--HERO'S LOCUS--
ep_02_後編
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目次
~事件解決1【戦う意味】~
-季結市・各所-
WARPフェスの開催が目前に迫る中で、第一会場に選ばれた東北の地方都市である季結市は窮地を迎えていた。
夜間に突如として発生した出来事だった。
街の至る所ではヴィランが暴れているのか、何かが倒壊する音や戦いの音が響く。
火の手も上がり……。
平和とはかけはなれた、まるで戦場のような様相に移ろっていく。
住民は殆どが避難を済ませており、人影は局所的だった。
そんな状況で国道沿いの歩道を数人の人影が走り抜けていく。
歩道を駆け抜ける者たちの服装は雄英高校の制服だったが、土埃や煤で汚れが散見されている。
制服姿の男女は7人。
戦闘を走って集団を引率している人物は、《戦う手段を持たない》かつてのNo.1ヒーロー・オールマイト1人だった。
戦闘を走り安全な道を探す引率者に、制服姿の少女が呼びかける。
「 オールマイト!皆 はぐれたかもしれん! 」
麗日お茶子の声で残りの6人も表情をお強張らせた。
つい先程までの出来事が各々の中で整理される……。
今に至るまでに起きた出来事は兎角、錯綜しており……。事態の混乱を助長したのだ。
雄英の生徒20人が、起結市で利用していた宿泊施設を離れようとした時に、その要因は現れた。
現れたのは3人のヴィラン……。
オキュラス、スタチュー……。そして、漆黒の影のようなオールマイトに酷似した存在……。
最悪の事態だった。
とわいえ……。生徒たちの担任教師である相澤消太は、プロヒーロー・イレイザーヘッドとして生徒たちが逃げ延びる隙を作り出す。
イレイザーヘッドが時間を稼いでいる間に、現役を引退して戦う手段を持たないオールマイトによって生徒たちは引率されて避難を急いだのだ。
オールマイトや避難する生徒を真っ先に追撃しようとしたのはオキュラスだった。
追撃を行うオキュラスの方角から、炎、氷、レーザー、岩石……。度重なる手段による攻撃が飛び交い……。
反撃に赴く生徒も出る中、状況は更に混乱を加速させた。
知らぬ間に、戦いの場には他のヴィランまで混じっていたのである。
Propman(プロップマン)の1人……。灰色のスーツの男、ライトドレイプがオキュラスと共に行動していたのだ。
以降……。
昼の騒動でも出現したような黒色のプロップマンに酷似した影までもが暴れ始めると、手に負えない混沌だけが広がっていった。
オールマイトは生徒の全員に退避を告げるが……。
国道に辿り着くまでの数分足らずの間に、20人の生徒の大半がはぐれてしまったのだと判明してしまう。
「 ……私がついていながら。……何が平和の象徴。 」
この場にいる生徒は7人。
飯田天哉、麗日お茶子、八百万百、峰田実、青山優雅、切島鋭児朗、瀬呂範太だけである。
かつてのNo.1ヒーローの表情は悔恨に満ちていた。
「 皆は……。近くに隠れているんだ。
飯田少年(いいだ しょうねん)、八百万少女(やおよろず しょうじょ)、私が戻るまでの間 見ていてくれないか。 」
「 申し訳ございませんが……。お断りします。
緑谷さん、爆豪さん、轟さん……。今も各地でローカルヒーローの方々や先生が戦っている中で、これ以上何もしないで隠れるなんて出来ませんわ! 」
「 今は俺も八百万君と同意見だ。
最初は先生方やプロヒーローの邪魔に成らないように俺達が避難する方が適切だと考えていました。
けど……。俺は1年A組の委員長で、ヒーローとしての兄さんの名を受け継いだインゲニウムだ。……迷子になっている皆を迎えに行きたい。 」
「 今の俺達はヒーローの仮免だって持ってるしな。 」
「 うん。皆でいこう! 」
八百万百、飯田天哉、切島鋭児朗、麗日お茶子が力強く意義を唱えた。
戦いや倒壊する建物の音が常に何処かしらから響く中で、少年少女が戦いに赴く決意を口にする。
時を同じくして、小粒の雨が小降りで零れ始めていた。
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-季結市・清流館付近-
ヴィランの襲撃からどれほどの時間が過ぎたのか……。
ヒーローが幾度目かの重い一撃を打ち付けられて横転したバスに衝突する。
先程まで使用していた長尺の包帯のような布《捕縛布(ほばくふ)》による攻撃も精度に乱れが出始めていた。
対敵しているヴィランの数は2人。
今の一撃は厳格そうな大柄な老紳士……。スタチューによるものである。
老紳士が繰り出す拳は重く、イレイザーヘッドの個性《抹消》では解除できない事が判明していた。
「 なかなかどうして、しぶといものだな。《抹消》の熟練者よ……。
使用者が発動させる類の個性を強制的に使用できない状態にするアンチ能力。
儂が個性をまともに使えぬように絶えず挑んで来るか……。 」
イレイザーヘッドは、この場での戦いが始まって以降 殆どの間、スタチューに《抹消》を使用し続けていた。
乱戦の中で隙を突かれオキュラスには逃げられてしまったが、これ以上この場から逃すわけにはいかなかったのだ。
しかし、古武術に精通したかのような立ち回りの老紳士は、個性を殆ど使用できなくても破格の強さを発揮して立ちはだかっている。
《抹消》の個性が効果的な対敵者は、発動型の個性を立ち回りの基礎としたヴィランである。
つまるところ……。
個性を使用せずともフィジカルの高さで戦えてしまう相手の攻撃は対処が難しい。
頑強な身体を持つ相手には直接的な打撃力では決め手に欠ける事が多くなりやすいのだ。
加えて……。この場で足止め出来ている もう1人のヴィランも、スタチューと動揺に《抹消》では状況の好転が狙えそうも無い相手だった。
黒色のオーラに包まれた影のような存在。オールマイトに酷似した謎のヴィランである。
オキュラスやスタチューは、この謎のヴィランをドリアングレー……。そんな風に呼称していた。
不気味なのは、今の今までドリアングレーは一切の声も発さず息遣いすらも聴こえないように見える事。
イレイザーヘッドは額からの流血を片手でぬぐいながら立ち上がる。
両目は軽く充血していたが、スタチューに自身の個性の使用を継続していた。
「 ……クソ。身体が……。 」
「 儂らの役割は……。平和の象徴と次代のヒーローを貴様から引きはがす事。
アンチ個性の貴様に対策を講じるのは至極当然だ。計画の不穏要素は幾つ排除しても良いのだから。 」
老紳士はゆっくりと歩き始める。
只、歩いているにも関わらず……。その井出達に隙は無かった。鋭い眼光が常にイレイザーヘッドを逃さない。
ドリアングレーは不気味な幽鬼のように、スタチューの後方に佇んでいる。
「 逃げる力も立ち向かう力も及ばないのだ。
さぞかし苦しいだろう《抹消》の熟練者よ……。頃合いだ貴様を終わらせてやろう。 」
スタチューが固く拳を握って一撃を見舞う用意をしてみせると、即座にドリアングレーが動き出した。
ドリアングレーの動きもパワーもまるで本物の……。ヒーローとして戦っていた頃のオールマイトのようで、剛風をまとう程に迅速で視界から姿を消してしまう。
虚を突かれたわけでは無かった。
この場での戦いで、2人のヴィランを相手取ってから気持ちを緩めた事は無かった。
だというのに、正面からはスタチューが……。
側面の斜め後方からはドリアングレーが……。確実に避けきれない挟撃を仕掛けようとしているのだ。
1秒も必要とせずに、再起不能に陥りかねない瞬間。
スタチューとドリアングレーの拳は……。イレイザーヘッドに命中する事は無かった。
「 無事か!?イレイザー!! 」
「 応援が遅れた。すまない!バットしかし!この街の夜は吾輩が護ろう! 」
上空から飛来したエンデヴァーが炎を推進力にして、ドリアングレーにタックルを行った後イレイザーヘッドを拾い上げたのである。
同時に、ローカルヒーロー・バットガイがスタチューの拳を蹴り上げて狙いを狂わせていた。
1対2の劣勢は、2人のヒーローが助太刀に加わった事で変化を見せ始める。
エンデヴァーから事のあらましが口頭で簡単に伝えられた。
警部である塚内直正とオキュラスの調査が一定の目途が見えた所で、今回のようなテロ行為を危惧して起結市に急行していたのである。
プライベートジェットを飛ばして上空から文字通り飛来して来たらしい。
バットガイの方は夜間に成ってからプロップマンの護送中に襲撃を受けたらしく……。
襲撃を行ったドリアングレーと、護送車から脱走したプロップマンを追いかけて来たのだそうだ。
「 本当にすまない。
プロップマンの確保は雄英の生徒たちにも協力してもらったというのに……。 」
「 謝らないでくださいバットガイ。
貴方も充分ボロボロじゃないですか。さっきは本当に助かりました。 」
バットガイ、イレイザーヘッドは相互に言葉を掛け合う。
「 2人共、気を引き締めろよ。
老人の方はともかく……。もう片方が放つプレッシャーは只のヴィランとは言い難い。 」
「 ヴィラン名はドリアングレー。
オールマイトのそれと……。かなり似てますよ。ただ、俺の《抹消》が効かなかった。
似てはいますが異なるものです。 」
エンデヴァーのの呼びかけにイレイザーヘッドが応答した。
3人のプロヒーローが2人のヴィランから視線を外さないまま警戒を強める。
「 良いだろう……。ならば、ドリアングレーとやらは俺が相手をしよう!! 」
張り巡らされたピアノ線のように頑なった空気を、現在のNo.1ヒーロー・エンデヴァーが断ち切った。
炎を操る個性《ヘルフレイム》によって、自身の背面からバーニアのように炎を噴射させてドリアングレーに向かっていく。
正面から勢いよくぶつかると、そのままドリアングレーの掌を掴んで力比べを行うかのような体勢のまま押し込んだ。
エンデヴァーとドリアングレーの戦いはひたすらに激しく、戦いの場を更に別の場所へと移していった。
スタチューは落ち着き払った物言いで現在の状況に触れる。
「 現在のNo.1ヒーロー・エンデヴァーか……。
そう言えば当初は彼もWARPフェスに招待されていたな。
姿が見えず残念だったが、今はこの地でドリアングレーと相まみえている。実に結構。 」
その様子は、未だに底を見せていない。
「 さて……。今度は儂が劣勢となる訳だが……。掛かってくるがいいヒーロー達よ。 」
老紳士はイレイザーヘッドとバットガイに対して、掌を向けて挑発を行いながら ほくそ笑んだ。
小粒の雨が小降りで零れ始めていた。
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-季結市・市街-
国道と清流館の間にある商店街の一角では雄英高校の制服を着た4人の男女が緊張の瞬間に直面していた。
クラスの中でも大柄な体躯を持つ2人……。障子目蔵、砂糖力道がヴィランを相手に立ち向かう。
ヴィランは1人だったが、戦い慣れしているからなのか一筋縄ではいかない様子だった。
臙脂色(えんじいろ)のスーツ姿のヴィランは悪辣な表情で目を細めた。
ヴィラン名・ソルトピース。
個性《ソルトバレット》により、塩の塊を弾丸のような速度で回転させて撃ち出す事が出来る。中距離戦を得意とするガンマンである。
「 知ってるぜ……。てめぇら雄英の生徒だろ?
餓鬼の相手は気乗りはしねぇがヒーロー相手なら別だ。今なら思いっきりやって良い事になってるしなぁあ!! 」
ソルトピースはスーツの懐から白色の球を取り出して複数個 周囲にばら撒く。
白色の球は中空で留まり、その場で自転を始めると回転速度を保ったまま中空から射出された。
中空にばら撒かれてから射出されるまでで、おおよそ3秒足らずの出来事である。
塩の弾丸が発砲音とともに飛び交う。
「 近づいて攻撃しようにも、このままじゃ近づけねぇ。大丈夫か?障子。 」
「 大丈夫だ……。さっきは弾丸が掠っただけ……。
だが、そのおかげで奴の個性が食塩を利用している事はわかった。
今はこのまま俺たちだけで、奴の注意を引き付けるぞ。 」
砂糖力道、障子目蔵が商店街の物陰に隠れながら様子をうかがう。
障子目蔵の肩には一筋の掠り傷が出来ていた。ソルトピースとの距離を一定に保ちながら、辺りの様子を探る。
ソルトピースとは反対の方角では、別の2人が時間との戦いに強いられていた。
数匹の羽虫が商店街の中を飛び、別の2人の方へと進んで行く。
羽虫は岩石のような頭部を持つ少年の元に辿り着き何かしらを伝達しているようだった。
岩石のような頭部を持つ少年の近くで1人の少女が口を開く。
「 口田、2人は無事?……そっか良かった。ウチらも急ごう。たぶん まだ逃げ遅れた人がいる。 」
ヴィランと距離を置いて行動していた2人は……。口田甲司、耳朗響香であった。
瓦礫が散乱する商店街の路地裏で、逃げ遅れた民間人の救助活動を行っていたのだ。
口田甲司の個性《生き物ボイス》は、人間以外の生物との意思疎通を可能とする……。
耳朗響香の個性《イヤホンジャック》は、文字通りイヤホンジャックのような形状の耳たぶを使用し、検音探知等を可能とする個性だ。
索敵能力に長けた2人は、オキュラスからの追撃で錯綜する状況の中で……。民間人が取り残されている可能性に気がついたのである。
混乱が続く戦況で、この事実を共有できた者は少なかった。
起結市の商店街の近辺で助けを求める誰かが、今もヴィランの脅威に怯えている事だけは検知できているのだ。
砂糖力道、障子目蔵、口田甲司、耳朗響香の4人は助けを求める人を知ったまま自分達だけ逃げる訳にはいかなかった。
地方都市の状況は変わらずに混乱を極めており、ヴィランの意識を刺激しすぎてはいけない。
仮に商店街からヴィランが離れさせられたとしても、その先に逃げ遅れた誰かが隠れている可能性もある。
逆に……。ヴィランの鎮圧を優先させて戦いを激化させても、不用意に破壊や破損の範囲を広げてしまう。
隠れている誰かを巻き添えにしてしまうのならば本末転倒なのである。強引に進めるにしては戦力が足りないのだ。
ともなれば、今わかっている範囲で逃げ遅れた人物との距離を調整しながら救助活動を優先する。
……これが最善。4人は話し合いの末にそういった考えに至ったのだ。
商店街の通路を覆う雨避けのフェンスから小さな音響く。
ゆったりとした定点射撃のような間隔で、小粒の雨が当たりはじめた。
商店街の路地裏を2人の男女が走る。
なるべく音を立てずに、姿勢を低く保って……。
口田甲司、耳朗響香の2人が向かった先にあるのは小さな花屋。
路面には瓦礫が散らばり道幅を狭くしている。店先に近づくと、瓦礫でダメになってしまった花が散乱していた。
「 ……大丈夫ですか?助けにきました。 」
飾らない自然体な雰囲気を持つ少女 耳朗響香が大きすぎない声量で呼びかける。
口田甲司と共に瓦礫をどけて、花屋の奥で業務用の冷蔵庫に閉じ込められていた店員の女性を助け出した。
防寒着の代わりに店の防火カーテンを借りて店員の女性を包むと、口田甲司が背中に背負い店の外に脱出する。
その瞬間だった。
何者かが店の近くまで現れて、ヘレニウムのポットを踏みつぶす。
「 見つけたぜ……。変だとは思ったんだ。コソコソ動き回ってる割には仕掛けてこねぇからな。 」
ソルトピースが、救助活動を行っている2人の元に辿り着いてしまった。
「 雄英の生徒……。いやぁ最早 未来のヒーローどもか?
仕掛けてこねぇ理由と、俺が近づくのを察知してそうな立ち回りで逆算すれば……。後は消去法でいい。 」
臙脂色(えんじいろ)のスーツを身に纏うヴィランが懐から塩の弾丸を取り出す。
片手に納まる弾丸の数は軽く10発以上は超えている。
「 このまま撃ち抜いてやるぜ。 」
両手の分を合算して20発程の無差別攻撃が直ぐそこまで迫ってしまう。
「 避けてみろ……。護って見せろヒーロー。フルソルトジャケット! 」
中空で自転する複数の弾丸の先端が鋭利に尖っていく。
これまでのソルトピースが行った攻撃は発射までに約3秒ほど……。しかし、今回は僅かに塩の弾丸を自転させる時間が長かった。
救助を行ったばかりの2人が、急いで走りだしてヴィランとは反対の方角に向かう。
入れ違うようにして、大柄な体躯の生徒2人がソルトピースの前に立ちはだかった。
数秒の間に発砲音が鳴ると、砂糖力道、障子目蔵の身体に弾丸が数発着弾していた。
「 砂糖……。障子……。 」
「 コイツの方が俺達よりも上手だ……。そのまま走れ耳朗!お前達が逃げきれれば俺達の勝ちだ! 」
「 俺と砂糖が時間を稼ぐ……。ヒーローとして目的は果たしたんだ。 」
耳朗響香が思いつめた表情で声を漏らすと、砂糖力道、障子目蔵が応答する。
大柄な2人の生徒は、塩の弾丸が命中した箇所から流血させながらも立ち退くそぶりを見せない。
「 涙ぐましいねぇヒーロー……。
誰にも気がつかれなかった民間人を助けなければ、無くさずに済んだ命だってのによ。
犠牲に見合った成果は出したいよなぁ?
