。世界の進歩ね……。
大げさに言ってるけど……。……そうだな。
農業に漁業に建設土木……。
今の日樹田で最も多い産業が この辺か。
慎一が掲げるのは 過疎化してる地域の活性化だよね。
大志を抱くのは良いけど、分不相応な活動は どうかと思うけどな ?
未知のエネルギーだなんて、大学生に成った後も追い求めるもんか ?
そもそも……。
どうして 未知のエネルギーに拘るのさ ?
今、世の中に有るものじゃダメなのかい ?
あ……。今の無し……。 」
「 ……忘れたのか ?アレは確か……。僕が……。 」
「 だから、無しだって !
その話長いんだよ。もう聞き飽きた。俺が悪かった。
……ほら、世界の進歩が遅れるんだろ ?
その……。なんとか探知機 いじりに意識戻して ! 」
…………。
外面から見ると 不仲 そのものにしか見えない口論でも……。
2人にとっては いつもの事で、特に片方が根に持つような事もない。
まるで、宿題すらも後回しにして忘れてしまう夏休みの延長戦にあるような毎日。
…………。
怨嗟の残らない 親しさを持ち続けられる 2人は……。
年月の経過と共に、ある途方も無い出来事に遭遇する。
…………。
……。
数年の時が流れると……。
…………。
……。
うだつの上がらない青年は……。
相も変わらず、生まれ育った地域の山間部で、フィールドワークに時間を使っていたが……。
腐れ縁で交流を続けていた かつての少年もまた、そこに加わっていた。
…………。
1人の青年に 成長しつつある 神地聖正は 天瀬慎一とは対照的で……。
身なりに気を付けては、天瀬慎一の苦手な分野を率先して請け負った。
…………。
数年前までは確かに 身長も低く、子供じみた外見だったのだが……。
十代として過ごすのも今年が最後のせいか、少年らしい面影も薄くなっている。
…………。
綺麗に整った身だしなみで、資金援助の伝手を探し……。
必要に応じて入山許可の申請や、日々の事務作業の補助等も並行して行う日々を過ごす。
2人の青年は、この日までも 互いに苦手な分野を助け合っていたのだ。
…………。
……。
そして……。
ある小さな研究室では……。
連日に渡って、ある資料作りが行われており、今日も すっかり外が暗くなってしまう。
…………。
「 慎一 !!ついに努力が実ったな !!
俺達の……。
いや、俺は途中から加わっただけの 尻馬乗りか……。
けど……。これで明日の準備は完了だ。
こんな田舎でも 地下資源の採掘が進めば、君も日樹田の名前と共に名前が売れる。
そして、経済効果も見込めれば家長としても、これ以上の事は無いだろう ?
本当におめでとう。 」
…………。
友人作りが苦手な 2人は、年齢の差こそ有っても……。
日々の積み重ねから、いつしか交友を深めて……。
血縁とは別の強い信頼を感じられるまでに成っていた。
…………。
「 ありがとう。聖正。
僕も驚いているよ。こんな日が来るなんて……。
もちろん、自分自身を疑っていた訳じゃないんだ。
本当に、今の気持ちを表す言葉が見つからない。
君が 手伝ってくれなかったら……。
今みたいに家族を持つ事も無かったんだろうな。 」
…………。
これまでの数年間では幾つかの変化が有ったが……。
天瀬慎一と 神地聖正の信頼関係以外にも、別の変化が有り……。
その変化の証明は、天瀬慎一のデスクに置かれた写真立てにも見て取れた。
…………。
写真の中では、どこか緩んだ表情の天瀬慎一と 柔らかな表情の女性が写っている。
…………。
「 ハハハ。慎一から そう言われると むず痒いな。
昔みたいに 俺の事を子ども扱いして、毒づいても良いんだぞ ? 」
「 聖正、お前は僕にとっての最高な奴だよ。
明日の調査が終わるまで完全には安心 出来ないが……。
折角だ。軽く前祝いでもしないか ? 」
…………。
天瀬慎一は 浮かれ気味な気分を隠さずに、ある 2本の瓶を取り出した。
屋外からは、駐輪場の薄い金属板の屋根に当たった雨音が聞こえ始める。
…………。
「 どこで買って来たんだ ?
この炭酸水、懐かしいな。 」
…………。
2人にとっての、ソウルフードに匹敵する炭酸水……。
言うなれば、ソウルドリンクである。
…………。
「 偶然 見つけたんだよ。
最近だと 見かけなくなったから。僕も驚いた。
ブドウ味と キンカン味だ……。どっちにする ?
先に選んでくれ 聖正。 」
「 この 2種類……フフッ。
本当に変わり種が面白いよな。このシリーズ。
しかも格別、派手で色が濃い2本か……。
なら俺は ブドウ味を貰おうか。
……というか、オーソドックスな味は いつも選ばないよな ?
そっちの感想は聞かせてくれよ ? 」
「 いつも悪いな 聖正。
それじゃ、これからの未来の成功を祝して……。 」
「 ああ。きっと全てが、上手くいくさ。
何年かしたら、次は一緒に酒でも飲もう。
三尋(ミヒロ)とも幸せにな。……乾杯。 」
…………。
夜の雨は、それ程 長引く事は無かった。
…………。
……。
更に数年の歳月が経過する……。
…………。
……。
幾度となく 空模様も変わり……。
いつかのガラス瓶も ゴミとして改修され……。バラバラに散った。
ある 2人の関係にも変化が 起こり始める。
…………。
「 聖正……。ダメだ。やめよう。
アレは私達が見つけてしまったモノだが……。 」
…………。
少し、くたびれた様子の 天瀬慎一は、旧知の友人に血相を変えて訴える。
…………。
「 そうだ。アレは私達が見つけた。
だから、他の誰かに有用性を知られる前に……。私達が手にするべきだ。 」
…………。
時の流れと共に、白髪も増えていく 天瀬慎一とは対照的に……。
神地聖正は、威風堂々とした空気を漂わせる。
…………。
鋭い眼光は、断固として揺るがない主張を持っているようだった。
その装いも、若い頃より 気を付けているのだろう、すっかり背広姿が様になっている。
…………。
くたびれた白髪混じりは 訴えをやめない。
…………。
「 違う !!ダメなんだ 聖正 !!アレは……。
アルカナの光は……。試練を始めてはダメだ !!
君もアレを見ただろ ? 」
「 この前の調査は……。
……本当に残念だったな。
大車教授が 謎の怪人に命を奪われてしまった。
事故の被害は それだけじゃない。
碑文の解読に同行した調査団も私たち以外は行方不明……。
変な期待は持たない方が良いかもな……。
だが……。
仮に、事実を誰かに話しても 私達の発言なんて信じてもらないだろう。
精神鑑定でもされて、病名をつけられるのが関の山さ……。
警察の捜査も進んでいるらしいが、滑落事故か崩落事故か……。
今頃、日樹田建設も事後処理の根回しで動いてる頃だ。
何かしらの処理をされて、アルカナの研究も取りつぶしになる。
なあ 慎一……。
本当に 俺達が見たのは……。
あの体験は 嘘だと思うか ?幻覚か ?
俺は今もあの化け物達を ハッキリと思い出せる。 」
「 だから、もう一度 あそこに向かうのか ?
