--HERO'S LOCUS--
ep_01_前編
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目次
~過去編【終わりの冬】~
-X年前-
平和の象徴であるNo.1ヒーロー・オールマイトが、悪の帝王・オールフォーワンと死闘を繰り広げるよりも前の出来事。
某日の夜……。
某所、地方都市の山岳地帯に隠された研究施設で、喧騒と爆音が上がる。
赤々と燃える施設の様子をうかがえる丘の上では、大破したパトカーが散乱していた。
大破したパトカーの中でも1台は、無線通信が僅かに稼働している。
「 ……こちら 第XX班。現場に……。ワンフォー……ル……。第……拠点の状況を……。」
積雪がある季節にしては珍しく辺りの風が凪いでいる。
ゆっくりと雪は降り、多くの残骸を白く隠していった。
「 ……拠点を統括しているヴィランは……。……ス……。ヒーローは……。」
降り積もる雪とは相反するかのように、研究施設での戦いは激しさを増していく。
戦いの渦中にいるのは、2人のヒーローと1人のヴィランだった。
激闘の渦中を囲むようにして、警察の機動隊、自衛隊が共闘しており、ヒーローの戦いが妨害されないように立ち回っている。
1人のヴィランを援護しようと、研究施設に駐在している数多のヴィランが機動隊や自衛隊と衝突していた。
2人のヒーローどちらも筋骨隆々な大柄の体躯で、1人は炎を操り、もう1人は徒手空拳のみで戦っている。
錯綜した戦いの中で、2人のヒーローの中の1人……。徒手空拳のみで戦うヒーローであるオールマイトが拳を突き出した。
「 デトロイドォオオ!!スマァアッシュ!!!」
No.1ヒーローの拳を、1人のヴィランが何食わぬ顔で避けて踏み込む。
「 オールマイト……。よくも俺様の城を襲撃してくれたなぁ?
だが好都合だ。あの方は お前の存在が目障りらしいからな。俺様が貴様を倒し、更に名をあげようじゃないか!!」
白銀の騎士のような井出達のヴィランは、オールマイトに宣戦布告を行い、刺突剣のような尖った吹雪を指先から撃ち出す。
その様子は、鮮やかでフェンシングのようである。
刺突剣のような吹雪は、もう1人のヒーローが放った轟炎によってかき消された。
「 油断するな!オールマイト!この俺が合同作戦に加わっているんだ!
失望させてくれるなよ!?」
「 すまないエンデヴァー。助かった。」
2人のヒーローと1人のヴィランの戦いは苛烈を極める。
日本社会を統べる悪の帝王・オールフォーワンの傘下に入るヴィランは後を絶つことが無く……。
この日、オールマイトとエンデヴァーが合同で戦っていた相手もまた、その中の1人に過ぎなかった。
個性犯罪者のヴィランとはいえ、拠点を統括する長ともなればカリスマ性が高いようで、拠点に集い従う者も多い。
白銀の騎士のようなヴィランの名は、アイスエイジ。
個性により、指先から吹雪を発生させられる手練れだ。
公安の調べによると、オールフォーワンとも直接の交流があるようで、吹雪以外の個性として身体能力の強化も授けられているらしい。
並大抵のヒーローでは、広域に発生させた吹雪による面制圧と局所的な吹雪による刺突剣のような攻撃に対処が追いつかない。
加えて……。戦いの場は数多のヴィランが救う山岳地帯の研究施設である。
戦いが始まってから30分もたたない間に、複数のパトカーが吹き飛ばされており、偵察として巡回する戦闘用の航空機も落とされていた。
街から離れた山岳地帯だからこその被害規模だった。
もしも、コレが市街地で発揮されていれば、想像を絶する災害となっていただろう。
No.1ヒーロー・オールマイトとNo.2ヒーロー・エンデヴァーの共闘は、だからこその布陣だった。
アイスエイジが取り仕切る拠点では、個性の改造を促す研究も行われていたらしく、研究職としての統括を行うヴィランも多数在籍していた。
レッドマット。
赤外線の視認を可能にする個性を持つマッドサイエンティストであり、赤色の白衣に身を包む蒼白の男である。
この男により、赤外線センサーを起動装置とした罠が研究施設周辺に多数、仕掛けられていたのだ。
直接の戦闘能力は高くないが、狡猾で冷酷な人物なのである。
アイスエイジとレッドマット。この2人がいるからこその難所も……。
オールマイトとエンデヴァーにかかれば、壊滅も目前となっていた。
レッドマットを含む多数のヴィランは既に拘束され、研究職のヴィランも戦闘員としてのヴィランも機動隊や自衛隊によって拘束されていく。
勝機は見えたも同然だった。只1人のヴィランを残して……。
戦いは更に激しさを増していた。
白銀の騎士が前方を削り飛ばすような吹雪を発生させる。
「 俺様は……。負けんぞ!!削れろ!!凍てつけ!!ヒーローども!!
フィンブル・エッダ!!」
吹雪の帯の中は激しく荒れ狂っており、大人の拳程の大きさ同然の氷塊が無数に飛び交っていた。
「 ぐう……!!オールマイト……。同時攻撃で奴を仕留めるぞ!!」
アイスエイジの大技に、エンデヴァーが炎の壁を作り出す。
2人のヒーローが白銀の騎士を仕留めたのは、この直ぐ後だった。
「 君が協力してくれるなら……。私も心強いな。 」
オールマイトとエンデヴァーが同時に猛撃を仕掛ける。
この日……。悪のカリスマの1人でもあるアイスエイジは、激闘の末に拘束された。
機動隊、自衛隊に見守られるなかで、ヴィランの拠点の1つが制圧されたのだ。
ヒーロー達にとっての成果は、並々ならぬもので、以降も日本各地での戦いが繰り広げられる事に成る。
アイスエイジ拘束作戦と名づけられた戦いは、成果を上げた一方で損害も少なくはなかった。
機動隊、自衛隊、ヴィランにいたるまで、戦いの中で死傷者の発生は防ぎきれず……。
中でも特異な事例としては、焼損した研究施設の後処理で初めて見つかったヴィランの一部なども発見される。
これらは、ヒーロー社会が当たり前になるよりも前の暗黒期での出来事……。
混沌とした社会は、多くの犠牲を経て少しずつ安寧に満ちた社会に移ろっていった。
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~現代編 導入【歩み】~
-現代-
日本各地をヴィランが我がもので闊歩していた暗黒期は、悪の帝王・オールフォーワンの打倒を期に様相を変えていた。
《個性》……。ある日を境に突如として出現した超常の異能力。
《光る赤子》の報告から始まった個性の出現だったが、暗黒期を経て秩序のあるヒーロー社会が日常として続いている。
今となってはチェーン店よりもヒーロー事務所の方が多いとまでいわれる程だ。
個性を悪用する存在ヴィランに対して、個性をもってして平和を護るヒーローが、連日のように異彩を放つ。
総人口の八割が個性を持つ社会で、二割の無個性に該当する少年は、ある事件をきっかけにNo.1ヒーローとの会合を果たした。
少年は憧れだったNo.1ヒーローに問いかけた。
「 個性がなくても……。ヒーローはできますか!? 」
No.1ヒーローからの返答は少年が望むようなものではなかった。
だが、同日に発生した事件での少年の行動は、No.1ヒーローに大きな衝撃を与える。
無個性の少年、緑谷出久(みどりや いずく)が友を助ける為にヴィランに立ち向かったのだ。
ヒーローが何処にでもいるような社会で……。
全てのヒーローがその時のヴィランに立ち向かう事を止めた場で……。
誰よりも戦う手段を持たない筈の、無個性の少年が立ち向かったのである。
戦いに疲れ果てていたNo.1ヒーローに、少年の姿が勇気を与えた。
オールマイトは……。デクの雄姿によって、ヒーローとしての魂を揺さぶられる。
この時の事件の後……。
No.1ヒーローは少年を呼び止めて、後継者として育成する事を決めた。
そして、少年に投げられた問いに改めて応答する。
「 君は……。ヒーローになれる!! 」
この日の夕焼けは、少年にとって1つの転機を表しているようで、かつてない程にまばゆく輝いていた。
無個性だった少年は、No.1ヒーローに資質を見出されて……。多くの試練が待ち受ける運命に踏み出していく。
少年・緑谷出久がオールマイトから受け取った個性の名は《ワンフォーオール》。
『 誰かの為になりますように……。 』
オールマイトが師に当たる人物から願いと共に受け継いだ特異な個性だった。
本来の個性は、産まれながらに人体に備わっている異能力であるが、ワンフォーオールは後天的に受け取る事で発露する性質を持つ。
代々受け継がれてきた個性だからなのか、主に超常的な身体能力の強化をもたらす。
これは、オールマイトにとっては最も秘匿する秘密の1つでもあった。
個性が当たり前の超常社会が混乱に陥らないように……。過去に暗黒期と呼ばれていた時代が、自身の個性を起因にして再来しないように……。
そして何よりも、人々の心のよりどころが失われないように……。
No.1ヒーローが抱える重責ゆえの秘密である。
無個性だった少年は、歳月の流れの中でオールマイトに多くの事を教わり、次代のトップヒーローを目指す。
多くのプロヒーローを輩出した名門校、雄英高校(ゆうえいこうこう)に通うようになったのも、その一貫だった。
雄英高校ヒーロー科 1年A組に編制されてからは……。20人で構成されるクラスの1人として、幾つかの苦難を乗り越えてきた。
少年は何気なしにこれまでの出来事を朧げに振り返っていた。
雄英高校でのカリキュラムにも、すっかり慣れてきた証拠なのだろう。
実技授業を行う為の校内の別館施設の景色が、なおさら過去を思い出させる。
少年の耳に、担任を務める教師 相澤消太(あいざわ しょうた)説明が届いた。
「 いいか お前ら……。今日の実技はUSJでの救助訓練だ。
会場のどこかに避難しそこねた一般人役のオールマイトがいる。適切な救助が出来るように最善を尽くせ。 」
USJ……。雄英高校の敷地内に設けられた実技用の施設であり、様々な状況を再現している研修施設である。
正式名称は……。
《嘘の災害や事故ルーム》
「 救助レースか……。楽勝過ぎてつまんねぇな。戦闘は無しかよ。 」
「 爆豪君(ばくごう くん)!救助も立派なヒーローの責務だ!
