- 04話 -
はじまりの蒼
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目次
~交錯~
ニューヒキダに 銃騎士のエイオスが出現し……。
青年 有馬要人(アリマ カナト)が 異例の手段で退けてから数日が経過した……。
今のところ、新たな エイオスの出現は無いものの……。
穏やかな日常の中では、丹内空護(タンナイ クウゴ)との 格闘訓練が、以前よりも激しさを増していた。
この原因は 恐らく、青年の発言が招いたもので……。事の発端になった発言を 僅かに後悔させる……。
…………。
青年は、過去の自身の言動を……。
上空から落下した後に 自身を助け出した 班長とのやり取りを思い出す。
…………。
青年の胸中に思い浮かぶ 言い訳を言語化すのであれば……。
ちょっとした信頼関係とか 虚勢を張ったジョーク……。
そういった類のものを 表現した つもりだったようだ……。その証に お礼も言葉も添えてある……。
…………。
青年 有馬要人が、こんな風な事を ぼんやりと思い浮かべ、日々の日課の 格闘訓練に挑んでいると……。
若干の反応に遅れて、丹内空護の拳鉄が 頬を かすめた……。
…………。
「 ………ぅおっとっと ! 」
…………。
拳鉄による一撃を 寸でのところで 避ける……。
青年にとっての、訓練における 本気度が 少しだけ上がった……。
…………。
当時の自分の軽率な発言を 悔やみ、振り返り、殊勝な心持で思案する事は間違っていない。ただし………。
…………。
「 隙ありだ !!有馬 !! 」
「 ……隙無しです。
もう、その手は貰いません。 」
…………。
殴り合いの真剣な訓練の真っ最中の今……。
その行いをするのは非常に不適切で、心底悔やんでいない 証明に成りかねない事を除けば……。
…………。
散漫な心持のせいか、青年の挙動が少し遅れてしまう……。
坊主頭の班長 丹内空護は これを見逃さない。
…………。
「 悪いが…………。
そうもいかん !! 」
「 ……!!……げ !!
……ちょっま !!ブホァ !! 」
…………。
過信した 青年を見透かすように、重くて速い正拳突きが 直撃した。
…………。
「 俺との組み手の合間に考え事か ?
余裕があるな有馬。 」
「 ……ってて。本当に しごきの レベルが違いますね。
空護さん手加減してくださいよ。 」
「 いいや。まだまだ こんなもんじゃないぞ。 」
…………。
年季の入った壁時計が、いつも通りに 前倒しにズレた昼の時間を知らせる。
調度、丹内空護と 有馬要人の徒手格闘が 一段落したところだった……。
2人は これを合図にして、訓練所の中を 片づける。
そして、午後の恒常業務に備えて それぞれに訓練所を後にした……。
…………。
……。
丹内空護は、有馬要人の内面的な性質に危うさを感じていた。
早々と環境に慣れて、自分のペースを保つ逞しさは、長所であり 同時に短所でもある様に見えるからである……。
ある程度の水準を維持して発揮される それは、
非常時でも 物怖じせずに 最適解を追い求める実行する強さに繋がるものの……。
見方を変えれば、常に一定の答えを導き出す引き換えとして、
手段によっては、自己の安全は最も後回しにされており、同時に あまりにも楽観的過ぎるからだ……。
…………。
もし仮に、限られた手段でしか行動できない一般的な実動班の班員が、
こうした性質を持つのならば、最悪の事態を避ける事も難しくは無い……。
……単純に、取りうる行動や役割の切り分けで 制限や限度が有るためである。
ただし 有馬要人は、APCが誇る 独占戦力アルバチャスの 1人だ……。
アルバチャスは、役割の特異性から 実動班 Resist-Ace-の 一般的な班員のような制限は殆どない。
……つまり、本人が 自分自身の身の安全も含めて 管理下におかなけらばならない……。
自分自身で 身の安全を立てられなけらば、思いもよらない事故に繋がりかねないのだ。
丹内空護は更に考えを巡らせる。
有馬要人が code-0-として初めて戦った日の夜、C.E.Oは秘密裏に呼び寄せた適任者なのだと……。
……そういう意味合いの言い回しで紹介をしていた。
ならば、それ以前は 何処から来た人物で……。
……APCに来る前は、どのような経歴をもっていたのだろうか。
粗削りだが 確かに素養は有り、実戦においても躊躇が無い……。
…………。
坊主頭の青年は、C.E.Oの判断を疑う意図は無いが、有馬要人が何者なのか日増しに気に成り始める。
丹内空護は、今回の徒手格闘の記録を終えると、APCの特務棟内専属の食堂に向かった……。
…………。
……。
APCには 4つの部署が存在している。
その中でも、怪人への対処が主に成る部署は 特務開発部と特務対策部なのだが……。
通称……。特務と呼称される特務棟に その両方が在り、外部の人間の出入りを最小限に抑える目的で、専属の食堂が設けられていた。
専属の食堂は、一般的な社食としては高水準なもので、
品数、味、栄養バランス、アレルギー対策、他にも好みの執行等に幅広く対応している。
丹内空護が、毎日の楽しみにしている日替わりメニューを目当てに、食堂に訪れると……。
……普段の この時間よりも、賑やかなような騒がしいような喧噪に気が付いた。
その渦中には、問題の新入り 有馬要人がの存在が見える……。
どうやら、食堂で働く 2人の従業員を相手に 話を弾ませているようだった。
よく見ると、食堂で働く従業員の 1人に見覚えが有る事に気がつく……。
久しぶりに顔を合わせた その人物も、坊主頭の青年に気が付いたようで 軽く会釈を行って、小さめに手を振っている。
…………。
……。
数分前……。
青年 有馬要人は、空腹を満たそうと 一足先に特務棟の食堂に訪れていた。
…………。
「 今日の口は……。ナポリタン !!