聖正、もう やめよう。
あの時、どうして助かったのかもわからないんだ。
碑文通りに 本当に怪物が出るなら 命がいくつあっても足りない。
光の試練が実在する可能性も 否定しきれないぞ。
……私達には、何も出来ない。 」
「 本当に そう思うか ?
碑文通りの事は嘘じゃないかもしれない。
それなら……。
むしろ、試練を始めるべきだ。
本当に、碑文通りの事が出来るのならな……。
何を迷う ?
君が臨んだ、未知のエネルギーなんだ。
ハハハ。念願が叶うじゃないか。
俺は……。いや、私はアレを使いこなして見せるさ。
理論通りなら、まさしく 人類にとっての悲願だ。 」
…………。
珍しく声を荒げた天瀬慎一だったが……。
神地聖正は 即座に切り返して、一方的に会話を終わらせた。
…………。
……。
そして22災害当日……。
…………。
……。
突如 起こった断続的に頻発する地鳴りの中……。
白髪交じりの くたびれた青年は、安全柵の先へと走っていった。
…………。
安全柵で封鎖された出入り口の先には、地中深くまで伸びる 空洞が続いており……。
途中までは、まだ新しい人為的な空洞が続く。
しかし……。
ある一定の場所からは 現代の技術とは異なる要因で仕上がった空洞が ひたすら続いている。
自然の成せる業なのか、それとも別の何かなのか……。
…………。
……。
どちらにせよ……。
地鳴りの影響も相まって 地中の空洞の中では、
不気味な うめき声のような風が鳴り続けて、不安を累積させていく。
…………。
白髪交じりのくたびれた青年 天瀬慎一は……。
妻と 2人の子供達とは行動を別にしてでも、ある人物を探した。
…………。
何故なら……。ある人物 神地聖正は、間違いなく この地鳴りと関係しており……。
地下空洞の奥に居るはずだからだ。
…………。
……。
息も絶え絶えに走る。
…………。
ケイビング用の強力な照明灯で足元や頭上を照らし……。
謎に満ちたの石畳の上を ひたすらに進んで行く。
…………。
どれ程、進んだか曖昧になる頃……。
…………。
最奥部まで辿り着いたらしい。
その証拠に、一切の光の侵入口も無い筈の地底でも、この空間だけが青白い光で幽かに明るい。
…………。
この洞は、未知の光が何故か満たされた場所で……。
日樹田の地底で 何層もの固い岩盤に守られていた未開の地底湖だった。
…………。
何度 訪れても 神秘的な空間だ。
こんなに地上と遠い洞内でも空気は澄んでおり、よどんでいない。
…………。
……。
日樹田 地底湖……。
事の発端は……。都市開発の地質調査で……。
偶然にも見つかった 地下空間の調査に加わったのが始まりだった。
…………。
最初は有識者の末尾に 同行しただけの お情けだったのだが……。
参列者の中で唯一、この不思議な光を エネルギーとして変換出来てしまったのだ。
…………。
……。
天瀬慎一は、この日までの出来事と……。
地底湖に満ちる光について 昨日の事のように思い起こす。
…………。
……。
未知の発光粒子アルカナ。
微細で細かい この粒子は……。
個々が不思議な青白い光を帯びており……。
手に触れると、触れたものの個人差こそ有るが数秒の内に光を失う。
…………。
光を失う直前には色彩が変わる事もあれば……。
発光を強めたり、パルスのように明滅する事もある。
…………。
組成が変わるのか、別の原因なのか……。そもそもの発生要因も元来の性質すらも謎が多い。
…………。
唯一、わかっているのは……。
天瀬慎一が自作した UE探知機 10号でのみ検知する事が出来た事だ。
…………。
天瀬慎一が 研究を進めると……。
安定したエネルギーとして 変換する方法が見つかり、数える程度だが 成功してしまう。
この成功は……。ありきたりな田舎を盛り立てる資源としての展望に直結した。
…………。
期待を形にする為に……。
天瀬慎一と 神地聖正はフィールドワークによる地底湖の調査を増やしていくが……。
単なるエネルギー資源として扱うには、向かない訳が色濃くなっていく。
…………。
アルカナと呼称される粒子は……。
一定の活性値を超えると、避けられない事象が発生してしまう可能性が示唆されており……。
その事象については、空洞内の古い装飾の痕跡から読み取る事が出来た。
…………。
……。
光の試練。
従者を倒し 道をつなげよ。
至れぬ者は 至らぬ者は再起を失う。
試練の英雄 倒れれば、世界が全てを遺失する。
世界へ至れ 思うがまま。
…………。
……。
この言葉が、全て本当だとは思いたくは無かったが、
未知のエネルギーや 既存の歴史には見当たらない謎の多い空洞の中の痕跡は、酷く心臓の鼓動を早める。
それに何よりも……。
たった 1度限りとはいえ、
実際に姿を表した 謎の化け物によって、容易く殺められる調査団を目撃してしまった。
…………。
従者を倒し 道をつなげよ……。
この言葉の従者が、あの化け物を意味するのであれば……。アレは人間が触れてい良いものでは ない。
…………。
……。
天瀬慎一は嫌な胸騒ぎに蹴とばされて友人を探す。
見知った人影を見つけるのには、そこまで時間が掛からなかった。
…………。
「 聖正……。良かった。 」
…………。
思わず安堵の声が漏れる。
…………。
「 君を探しに 来たんだ。
地鳴りも酷い、一緒に地上に……。 」
…………。
友人に歩み寄る途中で、異常な光景を目の当たりにした。
…………。
只でさえ不気味な地底湖の光は蠢いており……。
まるで生きているようにさえ見えてしまう。
…………。
程なくして……。
大量の光が何本もの柱になってに吹き出し……。
立ち上った柱の何本かは中空で折り返し、地底湖を取り囲むようにして、光溜まりの淵に降り立っていく。
天瀬慎一は、腰を抜かしてへたり込んでしまう。
唖然としている間にも、神地聖正との間にも何本もの光の柱が降り立った。
…………。
……。
光の試練。
従者を倒し 道をつなげよ。
至れぬ者は 至らぬ者は再起を失う。
試練の英雄 倒れれば、世界が全てを遺失する。
世界へ至れ 思うがまま。
…………。
……。
咄嗟に、頭によぎったのは、この場所から得た情報だった……。
…………。
気がつくと、さっきまで光の柱が降り立った位置に、不気味な人型の何かが立っている……。
この時の どれもが、後にエヌ・ゼルプトと呼称される存在で、
中でも特に異彩を放つ存在が 友人の近くに姿を表していた。
不気味な存在達は、どれもが生き物なのかすらも わからない……。
…………。
……。
天瀬慎一が 気がつくと そこは地上で……。
始めて 自分が気を失っていた事実に気がつく。
…………。
周囲から悲鳴が聞こえてくる。
…………。
この時 既に……。見慣れた日樹田の景色は 廃墟同然にまで 壊滅し……。
知らぬ間に 赤々と燃える街の中で横たわっていたのだ。
…………。
何が起きているのか想像するにも恐ろしい。
地上には 跋扈(ばっこ)する ペイジ型のピップコートが……。
空には回遊する ナイト型のピップコートが見える。
…………。
何が起きて、今どういう状況なのか、咄嗟には把握しきれる訳がなかった。
…………。
……。
この時わかったのは、大変な……。
人類にとって大変な出来事が起こってしまい。