……けど、勇気あるお前ら2人は次で終わりだ。 」
ソルトピースの眼前には既に次の弾丸が空転を始めていた。
数は先程と同程度、先の20発を撃ち出す直後に次の準備をしていたのだ。
砂糖力道、障子目蔵は瓦礫の中から盾に出来そうな物を拾い上げると、身を護りながらヴィランに向かって走りだす。
塩の弾丸を操るヴィランまで数メートルの距離まで迫っていくが……。
ニヤリとヴィランが笑った。
「 ざ~んね~ん。フルソルトジャケット……。 」
20発程度の魔弾が射出されてしまう。
「 うおおおおお!!!!
烈怒頼雄斗・安無嶺過武瑠(レッドライオット・アンブレイカブル)!!!! 」
魔弾の全てはある人物達の登場で防がれて、砂糖力道、障子目蔵に命中する事は無かった。
数秒前……。
商店街の近くに発砲音を聞きつけた数人の人影が駆け付ける。
駆け付けたのは3人……。
飯田天哉、麗日お茶子、切島鋭児朗だった。
誰かしらが交戦している方角に、ひたすら走り3人は個性を使った。
飯田天哉、個性《エンジン》……。両足のふくらはぎから伸びる気筒から噴射を行い瞬発力を高める。
麗日お茶子、個性《無重力(ゼログラビティ)》……。指先の肉球で触れた対象の重力をゼロにする。両手の肉球をあわせる事で解除も可能。
切島鋭児朗、個性《硬化》……。身体の全身を硬化させる。硬化している間は全身が荒削りの岩壁のように変化して鋭利な武器にもなる。
「 飯田君!切島君! 」
麗日お茶子の声を合図にして飯田天哉が個性のエンジンを使用した。
飯田天哉は重力がゼロに成っている切島鋭児朗を抱えると路地裏へと向かい……。
サッカーボールをリフティングしてからの回転蹴りのような要領で、切島鋭児朗を送りだしたのだ。
切島鋭児朗も自身の個性を即座に使用する。
タイミングをあわせて、麗日お茶子が無重力化の個性を解除すると、全身硬化を済ませた切島鋭児朗が仲間の窮地に辿り着いたのだ。
塩の弾丸 フルソルトジャケットの第二射が撃ち込まれるまでの、ほんの数秒の間の出来事だ。
「 うおおおおお!!!!
烈怒頼雄斗・安無嶺過武瑠(レッドライオット・アンブレイカブル)!!!! 」
塩の魔弾は、赤い頭髪の少年が個性を使用して硬化させた全身で受け止める。
それでも、ヴィランが虚を付かれたのは一瞬。
「 ……へえ。俺の弾丸を止めるのか。 」
ソルトピースは即座に次の準備に移行する。
戦況は確実に変わった。
民間人の救助は済み、ヒーローとして活動する生徒の数は7人。中でも戦いに加わった生徒は5人にも及ぶ。
「 皆!助けに来たぞ! 」
飯田天哉が傷だらけのまま奮闘していた4人に呼びかける。
「 切島君……。そのまま攻めるんだ!俺も続くぞ!レシプロ……。 」
ふくらはぎのエンジンが青白く細く尖った排気を噴き出すと、飯田天哉は目にも止まらぬ速度でソルトピースに接近し上段蹴りを繰り出す。
ヴィランは確かに仰け反っていた。
この瞬間にあわせて、硬化の個性を駆使する少年 切島鋭児朗が走った。
同時に……。砂糖力道もまた流血する身体を気にするでもなく駆けだす。
走りながら、携行していた砂糖瓶から砂糖を経口摂取して個性を発動させた。
砂糖力道の個性《シュガードープ》は、経口摂取した砂糖を力に変えて糖分10gで3分間の間、通常時の5倍にも及ぶ身体能力強化を可能とする。
切島鋭児朗、砂糖力道の2人は強く踏み込んでソルトピースに拳による猛襲を叩き込んだ。
3人の生徒からの連撃で、ソルトピースは吹き飛ばされてしまう。
ビルの壁に打ち付けられて尚、立ち上がり塩の弾丸を繰り出そうとするが……。
「 ……何が、ヒーロー社会。俺は……。 」
塩の弾丸は空中で自転を止めて地面に落下してしまう。
ソルトピースは前方に倒れるようにして気を失っていたのだ。
プロップマンの1人……。ソルトピースとの戦いは、1年A組の生徒達7人の勝利で終息した。
ヴィランは飯田天哉らが持参した拘束帯で捕縛してプロヒーローに引き渡す事となる。
目の前の窮地が1つの山場を超えた事で、7人は状況の整理を行った。
清流館から避難している間に多くのクラスメイトがはぐれてしまった事。
飯田天哉、麗日お茶子、切島鋭児朗の3人ははぐれたクラスメイトを探してここまで来た事。
オールマイトは、八百万百、峰田実、青山優雅、瀬呂範太の4人と共に仮説の避難所の設営と警護を行っている事。
仮説の避難所の付近でも逃げ遅れた民間人が発見された事。
麗日お茶子は掻い摘んで状況を説明を済ませる。
「 ……だいたいこんな感じ。
他の皆の事も気になるけど、今は救助した人の避難が先決やね。ここからなら遠くないから私が案内するよ。 」
「 わかった。俺はもう少し皆を探してみる。
緑谷君達も何処かで戦っているのかもしれない……。 」
7人は今後に向けて改めて動き出す事を決めた。
オールマイト達との合流を優先し、救助者の警護や逃げ遅れた人たちの捜索、ソルトピースの引き渡しを目標にした警護組4人。
麗日お茶子、障子目蔵、口田甲司、耳朗響香。
はぐれたクラスメイトの捜索とヴィランとの戦闘も視野に入れた逆走組3人。
飯田天哉、切島鋭児朗、砂糖力道。
2組に分けた編成で、各々は行動を開始する。
小粒の雨は雪に変わり始めていた。
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-季結市・市街-
商店街とは別方向に位置する通りに隣接する高架下。
赤レンガの貸倉庫が立ち並ぶ一角の地下駐車場では、5人の生徒が気をうかがっていた。
この場にいる5人もまた、オキュラスの追撃によってオールマイトからはぐれてしまい、流れのままに別のヴィランに遭遇してしまったのだ。
ヴィランは地下駐車場の出入り口付近で立ちふさがっており、5人の生徒はいよいよ追い詰められてしまう。
紺色のスーツの男は声が反響する地下駐車場で潜伏者達に呼びかける。
「 さあ観念しただろう?出てくるんだ!隠れていたって無駄だ。
この街の地形はあらかた把握済みなのだ。出口が1つしかない事はわかっている。 」
ヴィラン名・ミストガラント。
個性《ミストハンド》により、霧で形作られた身の丈ほどの大きさの掌を操る。距離を気にせずに立ち回るトリックスターである。
ヴィランの口調は物腰が低く優しいようにも見えるが……。
経緯を鑑みると、あくまでも優しそうに見えるだけ……。その本質は冷酷である事に潜伏者の5人は気がついていた。
地下駐車場に辿り着くよりもずっと前、オキュラスからの追撃ではぐれたばかりの頃。
5人は直ぐにクラスメイトの元に戻ろうとしたのだが、真っ先に不意打ちを繰り出し……。合流が難しくなる状況を造ったのがこのヴィランだったのだ。
混乱が立て続けに起きる中で繰り出された不意打ちは、
1人の少女が最初の攻撃を妨害した事で不発に終わるものの、それからは泥沼の戦いが始まってしまった。
少ない口数で聡明そうな少女 蛙吹梅雨が最初の攻撃を妨害しなければ、雄英の生徒のだれかしらに甚大な被害が及んでいたかもしれない。
仲間を護り続けた事から始まった戦いは、今のこの場に至るまで続いていたのだ。
地下駐車場に追い込まれたのは5人……。
蛙吹梅雨(あすい つゆ)、葉隠透(はがくれ とおる)、尾白猿夫(おじろ ましらお)、
常闇踏影(とこやみ ふみかげ)、芦戸三奈(あしど みな)である。
地下駐車場の外、地上では雪が降り始めていた。くぐもった地下空間では冷気が体力を奪い長期戦が難しいのだと本能的に知らしめる。
「 不味いわ……。私、このままだと皆の足手まといになっちゃう。 」
「 そっか……。梅雨ちゃんの個性は《カエル》だから……。このまま体温が下がったら……。 」
「 そうね身体が勝手に……。冬眠……。しちゃうわ……。 」
蛙吹梅雨、葉隠透が緊急性の高さを言及した。
蛙吹梅雨……。個性《カエル》カエルのように長く伸びる舌、強靭な脚力、変色可能な肌で巧みに活動が可能。
カエルに似た性質から冬を彷彿とさせる寒冷な環境が苦手。善性の高い性格も併せ持つため集団戦闘に置いて精神的な支柱にもなる。
葉隠透……。個性《透明化》常に全身の姿が透明である事から、隠密行動に長けた透明人間の少女。
今のこの瞬間まで、高い身体能力でクラスメイトを護り続けた少女は、身体的な特徴から来る弱点に直面していたのだ。
地下駐車場の空間を支える幾本もの支柱に隠れて、5人の生徒は危機を意識する。
「 寒さで体力を消耗するのは蛙吹さんだけじゃない俺達もだ。寒さは身体の柔軟性を奪うから……。一気に仕掛けよう。 」
「 俺も行こう。ここなら……。ダークシャドウも力を出しやすい。 」
「 アタシも戦う。3人で攻めよう。2人は隠れてて。 」
攻勢に出るのは尾白猿夫、常闇踏影、芦戸三奈の3人。
反撃に移る決意が固まった。
葉隠透、蛙吹梅雨の2人は戦いに巻き込まれないように距離を取ったまま後方で待機する流れだ。
地下駐車場に閉じ込められた冷気が更に寒気を強くする中、ヴィランの男に2人の生徒が仕掛ける。
尾白猿夫……。個性《尻尾》尾骶骨のあたりから伸びる強靭な尻尾は、攻防の両面で手数を増やす。
常闇踏影……。個性《ダークシャドウ》影から伸びる意思をもった存在ダークシャドウが追従するように行動する。
近中距離での戦いが特異な2人の少年が苛烈に攻め込んだ。
「 さっきの舌が伸びる少女しかり……。君達は立ち回りが似ている。私のミストも得意な間合いは同じだ。 」
紺色のスーツのヴィラン・ミストガラントは、動じる様子もなく自身の個性を行使して応戦する。
2人の少年からの同時攻撃は、身の丈ほどの霧の手をすり抜けてしまうが……。
次の瞬間で霧の手が、即座に形を成して2人の少年を掴み取ってしまう。
「 便利な物だろう。霧はすり抜けるのが普通、だがこれは個性。形を成して触る事も出来る。
ならば……。一度、霧としてすり抜けさせてから掴み上げるなんてのはお手の物さ。理解できたかな? 」
ミストガラントは懐から鋭利なナイフを取り出す。
その場から一歩も動かずに、2人の少年を鹵獲したミストハンドの片方を自身の前に引き寄せた。
「 さて……。例えばだが、私の個性は霧に戻す事も簡単だとわかったよね?
今私が握っているナイフ……。ドロップポイントと呼ばれる種類だが、コイツが霧を抜けたらどうなるか。試してみようか。 」
引き寄せられたのは、尾白猿夫が捕縛されている方のミストハンドだった。
身動きが取れない尾白猿夫に、鋭利な凶刃が迫る。
「 2人に危害は加えさせない! 」
ミストガラントが握るナイフの刃に流動的な何かが命中する。
同時に、側面の下方から何者かが襲撃すると、打撃が紺色のスーツのヴィランに叩き込まれた。
咄嗟の攻防によってナイフは地下駐車場の床に落下する。刃の部分は流動的な何かで溶解しており刃物としての役割は果たせない状態だ。
芦戸三奈……。個性《酸》溶解能力の高い酸性の液体を体中から生成できる。両手の掌を合わせて水鉄砲のように発射する事も可能。
虚をついたのはピンク色の肌を持つ少女が、足元を酸で溶かしてスケートのように滑走しながら拳を握った。
「 2人を離して! 」
「 未来の……。次代のヒーロー候補か……。こうも逞しく戦えるとはな。
素晴しいよ。ここに来て本当によかった。 」
芦戸三奈とミストガラントは、互いに個性も使用せずに純粋な格闘戦を繰り広げた。
「 悪いねお嬢さん。私は白兵戦も得意なんだ。
個性に頼りきりでは立ち行かない事だってある。君達の担任教師のヒーローもそういうスタンスだろう? 」
紺色のスーツのヴィランが中段蹴りを繰り出す。
中段蹴りは芦戸三奈の腹部に命中し、簡単に吹き飛ばしてしまった。
ミストガラントは自身の衣服の埃を掌ではらって、懐から更にナイフを取り出す。
「 困ったものだ。せっかくのドロップポイントが1本ダメになってしまった。
だが、仕事道具はまだある。 」
凶刃が少年少女に迫る。
鬼気迫る状況の中……。5人の体力は寒さで益々追い詰められていた。
「 ……ろ。 」
「 んん?今、何か言ったかな?君は確か……。影のような個性を従えた少年か。 」
追い詰められるだけに見えた状況の中で、烏のような頭部の少年 常闇踏影が雄たけびをあげた。
「 ……やめろ!!俺の仲間に手を出すな!! 」
常闇踏影は声を荒げる……。
「 君のようなヒーローも捕まえてしまえば、どうという事は……。ぐぅ!?
これは……。私のハンドをこじ開けて!? 」
ミストハンドはあふれ出る黒い影によって霧散してしまう。
「 ダークシャドウ!! 」
『 アイヨォ!!!!!! 』
あふれ出た影・ダークシャドウは強大に膨らみ、地下駐車場を支える柱を数本へし折る程の一撃を繰り出した。
地下駐車場の外側……。地上目掛けて、紺色のスーツのヴィランが吹き飛ばれる。
ヴィランを追いかけて地下駐車場からダークシャドウが這い出す。
大型に肥大したモンスターのようなダークシャドウは、体内に常闇踏影を取り込んだまま暴れ狂った。
ヴィランから迫る窮地は脱したものの、残された4人の男女は即座に対処に当たる。
「 凄い……。常闇があのヴィランを倒しちゃった。けど……。 」
「 ああ。このままだと常闇の身体が危ないかも。 」
地下駐車場から脱出して、事態の深刻さを気に仕掛けたのは2人。芦戸三奈、尾白猿夫だった。
常闇踏影の個性《ダークシャドウ》は、周囲の闇が深い程、強い力を使用できるが強い力は制御が難しくなるのである。
夜間の地下駐車場では特に、顕著に力が膨れ上がりかねない。クラスメイトを無用な破壊衝動に巻き込まない為、抑制した状態で戦っていたのだ。
これを制御するには……。
「 それなら私に任せて!