うっし !決定……。
お疲れ様でっす !!
おばちゃん !!ナポリタン 1つ !!特盛で !! 」
…………。
訓練所での 組み手がスケジュールにある日は、壁時計の お陰で昼のピーク時間よりも 先に食堂に辿り着く……。
今日も、まだまだ座席は空いているようだ。壁時計様様である……。
特務棟の食堂には 調理経験 34年の女性従業員がおり、実家のような安心感は長年の間、食堂を彩る名物になっているのだ。
青年は 普段通りの挨拶を早々に行い、注文を入れるが……。
その注文に返事を返したのは、食堂で聞き馴染んだ おばちゃん の声では無く、聞き覚えのある別の声だった。
…………。
「 ……あいよっ !!
ナポリタン 1丁 特盛ぃ !!
お客さん 結構食べる感じの人 ?
良かったら今度、新装開店するブリトー専門店 MAKI★MAKI のクーポン貰っていってよ……。
……キッチンカーなんだけど、金粉入りゴージャス★ゴーヤ スムージーなんかもオススメ……。
……要人じゃねぇか !! 」
「 ……巻さん!? なんで ?
おばちゃん……。育美さんは ? 」
…………。
青年は、いつも不意に現れる ニヒルなミドル 巻健司(マキ ケンジ)の存在に面を食らう。
……これに加えて、いつもなら元気に迎えてくれる往年の看板娘、育美さんの姿が見えない非日常で、感情をそのまま声に出した。
巻健司によれば……。
おばちゃんの 愛称で親しまれる 米山育美(ヨネヤマ イクミ)さんは、腰を悪くしたらしく……。
折角なので 有給の消化も併せて、長期休暇を取っているらしい。
そんな時に、調理経験が豊富な人材が偶然 APC附属の病院で治療を受けていると判明した……。
すると、巻健司の経歴を知った C.E.Oの独断で白羽の矢が立ったのだ。
とはいえ、実際に臨時として働く上での実技試験は設けられたようで、神地聖正を相手に料理を振舞い 腕は確かだと、お墨付きを貰ったらしい……。
…………。
「 ……そんな訳で、当面は俺がこの食堂の顔だ。
ブリトー以外も 全然作れるから、安心して普段通りに食べに来ていいぞ。 」
「 巻さんのブリトー確かに美味しかったけど……。
ジャンルも違うし、食堂のメニューの品数の方が、かなり多いような……。 」
「 その点も問題は無い。
俺には心強い味方が……。いる訳よ。
要人……。お前驚くぞ ?