もしかしたら……。いや、間違いなく……。自分自身にも関係がある 嫌な確信であった。
………。
嫌な予感にかられた くたびれた男は……。
火の粉が降り注ぐ、瓦礫の街を駆けずり回って家族を探し続ける。
…………。
……。
22災害と呼称される、この日の出来事は……。
規模も現象も含めて 超常現象のような突飛さを持ってはいたが、人為的な事が発端といっても間違いではない。
幾つもの連鎖の先に起きてしまった不幸とも考えられるが……。
そんなものは……。只の開き直りだ。
…………。
……。
日樹田が在った地域に残されたのは……。
瓦礫と 焦げた匂いと 遮蔽物が無いからこその強烈な突風と土埃。
…………。
国内外からの支援で、最低限度の居住施設や食料の支援は有るが……。
こんな何もない、何も残っていない土地が……。新たに財政状況を組み立てるには生半可なモノでは無い。
…………。
何を担保に、何を提供して、こんな焼け野原の経済を回すというのか。
運よく、家族と再会出来た世帯にしても……。
怪我も無く未来に時間を投資できる若者達も……。
特大級のハンディキャップを 帳消しにする為に、早々と 日樹田から生活圏を移していく。
…………。
……。
どこかへ身を移すにも体力を要する。
それならば、時間も身体も余裕がある間に行わなくては首も回らなくなる。
…………。
当たり前の事だ……。
…………。
これ程の実害を出してしまったのだ……。
都市開発に関わった各企業も、多くの関係者も口を閉じて少しずつ姿を消していったらしい。
…………。
……。
誰だって、そうするだろう。
誰にも責任なんて、取れるわけがない。
悪いのは誰でもない、謎の化け物達だ……。
…………。
……。
すまない……。悪いのは、私だ……。
………………。
誰か……助けてくれ……。
…………。
……。
それでも、余所に生活を移す気にも成れない人達や……。
転居した後の生活の見通しを立てられない人達は、どうしても一定数 存在する。
思い出したくもない現実と 否が応でも向き合わされる……。
かつての面影が中途半端に残る土地での営みは続く。
…………。
……。
……ほんの何年か前までは、何もない毎日でも嬉しかった。
それも……。今となっては 2人の子供達と共に数秒数分の時間を過ごすだけでもやっとの日々……。
妻も他界し、かつての友人も何処で どうしているのかもわからない。
…………。
……。
……自分のせいだ。
分不相応に頑張りすぎた。無用な事を頑張りすぎた。
…………。
十一……。真尋……。
せめて、2人の我が子を……。妻の分も しっかりと育てなくては……。
…………。
頭の中では奮起の言葉を思い浮かべられても 他で追いつかない。
身を引きずって、穏やかに装って生活するだけで精一杯だ。
…………。
……。
壊滅的な状況の日樹田に怪人エイオスが再び現れて……。
天瀬慎一の目の前に、かつての友人が姿を見せるのは、更に数か月 後の事だった。
…………。
……。
22災害当時……。
日樹田を蹂躙した怪人達は、発生の翌朝には全てが姿を消しており……。
どこか有機的な特徴を併せ持っていたにもかかわらず、生物らしい痕跡も、骨や何かしらの欠片すらも残っていない。
…………。
どれ程の時間が経過しても、再発生する事も無く……。
実際に体験した人でさえ、多くの人間が恐怖から悪い幻覚を見たのだと……。
混濁した共通認識が生み出した産物なのだと、考え方を変え始めるのが当たり前になっていた。
…………。
……。
天瀬慎一も、自分が体験した殆どは幻覚や幻聴で、
妻を失ったショックから来るのだろう。……と勝手な思い込みに 考えを落ち着かせる。
…………。
この土地に残って、細々と生活する人間は殆どがそうだった。
記録すら残らない 壊滅的な被害を受けたからこそ、現実離れした体験は、虚構に結び付けるには 都合が良い。
…………。
……。
心の安寧を目指す人々の心持とは異なり……。
現実に起こった事象の裏付けが現れる。
…………。
1体のペイジ型のピップコートは、人間を簡単に吹き飛ばし、命を奪った……。
かつての恐怖を焼きなおされて……。あの日の出来事は虚構では無いのだと 証明されてしまう。
…………。
……。
なんの対抗手段も持たない人々にとって、これ以上の絶望は無い。
怪人の出現には……。身を潜めて、ひたすら姿を消すのを待つしかない。
再発した命の危険には、故郷を後にする人間の数を増やし、復興すらも更に遅れさせていく。
…………。
……。
それでも、なんの伝手も無く、新天地に生活を移すには……。
……どうも、気が進まない。
支援が有るのが わかっていても、踏み出せない領域も有る。
…………。
悩み続けているうちに、怯えながらでも留まる事に慣れてしまい……。
身を隠して、やり過ごす日々が日常に変わっていった。
…………。
……。
すまない……。悪いのは 私だ……。
…………。
頼む……。誰でもいい……。助けてくれ。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
更に日々が過ぎ去っていく……。
…………。
……。
ある日の日常……。買い物からの帰り道で……。
すり減った靴の爪先が、少しだけ何かに引っかかった。
…………。
月日の経過は……。
罪悪感の焦点をぼかし 奥底の大切な心情をも、過酷な日常で埋没させる……。
…………。
天瀬慎一が 何となく視線を送ると……。
いつかの暑い日差しを彷彿とさせるガラス瓶の欠片が 土中から飛び出していた。
この道は子供達も使う生活道。
万が一でも 怪我をしたら……。反射的な連想だった。考えるまでも無い行動の選択……。
近くの小石で掘り起こして、どこかに捨てようと掌に乗せる。
…………。
天瀬慎一の目の前に ある人物が現れたのは、そんな時だった。
その人物との再会は 実に 22災害ぶりだ。
…………。
「 慎一。無事だったか。本当に良かった……。
なあ、慎一。君は信じるか ?
突拍子も無い事だが……。
光の試練を 知る君なら、私が体験している幻視を……。信じてくれるか ?
あの日の災害以来、私には見えるんだ。
あの怪人達、アルカナの化け物達との戦い方が !……今の日樹田をどうにかできるかもしれない。 」
…………。
神地聖正は目元に薄っすらと睡眠不足の兆候を携えており……。
……記憶の中の身ぎれいな装いも所々で、ほころびが見て取れた。
…………。
そんな みすぼらしい身なりでも……。
久しぶりの知った顔との再会は、暖かく懐かしい陽光のように感じさせる。
…………。
天瀬慎一は判断を鈍らせた。
掌の上に乗った、土のついたガラスの欠片は……。
涼しげな色彩のガラス瓶を思い出させて、戻らない日々の後ろ髪へと すり替わっていく。
…………。
罪悪感と不都合な不幸を……。記憶の隅に追いやると、旧友の言葉を鵜呑みに した。
非現実的な郷愁の裏側で……。
故郷を瓦礫に変えた災害の爪痕が少しずつ色を濃くしていく。
………………。
…………。
……。
~天命~
22災害が発生してから数年の間……。
再会してしまった、天瀬慎一と神地聖正は、青春の続きを歩きなおした。
古い伝手を頼り、間に合わせ程度の小屋で密かに活動を始める。
…………。
「 聖正。これは本当に不思議だ。まるで……。 」
「 そうだろう ?