三奈ちゃんは梅雨ちゃんをお願い!尾白君、私が近くまで移動するの手伝って! 」
クラスメイトの暴走を止めようと名乗り出たのは、透明人間の少女 葉隠透だった。
小粒な雪が降り積もる景色の中で……。暴走する黒い影のモンスターに2人の男女が向き合う。
尾白猿夫は尻尾を使って、ダークシャドウ目掛けて幾つもの瓦礫の欠片を飛ばす。
「 こっちだ!! 」
『 オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!! 』
ダークシャドウが尻尾を持つ少年に向かって進み始める。
尾白猿夫は定期的に足を止めて揺動し引き付けた。
瓦礫の上を這って移動するダークシャドウとの距離が眼前に迫った辺りで、葉隠透が躍り出る。
「 常闇君!!ダークシャドウ!!こっち見て!!ハイチーズ!! 」
葉隠透は即座に全身から光を放射する。
《透明化》の個性が持つ性質。光の屈折率への干渉が成せる技である。
夜間だというのに、辺りは光に飲み込まれ数秒程度、白光に包まれていった。
光の放流が納まると、そこには制御下に納まったダークシャドウと肩で息をしている常闇踏影の姿があった。
地下駐車場近辺でのヴィランとの戦いはついに決した。
5人の少年少女は、ここに来てやっとクラスメイトとの合流を目指して動き出す。
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~事件解決2 【総力】~
-季結市・外周部近郊-
小粒の雨が降り始めるよりも、ほんの少し前……。
市街の外周部にあたる見晴らしのいい区画では、少年がどこかに向かって急いでいる様子だった。
頭髪の色が左右で異なるクールな少年。轟焦凍である。
オキュラスからの追撃と、混乱に乗じたミストガラントからの不意打ちによりクラスメイト達と離れてしまったのだ。
合流を目指して直ぐに行き先を見繕った所で、遠くから聞こえる誰かの声に気がついた。
轟焦凍は仮免ヒーロー・ショートとして、人命の救助の可能性を睨んで急いでいたのだ。
ショートは人の声がする方に向かう。
「 ……そういえば、プロヒーローやローカルヒーローに1度もあってないな。 」
道すがら疑問が声になっていた。
宿泊用のコテージ・清流館を出発する直前の相澤消太からの共有では、近隣住民の避難補助としてプロヒーローが市街の各所にいる筈なのだ。
疑問は1つの回答として視界に映る。確かにプロヒーロー達は起結市にいた。
「 ……そっちに行ったぞ!!迎え撃て!! 」
「 なんでこんな数が……。ぐあっ……。 」
「 うわあああああぁああ!!!助けて……。 」
確かにプロヒーロー達は起結市にいたのだが……。
おびただしい数のヴィランと相対する戦いの中で、乱戦を強いられていたのだ。
思わずショートは声を漏らす。
「 なんだ……。この状況。 」
冷静に……。それでいて心の奥底では熱く強い意志で事に当たる。それが少年を言い表す大きな特徴だった。
そんな少年でさえ度肝を抜かれたのだ。
単純に見てもおかしな点が2つ浮かび上がる。
1つ目はヴィランの数が明らかに組織的に活動するに足る数である事。
2つ目はヒーロー達があまりにも消耗しすぎている事。
数多のヴィランが……。主要道路を闊歩し、郊外から起結市を目指して侵攻している……。常ならぬ異様である。
「 んん?お前、轟か?……こっちだこっち早く。 」
ショートが精神的な強い衝撃を誤魔化しながらも静かに思案していた時だった。
視界に映るヒーローやヴィランとは異なる声に呼びかけられる。
目の前の戦いから意識を大きく外さずに、声の方に視線を向けると見覚えのある顔が視界に入る。
つい先程まで、宿泊施設・清流館からの避難で一緒だった人物。
クラスメイトの1人、気だるげながらも奔放そうな少年 上鳴電気である。
「 そこにいたら直ぐにヴィランに見つかるぞ。轟、ひとまずこっちに来なって。 」
「 ……ああ。 」
轟焦凍と上鳴電気は物陰に隠れて、互いのあらましを共有する。
辿り着くまでの経路は異なるものの、経緯に大きな差は無かった。クラスメイト達とはぐれてから声を頼りに通れる道を辿った。
それだけだった。
「 上鳴、あのヴィラン達はなんだ。数は多いみてぇだが、1人1人の強さはヒーロー側の方が上に見える。
その割にはヒーロー側がボロボロ過ぎる気がする。わかるか? 」
「 俺も詳しくはわかんねぇんだ。少なくとも俺がココについた時には今みたいな状態だった。
けど、たまにヴィランが変な事 言ってたな。
《不可視の隕石》がヒーローを吹き飛ばすって……。 」
《不可視の隕石》……。
記憶に新しいのは、起結市に向かう前に見た都市伝説の特集番組だった。
都市伝説としての話なら、けたたましい音が咆哮を上げた後に巨大なクレーターが発生しているらしいのだ。
目撃者がいるのかも、実際に起きている現象なのかも、人為的な物か超自然的な現象なのかさえも公にされていない。
破壊だけが強く印象に残る。そんな噂話。
「 都市伝説の……。わけわかんねぇな。
けど、あのヴィラン達はそんなに強くねぇと思う。俺達も戦うぞ。 」
「 正気かよ。まあ、そうなるよな。わかった1人だったら怖ぇけどサポートは任せな! 」
物陰で2人の少年が拳を合わせる。
小粒の雨が空から落ち始めた。
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-季結市・内陸部-
近隣の人影は少なかった。
目だった動きをしているのは2人。
2人の人影は誰が見たとしても激しく戦っていると言っても過言ではない状況だった。
戦っている人物の1人の顔面部分、単眼レンズが妖しく煌めく。
機械的なフルフェイス型の特注ヘッドギアを着用している人物は、片方の掌から自身の掌よりも幾分か大きい楕円の光の幕を作り出す。
楕円の光の幕が煌めくと都度、何かが噴き出して前方の少年に発射された。
噴き出している何かは実に多様だった。
時には《火炎放射》が……。
時には《凍てつく烈風》が……。
時には《頑強な巨岩》が……。
時には《闇色の大きな片腕》が……。
楕円の光の幕が煌めく度に、緑色の癖毛がかった頭髪の少年に襲い掛かる。少年は永らく単身で戦っていた。
クラスメイト達とはぐれてから……。いや、むしろ自らが率先して攻撃を仕掛けて、クラスメイト達と別の方向に引き付けたのだ。
少年・緑谷出久は仮免ヒーロー・デクとして、ヘッドギアを着用するヴィランと戦っていた。
デクは全身からは緑色のオーラが漂う。
個性《ワンフォーオール》を使いこなして全身に身体能力の強化を施して戦い続けているのである。
「 エアフォース・デラウェアスマッシュ!! 」
「 風圧の弾丸とでも言ったところか……。俺には届かないな……。フィンブル!! 」
デクの指先から、繰り出される風圧による衝撃波の弾丸は……。ヴィランが繰り出す《凍てつく烈風》によってかき消されてしまう。
ヴィランの名は……。オキュラス。
彼は無個性として知れ渡っていた芸術家だった。
先程、ヴィランとしての顔を見せたのだ。扱う個性は謎に包まれており多彩な事だけが判明している。
根幹部分は未だ底が見えない。
「 ヒーロー名はデクと言ったな。
なあ、デク……。君の個性は本当に興味深い。何故か心が惹かれるんだ……。どこか懐かしいとさえも思える。 」
「 ………………。 」
「 警戒しているな?
安心していい。俺の個性は言葉を交わして発動する類ではないさ。
まあ良い……。今と未来を楽しもうか。 」
デクはオキュラスからの攻撃を避けながら、一定の距離を保つ。
楕円の光の幕からは《闇色の大きな片腕》が出現して辺りを薙ぎ払った。
「 そうだ。避け続けろデク。いつまでも俺にヒーローの個性を見せるんだ。 」
「 ………………。 」
「 だが良いのかな?
このままだと……。いずれこの街はヴィランの支配下となるだろう。
何故ならば、俺がヴィラン達を集めたからだ。燻ぶらせている奴らは何処にでもいるさ……。機会をうかがっているだけでな。 」
「 ………………。 」
「 この街を拠点として……。次は絶海の牢獄タルタロスを落とす。
創造を絶するだろう?輝かしい暗黒の時代が蘇るのさ。より強く!!より眩く!! 」
「 ………………!! 」
楕円の光の幕から《火炎放射》が巻き起こる。
少年はオキュラスからの攻撃を幾度も避けて、一瞬の隙に接近し殴打をぶつけた。
殴打は光の幕で受け止められてしまうが、身をひるがえして距離を取り直した。
デクは拳を握った。
音が出る程、力強く……。
「 そんな事させない!! 」
緑谷出久は片腕から黒色の鞭のようなオーラを噴出させて反撃を仕掛けた。
個性《ワンフォーオール》の力に隠された未知の力の1つ《黒鞭》である。
起結市の市街から少しずる山間部に近づいているせいか……。いつの間にか降り出していた雨は雪に変わっていた。
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-季結市・駅周辺-
駅の近隣では街灯の損傷も疎らで、薄暗い道も少なくない。
普段ならタクシー乗り場として利用されるであろう開けた場所で、少年が1人ヴィラン達と戦っていた。
個性《爆破》……。掌からニトログリセリンのような汗を精製して爆破を行う。
「 オラアアアア!! 」
「 素敵な個性だねキミ、ぶっ飛んでるな。
けど動きがわかりやすい。俺の相手はまだしも老紳士の秘蔵っ子……。双子ちゃんには通用しないでしょ。 」
掌から《爆破》を繰り出す少年の攻撃は、ことごとく避けられてしまう。
少年が双子への攻撃を失敗するたびに、傍観者のような口調が拍手を贈った。
傍観者のような青年は、灰色のスーツを着用したヴィラン。
今日この日の昼にも、ローカルヒーロー達と戦っていた3人組のヴィラン《Propman(プロップマン)》のリーダーである。
双子の方もヴィランのようで、《爆破》を繰り出す少年と敵対している。
プロップマンのリーダーの青年によれば、双子の名前は……。
姉の方がヨタ。剣のように鋭く攻める手刀と、何かしらの個性を扱う。
弟の方はヨクト。盾のように頑強で打撃を得意としているらしい。
双子の立ち回りは実に鮮やかだった。
性別こそ異なる2人だったが、背格好も髪の長さや髪色までもが酷似しているからなのか、ことごとく少年を翻弄する。
並みの相手なら、徹底的に攻撃一辺倒に追い込める少年を相手に、簡単に受け流して反撃を入れてしまうのだ。
クールそうに見えて粗暴な少年 爆豪勝己は、益々イラ立っているのか我武者羅に攻撃を激しくさせた。
少年は果敢に攻め続けた。
個性の使用を減らしながら、肉薄した接近戦を狙っていく。
例えるなら……。
静かな思案が形になる前から本能と直感で答えを選んで行動を組み立てる。そんな動きをひたすらに選択し続けていた。
自身の攻撃が失敗に終わっても……。
相手の攻撃だけが有効打を決め続ける状況だとしても、少年の闘志は衰える様子はない。
爆豪勝己は仮免ヒーロー・バクゴーとして、絶えず挑み続ける。
個性による爆風を後ろ手に構えた掌から吹き出して跳び蹴りを狙った。
バクゴーの攻撃はまたしても、双子のヴィラン・ヨタ、ヨクトに避けられ反撃の打撃が腹部に叩き込まれる。
「 フフフ……。俺よりもヴィラン向きな粗暴ボーイだよ本当に。だが、双子ちゃんは強いだろう?
これなら、このまま俺が戦うまでも無さそうだ。 」
「 黙れ 傍観クソスーツ。自分で戦わねぇ癖に、俺様に勝てると思ってんじゃねぇ!!! 」
殆ど無言で戦う双子のヴィランとは異なり、灰色のスーツは傍観者としての感想を述べる。
街灯にもたれかかったまま傍観者は語り続けた。
「 粗暴な少年よ。不思議に思わないか?
近隣で待機していた筈のプロヒーローもローカルヒーローも助けに来れないでいる。何故だろうな? 」
傍観者の1人意外は戦いをやめないままだったが、数秒程度の沈黙が続いた。
荒々しさと威勢を失わない少年でさえも、僅かに目を細めて思案している様子だった。
「 ……んなもん俺が知るかよ!!クソが!!……また避けやがったコイツら。 」
「 聞け少年。簡単な仕掛けだ。
ヒーローがいない訳は俺達以外にもヴィランが集まっているからさ単純だろう? 」
バクゴーが双子のヴィランに苦戦している合間にも傍観者は語る。
聞き流していいとでも示すかのように……。
「 俺達には平和の象徴の《力》がある。
もう見てるんだろうが、闇のような漆黒のオールマイトさ。
殆どのヒーローは、気がつかない間にアイツに痛めつけられて満身創痍。 」
傍観者であるヴィラン・ライトドレイプが、芝居がかったニュアンスで今起きている事に触れていく。
「 満身創痍のヒーローに俺達が仕掛けて、弱ったヒーロー達は防戦を強いられるってわけだ。シンプルだろう? 」
ライトドレイプは口角の片方だけを釣り上げて種明かしを終える。
バクゴーは変わらずに肉薄した接近戦を主体に攻め続けた。
灰色のスーツのヴィランの種明かしを文字通り聞き流しているのか、小さな爆風を路面に複数回 炸裂させて土埃を巻き起こす。
相手の視界を奪い、有利な状況に踏み込んで攻勢に転じる為の搦め手であり、攻める準備段階とも言える立ち回りだ。
「 今度こそ避けさせねぇ!!くらぇえ!! 」
「 ほう小細工か。……キミは隠れない方がキミらしいぞ。 」
攻勢に転じようと踏み込んだ少年の周囲から土煙がかき消された。
まるで、土煙が少年を中心にして左右に引き裂かれるように土煙だけが移ろう。
少年は少しだけ、この出来事で気を散らされたらしい。
双子のヴィランの蹴りの猛襲が、真正面からバクゴーに襲い掛かった。
風が吹いたわけではなかった。
土煙が動き出す直前に、灰色のスーツのヴィラン・ライトドレイプが何かをしたのだ。
「 おっとっと。ついつい手を出してしまった。
今の俺は傍観希望だが、老紳士に双子ちゃんの御守りも任されているんでね。 」
悪びれている風でもなく、例えば、肩がぶつかった程度の温度感で弁明するかのような……。どこまでも軽い口調だった。
バクゴーは片手から小さな爆発を爆竹のように複数回鳴らす。
「 良い度胸じゃねぇか。直ぐに ぶった押してやるクソヴィラン共。 」
より強く瞳の中で闘志を揺らめかせ、少年は宣戦布告をした。
3人のヴィランとの戦いは次第に激しさを増していく。
小粒の雨が零れ始めていた。
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-季結市・市街中心部-
1人のヴィランを相手に、2人のプロヒーローが果敢に攻め立てる。
市街の中心部では数棟のビルが倒壊し、戦場と遜色のない有様だった。
1人は、雄英高校ヒーロー科1年A組の担任教師 相澤消太である。相澤消太はプロヒーロー・イレイザーヘッドとして戦っていた。
もう1人は、起結市の近郊で活動を行う地元のローカルヒーロー・バットガイ。
イレイザーヘッドは、包帯のような布《捕縛布(ほばくふ)》と個性の《抹消》を使い分けて……。
バットガイは、《蝙蝠(こうもり)》の個性を持つ蝙蝠男らしく、軽快にアクロバット飛行を行い蹴り技を繰り出す。
2人のプロヒーローの連携を相手取っても1人のヴィランは息すら乱さない。
「 プロヒーローの腕前がこの程度か……。青いな。 」
筋骨隆々で大柄な体躯の老紳士が抑揚の少ない低い声で品評した。
ヴィランの名はスタチュー。
古武術の類に精通している練達の老紳士は、個性を殆ど使わないまま2人のヒーローと渡り合う。
表情に焦りが見えるのはヒーローの方だった。
「 バットガイ。さっき話していたのは本当か? 」
「 本当だ。起結市に集ったプロヒーローやローカルヒーローは等しく例のオールマイトのような……。ドリアングレーに襲撃されたのだろうな。
バットしかし……。襲撃の正体を視認できたヒーローは殆どいない筈だ。
オールマイト同然の強さなら速すぎる、視認出来る者の方が少ないだろう。 」
戦いを続ける中で、イレイザーヘッドとバットガイは認識のすり合わせを既に何度か行っていた。
合流以前に知りえた情報や目の前の戦いで予測しうる認識である。
バットガイが合流以前に知りえた情報の中でも特に目だったものは4つ。
オールマイトのような黒い影の存在・ドリアングレーが各地でオールマイトと遜色のない強さで猛威をふるった事。
並みのヒーローでは、迅速で広範囲を攻撃できるドリアングレーを認識すら出来ない可能性が極めて高い事。
ドリアングレーによってプロヒーローは強く痛めつけられており、他のヴィランとの戦いや救助が発生していても精度が低下している事。
混乱の中でドリアングレーによって護送車が破壊され、昼に鎮圧した《ヴィラン・Propman(プロップマン)》が解放されてしまった事。
予測しうる特筆すべき認識は3つ。
恐らく……。ドリアングレーに自我らしきものは少なく、オキュラスやスタチューの制御下に置かれている事。
組織的なヴィラン活動を行う者たちにとって、オキュラスもスタチューも幹部クラスの存在である事。
オキュラスとスタチューの個性は未だに未知である事。
起結市に発生している問題は山積みだった。対処を急ぐにしても、強者を退けなければ先には進めない。
2人のプロヒーローがヴィランを前後から挟撃する。
「 フン。時間差で挟撃を行っても儂を崩せんものか……。ヤワな事だ。 」
老紳士は自身の後方から仕掛けてきた、バットガイの蹴りを避けて反転するような動きで拳を叩き込む。
バットガイの蹴りの動作による勢いは、拳が腹部に喰い込む重さとして利用されてしまう。
後方からの襲撃を拳で解決し、真反対から迫るイレイザーヘッドをも殴り飛ばす。
「 若者との交流も楽しいが儂も役目を果たすとしよう。 」
老紳士の片腕の地肌には小粒の瓦礫が付着している。
瓦礫の粒や欠片は、吸い寄せられるように集まり始めた。
スタチューの元に吸い寄せられている瓦礫は、イレイザーヘッドによる個性《抹消》による効力が瞬間的に発動していない証だった。
激闘の末に……。ヴィランが個性を使用する隙が生じてしまったのである。
ヒーローの2人も異変に気がつくが、いよいよ妨害するには至らず戦況が大きく変わってしまう。
「 オオオオ!! 」
自身の個性を使用したからなのか、スタチューが雄たけびをあげる。
雄たけびの渦中には瞬く間に瓦礫や石材が吸い寄せられていった。
老紳士がいた場所で大きな物陰が鎌首をあげ始める。
「 イレイザーヘッド!!こちらへ!! 」
「 大丈夫だ。まだ自力で避けられる。けど、コイツの個性は……。 」
「 ああ。エンデヴァーの加勢もしたいが……。そう都合よくはいかないか……。 」