俺も驚いたからな。 」
…………。
ニヒルなミドルが、青年を相手に油を売っていると……。
厨房の奥から、オーダーにあった 特盛ナポリタンの大皿を 1人の女性が運んでくる。
その 女性から、特盛のナポリタンを 提供された青年は、ニヒルなミドルの言動の由来に気が付いた……。
服装こそ異なるが……。
女性は、青年が 初めて ニューヒキダに訪れた日……。
アルバチャスとして、戦った 最初の切っ掛けにも成った人物だったのだ。
青年は、あの日の戦い以降、巻健司には お見舞いとして何度か様子を見に行っていたのだが……。
天瀬十一(アマセ トオイチ)からの助言によって、名前も知らない女性の お見舞いは一度も行っていなかった。
というのも……。
有馬要人が 丹内空護と 同様に、アルバチャスとして在籍するなら、極力その情報を伏せる必要が有るらしく……。
当時の状況から鑑みれば、青年も エイオスの襲撃に巻き込まれて……。
新型のアルバチャスに 救助された一般人として 扱われる方が、APCにとっても情報保全の面で都合が良い……。という事らしい。
ならば……。
元々、深い面識も無く、相互に名前すらも知らない 当日居合わせただけの間柄であれば……。
わざわざ、面会するタイミングを作る必要は無いだろう……。と 半ば決定事項に近い事情を天瀬十一から知らされていた。
巻健司に至っては例外で、青年との親しげな雰囲気や……。
どちらも同日に郊外から訪れた人間だったので、以前から面識があった可能性が低くは無いと判断され、その限りでは無かったらしい。
…………。
……。
女性は注文された料理を、青年が持っているトレーに乗せて 軽く挨拶を行った……。
…………。
「 要人さんって言うんですね。
あの時は、ありがとうございました。
私は 天瀬真尋(アマセ マヒロ)って言います。
本当は、直ぐに助けて貰った お礼を したかったんですけど……。
お兄ちゃんが、元々の知り合いじゃないなら 相手に気を使わせて悪いからって きかなくて……。
……けど今は、巻さんと ここの食堂で働いているので 沢山食べに来てくださいね。 」
…………。
青年が 初めて戦った あの日の全ては……。
……断じて、見返りを求めるような下心など在りはしなかった……。
ただ単純に、記念館の映像の雄々しい code-7-の姿に、強く影響を受けた 1人の人間として……。
……自分の身を糧にして、出来得る限り戦っただけだった。
些細な事でも 人の役に立てる存在でありたいと……。
だが、しかし……。
…………。
「 ……Oh.
Very Cute……。 」
…………。
それを差し引いても 今現在 青年の目の前に立つ 女性との、平時における再会は 本能的に何か特別な気持ちを抱かせた……。
普段 何も特別に思えない 爪楊枝ですら 輝いて見える……。
まるで、そんな風に感じずにはいられない……。
…………。
「 …………Oh.
……天瀬 ?その名前どっかで……。あっ……。いや……。
俺は……。有馬要人 実は最近ここ……。 」
…………。
青年は 僅かに頬を赤らめて……。
鼻の穴が広がったり縮まったりと、変な表情を隠しきれなくなっている……。
……どうにか、更に言葉を続けようとしていると、3人の輪に 別の足音が近づいてきた。
…………。
天瀬真尋(アマセ マヒロ)は、通路側が視界に入っており……。
3人の中でも、一早く 足音の人物に気が付いて、会釈を行い 小さめに手を振った。
…………。
女性からの合図に気がついて、その人物……。丹内空護が 挨拶を返す……。
…………。
「 真尋ちゃん !?どうしてここに ?
十一から聞いてるよ。無事に管理栄養士の資格取れたんだって ?
おめでとう !!
懐かしいな……。前に合った頃から 1年以上か。
そう言えば……。 」
…………。
丹内空護が、食堂に現れた事で 話の中心は移り変わってしまう……。
天瀬真尋も、面識の有る相手には楽しそうに話し、会話は とびきりに盛り上がっているようだ。
巻健司は、先程まで 変な表情だった人物から漂う哀愁に気が付く……。
……その人物は、山道に埋もれる地蔵様のように 棒立ちしている。
ニヒルなミドルは、その儚さに耐えかねて 肩に手を置き目を合わせて顎で合図をした……。
…………。
「 ( 期待持たせた 俺が、悪かったよ要人……。
俺達は持ち場に戻ろうぜ……。
俺は厨房。お前は座席。ナポリタン食って、とっとと帰れ……。 )」
…………。
頭に苔が生えそうな青年は……。
……驚異的な洞察力で 巻健司の言わんとしてる事を理解する。
しかし、理解した上で 目で訴えを起こし……。
首を竦め……。特盛のナポリタンを乗せたトレーを 両手に持ったままに、身振り手振りで反論してみせた。
…………。
「 ( やだね。
俺は もっと、真尋ちゃんと楽しく談笑したい !! ) 」
「 ( やめとけ要人…… !