あの地底湖の粒子が発する光に似ている。
こんな代物、慎一にしか見せられない。
私も何処で手に入れたのか完全には思い出せないんだ。 」
「 あの日……。聖正も 地底湖に いただろう ?
私よりも先についていたのなら、あそこで君が拾ったとか……。
……そういう事では無いのか ? 」
…………。
日樹田の 一帯が瓦礫に変わった日……。
神地聖正もまた、気がつくと地底湖から地上に身を移していたらしい……。
災害から更に数日が経過すると、次第に幻視に悩まされるように成っていったようだ。
…………。
不可思議な現象は、これに留まらず……。
何度目かの幻視の中で手にした 4つの石が実際に自身の掌に握られていたのだとか……。
…………。
4つの石は、それぞれに石の色も異なるが、暗闇でもわかるほど幽かに光を発している。
まるで地底湖で観測された光を発する粒子のように……。
…………。
「 残念ながら そうではない。
少なくとも……。あの日は手元に無かった。
私が この不思議な石に気がついたのは……。
何度目かの幻視から覚めた後だったからね。 」
「 幻視か、君には……。
……アカシックレコードでも見えているのか ?
とにかく、幻視の内容と石について調べなくては始まらないな。 」
「 確か……。
この石の名前は……。マルクト だったか。 」
「 マルクト ?
この 4つが全て そうなのか ? 」
「 ……恐らくな。
この石を手にする直前の幻視で、そういった名前を認識した気がする。 」
…………。
2人の青年は、嬉々として研究と検証、分析を行い……。未知の領域に手を伸ばしていく。
…………。
数か月が過ぎた頃、天瀬慎一は……。
神地聖正からの提案で、改良された UE探知機を使用した。
怪人との因果関係を検証する為だ。
…………。
すると……。
未知の怪人は 身体中にアルカナの光によるエネルギーを帯びている事が判明する。
…………。
「 慎一。あいつらが人知を超えた猛威を振るえるのは……。 」
「 可能性としては……。
軍の重火器や 誘導ミサイルでも、平然としていられるのは、そういった裏があったわけだ。
怪人達は……。
最も効率的に アルカナの光からの エネルギーを抽出する 手段を持っているんだろう。
物理的な干渉から 身を護る為に使えるからこその 脅威なのかもしれない。
こうなったら……。僕らは、もっと調べる必要があるぞ 聖正。
あの怪人達を どうにか出来れば 日樹田の復興は遠くない筈だ。 」
…………。
月日の流れと共に 2人の中で、怪人に名前が付けられる。
未知の発光粒子の光を扱う起源達……。
…………。
Arcana Origin's……。
( アルカナ・オリジンス )
A.O's は略称として、次第に定着していく……。
( エイオス )
…………。
エイオスの 性質の一部が判明すると、彼らと同様に 物にアルカナの付与が出来ないか……。
そんな考えが 神地聖正から発案される。
…………。
天瀬慎一も、これに興味を持ち……。
いつもの幻視による情報を元にして、小さい物で試行錯誤を繰り返した。
…………。
……。
試行錯誤の末……。
小銃用に使えそうな弾丸の加工に成功すると、神地聖正が調達した小銃で更に試験を繰り返す……。
…………。
そしてついに……。
アルカナの光のエネルギーで コーティングされた弾丸と、銃剣が完成する。
…………。
懐かしい炎天下の下の 青年と少年の頃から……。約 13年程が経過していた。
…………。
「 聖正……。君が 本物の小銃を調達してきた時は 心底 驚いたけど……。
ついに形になったな。
耐エイオス用改造小銃の完成だ。 」
「 これで、本当に効き目があれば、俺達の世界は変わるぞ。
お疲れ様、慎一。 」
「 ありがとう。
けど……。本当に どうやって調達したんだ ?
効き目が有るなら別に、
スリングショットでも効果は望めたと思うけど……。 」
「 考えてもみろ ?慎一……。
まず……。エイオスは 既存の軍事力でも 太刀打ちできない化け物なんだ。
それに効力が望めるとわかれば……。
一番簡単で、独自性がある 復興手段に繋がる。
そう 思わないか ?
なら……。パチンコ当てじゃ見栄えもよくない。
今後もし、日樹田以外でも 出没する危険を考慮すれば……。
小銃の方が販促にも向いている。
……とまあ、こんな感じで 要点を話せば、援助してくれる所なんて探すに困らないよ。
肝心な根幹部分は 伏せてあるから安心してくれ。 」
…………。
天瀬慎一は、神地聖正の強かさに、底知れないモノを感じるが……。
自分達が 仕出かしたかも しれない不幸の巻き返しと、自身の成果を優先させたまま実証試験に臨む。
…………。
……。
やる事は単純だった。
件の 1体だけで 現れるペイジ型のピップコートを相手に、加工した実弾を打ち込み……。
同様に加工した銃剣による 刺突や斬撃での効果の程を検証する。
…………。
問題があるとすれば……。やる事は単純でも、2人には 専門外の荒事だ。
…………。
天瀬慎一が行った、実証前段階の計算も、
神地聖正が 知覚した幻視で得た情報群も、対エイオス用改造武器の 精度の高さ を裏付けてはいたが……。
…………。
いかんせん 相手は未知の怪人である。
万が一の失敗すらも 防ぎたい一心で、自分たち以外にも直接的に協力できる者を探した。
…………。
……。
理想は、とりあえず荒事に秀でた人物を 10人程……。
それでいて、今は 対エイオス用改造武器の存在を、大衆に晒さずに検証と実証を繰り返したい。
…………。
勝手な考えではあるが……。
本格的に実用段階に入るまでは、無用な混乱を避ける為、この条件を崩したくはなかった。
…………。
「 慎一。こっちの方はダメだった。そっちはどうだ ? 」
「 僕の方も同じだよ。
やはり、情報を ぼかしてると怪しまれて誰も食いつかない。 」
「 だろうな……。
試作だが物は有るし、後は実戦経験を重ねるだけなんだが……。 」
「 大々的に公開するのは ダメか ?
