- 12話 -
狭間の可能性
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目次
~〇〇への信頼~
C-02 地区のヒキダ・ブリッジでは……。
改修工事も終わり、多くの利用者が往来していた。
…………。
鉄橋は上下に分かれた 2層の構造に成っており……。
上層には橋の側面に歩道が、中央には車道が橋の対岸まで通り抜けられるように伸びている。
下層に敷かれた線路上では、定刻で通過する貨物列車や電車が行きかう。
…………。
橋の主塔の内部は一部の区画が観光用に整備されている事から、今日も普段通りの賑わいを見せた。
翼を持った怪人が、ここに出現してから数カ月は経過していたが……。
……これまでの間で、ヒキダ・ブリッジ近郊に ドゥークラが 再 出現した事例は無い。
…………。
丹内空護(タンナイ クウゴ)は 休日にも拘わらず、手近なベンチに腰を落とす。
……自身の仕事に関わる最近の情勢を頭に思い浮かべて。
…………。
ヒキダ・ブリッジの周辺は、子供の頃と比べて賑やかに成っていた。
散歩用の歩行者専用 コースも用意されており、所々に設置された ベンチが見える。
…………。
……。
最近の APCでは、何かしらの意図を持つ怪人達の動向や狙いを探る考えが根強く成っていた。
…………。
……自然な流れだろう。
坊主頭の青年 丹内空護は、橋の下を流れる河川からの照り返しに目を細める。
…………。
……。
要因としては主に 4つ。
1つ目は APCの C.E.Oの神地聖正(カミチ キヨマサ)と……。
特務開発部の天瀬十一(アマセ トオイチ)によって、謎の多い怪人の輪郭が浮き彫りになってきた事。
…………。
2つ目、その怪人の中核と思われるエヌ・ゼルプト……。
四目の皇帝を、3人のアルバチャスが 辛勝ではあるが打破し、以降怪人の出現が何故か緩やかに成った事。
…………。
3つ目、過去の大災害で皇帝以上に謎が多い、真紅の戦士と思われる存在の再出現と……。
これに関りを持つ 可能性の高い、翼を持った怪人が意図をもって行動している事。
…………。
4つ目、ノウハウが蓄積され、怪人の出現が緩やかな今、量産型や次世代型の開発が本格的に進み……。
いずれ 実動班の殆どの人員が、今までよりも戦闘処理に直接関われる状況が整う事。
…………。
4つの要点を総括すると……。
敵へのイメージが以前よりも固まり……。
強敵にすらも人類の技術で対処 出来る事実が立証され……。
暗躍する怪人への反撃手段も日々、実装に向けて進んでいる……。そういう事だ。
…………。
……。
限られた誰かだけではなく、広い意味で誰もが戦う手段を手にする事が出来る。
そんな情勢が目の前にまで迫っているのならば……。
…………。
これまでの被害への反撃として……。
今まで以上の被害を出さない意気込みで……。
打倒エイオスの士気が高まるというのが……。自然な流れだろう。
…………。
……。
黒翼の怪人ドゥークラ……。
マーヘレス程、好戦的では無いが常に何かしらの意図を忍ばせている。
…………。
何度か交戦はしているが、何を狙っているのかすらも露呈させない。
エヌ・ゼルプトの明確な総数は何体 存在し、何を目論んでいるのか……。
…………。
……。
いや、まてよ……。
露呈していても、こちらが知りえない だけ なのかもしれない ?
…………。
「 ダメだな……。こういうのは俺には向かない。 」
…………。
目を瞑り 眉間のシワを深くしたが、煮詰まった心情を吹き零す。
…………。
有給が溜まっていたから、平日にも拘らず渋々、散策してみたものだが……。
身体を動かさないと 不向きな事にも 頭が向いてしまう。
熟慮の末に、いつの間にかベンチの上で、身体を横にしていた。
…………。
「 こういうのは、俺じゃないな……。十一か……。
夢川の方が向いている……。 」
…………。
そう呟いた後 決心した。
有給を返上して APCのトレーニングルームで パンプアップしよう。
外腹斜筋と憎帽筋が無性に喜びたがっている。
…………。
……そんな気がする。
自主的なものだと押し切れば、どうにかなる筈だ……。
…………。
……。
浅知恵とゴリ押しの合わせ技を思いついた。
僅かに口角を上げて瞑っていた瞼を持ち上げる。
…………。
視界には ある見知った女性の顔が見えた。
自分よりも 頭脳労働に適した人物で、ここ最近は 姿を見せていなかった……。
普段は白衣が似合う 眼鏡の女性。夢川結衣(ユメカワ ユイ)……。
…………。
英結食事会の夜間以来の再会だった。
…………。
「 呼びましたか ? 」
「 夢川 !? 」
…………。
その女性は、ベンチの横に立ち 怪訝そうな表情で見下ろしている。
女性は研究員らしい白衣姿では無く、普段の見慣れた印象とは、どこか異なった空気を纏っていた。
…………。
フレームが分厚い眼鏡を着用し、大きめで落ち着いた雰囲気のコート姿……。
首元には 大きめなスヌードを組み合わせている。
…………。
数週間ぶりの再会は……。
丹内空護の頭の中で言葉を 渋滞させてしまう。
…………。
「 お前、 夢川結衣か ?