それにこれは雄英のカリキュラム。ヴィラン役がいつもいるわけが無いだろう。 」
「 うるっせぇな。わぁってるよ……。絡むな。 」
何度も行われているお馴染みの救助訓練だ。
少年の友人であり幼馴染に当たる並外れた能力を持つ男子生徒、
爆豪勝己(ばくごう かつき)が退屈そうに不満を漏らす。
すかさず爆豪の発言を律したのは、飯田天哉(いいだ てんや)だった。
どちらも少年にとっては、近しい間柄でありライバルでもある。
以前……。
USJに本物のヴィランが襲撃した事件があった。突如として授業中の1年A組が襲撃された事件だ。
ワープの個性を持つヴィランにより、多数のヴィランがUSJに侵入したのである。
当然、当時の授業は中止。
担任の相澤消太は教師であり、プロヒーローのイレイザーヘッドとして生徒を護り戦った。
プロヒーローの名は伊達ではなく、子供たちの前であっても……。
多勢に無勢であっても……。
個性の《抹消》によりヴィランの個性を動作不能にして、殆どを制圧する程の活躍を見せた。
ただし、一介のヴィランとは一線を画する存在が1年A組を窮地にたたせる。
後のヴィラン連合と呼ばれる組織の中核になる者たちが、プロヒーローをも追い詰めたのだ。
とはいえ……。1年A組の生徒全員の団結が少しずつ窮地を脱する要因となっていく。
ヴィランの妨害を振り切った飯田天哉が、校内で教師として常駐するプロヒーロー達に助けを求めたのである。
イレイザーヘッドと同等かそれ以上の実力を持つ教師陣が揃うと形勢は逆転した。
窮地を脱した要因は他にも有った……。教師陣が揃うよりも先にNo.1ヒーローであるオールマイトすらも駆け付けたのだ。
オールマイトは、今年度から雄英高校の教師として招かれていたのである。
雄英高校の教師達が負ける筈が無かった。
1年A組の生徒は難を逃れたが……。この時、少年とオールマイトには肝を冷やす瞬間があった。
《脳無(のうむ)》と呼ばれる大柄なヴィランだ。
脳無は、オールマイトにも負けない大柄な体躯を持っており……。
恐ろしい事に、オールマイトが到着する以前の段階でイレイザーヘッドを怪力をもってして打破していた。
オールマイトと脳無の戦いは、オールマイトが圧倒していたように見えたが……。
少年とオールマイトにとっては、あまりにも恐ろしい脅威が検知されていたのだ。
脳無の個性はオールマイトのワンフォーオールと同等程度の怪力と……。高い再生能力、そして高いショック吸収能力を保持していたのである。
本来、人間が持つ個性の数は基本的に1つとされているが、
ヴィランでありながら複数の戦闘向きの個性を持っていたともなれば……。驚異の度合いは上昇してしまう。
USJを襲撃した当時のヴィランのリーダー格の1人……。死柄木弔(しがらき とむら)によれば……。
当時の脳無はオールマイトを仕留める為の存在だったらしい。
結果としてはヴィランの襲撃は失敗に終わるが、
イレイザーヘッドは重症を負わされ、オールマイトも危うく命を奪われかねない状況に追い込まれたのである。
『 真に賢しい敵は闇に潜む……。』
オールマイトがUSJ襲撃事件で口にした言葉の通りに、以降も数々のヴィランや策謀が少年たちの前に迫った。
どの出来事もプロヒーローを志す少年たちにとっては、避けられない事だったのだろう。
保須市のヒーロー殺し、学術人工移動都市での戦い……。
夏の林間学校、神野区での戦い……。
秋のインターンでの死穢八斎會(しえはっさいかい)との戦い……。那歩島(なぶとう)での戦い……。
エンデヴァー事務所でのインターン……。
少年は数多の修羅場を潜り抜けてきた。
時には友と肩を並べて戦い、時には師であるオールマイトとも並び立って戦ってきた。
確かに、これ程の実戦を積み続ければ血気盛んな生徒にとっては……。
特に、爆豪勝己のような戦闘技能が優れたクラスメイトにとって、今日のようなUSJでの救護が主の実技は退屈なのかもしれない。
これまでの出来事は、どれをとっても濃密な日々だった。
2月も目前に迫っている……。1年A組の生徒たちが雄英高校で過ごした歳月が1年間に届こうとしているのだ。
これまでの中で、特に大きく印象に残るのは……。
神野区での戦いを最後に、ヒーローとしてのオールマイトが大々的に引退を表明した事だろう。
『 ユナイテッド!!ステイツ・オブ……!!スマァアッシュ!!!!』
かつてのNo.1ヒーロー・オールマイトは、悪の帝王オールフォーワンとの再戦において、渾身の一撃を叩き込んで勝利を納める。
勝利を納めると同時に、かつてのNo.1ヒーローは引退を表明したのだ。
この日の戦いは、社会的なトップニュースに取り上げられる程に激しいものだった。
日本を震撼させた暗黒期を支配した帝王を終わらせたNo.1の喪失は、社会にも少年達にとっても大きな出来事となる。
落差はあまりに大きく、オールマイトから個性を継承した少年にとっては、今でも嘘のように感じさせてしまうのかもしれない。
授業に全力で取り組みながらも、それでいて、そつなくこなせるように成ったからなのか、偶に無意識のうちにこれまでを思い出してしまっている。
とはいえ、少年たちの心情はお構いなしに毎日の時間は過ぎる。
次代のヒーローを担う有精卵が切磋琢磨する学び舎では、この日もヒーロー活動の基礎、応用、反復が叩き込まれるのだ。
大きなトラブルも無く、救助訓練は終わりを迎えた。
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しばらくの時間をおいた後の1年A組の教室では、ある行事についての発表が成された。
担任を務める 相澤消太からの発表だった。
「 救助訓練ご苦労。今日はお前らに重大な発表がある。 」
気だるそうな、普段と変わらない表情ではあるが、何かしらを含んでいる雰囲気は教室の全体に伝わっているらしい。
1年A組の生徒全員は真面目そうな表情で担任の発表を待っている様子だ。
生徒達からの視線に応答するようにして、相澤消太は続きを話す。
「 単刀直入に言う……。今年の雄英1年は《冬期地域活性交流フェア》に参加する。
《ウィンター・アクティビティ・ローカル・パートナーズ・フェス》……。通称《WARPフェス》への参加が急遽 打診された。 」
相澤消太からの発表に、1年A組の生徒一同は大きく賑わいを見せる。
真っ先に驚きの声を上げたのは緑谷出久だった。
「 WARPフェス……!?僕達が!? 」
WARPフェス……。(ワープフェス)
数あるヒーロー活動の1つで、日本全国の至る所で開催される冬期限定交流イベントである。
主に積雪の有る地方都市で開催される事が多く、ご当地限定の冬の味覚やレジャーを全面に押し出して、ヒーロー達が会場を盛り上げる。
現在は地域の活性化としての側面が強いが……。
ヒーローと民間の交流は話題性が強かったのか、飛躍的に著名になり、全国的な一大イベントとして成長した。
「 ……オールマイトと交流できるローカルイベントとしては凄く貴重で、直接ヒーローに合いたいファンにとっては何としても駆け付けたいイベントだけど、毎年開催予定地は直前まで公にしないのも大きな特徴なんだ。その理由は噂レベルだけど、多忙なオールマイトのスケジュールとの調整や、開催される各予定地の公平性を両立する狙いがあるらしくて……。オールマイトと交流できるローカルイベントの1つとは言っても、今年度の雄英文化祭に参加していたオールマイトの滞在時間と比べると、大分少ない方に……。ていうのも、WARPフェス開催期間の中でもオールマイトが顔を見せるのは限定的で、あくまでも会場付近でヒーロー活動を続けるからってのもあるんだけど……。あ、でも今のオールマイトならヴィランとの戦いは行わなくなったから基本的には今まで以上に会場に滞在する時間が長くなるだろうから、今回は始めての……。 」
「 相変わらず緑谷って、こういう時 止まらねぇよな。 」
オールマイトに関連したイベントに参加できる事が開示された途端に、少年の口から多くの情報があふれ出る。
1年A組では見慣れた光景のようで、大柄な生徒の砂糖力道(さとう りきどう)が気の抜けたように笑った。
「 デク君……。平常運転やね。 」
「 そういや。アレだろ?
確か、開催される地域で活動するヒーローも参加するんだよな。
ローカルヒーローって言うんだっけ。
ビルボードには乗らないような……。地域限定のさ。 」
「 上鳴ちゃん。そういう言い方はちょっと……。棘があるんじゃないかしら。 」
「 梅雨ちゃん確かに言い方 不味ったかもな。わり……。 」
「 てかさ。上鳴こそ将来、プロヒーローどころか万年サイドキックやってそう。 」
「 耳朗……。お前なぁ……。 」
イベントの参加に空気が和んだのか、4人の生徒が次々と雑談の輪を広げていく。
輪を広げたのは……。
朗らかな少女 麗日お茶子(うららか おちゃこ)、
気だるげながらも奔放そうな少年 上鳴電気(かみなり でんき)、
少ない口数で聡明そうな少女 蛙吹梅雨(あすい つゆ)、
飾らない自然体な雰囲気を持つ少女 耳朗響香(じろう きょうか)である。
教室は数人の生徒の雑談を皮切りにして、次第にざわつきが広がっていく。
コレを危惧したのか、教壇に立っている男 相澤消太が軽く語気を強めた。
「 ハイ……。はしゃぎ過ぎない。
WARPフェスについて知ってる者も多いだろうが改めて言うぞ。
開催期間は冬期のみで有る事から、参加が決まった以上は雄英側からの現着も速やかに行う必要がる。 」
1年A組の教室は担任からの言葉で静けさを取り戻した。
生徒たちが静かに聞き入る中、更に説明が続けられる。
「 イベント当日の動きや移動などの諸々を急いで決める必要が有る。
そんな訳で……。後は任せるぞ 委員長と副委員長。決める事はこの用紙に書いておいた。 」
説明を終えると、相澤消太は教室の端の方で寝袋に潜り込み仮眠を取り始める。
「 ……チャイムが鳴るまでに決められるだけ決めておいてくれ。最終的な締め切りは明日の昼だ。 」
補足事項を言い終えたのと入れ替わるようにして 2人の生徒が教室の前の方に移動する。
1人は眼鏡と真面目そうな表情が特徴の 飯田天哉(いいだ てんや)。
飯田は1年A組のクラスで委員長を務めており、つい先程の救助訓練で爆豪に軽く指摘を行った生徒である。
もう1人は立ち振る舞いが上品な少女 八百万百(やおよろず もも)。
副委員長を務める生徒だ。
2人の生徒によって、WARPフェスに関連した取り決めが着々と進んで行った。
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~現代編 舞台へ【万斛の星々】~
-WARPフェス開催会場への移動日前日・夜間-
雄英高校の敷地内にある1年A組クラスの寮内・談話室では……。
目前に迫るイベントへの期待からだろうか、生徒たちが思い思いの時を過ごす。
消灯時間までの余暇が雑談を弾ませており、授業中とは比較に成らない程に自由だった。
「 ねぇねぇ。今年のWRAP会場は大型スキー場もあるんだよね。
楽しみだな~。轟君(とどろき くん)は個性でも慣れてそうだしスキーも上手そうだよね。 」
「 まあな……。たぶん大丈夫だろ。 」
「 私 寒いの大丈夫かな……。けど厚着したら私の専売特許が……。 」
「 流石に冬のスキー場で普段のコスチュームだと葉隠さん(はがくれ さん)は、風邪引いちゃうんじゃないかな。 」
「 そこなんだよね!さっすが 尾白君(おじろ くん)!