あの感じは、秒読みなくらい良い感じだ。
ほぼ、一見さんの お前じゃ無理だ。冷静に成れよ。 ) 」
「 ( 巻さん。俺は……、
いついかなる時も……。
……ニュートラルで アクセル全開だ !! ) 」
「 ( …………何いってんだ お前 ?
車のギアで例えてるなら、ニュートラルでアクセル全開じゃ進まねぇだろ !!
しっかりしろ要人 !! ) 」
…………。
青年の目が、轟々と邪に燃える……。
苔に覆われていく地蔵のような青年を怨念が人間に戻す……。
それどころか、その執念は悪鬼羅刹のような禍々しさすら感じさせた……。
久しぶりの再会と、親しく成るきっかけに 1人舞い上がり……。
ぬか喜びを していた道化の青年を 鎮める為に……。
……巻健司が、有馬要人を 食堂の端に引きずっていき、無理矢理ナポリタンを口に詰め込んだ。
…………。
「 ( 食え !!静まれ !!帰れ !!
こっちの世界に 2度と来るな !! ) 」
…………。
丹内空護と 天瀬真尋の、なんでもない会話ですら盛り上がる状況とは反対に……。
……少し離れた食堂の隅の方では、巻健司によって 悪鬼羅刹の退治が粛々と 進められていた。
巻健司が、ナポリタンの最後の 1本を 青年の口に詰め込むと、エイオスの出現を知らせる警報が鳴る……。
…………。
『 緊急速報です。 J-04 地区にエイオスが出現しました。近くに居る方は直ちに避難してください。
緊急速報です。 J-04 地区にエイオスが出現しました。近くに居る方は直ちに避難してください。
現在、APCの実動班が対処に向かっております。大変危険ですので…… 』
…………。
APCの社屋内に有る食堂でも、その警報と概要を端的に知らせるアナウンスは聞こえており……。
……日常の昼時を楽しんでいた 有馬要人と 丹内空護は、意識を切り替える。
坊主頭の青年は、食堂で働く 2人に簡単な断りを入れると、青年と共に食堂を後にした……。
…………。
「 すまない真尋ちゃん。
俺達は、もう行くよ。
俺は 今、実動班の班長をやっていて……。
そこの有馬は 俺の班の 新入りとして活動している。
戦況はわからないが、場合によっては……。
アルバチャスの出動も有る 激しいものかもしれない。
真尋ちゃんも 巻さんも、APCの社屋からは出ないようにしていてくれ。 」
…………。
青年は、食堂を離れる道すがら、
班長と並走したままに 良い所取りをした風な 状況に悪態づいた……。
…………。
「 さすが空護さん。モテるんですね。
けど……。昼を食べ損ねて 大丈夫ですか ?
空腹で貧血とか起こさないで下さいよ ?班長。 」
「 真尋ちゃんの事なら、只の昔馴染みさ。
それに俺には、非常時の備えが有る……。
寧ろ、お前の方こそどうなんだ ?
食べ過ぎで腹痛とか 起こすんじゃないだろうな ?
前も言ったが……。
見切り発射のような突飛な行動だけは取るなよ ?流れ者。 」
「 げぇっ。それって確か……。
あんまり美味しくない、プロティン レーションじゃないですか !?
……正気ですか ? 」
「 こういう時 程、栄養バランスが整っていればそれでいい。
それに食べ慣れれば味など気にならん。 」
「 さっきまで、食堂に食べに来てた人としては
あるまじきコメントですよ。それ……。 」
…………。
坊主頭の青年は、何故か不機嫌そうな新入りからの挑発を 適度に撃ち返した……。
そして、走る足は止めず……。
……懐から取り出したカロリーバー型の携行食を、口の中に放り込んでは 胃袋に収めてしまう。
この携行食は、特務開発部で試験的に作られた物だったが……。
……味の評判が あまり良くない事から、備品倉庫には大量に残置されている物であった。
実を言うと、青年も以前には 小腹を満たす目論みで 何本か貰った事があったのだが……。
……青年にとっては、味は評判通りで 2度目は無いと 思えた代物である。
しかし、丹内空護は 定期的に これを消化する貴重な味覚の持ち主だったのだ……。
…………。
「 有馬……。 昼ご飯が足りないなら、1本分けてやろうか ? 」
「 ……結構です。
真尋ちゃんが 俺の為に作ってくれた、
ナポリタンが台無しに成るじゃないですか ! 」
「 巻さんも一緒に作ってるだろ……。
……仕込みとか。 」
「 なんてこと言うんですか空護さん !! 」
「 お前こそ、何を言ってるんだ。 」
…………。
軽快な会話のやり取りを交わす 2人が、怪人エイオスの出現区域へ急行する為……。
APCの社屋から駆けていく……。
………………。
…………。
……。
~災禍の再臨~
有馬要人と 丹内空護が、APCの社屋から ニューヒキダの各エリアに延びる 特務用通路に到着する。
特務用通路は、関係者以外は立ち入りができないため、
自然と人払いがされており 特定の人間にしか知らされていない アルバチャスの基本的な起動場所でもあるのだ……。
どの地域に向かう場合も枝分かれしている通路は非常に利便性が高い……。
2人は さっきまでの緩んだ気持ちを引き締める。
それぞれに専用起動端末の A-device取り出して アルバチャスを起動した……。
…………。
「「 起動 !! 」」
『 Arbachas code-0- !! The Stupid Function !!