今まで どうしてたんだ ? 」
「 静かにしてくださいよ。
恥ずかしいじゃないですか。 」
「 ……すまない。
少し動転してしまった。 」
「 丹内 さん も驚く事あるんですね。
少し……。歩きましょうか。 」
…………。
2人は川沿いの散策用のコースをゆっくり歩きながら言葉を交わし始める。
…………。
「 その服装 寒いのか ? 」
「 ……只の日焼け防止です。 」
「 ……そうか。 」
…………。
坊主頭の青年が 何気なく拾い上げた最初の話題は、さほど広がらずに終わってしまう。
普段とは異なる雰囲気の女性 夢川結衣の手袋に着目したつもりだったが……。空振りだった。
…………。
2人は、時間を先延ばしにするような足取りで歩き、歩調と同じような頻度で会話を再開させる。
…………。
「 私は、いろんな方に ご迷惑を お掛けしたみたいですね。……すみませんでした。 」
「 ああ。……そうだな。けど、元気そうで良かった。 」
「 そう見えますか ? 」
「 ああ。前よりも表情が違う。肌の白さは相変わらずだが……。何かを決めた目をしている。
……そんな気がする。 」
「 ……そうですか。意外と変な事、言うんですね。 」
「 あれから、その……。寝不足は治ったのか ? 」
…………。
丹内空護には 珍しい、探るような言葉選びである。
慣れないながらも 気を使おうとしているような 具合だった。
外側から見れば とても わかりやすい……。
…………。
最初から蓋の開いている ビックリ箱のような……。
…………。
当人以外は 誰が見ても明確な、不完全なビックリ箱を 女性も気がついていた。
…………。
「 ……見ての通りです。 」
「 そうか。良かったな。 」
「 実は私……。 」
…………。
あまり盛り上がらない会話が原因なのか これまでの流れとは変わって……。
夢川結衣が切り出す。
…………。
何故か 1年よりも長く感じる数秒が 2人を包んでいるようで もどかしい。
…………。
丹内空護は 身構えながらも身を任せる。
どんな言葉が飛び出すのか予測もできなかった。
…………。
「 ……私 この辺に住んでたんです。
1人っ子だったので……。小さい頃は、よく土手で遊んでたりして。 」
「 意外だな……。 」
「 今 思うと、そうかもしれませんね。 」
「 俺も子供の頃は この辺には遊びに来てたよ。
覚えてないだけで、一緒に遊んだ事も有ったのかもしれないな。 」
…………。
……単純な話だった。思っていたよりも何でもない。
…………。
只、やはり何か懐かしいような感覚が有った。
もどかしい 空気が 少しずつ崩れて解放されていく……。
…………。
散歩用の道沿いに植林されている姫楮(ひめこうぞ)の木と、花壇のペチュニアが風に揺れた。
どうにも、すっきりしない違和感を余所にして。
…………。
「 丹内さんの ご実家は、
ここからは かなり離れた所ではありませんか ? 」
…………。
川沿いだからか、陽光の下でも やはり少し肌寒い……。
…………。
「 俺は養子なんだよ。
今の名字も災害以降に引き取られてから変わったんだ。 」
「 ……そうだったんですね。すみません。 」
「 良いさ。気にしてないよ。
俺は丹内家の義父さんの事も尊敬している。だから、実動班を志した。 」
…………。
丹内空護は、バツの悪そうな夢川結衣に助け船を出して、話題の方向性を少しだけ反らす。
…………。
「 お義父様は、丹内七郎太(タンナイ シチロウタ)さんですね。 」
…………。
体温を奪い去る風が僅かに凪いで、日の光が遠くの雲の割れ目から何本もの柱を作った。
川沿いでは水面から照り返す光が……。
ヒキダ・ブリッジの裏側に映り込み、水面の揺らめきを投影している。
…………。
「 知っているのか ? 」
「 当然です。
災害以前は最も大きな影響力を持っていたゼネコン グループ……。
日樹田建設を生業にしている立木家の分家で……。
災害後は神地さんや天瀬 特務開発部長と共に、
特殊小銃 W.C.P.Sの試作型で、生身のままピップコートと交戦し……。
実動班の先立ちの団体を牽引した方です。 」
「 詳しいな。 」
「 知らない方が変ですよ。 」
「 今は本家の方も規模を縮小しているし、夢川が勤勉なんだよ。 」
…………。
再び風が吹き、砂埃が小さな旋風を作る。
風の渦に閉じ込められた微細な砂埃は、何度か同じ場所で留まり巻き上げられ続けるが……。
少しの時間で何処かに吹きすさぶ風と共に、先の方へと散らばっていく。
…………。
話に熱が入り過ぎたのか、気が付くと土産屋等が立並ぶ外れの通りに差し掛かっていた。
…………。
「 そうだ。
夢川、ちょっと待っててくれるか。 」
「 ……なんでしょうか。 」
…………。
丹内空護は、ある事に気が付いたようで……。