2人のプロヒーローが、驚愕の声を漏らしながら視線を上に向けた。
視界に写されるのは……。現実とは剥離した巨大な……。10階立てのビルとは同等の……。
……石のドラゴンであった。
スタチュー……。個性《ガーゴイル》。瓦礫や石を自身の身に纏いドラゴンの形を成す事が出来る。
身に纏う石や瓦礫が多い程にドラゴンとしての身体は巨大化する。翼はあるが空は飛べない。
「 儂の個性は……。1度でも発動させられれば《抹消》でも解除などできん。長所が潰えたヒーローは辛いものだな。 」
石のドラゴンの奥底から地鳴りのような声が反響した。
老紳士の姿は、石材の奥底に隠れているからなのか外部から目視できる範囲には見当たらない。
個性を使用される前ですら有効打を欠いていたプロヒーロー達は、いよいよ追い詰められたと言っても過言では無かった。
「 次代に待ち受けるのは儂らが望むヴィラン回帰社会……。ヒーローは当代で大多数が潰える。
儂の全ては奴らに託した。奴らはタルタロスから、あのお方を解放するだろう。 」
石のドラゴンが目論みの一端を垣間見せて、強大な爪を振り下ろす。
強大な爪が大きな何かに勢いよくぶつかった。
『 俺様の出番だ!!!!!! 』
「 いいぞダークシャドウ!!そのままヴィランに組みついて離すな!! 」
石のドラゴンの猛撃を受け止めたのは、深い闇のような巨大なモンスター……。ダークシャドウだった。
常闇踏影・ヒーロー名《ツクヨミ》の《個性》が かち合う。
同時にイレイザーヘッドにとって聞き覚えのある生真面目そうな声が耳に届く。
「 1年A組!!これより!!プロヒーローへの援護を始める!! 」
2人のプロヒーローの後方から、更に3人が駆け付けて石のドラゴンに攻撃を仕掛けていく。
「 レシプロ!!エクステンド!! 」
声の主が真っ先に飛びだして、脚部のふくらはぎから突き出したエンジンの気筒から蒸気を噴出させた。
《エンジン》の個性で類まれなる機動力と脚力を持つのは仮免ヒーローの少年……。飯田天哉・ヒーロー名《インゲニウム》。
少しだけ遅れて駆け付けた2人が、タイミングをあわせて跳躍すると……。
生真面目そうな声の人物は、駆け付けた2人を片足に乗せてサッカーボールのように放り飛ばした。
駆け付けた2人もまた、放り飛ばされる瞬間に踏み込んで、石のドラゴンに肉薄した打撃を与えていく。
石のドラゴンに打撃を与えた2人は……。
《尻尾》の個性で強打を狙う仮免ヒーローの少年……。尾白猿夫・ヒーロー名《テイルマン》。
《硬化》の個性で鋭利になった拳を突き出す仮免ヒーローの少年……。切島鋭児朗・ヒーロー名《烈怒頼雄斗(レッドライオット)》。
「「 うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 」」
一撃一撃に、全てが注ぎ込まれているかのような気迫を滲ませて、決死の攻撃を注ぎ込み石や瓦礫でできた鱗を削る。
さしものスタチューも、驚いたからなのか反射的に反撃に移った。
石のドラゴンは巨大な石材の大翼を振るって周囲を薙ぎ払った。
ダークシャドウもまた負けじと組みついたまま、押し合いを継続させる。
瓦礫の破片が、石のドラゴンの足元に降り注ぐ。
「 先生!!バットガイ!! 」
「 瓦礫はアタシ達に任せて!! 」
イレイザーヘッドとバットガイの頭上に迫る瓦礫を別の2人の人物が排除した。
《シュガードープ》の個性で力のままに瓦礫を破壊する仮免ヒーローの少年……。砂糖力道・ヒーロー名《シュガーマン》。
《酸》の個性で瓦礫を溶かして撃ち抜く仮免ヒーローの少女……。芦戸三奈・ヒーロー名《ピンキー》。
現れた6人の行動にイレイザーヘッドが直ぐに反応を示す。
「 お前ら……。なんで戻って来た!!俺は散開を指示した筈だ……。 」
ほころんだ口元は直ぐに引き締まった表情に上書きされると、怒号が6人に向けられる。
生真面目な声の少年が応答した。
「 言いつけを破り申し訳ございません!!ですが……。
ヴィランを前にして……。崩され続ける平和の街を目にして、逃げ続けるわけにはいきません。仮免ヒーローとして俺達も戦います!! 」
駆け付けた6人の仮免ヒーローの中でも、司令塔としても立ち回っていた生真面目な少年は……。
普段のクラス委員長としての真面目な顔つきとは異なり、真剣な眼差しで瞳に覚悟を宿している。
「 諦めて受け入れようイレイザーヘッド。
少年少女ではあるが……。バットしかし、彼等は立派なヒーローだ。 」
「 貴方までそんな事を……。仕方ない。お前ら!!絶対に死ぬな……。生きて勝つぞ!! 」
2人のプロヒーローと、6人の仮免ヒーローが巨大な石のドラゴンと相対した。
仮免ヒーローの6人が果敢に挑んでも尚、スタチューの猛攻は衰えない。
石材と瓦礫で構成された尻尾が、広い範囲を薙ぎ……。大翼の羽ばたきが瓦礫を散弾のように飛ばす。
夜の闇を吸収して巨大化したダークシャドウとも対等以上に殴り合いを繰り返し……。数の不利をものともしない。
「 楽しませてくれるではないか。こうでなくては!! 」
地鳴りのよな声に、いささか含み笑いのような感情が混じっている。
何度目かの岩石の散弾が両翼から撃ち出される。
「 うっし!このまま俺たちで削れば、あのヴィランにも先生の個性が届くだろ。 」
烈怒頼雄斗が先の流れを見越して自身の両手の拳をぶつける。
ヒーロー達の攻撃が功を奏したのか、石のドラゴンの身体は少しだけ やせ細っていた。
「 ダークシャドウ一気に攻めるぞ!! 」
『 任せな!!!!!! 』
《ツクヨミ》も未だに攻めの手を緩めない。
スタチューを仕留めきれる。誰しもがそう考えて差し支えない時だった。
やせ細った石のドラゴンに、再び石材や瓦礫が集まり始める。
それだけに留まらず、一瞬で集められた石材や瓦礫がドラゴンから発散されて無数の全方位攻撃へと変わった。
「 甘いわ……。儂の攻撃手段は只、身に纏い暴れるだけにあらず……。本来の使用方法は今の使い方が近いのだ。
対処して見せろ……。無数の瓦礫が成す災いの景色を!!天変万化!! 」
石材や瓦礫が幾度となく、吸い寄せられてはパージされて飛び交う。
8人のヒーロー達は逃げ場を瞬く間に奪われ、攻撃に出る機を一挙に失っていた。
この日の夜間の起結市では早い時間には小雨が……。いくらかの時間が経過してからは小粒の雪が降っていた。
石のドラゴンとの戦いの最中では、変わらずに小粒の雪がゆっくりと地表に落ちていたが……。
今、市街に最も飛び交っているのは石や瓦礫の雨である。
石のドラゴンを中心点として、解放されて……。解放されたものが幾度も再吸収されて……。
重力や物理法則が狂ってしまったかのような様相が続く。
この間にも石のドラゴンは両手の爪や背中の大翼、強大な尻尾で暴れまわった。
「 どうにかできるかヒーロー達よ。
儂らは長い月日をかけて個性を磨き……。力を貯えてきたのだ。
研鑽を積むのはヒーローだけでは無い。 」
起結市の市街の中で、瓦礫にまみれた景色が拡大していく。
凄惨な景色が広がるのと比例して、石のドラゴンは巨大に膨れていった。
「 反則だろ?こんなの……。このままじゃ……。眠気が……。 」
「 不味いな。あれだけ大きいと……。俺達だけじゃ……。 」
シュガーマンは虚脱感や強烈な睡魔にさいなまれる。
糖分で身体能力を強化できる自身の個性《シュガードープ》の弱点が、時間の経過やスティックシュガーの過剰摂取によって兆候を見せていたのだ。
テイルマンもまた自身の個性《尻尾》を組み込んだ武術だけでは対抗が難しいと考え始めたのか表情を険しくさせる。
先程まで石のドラゴンと同等の大きさで殴り合っていた影のモンスター・ダークシャドウさえも勢いが衰え始めていた。
スタチューの個性の限界点はヒーロー達の想定を上回っているのか、石のドラゴンの大きさは更に大きさを増している。
高層ビル20階相当にまで巨大になったヴィランは、動作こそ遅くなっていくものの……。
単純な動作だけで、一線級の兵器に値する攻撃範囲を持つようになっていたのだ。
「 止められるものならば。止めてみるがいい!ヒーロー社会を担う者たちよ!! 」
石や瓦礫を吸い寄せて、全方位に解放する攻撃も相変わらず対処が難しい。
ヒーロー達は回避と防御に徹する頻度が、時間の経過で増えていく。
「 これほどの個性……。やはり、勝機を見出すには……。 」
「 せめて俺の個性が届けば……。 」
バットガイとイレイザーヘッドは、今の激化した状況が発生するより前の戦況を思い起こす。
スタチューにはイレイザーヘッドの個性《抹消》が効いていたのだ。
チャンスがあるとすれば……。老紳士の姿が石のドラゴンの中から露見した時。
たとえ一瞬だったとしても、大きな切っ掛けがあれば……。
ヒーロー達の構成が更に緩んで、戦いの場は倒壊したビルも増えて、視界が開けた情景に変わっていく。
このままヴィランに押し負けてしまう。
誰もがそんな考えを過らせてしまっていた矢先。
何処かしらから飛来した鋼鉄の砲弾と巨大なレーザー光線が石のドラゴンを攻撃した。
「 ぐぉお!?……これは。 」
鋼鉄の砲弾はドラゴンの顔面部分に……。
巨大なレーザー光線は大翼の片方に側面から命中する。
石のドラゴンを遠隔から攻撃したのは、離れた位置から様子をうかがう11人の少年少女だった。
戦いが激化している市街の中心から少し離れた位置から、3人の少年達の1人が誰かに合図を送る。
「 命中したぞ耳朗。このまま次だ! 」
誰かに合図を送った人物は、片手に持っている拡声器で呼びかける。
拡声器を持っている少年も何者かと戦ったからなのか身なりはボロボロで、全身が擦り傷だらけだった。
個性《帯電》上鳴電気・ヒーロー名《チャージズマ》。
電気をまとい放出可能な少年・上鳴電気はドラゴンと戦うクラスメイト達の様子を注視した。
国道沿いの近く、市街中心部から直線距離で様子をうかがえる脇道の中心では1人の少女が、拡声器の声を聞き届ける。
人間の耳には聞こえない声量を少女は聞き取り、次の合図をこの場の4人に伝えた。
個性《イヤホンジャック》耳朗響香・ヒーロー名《イヤホン=ジャック》。
「 上鳴からの返事きた!今のまま次で良いって! 」
「 砲弾は準備できてます。皆さんお願いします!発射!! 」
個性《創造》八百万百・ヒーロー名《クリエティ》。
脇道に用意された大砲が、立ち振る舞いが上品な少女の号令で発砲音をあげる。
路面に並べられた4門の大砲は、号令を行った少女・八百万百が個性《創造》により作り出した物だった。
4門の大砲が砲弾を放ってから、別の少女が自身の個性の使用を止める。
「 ……解除!! 」
個性《無重力》麗日お茶子・ヒーロー名《ウラビティ》。
個性で造られた即席の砲弾は、異様に速い弾速と重量を感じさせる不可思議な威力を発揮する。
とある実験によれば……
《弾の重量が軽いほど飛距離と飛翔速度が向上する》との記録が残された。
その反面、軽いほどに風、重力、引力などの外的要因の影響で弾の軌道は《ぶれやすくなる》事も判明する。
弾の軌道の《ぶれ》は特に飛距離が延びる程、激しさを増して大きくなっていくのである。
逆に言えば……。重い弾丸の方がぶれは少なく、狙った位置に命中させやすくなる。
弾の速さと発射時に要する爆発力のコストを引き換えにした長所……。命中精度および集弾率の向上が見込めるのだ。
つまるところ、もしも……。
弾丸や砲弾が発射された瞬間のみ軽い重さで撃ち出され……。着弾までに重量が上昇するのならば……。
飛距離、速さ、威力、命中精度の全てを高い水準で総取りできるのである。
脇道に設置された4門の大砲から放たれる砲弾は、砲台も砲弾も《創造》の個性を有する八百万百《クリエティ》が作り出したものである。
重量の高い合金を高い密度で圧縮した特性の砲弾は、《無重力》の個性を持つ麗日お茶子《ウラビティ》によって軽量化され……。
重量を抑えられたまま装填されて、発射と同時に解除する事で本来以上の威力を発揮する。
「 この方法ならば、私達も仮説の避難所から大きく離れなくても皆さんを援護できます!! 」
「 ……解除!!そうやね。私達だってヒーローだもん!!
力を合わせれば、自分に出来る事で皆を助けられるんだ。デク君みたいに!! 」
「 障子さん!次いけますか? 」
クリエティとウラビティがそれぞれの言葉で意気込んだ。
大砲を扱うのは、個性によって複数本の腕部を扱える人物……。
個性《複製腕》障子目蔵・ヒーロー名《テンタコル》。
「 問題ない。俺の個性ならまだまだ砲撃を続けられる。八百万、麗日……。このまま撃ち続けよう。 」
3人は着弾を確認する連絡役の2人から合図を受けて、遠隔からの援護射撃を行っていたのだ。
白兵戦で戦う8人のヒーロー達を巻き込まないように細心の注意を払って、命中精度が高く重く速い砲弾を定期的に4門の砲撃から継続する。
別の方角からは、巨大なレーザー光線が石のドラゴンに命中した。
レーザー光線を放っている人物もまた、雄英の生徒であり仮免ヒーローである。
個性《ネビルレーザー》青山優雅・ヒーロー名《Can't stop twinkling.(キラキラが止められないよ☆)》
こちらも、司令塔として指示を行う少女・クリエティからの号令の元で仲間の援護を行う。
放たれたレーザー光線は、石のドラゴンが見える前方とは異なり真横の方角に放たれるが、誰もいない空間で直角に屈折してからドラゴンに命中した。
真横の方角に放たれたレーザー光線は、屈折率が変化した瞬間から細く収束して密度が高められた状態で威力を高められている。
個性《透明化》葉隠透・ヒーロー名《インビジブルガール》
誰もいないように見える場所で待機していたのは、個性によって姿を消した透明人間の少女・葉隠透である。
レーザー光線の威力を上昇させる中継として……。同時に側面から石のドラゴンを攻撃する搦め手として連携を行っているのだ。
鋼鉄の砲弾とレーザー光線が、石のドラゴンを確実に怯ませた。
「 まだまだ……。儂がこれしきで落とされる訳にはいかん。更なる威力の限界を穿つ!!
天変万化・竜隕咆(てんぺんばんか・りゅういんほう)!! 」
ドラゴンの咆哮は瓦礫のブレスとなって、ビル群を掘削して薙ぎ倒していく。
「 うげっ……。あのドラゴンの……。こっちに来る!? 」
拡声器を片手に握る中間連絡要員を行っていた少年・上鳴電気は眼前に迫るビル群の倒壊に表情を青ざめさせていた。
仮免ヒーロー・チャージズマとして戦う力は殆ど使い果たし、個性《帯電》による電撃は物理的に質量を持つ対象に効果的な使い方は望めない。
「 やば……。た、助け……。 」
傷だらけの身体で、退避を試みる少年ヒーローを、カエルのような強靭な脚力を持つ少女が救助する。
「 大丈夫よ上鳴ちゃん。ケロケロ。 」
個性《カエル》蛙吹梅雨・ヒーロー名《FROPPY(フロッピー)》
フロッピーの跳躍によって、ビル群の倒壊から無事に逃げおおせる。
起結市の市街の空からは一連の様子を数羽のフクロウが見届けていた。
フクロウは地上に向かい、ある少年に情報を知らせた。
無口な少年は、個性によって動物との意思疎通を可能とする。
個性《生き物ボイス》口田甲司・ヒーロー名《アニマ》
アニマは身振り手振りや簡単な言葉で、司令塔の少女・八百万百や耳朗響香に上鳴電気達の無事を伝える。
脇道からの砲撃とレーザー光線は、再びスタチューを狙って再開された。
白兵戦を仕掛けた8人のヒーロー達は、戦況の変化に活路を見出したのか、反撃を少しずつ試みていく。
「 イレイザーヘッド……。もしかするとスタチューを仕留める機は近いかもしれない。その時は……。 」
「 任せてください。生徒たちの前で、これ以上 格好悪い姿は見せられない。 」
バットガイとイレイザーヘッドも奮起して、スタチューの隙を伺う。
6人の仮免ヒーロー……。
インゲニウム、テイルマン、ツクヨミ、ピンキー、烈怒頼雄斗、シュガーマンもまた意を決した表情で身構えた。
瓦礫のブレスを吐き終えたドラゴンは、身体を形成していた瓦礫を消耗していたらしく、僅かにやせ細り小柄になっている。
この機で動いたのは疲れ知らずのモンスター……。ダークシャドウとその個性の持ち主ツクヨミだった。
『 オオオォ……。今度こそ俺達で!! 』
「 そのまま行くぞダークシャドウ!! 」
『 アイヨォ!! 』
「 竜に変じた儂と殴り合える貴様が来るか!!何度やっても、状況は変わっておらんぞ!! 」
スタチューが地鳴りのような声で、かち合ったまま周囲の石材や瓦礫を操ろうと試みた。
「 なんだ……。身体を造る石の集まりが悪い……。いったい何が……。 」
石のドラゴンの強さの1つでもある、大技《天変万化》が発動しなかった。
発動させようにも石や瓦礫の中に、動きを制限されているものが混じっていたのである
これを行った人物は2人の仮免ヒーロー。
ほんの少し前まで、拡声器を持っていた人物と一緒に行動し物陰から様子を見ていた2人……。
個性《テープ》瀬呂範太・ヒーロー名《セロファン》。
個性《もぎもぎ》峰田実・ヒーロー名《グレープジュース》。
セロファンが肘から精製するテープと、グレープジュースの頭部から精製されるブドウの果肉のような球状の粘着弾が瓦礫や石を捕縛しているのだ。
戦いの混乱の中で、密かにヴィランの有利な戦況を覆そうと行動していたのである。
「 瓦礫が……。固着されているのか……。フフフ実に猪口才で小気味いい!面白いぞ若造共!! 」
石のドラゴンが笑い声を唸らせたまま、ダークシャドウを押し返して吹き飛ばす。
大翼による薙ぎ払いがツクヨミに迫った。
しかし、間髪入れず撃ち込まれる砲撃やレーザー光線が、石材の大翼を吹き飛ばす。
「 攻めるなら……。今だろ!!行くぞ切島、尾白!! 」
「 もっと硬く!! 」
「 渾身の……。一撃を!! 」
シュガーマンから鼓舞が飛んで、烈怒頼雄斗、テイルマンが断続的に強烈な打撃を仕掛けていく。
石のドラゴンの片方の足に亀裂が入った。
「 チャンスは今だ!!亀裂を狙って……。アシッドショット!! 」
ピンキーが酸の個性を掌から高圧の水鉄砲のように射出した。
姿勢が傾き出すドラゴンに、砲撃とレーザー光線が命中する。
石のドラゴンは傾き始めても尚、踏み止まり尻尾で周囲に攻撃を行おうとしていた。
「 雄英の生徒たちは本当に優秀だなイレイザーヘッド。吾輩も負けていられないか……。 」
バットガイが空たかく飛翔して、夜空の中で腰元のサーベルを引き抜く。
「 本来は、救助の際の掘削用だが……。戦いを終わらせるため吾輩の秘剣をお見舞いしよう!
