- 11話 -
潜在と顕在
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目次
~誠意の力量~
APCの特務開発室と同じ階のラウンジでは……。
白衣の青年 天瀬十一(アマセ トオイチ)が……。
期待の新星とも呼ばれる青年に……。A-device(エー・デバイス)を手渡す。
…………。
「 有馬 君の A-deviceの調整は 無事に終わったよ。 」
「 ありがとうございます。十一さん。 」
「 今回の定期メンテナンスに合わせて、
以前から報告に上がってた 索敵機能も細かく 見直し しておいた。
また気に成る事が有ったら、いつでも教えて。 」
…………。
アルバチャスに変身する為の起動システム……。
Arcana Barrage Chase System。
( アルカナ バラージ チェイス システム )
これが組み込まれた端末の、定期的な改修が無事に終わったようだった。
2人は今回のメンテナンスの中で、主だって行われた項目の最たる部分について口頭での確認を行う。
青年 有馬要人(アリマ カナト)は、未だに座学は苦手なようだが……。
基本的な索敵機能の名称を 得意気に口にした。
…………。
「 助かります。……たしか正式名称は。
Arcana Search(アルカナ・サーチ)!!……覚えましたよ 名前。 」
「 うん 正解。
アルバチャスの基本機能の 索敵能力だね。
通信機能にも 紐づいている情報武装で、
アルバチャスに変身する 前からでも使用できる……。
機能の名前は知らなくても、 音声通信なんかは使ってるから、なんとなく知ってるよね ?
今の方が 前よりは、疎通が取りやすい筈さ。 」
「 心強いです。
なんだか、強敵とか新手と遭遇した時に限って、調子が悪かったりして……。 」
…………。
青年は、これまでの戦闘処理で何度か通信障害に見舞われていた。
その都度……。
幾度かに渡って メンテナンスは行っていたのだが……。
有馬要人のデバイスは 散発的に、これを再発させているようなのだ。
…………。
大きな戦いが終わった 今のタイミングで……。
普段は確認しない項目も含めた 大々的な 見直しを行っていたのだった。
…………。
天瀬十一の 見立てでは……。
今の所 目立った異常は無かったが、念押しとして……。
既存のアルバチャスのデバイスの索敵機能の精度が、向上するように再調整を行われた。
…………。
白衣の青年の脳裏に、ある懸念が思い浮かんだらしい。
…………。
「 もしかしたら エヌ・ゼルプトには……。
通信を阻害する類いの種類も、いるのかもしれないな。 」
「 ええ !?
凄く嫌ですね。それ。 」
「 ごめん。ごめん。可能性の話だから……。
聞き流してくれていいよ。
有馬 君も 空護も、戦いには慣れてきてるから、過信さえしなきゃ大丈夫さ。 」
「 今なら 十一さんも戦えますもんね。
俺の気持ちは、既に大船に乗ってますよ。 」
…………。
天瀬十一が 呟いた可能性に、青年の表情が 変わった。
嬉しさとは正反対の 負の感情が、やんわりと浮き出る……。
…………。
白衣の青年は、これを目にして 杞憂でもある旨も伝えて……。
リアクションが大きい 青年の自信を補填させた。
…………。
どこか調子の良い青年が、直ぐに安心感を取り戻す。
天瀬十一は、そんな青年に申し訳なさそうにして、まだ大船が出港できない背景を伝えた。
…………。
「 そのことなんだけど。
当面の戦闘処理は また 有馬 君と 空護の 2人だけになるんだ。 」
「 なんでですか !? 」
…………。
これについては……。実動班に所属する青年も知っていた筈だったが……。
失念していたようなので、既に共有されていた筈の今後の方針について 噛み砕きながら説明していく。
白衣の青年が行った 説明の中には……。
既存のアルバチャスや 新たな戦力を 取り入れる事で身近な具体例として添えられた。
…………。
「 次世代型と量産型の話は 知ってるよね ?
これらは 有馬 君の code-0-……。
空護の code-7-が……、それぞれ基に成っているんだ。
俺のアルバチャスは、次世代型でもあり 試作でもあるんだ。
つまり……。2人のアルバチャスで得たデータの 次世代試作用の試験型って感じかな。
だから今後、量産型を実装するにあたって……。
見直すべき点が見つかれば、それは急ぎの改善点になってしまう。
例えば……。
次世代型の標準としては 現行型の特色の両立が前提目標になっているんだ。
具体的には……。
code-7-の耐久力を基調とした安定感の高い総合力、
code-0-の瞬間的な出力強化能力。
これらを量産に適した水準で併合した性能を目指さなくてはならない。
……となれば、現状の Babel(バベル)は かなり鈍重だ。
課題が有るかぎり、今のままで次世代型の基準にするわけにはいかないって事さ。
改良の余地は、他にもある。
バベルには、新しい思想で考案された武装として、
ある機能が テスト用に備えられているんだけど……。
これに該当する 雷撃生成機構や 大型補助アームは、今後の量産型には不敵だろうね。
量産型の 燃費が悪くなりそうだし……。何よりも……。
経験が浅い者が扱う前提なら、取り回しが難しくて汎用性が低くなってしまう。 」
…………。
青年 有馬要人は 眉間にシワを寄せて、何度か欠伸を噛み殺しながら、どうにか聞き終える。
眠気を消滅させる為なのか、積極的に質問を投げた。
…………。
「 それじゃあ。
十一 さんのアルバチャスも、あの腕は外しちゃうんですか ? 」
「 俺のは外さないよ。
設計した 俺が扱う分には 使いこなせるさ。
けど、これからの 画一化された戦力は……。
もっと シンプルで、連携の取りやすい スタイルに成っていくと思う。
マーヘレスのような数での攻勢に対応するには、
こちらも数が必要だろうからね。
だから 量産型の導入は、転換点になると信じているよ。 」
「 量産型か 楽しみですね。
そういう事なら俺も頑張りますよ。
新しい 次世代型が仕上がるまで 戦い抜いて見せます ! 」
…………。
さっきまで、げんなり していた青年の表情は 引き締まった ものに変わっていた。
片方の掌に、反対側の手で握った拳を軽くぶつけて戦意の高まりを滲ませているようだ。
…………。
「 意気込んでるね。
……頼もしいのは こっちの方だ。
有馬 君が、ストゥピッドの適性者で本当に良かった。 」
「 どうしたんですか ?