強引に夢川結衣を その場に残して、足早に無作為に選んだ店に走っていく。
…………。
何分も経たずに、土産品店から戻ると……。意外な物を手渡す。
…………。
「 こないだの夜の埋め合わせだ。受け取ってくれ。 」
…………。
坊主頭の青年は、自信に満ちた顔だった。
片方の手には 土産品店の名前が印字された 紙袋が乗せられている。
…………。
夢川結衣が 丹内空護に促されて紙袋を受け取ると、その中身を取り出した。
…………。
「 これは…… ? 」
「 海外の伝統的な御守りだそうだ。
蜘蛛の巣のようなデザインは……。
夜眠っている間の悪夢を絡めとる願いが、込められているらしい。
また眠れないときは、役に立ってくれるかもな。 」
…………。
紙袋に梱包されていたのは、本格的な民芸品だった。
円形の骨組みに、文字通りの蜘蛛の巣状の紐が張り巡らされており……。
外側には鳥の羽根が装飾されて ぶら下がっている。
…………。
パッケージの案内には、丹内空護が口述した内容が そのまま 記載されていた。
…………。
「 ドリームキャッチャーですね……。
丹内さん……これ……。 」
「 前に言ったろ ?俺からの埋め合わせだ。 」
…………。
得意気な表情は、普段の厳格な戦馬車の裏側としては、剥離が激しく衝撃的だった。
日常的な様子とは異なる仄かな笑顔が 本心を滲ませている。
…………。
「 ご友人の方の天瀬さんが、たまに奇行に走るのは……。
こういうところが原因ですよ ?
……けど、ありがとうございます。大切にしますね。 」
…………。
夢川結衣も 少しだけ ほほ笑んだ。
丹内空護が以前から 思っていた難題の答えを、最低限に ぼかしつつ具体的に示すと……。
それとは別に、お礼の言葉も沿える。
…………。
……。
丹内空護は、難題の答えに 要領を得ないが……。お礼をされた事には満更でも無いようだった。
…………。
……。
少しずつ時間は過ぎて……。
2人は来た道を、なんとなく戻っていく。
…………。
同じ道でも、異なる景色が視界に映ったからだろうか 体感時間も異なる。
夢川結衣は、道の途中で 有る事を 切り出した。
…………。
「 すみません、丹内さん。デバイス持ってますか ?
私のスマートフォンが見当たらなくて……。
電話を かけて貰えないでしょうか ? 」
…………。
丹内空護は 2つ返事で応答し、A-deviceを取り出した。
…………。
「 すみません。
私が入力した方が早いので……。少し、お借りしますね。 」
…………。
普段と異なる雰囲気の女性は……。
A-deviceを受け取ると、慣れた様子で通話機能を立ち上げて 目的の番号を入力する。
しばらくして、通話ボタンの アイコンをタッチしたらしく……。
探している機器が直ぐに反応を示す。
着信音とバイブレーションは、夢川結衣が手に持っている バックの中からのようだった。
…………。
「 ……すみません。
バックの奥に落ちてたみたいです。
デバイス 返しますね。ありがとうございます。 」
「 ああ。見つかって良かったな。 」
…………。
数秒の沈黙が 2人を包む。
今度は先程よりも、息苦しさを感じない。
…………。
「 ……丹内さん。 」
…………。
先程のように、女性が何かを切り出す。
その瞳は 眼鏡のレンズの奥でも、僅かに強い意志を漂わせていた。
…………。
戦馬車の青年も、この時の女性の全てを受け入れる用意を強くしていく。
少しずつ増していく日向の下で、伸びる陰に比例するように……。
…………。
「 ……私、そろそろ戻りますね。 」
…………。
ほんの数秒だった。
…………。
「 皆には俺からも言っておく。また、特務には来るんだろ ? 」
「 本当に、ご迷惑を お掛けします。 」
…………。
もう、本当に引き返せない所に居るように思えて仕方がない。
少しだけ長い……。
ほんの少しだけ長い瞬きで視線を遮る。
…………。
「 良いさ。
また夢川が助けてくれるなら、俺も心強い。 」
…………。
ニューヒキダ全体に警報が鳴るよりも早く……。
アラートが 戦馬車の A-deviceから 鳴ると、エイオスの出現を示唆した。
2人は その意味を直ぐに汲み取った。
…………。
「 ……出たんですね。 」
「 言ってくる。じゃあ またな夢川。 」
…………。
とても穏やかだった。
行きかう風も、川の水のせせらぎも、時間の限りに流れていくのを感じる。
…………。
「 ……はい。また……。プレゼント大切にしますね。 」
「 そうか。良かった。 」
…………。
夢川結衣は、笑顔で丹内空護の背中を見送る。
涙目を隠すように目を細くした……。
都合よく出現した 新手の 3体のエイオスが待ち受ける地区を目指して 走り出す背中だった。
…………。
とても有意義な時間だった。
………………。
…………。
……。