そうなの!私 今……。自分らしくいくか究極の二択に悩まされてるんだ! 」
談話室のソファーで談笑していた3人は……。
透明な身体を個性として持つ明るい少女 葉隠透(はがくれ とおる)。
クールな少年 轟焦凍(とどろき しょうと)。
尻尾の個性が特徴的で純朴な少年 尾白猿夫(おじろ ましらお)である。
3人は既に旅の支度を済ませているのか、それぞれの表情からは一切の焦りが見られない。
何気なしに流れるTV番組の映像が適度な平穏を彩った。TVの天気予報によれば、翌日の目的地は快晴となるらしい。
時間が許す限り弾みそうな話題に、更に2人の生徒が加わった。
新たに顔を出したのは、頭がブドウのような小柄な生徒と、長身で細身の体躯と特徴的な肘を持つ生徒だった。
「 ゲレンデ楽しみだよな~。きっと素敵な出会いと思い出が目前なんだぜ?
オイラまだまだ寝むれねぇよ!! 」
「 峰田……。お前、あんまり はめ外して遭難すんなよ?
ヒーロー志望が遭難とか笑えねぇからな。 」
小柄な方は 峰田実(みねた みのる)、長身の方は 瀬呂範太(せろ はんた)である。
「 悪いな瀬呂。オイラはもうゲレンデのロマンスに遭難する予定なんだよなぁ。
考えてもみろ?雄英の生徒が参加するんだぞ?
未来のヒーローが参加すれば……。どうなるか考えなくてもわかるだろう? 」
峰田実の表情がだらしなく緩み始めると、瀬呂範太は言葉も発さずに呆れた表情を見せた。
この場に居合わせてしまった透明人間の女生徒 葉隠透も同様の感情を言語化する。
「 うわぁ。峰田君 サイテー……。 」
小柄な体躯のヒーローの卵が間違いなく軽蔑されてから程なくして、談話室のTVが特番特集に切り替わる。
調度、この時の時刻が定刻を迎えて番組が天気予報から変わったのだ。
特番特集は……。最近知名度が上がっている都市伝説を特集したもののようだった。
『 怪奇特集!不可視の隕石現象!』
不気味なBGMが静かに始まり、ナレーターによる解説が始まる。
『 事が始まったのは、約半年程前……。最初はカナダはモントリオールの郊外の山間部で発見された……。』
不可視の隕石現象(ふかし の いんせき げんしょう)……。
比較的、最近になってから世界各地で発生している怪奇現象である。
現段階では発生個所に法則性は見いだせず……。共通する確定情報は少ない。
現象が発生する直前には轟音が鳴り響き、轟音の後に巨大なクレーターが残される。
どのクレーターの大きさも完全に同一ではないものの……。
まるで、強大な爆発物で吹き飛んだかのような常軌を逸した規模である事は共通しているのだ。
何が原因で発生しているのか……。未だに解明されていない。
いつしか……。この現象は不可視の隕石と……。そう呼ばれるようになっていた。
軍事的な実験なのか……。はたまた人知を超えた超自然現象なのか……。それとも……。
『 怪奇特集!不可視の隕石現象!本日、スタジオには専門家の方達をおよびしております。』
気象学、物理学、軍需産業に精通した多くの専門家たちが個々に持論を展開していく……。
「 半年前から起きてる都市伝説か……。 」
轟焦凍がTV番組の情報に目を細めた。
「 どこまで本当かわからないけど、日本でも観測されている地域もあるらしいね。 」
「 まあ……。噂だろ?この番組だって都市伝説特集だしな。 」
尾白猿夫、瀬呂範太も特番の話題に食いつく。
「 そ……。そうだよね。もう轟君 尾白君……。驚かさないでよ。 」
「 …………所詮は とと都市伝説だぞ?ビビらせんなよな!
明日からのオイラたちを待ってるのは、ゲレンデの想い出に決まってんだろ! 」
葉隠透、峰田実は揃って不安そうに反応する。
まことしやかに目撃例や報告例が増え続けている現象だった。
何かしらの映画の宣伝の前置きなのか……。本当に起きている出来事なのか……。
当事者となった事のない少年少女達にとって、不確定要素がもたらす毒は強く重いものだった。
沈んだ空気の中に、更に別の生徒達が近づいて声をかける。
加わった生徒は3人。
ピンク色の肌を持つ元気そうな少女 芦戸三奈(あしど みな)。
赤い髪が目立つ快男児 切島鋭児朗(きりしま えいじろう)。
クールそうに見えて粗暴な面も持つ少年 爆豪勝己(ばくごう かつき)であった。
「 やっと準備終わったぁ~。ソファー座らせてぇ。 」
「 爆豪!俺の荷造りの手伝いサンキューな。危うく荷物足りなくなるところだったわ。 」
「 るっせぇ!終わったんなら勝手にしてろ!
なんで俺がお前らと談話室 来なきゃなんねんだ!!俺の時間を返せモブども!! 」
芦戸三奈、切島鋭児朗に挟まれるような立ち位置で、爆豪勝己が談話室に加わった。
新たな顔ぶれの内、芦戸三奈が空いてるソファーに崩れ込む。
切島鋭児朗は、爆豪勝己を労っているような口ぶりでソファーの空きスペースを進めるが、余計なお世話だったらしい。
粗暴そうな少年はソファーの横で立ったまま不機嫌そうな表情をしていた。
『 怪奇特集!不可視の隕石現象!CMの後はカメラが怪奇の残滓に迫ります。』
『 謎の跡地……。クレーターには何が残されているのか……。』
場の空気が少しずつ変わりはじめる中、TVの都市伝説特集だけが調子を崩さない。
「 そういや この特番今日だったんだな。
……実在するにしても規模がデタラメ過ぎるだろ。お前の個性もスゲーけど、ここまでのクレーターにはならねぇもんな爆豪。 」
「 なめんな……。なるわ!! 」
「 爆豪 お前……。また腕をあげたのか……。俺も負けられねぇな。 」
TVで特集される都市伝説から、切島鋭児朗が話題を広げた。
広げた話題は爆豪勝己への流れ弾へと変わり、轟焦凍もまた会話に混じる。心なしか……。3人の様子は肝心な所で噛み合っていない。
「 褒めんな半分野郎。てめぇより俺の方が強ぇのは常識だ。 」
轟焦凍からの流れ弾で逃げ場を無くしたのだろう。
爆豪勝己は強い語気で反論した。
先程までの沈んだ空気は、すっかり鳴りを潜めており……。長身の少年 瀬呂範太の口角は僅かに上がっている。
「 お前ら本当に仲いいよな。お陰で和んだわ。サンキュー爆発太郎。 」
「 んだとコラッ?誰が爆発太郎だ?どういう育ち方してんだ?醤油テープ!! 」
数人の男子生徒がおこした波が、談話室の空気を温めていった。
その隙をついて、ピンク色の肌を持つ元気そうな少女 芦戸三奈がTVのリモコンを奪取する。
「 まあまあ、辛気臭い番組は無し。チャンネル変えるよ?何にする? 」
「 三奈ちゃん ナイス! 」
芦戸三奈がおもむろにTVのチャンネルを変えると、葉隠透が称賛の声を上げた。
『 奇跡の芸術家。無個性のクリエイター……。オキュラスの登場です!』
前衛的な芸術を造るクリエイター。オキュラス。
自他ともに認める無個性だが、機械的なフルフェイス型の特注ヘッドギアが神秘性を強める。
機械的な特注ヘッドギアは、オキュラスの頭部の上半分を覆い隠しており、外部に露見しているのは口元だけである。
これまでに携わった芸術は星の数を超えるとまで言われ……。今も尚、新たな美を世に撃ち出し続けている無個性のカリスマ。
この日の番組では、巨大な鉄橋の隣に流水で造られたスクリーンを用意して、幻想的なナイトムービーを上映していた。
『 やはり創造通りだ……。美しい!!ウォーターウォールスクリーンは……。……成功だ。』
声には感情が乗っている。
川沿いの土手から川の中央に伸びるようにして設営された特設会場から、今日の成功を一望する。
オキュラスの頭部を覆うヘッドギアの中でも、調度、眼の位置にあたる箇所で、円環のような形状の光の単眼が1つ輝く。
光の単眼が目立つ特注ヘッドギアから露見している口元は、無邪気な笑みを浮かべており頬には涙のようなものが流れていた。
自己の世界に入り込んでいそうなオキュラスに、女性アナウンサーが近づきマイクを向ける。
女性アナウンサーは一言二言のやりとりを行うと、今回の成功を讃える趣旨の声掛けをして、オキュラスの分のマイクを手渡した。
流れのままに、1つの締めくくりとしてコメントを求める。
『 それではオキュラスさん。TVの向こうの視聴者にコメントをお願いします。』
『 俺には……。今までも、そしてこれからも心に決めている事がある……。無個性の中で最も最たるエンターティナーとしてあり続ける事……。
俺が創る全ては、これからも君達の全てを明るく照らすだろう。』
ヘッドギアで素顔を隠した芸術家は、意気揚々とカメラに向かってコメントを続けた。
いつの間にか、右手にはマイクが握られている。
彼が話すコメントは、オキュラスとしてのエンターテインメントを締めくくる口上として、お馴染みのものであった。
『 創造を絶する全てを君に……。いつも応援ありがとう!』
多くのファンに感謝を贈り、まだ見ぬ作品の存在を示唆したかのようなコメントである。
『 本当に素敵なエンターテインメントでしたね。
……エンターテインメントといえば、まだ他にもあるんですよね?オキュラスさん!』
女性アナウンサーは、タイミングを改めて別の話題を切り出す。
『 ああ!もちろん!』
『 さっそく告知をお願いします。』
『 今夜の俺からの重大発表は……。これだ!!』
オキュラスの後方で、複数台の無人小型航空機が飛び交っており何かしらの文字の形を成していく。
カメラがそれらの文字を画角におさめた。
『 オキュラスさん!!これって……。』
『 見ての通りさ。今年のWARPフェスに参加する事が正式に決まった。……今 決まった!』
女性アナウンサーとオキュラスによってWARPフェスの成り立ちや開催期間、フェスの会場等が紹介されていった。
諸々の説明が成されると、番組も後半に差し掛かっていたのかCMに切り替わる。
「 なあ。WARPフェスて……。 」
切島鋭児朗が目を丸くして声を上げた。
「 私達も明日から参加する……。あのフェスだよね?相澤先生言ってたっけ? 」
「 参加者については大まかにしか話てなかったと思う。にしても凄いな……。 」
葉隠透と尾白猿夫も続く。
「 たぶん、渡された資料の中にあっただろ。参加者一覧……。 」
「 マジかよ。さっすが轟!オイラを待ってるロマンスが可能性を広げてきたんじゃねぇか!?