( アルバチャス コード ゼロ !! ストゥピッド ファンクション !! ) 』
『 Arbachas code-7- !! The Chariot Function !!
( アルバチャス コード セブン !! チャリオット ファンクション !! ) 』
…………。
有馬要人と 丹内空護が、アルバチャスに変身すると……。
……特務開発部の 天瀬十一から 今回の怪人の情報が送られる。
送られた情報は、2人のアルバチャスの 視界に映し出された。
どうやら……。形質変化前の怪人が、全て同一地域に出現しているらしい。
その数は 6体……。戦いに成れた 2人ならば強敵とは言えない相手だった。
…………。
「 ……数が多いですね。
先行して 俺が被害を抑えときますよ。班長。
俺の Hoverの方が先に到着できる……。
今回は 空護さんが来るまで、なるべく 待ち ますから。
……それじゃ。お先に ! 」
『 Hover Chaser !! Function !!
( ホバー・チェイサー !! ファンクション!! ) 』
…………。
それだけ言うと、愚者の青年は 腰部側面の起動スイッチから滑走機能を起動して颯爽と駆け抜けていく。
…………。
「 待て有馬 !!
何を躍起になっている。 」
…………。
数秒遅れて、丹内空護も ホバー・チェイサーを起動するが……。
code-0-の方が 滑走能力や脚力が優れており、
code-7-を置き去りにして 特務用通路を一気に駆け抜け、疾駆する。
今回の戦闘処理の舞台と成る J-04 地区を目指して……。
…………。
……。
『 Barrage Armed !! Function !! Wand !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ワンド !! ) 』
…………。
有馬要人は、数分足らずで目的の J-04 地区を目視できる距離まで辿り着いた。
ホバー滑走の速度を緩めずに、杖型武装 B.A.Wandを起動すると……。
……今回の戦闘処理対象を 目視で確認すると、速やかに行動に移った。
すれ違いざまに、数体のエイオスの足元へ薙ぎ払いの打撃を打ち込み、次々と転倒させていく。
…………。
「 ……なんか、
この武器が 一番しっくりくるな。 」
…………。
青年は、ホバー・チェイサーによる滑走で縦横無尽に走る。
バラージ・アームドの中でも、単純な打撃武器として 射程範囲も広い長柄の杖型武器を巧みに振り回した。
…………。
……。
今回の戦闘処理を、特務開発部の中から モニター越しに観測する人物は、一瞬だけ警戒を強める。
白衣の青年 天瀬十一は、code-0-の行動に 前回の面影を思い出していた。
前回、有馬要人の行動は、空飛ぶ銃騎士を強引に打破する為とはいえ 不要と判断された段階でも突出する行動を貫いていた。
その時の姿と、今回の青年の行動順序が似ていたように思えたのだ。
だが、直ぐに杞憂だと気が付く……。
とりあえずの安堵とは別にして、前回と違った意味で息をのんだ……。
白衣の青年の心情は、いつの間にか言葉に成り 音声通信 越しの 丹内空護の耳にも届く。
…………。
「 なんて鮮やかな棒術なんだ……。
まるで……。
……西遊記の孫悟空みたいだな。 」
「 孫悟空 ?何の話をしている。
状況を教えてくれ 十一。
有馬はどうしてる ? 」
「 ……すまない 空護。少し呆けていた。
けど……。今回は大丈夫だ。
そのまま有馬君と合流してくれ。
彼は今、上手く足止めを してくれているよ。
お陰で安全に周辺の被害状況の洗い出しや避難誘導が出来ているくらいだ。 」
「 わかった。なら合流後は……。 」
「 ああ。一気に掃討してくれていい。
少なくとも J-04 地区に 逃げ遅れている人はいない。 」
…………。
……。
丹内空護は、APCの特務用通路で 何故か挑発的だった青年の様子から……。
些か心配していたが、今聞いた 言葉通りならば問題は無いのだろう。
code-7-は、滑走を出来うる限り加速させると 数分遅れて戦線に加わった。
J-04 地区の怪人は、足を救い上げるような打撃を受けて、軒並み転倒してる……。
……この珍妙な景色は、絶えず動き回る道化によるもののようだ。
戦馬車の到着に、道化も気がつく……。
道化は、怪人をひたすら転倒させる作業を継続したままに、のんきに手を振っている。
…………。
「 待ってましたよ。空護さん。
これなら問題ないでしょう ?