~正位置へ向かう徒労~
D-03 地区。
閑静な住宅街にある、揚水機場の敷地内では既に激しい戦いが繰り広げられていた。
住宅街らしからぬ音が何度も成っている。
…………。
3体のエイオスは どれもが新手で、孤軍奮闘する アルバチャスを苦戦させてるようだ。
孤軍奮闘するアルバチャスは……。
愚者の青年 有馬要人(アリマ カナト)である。
…………。
「 こいつら……。連携が上手いな。 」
「 有馬君。解析が終わった。
今送った 第 1次データを使ってくれ。 」
…………。
青年 有馬要人は、APCからの音声通信でフォローアップを受けて奮戦していた。
音声通信の相手は、天瀬十一のようだ。
…………。
「 ありがとうございます。十一さん。
……っと !!危な……。 」
…………。
ストゥピッドの眼前を鋭利な刃先が横切った。
つい先ほどの事……。
…………。
……。
APCの社屋から延びる特務用通路を通じて 現着した青年は、今回の怪人に相対する。
解析によると怪人は 3体のピップコートだったが、その中の 1体は同型の種類との交戦歴が有った。
…………。
現着と同時に……。
空を飛翔する杖に乗っての攻撃を試みるが、他の 2体に邪魔をされて初撃は防がれてしまう。
…………。
3体のピップコートは 極めて連携が取れており 芳しくない戦況が続く。
有馬要人は 回避行動を継続しつつ、送られてきたデータに目を通した。
…………。
……。
ピップコート……。ソード・ナイト。
推定されるスートの組み合わせは、騎士 × 剣……。
攻撃範囲は狭いが、飛翔速度は既存の騎士型でも最も早く、2本の剣による強襲は軽視できない。
…………。
ピップコート……。ペンタクル・クイーン。
推定されるスートの組み合わせは、女王 × 護符……。
現段階では 直接的な攻撃能力は皆無に等しいが、
護符の特性と、女王型固有の流動化によって、あらゆる攻撃への耐性や耐久性能が向上していると思われる。
…………。
ピップコート……。カップ・クイーン。
推定されるスートの組み合わせは、女王 × 聖杯……。
こちらも流動化の能力を持っているが、
圧縮された水流を 弾丸として打ち出す事から、攻守において総合力が高く隙が無い。
…………。
青年が、ストゥピッドのマスクの裏側に投影された視覚データに、目を通している合間にも……。
3体からの攻撃が続いている。
それらに対処しながら、自分なりに情報を整理した。
…………。
「 ……なるほど。
空飛ぶ二刀流の剣士に、液体にも成れる盾の女王と、
水流を撃ち出す射撃の女王って所か……。
……っ !!くっ……。負けて……られるか !! 」
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Cup Sword !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! カップ・ソード !! ) 』
…………。
射撃用武装 B.A.Cupと……。
刀剣型武装 B.A.Swordを呼び出して、3体の新手を相手に立ち回る。
…………。
しかし……。
愚者の銃撃を 飛翔する剣騎士は 簡単に回避してしまう。
それだけでは無く……。
遠方から急接近しては、肉薄した距離からの剣撃が襲い掛かり、
斬撃を受け止めた B.A.Swordは瞬間的に激しい火花を散らした。
…………。
刹那の反撃に、B.A.Cupによる至近距離射撃を狙うが……。
今度は、あらゆる攻撃に高い耐性を持つ ゲル状の流動体が、滑り込むように現れて これを阻む。
…………。
あらゆる攻撃を遮断するのは 護符の女王である。
円滑に運べない 戦況に青年の焦燥感が強くなった……。
…………。
「 こいつ……。またか !! 」
…………。
剣騎士と 護符の女王に気を取られて、攻めあぐねていると……。
圧縮された水流弾が、背後から飛び交い数発 命中する。
…………。
強力な衝撃は、アルバチャスの装甲に守られている 有馬要人を、着実に消耗させていった。
…………。
「 アレをどうにかしないと……。
なにも出来ないか……。
十一さん。この辺の避難状況はどうなってますか ? 」
…………。
青年は、近隣の周辺状況を気にかける。
交戦してから 10分以上は経過しただろうか……。
…………。
不甲斐ない話だが……。
複数の厄介な怪人が相手なら、自分以外に狙いが移った時は、上手く対処出来るか確証は無かった。
戦いには慣れてきたが まだまだ自分は……。弱い。
…………。
天瀬十一からの返答に聞き耳を立てる。
…………。
「 後、10分以上は必要だ。
有馬 君、なんとか持ちこたえてくれ。 」
…………。
10分以上……。あくまでも、現状の見積もった時間だ。
なんとか 1体だけでも、倒せないだろうか ?