なんだか 改まってるような……。 」
…………。
少しだけ、さっきよりも真面目な調子が漂った……。
白衣の青年が見せた 表情と声の微細な変化である。
青年は 少しだけ面を食らう。
……らしくないような、雰囲気に意図を掴み切れない様子だ。
…………。
天瀬十一は、これへの弁解を簡単に行った。
…………。
「 まあ……。
急に話しても反応に困るか。
けど、有馬君には……。
真尋を助けてもらった事が有ったからね。
いつかは、改めて言わないとって 思っていたんだ。 」
「 もう、かなり前ですよ ?
それに当時だって直接 お礼してたじゃないですか。
なんか今日の十一さん変ですね ? 」
…………。
らしくない原因を知るが、つっかえた感覚は微妙に残る。
有馬要人が 半年以上も前の出来事に辿り着くまで少しだけ時間を要した。
…………。
「 そうかな ?なら 少し変だったかもね。
調度、こないだ真尋と話してたら、当時の話題に成ってね。
俺に とっての大切な家族だから、お礼は何回、伝えても良いかなって……。
……そう思ってさ。 」
…………。
白衣の青年は、気持ちの方向性に困った青年を そこから開放しようと試みたらしい……。
身近で無二な背景を例題に出して疑問をほぐす。
…………。
……。
天瀬十一の脳の奥では、妹との日常的な会話が思い起こされる。
最近の ある夜の出来事だった。
…………。
……。
…………。
遅い時間の自宅への帰宅……。
玄関で靴を脱ぎ、白衣の青年が 玄関からの廊下を通り抜ける。
…………。
「 お兄ちゃん。おかえりなさい。 」
「 ……ああ、ただいま。 」
…………。
ある日の、天瀬家の少し遅い夜。
兄妹が リビングに揃うと、ゆっくりした時間が流れた。
…………。
「 最近、忙しいの…… ? 」
「 すまない。真尋……。父さん の方は今日も ? 」
「 そう……。お父さんも 忙しいみたいだよ ?
帰っては来るけど、すぐ出かけ直す事が多い感じ。 」
「 ……そっか。 」
「 あっ……。夜ごはん食べる ? 」
「 貰おうかな。 」
「 実は、そう言うと思って、後は盛り付けるだけだよ。 」
…………。
近況報告を いつものように済ませる。
少し遅い夜ご飯が、ほんの少しだけ遅くなった。
食卓に並べられた 2人分の食器から、湯気が昇る……。
コンソメの香りが ロールキャベツから広がっていった。
…………。
……。
日常的で特別な日の情景だ……。
天瀬十一は、意識を 現在の会話に戻す。
…………。
今後の方向性について 共有を無事に済ませる傍ら……。
2人は別の話題に 触れ始める。
特務開発部の A.O’s(エイオス)研究課に属する人物の 最近の近況についてだった。
…………。
これを切り出したのは 青年 有馬要人の方からである。
…………。
「 十一さん そういえば……。
夢川さんは今日も……。 」
「 もう 2週間程になるかな……。
欠勤が続いてるよ。
連絡も取れなくて、自宅の方にも いないらしい。
なにかの事件に巻き込まれて無ければ良いんだけど……。 」
…………。
有馬要人と 天瀬十一は、その女性の安否を気に掛ける。
渦中の女性は……。
英結食事会の夜以降から目撃情報も無く、APCにも顔を出していないらしい。
普段の真地面な様子からは 大きく離れた印象の度重なる無断欠勤だった。
何かしらの背景を想像させるには簡単で、連絡も取れない現状が不安だけを強める。
…………。
数秒数分の重い空気の中で……。
青年が持つ デバイスの索敵機能が、戦闘処理を要するアラートを知らせた。
Arcana Search(アルカナ・サーチ)がニューヒキダに鳴り響く警報よりも早く、エイオスの出現に反応したのだ。
デバイスのスクリーンには……。
アラートの動作と同じタイミングで危険区域が表示されている。
青年 有馬要人は、すぐさま駆け出し 怪人が出現したと思われるポイントを目指した。
………………。
…………。
……。
~不撓不屈~
赤色と 黄色のアルバチャス……。有馬要人が……。
……アラートによって 知らされた場所へ現着するが周囲には人影は無い。
…………。
周囲には 地区の性質として緑が多く、至る所に植物園や観光農園等があった。
…………。
先程まで 激しかったアラートは……。
数分前に静まってしまったが、警戒を緩めず しらみつぶしに哨戒行動を行う。
…………。
青年が哨戒行動を行っている現在地……。
APCの社屋が有る地区からも 近い B-01 地区は……。
既に避難も済まされており、朗らかな陽光の下でも不気味に思える静けさが、一帯に立ち込めていた。
…………。
……。
以前……。
C-02 地区の鉄橋、ヒキダ・ブリッジでは……。
一般的な視線の範囲からは 大きく外れた上空に、空を飛ぶ 怪人が 2体出現した事が有った。
2体は 翼を持った 黒翼の怪人と、白翼の怪人である。
…………。
あの時の エヌ・ゼルプトと思われる怪人は、非常に手強く底が知れない……。
万が一に備えて、今回のエリアを念入りに偵察していく。
…………。
十数分程が経過した……。
…………。
「 ……ピップコートも、エヌ・ゼルプトもいないのか ?