現状、被害は最小限でーす。
もちろん、俺 含めて……。
ほっ !ぃよっ…… ! 」
…………。
丹内空護は、道化の気の抜けた声に頭が痛くなる。
突飛な事をするなとか……。無理矢理状況を作るなとか……。
事前に、いろいろな言い回しはしたが 今回も違った意味で伝わってない……。
……とはいえ。
無理をして、窮地に陥っているわけでは無いのなら上々と言ったところだろうか。
丹内空護は、アルバチャスの頭部を覆う code-7-のマスクの中で眉間に轍(わだち)を作る……。
一度 感情を静めて、目の前の 6体のエイオスの打倒を優先する方向に気持ちを切り替えた。
…………。
「 要人。さっきは悪かったな。
理由は思い当たらないが……、
お前が妙に挑発的な気がして少し邪推してしまった。
一気に こいつらを倒すぞ。 」
「 律儀というか生真面目というか……。
大人の対応って感じの余裕というか……。
……そういうのが良いんですかね ?
了解です。
直ぐにでも終わらせましょう。 」
…………。
要人と空護はタイミングを合わせて、同時に 護符の恩恵 B.A.Pentacleを起動した。
…………。
『 Barrage Armed !! Function !! Pentacle !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ペンタクル !! ) 』
…………。
白いアルバチャス code-7-は、いつかの広報用の編集された映像のように 青白い光の粒子を纏った。
ある一点に向けて 加速度的に近づくと、戦馬の群れの突進を思わせる殴打の嵐を叩き込む。
戦馬の突進が向かう矛先には、転倒している怪人が 4体程 存在し、全てが殴打の嵐に飲み込まれていく。
この 4体を転倒させたのは、もちろん 赤と黄色のアルバチャス code-0-だった……。
青年は、殴打の嵐から運よく逃られる位置に居る 2体の怪人に狙いを定める。
ホバー・チェイサーで急接近し、自分に近い片方へ得意の連脚を叩き込み渾身の一撃で蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた怪人が、離れた位置の もう 1体の怪人が命中する。
6体のエイオスは 2人のアルバチャスによって難無く爆散して撃退された。
…………。
……。
APCの社長室では、ある人物が アルバチャスの戦いを モニター越しに観測し 1人ほくそ笑む。
C.E.Oは、戦塵の隙間から何かを見つけたようだった。
…………。
「 少し退屈だったが……。
ついに……。大アルカナの登場か。
さて、どこまで今のアルバチャスが通じるものか……。
見届けさせてもらおう。 」
…………。
C.E.Oの神地聖正に遅れて、天瀬十一も 不穏な存在に気が付く……。
すかさず、現在 最も危険な 2人に注意喚起を促す。
しかし……。
2人がいた場所を移すカメラが、轟音と共に破壊されて映像が途切れてしまう……。
白衣の青年は、直ぐに別の定点カメラで様子を探った。
有馬要人は、姿勢を崩して片膝を付き……。
……丹内空護は、code-7-に備え付けられた 頑強な鎧や盾で 被害を最小限に防いでいたようだ。
映像では、2人の無事を確認出来るが音声が復帰せず……。
詳しい状況の確認が望めない。
天瀬十一は、急いで収音用のドローンを飛ばす 手配をした。
…………。
……。
数秒前……。
丹内空護は、有馬要人と 自分自身の身の安全を護るため瞬時に身を挺した。
殺意に満ちた何者かの強襲がそこへ飛来したからだ……。
code-7-のアルバチャスは、code-0-よりも遥かに耐久力が高く、装甲と盾によって不意な攻撃にも強い……。
……少なくとも、これまでのエイオス程度の攻撃ならば 真正面からでも受けきれると自負が有った。