有馬要人は、心の中で言語化する事も無く……。感情だけで朧気な青写真を思い浮かべる……。
…………。
「 了解。……相談なんですが。 」
…………。
天瀬十一にだけ 聞こえる程度の抑えた声量で、次の打開策を伝えた。
…………。
「 ……それは。
現状だと、何とも言えな……。
新手の型……、上手くいくとは限らな……ぞ……。 」
「 なら、俺が試してみます。
十一さんは、データの集計をお願いします。 」
「 ……。……。……。 」
…………。
提案への返答は情報が少なく、判断には難しい事を意味していた……。
青年 有馬要人は、厄介な女王型の片方だけでも 倒そうと新たな策を実行に移す。
…………。
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Wand Pentacle !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! ワンド・ペンタクル !! ) 』
…………。
愚者のアルバチャスは、全身にアルカナの光を 充填させた。
護符による出力強化は、言語を解さない怪人にも本能的に危機感を与えるらしい……。
3体の怪人も警戒を強めて、攻撃の頻度を 改めたようにも見える。
青年は、B.A.Wandの先端にエネルギーを集中させて、火球を撃ち出す用意を済ませると……。
腰部側面のセンサーから 滑走機能を起動した。
…………。
『 Hover Chaser Function !!
( ホバー・チェイサー ファンクション !! ) 』
…………。
愚者のアルバチャスが疾走した。
杖型武装 B.A.Wandは、先端に球状の火球を保持している。
一見……。ガダと呼ばれる民族的な鈍器をも思わせる風貌を成す……。
…………。
射撃が得意な聖杯の女王が、鈍器のような火球を狙い 高圧縮された水流弾を撃ち込む。
水流弾の全ては、火球に触れると同時に蒸発した。
…………。
「 水は火に強いなんて……。そんな単純な理屈はゲームだけの…… !! 」
…………。
有馬要人が 大きく振りかぶって、護符の女王に熱の塊を振り下ろした。
…………。
「 ……このまま、出力を上げる !! 」
…………。
周囲には蒸気が立ち込めていく。
青年は、流動体の怪人への対処方法を確信した……。
そのせいなのか……。剣騎士や射撃の女王からの反撃が、ノーガードで無防備な 有馬要人に浴びせられる。
効果が有るのなら、攻撃の手を緩める訳にはいかない……。
…………。
1発……。2発……。3発……。
騎士からの剣撃にも、もう 1体の女王からの銃撃にも堪えて、このまま押し切る気概を示す。
ここで引けば……。負けてしまう……。進む以外に道は無い……。
…………。
……。
立て続けに仕掛ける 2体のピップコートからの攻撃に紛れて……。
光の矢じりが 愚者と、B.A.Wandに命中した。
有馬要人は 大きくよろめき、魔導杖の先端の火球も爆発してしまう。
…………。
爆発と同時に粉塵の中から、愚者のアルバチャスが吹き飛ばされ 地面に叩きつけられる。
…………。
「 ……俺は こんな……。所で……。 」
…………。
青年 有馬要人は、すっかり消耗しきって アルバチャスを解除してしまっていた。
突っ伏した状態から身体を持ち上げて立ち上がるが……。
正直……。立っているだけでも精一杯だ。
…………。
「 ダメだ……。なんか、痛みも……。無いかもしれない。ハハ……。 」
…………。
度重なる強敵との戦いで、無理をした しっぺ返しが身体中で散発する。
…………。
生身に戻った青年の目の前には……。
3体のピップコートだけではなく、白翼の怪人も出現していたのだ。
先程の光の矢じりの射手こそが、白翼の怪人だった……。
…………。