実用段階まで、情報を絞りたいのは理解できるが……。
よほどの物好きじゃなきゃ、命がけの実験に付き合う訳が無い。
しかも、報酬は年単位での後払い……。
……なあ、聖正。
例えば……。前に小銃を調達した伝手から、人の融通は出来ないのか ? 」
「 そうなれば……。
今よりも、借りが大きくなるが……。
……少し、考えさせてくれ。 」
…………。
実戦での検証を請け負う人物が、
1人も見つからないまま……。更に 数か月の月日が流れる。
…………。
神地聖正は、未だに天瀬慎一に 小銃等の物騒な備品の調達経路を 明かさずにいた。
…………。
実戦的な検証は進まないながらも……。
直ぐに検証を出来るように、改造小銃の調整は定期的に行われ 万全の状態だけは維持されて続ける……。
そんな 慢性化しつつある流れに、ある人物が暴風を起こす。
…………。
「 邪魔するぜ……。
人手が欲しいってのは、ここかい ? 」
…………。
突然の来客だった。
…………。
天瀬慎一と 神地聖正の 2人が、密かに準備を進める隠れ家に……。
大柄な入道のような人物が顔を出したのだ。
…………。
大柄な入道の男の首には……。企業の印字が入った手拭いが ぶら下げられており……。
見たところ 天瀬慎一よりも年齢が 2回りは上のように見える。
…………。
どうにも風変わりな男だった。
…………。
聞けば……。日樹田建設を取り仕切る 立木家の分家筋の人間らしい。
立木家は 交流の深い重工を通じて、神地聖正に 小銃、銃剣、そして資金的な援助を行っていたようなのだ。
…………。
丹内七郎太(タンナイ シチロウタ)……。これが入道のような大男の名前だった。
…………。
どうやら……。
立木家の中でも、最も影響力の大きい本家の方で、世代交代が有り……。
これを機に、神地聖正との契約内容も見直されたとかで……。
借りを返してもらいに来たのが、分家筋でも荒事に慣れた、この男だったのだ。
…………。
「 人手が欲しいんだろ ?
俺みたいな、ステゴロ出来る連中で良いなら、当たりは有るが……。どうする ? 」
…………。
最初こそ、天瀬慎一と神地聖正が積み上げたものを、
利息の代わりに根こそぎ持っていく そぶりを見せるが、心変わりしたらしく……。
怪人エイオスの打破を目標に 3人は意気投合する。
…………。
丹内七郎太は 自由奔放で変わり者だった。
日樹田建設を取り仕切る 立木家が持つ、封建的で 拝金主義な気風とは大きく異なる言動が目立つ。
…………。
大柄な体躯も伊達ではなく……。
五十路を過ぎているにも関わらず、暴風のような猛々しさと俊敏な動きで荒事も平然とやってのけるのだ。
…………。
外見的な プレッシャーが強いからこそ、立木家の取立屋として使われていたが……。
22災害そのものや、その発端になった日樹田地底湖の調査の件もあり、
衰退が見えた状況でも 変化を嫌う立木家の方針に、いよいよ以って、嫌気が差したらしい。
…………。
……。
対エイオス用改造武器の実証試験は一気に進展した。
…………。
丹内七郎太は……。
観測用の機材が取り付けられた、通常よりも重量のある小銃を軽々と片手で構え……。
拳銃でも扱うように照準すら覗かずに使いこなす。
脇を開いて構えても、銃身がブレない離れ業だ。
…………。
反対の手には……。小銃に取り付けて扱う設計の銃剣を逆手で握り……。
殴り上げるように 切りつけた後、振り上げた腕を落として ペイジ型の脳天に突き刺した。
…………。
エイオスの脳天から、光が漏れ始めると……。
丹内七郎太は 野性的な本能なのか、
エイオスを蹴り飛ばし 小銃の弾丸を更に数発バラまくように掃射する。
掃射の何発かが命中した後、青白い光を炸裂させて エイオスは爆散した。
…………。
「 こいつは すげえ。
あの化け物が、こうも簡単に退治 出来ちまった。
聖正も慎一も、やるじゃねえか。
これなら、実験は成功で良いんだろう ? 」
「 凄いのは、貴方だ。
小銃と銃剣を 両手に分けて同時に扱うなんて……。
慎一も 俺も、そんな使用法は教えていないでしょう。 」
「 まあ、良いじゃないか 聖正。
確かに、想定外の使用方法だけど……。
今回の記録を元に、少しでも量産に適した形状を目指せれば……。
僕らの目標も近づく事に変わりはない。
次に エイオスが出現したら、もう少し遠方からの射撃で 射程距離の検証も行いたいな。 」
…………。
ペイジ型のピップコートは、この日 以降も出現し続けるものの……。
この日、最も有効的な対処策が始めて実証されたのだ。
…………。
改造武器のもたらした成果は、資金や資材の出資を行っていた立木家に目を付けられるが……。
いつの間にか、立木家は手を引き……。
その代わりに世界的な影響力を持つ企業グループ W.E.Bが、大々的に出資を発表する事となる。
…………。
資金援助の規模は 一気に膨らんだ……。
改造小銃の量産は 日増しに後押しされていき……。
増産された治安維持用の武器は、丹内七郎太を中心に、怪人対策自警団を結成させた。
…………。
……。
神地聖正の発案で……。
改造小銃には、タロットカードのスートを元にした名前が 願掛けとして取り込まれると……。
W.C.P.Sと名づけられた改造小銃は、知名度も向上させて……。改良が進められていった。
…………。
……。
加速度的に、日樹田の経済も動き出す中で……。
神地聖正は ある事を発案する。
…………。
怪人と同様に、アルカナの光のエネルギーを身にまとう方法である。
…………。
改造小銃のルーツと同じく……。幻視の中で見つけた手段らしい。
アルカナの光を発する石 マルクトを利用すると、不可能では無いようなのだ。
…………。
「 ……つまり、エイオスが行っている身体的な強化を人間の身体で再現する。
そういう事か ?
聖正……。
僕らは、W.C.P.Sを作り出し実用段階に引き上げる事は出来た。
それだけでも快挙だと思っている。
今の君が話す内容は、それ以上の事だ。
本当に可能なのか ? 」
「 慎一も見ただろ ?
日樹田地底湖で現れた奴らの事を。あの時の奴らは……。
今、退治 出来てるような エイオスとは一線を画す何かを持っていた。
それに、少しずつ既存のエイオスも 強度が上がっているのは事実だ。 」
「 かと言って、アルカナの光で人体を覆うなんて……。
君の幻視は、今の今まで嘘は無かったが、
仮に出来たとしても、人体への影響も未知数だ。
あの光は、何故か人の心と何らかの反応を示す。 」
「 それを安全な形で実現するのは、きっと慎一にしか出来ない……。
いや……。そもそも、慎一にしか頼めないんだ。
俺と君だけが……。
あいつらについても、あの光についても 一番 知っている。
あの日の地底湖で、沢山のエイオスを見た俺達 2人だから やらなくちゃならない。
覚えてるだろ ?
地底湖に出現した連中を……。
22災害で最大級の被害を出した 蒼い皇帝や……。
そいつと互角以上に戦った仲間殺しの 真紅の戦士もいた。
対策は必要なんだよ……。
あの日の地底湖での体験が本当に幻覚じゃないなら……。
今の エイオスは、数有る中の 1種類でしかない。
……慎一。これはやるか、やらないかの話なんだ。
今の段階で……。それ以外の議論がテーブルに上がる事は無いだろ。 」
…………。
現行型の 改造小銃 以上の戦力の確保の重要性が強調された……。
…………。
神地聖正と共に体験した全てが現実なら、
少なくとも 22災害で現れた、全ての エイオスの危険性は捨てきれない。
…………。
同時に……。天瀬慎一の脳内には 地底湖で見つかった碑文の内容が呼び起される。
…………。
光の試練……。
22災害によって、地底湖に繋がる出入り口は完全に埋もれてしまい……。
今では すっかり、わからなくなってしまった。
碑文を解析出来る人員にしても、直ぐには見つけられないだろう。
…………。
仮に解析を出来る人物が見つかっても、あの内容に現実味が有るのなら……。
どうにも、簡単な話ではない。
…………。
……。
光の試練。
従者を倒し 道をつなげよ。
至れぬ者は 至らぬ者は再起を失う。
試練の英雄 倒れれば、世界が全てを遺失する。
世界へ至れ 思うがまま。
…………。
……。
脳内に記憶の中から、当時見た内容を思い起こす。
天瀬慎一は ここに来て、自身が恐ろしい事の続きを行ているような感覚を覚えた。
…………。
「 ……聞いてるのか ?慎一。
俺達は故郷を取り戻すために……。手放さない為には、進むしかないんだ。
時間は過去には進まない。
今は こんな場所でも、未来の日樹田を担う子供達は 日々成長している。
未来の日樹田に、エイオスの脅威を残すべきじゃない。
少しでも、脅威の度合いを弱めるんだ。
手段なんて選んでる場合じゃないだろう ?