十一さん。
今回の警報区域内の哨戒を終えましたが……。
現状ではエイオスの姿を確認できません。 」
「 こちらでも 結果は 同じみたいだ。
有馬 君。念のため もう少し……。 」
…………。
音声通信によって 現状の洗い出しを行っている最中の事だった。
いつの間にか……。
有馬要人の 眼前 数メートル先には、真紅の体表を持った怪人が静かに佇んでいた。
筋骨隆々とした大柄な戦士のような怪人である。
まるで最初から、その場所に存在していたかのように 何の兆しも無かった。
少し遅れて 先程と同様にアラートが鳴り渡る……。
この怪人は 只ならぬ存在であると、誰もが直感的に理解出来る 状況が叩きつけられた。
…………。
「 ……十一さん。
今、目標を確認しました。これより交戦を開始します ! 」
「 有馬 君 !!そいつは……。
その怪人は 真紅の戦士かもしれない !!
もし、そうなら……。
単体で マーヘレス以上の強さを持つエヌ・ゼルプトだ。
空護にも連絡は済ませた。絶対に無理はしないでくれ !!
復興地域の警邏(けいら)中だから、直ぐに合流できる筈だ……。 」
…………。
単独で相手をするには 不相応 過ぎる未知の脅威……。
真紅の体色や顔の造形が どことなく code-0-にも似た何者かも 不明確な戦士だった。
伝聞では、かつての 22災害を起こした数多の怪人を相手に……。
単独で対等以上に戦ったと されるが、行動原理は最も不透明で……。
これまでに APCが交戦してきた どの怪人よりも謎に満ちている。
天瀬十一は、現在稼働できない自身のデバイスの状況に無力感を募らせた。
…………。
……。
特務開発部の職員の殆どが、現在の B-01 地区に出現した真紅の怪人に戦慄し固唾を飲む。
…………。
有馬要人は、目の前の怪人に臆せず拳を握った。
天瀬十一からの 注意喚起は別にしても……。
過去の大災害と関連深い特異な怪人を相手にした事で、頭の中に多くの事が思い浮かんでいく。
…………。
……。
真っ先に思い浮かぶのは、鮮明な記憶が今も新しい N 地区全域の残骸。
半年近く前の、この街に訪れた頃は……。
過去に廃墟同然に なった事も無かったように復興が済んでいた。
ニューヒキダ全体の洗練された新しい街並みは、市の全体がニュータウンとして作られたかのような活気に満ちていた。
…………。
だが……。
マーヘレスが行った凱旋によって、賑わいに満ちた 一角を切り崩されてしまったのだ。
見渡す限りの瓦礫だらけの景色……。
街並みの一部だった全てが、只の瓦礫に変わって災害廃棄物として撤去されても……。
新たに整地された区画に、新しい街の計画が組みあがっても……。
取り戻せないものも有るのだ。
…………。
献花台の多くの花が……。青年の頭の中で思い起こされる。
…………。
「 せっかく、復興が進み始めているのに !!
これ以上被害を出してたまるか !! 」
…………。
これまでの出来事や いたたまれない情景は、青年の心の内側で激情の欠片を作っていく。
…………。
「 お前達は、いったい何なんだ !!
どうして、あんな事が出来るんだ !! 」
「 ……血気盛んな愚者か。
今まで見ていたが……。何も知らずに ここまで進んだな ?
……引けなくなるぞ ?
全ては すべからく 望み通りに進んでいる。 」
…………。
仄暗く力強い声は 俯瞰的な物言いで、青年に語り掛ける。
言語を扱い……。
過去の大災害で マーヘレスを含めた多くの怪人と対立した謎に満ちた存在。
…………。
愚者のアルバチャスは 身構える。
真紅の戦士の言葉に反論し 抗戦の意思を強めた。
…………。
「 ……アレが望み通りだと ?
お前がエヌ・ゼルプトなら、俺は尚更 引けない !!
俺が お前達を倒してやる !! 」
「 有馬 君 !!無茶だ !!
空護が 現着するまで状況を見誤るな !! 」
…………。
白衣の青年 天瀬十一が、珍しく声を荒げた……。
…………。
有馬要人が、アルバチャスとして活動するようになって間もない頃の事が 思い起こされる。
空を飛ぶ騎士型の ピップコートと交戦した際に行った行動だ……。
当時はピップコートが相手だからこそ、成立した無茶だった。
しかし、今回の状況は以前よりも悪い意味で異なる……。
…………。
今回は、騎士型のピップコートが相手なのではなく、恐らく真紅の戦士と呼称される存在なのだ。
万に一つも適う筈が無い。
…………。
確かに……。
理屈としては少しでも情報は欲しいが、最低限度の拮抗しうる戦力が有ってこその手段に過ぎない。
明確な力量差が既に浮き彫りに成っている相手に、無策で飛び込む必要など無い筈なのだ。
天瀬十一は、戦意を高める 有馬要人に 再三の注意喚起を行った。
青年は、そんな状況下でも なんの迷いも無く応答する。
…………。
「 エヌ・ゼルプトは エイオスでも上位の存在……。
それくらいは俺もわかってます。
けど、それぞれがマーヘレス級の驚異なら……。
そんなのが 複数存在するなら !
俺が自分の身の安全を考える暇なんて、最初から無いんです !!
いくら目の前の相手が 強大な相手でも……。
アルバチャスが戦わなくちゃ、エイオスの行動を阻止なんてできやしない !!