白翼の怪人 ナティファーが 何を意図しているのか……。青年に呼びかける。
…………。
「 貴方は焦っているんですね……。自身の力量以上を求めている。 」
…………。
ナティファーは、光の矢じり を中空から 引きずり出すように 生成する。
…………。
「 ……急いではいけません。
焦りで判断を間違えるから、こうなるのです。 」
…………。
生身の 有馬要人の胸の真ん中に、1本の光の矢が突き刺さった。
矢じりの先端が背中までを突き破る……。
…………。
青年は、自身の身体から近い距離の 矢じりに……。少し遅れて気がつく。
…………。
「 ……は ? 」
…………。
有馬要人の意識は、ついに暗転してしまった。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
戦馬車のアルバチャス。……丹内空護が、仲間の救援に現着する。
ここに到着するまでには、天瀬十一から情報共有も受けており……。
悠長な物腰では挑めない状況であると 知らされていた。
…………。
丹内空護は 交戦予定地点の直前で……。簡易的な 連絡を行う……。
…………。
「 こちら、チャリオット。日樹田西揚水機場、外周に到着。
現段階では、戦闘音等 無し。
……エイオス反応無し。これより敷地内に突入する。 」
…………。
滑走機能をそのままに、揚水機場の敷地内へ進んでいった。
…………。
今回の目的は……。
有馬要人の現状の確認と合流……。近隣のエイオスの対処……。
まずは、この 2つが優先事項である。
…………。
「 ……救援対象の有馬要人を発見。 」
…………。
丹内空護は、揚水機場の敷地内で青年を発見してしまう。
……芝生の上に仰向けのまま倒れている。
青年の身なりは、いたたまれない程にボロボロだった。
…………。
天瀬十一からの知らせでは……。
有馬要人との通信障害が 再発した事を聞いていた。だからこそ急行したのだが……。
…………。
エヌ・ゼルプトに、なんらかの意図が有り、通信障害を可能にする特性が有った場合。
これまでの傾向から、狙われていたのは 有馬要人だろう……。
事務的な理由で有給など取っていた自分に腹が立つ。
…………。
「 ……有馬。 」
…………。
戦馬車は、アルバチャスのマスクの中で眉間の溝を深くした。
…………。
天瀬十一への追加の連絡で……。
本格的に決定づけない為に、青年の所へ近づこうと滑走機能で駆け寄る。
…………。
中空で 4箇所に 光りが集約する。
…………。
丹内空護を取り囲むように……。共有情報に有った エイオスが出現した。
4体のエイオスは、3体が ピップコート……。1体がエヌ・ゼルプト……。
全てが 有馬要人と交戦していたと思われる 4体だった。
…………。
「 お待ちしておりました。……戦馬車。 」
…………。
白い翼のエヌ・ゼルプトは、丁寧な言葉づかいで挨拶を行った。
これまでの無機質な雰囲気とは変わり……。僅かに 声の抑揚すら感じられる。
…………。
天瀬十一は、危機感に満ちた声で 警戒を強めたようだった。
…………。
「 空護。そいつらは……。 」
「 大丈夫だ。十一。直ぐに有馬を連れて帰る。
……まかせろ。 」
…………。
天瀬十一は、エヌ・ゼルプトと ピップコートの危険性を改めて伝えたかったのだろう。
…………。
丹内空護は、意図に気が付き 直ぐに応答する。
この応答は 一段と静かだったが、奥底の怒りが滲み出ていた。
…………。
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Cup Wand !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! カップ・ワンド !! ) 』
『 Hover Chaser Function !!