オイラが知らないだけで、もしかしたら、あんな人やこんな人とも合法的に合える可能性があるって事だろ? 」
「 峰田……。お前、変な事するなよ? 」
轟焦凍、峰田実、瀬呂範太も会話に混ざった。
「 変な事?オイラが変な事するわけ……。ないだろ!? 」
「 最悪の場合アレだぞ?峰田……。
もぎたてヒーロー・GRAPE JUICE(グレープジュース)はWARP不参加な。 」
峰田実が緩んだ表情で話す数々の言葉に、瀬呂範太が言葉で釘を刺す。
「 オイラを止められるのは冬のロマンスだけなんだよなぁ!!
今のうちに……。参加者リスト見てくる!!止められるもんなら止めてみろ テーピンヒーロー・セロファン!! 」
「 峰田おい。待てって!ったく……。 」
ブドウのような頭の小柄な少年 峰田実が談話室を後にして駆けだすと、瀬呂範太もまた追従した。
騒動の後に残された数秒の静けさを、ソファーに崩れている少女が切り崩す。
「 けどさ……。峰田じゃないけど、アタシも楽しみだなぁWARPフェス。
参加者の資料しっかり見てなかったけど、意外な人が参加予定だったりして。 」
ピンク色の肌を持つ元気そうな少女 芦戸三奈である。
「 私も気に成って来ちゃった。見てこようかな。 」
透明人間の少女 葉隠透も触発されたようで続けた。
「 葉隠、アタシらも見に行こうよ。 」
程なくして、2人の女生徒もまた自室に戻っていた。
談話室に残された生徒の1人、切島鋭児朗が口を開く。
「 少なくともプロヒーローで参加が決まってるのはオールマイトだよな。 」
「 そうだね。
1年A組の担任の相澤先生も引率だから……。イレイザーヘッドも確定だね。後は会場付近専属のローカルヒーローと……。 」
尾白猿夫が応答した。
「 無個性の芸術家とプロヒーロー達が一同に会するイベントか……。
さっきの特番の説明通りだと、オキュラスが参加するのは俺たち 1-Aと同じ会場だろ?俺も今日はあまり眠れる気がしねぇな。 」
「 1-Aと 1-Bは参加する会場が違うんだよね。
今年のWARPの会場は5箇所の地域で、日程をずらしながら開催するみたいだし、スケジュールの出だしを盛り上げる意味合いもあるんじゃないかな。 」
2人の少年の会話はWARPフェスの全容に触れていく。
そんな中、クールな少年……。轟焦凍が身近な出来事を思い起こした。
「 そういや、俺の親父も呼ばれてたらしい……。 」
轟焦凍の父親はプロヒーローの中でもトップクラスの実力を持つ。
炎の個性《ヘルフレイム》を自在に操る現在のNo.1ヒーロー・エンデヴァーである。
「 ……けどなんか参加を見送るって言ってたな。別件で立て込んでる感じだった。 」
轟焦凍が口にしたのは、身近な大人たちの動向の一端のようだった。
エンデヴァーがNo.1ヒーローとなったのは最近の出来事である。
以前は、No.1ヒーロー・オールマイトとNo.2ヒーロー・エンデヴァーが肩を並べてヒーロー社会で多大な影響力をもたらしていたのだ。
「 オールマイトも忙しそうだし、やっぱ現役のNo.1ヒーローってスケジュール調整って大変そうだよな。
爆豪、お前もエンデヴァーの事務所でインターンしてきたんだろ? 」
切島鋭児朗は轟焦凍に応答した後、更に続けた。
会話の方向性は、現在のNo.1ヒーローと会合した事のあるもう1人に向けられたのでありる。
「 お前からみたエンデヴァーってどんなだったんだ? 」
「 エンデヴァーも個性の扱いがやべぇ。コイツの……。半分野郎の親父は間違いなく今のプロヒーローじゃNo.1だった。 」
爆豪勝己の落ち着き払った主観が述べられる。
談話室で話を聞いていた3名は、爆豪勝己からの意外な物言いに少しだけ驚いているような様子を見せた。
特に驚いていたのはエンデヴァーを父親に持つ轟焦凍のようだった。
「 爆豪……。お前……。 」
「 勘違いすんなよ半分野郎。俺はオールマイトをも超える圧倒的なNo.1を目指す。
てめぇの親父んとこで、俺が得られるもんを得ただけだ。……通過点を見に行っただけだ。 」
爆豪勝己の発言から静かな闘士が垣間見えた。
談話室のTV番組は誰も視界に入れておらず、すっかり環境音として定着している。
程なくして、寮内の男子部屋の方角から誰かが近づいてくる。
男子部屋の方学から近づいて来たのは、眼鏡が特徴的な生徒であった。
ホームルーム等でWARPフェスでのスケジュール等を決める際に進行を任された人物……。飯田天哉である。
「 皆まだ起きてたのか。そろそろ休まないと明日は移動初日だぞ。 」
場に加わってから、開口一番に口を開いては消灯時間が近づいている事を主張する。
談話室に集った5人が各々に反論や弁論を交差させる中、それを横目に別の1人が人知れず談話室の横を抜けていった。
談話室を通り抜けた少女は寮の玄関の扉を開ける。
少女が玄関から外に出ると、外はすっかり暗く静かに成っていた。
夜が少しずつ進んだ頃合い、少女は1年A組の寮に向かってくる誰かに目を向けた。
「 麗日さん(うららか さん)? 」
「 デク君。 」
寮の玄関に向かって来たのは、少年・緑谷出久(みどりや いずく)。
寮の玄関で待っていた少女は、麗日お茶子(うららか おちゃこ)であった。
「 麗日さん……。こんな時間にどうして。 」
「 ごめん……。なんか、その……。普段なら今くらいの時間、寮にいるのに珍しいなって。 」
「 明日から雄英を少し離れるから、壊理ちゃん(えり ちゃん)の様子見に行ってたんだ。
そのついでに少しだけ走り込みもしようかななんて。……心配かけてごめん。 」
数か月前、緑谷出久はオールマイトの知人サーナイトアイの事務所で、秋のインターン活動を行った事があった。
その時に行ったプロヒーローとの合同作戦で、裏社会組織の死穢八斎會(しえはっさいかい)と戦い……。
苦境の中で保護し、救った子供が死穢八斎會組長の孫娘・壊理だったのである。
壊理の個性は当人でも制御ができない程に強力過ぎる為に、死穢八斎會の若頭だったオーバーホールに悪用されていたのだ。
現在は雄英高校で保護されており、個性の扱いを少しずつ学んでいる。
緑谷出久と麗日お茶子は、自然と寮の玄関の石段に腰を下ろして続きを話した。
「 少し離れるから壊理ちゃんの事が心配だったけど……。先輩たちも交代で見てくれてるし大丈夫そうだったよ。 」
「 そっか。 」
寮の中の談話室の方はまだ少しだけ騒がしい。
「 ……。 」
「 ……。 」
この日の夜間の風はとても静かだった。
「 ……あの、麗日さん。 」
「 んん……?何?デクく……。 」
少年が少女に話題を切り出そうとした時……。事は起きる。
「 緑谷君に麗日君……。君達もまだこんな所にいたのか!夜更かしは良くない明日に備えて休むべきだ!WARPフェスの準備は忙しいぞ! 」
寮内の喧騒と足音が玄関の扉を開け放つ。
クラス委員長であり生真面目な空気を前面にまとう少年 飯田天哉の声が寮内で猛威を振るった。
1年A組の生徒達に迫る新たな戦いが始まる前夜は少しずつ、それでいて確実に時を進めていく。
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-某所-
雄英の生徒たちが翌日から始まる非日常に心を馳せているのと同日。夜間。
どこかしらに在る豪華絢爛な薄暗い大広間では、蝋燭が灯るシャンデリアに照らされた数人が会する。
人数は6人。
いささか地味なビジネススーツに身を包む3人の青年に、1人の老紳士が何かしらを伝えていた。
残る2人の若者は老紳士の側面に立ち、微動だにしない。
3人の青年達に指示を出す老紳士の立ち姿は畏怖堂々としており、低く唸るような声を発する。
「 手筈通りに進めてくれ。何をするか覚えているな? 」
「 もちろんさ。俺たちに任せてもらって万事!問題はない。
狙うのはWARPフェスに招待されるヒーロー……。今回の大穴は平和の象徴……。そうだろう? 」
「 それでいい派手に頼むぞ。Propman(プロップマン)。 」
暗がりに紛れて全体が見えない者たちの会話が不穏そうに響く。
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~現代編 舞台で【裏】~
-東北の地方都市・WARPフェス一般公開日前日-
会場周辺でアナウンスが流れる。
『 季結市(きけつし)にようこそ。冬の祭典 WARPフェス第一会場では、今後開催される各地のイベントの先駆けとして……。』
会場の至る所に設置されたスピーカーや、小型無人航空機のマイクロスピーカーから案内のガイド音声が流れる。
音声は定期的に流れているようで、一般公開日当日と遜色のない活気と雰囲気を漂わせていた。
市街地から離れた地域のスキー場では、数人の雄英生徒が山頂からスキー板やスノーボードで滑走する。
スノーウェアの上から雄英と記載されたゼッケンを身に着けている生徒は、ゲレンデのコース造り要員として活動を行っていた。