十一さん 俺は戦いますよ。全力で !! 」
…………。
有馬要人は、この地で繰り返される惨劇を制止したい一心で 決意を固めたようだった。
エイオスの中でも 特異な存在に、肉薄した距離からの殴打と連脚の押収を叩き込む。
嵐のような乱打で、抗う意思を示して 次々と 打撃を繰り出した。
真紅の怪人は……。
全てを受け流す事も無く、全てを受けるが微動だにしない。
それどころか……。
軽く片腕を振るって 有馬要人を 吹き飛ばすと、底の無い凄みの有る低い声で静かに語り始めた。
…………。
「 脇道からここまで潜り込み……。ここまで高めたか。
……あの者は。
他の者に作らせた道を歩くつもりだな。
血気盛んな愚者よ……。
いや、道化にも足り得ない者よ。
悪いが 協定違反のマルクトは、改修させて貰おう。 」
…………。
謎の怪人は、依然として苛烈な打撃を仕掛ける 愚者のアルバチャスの頭を、片手で鷲掴みにする。
そのまま持ち上げては、アルカナの光を吸い上げようと、頭を掴んでいる方の掌に力を込めたようだった。
…………。
「 …………何を !!この手を !!離せ !! 」
…………。
有馬要人は、頭部に激痛を感じていた。
頭が砕かれそうな程の 強烈な握力だったのだ。宙ぶらりんな姿勢から殴打や蹴りで反撃をする。
…………。
真紅の怪人は 青年の反撃に、微塵の痛手も感じていないようで 力を加え続けた。
そのせいなのか、愚者のアルバチャスの全身に異変が起こる。
全身からアルカナの光が移ろい、真紅の怪人の掌を目指して流動していったのだ。
…………。
「 このまま マルクトを返してもらうぞ……。 」
…………。
青年は、酷い眩暈や激痛を覚える。
自身の身体の末端から、頭部に無理矢理に流れ込む アルカナの光による影響なのだろう。
まるで、自身の頭が風船にでも成って……。
……身体中から集められた空気で 脳を圧迫するような異様な感覚だった。
苦痛だけが知覚される暗転した意識の中……。
……これまでの出来事が 虫食いのように途切れ途切れに 組み合わさっていく。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
…………。
見知った人達との 多くの出来事が駆け巡る……。
…………。
「 よお……。
もしかして……。今日も 様子見に来てくれたのか ?
お陰様で 明日か明後日には退院できるってよ。
命あっての物種って言うしな !!
それにな……。 」
…………。
今のは……。年の離れた友人……。巻健司(マキ ケンジ)だ……。
…………。
いろんな情景が呼び起される……。
…………。
「 ……さんって言うんですね。
あの時は、ありがとうございました。
私は 天瀬真尋(アマセ マヒロ)って言います。
本当は、直ぐに……。 」
…………。
次々と……。記憶が散らかる……。
…………。
「 ……キミが ……だね ?
この ……を キミに預ける。
…… アルバチャスとして戦うのなら……。
気持ちが固まった時に ……と良い。 」
…………。
「 ……やっと目を覚ましたか。
今日までで、丸 2日は眠っていたんだ。心配したよ……。
…… わかるかい ? 」
…………。
いつもと少しだけ異なる食堂……。ある日の雪辱……。
…………。
「 意気込んでるね。
……頼もしいのは こっちの方だ。
……が、……適性者で本当に良かった。 」
…………。
……。
一度失ったら……。
…………。
……。
「 では……。
続きを 私の方から説明させて頂きます。
方法は幾つか有りますが……。
その中の 1つは既に行っていますね。
アルバチャスの性能を、より高い 水準で引きだす 要因に繋がるのは、自力の向上……。
そしてもう 1つが……。
……基本武装の強化です。 」
…………。
……。
「 俺が繋いだ数秒、数分は……。
必ず お前達を……。 」
…………。
記憶さえも霞みそうな中での 託された思いが……。なんとか意識を保たせる気がした。
…………。
N 地区の献花台に置かれた花や慰霊品が 思い起こされた。
…………。
……。
青年は、痙攣(けいれん)する身体を 奮い立たせて、武装機能と滑走機能を動作させる。
…………。
『 Barrage Armed !! Function !! Pentacle !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ペンタクル !! ) 』
『 Hover Chaser !! Function !!
( ホバー・チェイサー !! ファンクション!! ) 』
「 ……俺は !!俺達は !!
戦えない誰かの為に 怪人に立ち向かう !
こんなとこで負けてられるか !!
失ったら 取り戻せないものだってあるんだ !! 」
…………。
有馬要人の激情を裏打ちするかのように……。
激しいアルカナの光の放流が、高い密度のエネルギーを纏わせていく。
いつの日かのように、ストゥピッドの頭部には 光の円環を作って余剰分の けたたましい光が噴出する。
並外れた光の量に、真紅の怪人も 僅かに気圧されたようだった。
…………。
その瞬間 流れが変わる。
未だに頭を 掴まれたままの青年が……。
怪人の身体に 滑走機能をアイドリングさせた両足を あてがい 一気に炸裂させたのだ。
左足は軸足として体軸が回転できるように、右足は勢い良く前進させて怪人の顎に目掛けて……。
痛烈な蹴りからの バク宙で、鮮やかに窮地から脱する。
…………。
真紅の戦士は、愚者のアルバチャスの頭部を手放してしまう。
…………。
「 ……これは。……そういう事か。 」
…………。
真紅の戦士は、顎を直下から蹴り上げられるが、まだまだ余力があるようだった。
むしろ 何かに気が付き 腑に落ちているような口ぶりだ。
……先程までとは異なり 得意の武器をアルカナの光で形作り臨戦態勢を整えている。
…………。
「 戦意を未だ 燻らせるのならば、
こちらも、その気で相手をさせて貰おう……。 」
…………。
真紅の戦士は民族的な 2種類の武具を握った。
マクアウィトルと思しき木剣のような武器と、木製の盾を構えている。
闘気が 周囲の空間を振動させているようだった。
…………。
……。
………………。
…………。
……。
丹内空護は、天瀬十一からの知らせで ホバー機能で疾走した。
B-01 地区に現れているのは真紅の戦士。
22災害に現れた全ての怪人と対峙したとされる怪人だ……。
天瀬十一からの情報によれば、言語を扱っているらしく。
奮戦する有馬要人を相手にしても、未だに底を見せていない。
扱っている武具は、木製の盾と マクアウィトルに酷似した 木製の剣と酷似したものだとか。
…………。
特異な能力が有るのか、根本的に強力な存在なのか……。
…………。
怪人で有りながら……。
災害が有った当時も含めて、人間に危害を加えた実例は確認されていない。
だが……。
知能を有るのならば、何を知り何を念頭に行動しているのか……。
どういった理由を持とうと加勢に向かう速度は緩められない。
…………。
アルバチャスの滑走機能で疾駆する 丹内空護の前に、黒と白の 2種類の羽根が降り注ぐ。
天瀬十一からの 共有で知らされた地区を 目指す途中……。
綺麗な 花時計が設置された広場で 2体のエヌ・ゼルプトが現れる。
黒翼の怪人ドゥークラと 白翼の怪人ナティファーが舞い降りたのだ。
…………。
「 戦馬車の贋作よ。久しいな。 」
「 お前は……。邪魔をする気か ? 」
「 我らは使い。
寧ろ、汝が水を差さぬようにする為に来た。
いずれ……。
カシュマトアトルが、あらゆる道を正道に戻すだろう。 」
…………。
黒翼の怪人ドゥークラは……。
戦馬車のアルバチャスの 前で、わざとらしく両腕を広げて立ちはだかり語り始める。
白翼の怪人は、その後方で 相も変わらず 静かに立ち尽くしていた。
…………。
丹内空護は、強行突破の選択肢を頭の中に浮かべる。
…………。
「 悪いが 謎かけに付き合っている暇はない !!