だが……。今の一撃を受けて code-7-は大きく損傷している。
……理解が追い付かない。
…………。
……。
有馬要人もまた、虚を突かれていた……。
索敵機能に一瞬だけ 危険を知らせるアラートが感知されて、視界の映像にも反映された。
その一撃は恐らく斬撃である。
それも、かなり強力なものだろう。
斬撃の矛先は、自分に向いていたような寒気を感じさせたが、最初の一撃をしのぐ程度で精一杯だった。
…………。
……。
この事態の首謀者が、戦塵の中を ゆったりと……。そして雄大に近づいてくる……。
片手には……。巨大な何かが握られていた……。
その姿が、有馬要人と 丹内空護の目に……。
そして、観測用の定点カメラから様子を伺う C.E.Oや、天瀬十一にも視認できるようになっていく。
……時間の経過によって、土埃が収まり姿の全容が 明確になっていった。
その存在に、真っ先に声を上げたのは 天瀬十一と同様に、特務開発室から映像を見ていた人物だった……。
特務開発部部長……天瀬慎一(アマセ シンイチ)である。
天瀬慎一の声には、恐怖が入り混じり 言葉の全てに絶大な説得力を持たせた……。
…………。
「 あれは……。
大災害の……。
怪人達を、指揮した四目の皇帝か……。 」
…………。
天瀬慎一の言葉に、周囲の人間は耳を疑い静まり返った……。
当時……。
人類が持つ軍事力の総力をもってしても、一方的に蹂躙されるしか出来なかった災害の象徴……。
日本国内の警察の特殊部隊や、自衛隊の保持する装備ですら傷もつけられず……。
……友軍として介入した米軍ですら、この皇帝と皇帝が率いる無数の怪人の群れには手も足も出なかった。
皇帝は、形を成す脅威の 1体であり……。
22災害を引き起こした 怪人達を統率した存在……。
当時の ニューヒキダ近郊は、1度 徹底的に破壊されつくされる 悲惨な状況に陥ってしまった……。
廃墟 同然に成るまでの、壊滅的な被害を受け その影響は隣接地域に波及すると思われていた程だったのだ……。
…………。
……。
当時の悪夢の中心に成った存在が……。
今頃になって姿を表し……。2人のアルバチャスに迫っている。
それは、頭部には 黄色の冠のような意匠を抱き、蒼い外骨格に身を包む……。
……片手には 身の丈ほどの 長剣を持ち、頭部には四つの眼光が光っていた。
皇帝のような、その存在は 地鳴りのような低い声で 迫力のある声で 言葉を発する……。
…………。
「 貴様らが人間の戦士か ?
余の剣を受けて尚、立つか。……見事なものだ。
そっちの小柄な方を狙ったつもりだったが、身を挺して庇うとはな。
……理解に苦しむ。 」
…………。
突如として現れた威風堂々とした存在へ、青年が問いを投げる……。
…………。
「 ……なんなんだ、お前 ?
お前も、エイオスなのか ? 」
…………。
想像を超えた非常事態は……。
これまでに乗り越えた苦境とは大きく異なる。
……先程までは、余裕の有った 有馬要人と 丹内空護の気持ちを、一気に硬直させた。
なにしろ……。
剣の一振りだけで、現存する アルバチャスの中でも 耐久力に優れた code-7-を大きく消耗させていたからだ。
言語を解する、その存在は 青年の問いに反応を示す。
…………。
「 愚者の分際で皇である余に口を利くか……。
愚者の愚者たる所以といえば、それまでだが……。
些か不愉快だ。
所詮は、マルクトすらまともに扱えない
紛い物の分際どもが……。 」
…………。
その存在は青年の言葉に沸々と、靜かな怒りを募らせているようだった。
靜かな怒りの言葉は 更に高まっていく……。
…………。
「 浅学無知な愚者と戦馬車の紛い物どもよ……。
冥途の土産だ。よく聞くがいい。
マーヘレス !!