出資の波が高まってる今こそ 頑張り時だと思わないか ? 」
…………。
天瀬慎一は、馴染みの友人の言葉に納得してしまう。
土に汚れたガラスの欠片を手に乗せた日と同じように、迷いに蓋をしたのだ。
…………。
マルクトを直接 活用した新たな手法は、神地聖正の幻視も活用し秘密裏に進められ……。
より一層の形を帯びていく……。
計画は骨子が整った段階で、日樹田の復興の目玉として掲げられると、多くの期待を背に勢いを強めた。
…………。
「 聖正は社長で、慎一は博士かなんかか ?
お前らも、出世したもんだ。俺も誇らしいぜ。
今日の酒は、俺からの祝杯だ。
ここの米山飯店は 俺の行きつけで何を食っても旨い。好きに飲んでくれ。 」
「 七郎太 さん……。
貴方には、これから作られる正規の戦闘処理班の班長をして頂きたい。
自警団ではなく、私達の会社でだ。
貴方の実績や経験は、これからも多くの人々の支柱となる。
慎一とも話し合いました。頼まれてくれませんか……。
この通りだ。 」
「 俺みたいな老骨を、まだ頼る気か ?
自警団から引っ張るなら……。
俺よりも若い 悳(イサオ)の方が、これからは良いだろう ?
何を弱気になってるのか知らねえが、
これからの屋台骨は お前らの世代だぜ ?
老兵は、旨い飯と酒と……。
良い女を、お前らの片方にあてがって とっとと去るのみよ。
ここの看板娘の育美(イクミ)ちゃん。
べっぴんさん だろ ?
お前ら、どっちか声でもかけろよ。ガハハハハハハッ !!
育美ちゃん !!日本酒 !!大旋風もう一杯 !!
後あれだ…… !!こいつらから話が有るってよ !! 」
「 ……七郎太さん !?
い、育美さん。今の無し !!
あっ……。日本酒の注文は有りで…… !!
やめてくださいよ。
七郎太 さん。私たちは真面目な話をしてるんです。
私には 子供が 2人いますし……。聖正も 今は忙しくてそれどころじゃ……。 」
「 ガハハハハハハッ !!
そうか そうか。
けどな、俺も大まじめさ。俺は お前らには 感謝しているんだ。
出来る事なら、どんな面倒も見てやりたい。
立木の家の生業で俺は腐ってた……。
何十年もだ……。
本家の仕事とはいえ、恨まれるような事をしてきた人間だ……。
だからよ。
俺よりも若い小坊主 2人が、日樹田の為に人生掛けてる姿が羨ましくてな。
年甲斐もなく、乗っからせてもらったんだ。
50を超えた年で、勝手に天命を見つけた事にしたんだ。
馬鹿だろ ?
だが、自分でも馬鹿だと思ってた事が、日樹田の活気を取り戻してくれている。
本当に嬉しかった……。
……俺には難しい事は、わからねぇ。
だが、お前らの やる事は信じられる。
俺みたいなジジイで良いなら 仕方ねえ。
もう少し、付き合わせて貰おうじゃねえか。 」
…………。
神地聖正と天瀬慎一の新たな挑戦は、止まる事無く進み……。
新たな手法を可能にする名前も本格的に決まった。
…………。
Arcana Barrage Chase System……。
( アルカナ バラージ チェイス システム )
Arbachas を略称として持つ システム……。
( アルバチャス )
…………。
これは……。エイオスと同様に光の力を身にまとい、混迷の日樹田に希望をもたらす戦士を生み出すシステムである。
アルバチャスの開発を目指した計画は、A.B.C.S Projectと名づけられ……。
このプロジェクトの推進と 活用を念頭にした組織……。
A.B.C.S Project Companyが設立される。
…………。
天瀬慎一は 開発研究部門を担い……。
神地聖正は組織の運営を担い……。APCの愛称で呼称される団体を成長させていく。
…………。
APCの特務対策部の中に組み込まれた実動班は、定期的に出現するエイオスの戦闘処理を担い続けた。
丹内七郎太によって、自警団の頃の経験は受け継がれ……。
日々の流れに比例するように、新しい芽は育っていった。
…………。
……。
そして、ついに……。
アルバチャスの初期型のシステムが概ねの完成を迎える。
type-0-……。これが その名称だった。
(タイプ・アイン)
…………。
神地聖正や 丹内七郎太も喜び……。
早急な実戦の導入試験が予測されたが、ここにきて単純ながらも 大きな問題が生じてしまう。
…………。
「 こいつが、あの化け物を殴り倒せる新兵器か。
慎一。今回のコレも、俺が使っても良いんだろ ?
どうなるかわからん。
面白そうなもんは、若い衆には譲れねぇ。 」
「 七郎太さん……。
貴方は、自分が今年で何歳か わかっていってますか ?
私と慎一も交えた 3人の古株の中で、最年長なのが貴方だ。
再来年には還暦でしょう ?
これは、小銃とは取り扱いが大きく変わる。
慎一……。いや、天瀬特務開発部長。私じゃ ダメか ? 」
「 聖正……。君は この組織のトップだぞ ?