十一 !!例の翼持ちと遭遇した。
直ぐに終わらせて 有馬の救援に向かう。
俺の方は大丈夫だ。あっちの方を注視してくれ。 」
「 同日中に、こうも重なるなんて……。
有馬 君は、今の所 大丈夫だ。
空護も無茶はしないでくれ。 」
「 ああ !!まかせろ !! 」
…………。
丹内空護は、友人との音声通信を手短に済ませた。
直ぐにアルバチャスの腰部側面に設置された機能の両方を作動させる。
…………。
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Wand Sword !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! ワンド・ソード !! ) 』
『 Hover Chaser !! Function !!
( ホバー・チェイサー !! ファンクション!! ) 』
…………。
戦馬車のアルバチャスは、両手に武器が用意されるのと殆ど同時に動きだす。
ホバー走行で 迅速に接近し、猛々しい攻撃を 黒翼の怪人に仕掛けた。
魔導杖型の武器 B.A.Wandからの火球で、中距離からも牽制を欠かさない。
至近距離へ飛び込んでからは……。
刀剣型武器 B.A.Swordによる斬撃と、B.A.Wandによる打撃や近距離からの爆撃を見舞う。
隙の無い攻勢だが……。
ドゥークラは、無手格闘で 容易く対処し 問答を続けた。
…………。
「 刻限は近い。
代理の贋作だけでは、立ち行かなくなるぞ。
次なる天啓が迫ってる。彼の者はどうした ?
未だに姿を 現さないつもりか ? 」
「 天啓だと ?
誰の使いかすらも、わからない相手の発言など信じるに値しない。
俺は お前達を退けて、
お前の仲間の邪魔をさせて貰う。 」
「 汝ら、誤った道で選択を急ぐか。……なれば。
今日は汝の相手を是れに任せてみるとしよう。
さあ。ナティファーよ。存分に戦ってみせろ。 」
…………。
ドゥークラは チャリオットの猛攻を軽々と退けて後方に下がる。
この動きに合わせて ナティファーが戦線に加わった。
白翼の怪人 ナティファーは 遠方から、戦馬車のアルバチャスの射撃を模倣するように光の矢じりを射かける。
赤色の弓による 牽制射撃のような猛襲だった。
1度の投射で 6本の光の矢が同時に飛び交う。
6本の光の矢じりは、戦馬車への楔(くさび)のようだった。
ドゥークラに追撃を加えようとした 丹内空護の動きを大きく阻害する。
…………。
……。
時を同じくして 有馬要人も、真紅の怪人との戦いを激しくさせる。
怪人が繰り出す豪胆な一撃は、青年の身体を軽々と 遠くまで吹き飛ばしてした。
B.A.Wandで受け止めても、豪胆な一撃は受けきれないのだ。
…………。
青年 有馬要人は、遠方に吹き飛ばされながらも、間髪入れずに反撃を行った。
吹き飛ばされから、何かに ぶつかるよりも先に 中空から、火球を撃ち出して攻勢に出る。
…………。
真紅の怪人は、木製の盾を用いて 火球を容易に粉砕した。
…………。
至近距離においても歴然とした差を見せつける。
木剣や木盾による打撃も……。木剣の側面に備えられた石刃での斬撃も……。
剛腕が存分に発揮されて 衝撃も圧力も、格が違っていた。
…………。
「 まだ、燻るか ?
先に進めば、こんなものではないぞ。血気盛んな愚者よ。 」
…………。
先程と変わらずに底の知れない声で、怪人は 青年に呼びかける。
…………。
「 当たり前だ。
どこへ進む道だろうと 俺は戦い続ける !! 」
「 何も知らずに 紛れただけならば、
そのまま戻る選択も有るのではないか ? 」
…………。
真紅の戦士は 有利な防戦を続けるが、言葉を変え何度も問いを投げた。
愚者のアルバチャスは、戦意を決して絶やさない。
…………。
「 確かに 俺は何も知らない。お前らがどんな存在なのか……。
何をしようとしているのか……。
俺には何もかも わからない。 」
「 ならば……。 」
…………。
青年は、怪人からの問いを肯定し飲みこんだようだった。
真紅の戦士は、含みの有る意志の根幹を心待ちにして催促する。
…………。
有馬要人の これへの言葉が解き放たれた。
…………。
「 ……だけど、たった 一瞬で多くを失う痛みくらいは、
俺にもわかる !!
やっとの思い手に入れたものを、
失う痛みが わかれば理由なんて充分だ !!
俺が誰かの代わりに 少しでも戦えるなら !!