初級者・中級者向けのコース作成では、コースをガイドするポールやネットを設置し……。
上級者向けのコース作成では、樹氷の間を走り抜けるオフロードコースの下見等を行っていく。
ゲレンデの上空では飛行移動が可能な生徒やプロヒーローが、コース作成を行う要員への指示やサポートを行っている。
市街地では、物産展のブース作成やイベント全体の案内所に用いる天幕の設営が進められた。
1年A組の面々が参加したのは、この日の午前中からである。
昨日に前入りして雄英用に設けられた施設で宿泊し現在に至る。
個性の扱いに長けた人員の活躍により、当初の予定よりも速やかにWARPフェス第一会場は形を成していった。
時間は瞬く間に過ぎていき、昼食の時間が訪れる。
イベント用のイートエリアからは、空腹を促す香りが漂っていた。
ご当地の食材を利用した暖かい料理が、いくつも用意されており1年A組の面々は表情を明るくする。
雄英の活躍は目を見張るものがあったようで、残りの会場準備は現地の人とプロヒーローのみでも問題が無いようだった。
急遽、午後からは観光の時間が確保され、1年A組の面々は自由時間を謳歌する事となる。
「 ……そんな訳だ。雄英生として規律を持ちながら有意義な時間を過ごすように。
自由時間といっても、まだ設営を行っている方々もいる。邪魔に成らないように行動する事。ハメは外しすぎるなよ?それじゃ夜まで解散……。 」
引率していた担任教師の相澤消太が午後のスケジュールを伝達すると1年A組の面々は、季結市の観光に乗り出した。
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地域の主要道路を3人の人影が歩く。
緑谷出久、爆豪勝己、オールマイトの3人である……。
WARPフェスへに参画する形で招かれた雄英の生徒2人と、かつてのNo.1ヒーローだ。
主要道路には街路樹が並んでおり、どこまでも真っ直ぐに伸びる道に追従するようにして立っている。
街路樹は夜間に成れば姿を変えるのだろう。
それぞれには電飾が施されている。
辺りの景色で人通りは無い。
既に概ねの準備が終わった地域の為、作業要員としてのヒーローや作業員の立ち入りが少ない地域となっていたのだ。
周囲の状況を加味したからなのか、オールマイトが静かに語り始める。
「 WARPフェスに君達と来る事に成るとはな。
次代を作る君達と参加できる事を嬉しく思う……。 」
かつてのNo.1ヒーローの姿は今となっては、まともに戦えない程にやせ細っている。
目の堀さえも骸骨さながらに深くなったオールマイトの声は、見た目の反して逞しく腰を据えているようだった。
「 緑谷少年、爆豪少年……。君達は私とオールフォーワンの戦いについて話したことがあったね。
だからこそ、今回、私達が参加する事となったWARPフェスや……。そのルーツについても話しておこうと思ってね。 」
オールマイトから語られる過去の戦いの一端が垣間見える。
「 ………………。 」
「 WARPフェスがオールフォーワンと関係している……。そういう事ですか? 」
爆豪勝己は鋭い表情を崩さないまま沈黙し……。
緑谷出久は過去の出来事との関連性に注意を向けている様子だ。
2人の少年の反応を見届けるようにして、オールマイトは小さくうなずくと、ゆっくり語り出した。
「 2人にはいろいろ知らせているから話すけど、かつて日本全体がオールフォーワンの支配下にあった頃……。
私は各地のヴィランの拠点で戦った。 」
時折、辺りを見まわしながら、それでいて落ち着いた空気を崩さず過去の出来事を話す。
「 その影響は時に壮絶な爪痕を残す事もあったんだ。この辺りもそうだったよ。
オールフォーワン傘下の、吹雪を操る個性のヴィラン・アイスエイジが支配下においていた地域の1つでね。 」
それは過去に現実だった戦いの歴史の断片……。
各地猛威を振るう数多のヴィラン達、それらを束ねて統率する大物ヴィラン。
雪深い積雪が観測される事も珍しくない《この地域》では、氷塊を巻き起こす個性のヴィラン・アイスエイジが多大な影響力を持っていたのだ。
東北の地方都市である季結市においても、日本の暗黒期は例外ではなかった……。
ヒーロー達の幾度かの戦いや、警察や自衛隊による調査と偵察活動により、これらを打破したのである。
「 拠点を落とすまでに、街にも被害が及ぶこともあったんだ。
戦いの後に残されるのは、日常から大きく切り離された環境に取り残される市井の方々だった。 」
オールマイトは2人の少年に語り続ける。
「 WARPフェスの成り立ちは、そんな人々に手を差し伸べる《きっかけの一環》だったんだよ。
次代を作る君達と参加できる事を本当に嬉しく思う。 」
かつての戦いを知る英雄の顔は空の方を向いており、物思いにふけっている様子だった。
少年・緑谷出久が真剣なまなざしで口を開く。
「 成り立ちについては、大まかには知ってたつもりだったけど……。
実際にここでそんな事があったなんて……。 」
ヴィランの爪痕を払拭する為の、過去の出来事……。
地方活性化としての側面が強いWARPフェスの大まかなきっかけには、今となっては想像も出来ないような戦いが隠されていたのだ。
ヴィランの中でも屈指の悪のカリスマ……。悪の帝王としも畏怖されるオールフォーワンの存在が鉛玉のように鈍く光る。
暗黒期とまで呼ばれた過去の日本では現実として、悪のカリスマの影響を受けたヴィランが闊歩していたのだろう。
「 湿っぽい事で呼び出してすまなかったね。 」
「 ……まったくだ。センシティブな話なんて俺には関係あるか。
俺はあんたを超える圧倒的なNo.1ヒーローになる。何があっても、クソみてぇなヴィランの好きにさせるつもりはねぇ。 」
「 爆豪少年……。 」
「 安心して隠居してろ。 」
冬の乾いた季節に拍車をかけるような過去の出来事を1人の少年が言葉で吹き飛ばした。
幼少の頃よりNo.1ヒーロー・オールマイトに憧れ、自身の能力を高め続けた少年・爆豪勝己の言葉が炸裂したのだった。
「 僕も……。あなたが……。オールマイト達が紡いだ今の世界を護る為に力を尽くし続けます。 」
「 緑谷少年……。 」
オールマイトと爆豪勝己のやりとりに触発されたのか……。緑谷出久も力強く応えた。
かつてのNo.1ヒーローの目には、感情を動かした時に現れる滲みが揺らいだ。
2人の少年の姿が、寒空の下でも太陽のように煌めいたかのように映ったのだろうか……。
戦いの歴史と共に未来を託したかのような分水嶺である。
「 いや、本当にすまないな。貴重な若者の時間を奪ってしまって……。せっかくの観光の時間だ。
思いっきり楽しんで来ると良い。 」
英雄からの言葉を受け取って2人の少年が歩き出す。
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-スキー場に続く道の近くにあるWARPフェス会場の一角-
近辺には土産屋が乱立しており、複数の飲食店が散見される。
土産屋の中を1人の雄英生徒が散策していた。
「 お客さん それ気に入りました?沢山みていってくださいね。 」
接客を受けたのは轟焦凍である。
片手に握られていたのは、ご当地マスコット《森林限界ちゃん》のストラップ。
ストラップはキャラクターの名称通り、近隣の雪山を模した見た目となっており、頭頂部は白い雪、その下は青々とした緑が洋服のようにデザインされていた。
緑の洋服のような山の中腹部分はセーターのような生地があしらわれている。
「 触り心地が良いな……。 」
クールな少年は別のマスコットキャラクターのストラップにも手を伸ばした。
《活火山おやじ》……。頑固そうな表情が印象的で噴煙が髭のようにデザインされている。
山岳系マスコットシリーズを幾つか見繕ってレジへと持っていく。
「 すみません。コレをお土産で、後はそっちのお菓子を一緒に発送でお願いします。 」
「 まいど!ありがとうございます。 」
クールな少年が土産を選び終えて店をでる。
街の何処かで騒動が起きたのは直ぐ後の事だった。
何者かの悲鳴と喧騒が聴こえる。
「 ヴィランが出たぞ! 」
騒動の方角からは大勢の人達が走り去っていった。
クールな少年は即座に個性を使用して現場に向かう。
轟焦凍の個性は《半冷半燃(はんれいはんねん)》。
クールな少年の外見的な特徴に比例しており、白髪が目立つ右側は氷を生みだす事ができ、赤髪が目立つ左側は炎を発生させられる。
氷を操る母型と炎のエキスパートである父・エンデヴァーの両方の個性が混ざり合った希少な性質を使いこなせるのだ。
轟焦凍は氷の個性を使い現場に向けて滑走した。
同時に炎の個性も利用して、推進力を向上させては加速していく。
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騒動の中心になっているのは、最近になって近隣で被害を拡大させている3人組だった。
「 何がWARPフェスだ。俺達が今から絶望の社会にワープさせてやるぜ!