リスクを 考えれば、とてもじゃないが私は賛同できない。
……それ以前に。
APCの中では 適性の有るものが見当たらないのが現状だ。
マルクトとの相性が、どうしても人を選ぶようだ……。
無理に適性を度外視すれば、使用者の安全面を保証できない。
最適化した現状のシステム構造では、ここが限界なのか……。 」
…………。
type-0-の動作試験に適した人物が 1人も確保出来なかったのだ。
…………。
丹内七郎太、本人は未だに現役を主張し、試験の実施を懇願するが、
このシステムは只の改造小銃とは異なり、使用者の肉体に外骨格装甲を展開するモノである。
最悪の事態を想定すると……。
長い年月を経て貢献し続けた人物に請け負わせる事ではない。
…………。
……。
3人は歯がゆさを覚えるが、打開策を見つけられないまま、時間が過ぎていった。
数か月が経過すると……。
丹内七郎太は自身の後釜を、信頼のおける部下に引継ぎ引退。
…………。
その後は 10年も経たない間に、家の事も養子の息子に全てを譲り、天寿を全うした。
…………。
……。
新しく 班長として上番した藤崎悳(フジサキ イサオ)は、
七郎太と比べると、幾らかは穏やかな人間だったが、それでも力強く実動班を引っ張り続け……。
丹内空護が班長として上番するまでの 10年近い年月を走り抜ける。
…………。
……。
丹内七郎太の訃報は、天瀬慎一にも神地聖正にも衝撃を与えた。
…………。
大恩人を弔った法事から 数日が経過すると、この兆候は首をもたげていき……。
天瀬慎一は、神地聖正にある事について話そうと腹を決める。
自分達が仕出かした人災を明るみにする事だ。
…………。
……。
丹内七郎太の威厳があふれる、それでいて安らかな遺影は心に来るものが有った。
生前の生き様を思うと、自身の歩みが恥ずかしく思えてしまうのだ。
…………。
決して 簡単な事じゃない……。
七郎太は自身が正しいと思った事を見つけ、疑わず生き抜いたのだ。
…………。
……。
本家である 立木家の気風に疑問を感じつつも従っていた時期も短くはないが、
その後の全てが彼の人生を照らしたのだろう。
法事で 行列をつくる参列者の数が、それを証明しているようで……。
怨嗟を燻ぶらせているような人物は 1人もいなかった。
…………。
……。
丹内七郎太は、自分自身で思っているよりも 誰かに恨まれるような人物ではなかったのだ。
…………。
……。
生前の七郎太が持っていた気質の真核は……。
養子の丹内空護や、七郎太が育てた実動班の面々にも引き継がれているのだろう。
…………。
そんな事を感じ取った以上……。
天瀬慎一 自身も、蓋をし続けた中身と決着を付けるべきだと、強く思わずにはいられない。
1人の親として……。
1人の人間として……。
…………。
自身が関わった大きな失敗を明るみにして、報いは受けなくては……。
…………。
……。
幸いな事に、今は人が育ち日樹田には追い風が吹いている。
自分と神地聖正の 2人が、身を引いても土台は有るのだ。
…………。
「 慎一……。酷い顔だ。
七郎太 さん の事でショックが大きいのだろう。
急を要する話が有るそうだが……。
日を改めたらどうだ ? 」
「 聖正……。私達は……。
ここらで身を引いて、過去の清算をするべきじゃないか ?
日樹田地底湖での事故の事も。22災害の事も……。
全てを知り話せるのは私達しかいない。
人災だったんだよ。
今なら、APCの後任さえ用意すれば……。
私達がどうなったとしても、復興は進むんじゃないか ?
きっと……。これからの日樹田は、今の世代が作っていける。 」
「 ……本気か ?
地底湖での 大車教授の件は事故だ。
それに……。22災害が人災だったとして誰が納得する。
折角、育てた復興の波も、簡単に止まるぞ ?
アレは全て 人知を超えた事故と災害だよ。
その姿勢を崩せば、避難されるのは 私と君だけでは済まされない。
私達は 日樹田の再生を象徴する英雄なんだ。
何が不満で、これを捨てる必要が有る ?
時期が来れば……。地名を新たにして、新しい都市計画も進む。
君の意見は 友人として、オススメは出来ないな。
今日の事は、聞かなかった事にするよ。 」
…………。
天瀬慎一からの提案は、一蹴される。
一過性の気の迷いによる失言として 聞き流されたのだ。
…………。
……。
それでも天瀬慎一にとっては、
過去の出来事の清算は、捨てきれない未練として のしかかった。
時間を置いて、日を改めて……。
言葉を変えて、神地聖正への説得を続けた。
…………。
自分達が称賛を浴びるのは、根本的に間違っていると……。
今の復興が必要な故郷の有様は、自分達が原因だったのだと……。
…………。
しかし……。
…………。
「 なあ、慎一。
君は今の立場と役割を理解しているのか ?
APCの特務開発部長として、一早く、実用段階のアルバチャスの製作に着手するのが役割だ。
わざわざ、これを放棄してまで……。
小さな出版社や放送局に、証拠も無い都市伝説の流布を頼む暇なんて無いと思うが ?
……けど、長い付き合いだ。
変なところで、強情なのは私も知っている。
少し 話が変わるが……。改めて言わせてもらおう……。
私は……。君が アルバチャスの開発や研究に 心血を注いでくれた事には感謝している。
だから、君の仕事の穴埋めに、近々 新しい人材を入れる事にした……。
君は、これまでも 昼夜を惜しんで時間を使ってくれたからね。
これからは好きな事をして、好きなように家族の時間を工面出来るようにするつもりだよ。
もちろん……。
役職だって降格はしないで、今のままで良い。
業務内容は……。君が請け負っていた全てを、新入りの職員に割り振ろう。
存分に好きな事が出来るようにする。
定期的な私との お話以外は、APCでの仕事は君には負担させやしない……。
良い話だろう ?
これからは何もしなくても生活は出来るぞ ?実質……。セミリタイアだ。
君の後を 引き継ぐ職員の名前は天瀬十一……。
彼は優秀だ。よく知ってる名前だろう ?
君の背中を追っていた 時期が有ったからね。
実動班志望だったが、引き抜かせてもらった。
これからは第二の人生だ……。
たっぷりと謳歌してくれ。親友からのプレゼントだ。 」
…………。
短い時間だったのかもしれない。
それでも、天瀬慎一の脳が思考を嫌がる……。
理解しがたい言葉や 名前が耳に届いた。
…………。
「 聖正……。
君は何をしようとしているのか、わかっているのか ?
あの子は……。十一は関係ないだろう !? 」
「 ……可笑しな事を言う。
前に自分で話していたじゃあないか。
これからの日樹田は、今の世代が作っていける……。
私は……。君が前に話していた言葉に感銘を受けて実践しただけだ。
そして、昔からの友人に仕事の重責を取り払い時間を与えた。地位も生活も残しながらだ。 」
「 嘘を付け……。只の飼い殺しだ。
何故、そこまで執着する !?
君はまさか本当に……。 」
「 なあ、慎一……。私が言いたい事はわかるか ?
君の 親としての功績も誇らしく思っているんだ。
真尋 ちゃん も大きくなった。どことなくだが……。
古嶋三尋(フルシマ ミヒロ)の面影も見える。
懐かしいな……。慎一……。 」
…………。
こいつは……。こいつは……。本当に私の友人か ?
…………。
天瀬慎一の中では……。咄嗟に、言いようのない恐怖心が湧きあがった。
…………。
「 ……なんでも 言うことを聞く。
仕事を……。させてください……。 」
「 すまない。慎一。……少し聞き逃してしまった。 」
「 お願いします !!
家族には手を出さないでください !!
もう、過去の清算には拘りません !!お願い致します !! 」
「 なあ、慎一。君は何をするべき人間だ ?
……私達の共通課題は なんだ ? 」
「 私は……。
APCの特務開発部長として、研究と開発を行う人間です。
アルバチャスの導入に向けての検証を行い、今度こそ実用的なモデルを作成します。 」
「 ……急げよ ?