後戻りなんて 出来るはずが無い !! 」
「 その気迫。偽りは無いか……。
鍵を持つに見合った心根だ。
……良いだろう。
ならば、かつて戦神と呼ばれた名に恥じない戦技を見せよう。
この 霊木剣カルバアトナイによって。 」
…………。
真紅の怪人が、どこか嬉しそうに戦い方を変える。
木剣からは、赤い靄が立ち込めて周囲に漂っていく……。
…………。
青年 有馬要人もまた、怯む事はなかった。
B.A.Wandを振るい、鮮やかな棒術を叩き込む。
僅かな合間にも 棒術と 得意の足技によって、自身の隙を最小限に埋めるように立ち回った。
B.A.Wandを軸足の代わりにした 両足での蹴り……。
即座に姿勢を戻してからの 棒術による 数発の打撃と、先端からの火球……。
愚者のアルバチャスは 変幻自在の戦いを繰り広げる。
…………。
奮戦する愚者の身体には、時間の経過に比例して 赤い霧の滴が付着していった。
少しずつ凝固しているようで、愚者のアルバチャスの 俊敏な動きに 陰りが見えていく。
…………。
「 霊木剣カルバアトナイは、
燃える水を 自在に操る事が出来る。
赤い霧は 獲物を捉え、蛇の毒のように動きを鈍らせる。 」
…………。
気が付くと……。
愚者のアルバチャスは、滑走速度にすら支障をきたしている。
全身の 至る所が、蝋細工のように固まってしまったのだ。
…………。
真紅の戦士は、この頃合いを待っていたかのように 木剣を前方の中空に突き出す。
…………。
「 この霊木に埋め込まれた全ての石は、墓標、黒宙石(コクチュウセキ)。
火花を起こして 爆炎を作るのも容易い……。 」
…………。
愚者のアルバチャス……。有馬要人は、既に回避行動さえも 出来そうに無かった。
木剣の側面に埋め込まれた意思は 神秘的な黒色の輝きを 零れさせる。
…………。
……。
遡る事、十数分。
有馬要人が、カシュマトアトルに 啖呵を切って覚悟をぶつける頃……。
…………。
戦馬車のアルバチャス……。丹内空護は……。
白翼を抱く女型の怪人 ナティファーとの戦闘を より一層激しくさせていた。
扱いなれた B.A.Swordと B.A.Cupを両手に携えて……。
四方八方から 特異な軌道で迫る光を 時には切り落とし、時には撃ち落として奮闘する。
白翼の怪人は、絶えず 赤色の弓から矢を射かけて、攻勢にでる隙を与えない。
丹内空護は、黒翼の怪人が発した言葉を思い起こす。
…………。
「 汝ら、誤った道で選択を急ぐか……。 」
…………。
黒い翼のエヌ・ゼルプトが投げた言葉だったのだが……。
何かを見越したような怪しい言葉に 憤りを感じた。
…………。
戦馬車のアルバチャスは、独特な緩急で 調子を狂わせる 光の矢の猛襲に押されて 少しずつ後退していく。
…………。
丹内空護は、アルバチャスの頭部を覆うマスクの内部の視覚情報を元に、手段を変える事にした。
これまでよりも顕著な変化に気が付いたのだ。
…………。
「 ……何が選択だ。
どんな奴でも、常に選びたいのは最善の未来だ。
俺達は過去の大災害以降、誰もが常にそれを目指して戦ってきたんだ。
これ以上、足踏みなど していられるものか !! 」
…………。
B.A.Swordを ドゥークラ目掛けて投げつける。
空中で回転する刀剣が 幾本もの光の矢を切り裂いて 弾き飛ばしていく。
…………。
「 汝、今の選択すらも放棄するのか ?
自暴自棄に飲まれたのならば 果てに至る事は……出来ない。 」
…………。
黒翼の怪人に迫っていく 旋回する B.A.Swordは……。
白翼の怪人が 新たに放った複数の光の矢じりに撃ち落とされてしまう。
…………。
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Cup Pentacle !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! カップ・ペンタクル !! ) 』
「 何を言う。俺は 今 出来る手段を捨てるつもりはない。
常に最前の未来を狙い続ける !! 」
…………。
あえて B.A.Swordを手放して、起死回生を狙った切り札を切った。
白翼の怪人が新たに投射した光の矢じりが、戦馬車の 鎧と盾に何本も直撃する。
…………。
さっきまでは 防御の為に 切り落としていた分と……。
撃ち落としていた分の全てが 何も対処されずに命中しているのだ。
…………。
光の矢じりによって、防具や盾には亀裂が入る。
丹内空護は 気にする事もなく、ある一点に照星を合わせて 集中力を高めると精神を研ぎ澄ました。
…………。
「 ……隙ありだ !! 」
…………。
刹那に放った精密な 1発の銃射撃が……。
ナティファーの頭上に輝く円環に命中する。
…………。
白翼の怪人の円環には、小さな裂溝が刻み込まれた。
この影響からか 怒涛の光の矢は止み 射手は、立ち眩みでもしたかのように後方へと、よろめいて後ずさる。
…………。
「 ……やはり、そこが弱点か。
このまま倒させてもらうぞ。 」
…………。
戦馬車の反撃に、もっとも驚いたのは 黒翼の怪人ドゥークラだった。
…………。
「 是れの 急所が何故わかった。 」
「 言ったはずだ、俺達は誰もが最善の未来を目指していたと……。
友人達が用意した全てが、俺の戦う力になる !!
そしてそれは、何にも勝る切り札に変わるんだ。 」
…………。
丹内空護は、先程の防戦に強いられる最中でも、常に機を伺っていた。
アルバチャスの頭部を覆う、マスクの内部に 投影された視覚情報から、勝機を見つけだす。
Arcana Search(アルカナ・サーチ)と呼称される機能で 視覚化された情報群が 勝機を割り出したのだ。
怪人のエネルギーの流れから 最も密度の高いポイントこそが それだった。
…………。
普段は エイオスの出現ポイントの割り出しや、音声通信等に利用されるきのうだが……。
根幹の演算機能は……。
常に アルバチャスとして戦う者が知りたい情報を マスクの裏側に視覚化し戦闘を補助する。
この機能の制度が 高められたからこそ 選択できた手段だった。
…………。
『 Hover Chaser Function !!