超音波サーベル!!サベージ・スクリーム!! 」
夜空から舞い下りた蝙蝠の一閃が石のドラゴンの亀裂を切り裂いた。
「 後少しで勝てる……。次は頼むぞ!!インゲニウム!! 」
バットガイは超速で移動できる個性の少年に向けて呼びかける。
気筒から蒸気を噴出させて、瞬発力を上げようと身構えていた少年が……。《エンジン》の個性を両足に持つ少年が動き出す。
「 レシプロ……。ターボ!! 」
常人では目で追えない10分限りの必殺技。瞬間的な速さが蹴りの威力を須らく上昇させた。
たゆまぬヒーロー達の歩みが幾重にもなる攻撃となって苦難を打破しようとぶつかっていく。
6人の仮免ヒーロー達とバットガイはダメ押しの一撃を個々に打ち込んで、ある人物に呼びかける。
石のドラゴンの全身に亀裂が広がり、姿勢も大きく傾く……。
「 イレイザーヘッド!! 」
「「「「「「「 先生!! 」」」」」」」
石のドラゴンの亀裂の隙間から満身創痍の老紳士の姿が垣間見えた。
「 大丈夫だ……。わかってるよ!! 」
イレイザーヘッドの個性《抹消》が発動しスタチューは、個性の効力を強制的に停止させられる。
オキュラスの仲間と思われる強敵との戦いが終結した瞬間だった。
担任を務める教師 相澤消太は、生徒たちの活躍に誇らしさを覚えながらも、合流を果たせた17人の生徒たちと情報の認識を合わせる。
どうやら、各地でヴィランとの戦いが散発しているらしく……。
打倒した幹部クラスと思えるヴィランはスタチュー、ソルトピース、ミストガラントの3人。
幹部クラスでは無いが、先程まで大量のヴィランが起結市の市街の郊外からも押し寄せていたらしい。
ローカルヒーロー達の大半が対処に当たっていたが、後から合流した3人のヒーローの活躍で大量のヴィランは鎮圧できたのだとか。
後から合流して加勢したのはバンブーロード、轟焦凍、上鳴電気の3人……。
大量のヴィランを鎮圧した後は、バンブーロードと上鳴電気はオールマイト達が運営する仮説の避難所の防衛に合流。
近隣で逃げ遅れた人や戦いに巻き込まれている民間人の救助を優先しているのだそうだ。
上鳴電気の話によれば、轟焦凍はバンブーロードと何かを話した後、珍しく険しい表情で何処かに向かっていってしまったらしいのだ。
「 なるほどな……。まさかアイツらが今は誰とも一緒じゃないとは……。 」
イレイザーヘッドが気にかけているのは、ここにいない3人の生徒。
緑谷出久、爆豪勝己、轟焦凍……。
この場にいた誰もが3人の無事を祈りながら合流を目指す決意を固めた。
程なくして、起結市の何処かしらで爆発音が響き、別の方角では炎の竜巻が発生する。
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~事件解決3 【爆燃 HERO'S】~
-季結市・駅周辺-
市街のどこかで竜の咆哮が上がるよりも前……。
小粒の雨が時間の経過とともに、小さな雪の結晶に変わっていく頃。
この地域で唯一の駅の近くでは、少年が1人戦い続けていた。
少年はヒーローとしての仮免許を取得しており、実力も申し分が無いのだが、数の不利や相手の戦い方に苦戦を強いられている。
爆豪勝己・ヒーロー名《バクゴー》。
個性《爆破》により、ニトログリセリンのような可燃性の成分を両手から精製する事で、自在に爆風を用いる。
同学年のクラスメイト達と比較しても、戦いのセンスに秀でており瞬間的な判断にも淀みがない。
《爆破》の個性を充分に使いこなして、移動、攻撃、目くらまし等と応用力も高い水準で発揮する少年である。
並みの相手ならば、数で押されていても簡単に打破できる実力を持つ少年が、この場での戦いでは劣勢に追い込まれていたのだ。
ヴィランの数は3人。
中でも2人は互いに酷似した容姿を持つ姉弟のヴィランだった。
バクゴーとは同年代程度の年頃に見える双子である。
双子の立ち回りは常に連携が取れており、それぞれの個性によるものなのかバクゴーの戦い方を簡単に避けて反撃を繰り出している。
姉はヨタ。剣のような鋭い雰囲気を持ち、蹴りによる打撃や手刀を主な攻撃手段として立ち回る人物。
弟はヨクト。盾のように頑強にバクゴーの攻撃を受け止めて、蹴り技や拳による打撃も扱う。
ヨタとヨクトは入れ替わり立ち代わり、攻撃を繰り出してバクゴーの反撃を無力化し続ける。
何度目かの蹴りの猛襲が、真正面からバクゴーに襲い掛かった。
1人と2人が苛烈を極める戦いを繰り広げる様子を……。もう1人のヴィランが傍観する。
少しだけ距離を置いて、適当な街灯にもたれたまま傍観者は笑みを浮かべていた。
双子のヴィランは口数は殆どないに等しくバクゴーとの戦いに専念している様子だが……。
傍観者のヴィランは対照的で……。戦わずに口だけを動かして解説や問答をバクゴーに向け続ける。
灰色のスーツのヴィラン・ライトドレイプ。
《Propman(プロップマン)》と呼称される3人組のヴィランのリーダーでもある。
「 おっとっと。ついつい手を出してしまった。
今の俺は傍観希望だが、老紳士に双子ちゃんの御守りも任されているんでね。 」
悪びれている風でもなく、例えば、肩がぶつかった程度の温度感で弁明するかのような……。どこまでも軽い口調だった。
口だけを動かす傍観者が、バクゴーに何かしらの個性を使ったようなのだ。
バクゴーは片手から小さな爆発を爆竹のように複数回鳴らす。
「 良い度胸じゃねぇか。直ぐに ぶった押してやるクソヴィラン共。 」
仮免ヒーローの少年は、瞳の奥に闘志を揺らめかせる。
とはいえ……。即座に戦況が好転させるには排除するべき課題があった。
単純な話ではあるが……。3人のヴィランが扱う個性がどんな能力を持っているのか断定させる事。
相対する対象が取る手段を知らなければ容易に状況を覆されてしまう。
仮定だったとしても、限りなく正解に近い精度で相手を知り、見合った戦い方を組み立てる。圧倒的な勝利はその先にあるものなのである。
双子が繰り出す打撃がバクゴーに数発命中すると傍観者が口を出す。
「 ……少しは気迫に見合った立ち回りになったのか?
それでも双子ちゃんを相手には足りないな頑張れよ少年! 」
軽い言い回しで、ほくそ笑みながら少年を鼓舞した。
少年は双子からの強烈な打撃の猛襲で、大きく吹き飛ばされて近くの電柱に衝突する。
電柱は少年がぶつかった衝撃で崩れるように倒壊した。
倒壊した電柱の周りで幾つかの街灯が明るさを失う。
「 チッ……。クソがぁ……。俺がこんな三下どもに……。 」
少年が目指すのはヒーローとしての圧倒的勝利。
ならば自身の体力の消耗も、全身の戦傷も……。大した話ではない。
少年は片方の拳で地面を突き、自身の上半身を震えながら持ち上げた。
「 気概は買っているんだ。頑張れよ少年!
三下に手も足も出ず終わるのか?頑張れ頑張れ!ハハハ。 」
ライトドレイプは対面の街灯にもたれかかったまま、気だるげに拍手を繰り返す。
バクゴーの瞳から闘志が消える事はなかった。
呼吸を荒げながらも立ち上がり、両目でヴィランを睨みつける。
視界に映る景色の中で……。双子のヴィランが向かってくるが、ヴィランの動きがスローモーションのように鈍化しているように感じた。
これまでの戦いにおいて発生した出来事が、コマ送りのようなフラッシュバックで思い起こされる。
「 そうか……。こいつら……。 」
双子のヴィランとの戦いで起こった事で気になる出来事は幾つかあった。
攻撃を避けられる事は別だとしても……。明らかに不可解な点。
打撃にしても個性《爆破》による爆撃にしても、バクゴーの攻撃が命中したにもかかわらず、確実に有効打と成らなかった事。
例えるなら威力が全く無い攻撃として命中しているかのような……。
更に思考が巡る。
自身が打撃を受けた時は、相手と真逆の事が起きていた可能性が高い。
具体的に連想するなら、相手の攻撃だけが威力を底上げされたかのような……。
本来、牽制程度の速さはあっても威力がでない類の打撃が、まるで必殺の一撃のような衝撃を発揮していたのだ。
3人のヴィランは少なくとも、1人1つずつは別々の個性を持っていると仮定しても良いだろう。
別々の個性を持っていると仮定するならば……。個々に使用するタイミングは異なっており不可解に紐づく筈。
少年の中で幾つかの不可解と記憶が箇条書きのように整理されていく。
突発的に灰色のスーツのヴィラン・ライトドレイプの発言と直前の現象が記憶から蘇る。
不意打ちを狙う為に身を隠そうとした瞬間。土煙が左右に別れていった時の……。ヴィランの発言。
『 ついつい手を出してしまった。
今の俺は……。双子ちゃんの御守りも任されているんでね。 』
つまり……。傍観者希望のヴィランが個性を使用しているなら、その時の現象に近い何か。
羅列される情報の中で瞬間な消去法が成される。
双子のヴィランの個性は土煙が風も無く動いた瞬間とは異なる何か。
フラッシュバックの最中、スローモーションの視界の中で双子のヴィランが接近してくる。
「 こいつらの個性は……!! 」
バクゴーが掌から爆風を放って土煙を巻き起こす。
即座に土煙から自らの身体を浮かせて中空に飛び出し、断続的に発生させた爆破によって立体的な軌道で空中を移動する。
「 これでも食らいやがれ……!!AP・ショット!! 」
3人のヴィランの頭上から、小型の爆撃をガトリング射撃のように放射した。
無差別で打ち込む爆撃機のように地表に向けて弾幕を展開する。
「 クソ双子!!てめぇらのやってる事は なんとなくわかった……。
俺の攻撃の威力を下げる個性と、自分の攻撃の威力を個性で上昇させてんだろ!! 」
空中から無数の爆撃が注ぎ込まれる。
「 ……なら、こんだけの爆破にも対処してみろや!!ヴィラン共!! 」
土煙は連続で打ち込まれる爆撃が持つ影響力の広さを物語る。
バクゴーの猛攻にヴィランの反撃が始まった。
再び土煙が左右に開け放たれたのだ。
それどころか、多量に注ぎ込まれている爆撃の散弾《AP・ショット》の一部さえも左右に移動して、バクゴーが撃ち込んだ位置とは異なる方角に着弾する。
まるで中心から特定の範囲の物が左右に開かれたかのような……。特異な軌道で爆破の雨が方向を変えられた。
「 やっぱ、ぶっ飛んでて最高だよ少年。俺もそろそろ戦おうか。
双子ちゃんも油断しないでね?この子、結構すごいから。……たぶん俺達の個性に検討くらいつけてるよね。 」
土煙と爆撃の雨が左右に方向を変えた矢先に、何も降り注がない場所の中心で灰色のスーツのヴィランが両手を広げていた。
ライトドレイプを中心にして、並び立つヨタとヨクトの側面に爆風が着弾して音を鳴らす。
双子のヴィランが2人、バクゴーを狙って跳躍した。
双子の姉が打撃を繰り出して風圧を発生させる。流れるように双子の弟も跳び蹴りを繰り出した。
ヴィラン名・ヨタ。
双子のヴィランの姉。剣のような鋭い眼光と雰囲気を漂わせる。
個性《増大》により自らの攻撃手段の威力を上昇させられる。上昇した威力はどれをとっても必殺級の威力にまで跳ね上がる。
ヴィラン名・ヨクト。
双子のヴィランの弟。盾のように攻撃を受け止めて、バクゴーの攻撃手段を妨害し続けた。
個性《縮小》により外的要因の影響力を減少させられる。どんな必殺の一撃も微細なそよ風のような効力にまで弱めてしまう。
ヴィラン名・ライトドレイプ。
個性《カーテン》により、一定の範囲の対象を左右に横移動させられる。カーテンを開けるように動かす事も逆に閉じるように動かす事も可能。
「 ネタが割れても俺達相手に1人で戦うのは、ハードル高めだからね?
キミって一部のヴィランには著名だからさ……。ほら、半年前の神野区の戦いで誘拐されてヴィランに勧誘されてたでしょ? 」
灰色のスーツのヴィランが、饒舌に語り続ける。
「 有名なら俺達だって対策するし……。あわよくば、こっちに来ないか試してみたくなるんだよね。
強い相手に負けたら、自分の向き不向きとか認識 変わったりも するんじゃない?どお? 」
ライトドレイプは片方の手で空を切った。
個性《カーテン》を使用したのか、直接触れずにバクゴーの身体をビルの壁に叩きつける。
双子のヴィランは、これを合図に空中での格闘戦を取りやめて、灰色のスーツのヴィランの横に並び立って様子を見る。
ビルの外壁から、瓦礫の破片と共に1人の少年が零れ落ちた。
「 粗暴なキミは俺達といた方が楽しいだろう?ね?
おいでよ。これから来るのは退屈なヒーロー社会なんかじゃない。最高に刺激的なヴィラン回帰社会だ。 」
路面に瓦礫と共に倒れ伏す少年に、ライトドレイプが語りかける。
数秒の間をおいて少年は立ち上がった。
既に全身は傷だらけで誰が見ても満身創痍な中……。瞳の奥の闘志が途絶える様子は無い。
「 ジョーダンは寝て死ね……。
俺は誰に何を言われてもヒーローだ!!何がヴィラン社会だ!