……気ままに暴れるぞ!ミストガラント!ソルトピース! 」
《Propman(プロップマン)》
ビジネススーツ姿をトレードマークとした3人組の青年。
紺色のスーツは、霧でできた大きな手を操る個性を持つミストガラント。
臙脂色(えんじいろ)のスーツ姿は、塩を弾丸へと変える個性を操るソルトピース。
灰色のスーツは、リーダーを務めるライトドレイプ。
季結市の中央にある円形のロータリーに囲まれた広場で、無法者達が猛威を振るう。
3人のヴィランは身軽な立ち回りで無差別に破壊活動を始めた。
「 ヒーローが集まる平和の祭典に仕掛けてきたか。バットしかし!貴様らに勝ち筋はないぞヴィランども……。 」
即座に駆け付けたのは、ローカルヒーロー達である。
近隣で著名な事務所のプロヒーローがヴィランの対処に乗り出す。
真っ先に現着したヒーロー達も3人……。
バットガイ……。星型のバイザーと紳士然としたみなりを特徴としており、超音波サーベルを携行する蝙蝠(こうもり)の獣人ヒーロー。
バンブーロード……。竹を操る絶対君主。竹林の壁はあらゆる非道から弱者を護る。
キャットスタンプ……。掌打を行うと現れる肉球型の捺印で相手を脱力させる。バットガイ事務所のサイドキック兼、近隣の女子大生。
「 バンブー!キャット!気をつけろ。相手はプロップマン……。ライトドレイプの個性は全容が不明だ。 」
バットガイが上空から指示を飛ばして、ライトドレイプ目掛けて滑空する。
急降下の後に上空に蹴り上げるが、灰色のスーツとの間に霧が侵入して攻撃は届かない。
「 残念だったなバットガイ。私の霧が攻撃を防ぐのさ。簡単にはリーダーに触れさせられないなぁ。 」
紺色のスーツ、ミストガラントの個性が妨害に入ったのだ。
3人のヒーローと3人のヴィランの戦いは混戦していく。
戦いが始まってから数分も経過していない間に戦況は変化を見せる。
3人だったヴィランの数が、いつの間にか増えていたのだ。
プロップマンのそれぞれと瓜二つの黒い影のような存在が2人ずつ増えているのである。
ヴィランの数が増えた事でヒーロー達は劣勢に立たされる。
ライトドレイプ、ソルトピース、ミストガラントのそれぞれに酷似している黒い影が2人ずつ混戦に紛れて暴れているのだ。
「 何これ……。ヴィランが増えた?バットさん、ロードさん これって……。 」
「 ライトドレイプの個性か?多勢に無勢やもしれんが、それでも拙者の竹林は!平和を護る! 」
9人のヴィランに 3人のヒーローが心を折られる様子は無いが、悪意の侵攻に手を焼いていたのは確かだった。
戦いの音が激しさをます最中、ロータリーから離れた路地裏に1人の人間が辿り着く。
1人の人間は、頭部に特徴的なヘッドギアを装着している。
WARPフェスに招待された人物でもあり、無個性の中でも著名な人物……。オキュラスである。
ヴィランたちが暴れた後に路地裏まで駆けて来たようで、ビルの壁を背にしてよりかかっていた。
オキュラスが静かに呼吸を整えていると何者かが近づいていく。
足音も人影も2人分……。
無個性の著名人へと近づいていくのはロータリーでヒーロー相手に猛威を振るっていた人物たち……。
「 君達は……。 」
「 お初にお目にかかる 私の事はミストガラント……。そう読んでくれて構わない。 」
「 ソルトピースだ。ここからは一緒に来てもらう手筈に成っている。 」
路地裏に現れたのは紺色のスーツと臙脂色(えんじいろ)のスーツ。
灰色のスーツのリーダーの姿は見当たらない。
3人組のヴィラン、プロップマンの2人が路地裏の行き先をふさぐようにしてオキュラスに迫る。
静かに移ろう乾いた風の中で、別の誰かが声を発した。
「 何を……。してるんですか? 」
路地裏の片側、オキュラスに迫るソルトピースの後方で緑色のオーラをまとう少年が現れる。
「 勘違いだったらすみません。
そこにいるのは今回のフェスに参加予定のオキュラスさん……。ですよね? 」
緑色の癖毛がかった頭髪が風にゆれた。
「 ヒーローごっこは余所でやるんだな。塩の弾丸で身体に穴を開けられたいか? 」
臙脂色のスーツの青年が、片手の四指の間に挟み込んだ3つの白色の球を見せつけて、少年に威圧する。
数秒の沈黙を破って、ソルトピースが動いた。
「 ……くたばれ。 」
白色の球を裏拳を繰り出すような要領で前方に放り投げたのだ。
3つの白色の球は少年目掛けて撃ち出される。
少年は目にも止まらぬ速さで飛び上がり、ビルの壁を蹴っては攪乱した。
立体的な軌道で距離を縮めると、少年の片手から黒色の鞭のようなオーラが伸びる。
黒色の鞭のようなオーラが、臙脂色のスーツの青年を捉えようとするも、霧の手によって妨害されてしまう。
霧のような手は黒い鞭先を殴り飛ばして、流れるような動きで臙脂色のスーツの青年を掴み上げた。
「 早まるなソルトピース。コイツは たぶん雄英の生徒だ。 」
霧の手を使いこなす紺色のスーツ。ミストガラントがソルトピースを自身の隣まで移動させた。
ミストガラントが警戒の色を強める。
少年は、この隙を逃さない。
ミストガラントとソルトピースの2人が同じ位置にまとまった瞬間、オキュラスとの間に割って入り自身の身体を盾にして身構える。
オキュラスが小さく呟く。
瞬く間に変遷していく状況に驚いているのか……。右腕を左手で軽く抑えながら、少ない言葉で呟いた。
「 君は……。いったい。 」
「 怪我はしていませんか?
オキュラスさんですよね。僕は雄英高校ヒーロー科、ヒーロー名・デクです。 」
「 ヒーロー・デク……。 」
「 もう……。大丈夫。ここは通しません。 」
少年・緑谷出久は、1人のヒーローとして……。デクとして臨戦態勢を崩さない。
「 とんだ邪魔が入ったな。ソルトピース……。好きに撃て。私が援護しよう。 」
「 言われなくても!暴れさせてもらう!勝手に援護しろ! 」
霧の掌に乗った臙脂色のスーツの青年が、立体的な軌道で空中から弾丸を撃ち出す。
デクの反撃は、もう片方の霧の手が防御に回る事で不発に終わってしまう。
「 避けてばかりじゃ勝てねぇぜヒーロー! 」
ソルトピースが流れるように撃ち出す白色の弾丸が、デクが操る黒い鞭とぶつかって砕けた。
砕けた欠片が不意にデクの口元に付着する。
「 しょっぱい……。あの白い球は食塩? 」
「 なめたら わかるよな。……俺の個性は塩の弾丸。まあ、種明かししても状況が好転するもんでもねぇがな。
さてと……。弱点見つけたぜ?ヒーローさん。 」
ソルトピースがデクとは異なる方に塩の弾丸を撃ち出す。
塩の弾丸が迫る方角にはデクではなく、オキュラスの姿があった。
デクは咄嗟に黒い鞭を伸ばすが、霧の手がこれを殴り飛ばしてしまう。
「 くっ……。間に合え……。 」
数秒にも満たない攻防だった。
弾丸がオキュラスに当たらないように……。少年が身を挺して間に入った。
着弾音が響く。
しかし、塩の弾丸がデクに命中する事はなかった。
塩の弾丸は、突如として出現した氷の壁に阻まれていたのだ。
氷の壁を発生させた人物はデクの後方から、オキュラスの横をすり抜けるようにして現れる。
「 また、こんな狭い所で戦ってんのか……。無事か緑谷。 」
窮地にを救ったのは、氷を発生させられる右側と、炎を発生させられる左側の個性を併せ持つクラスメイト……。
「 とど……。ショート君! 」
「 アイツらヴィランだろ?そんでこっちはWARPフェスに招待されてる芸術家。
騒がしいと思って来たけど正解だったな。 」
《半冷半燃(はんれいはんねん)》の個性を持つクラスメイトが加わって戦況が変わり始める。
戦況の変化を察したのはデク達だけではなかった。
「 子供とはいえど、誉れ高い雄英の生徒が2人も揃ったか。私たちの手には負えんな……。
時間の浪費は状況の悪化に直結する。 」
「 本気で言ってんのか?子供2人だろ? 」
「 引くぞソルトピース。……リーダーと合流しよう。 」
ヴィランの1人が撤退を提案して、後方の退路を確認している時、新たな変化を起こる。
臙脂色のスーツの青年が早撃ちのような挙動で弾丸を撃ち出そうとしたのだ。
「 ただで戻んのも……。後味が悪いんでね。一発やべぇの置いてくぞ!! 」
これまで以上に凶悪な感情が乗った声で、塩の弾丸を撃ち出そうとした時、上空から飛来した誰かが迅速に強襲する。
「 死ねぇぇぇぇえ!! 」
まるで……。水天直下に飛来したかのような真上からの強襲。
クールそうに見えて粗暴な少年が掌からの爆発を利用して、空から路地裏に現れたのだ。
上空から飛来して、ソルトピースの眼前に現れると懐から小規模な爆発を利用した跳び蹴りを叩き込んだ。
飛び蹴りと殆ど同時に、更に小規模な爆発を発生させて軌道を変えると、もう1人のヴィランをも巻き添えにして主要道路の方に蹴り飛ばす。
掌から爆風を繰り出す少年は、蹴り飛ばされた2人のヴィランが路面に叩きつけられている間に、接近してダメ押しの爆風を浴びせた。
「 今だ半分野郎!氷で固めろ! 」
「 爆豪……。ああ任せろ! 」
「 かっちゃん!? 」
爆豪勝己が空中から現れた事で、ヴィランとの戦いは決した。
程なくして、周辺のプロヒーローも応援として到着する。
路地裏に現れた2人のヴィランが拘束されるのと同じように、ロータリーでの戦いも決していたようで……。
プロップマンと名乗るヴィランはプロヒーロー達に引き渡された。
ロータリーでの戦いはライトドレイプ1人と、6人の謎の影のような存在達。
謎の影のような存在達は、戦いの中で消滅してしまったらしい。
季結市で活躍するローカルヒーローを束ねる筆頭のバットガイが、事のあらましをデク、バクゴー、ショートに説明した。
「 子供とはいえ流石は雄英の生徒だな。危険な事に巻き込んでしまった。本当にすまない!!