( ホバー・チェイサー ファンクション !! ) 』
『 Barrage Armed !! Dual Function !! Cup Sword !!
( バラージ・アームド !! デュアル・ファンクション !! カップ・ソード !! ) 』
…………。
丹内空護は、無力化した白翼の怪人に止めを刺そうと試みる。
B.A.Cupによる銃撃で牽制を継続しては 接近し、白兵戦に持ち込む流れだ。
戦馬車のアルバチャスが 疾駆して、B.A.Swordと B.A.Cupを握りなおす。
…………。
ここに来て、ドゥークラが立ちふさがり、巧みな徒手格闘を仕掛けてきた。
黒翼の怪人は、こんな状況でも 戦馬車との接戦で 競り勝っていく。
…………。
「 汝……。最前の未来を望むか。
だが、贋作は贋作……。傑物足る真作には至らない。 」
…………。
ドゥークラは何かを 見透かすような口ぶりだった。
殴打の 1つで、ひび割れた白い盾にを粉砕してしまう。
何度も光の矢じりを受け続けた負荷が 現れてしまった。
…………。
「 汝……。心 強くとも……。
贋作の力量は低く浅い……。 」
…………。
丹内空護が 得意の、刀剣型武器や銃を取り入れた戦法も……。
黒翼の怪人の徒手空拳には 未だに劣り、殴打の 1つ 1つで両手の武器も弾き飛ばされていった。
…………。
B.A.Swordは、手の甲を打たれて対角線側の足元の外側へと……。
B.A.Cupは 手首を下部から殴り上げられて後方へと、それぞれに吹き飛ばされてしまう。
…………。
ドゥークラが 相手では、実力差が 余りにも大きかった。
戦馬車のアルバチャスが、ホバー走行による間合いの調整を 強みにしても遥かに 時限が違ったのだ。
次の一撃が 丹内空護に迫る直前……。
黒翼の怪人は、何かを察知したように 殴打を取りやめると、大きく後方へ飛びのいた。
…………。
「 やっと気が付いたか。ナティファーよ。 」
「 そろそろ良いでしょう。
今回の目的も既に果たしているのでは ?
これ以上 続けるのならば、隷属するピップコート達の方が適任かと……。 」
…………。
黒翼の怪人が察知した何かは、この場に出現していた もう 1体の翼持ちの怪人の変化だった。
まるで 急に自我を持ったかのように、白翼の怪人が言語を発っしたのである。
ドゥークラは、待ち望んでいたのか 薄っらと喜び忍ばせたようにも見えた。
一切の攻撃を取りやめると、改めて 戦馬車のアルバチャスに向き直って 通告を行う。
…………。
「 贋作よ。彼の者に伝えよ。
刻限は近い……。選択は 間もなくだ。 」
…………。
丹内空護にとっては、言葉の真意は想像にも難しい。
……どこか引っ掛かる気がしたが 心の内に残った 原因が わからなかった。
…………。
……。
翼を持つ怪人が 2体とも消え去ると……。
過度な激しい戦闘で チャリオットの systemが、強制的に解除されてしまう。
生傷だらけの身体で再度、システムを起動させようと試みるが……。
その直前に、デバイスから緊急性の高い声で音声通信が届く。
…………。
「 空護 !!聞こえるか !? 」
…………。
声の主は 天瀬十一だった。
その声は 短い言葉だったが、急を要する危険度を存分に伝える……。
…………。
「 どうした !?十一 !! 」
「 さっきから有馬君と連絡が取れない……。 」
「 何故だ !?
索敵機能の精度向上は 上手くいっているだろ ? 」
「 もちろんだ。
有馬君のデバイスも 問題なく更新は出来ている。
今回の不調は周辺の監視カメラや収音マイク……。
それだけじゃない。
APCから飛ばした諜報用ドローンも 途中でロストしている。
つまり……。 」
「 エヌ・ゼルプトの特性か ? 」
…………。
ヒキダ・ブリッジでの交戦時も今回も 共通点が思い当たる。
有馬要人のデバイスの疎通が、遮られるときに限って出現していたのは 黒翼の怪人 ドゥークラだ。
仮に、なんらかの意図を隠して、この状況を作っているんであれば……。
孤立させているのならば、少しでも早く合流する必要が有る。
丹内空護は 険しい表情で、愚者のアルバチャスが 交戦している地区を目指した。
…………。
……。
ドゥークラと ナティファーが姿を消したのと近い頃合い……。
…………。
……。
青年 有馬要人の身体は、軽い身のこなしを阻害されていた。
赤い靄の中で、蝋細工のように 凝固してしまったのだ。
真紅の怪人が扱う木剣による能力らしく……。
カルバアトナイと呼称される武器から発せられた赤い靄が、まとわりついていく。
…………。
真紅の戦士は、赤い靄の中でも影響を受けないようで……。
……身動きの取れない 愚者のアルバチャスに詰め寄っていく。
木剣の側面に埋め込まれた 獣の牙のように鋭利な石刃を妖しく輝かせながら。
…………。
「 この霊木に埋め込まれた全ての石は、墓標、黒宙石(コクチュウセキ)。
火花を起こして 爆炎を作るのも容易い……。 」
…………。
青年 有馬要人の身に窮地が迫る……。
…………。
真紅の戦士は、鋭利な石刃を 愚者の首に 這わせた。
…………。
「 非情に思えるだろうが……。あらゆる手段を尽くすか否か。
これだけが、あらゆる分水嶺を分かつ……。
このまま剣を振るえば 簡単に首が飛ぶだろう……。
死を前にしても、変わらぬのだな ? 」
「 俺は アルバチャスだ !!