些末な過去の清算なんて不要だ。
例のシステムは、循環構造の最適化を重ねていけば……。
大きな可能性に繋がる。
例えば……。
1つのマルクトから大量のエネルギーを確保し、
貯蔵したエネルギーを使った 汎用的な戦力の量産も出来るだろうな……。
ようするに……。
マルクトを直接 必要としない変えの利く兵力も夢ではないのだ。
これを行う為には、度重なる検証が要る。
例のシステムは、安全面よりも汎用性の高さを優先させるんだ。
稼働実績を積み重ねてから、修正を加えれば問題は無い。
最初の被験者には 七郎太の息子を使う。
君の息子と 同期だそうだが、新兵にしては彼も優秀だ。
血の繋がりは無い筈なのに家族とは不思議なものだな。
私は独り身だが、君はもっと家族の時間を作るべきだったんじゃないか ? 」
…………。
天瀬慎一の悪あがきは、実る前に刈り取られ、大きなしっぺ返しを喰らう。
甘かった……。
友人に限って、こんな事など有る筈がないと……。想像すらしていなかった。
…………。
……。
心を入れ替えた、天瀬特務開発部長の奮起によって……。
type-0-を元に新たなアルバチャスが制作された。
…………。
アルバチャス code-7-。
白色の外装甲を特徴に持ち、攻守に優れた汎用性の高さを追求した 型式である。
その反面……。使用者への負担が小さいとは言えず、何らかの影響が出る可能性も否定できない。
…………。
……。
だが、天瀬慎一の心配とは裏腹に、丹内空護は これを使いこなした。
それでも、過負荷による影響が、出ないとも限らない。
天瀬慎一は、細心の注意を払い、秘密裏に凍結された type-0-を持ち出した……。
…………。
アルバチャス code-0-としての調整を継続的に行い、
神地聖正の 狙いを妨げる切り札に成りうると願いながら……。
………………。
…………。
……。
~賢者と愚者の両面~
ニューヒキダの郊外。……とある山間部。
廃れた宿泊施設の地下に造られた、天瀬慎一の隠れ家、カムナ・ベースの メインホールでは……。
それぞれが互いに知りうる情報を話した。
…………。
……。
話しをする人物によっては、体験 そのものも……。
体験した場所も、関わる人物の殆どすらも異なっていたが……。
ある人物の名前と存在感が 所々でチラつく。
…………。
特に、これが顕著に現れていたのが……。
天瀬慎一が語った、過去の話の中心になった人物だった。
…………。
……。
その人物は……。
歳月と共に 強い影響力を持つようになり、今も尚、これを持ち続ける人物……。
青年 有馬要人が数奇な経緯で、この場に辿り着いた根幹にも関わる人物でもある。
…………。
……。
多くの発端に関わる人物と親しい間柄だった天瀬慎一は、この場に居る全員に深々と頭を下げた。
…………。
「 本当に……。すまない……。
私は……。何度も、彼を……。何度も、彼を……止める事が出来た筈の人間だ。
……だが、共に道を間違え続けた。
その結果が、今の各地の ニューヒキダの惨状に繋がっているのだと思うと……。
本当に……。申し訳ない。 」
「 天瀬 さん……。
俺に……。俺に教えてくれませんか ? 」
「 ……有馬 君。 」
「 俺には……。
この デバイスを取り巻く出来事も、エイオスの目的も、神地 さん の考えもわからない。
けど俺は、このデバイスで戦えます。
教えてください。
俺が何をすれば 天瀬 さん の事も、空護 さん の事も……。この街の事も助けられるのか。 」
「 ヒーローらしい事を言うじゃねぇか。要人。
けど、お前……。
仮に 1人で戦い抜けとか、言われたらどうする。
お前の話だと、博士の息子はともかく……。
あの 社長 さん の アルバチャスには 手も足も出なかったんだろ ?
あの班長も 今どうなってるか……。
簡単に考えすぎじゃねえか ? 」
「 だから、何もしないなんて……。そんな選択を、俺は選びたくはない。
巻 さん、前に言ってましたよね ?
命あっての物種だって。
ニューヒキダに来て、何日も経ってない頃です。
今の俺は、神地 さん に負けた経験を持ったまま、ここにいます。
何も知らないまま 挑むんじゃない。
生きてる限り、勝機はきっと ゼロじゃない。
戦う必要が有るなら 打開策を見つけて見せます。
空護 さん の事だって、完全に望みが断たれた訳じゃないんだ。
……だから 俺は諦めない。 」
「 確かに、あの丹内班長なら……。
自身の状況も見極めて行動している可能性は有りますよね。
自分も 班長が潜伏しているか、
単独行動に切り替えている線は薄くないと思います。 」
…………。
巻健司が、有馬要人の熱意に対して俯瞰的な角度を提示するが……。
より強い熱量で 腹に決まった意思を 青年が示すと、荒井一志も青年の意見に賛同した。
…………。
「 ……そうかい。
浮ついた、ノリで言ってるんじゃないんだな ?
悪かったな 要人。試すような事 言ってよ。 」
「 巻 さん の優しさですよね。
むしろ俺は、嬉しかったです。
ありがとうございます。 」
…………。
年の離れた友人からの 棘のある思いやりを……。
青年は しっかりと受け取った。
…………。
巻健司は、どうにもバツが悪く、首の後ろに むず痒さを感じているのか……。
口角は上がっても、眉毛の真ん中は持ちあがり……。目の周りの筋肉が萎縮している。
正面から受けとる感謝に、スッキリしない様子だ。
…………。
青年の意思が揺らがないと知ったのか、天瀬慎一が ある事を口にする。
…………。
「 有馬 君……。
君の可能性を……。
私の恩人が、そうしてくれた事と同じ様に……。私も君を信じよう。
もし 君さえ良ければ……。私は code-0-の全てを託したい。
デバイスを 1日、私に預けてもらえないか ?
以前、君に預けたメモリーの DEFを使えば、聖正のデバイスにも対抗 出来る筈だ。
有馬 君。私の方こそ、お願いさせてほしい。
私と私の旧友の過ちを 止めてくれ。
聖正は きっと、光の試練を 進行させるつもりだ。
22災害の前例が有る。
もし、またアレ程の事が起きれば、多大な被害は避けられないだろう。
頼りない物言いかもしれないが……。
光の試練については、わからない事の方が多い。
聖正に接触し、どうにか……。力づくで でも旧友を止めてくれ。
十一の事は……。気にする必要はない。息子も 1人の大人だ。
有馬 君の判断に 私も委ねよう。 」
…………。
天瀬慎一は 不意に大恩人、丹内七郎太を思い浮かべた。
自分自身も、五十路を過ぎたからだろうか……。丹内七郎太の背中を、身近に感じたような気がした。
…………。
……。
この場にいる殆どが、思い思いの考えを述べて、会話の流れが緩やかになり始める。
そんな中、これまでは静かに全体の話を聞いていた 天瀬真尋が、青年に言葉を贈った。
…………。
「 要人 さん。私も……。要人 さん の事を信じてる。
けど……。もし、お兄ちゃん が。
まだ変わってなかったら……。……ごめんなさい。今のは無し。
お兄ちゃん が 間違ってると思ったら……。
殴ってでも止めて。
いろいろ終わったら。
また、楽しい食事会を出来るように……。私 準備するから。 」
「 俺……。皆の思い、絶対に無駄にしないよ。
空護さん の事も見つけてみせる。
十一さん と、神地さん が もし……。
もし……。22災害を起こそうとしているなら俺が止める。 」
…………。
半年前に、ニューヒキダに流れ着いた青年は……。
始めて アルバチャスとして戦った日から、多くの経験を経て 1人の戦士として成長していた。
………………。
…………。
……。
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