バットしかし!同時に感謝もしている。ありがとう。 」
「 いえ、僕達は仮免ヒーローとして当然の事をしたつもりです。
蝙蝠の個性を持つバットガイとお会いできて光栄です。まさかWARPフェスに参加してお話できるタイミングが出来るなんて本当に嬉しくて……。悪い男しかし蝙蝠男を意味したダブルミーニングというか、トリプルミーニングは洒落が効いていて本当に格好良いなって。……でも実際は個性と剣術と足技を活かした独自の戦闘方法が凄くクレバーで救助においてもヴィランとの戦いにおいても……。 」
バットガイからの言葉に、緑谷出久は寸でのところでタガが外れたようだった。
プロヒーローに合えた興奮からなのか、いつものように情報の波で相手にペースを帰さない。
「 やめろナード。迷惑だ。 」
見かねた爆豪勝己が言葉で釘を指す。
先程の戦いの情報交換を終えたからか、この場の別の1人も会話に加わる。
「 キミ確か……。かっちゃん だよね? 」
「 ああ!? 」
「 聞いたよ。偉いね。爆発の個性を持ってるのに《ここでの戦い方》を気にかけてくれたんでしょ? 」
「 誰だ!? 」
「 あ……。ごめんごめん。あたしは猫手ニオ(ねこて にお)。
バットガイの事務所でサイドキックとしてヒーロー活動もする有望株です。ヒーロー名はキャットスタンプね。よろしく。 」
爆豪勝己に声をかけたのは、サイドキックの女性・猫手ニオだった。
猫手ニオの話す《ここでの戦い方》が気になったのか、緑谷出久が疑問を口にする。
「 あ、あの……。《ここでの戦い方》っていったい……。 」
「 山を見てみて。今の時期って雪山には積雪が多いから、ちょっとした破裂音や衝撃が雪崩をおこしかねないの。 」
「 そうか……。だから、かっちゃんは……。爆風よりも蹴りを主体にして……。流石だね かっちゃん! 」
「 そうだよね。キミもそう思うでしょ。雪国育ちじゃないのに本当に偉いよね! 」
積雪が見込まれる地域での二次的被害の可能性。
そこから来る戦い方の正体を知った緑谷出久が、猫手ニオと一緒になって爆豪勝己を褒め称える。
「 なんだてめぇら!やめろ気色悪ぃ!褒めんな! 」
騒がしさが増すかたわらでは、先程合流したオールマイトと担任の相澤消太がバンブーロードと話を進めていた。
ローカルヒーローの1人、バンブーロードは改めてのお礼を口にする。
「 重ね重ねではあるが、拙者達が逃してしまったヴィランの尻ぬぐいをさせて申し訳なかった。 」
「 いえいえ。こちらとしても、お役に立てたようで……。 」
「 ところで、被害状況は……。 」
バンブーロードからの言葉を皮切りにして、相澤消太、オールマイトが続く。
少しばかり時間が過ぎ、一段落がついたところでローカルヒーロー達がヴィランを連行していった。
陽が傾き始めており、この日も夜が近づいていく。
少年たちもまた、引率されて雄英用に工面された宿泊施設に移動する。
移動する道すがら、少年は荒事が終わった直後の事を思い出していた。
荒事が終わった直後……。
プロヒーロー達が合流する、ほんの数分前……。
ヒーローの戦いを見届けてお礼を口にする人物がいた。
その人物は戦いが起きていた真っ最中でも、自身の左手を右腕に宛がっていた人物。オキュラスである。
オキュラスはデク、バクゴー、ショートにそれぞれ礼を述べるが、デクにだけほころんだ口元で語りかけた。
「 個性は本当に素晴らしいね。 」
「 無個性なんですよね……。オキュラスさんは、それでも多くの人を元気づけてる。 」
「 俺は好きな事をしているだけさ。君は優しいな。そんなに若くても心根まで立派なヒーローじゃないか。 」
「 いえ、僕はまだまだ未熟で……。 」
「 謙遜しなくていい。
君とは初めて会うのに、既視感を感じる程に輝いていた。素晴しい事さ。それじゃあまた……。 」
バクゴーとショートが拘束したヴィランを警戒してプロヒーローへの引き渡しを待っていた間の出来事だった。
オキュラスは足早に立ち去り、その場を後にした。
少年・緑谷出久が、オキュラスとの会話の内容を思い出しているのと同じ頃……。
爆豪勝己が眉間にシワを寄せて呟く。
「 なんだったんだアイツら……。 」
脳裏に浮かぶのは、ヴィランとの戦いが決する直前に視界の端の方で映った人物たち。
ソルトピース達と交戦するよりも十数秒前の景色に何かしらの違和感を感じていた。
戦いの気配がする方に向けて空中を移動していた爆豪勝己の視界に映ったのは、一連の様子をうかがっていた双子の姉弟。
年頃は自分達と同程度……。
逃げ惑い戦いの場から離れる人と異なり、足を止めて戦いの様子をうかがっていたように見えたのだ。
視界に映ったのは一瞬だったが、まるでそんな風に見えた気がして妙にひっかかった。
気になって視線だけ動かして追いかけたが、その一瞬で件の双子を見逃してしまう。
見間違いか……。それとも……。
宿泊施設に移動する道中で、答えが出ない謎に苛立ちを覚える。
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-季結市内の某所-
ヴィランとの戦いが発生してから、程なくして……。
何処かしらにある薄暗い開けた部屋に、双子の姉弟が訪れる。
暗がりの奥には1人の老紳士が待っていた。
老紳士は双子の表情から何かを察したのか、礼を述べた。
「 全ては想定通りか。ご苦労……。ヨタ、ヨクト。 」
「 よろしいのですか? 」
述べられた礼に、双子の姉の方が質問を口にする。
「 良いのだ……。人が最も油断する瞬間は勝利を確信した直後と、何かをやり遂げた後……。事は円滑に進んでいる。
次を成せば象徴は変わる。我らで次代をヴィランの世界へと向かわせよう。 」
老紳士が優しく力強い声で告げると、双子は片膝をついて頭を下げる。
「 御意のままに……。 」
双子はこれから起きる出来事を拝命するかのように応答した。
刻一刻と何かが迫ろうとしていた。
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~事件勃発【夜の帳】~
-季結市内の某所・清流館-
緑谷出久、爆豪勝己、轟焦凍ら3人はプロップマンとの交戦を経て宿泊施設に戻っていた。
《清流館(せいりゅうかん)》……。季結市内で雄英の生徒達に用意された貸し切り型コテージである。
3人の生徒を引率したプロヒーロー・イレイザーヘッド兼担任教師の相澤消太とオールマイトは、清流館まで引率を行った所で直ぐに別室へと姿を移していた。
清流館へと到着したあたりで、オールマイトの電話がなったのだ。
コテージ内のリビングスペースに残された3人の少年は、流れのままに1年A組のクラスメイト達と合流を果たす。
リビングスペースに戻った3人に気がついたのか数名の生徒が集い、3人に労いの言葉をかける。
「 お前ら!聞いたぞヴィランと戦ったんだってな。誰もケガしてねぇか?
まあ、お前らなら大丈夫か……。よかった~。 」
真っ先に声をかけたのは、気だるげながらも奔放そうな少年 上鳴電気であった。
上鳴電気の発言を皮切りに、2人の少女も続いた。
「 無事でよかった。ウチらも今戻ったんだけどさ……。 」
「 観光中に連絡網が回ってきた時は本当に驚きましたけど、皆 自分達に何か出来ないか気にかけていましたのよ。 」
飾らない自然体な雰囲気を持つ少女 耳朗響香……。
立ち振る舞いが上品な少女 八百万百 である。
八百万百によれば、コテージに戻ってない生徒もまだ数人いるようだが、ヴィランと戦っていた3人以外とは連絡網が行き届いたらしい。
合流時間に差はあれど、直に全員が戻ってくるのだとわかる。
リビングスペースが賑やかになると、これに気がついたのか更に3人の生徒が奥の部屋から姿を見せた。
「 旅先でもヒーロー足りえるとは……。流石だな。 」
「 俺と口田(こうだ)もさっき戻ったばかりだ。ここにいない皆も、もう少ししたら戻るだろう。 」
この場に新たに加わったのもまた3人……。
烏にも似た頭部が特徴的な小柄な体躯の少年 常闇踏影(とこやみ ふみかげ)。
口元を隠したフェイスカバーを常用する大柄な体躯の少年 障子目蔵(しょうじ めぞう)。
岩石のような頭部を持つ無口な少年 口田甲司(こうだ こうじ)だった。
各々が無事を確かめて、知りうる情報の交流を済ませている間に、少しずつ1年A組の生徒がコテージに揃い始める。
1年A組の生徒の総勢20人が揃ってから、しばらくの時間が過ぎた頃だった。
担任教師の相澤消太から、緊急の知らせが提示される。
「 全員戻ってるな……。今年のWARPフェスだが中止が決まった。
会場の作業員や現地の民間人の殆どが避難した段階で、俺たちも季結市を離れる。緊急の措置で時間がない……。 」
突如として知らされたWARPフェスの中止。
生徒たちには伏せられていたが、あまりにも危険な状況が間近に迫っていたのである。
相澤消太が生徒達に、これからの動きを伝達している間……。別室ではオールマイトが、ある人物と通話しており詳細な情報共有を受けていた。
通話の相手は、塚内直正(つかうち なおまさ)。
警部でありオールマイトとも長い付き合いを持つ人物である。
事の次第は、プロップマンとの騒動が納まってから、少しばかり過ぎてからだった。
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-ある事件の捜査本部-
某所では、ある事件がきっかけで緊急で捜査本部が用意されており情報の洗い出しが進められていた。
事件の名は《不可視の隕石》。
世間では都市伝説として流布されていた事象である。
捜査本部では各部署への指示が飛び交っており、
塚内直正もまた急ぎの連絡として雄英高校で教師として勤務しているオールマイトに電話を繋いでいた。
日が暮れ始めるよりも少しばかり前……。
調度、プロップマンとの騒動が一段落を迎えようとした頃の事……。
塚内直正は、ある映像についての意見を求める為に、エンデヴァーを警察署の一室に招集していた。
「 忙しい中すまないエンデヴァー。今から見てもらう映像に映っている人物についての……。率直な意見が欲しい。 」
「 いいだろう。さっそく映像を見せてくれ。 」
2人は簡単な応対を行うと、部屋の中に設置されたモニターからノイズ交じりの映像を確認する。
映像の画質は、あまり良好とは言えないが淡々と事が進んで行く。
写されていた景色は某所の山林の方角をとらえており、自然こそ多い景色だが人の気配は無い。
塚内直正によれば、日本国の某所の深夜に発生した《ある出来事》の直前らしい。
程なくして……。人家の見えない山林の中で、何かが暗く冷たい光を一瞬だけ放つ。