どんな時でも ヒーローの決意は揺るがない !! 」
「 ……そうか。 」
…………。
鬼気迫る状況下での 尋問のようだった。
…………。
青年は、自身の首が 鋭い突起の感触を実感しても抗う気概を偽らない。
…………。
真紅の戦士は木剣を強く握り振りかぶった。強力な一閃が、愚者に浴びせられる。
カルバアトナイが 愚者のアルバチャスに直撃したらしく 轟音が鳴り響いた。
…………。
「 愚者よ覚えておけ。……境界は近い。
鍵を持ち、彼の者と並ぶ気概を持つのならば、命とマルクト……。今は預けよう。 」
…………。
真紅の怪人は 姿を消した。
有馬要人は、両方の側面に石刃が敷き詰められた 木剣カルバアトナイの、平の部分で殴り飛ばされたのだ。
…………。
青年が 満身創痍で立ち上がる。
いつの間にか 愚者のアルバチャスを絡めとっていた蠟細工が消えていたことに気がつくが……。
緊張の緩みからか、アルバチャスを解除してしまう。
…………。
激戦によってボロボロだったのだ。
程なくして同じように傷だらけの 丹内空護が辿り着く……。
…………。
大きな謎を牽引する エヌ・ゼルプト達の動向は、何かしらの含みを感じさせた。
………………。
…………。
……。
~均衡する残滓~
ニューヒキダの中心から離れた 某郊外では……。
有る人物が 息も絶え絶えにして、物陰で壁を背にして体重を預けた。
その女性は、監視カメラや人の目すらも殆ど見当たらない場所で念入りに周囲を警戒する。
…………。
「 汝……。ここにいたのか。 」
「 黒い翼のエヌ・ゼルプト……。 」
「 我はドゥークラだ。そして汝は……。 」
…………。
黒翼の怪人は つい先程まで、白い鎧のアルバチャスと交戦していた。
にも関わらず、微細な消耗すら見せずに 現状の あらましを淡々と語る。
その相手は、ドゥークラの目の前の 人間だった女性だ。
女性はそれを遮るようにして声を被せる。
…………。
「 私の名前は……。夢川結衣(ユメカワ ユイ)。
……これだけは譲れません。 」
…………。
女性の目は 極僅かに青白い光を灯しており……。
……言葉には力強さを含ませる。
…………。
黒翼の怪人からすれば 腑に落ちないようだった。
…………。
「 哀れな。汝の身体は既に変異している。
いつまでも 今のままでは どうなるか……。知らない訳では無いだろう ?
今一度 通告しよう。汝の身体は……。 」
…………。
黒翼の怪人は嘆き、諭すような様相で 1つの決断へと促す。
女性も これについては既に知っていたらしい。
さほどの間を置かずに、直ぐに言葉を被せて 知りうる事象を口にする。
…………。
「 私は……。
過去の大災害で既に死んでいた……。
貴方が毎晩見せた悪夢が本当なら、私は22災害で家族と一緒に……。
けど、今こうして ここに居るのは……。 」
「 アレに関しては何もしていない。
……只、ほんの少し、是れを呼び覚まし 汝の行く末を早めたのみ。
助けたのだ。
遅からず、今と同じ事に成っていた。
強いアルカナの恩恵は 人知を超えた片鱗を及ぼす。
思い当たるのでは無いか ?
もし、真実を求めるのなら身をゆだねよ。
選択が遅れる程、汝は人間からも アルカナからも離れていき 自我すらも失う。
最後にはどうなるか……。
人間に属していた頃に結果を見た筈だ。 」
…………。
女性は ある事実を声にする前に口ごもった。
黒翼の怪人は 揺さぶりをかけるようにして、今後 起こりうる事象を提示する。
女性の脳裏には 記憶にも新しいエヌ・ゼルプトの最後が思い起こされたようだ。
…………。
「 マーヘレスは……。
最後には崩れていたんですね。 」
…………。
四目の皇帝と呼称された 驚異の怪人に起きた事象が、夢川結衣の声に恐怖を滲ませる……。
何かを考え沈んだ様子の女性に、黒翼の怪人が説得を続けた。
…………。
「 道に立つ者が自我を失えば、遠からず ああなるだろう。
道に立つ者……。
エヌ・ゼルプトは、すべからく膨大なアルカナを内包する。
自我を失い 役割を拒めば存在は破綻し、
その歪みを復元しようと、周囲のあらゆるモノを飲みこむ無へと変わるのだ……。
一度、完全な無に変われば底は無い。
マーヘレスのようには成りたくないだろう ? 」
「 ですが、私には……。 」
「 人間としての記憶が有る。是れとも、身体は別だ。
そう主張していたな ?
だが その姿で……。何処へ逃がれられる ? 」
…………。
夢川結衣は 難色を示すが……。
ドゥークラは 自身の背後で沈黙して立ち尽くす、存在を 引き合いに出して言及した。
引き合いに出されたのは、白翼の怪人であり 今も 黒翼の怪人の後方で静かに立ち尽くしている。
…………。
「 拒み続ければ 汝の身体は、ピップコートともエヌ・ゼルプトとも……。
人間とも異なる姿へと変異するぞ ?
その後は、マーヘレスの比では無いだろうな。
アレですら完全に無へと堕ちた訳では無い。
完全に無へと変異したエヌ・ゼルプトならば、人間が制する事は不可能だ。
何を迷う ?
一度は ナティファーとしての自我を持っただろう ?
共振は進んでいる。もう既に隷属すらも 念じるだけで操れる頃合いだ。
後は汝の意思で是れと完全に同調すれば、
エヌ・ゼルプトの 1柱としての身体を得られる。 」
「 私には まだ……。 」
…………。
夢川結衣は、言語化したい とっかかりを咄嗟に隠した。
それでも意を決したらしい。
白色の外殻に覆われた片腕は、すっかり人とは 異なる形状になっている。
マーヘレスのように 片腕の掌から 光の弾丸を打ち出した。
…………。
黒翼の怪人に牽制すると微細な戦塵に紛れて姿をくらます。
…………。
「 汝は既にエヌ・ゼルプトの片鱗を持つ。
どこへ逃げようとも……。
是れとの共振は進み、決して逃れられはしない。 」
…………。
ドゥークラは、光弾を間近で受けても、意に介さず落ち着き払った様子で妖しく呟いた。
………………。
…………。
……。
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