だっせぇ事 言ってんじゃねぇぞオッサン!! 」
「 ……残念だよ本当に。
心変わりしてくれないなら、幕を降ろそうか。 」
灰色のスーツのヴィランが片方の手を少年に向けて個性を発露させる予兆を見せた瞬間だった。
ヴィランの後方から何者かが不意打ちを狙って強襲する。
ライトドレイプは即座に身をひるがえして、強襲者に備えた立ち回りを行う。
新たに加わった人物は1人のサイドキック……。この日の昼頃に、少年とも面識がある女性だった。
「 空振りか……。けど間に合った。無事みたいだね雄英の……。爆発君!! 」
「 誰が爆発君だ!!俺のヒーロー名はバクゴーだ覚えとけ!!猫女!! 」
「 アハ!まだまだ元気そうだね。あたしは《キャットスタンプ》ちゃんと覚えてよね。
こう見えてもバットガイから、任されて合流できてない生徒を探してたんだから! 」
猫手ニオ・ヒーロー名《キャットスタンプ》
個性《肉球》掌の肉球を押印する事で肉球型の印字を行い、相手を脱力させられる。
新手のサイドキック・キャットスタンプはバクゴーと意思疎通をはかっている間にも、双子の弟・ヨクトからの攻撃を受けるが……。
本物の猫のように身軽に避けて、中段蹴りを叩き込む。
軽い身のこなしでバックステップを行うと距離を取ってバクゴーの近くに移動した。
「 安心してバクゴー君。あたし意外と強いから。 」
「 ……足引っ張んなよ猫。 」
「 りょーかい。 」
街灯が薄暗く辺りを照らす駅の近隣で、2人のヒーローと3人のヴィランが互いの出方をうかがう。
どちらが先に動いたのかさえ曖昧になる乱戦へと発展するのに、長い時間は必要としなかった。
ヨタの《増大》による強烈な打撃と……。
ライトドレイプの《カーテン》による搦め手は戦況を大きく揺らす。
バクゴーの《爆破》による苛烈な猛攻も幾度となく飛び交い……。
キャットスタンプは《肉球》の能力でヴィランの脱力を狙った。
ヨクトは《縮小》によって、絶えず決め手を潰し続ける。
相互に連携する事も有れば、単独で仕掛ける瞬間も垣間見えて攻防が入り乱れる。
どれ程の時間が経過したのか……。誰も気にかけていないが、起結市の各地でも激しい戦いが発生しているようだった。
市街の中心部の方では、地鳴りのような唸り声が上がり……。海岸線の方では時間差で炎の竜巻が巻き起こる。
時間の経過は、この場で戦う5人が確実に消耗しているであろう事を裏付ける。
バクゴーの視界に映った《何か》が少年に勝機を確信させた。
「 猫……。今から一気に仕掛ける手伝え。
こっから手加減は無しだ。俺が……したら……しろ。 」
「 そっか りょーかい。
今まで《ここでの戦い方》気にしてくれてたんだね。ありがと。 」
「 るっせぇ。俺もアイツらに負けてられねぇんだよ。……けど今なら全力で殺せる。 」
少年の身体は外気との差で湯気が上がって見える程、熱くなっていた。
瞳の奥の闘志は最高潮に燃え上がっている。
大きく跳躍すると、後ろ手に向けた掌からの爆風で一気に加速してヴィランに飛翔した。
飛翔している様は、弾道ミサイルさながらの様相だ。
中空を飛翔するかたわらで、少年は散弾のような無数の爆撃をバラ撒きながら飛んだ。
「 AP・ショットォ!!!! 」
無数の爆撃は、ヴィランに簡単に避けられてしまう。
3人のヴィランは個性を使う事も無く、散弾のような爆撃をすり抜けて反撃に移った。
「 何処を狙っているんだ?
疲労で狙いが定まらないのなら勝機は無いぞ少年! 」
双子のヴィランがバクゴーと肉薄した格闘戦を行える距離まで急接近する。
「 俺が今 狙ってたのは、てめぇらじゃねぇんだよ バァカ!! 」
「 ……なんだと?まさか!!避けろ双子ちゃん!! 」
「 手遅れだ!!至近距離で食らいやがれ!!閃光弾(スタングレネード)!! 」
気がつけば……。周囲の街灯の灯りは大多数が破壊されていた。
《AP・ショット》が命中していたのは、ヴィランの周辺の街灯だったのである。
暗がりの照度は一挙に低下しており、近隣に位置取りしていた双子のヴィランの瞳孔は暗さに慣れきっていた。
バクゴーの掌から《爆破》の個性の応用技・閃光弾が炸裂する。
周囲一帯が一時的に強力な光に包まれていった。
「 今だ猫ぉ!! 」
「 任せて!! 」
事前にタイミングをすり合わせていた、キャットスタンプが時間差で駆けだす。
光が納まってからの数秒で、目が眩んでいた双子にキャットスタンプの個性《肉球》がヒットした。
「 バクゴー君!!こっちは成功だよ!! 」
個性《肉球》が押印された箇所には脱力を促すスタンプが印字されており、2人のヴィランが鎮圧される。
瞬く間に覆る戦況が、灰色のスーツのヴィランを動揺させていた。
「 バカな……。ヨタとヨクトが……。ならば俺がキミらを!! 」
ライトドレイプは片手を前方に構えて個性の発動を狙う。
「 間に合うかよクソが!!ヒーローなめんな!! 」
弾道ミサイルのように飛び出した少年は、飛翔の合間に回転も加えて更に加速していく。
攻撃対象に接近する瞬間、ありったけの爆発をヴィランに叩き込んだ。
「 榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!!! 」
大規模な爆風が即座に霧散する。
個性《カーテン》が発露して、ライトドレイプとの至近距離でバクゴーの姿がさらけ出された。
「 ……間に合うさ。ヴィランは常に自由でヒーローをなめてるんだ。実力の底はまだあるぞ!!
惜しかったな。キミには、まだまだ俺が痛みを教え込もうか……!! 」
灰色のスーツのヴィランの片手が次の動作に動き出す直前。
少年は身をひるがえして跳び蹴りの姿勢を取ると、両手から爆風を交互に放出して空中を移動し始める。
「 おせぇ!!爆速ターボ!!……もう俺の距離なんだよ!! 」
両手から爆風を出して、空中を稲光のような軌道で鋭角的な移動を繰り返した。
少年の跳び蹴りがライトドレイプの腹部に命中する。
足裏の全面が当たるように命中させて、そのまま離さずに……。少年は後ろ手に向けた掌からの爆風を絶やさない。
「 まだだ!!爆速ターボ!!……からの榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!!! 」
ライトドレイプを捉えた少年の足が、爆風で強く押し込まれる。
弾道ミサイルのような凄まじい加速力で会心の一撃を叩き込んだのだ。
起結市の駅近郊での戦いは、2人のヒーローが勝利をつかむ。
開けた場所で倒れ伏す3人のヴィランは、キャットスタンプが携行していたの拘束具で捕縛されていた。
粗暴な少年が、視界に映った《何か》の方角を見ながら小さく呟く。
「 こっちは俺も勝った。
負けてねぇだろうな?クソデク。 」
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-季結市・海浜公園付近-
海岸線沿いの公園から少し離れた位置には、巨大なクレーターが出来ていた。
近隣では激しく戦った爪痕が残されている。
市街の中心部の方角から、数人の人影が駆け付けた。
イレイザーヘッドとバットガイである。
隕石が衝突したかのような、クレーターの中心には仰向けで何者かが倒れ伏していた。
イレイザーヘッドは辺りを見回して驚愕の声を上げる。
「 なんだこの景色……。まさか……。 」
戦いの痕跡が最も顕著なクレーター中心で倒れていたのは、現在のNo.1ヒーロー・エンデヴァーだった。
イレイザーヘッドとバットガイは直ぐにエンデヴァーの元に駆け寄る。
少しばかり前の出来事まで遡る。
小雨が降り始めてから程なくして……。海浜公園付近では2つの影が激しく攻防を繰り返していた。
片方は現在のNo.1ヒーロー・エンデヴァー……。
個性《ヘルフレイム》を用いて地獄の如き業火を使いこなす。
もう片方はかつてののNo.1ヒーロー・オールマイトによく似た漆黒の影のような存在……。オキュラスやスタチューからの呼称は……。
ドリアングレー。
少なくともオールマイトに匹敵する超パワーを振るう謎のヴィラン。
起結市の市街から激戦の末に戦いの場を移していたのだ。
戦いは苛烈を極め、海浜公園付近に至るまでの道中で各所に爪痕が強く残されていた。
現在のNo.1ヒーロー・エンデヴァーの個性《ヘルフレイム》による高温の炎熱は、幾度となくオールマイトの姿を持つヴィランに命中するが……。
ドリアングレーはものともせず、何事も無かったかのように体勢を立て直して反撃を繰り出す。
かつてのNo.1ヒーロー・オールマイトと酷似した強烈な超パワー、強靭な脚力による瞬発力、底知れない耐久力が暴力として襲い掛かるのだ。
ヒーロー社会の現代において、トップの実力を持つエンデヴァーを酷く苦戦させる。
「 この強さ、確かに似ている。まるで……。数年前のオールマイト……。
もしかすると甘さが無い事を差し引けば奴 以上か……。 」
ドリアングレーがオールマイトと明確に異なる最たる特徴は、行動に一切の迷いや ためらいが感じられない事。
漆黒の影が鬱積したような姿のドリアングレーが……。硬く握られた拳を繰り出す。
すんでのところで、拳はエンデヴァーの頬を掠めた。
「 この距離ならば……!!赫灼熱拳ジェットバーン(かくしゃくねっけんジェットバーン)!! 」
エンデヴァーの全身から炎が噴き出すと、炎に包まれた拳がドリアングレーに命中した。
トップヒーローとしての渾身の一撃であり、その強さ故に強力なヴィランにしか繰り出せない大技でもあった。
しかし……。
確かに命中した筈の炎の拳で、火傷どころか痣の1つも出来ていない。
「 馬鹿な……。だが、それならば……。 」
エンデヴァーの中で幾つかの整理がつき始める。
起結市にヒーロー活動としての緊急出動するよりも前の出来事が少しずつ繋がっていく。
実際に相対して戦闘を行ったからこその経験が仮説を裏付けて、事前に行っていた予測を紐づけていったのである。
事前の予測は、ある映像についての意見を述べた時の出来事にあった。
恐らく……。
ちまたで騒がれていた都市伝説……。《不可視の隕石》現象は今まさに戦っている相手、ドリアングレーなのである。
個性に絡んだ事件をヒーローと追う警部・塚内直正と交わした予測や過去の状況が、稲光のような速さで答えとなったのだ。
少なくとも……。
カメラの記録を確認した後に辿り着いた仮説は至極シンプルなものだった。
それは……。《不可視の隕石》現象を発生させる手段が人為的なものであるという事。
当時の段階では、高い確率で人為的な要因を抱えてで都市伝説の現象が起きていると認識されたのだ。
発生させていたのは、かつてドーマーと名乗っていたヴィラン。
現在ではオキュラスとして名を変え……。警察の操作記録とも異なる特徴を持って活動していたのである。
警察の記録等も統合して更に時系列を遡ると……。
かつては起結市の近隣の山中に在ったヴィランが潜伏する施設……。いわゆるアイスエイジの拠点にドーマーは所属していた。
オールマイト、エンデヴァー、警察の機動隊、自衛隊で構成された選抜組織で拠点は壊滅に至ったが……。
この時の戦いによって拠点は激しく焼損。
その殆どは……。アイスエイジの部下であり、研究部門の総統括者レッドマットが拠点の爆破装置を使用した影響だった。
後に……。機動隊、自衛隊、ヴィランの遺体も多数の残骸に紛れて発見される。
炭化した状態で発見された遺体も少なくなかったが……。
この時に、現在のオキュラスである、ドーマーの右腕も発見された為に死亡扱いで捜査線上から除外されていたのだ。
ドーマーの個性は《虚像》……。掌から精製する楕円の光の幕から目視したものを、コピーのように投影する事ができる。
例えば……。一定量の炎の個性を目視すれば《火炎放射》が……。
吹雪を操る個性を目視すれば《凍てつく烈風》が……。
虚像として投影したい個性を目視さえすれば《頑強な巨岩》をも、楕円の光の幕から撃ち出せたのである。
強力無比な個性にも見えるが、少なくともドーマーとして記録されていた頃は相応の弱点も存在していた。
投影される虚像はすべからく、ドーマー自身の《実力の範囲に納まる程度》でしか出力できず……。
更には《非生物に限り虚像としての投影が可能》だったのだ。
つまり、どんなに強力な個性を持つ相手を目視できたとしても……。
幹部級ですら無く、少し目立つ程度のヴィランだったドーマーでは、トップヒーローとの戦いにおいては力不足だったのである。
特筆すべき問題は、オキュラスとして名を変えた現在では弱点を克服している可能性が高い事。
生物を虚像として再現出来てしまうのであれば……。
オキュラスは、あらゆるヒーローやヴィランをも自身の傀儡同然として顕現できてしまうのだ。
更に深く情報を精査するのであれば、ドリアングレーの実力は全盛期のオールマイトに限りなく近い。
ともなれば……。もう1つの弱点も克服している可能性が浮上する……。
自身の《実力の範囲に納まる程度》でしか出力できないのであれば、ドリアングレーの強さはオールマイトを遥かに下回る筈なのだ。
だが、ドリアングレーの強さは……。
起結市近郊のローカルヒーロー達では手も足も出せず……。
イレイザーヘッド、バットガイ、エンデヴァーが直接戦っても対等以上に渡り合っている。
「 やはりコイツは……。オキュラスが個性《虚像》によって創り出した擬似的なオールマイトといった所か……。 」
エンデヴァーは直観的に、これまでの多くの情報の点と点を線で繋いだ。
目の前の黒いオールマイトが、生命のように振る舞う虚像なのであれば……。
個性《ヘルフレイム》による炎撃でも火傷も煤も付かない事実に合点がいく。
納得のいく結論と同時に、新たな仮説と結論が連想された。
今日この日の起結市で発生したヴィランの記録によれば、昼にもドリアングレーと類似の存在が出現していたのだ。
バットガイ、バンブーロード、キャットスタンプと相対したプロップマンの影達である。
ヒーローと協力して捜査を行う警部・塚内直正が取り寄せていたデータでの交戦記録では、この時の影たちは消滅したらしい。
理由があるとすれば……。直ぐに羅列できそうなのは3つ。
1.経過時間での消滅。
2.外的要因による耐久力の超過。
3.顕現を行ったオキュラスが意図して解除を行った。
「 可能性があるとすれば……。時間の経過か耐久力の超過か。
ドーマーだった頃の片鱗が少しでも残されているであれば……。俺が打破すれば問題はない!! 」
ドリアングレーが風圧をまとった拳の横薙ぎでエンデヴァーの炎をかき消す。
続け様に強く引き付けて溜め込まれた構えから、大ぶりの拳打が解き放たれた。
直接触れなくても吹き飛ばされそうな程の一撃に、エンデヴァーは腰を低くして踏み止まる。
これを見越していたのか……。ドリアングレーが更に力を解き放った。
この時の構えには既視感があった。
約半年前、神野区で勃発した戦いの最後にオールマイトが繰り出した大技……。
悪の帝王とまで呼ばれた大物ヴィラン・オールフォーワンを打破するに至った、平和の象徴にとって最大威力といっても過言ではない一撃。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・スマッシュ。
地面に向けて押し込むような挙動で繰り出す拳が、周囲に巨大な竜巻を発生させる人知を超えた拳である。
この最大威力の一撃を……。ドリアングレーがエンデヴァーに向けて繰り出したのだ。
「 ……ぐおぉっ!! 」
海浜公園付近では巨大な竜巻が発生して、地鳴りと共に巨大なクレーターが出来上がる。
竜巻が納まる頃……。
暴力の中心に晒されたエンデヴァーは肩で息をしていた。
全身は既にボロボロで……。足元から身体の重心が揺らぐ事さえあった。
現在のNo.1ヒーロー・エンデヴァーの眼前には、ドリアングレーが佇んでいる。
絶えず全身から噴き出す黒いオーラは、心なしか勢いが弱くなってるようにも見えた。
「 なるほどな。奴も……。オキュラスも神野での戦いを見ていたわけだ……。
コイツは奴の個性……。ならば話は早い。俺はコイツが消滅するまで全力で戦うだけだ!! 」
全身に炎を揺らめかせて臨戦態勢を取り直す。
即座に動き出したのはドリアングレーだった。
大きく跳躍するように踏み出してヴィランはヒーローに拳を突き出す。
対してエンデヴァーも格闘戦を交えた反撃を繰り出すが、ドリアングレーの動きは鈍らない。
どんなに反撃の一撃を叩き込んでも手応えは無かった。
大きく凹んだクレーターの中心で、大柄な2つの影が殴り合う。
「 オールマイトに酷似させようと、所詮は実体の無い虚像……。
No.1を、奴の雄姿を穢させて溜まるものか!!!! 」
個性《ヘルフレイム》によって巨大な炎が立ち昇った。
どちらが先に勝負を急いだのか……。
曖昧な瞬間だったが、ドリアングレーが再びクレーターが出現するほどの拳を構える。
「 俺と勝負だ!!
オールマイトの影……。ドリアングレーよ!!プロミネンスバーン!!!!! 」
放たれた高熱の熱線が、ドリアングレーのユナイテッド・ステイツ・オブ・スマッシュと衝突した。
衝撃は凄まじく……。
クレーターが覆われる程の巨大な炎の竜巻が巻き起こる。
けたたましく荒ぶる炎の上昇気流の中では……。エンデヴァーとドリアングレーが絶えず殴り合う。
赤々とした螺旋階段を駆け上がるかのような光景の中で……。
ヒーローとヴィランの拳がぶつかった。
「 負けて……。なるものか!!! 」
殴り合いの場は上昇気流に巻き上げられて高度を増していく。
炎の竜巻の中での猛襲に次ぐ猛襲で、始めて片方の動きが鈍った。
「 オールマイトよ……。俺が貴様の亡霊を倒そう!!!