それが神秘の放流に座し 数多のピップコートを束ねる皇の名だ。 」
…………。
マーヘレスと名乗るエイオスは、雄大な畏怖を伝播させるような声で空気を振動させた。
自身の名を名乗り……。
その終わりと同時に、片手に握っている 黒色の山羊の意匠が特徴的な鍔の長剣を軽々と持ち上げる……。
そして……。最初に放った剣撃よりも、凶悪な軌跡で 2人のアルバチャスに 一閃を飛ばして見せた。
…………。
「 余の剣による介錯を手向けに逝くがいい。
マルクトの贋作共よ……。
貴様ら前座に、これ以上の用は無い。 」
…………。
……。
『 Barrage Armed !! Function !! Pentacle !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ペンタクル !! ) 』
…………。
丹内空護は肩で息をしていた……。だが……。
咄嗟に起動した護符による恩恵によって、マーヘレスの斬撃を打ち消そうと無数の殴打を叩き込む。
戦馬車のアルバチャスは、声に成らない咆哮を上げて 何十発もの拳を 撃ち込んだ……。
code-7-の渾身の抵抗は、禍々しく跳ぶ斬撃を 僅かに留めるに至り拮抗していたものの……。
2人のアルバチャスの眼前で 数秒だけ辛うじて留まるだけだった。
皇帝の斬撃は、一振りでも 強力無比で……。
……通常のエイオスであれば既に爆散している程の戦馬車の猛襲にすら競り勝ち始めてしまう。
時間の経過と共に悪辣な斬撃が、丹内空護との距離を縮めて行った。
アルバチャスの切り札すらも、皇の一振りを数秒程度 足止めするだけで互角にすら成らない……。
こんな状況で、戦馬車の健闘を称えたのは マーヘレスだった。
マーヘレスは偶然ここに居合せた傍観者のように感心し、微細な抵抗に機嫌を良くする……。
…………。
「 戦馬車よ、なかなか面白いでは無いか。
そら、もう一撃 送ってやろう。 」
…………。
……更にもう一閃の斬撃が跳んだ。
丹内空護は、瞬きすらせずに 目の前の斬撃に殴打を続けているが……。
……両腕の間隔は既に無くなっており、迫りくる凶刃を止める事は出来なかった。
受け止めた斬撃の衝撃と余波は、轟音と共に周囲を粉塵で包む。
…………。
……。
定点カメラから一連の様子を見ていた特務開発部は絶句する。
戦塵が晴れるが、戦馬車は 立ったまま片方の拳を前方に突き出して沈黙している。微動だにすらしない。
本来ならば、とうに強制解除される筈の状況の筈だったが、音沙汰の無い異様な様子が あまりにも不気味だった。
天瀬十一は、友人の身の安全を案じて、何度も音声通信で呼びかけるが反応は無い……。
平常時ならば……。
code-7-の A-deviceから同期される バイタル値すらも、errorの表示がされており 丹内空護の身の安全すら不明になっていた。
重度の損傷のせいなのか……。それとも……。
…………。
「 応答してくれ 空護 !! 」
…………。
天瀬十一の呼びかけに反応は無く、
チャンネルのチューニングを失敗したラジオの様なザラザラとしたノイズだけが返ってくる。
まるで、初めから……。
……初めから そういう形で、作り上げた精巧な石像のように、戦馬車のアルバチャスは 静止していた……。
マーヘレスは、今しがた出来上がった 芸術品に称賛し、褒めたたえる。
…………。
「 心根こそは軟弱で、戦士とは言えんが良い余興だったな。
それでも、余の復活を祝うには少々物足りん……。
順序は逆に成ってしまったが次は道化……。
お前が余を楽しませてみよ。 」
…………。
マーヘレスは、丹内空護の斜め後方で 片膝をついている派手な色彩のアルバチャスに狙いを定める。
黒色の山羊の意匠が目立つ長剣を、握り直した……。
…………。
……。
青年は、片足に痛みを覚えていた……。
数分前……。
マーヘレスが 初めに行った、奇襲のような跳ぶ斬撃は、
どちらのアルバチャスも、知覚出来ない程に 前触れも無く撃ち出されたものだった。
寸での所で直撃は免れたが……。
直撃を避けるために、有馬要人は丹内空護を伴って跳躍し……。
……丹内空護は、完全に避けきれない斬撃の余波から 自分自身と、青年を咄嗟に護ろうと頑強な鎧と盾に頼るしかなかったのだ。
これ程の 一撃を簡単に撃ち出せる皇の強さに噓は無かった……。
普段ならば、姑息的な解決策を絶えず考え出す 有馬要人にも……。
……地に足の着いた根治的な解決策を地で行く 丹内空護にとっても、規格外の脅威を示す。
…………。
……。
それでも尚……。
その人物は……。
丹内空護が 数分数秒の間、身を挺して繋いだ成果を 手繰りよせて、現状を打破しようと奮起する。
青年 有馬要人は、立ち上がり 護符の恩恵を起動した……。
…………。
『 Barrage Armed !! Function !! Pentacle !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ペンタクル !! ) 』
…………。
code-0-の頭部には、青白い光の放流が荒れ狂い 円環を作りだす……。
………………。
…………。
……。
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