( ホバー・チェイサー ファンクション !! ) 』
…………。
黙々と各機能を動作させて、取り囲む怪人達に精密な攻撃を見舞う。
…………。
B.A.Cupの銃射撃と……。
B.A.Wandでの火球による攻勢は正確無比で……。
3体のピップコートに それぞれ命中し怯ませた。流れる様に行った中距離からの スラローム射撃。
有馬要人を防戦一方に せしめたピップコート達を圧倒した。
この合間には 銃弾や火球が白翼の怪人にも放たれる。
…………。
「 ……迷いは無いのですね。それと同時に。 」
…………。
白翼の怪人は 眼前に迫る 銃弾と火球を 容易く爆散させた。
片手には 赤色の弓が 握られており、横薙ぎで 払い落したようだ……。
そして、淡々と 話を続ける。
…………。
「 別段、取り乱してもいない。
ですが やはり……。今のままでは……。貴方達が 真に望む未来は 掴めない。 」
…………。
爆発音に紛れて、ナティファーは悲しげに呟いた。
…………。
この呟きが聞こえていないのか……。丹内空護は、より力強く身構える。
…………。
「 俺は、お前達エイオスに躊躇などしない。 」
『 Barrage Armed !! Function !! Sword !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ソード !! ) 』
…………。
戦馬車のアルバチャスが、白翼の怪人に接近する途上……。
B.A.Swordだけに持ち替えて接近戦に特化した戦闘様式に切り替える。
……そのまま 強風のように荒々しく ナティファーに切りかかった。
…………。
「 貴方達が扱う力も、今の状況も……。全てが空回りしています。
……残念ながら 弱すぎる。 」
…………。
白翼の怪人は 赤色の弓の外面に、薄っすらと青白い光を纏わせる……。
青白い光の刃で、チャリオットからの攻撃を正面から受け止めた。
…………。
赤色の弓と、B.A.Swordとの鍔競り合いは、互いに激しく押し合い拮抗した。
…………。
「 貴方も もう少し 俯瞰的になるべきです。先程の愚者と同様に 何も見えていない……。 」
…………。
ナティファーは 2対の翼で自身の身体 諸共……。
……チャリオットを強く抱きしめる様にして 包み込む。
丹内空護が身じろごうにも、難しく脱出には至らない……。
…………。
白翼の怪人の ささやくような声は続けられた。
…………。
「 ……もう時間が ありません。ごめんなさい。
私が もっと早く気が付いて、決断できていれば……。 」
「 ……何を言っている ? 」
「 ……まもなく太陽が昇ります。
悪魔や死神に気を付けて 隠れた陰を探してください。 」
…………。
白翼の怪人は、丹内空護に それだけを伝える。
少量のアルカナの 光の粒子を、戦馬車の全身に送り込んでから 翼を使った包容から解放した。
…………。
丹内空護は 今しがたの出来事によって、眩暈(めまい)のような感覚に襲われる。
…………。
「 ……今の感覚は……いったい。 」
…………。
立ち眩みに堪えて、その場に踏み止まる。
この一瞬の間に 感覚的に直接見せられた一幕は、判断力を振り回す。
現実なのか幻なのか……。判別がつかなかった……。
…………。
……。
その光景では……。
以前 戦った強敵が、とある人物によって行動を阻まれているようだった……。
…………。
「 貴様……。
何故、法の光を扱える。
協定とは異なる……。 まさか、違反者だったか。 」
…………。
恨めしそうに憤る皇帝は、その人物を知っていたような口ぶりだ。
そして、丹内空護さえも……。見覚えがある人物だった……。
これはいったい……。
…………。
……。
僅かに平衡感覚を無くした……。
この現象の発端と思われる 白翼のエヌ・ゼルプトが、更なる謎を告げる。
謎は ある起死回生の手段で……。最近 着目されるようになった方法だった。
…………。
知っている人物は限られている筈の……。
…………。
「 戦馬車よ……。杖の力で、そこの愚者の治癒力を向上させられます。
貴方達が一度、その身に受けた方法です。
……時間は有りませんが、焦ってもいけませんよ ?
隠された光を探してください。 」
「 ……何故、お前が その方法を知っている ? 」
…………。
怪人エイオスの一部が 言語を扱う知能を持つとはいえ……。
技術的な分野について知っていた事を示唆する言葉は 警戒心を強くさせる。
アルバチャスのデバイスと、それに連なる面への知見がある……。そういった意味合いなのか……。
…………。
白翼の怪人は、困惑する戦馬車の青年に 助言ともとれる言葉を残す。
…………。
「 ……例え苦手でも、自分の意志で考えて 決断してください。
全ては、その先に有りますから……。 」
…………。
嫌な既視感を覚えた。
これには確証もなく、明確に関連付けるには薄弱すぎる。
だと言うのに……。
先程まで 静かに湧きだっていた戦馬車の戦意は、これを拒んでしまったよに減退した。
code-7-の systemすらも 呼応するように解除させてしまう。
…………。
気分の良い疑問では無かった。
得体のしれない幻覚や、立ち眩み以上に……。何かがひっかかる。
…………。
「 ……お前は いったい。 」
…………。
生身に戻ってしまった丹内空護が 疑念を言葉にするが……。