No.1ヒーローとして!!! 」
見渡す限りの猛々しい炎々の中で……。
エンデヴァーがドリアングレーに組みついて、全身から更に強く炎を噴き出す。
「 PLUS ULTRAプロミネンスバーン(プルスウルトラ・プロミネンスバーン)!!! 」
海浜公園の近辺で立ち昇った、巨大な炎との竜巻がおさまる頃……。
クレーターの中心に大柄なヒーローが落下した。
ヒーローが意識を取り戻すと、かたわらにはイレイザーヘッドとバットガイの姿があった。
周囲には先程まで猛威を振るっていた、黒いオーラを放つオールマイトのような存在は見当たらない。
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~事件解決4 【LOCUS】~
-(X+n)年前-
起結市の郊外の某所に隠された研究機関《コキュートス》。
いわゆる……。ヴィラン・アイスエイジが管理していた拠点での在りし日の日常……。
機関では個性についての研究が連日とり行われていた。
個性の改造を促す研究を統括していたのは、ヴィラン・レッドマット。
赤外線の視認を可能とする個性を持つマッドサイエンティストであり、赤色の白衣に身を包む蒼白の男である。
コキュートス全体の運営と、ヒーロー相手の荒事を指揮するのはアイスエイジの役割だった。
とどのつまり……。
研究機関《コキュートス》は、アイスエイジとレッドマットが各々が得意な分野を取りまとめて成立していたのである。
日々の研究の成果は、定期的に悪の帝王・オールフォーワンに提供される形で暗黒期の日本の中で繋がりを保っていた。
アイスエイジが指揮する実動部隊は、研究成果を護る為に荒事を繰り返す。
相手は往々にして、近郊に時折現れるヒーローや別勢力のヴィランだった。
戦いがあれば、常に身の安全など保証はされない。
在りし日を思い出す人物の中で……。追憶の中に消えた数々がフラッシュバックしていた。
当時……。何の役職も持たず……。自身の可能性の全てにも気がつかず……。
未成熟な個性で泥臭く青臭く毎日を過ごしていた。
目標となる2人の姿が見えていたのだ。
個性《虚像》は掌から精製する楕円の光の幕から、目視したものをコピー同然に投影できる。
例えば……。炎の個性を目視すれば《火炎放射》が……。
吹雪を操る個性を目視すれば《凍てつく烈風》が、掌から精製できる楕円の光の幕から投影できるのだ。
一見すると見たものを何でもコピーして扱える強力な能力にも見えたが……。
投影される虚像はすべからく、ドーマー自身の《実力の範囲に納まる程度》でしか発揮できない。
これに加えて《非生物に限り虚像としての投影が可能》である事から、日常的に使いこなせる能力の種類は限定されていた。
在りし日のオキュラス……。当時のヴィラン名でいう所のドーマーは……。
コキュートスの実動部隊でも、研究職においても目を見張るような実力を発揮できてはいなかった。
どちらの適性を検討したとしても、特別秀でるような面がなかったからこそ……。
最も強く憧れを抱いた人物アイスエイジが指揮する実動部隊に身を置いていたのだ。
常に悠然としていて個性の扱いにも長けた強さに心を惹かれたのだ。
当時……。個性の使用が自由の名のもとに許されていた。
放縦を許されていた時代の追憶である。
追憶の中での憧れ……。アイスエイジは個性《吹雪》を手足のように扱いこなしていた。
オールフォーワンとは異なる派閥のヴィラン組織の一派が襲撃して来ようとも……。
こちらの戦力を見誤った恥知らずなヒーローが攻め込んで来ようとも……。一切の敗北は無かった。
レーザー光線を放つ強力な個性の持ち主が襲撃して来ても、難なく打破して見せた事も有った。
騎士のような井出達で戦地に赴き、刺突剣のように尖った《吹雪》を指先に発生させて相手が得意な間合いから一気に打ち破っていくのだ。
アイスエイジは他にも《身体能力の強化》を個性として持っていたが、それを差し引いたとしても悠然としていて常に自信に満ちていた。
持ち前の個性を限界以上に磨き上げた者だけが持ちうる神秘の領域とでも言えるのかもしれない。
暗黒期とも呼ばれていた時代に目標が目の前にいて……。
一緒にそれを追いかけ続けた友がいた。
「 どうしたんだドーマー?
今日はいつになく危なかったんじゃないか?よそ見してると戦闘中にイッちまうぞ? 」
「 なあライトドレイプ……。俺もいつか、あの人のように慣れるだろうか。 」
「 どうだろうな。
まあ目指してみろよ。俺達はヒーローじゃない自由なんだ。 」
輝かしき……。追憶の中にも記憶通りの終わりが訪れる。
終わりの冬が訪れた。
山岳地帯に隠された研究施設で、喧騒と爆音が上がる。
赤々と燃えるコキュートスでは、焼損しているエリアが時間と共に広がっていく。
近隣には、しっかりとヴィランの戦力を見積もって対策を講じたであろう組織的な集まりが集っていた。
警察の機動隊、自衛隊が共闘しており、著名なヒーローの戦いを妨害されないように立ち回っている。
憧れの存在達は著名なヒーローの2人と死闘を繰り広げるが、劣勢に追い込まれていく。
白銀の騎士のような井出達のヴィラン・アイスエイジは眼前のヒーローに宣戦布告を行った。
「 オールマイト……。よくも俺様の城を襲撃してくれたなぁ?
だが好都合だ。あの方は お前の存在が目障りらしいからな。俺様が貴様を倒し、更に名をあげようじゃないか!!」
「 油断するな!オールマイト!この俺が合同作戦に加わっているんだ!
失望させてくれるなよ!?」
「 すまないエンデヴァー。助かった。」
個性《吹雪》によって刺突剣のような尖った烈風を指先から撃ち出すが、もう1人のヒーローが放った轟炎によってかき消されてしまう。
鮮やかで悠然としたフェンシングの如きアイスエイジの一撃も……。
2人のヒーローが着実に対処して覆していく。
憧れがヒーローに打破される様を、見る事しかできなかった。
「 俺様は……。負けんぞ!!削れろ!!凍てつけ!!ヒーローども!!
フィンブル・エッダ!!」
コキュートスの各所では、時に仲間が拘束され……。時に倒壊する建物の残骸に巻き込まれていった。
憧れがヒーローに打ち負かされる姿を見るしかできなかった。
個性《虚像》は見る事で投影する対象の情報を備蓄して解像度を上げられる。
「 アイスエイジ……。貴方の力も仇も俺が貰う。
《虚像》が今の全てをいつか創造してみせる。いつか全てを絶するために……。 」
幸か不幸か……。片腕は炭化した瓦礫に圧されて潰された……。
周囲に襲撃者達の気配はない。
「 腕は1本ダメになったが焼ければ止血も出来るか。
調度良いい……。俺は……。ヴィラン・ドーマーは今 死んだ。 」
追憶の景色で少しだけ歳月が流れる。
コキュートスが解体されてから何年過ぎたのか、暗黒期が終わりを告げる。
噂で知った事だが、オールフォーワンがオールマイトに破れたらしいのだ。
世間ではヒーローが数を増やし、素顔を隠して個性を持っていない振る舞いで歩くしかなくなっていた。
各地を翻弄して、気がつけば掃き溜めの同然の薄暗い路地裏に辿り着く。
ボロな身なりで、ある老紳士と会合する。
老紳士はオールフォーワンにも、資金援助を行っていた事もあったらしく……。スタチューと名乗っていた。
話をすれば、目的は限りなく近いとわかった。
スタチューに連れられて隠れ蓑を得ると、暗黒期の再起を目指して自身の個性を伸ばす為の研鑽が始まる。
自身の個性の可能性……。見た者の投影。
これが何の制限も無く扱えるなら……。あの強さを手に入れられるかもしれない。
まずは《火炎放射》の解像度を向上させて、次に刺突剣のようにも扱える《凍てつく烈風》の投影。
出来る範囲を広げていけば……。
「 ……限りなく生物由来に近い個性の際限も可能になるかもしれない。 」
自身の欠損してしまった片腕を投影出来ないものか実験と研究が続く。
更に時が流れ……。
人間を元とした《虚像》が創り出せるようになるが……。
創り出した存在はベースとなった存在と同等の身体能力しか発揮できず、何かを発生させる《虚像》のような類の個性は扱えないようだった。
逆に、身体能力を向上させる類の個性を扱う人物は《虚像》にすれば私兵として扱うには適している事もわかった。
「 ならばオールマイトだ……。 」
あの日の……。コキュートスが落とされた日の姿は目に焼き付いている。
《虚像》で平和の象徴を創り出す。
目的が決まれば、もっと解像度を上昇させても良いだろう。
神野区で戦いが起こったのは、目的が決まってから少しばかり過ぎてからだった。
オールフォーワン生存の噂が現実味を帯びた頃、スタチューから情報が流れてきたのだ。
戦いは決していない最中に、近隣の高層ビルの一角から様子を伺う事が出来た。悪の帝王と平和の象徴が戦う様を見続けた。
オールマイトが激戦の果てに勝利して……。
片腕を掲げてスタンディングポーズを取る姿には、ある種の高揚感を覚えてたのを覚えている。
「 次はキミだ……! 」
何者かに指先を向けて勝どきのような意思表明をしていたのだ。
意図しなくても口角は上がっていた。ヴィランに贈った警笛なのか、戦友への鼓舞なのか、はたまた後継者が存在していたのか……。
次は?
「 次は……。当然だ次代の軌跡はヒーローではない。暗黒の時代が貴方のお陰で蘇る。
俺の中に受け継いだ力が……。次代を創造していく……。 」
ゆっくりと機を狙い続けた。
表向きの顔では無個性をよそおい……。過去の自分とは異なる名前で……。知名度を上げて。
次代を創る破壊の象徴・ドリアングレーが解像度を増していく。
オールマイトが扱っていた、強力な一撃……。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・スマッシュが、どの程度 再現出来ているのか……。
ドリアングレーの耐久度は、活動可能時間の中央値は どの程度なのか……。どこまで行動は一任できるか。
研究と臨床を継続していくと、実験の爪痕は都市伝説として名前が付けられていた。
誰が名づけたのかは知らないが《不可視の隕石》と、現象だけに名前がつけられていたのだ。
知名度が上がれば……。広告として利用できる。
性能実験が充分な結果を満たすようになり、コキュートスでの出来事を現代社会で見舞う時期を見計らっていた頃……。
かつての友とも再会できた。
友は名前も変えず、新たに2人の仲間を引き連れて活動していた。
追憶の日々が……。現代に限りなく近づいて眼前の出来事に意識が向く。
オキュラスと相対する少年には、何故か在りし日のオールマイトが重なるような気がした。
「 ……本当に興味深い。どうして心が惹かれるんだ?ヒーロー・デク!! 」
混戦の中で戦いの場は市街の山間部を経て冬山の雪上に移っていた。
慣れていないと足元がおぼつかない雪上での戦いが苛烈を極めていく。
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-起結市・近郊の冬山-
市街の山間部やスキー場とも近い山の傾斜に広がる雪原で、戦う者たちがいた。
《ヴィラン/VILLAN》……。
世界総人口の八割が何らかの特異体質を持つ超人社会において、生まれ持った超常的な力《個性》を自由のままに使い。悪用する事も辞さない者である。
世界に混乱を呼ぶ・敵(ヴィラン)からの被害が危ぶまれる中で、《個性》を使い世界の平和と安寧を護る存在が相対する。
ヴィランや災害に立ち向かう者は、類まれなる勇気を持って、市井の人々の未来を慈しむ強さの象徴でもあった。
誰もが空想し憧れた存在の名は……。
《HERO/ヒーロー》。
地方都市の極寒の冬山で、1人のヒーローと1人のヴィランが死闘を繰り広げる。
死闘を繰り広げる2人は、互いに相反する者たちだった。
緑谷出久・ヒーロー名《デク》……。
個性《ワンフォーオール》を、師であるオールマイトから受け継いで次代の平和の象徴を目指す。
身体能力の強化をワンフォーオールで発揮して、これまでにも多くのヴィランに立ち向かってきた。
ワンフォーオールの個性としての能力は未だ謎も多いが、今現在に至っては黒色のオーラで鞭を放つ事も出来る。
ヴィラン名《オキュラス》……。
個性《虚像》による能力と仲間のヴィランと共に、この日の起結市に大きな混乱を呼び込んだ。
個性によって、目で視たものを虚像として投影できるため、単一の個性しか持たないにも関わらず数多の手段を隠している。
虚像の投影を行う いわゆる発射口は、掌から精製できる楕円の光の幕。
投影された攻撃手段の中でも特に頻繁に扱われるのは主に4つ……。
《火炎放射》《凍てつく烈風》《頑強な巨岩》《闇色の大きな片腕》等が上げられる。
生物に近い虚像を扱いこなには相応のな視覚的データの採取が必要なようで……。
《不可視の隕石》として各地で大きなクレーターを発生させた《ドリアングレー》は、オキュラスにとっての最高傑作と言って過言ではない。
自立型の虚像の最高傑作は、この日も多くのヒーローと戦いを繰り広げた。
かつてのオールマイト同然の超パワーが……。
虚像としてオキュラスの手中にある事実をデクはまだ知らない。
冬山の雪上に足を取られながら、少年ヒーローのデクが攻撃を仕掛ける。
「 フルカウル 10%!!エアフォース・デラウェアスマッシュ!! 」
常に身体能力強化を発動させて、指先から衝撃波の空砲を放つ。
中距離戦闘を軸に相手の出方をうかがっていたのだ。
ヴィランは雪上での戦い方に慣れているようで、付かず離れずの距離を維持したまま右の掌で空砲を払い落した。
空砲をはらい落すと、今度は反対側の掌から楕円の光の幕を精製する。
「 ……本当に興味深い。どうして心が惹かれるんだ?ヒーロー・デク!! 」
《凍てつく烈風》が広域を巻き込む暴風となって吹きすさぶ。
いくつもの氷塊が乱流の中で踊り、雪上を覆っていた粉雪を巻き上げた。
「 オキュラスの個性はいったい……。 」
デクは冬山に戦いの場を移すまでの合間にも幾度も思考を巡らせた。
恐らく保持している個性は1つ……。一方で、発現している能力は多岐に渡っているのが現状だった。
時には《火炎放射》が……。
時には《凍てつく烈風》が……。
時には《頑強な巨岩》が……。
時には《闇色の大きな片腕》が……。数ある技の1つとして扱われている。
オキュラスの個性が1つと予測しうる要因は《数ある技》が必ず、楕円の光の幕から発生している事。
主だって扱われていたのは4種類の能力となるが、これまでに《光線》《石柱》《赤い衝撃波》等と数多くの手段が使われている。
中距離対応の攻撃手段による戦いが得意だからこそ、近接からの打撃には脆いかと言えば、そういう訳でもなかった。
《闇色の大きな片腕》での薙ぎ払いや格闘戦……。
何より近づけば近づくほど、攻め込む側が相手の攻撃を避ける隙も少なくなってしまう。
至近距離から放たれる中距離対応の攻撃手段は、相手にとっては簡単に会心の一撃を叩き込むチャンスとなってしまうのだ。
とはいえ、このまま中距離からの戦いを続けたとしても決定打を与える機会が作れない。
誰かを巻き込むことが無いように単独で戦える場所をさがして、ここまで誘導したつもりだったが……。
孤立するように誘導されていたのかもしれない。
スキー場のように押し固められているわけでもない天然の積雪の上では、足元が安定せず直ぐに足が埋もれてしまう。
黒鞭を扱って樹々に捕まって、何度も自身の埋もれた身体を引っ張り出した。
「 誘導した場所ミスった……。 」
もしも、積雪の無い平地のような場でワンフォーオールを力の限り扱えたのなら……。
長引く戦いの決着を急ぐ事も出来のかもしれないが、起結市では《ここでの戦い方》に抑えなくてはならない。
今日この日の昼……。ローカルヒーローのサイドキック・キャットスタンプから知らされた雪崩の危険性を思い出す。
「 もしオキュラスを倒せても、雪崩を起こしちゃったら僕には何も出来ない。 」
当然、決死の覚悟で全力で攻撃を行っても、倒しきれない可能性だって充分に存在するのだ。
デクは攻撃手段に迷いながら、夜間の冬山の寒さで体力を摩耗させる。
「 ……だとしても負けられない!!フルカウル 15%!! 」
ワンフォーオールによる身体能力の強化の度合いを引き上げて、黒鞭を攻撃にも取り入れてく。
黒色のオーラで精製された鞭がデクの掌から伸びると、先端がヴィラン目掛けて迫った。
オキュラスが楕円の光の幕を掌から精製する。
「 本当に良い個性だね解像度が上がって来た。
ヒーロー・デク。そいつも俺が貰おう……。 」
楕円の光の幕からも黒色の鞭が放たれて、デクの腹部にカウンターの一撃が叩き込まれる。
「 ぐ……。オキュラスも黒鞭を……!?まさか……。 」
デクが放った黒鞭は、オキュラスに届いたように見えたが……。楕円の光の幕を操る方とは逆の腕に命中していた。
黒鞭が命中した右腕がノイズのように揺らいで霧散する。
デクの中で、おおよその予測がまとまっていった。
これまでの戦い方……。黒いオールマイト……。これまでに話した言葉の数々……。
「 貴方は、見たものを自身の個性として扱える……。ただし扱うには、ある程度《見続ける》必要がある。 」
「 その通り……。鋭いな。
俺はオキュラス。ヴィランとしての名前は目を意味する……。創造できるんだよ見たものをね。 」
デクは戦いからの分析でオキュラスの個性の有り様に辿り着いた。
「 俺の創造はこんな事だってできる。 」
オキュラスはノイズのように霧散した片腕に反対側の掌を宛がって楕円の光の幕を創り出す。
精製されていくのは、今ほど霧散したばかりの片腕だった。
「 こっちの腕は昔、オールマイト達のせいで潰されてしまってね……。今は俺自身の個性《虚像》で補っている。
簡単そうに見えるかもしれないが、これでも努力はしているんだ。
生きてるものの投影は本当に難しくてね。 」
虚像で創られた精製されたばかりの片腕は、何事も無かったかのように動作している。
「 今もヒーローは嫌悪する存在に変わりは無いが……。オールマイトだけは少し違う。
奴のお陰で、片腕が代替可能な虚像となった。……結構 便利だよ。
雑に使っても痛みを感じないからね。 」
オキュラスが、今までの戦いで攻撃を受けていたのは虚像で創られた側の腕だったのだ。
「 右腕を虚像で創り続ける事で良い練習にもなった。
黒い影のようなオールマイトを見ただろ?アレも俺が虚像で創ったんだよ。 」
「 貴方は間違ってる……。
オールマイトも個性も……。誰かを傷つける為にあるわけじゃない!! 」
衝撃の事実が明るみになっていっても、ヒーローとヴィランの戦いの手が緩む事はなかった。
中距離からの攻防が相互に入り乱れて……。デクの放った衝撃波の空砲がオキュラスの頬を掠める。
オキュラスは片側の口角を、僅かに上げて語り出した。
「 生き物を元に創った自立型の虚像は当人とは異なる生き写し……。ドリアングレーに自我は無い。
私兵として使える駒だ。例え倒されても創り出せる……。
個性は自身の為に!!自由に扱う手段だ!!無責任に使ってこそ美しい!! 」
言葉の1つ1つには感情が抑揚として現れており、掌から精製する虚像の威力も比例するように勢いが増していく。
デクに《火炎放射》と《光線》が放たれる。
中距離からの苛烈な猛襲の最中でもオキュラスの高揚感は増しているようだった。
「 創造を絶するだろう?