直後の事だった。
映像に強いノイズが発生して、轟音が鳴り響く間 映像が乱れ続ける。
映像の乱れが納まる頃には、カメラに映る景色は大きく様変わりしていた。角度や向きも変わっているとはいえ、あまりにも異なる様相だった。
「 ……この映像は。 」
しばらく静観していたエンデヴァーでさえ驚きが強かったのか小さな声で呟く。
ノイズ交じりの映像では何者かの足音が近づくと、カメラが拾い上げられて真相の陰影が露見し始めた。
カメラを拾った者の声は高笑いを上げる……。昨今では著名な人物の声と著しく似通っていた。
「 素晴しい……。創造通りだ。
オリジナルは既に俺の支配下に置かれたと言っても良いだろう。次代の象徴は……。俺だ……。 」
声の主は自身の姿を写さずに、カメラが写す画角をゆっくりと動かしていく。
高揚感で彩られた声は尚も語り続ける。
「 今の映像を見ているのが誰かは知らないが……。俺は今と同じ事を、WARPフェスで行うつもりだ。
どういう意味で、何が起きるか理解できるかな?是非、考えてみてくれ。 」
映像のノイズは時間の経過と共に強くなっていく。
砂嵐が混じりながらも、最後にある人物が自分自身をカメラに写して素顔を見せる。
「 創造を絶する全てを君に……。いつも応援ありがとう。 」
その人物は……。
昨今では素顔が不明ながらも無個性の中でも著名な人物として知られていた。
その人物の素顔に……。
塚内直正とエンデヴァーは見覚えがあった。
かつて、アイスエイジと呼ばれたヴィランが猛威を振るっていた頃の記憶が蘇る。
「 塚内(つかうち)……。コイツは……。生きていたという事か?だが……。 」
「 その通りだ。アイスエイジの拠点に常駐していたヴィランが生き残っていた事に成る。
ヴィラン名・ドーマー……。彼は今ままでオキュラスとして あえて社会に露出する事で過去の自分を隠していたんだ。 」
「 奴の遺体は見つかり死亡扱いとなっていた筈だ。
拠点が焼け落ちた後、瓦礫から遺体が見つかった……。当時の記録に誤りがあったとでも言うのか? 」
「 見つかったのは炭化した右腕だけだエンデヴァー……。
それに、少なくとも当時の彼を知るキミの目を持ってしても本人である可能性が高いと思えたのなら。
一番の問題は《不可視の隕石》現象を彼が人為的に発生させた可能性が拭えない事だ。 」
当時……。
アイスエイジの拠点が戦いの中で焼け落ちた際に、警察の機動隊、自衛隊、ヴィランの双方に被害が発生していた。
拠点の消火活動が済んでから発見された多くの中に、オキュラスと同一人物と思われるドーマーの片腕が残されていたのである。
炭化した片腕を用いた検査によってドーマーとしての断定が成された為、その段階で事故死として処理が成されていたのだ。
当時の検査は慎重に行われた事も有り精度が限りなく高く、万が一の取り違いや検査ミスは考えられない。
疑問点は他にもあった。
もしも、片腕を失ってもドーマーが生きながらえていたとしても……。オキュラスに片腕の欠損は見られないのだ。
そして、最大の問題点は……。
手段が不明瞭な《不可視の隕石》現象である。
「 奴の個性を覚えているか?塚内……。
記憶では映像程の威力などとは程遠い個性だった筈だ。 」
「 記録によれば個性は《虚像》……。
掌から発生させた鏡上の円環から目視したものをコピーのように投影する事ができる。自発的に強い衝撃を出せる類では無かった。
奴自身の交戦記録は少ない部類に入る以上は、我々の認識が謝っている可能性はゼロでは無いか……。 」
ヘッドギアを外したオキュラスの素顔はかつてのヴィラン・ドーマーに酷似していたが、片腕の欠損は確認できず……。
個性も当時のものと異なるような能力を持っている可能性がうかがえた。
もしくは……。外見だけが似ている、模倣している何者か……。
模倣するにしても、生死の状況が公表されていないヴィラン・ドーマーの外見をなぞる理由も検討がつかない。
特定の地域で多くのヴィランを率いていたアイスエイジ程の知名度を持っているのなら、頷けるが他者が模倣する意図が掴めない。
他の可能性として、個性を後天的に与えられるヴィランによる影響が検討された。
「 まさか……。オールフォーワンが?いや……。 」
「 塚内……。この映像だけではわからん事も多いが、確実な事がある。 」
塚内直正の小さな呟きは、エンデヴァーの耳に届いていないようだったが今後の行動に直結しうる提案が形を成す。
「 確実な事はWARPフェスに危害が加えられる可能性がある事だ。俺の方でも直ぐにでも動こう。
万一に備えて、調査の継続と雄英に急ぎの連絡を入れた方が良いな。 」
かつてのヴィランの袂に潜んでいた悪が鎌首をもたげたのか……。
はたまた新たな難敵の出現なのか……。
現段階で断定できるのは……。《不可視の隕石》現象を発生させる手段が人為的なものであるという事。
……それだけだった。
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-季結市内の某所・清流館-
辺りは暗くなっており、月の光が路面の積雪に反射して青白く輝く。
昼には見られない青白い輝きは、霊的な神秘と底知れない不気味さを煽っているかのようだった。
コテージの外では雄英生徒20人が、帰り用に手配されたバスに乗り込もうとしていた。
手配されたバスの中腹にある積載部分には、生徒たちの荷物が速やかに積み込まれている。
オールマイトが動向を見守る中、バスの運航を管理するロボットが生徒たちから荷物を預かって、無駄のない動きでバスの収納に積載していく。
荷物が整頓されている間……。出発まで時間を持て余した生徒が各々に心情を口にした。
「 あ~あ。昨日来たばかりなのに、もう帰る事に成るなんて……。私もっとスキーしたかったな~。 」
「 仕方ないよ葉隠さん。それに、たぶん俺達よりも地元の人達も辛いだろうし……。 」
「 僕らはプロじゃないからね……。今は従うしかない。それで良いんだよ。 」
葉隠透、尾白猿夫、青山優雅の3人であった。
全員分の荷物が積み終わると、担任教師の相澤消太がバスの近くで待機していた生徒達に声をかける。
「 滞在期間は短かったが、しっかり清掃されていた。ご苦労。
よし……。俺達も移動を開始しよう。 」
生徒たちが行ったコテージ清流館の施錠や清掃などの確認を調度、終えたところだったようだ。
既に近隣住民の避難は大部分が済んでおり……。
雄英の生徒20人と引率の2人、相澤消太とオールマイトが避難を開始する頃合いになっていた。
数名の生徒がバスに近づこうとした時……。
「 皆!伏せろ! 」
何かが衝突してバスを横転させる。
相澤消太が叫ぶよりも僅かに早く、横転したバスが雪上を数メートル程スリップして吹き飛んだ。
車体が爆発する事は無かったが、どう見繕っても乗れる状態では無くなっている。
20人の生徒の中で動揺が広がった。
辺りはことさら暗くなっており、月の光が路面の積雪に反射して妖しく輝く。
日常から剥離し始めたかのような妖しさは、霊的な神秘と底知れない不気味さを煽っているかのようだった。
間違いなく……。動揺の色が強くなっている場に、数人の影が近づく。
「 ……悪いね簡単には帰せないんだ。 」
影は薄らいだ光に照らされて、ゆっくりと何者であるかを明確にしていった。
「 君達は未来を担う発展途上のヒーロー……。そして、貴方は現代社会を築き上げた礎であり……。象徴……。 」
雄英の生徒達に近づく足音の中でも、只の1人だけが語り続ける。
語り続ける声は、誰もが聞いたことのある声で……。特に少年・緑谷出久にとっては聞き覚えのある声だった。
この日の午後の騒動で言葉を交わした人物が……。記憶にも新しい人物の声が合致する。
「 こんばんは。ヒーローの諸君。
俺の名前はオキュラス。今から次代を造るヴィランの礎であり全ての象徴だ……。 」
無個性の芸術家として世に知れ渡っていた人物が、少年たちの前に姿を表す。
相も変わらず口元以外を覆う機械仕掛けのヘッドギアを装着しており、顔面の殆どを覆う大きな単眼レンズが妖しさを引き立てている。
オキュラスは両手を広げて満足げに自己紹介を済ませると、そのまま並列して立っている人物を紹介する。
並び立っている人物は1人……。厳格そうな表情で大柄な体躯を持つ老紳士だった。
「 こちらの御仁は俺を……。礎を支える守り神、スタチューとでも呼んでくれ。 」
起結市の何処かで複数の爆発音が成り……。悲鳴が鳴り響く。
街の奥の方では1棟のビルが倒壊しており、他にも何かが起きている事を示唆した。
「 オキュラスよ……。間も無く奴が戻る頃だ。裏方共も《くびき》を解かれて暴れているのだろう。 」
老紳士スタチューは目を細めて、ワイシャツの手首につけられているボタンを外して腕まくりを始める。
綺麗に肘の位置までワイシャツの袖をめくり、寮の手の拳を軽めにぶつけて臨戦態勢が整っている様を見せつけた。
「 手加減の無い戦いは久しぶりといった所か……。 」
スタチューの双眸から撃ち出される鋭い眼光がヒーロー達の方に向く。
その矢先だった。
まるで、夜の闇のような一陣の暴風が現着する。
漆黒の暴風はオキュラスやスタチューの横に並び立ち、雄英生徒達の前に立ちはだかる。
雄英生徒達の前に立ちはだかったのは全身が漆黒の影のような存在……。形も体躯も平和の象徴である全盛期を彷彿とさせていた。
無機物のように声を発する事も無く、息遣いすらしていない漆黒の影。
オールマイト本人と、少年・緑谷出久は驚愕を隠せなかった。
「 これは……。そんなばかな……。 」
「 ……黒いオールマイト? 」
突如として現れた3人の悪に……。
悪以外の誰もが度肝を抜かれる場で、この場で即座に戦える唯一のプロヒーローが考えを口にした。
相澤消太がゴーグルで目元を隠す。
「 ……ヴィランは横転したバスからコスチュームを取り出す暇なんて与えてくれないでしょう。
オールマイト、皆を頼みます。近隣には防衛網をしいたヒーロー達がいる。 」
「 相澤君(あいざわ くん)……。君、1人では……。 」
「 俺も直ぐに合流します。今は時間を稼ぐだけです。
……1年A組!!散開!!急げ!! 」
プロヒーロー・イレイザーヘッドが声を張り上げて、3人のヴィランに真っ向からの戦いを仕掛ける。
混迷が加速する場で1人の男が妖しく笑う。
「 創造を絶する全てが俺に……。フフフフフ……。 」
深まる夜の闇は地表の熱を、じわじわと奪っていく。
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