その矛先の存在は ピップコートの 3体 諸共、姿を消していた。
…………。
デバイス越しに 聞き覚えのある友人の声が 届く。
天瀬十一である。
…………。
「 空護 !!聞こえるかい !? 」
…………。
丹内空護が、許容しきれない時間を沈黙で摩耗させているた直後だった。
友人の声には、心配の色が漂っている。
…………。
「 よかった。
君まで、今の怪人の特性に やられたのかと心配したよ。 」
「 十一か !?すまん。奴の弱点は知っていたが取り逃した。
白翼の特性が、わかったのか ? 」
…………。
丹内空護は、天瀬十一からの、呼びかけによって沈黙から脱する。
一時的に嫌な既視感から目を離して、飛び込んできた何かしらの情報に飛びついた。
…………。
「 ああ。恐らく 精神干渉だ。
アルカナの光を経由して、精神に揺さぶりをかけるんだろうね。
使い方次第では 幻覚を見せる事も出来るのかもしれない。
前回まで、これを使わなかった理由は不明だけど……。危険な特性だ。
有馬 君の現在の バイタルデータのフィードバックを 元に解析してみた。
予測の精度は限りなく高い。 」
「 ……現在の。なら 有馬は !! 」
「 ああ 生きてる。無事さ。
無理な戦い方をしてたからだろう……。
消耗した身体に、それ をされて深く眠っているだけみたいだ。
医療班も、そろそろ現着する頃だから……。
そのまま合流して空護も診て貰うと良いよ。 」
…………。
情報共有によって、当初 考えられた最悪の可能性が否定される。
ただ、その一方で……。
丹内空護の頭の中では、今日の出来事で得た情報の真偽について、どうしても出来無かった。
普段通りなら出来る 線引きを するには抵抗が有ったのだ……。
………………。
…………。
……。
~潜む光輪~
日樹田西揚水機場から、更に西側へ離れた L-05 地区。
海抜も高い内陸部沿いの郊外へ続く人の通りも少ない区画……。
…………。
そんな景色の中に残る苔むした、ある古道からも近い廃れたトンネル付近。
…………。
蔦植物に覆われたレンガ造りの痛んだ壁に隠れた薄暗い場所に、青白い光の粒子が収束する。
光の粒子が白い翼のエヌ・ゼルプトに姿を固定させたのと同時に……。
剥がれ落ちる様に 人間の面影を残した何かが分離した。
…………。
苦しそうに肩で息をしている何かに、黒翼の怪人が話しかける。
…………。
「 汝、徒労を重ねるのか ?
その道を選ぶ意味はあるのか ?
……理解に苦しむ。
その姿へ分離する意味が有るのか ? 」
「 ……私は、
ほんの少しでも人間だった証を離したくない……。 」
…………。
黒翼の怪人 ドゥークラと言葉を交わす 何かの声は……。ある女性の声に似ていた。
その……。分離した側の姿は……。
人間としての姿と エイオスとしての特徴が複雑に混じり合っている。
変化は 顔の約半分を硬質な外殻で覆う程にまで成っていた。
…………。
声や、僅かに残る人間らしい特徴は……。夢川結衣を思わせる。
…………。
黒翼の怪人は、変質した何かが 手に持っている輪っかのような物へと着目する。
先程の質問への返答に特に反応すらもしない。
…………。
「 何の効力も持たない其れにも、
意味はあるのか ? 」
「 ……これだけは、ワタシと違って変わる事はありませんから。 」
…………。
夢川結衣のような何かは……。
外殻に覆われた白い手で、蜘蛛の巣のように糸が張り巡らされた輪っかを優しく握った。
どんな質感なのかも、もうわからない。
…………。
「 当然だ。其れは只の玩具。
理解に苦しむ。
汝は、ナティファー。
分かれ道をも象徴する エヌ・ゼルプト……。
今の汝の姿……。道を決めかねている様は、あまりにも愚かしい。
その悪あがきは、永く続けられるものでは無い。 」
「 …………。 」
…………。
黒翼の怪人が叩きつける現実によって沈黙が発生する。
ドゥークラは、沈黙に気にする事なく 話を続ける。
…………。
「 完全なるエヌ・ゼルプトの性質と 人間の身体が並び立つ事は無い。
無駄に消耗し、自我を摩耗させるだけだ。
全てを受け入れて身を ゆだねるか……。
それとも、自我とエヌ・ゼルプトとしての全てを捨てて、虚無の化身へと完全に変容させるか。
選べるのは、2つに 1つのみ。
我は、役割を全うした。汝を 2度は助けたが 3度目は無い。
次の同化は……。 」
「 ……わかっています。
もう、今のような姿に すら なれない。
恐らく、エヌ・ゼルプトとしての姿に定着してしまう。
そして 万が一、マーヘレスのように暴走したら……。
貴方は調停者として再起不能を与える。 」
…………。
夢川結衣からの言及に、ドゥークラが短い言葉で肯定する。
…………。
……。
一連の様子を、少し離れた死角から傍観していた存在が見届けた……。
その人型は……。
全身を鮮やかな赤色の装甲で包み、頭部には金色の王冠を思わせる意匠を持っていた。
ドゥークラだけが傍観者に気が付くが、気にする様子もなく放縦する。
程なくして……。
…………。
傍観者は、赤色の装甲を僅かに明滅させると、1秒にも満たない合間に姿を消した。
ほんの微量の光の粒子だけを残して。
………………。
…………。
……。
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