遠からず、大量のドリアングレーが私兵となりヒーロー社会を覆す。
起結市を拠点にヴィランにとっての自由が広がっていくのさ。平和の象徴が創られた平和を打破していくのだから。 」
オキュラスが撃ち出す攻撃のいくつかがデクに命中した。
空中で逃げ場のないタイミングで《石柱》が発射されたのである。
オキュラスは、雪上で仰向けのまま倒れるデクに語り続けた。
「 オールマイトは俺にとっての数々の憧れを社会から葬った。俺から目標とゴールを奪ったカリスマの破壊者だ。
ドリアングレーは、それを屈服させるために産まれたのさ。 」
ヴィランからの攻撃は止むが……。
今日この日に至るまでの裏側の出来事が強い衝撃として少年の精神にぶつかっていく。
「 神野区で見た彼の雄姿は俺に足りない最後をくれた。次代は俺達の番だ。
足掻いてみるか? ヒーロー……。 」
デクは傷だらけの身体を奮い立たせて立ち上がった。
極寒の雪上は、立っているだけでも体力を削りとっていく。
「 ……そんな事はさせない。オールマイトが僕達に託した未来を、ヴィランに利用なんてさせない!!
僕達ヒーローはまだ負けていないぞ!!ヒーローはいつだって命がけなんだ!! 」
デクは奮起して寒さに震える身体を動かした。
全身に身体能力の強化を施して、黒鞭で跳躍すると空中から拳を降り抜いた。
降り抜いた拳の先に黒鞭が拳の形を成して伸びていく。
「 フルカウル 18%!!黒鞭・テキサススマァァアッシュ!! 」
黒鞭による強打が、《闇色の大きな片腕》によって繰り出される拳とぶつかる。
かち合った位置はビリビリと衝撃を振るわせた。
「 フフフ……。根性だけでどうにかならない事なんていくらでもある。
如何にして準備を施したか……。それで全てがきまるのさ。実戦は答え合わせでしかない。 」
ほんの1~2秒……。互いの力の拮抗が終わって次の手を繰り出すまでの合間……。
空中での姿勢が固定されたデクに《凍てつく烈風》がせまる。
乱気流で荒ぶる氷塊の群れが、空中にいるヒーローを何度も痛めつけて撃ち落してしまう。
雪の上では足元がおぼつかず、空中では狙い撃ちで逃げ場を失っていくのである。
「 考えろ……。オキュラスを倒す方法を……。 」
相手に聞こえない程度の声量で、自身い言い聞かせた。
長引くほどに寒さが体力を奪っていく。
「 諦めろ……。この場所での戦いを選んだのは俺の想定でもある。夜の冬山は辛いだろう?
……そろそろ終わらせようか。 」
デクに《凍てつく烈風》が放たれる。
誰が見ても窮地に陥ったのだと言える状況だった。
ヒーローに襲い掛かる氷塊の渦が氷の壁で遮られて衝突と共に砕け散る。何者かが氷の壁を出現させたのだ。
氷を右足から出現させて、雪上をホバー移動のように滑走する何者かは左腕から炎を放射してヴィランに牽制を行った。
「 やっと見つけた。大丈夫か緑谷!!
こんな所で戦って……。お前 死にてぇのか? 」
「 とど……。ショート君! 」
瞬間的ではあったが、この場に加わった人物が出す炎が孤軍奮闘していた少年・緑谷出久の表情を明るくさせる。
新たに戦いに加わった人物も、既にどこかしらで戦っていたのか衣服の各所がボロボロだった。
ボロボロだったとしても、デクを助ける為に加勢したであろう人物も雄英高校ヒーロー科のクラスメイトなのである。
クラスメイト達の中でも指折りの実力を持ち、現在のNo.1ヒーロー・エンデヴァーの実子でもある人物……。
轟焦凍・ヒーロー名《ショート》……。
個性《半冷半燃(はんれいはんねん)》は、母親の個性を右側に、父親の個性を左側に受け継いでいる。
右側の手足では氷を精製し……。左側の手足で炎を放出して攻守速に優れた立ち回りを使い分ける実力者。
ショートはオキュラスとデクとの間に入り込んで、氷の壁を更に厚く展開した。
左側の個性で炎を噴き出してデクに暖を取らせる。
「 竹の侍みてぇなローカルヒーロー達や上鳴と共闘してる間に、お前が山の方に向かってくのが見えた。
あっちもやばそうだったが……。先生やクソ親父がいるなら大丈夫だろ。 」
「 竹の侍……。バンブーロードだね?
けど良かった。皆 無事だったんだ。 」
オキュラスとの間に展開された氷壁は何かしらの攻撃を受けているのか亀裂が入っていく。
ショートはデクと視線をあわせて、簡単な経緯と今後の展望をすり合わせる。
「 また無茶してんじゃねぇかと思って、来てみて正解だったな。
コイツもヴィランなんだろ?お前が手を焼くんなら、たぶん雑魚じゃねぇ。俺も一緒に戦う。 」
2人のヒーローが臨戦態勢を整えた矢先。
氷の壁が崩壊して、《石柱》や《頑強な巨岩》が飛び出してきた。
崩壊してからも即座に《闇色の大きな片腕》が辺りを薙ぎ払う。
ショートはデクを伴って、雪上を滑走するとヴィランの攻撃が飛んでくる方角の延長線上から迂回する。
雪原の戦いは混戦していき、舞い上がった地吹雪で視界が白に覆われた。
「 1人だけヒーローが増えたとしても、なんら俺の有利は変わらない。
雪原での戦いをわきまえている相手に、簡単に打ち勝てると思わない方が良い。 」
白に覆われた視界に紛れて、《凍てつく烈風》と《光線》が乱射される。
「 キミの事も知っているよ。体育祭の全国中継でヒーロー・デクと戦っていたね。
調べはついているエンデヴァーの息子なんだろう?
……なんとも数奇なものだ。あの夜を思い出す。 」
ショートはデクを護りながら氷の壁を再度展開して反撃の機をうかがう。
視界が舞い上がった雪で白一色になる雪原での自然現象……。ホワイトアウトが納まると、2人のヒーローと1人のヴィランが攻防を繰り返す。
戦いが激しさを増すと、寒さがヒーローの体力を奪っていくからなのか動きが僅かに鈍ってしまう。
冬山から見える市街では、石のドラゴンが咆哮を上げており……。
海に近い辺りでは炎の竜巻も巻き起こる。
苛烈になっていく市街の戦況が垣間見えると、オキュラスは静かに語り出した。
「 君達2人が共に戦っているように、あっちでも仲間がいるんだろう?
俺だってそうさ……。仲間と共に今より先を目指している 」
夜間の冬山は一層に厳しく冷え込んでいき、戦いが長く続けられないのだと無意識にでも判断させる。
「 1人で成し遂げられない事も、時間を掛けて友や仲間と挑めば多くの成功が望める。
目前に迫っている暗黒期の復活は、多くのヴィランが心待ちにしているだろう……。 」
オキュラスは静かに語りながら……。楕円の光の幕から攻撃を撃ち出し続けた。
「 息苦しく狭いのがヒーロー社会。
目標も生き方も選別されるのがヒーロー社会。 」
《火炎放射》が吹き出し……。《石柱》が飛び交う。
「 決まった形だけが許される俗物的な腐敗した社会は、創造的に絶してしまう方がいい。 」
《赤い衝撃波》がショートの氷壁を砕いて、滑走経路の雪上をも吹き飛ばした。
デクとショートは合間にも反撃を行うが、オキュラスの攻撃の手は止まない。
「 そろそろ終わらせようか。ここで君達は全力を出せない。ヒーローは護る者が多いだろう? 」
《巨大な岩石》が複数個 撃ち出されて、ヒーローの進行経路が完全に寸断された所で……。
《凍てつく烈風》が狙撃のような精密さで足元へと撃ち込まれた。
「 俺のような子悪党を倒すためには全力を出して市街を雪害に晒さなくてはならない。
選択の連続なんだよ。選んでみろヒーロー。 」
2人のヒーローは雪上から……。空中へと吹き飛ばされてしまう。
《光線》が続け様に放たれて……。《闇色で巨大な片腕》が空中で逃げ場を失った2人を叩き落とした。
「 俺を倒せるか賭けをして雪崩を引き起こすか……。
小手先の技で抗いきれずに返り討ちにされるか……。今から創造される次代は2つに1つだ……。 」
2人のヒーローは満身創痍の中でも立ち上がる。
寒さで判断能力が鈍りそうなデクの耳に市街での戦いの音が響いた。
「 なあヒーロー……。各地で俺の仲間がヒーロー社会を終わらせようとしている。
この夜の戦いは、ヒーロー社会の次代を創る軌跡なんだよ。社会の裏ではヴィランにされた者が次を待っている。 」
オキュラスから言葉で揺さぶられ続けても……。デクの中で譲れない何かが今も尚、踏み止まらせる。
厳しい戦況と突き刺すような痛みを伴う寒さの中で……。
ショートがデクの目の前に炎を出現させた。
「 緑谷……。たぶん、皆 大丈夫だ。
ヒーローは護るもんが多いから、俺達だって負けられねぇだろ。 」
「 ショート君……。僕達の全力で奴を倒そう。 」
デクの中でこれまでの多くの出来事がフラッシュバックされる。
今を打破する何かしらのヒントを求めて……。考えを巡らせようと思案するまでもなく閃きが駆け巡った。
2人は簡単なやりとりでオキュラスに聞こえない用に算段をだてる。
オキュラスからの攻撃が飛び交う中で……。雪上を滑走して、ショートが巨大な氷のレールガンを創り出した。
巨大な氷のレールガンの中で、炎を推進力としたショートが勢いよく滑走する。
「 緑谷!!このまま一気に行け!!俺がどうにかできる。 」
ショートはレールガンの先端の辺りでデクを勢いよく放り出す。
デクもまた、氷のレールガンの先端に《黒鞭》を巻きつけて飛び出す勢いを高めた。
空中を弾丸のように突き抜けていくデクにオキュラスは警戒を強めたのか……。
楕円の光の幕を構えてカウンターを狙っているようだった。
「 やっと出したな?だが、その一撃も俺の虚像で衝撃を投影してやろう!!来てみろヒーロー!! 」
デクは先程、考えるまでも無く閃いたフラッシュバックの中から……。最も今の状況で重要な記憶の断片を連想した。
在りし日のオールマイトの雄姿がデクの中で思い起こされたのだ。
それは、USJで自身の戦い方が対策された時のオールマイトの姿だった。
《ショック吸収》の個性と高い身体能力を持ったヴィランを相手に、オールマイトが奮闘していた時の雄姿……。
『 更に上からねじ伏せる!!!! 』
どんな相手にも屈さずに、自身の力を信じて突き進む師の姿が……。デクの決心と重なり、デクは声高に叫んだ。
「 デトロイドォオオ!!スマァアッシュ!!! 」
「 おおおお!!!……素晴しい。この力はやはり奴の!!!ぐおぁっ!!……クククッ!!……ハハハハハッハ!! 」
オキュラスは嘲笑するような口調で身構えたが、受けきれずに吹き飛ばされていった。
ヴィランは冬山の峰の方角に、吹き飛ばされていき……。激しい衝撃波が辺りの空気を振るわせる。
「 ショート君!! 」
「 ああ!! 」
雪崩が誘発されそうになってしまうが……。ショートが即座に2種類の氷壁を展開した。
1つは、オキュラスを受け止める為の極薄で何層にもなるクッションとしての割れていい大量の氷壁。
1つは。雪崩を塞き止める防波堤としての頑強な氷壁。
市街からも目視できる程の巨大な氷壁を出現させたのだ。
デクとショートがオキュラスを打破してから、程なくして市街の何処かで巨大な爆音が響く。
この夜……。《不可視の隕石》を発生させていた元凶が、ヒーロー達の活躍で打倒された。
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~現代編(エピローグ)【追憶に成った日々】~
起結市の各地で発生した戦いはヴィランを打破し退ける事で終結した。
オールマイトを始めとした多くのヒーロー達が築き上げてきた日常の裏では、常ならぬ戦いが繰り広げられており……。
それらの戦いと隣り合うように何気ない日常が流れているのだと、改めて僕らは認識した。
戦いの渦中で奮闘し続けたヒーローが、在りし日を振り返る。
ヒーローの視界の中でデジタル時計とスケジュール帳に記載されている時間との両方が写された。
あの日……。
WARPフェスの会場設営を手伝う事から始まった1日は……。
午後に現れたヴィランとの戦いから、夜間の戦いと続いていき目まぐるしい1日だったと思う。
あの日の夜に拘束されたヴィランの数は全部で200人程に至るが……。
首謀者はオキュラス……。本名・禍神虚(かがみ うつろ)。
個性《虚像》を扱うヴィランだったが、過去には別のヴィラン名が登録されていた人物だったらしい。
過去のヴィラン名ドーマーとしての素顔を隠して、無個性の芸術家としてWARPに正体されていたのだ。
目的はWARPフェスで注目が集まる起結市を支配下に起き、ヒーロー社会をヴィラン社会へと塗り替える……。というもの。
後日、塚内警部が中心となって事件についての追加調査が行われたが、そのお陰で幾つかの背景が判明した。
あの夜、起結市の各地で混乱を招いたヴィラン達は共通の目的を持っていた事だ。
そんな中で、オキュラスと同等に影響力を持って全体を先導していた人物は2人。
1人はスタチュー……。本名・石高龍蔵(こくだか りゅうぞう)。
裏社会のカルテルとも繋がりを持ち、自身が気に入ったヴィランに経済的な支援も行う老練な人物。
事件が起きるまでは表の社会に顔を出さなかったが、自身も個性の扱いには長けており多くの武術にも精通していた。
オキュラスには経済的な支援を行い、あの日の夜の計画に賛同しうるヴィランを秘密裏に収集していたらしい。
他にも孤児を拾い、ヴィランとして育て上げる等の活動も行っていたのだとか……。
もう1人はライトドレイプ……。本名・幕間開閉(まくあい かいへい)。
オキュラスとはかつて所属していたヴィラングループで顔なじみだったらしい。
ソルトピース、ミストガラントらと3人1組のヴィランチーム《Propman(プロップマン)》として昼の間から活動していた。
スタチューに付き従う双子のヴィランは、幾つかの事情によって通常のヴィランとは異なる対応が施される。
ヨタ、ヨクトは、出生が不明である事と当時は未成年だった事。
産まれてから、あの日の出来事に至るまでの間をスタチューに育てられた特殊な生い立ちが情状酌量の余地を検討させる要因となった。
当人たちが直接的に過激な活動も行っておらず物損行為が主だったとの事で、精神鑑定や更正期間を経てバットガイ事務所の管理下で奉仕活動に励んでいる。
あの夜の事件で中心となったヴィラン……。
オキュラス、スタチュー、プロップマンの3人を含めた5人は、戦いの後に拘束されて それぞれに警察に引き渡され収監されている。
起結市での戦いを思い起こす人物は、誰かに呼び出されて立ち上がった。
澄み渡る冬の青空の下で……。賑やかな歓声が上がる方へと歩みを進めていく。
道中では……。今しがた思い起こしていた戦いの日々を知る仲間達が、雑談交じりに話しかけてくる。
仲間と共に向かう会場ではアナウンスが流れた。
『 ……それでは!!長年の開催延期もようやく終わりです!!NEW・WARPフェス!!開幕!!
今回のゲストは、あの夜のヒーロー達です!! 』
拍手と歓声が鳴りやまない中、再びゲストとして招待されたヒーロー達が会場に登壇した。
地方都市で開催された平和の祭典は、これまでにない成功を納める。
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HERO'S LOCUS・完
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