- 01話 -
新英雄アルバチャス
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目次
~戦馬車を称える記念館に訪れた流れ者~
表 と 裏……。上 と 下……。あらゆる物の見え方が変わる境界は 必ず存在する……。
…………。
……。
手に持っている パンフレットの ページを 何気なしにめくっていくと……。
聞き取りやすい音声と速さで、女性のアナウンスが流れている事に気がついた。
…………。
『 Arcana Barrage Chase System……。略称……。
( アルカナ バラージ チェイス システム )
Arbachas ……。
( アルバチャス )
…………。
それは……。
Arcana(アルカナ)の脅威に対処し、職滅行動の Barrage(バラージ)……。
追跡や追撃の Chase(チェイス)を行う System(システム)……。
最新鋭の技術が盛り込まれた ヒーローとして、ニューヒキダで怪人エイオスと戦う最後の切り札。そして最新の英雄。
APCが誇る アルバチャスや、今も復興の道を進み続ける ニューヒキダの歴史を ご堪能下さい。
本日は当記念館にお越しいただきまして、誠に……。 』
…………。
地方都市の 真新しい記念館の アナウンスの全容を聞き終えると、
おんぼろな服を着た1人の青年は、アナウンスに集中する中で 流し見ていたパンフレットからも視線を外して、館内に設置された巨大なモニターへ注目する。
そこには、先程の アナウンスでも 紹介された 怪人エイオスに 何者かが対処している時の 戦闘映像が映し出されていた。
左右非対称な 白い鎧を纏った戦士が 地上を滑るように滑走している。
遠距離からの銃撃を継続し、距離を詰めていくと 怪人からの肉薄した攻撃に 怯むこともなく 白兵戦に持ち込んでいった……。
あの白い戦士が パンフレットや アナウンスでも 紹介されている噂のアルバチャスだろう。
パンフレットに掲載されいる情報によると、エイオスと呼称される怪人は 単眼の爬虫類が直立したような外見的特徴を持つ。
その身体は異様な細さにも関わらず、硬質な外殻に包まれている事で、APCが開発した特殊な武装以外では傷1つ付けられないそうだ。
APCが保有する武装の中で 最たるものが アルバチャスなのである。
…………。
……。
白いアルバチャスは戦い慣れしているようだった……。
淀みのない動きには凄まじいものがあり、半年以内の映像記録だとしても モニターを見ている 観覧客を釘付けにする。
姿勢を大きく変えずに、滑走だけで 怪人との距離を細かく調整しては 攻撃と回避に使い分けて優位な状況を崩さない……。
身体の正面は常に怪人の方を向いており、円を描くように怪人の周りを絶えず ホバー機能で滑走しては、殴打や銃撃を加えていく。
怪人の動きが鈍りだすと、白いアルバチャスは映像の始まりとは逆に、
怪人に銃撃したまま 背中の方角に滑走で進み距離を取っていった。
それから 2~3秒程 後方へ進むと、自身の腰部側面に設置されているセンサーに触れる。
すると、センサーと同じ方角の中空には 4種類のロゴが ホログラムとして投影された。
白いアルバチャスは、その中から【P】の文字に似ているロゴを 力強く握った拳の甲で選択する。
…………。
『 Barrage Armed !! Function !! Pentacle !!
( バラージ・アームド !! ファンクション !! ペンタクル !! ) 』
…………。
白いアルバチャスが ロゴに触れた矢先、作動音が成り 綺麗な青色の 小さな光の粒が 白いアルバチャスの全身から溢れ出る。
その後は一瞬だった……。
白いアルバチャスが 滑走で急加速して 怪人に最接近すると、推進力の全てを攻撃に転換して殴打の嵐を怪人に叩き込でいく。
まるで……。
何頭もの戦馬が突進していくような 猛々しい猛襲だった。
怪人は なすすべもなく 何十発もの打撃に飲み込まれると、上空に弾き飛ばされて 爆散してしまう。
怪人 エイオスが 爆散した 中空では、青色の光の粒が煌めいている……。
戦闘映像の後には、白いアルバチャスの正式名称や 戦闘時に使用していた各種機能の簡単な紹介……。
更に、それらを応用した現在開発中の 一般販売用のグッズや、アルバチャスと ニューヒキダに関連する土産品の販促映像が流れていたが、 噂以上に力強い戦士の戦いは、おんぼろな服を着た青年の頭の奥に鮮烈に残った。
おんぼろな服の 青年は、興奮の余韻を いつまでも反芻させる。
………………。
…………。
……。
~聖地の兵舎と立役者~
おんぼろな身なりの青年が 記念館の映像に見入っているのと、遜色がない頃合い……。
ある 建物の 室内で 2人の壮年の人物が、今後を見据えて意見を交わしていた。
…………。
「 ……つまり。code-0-は 未だに画一的な制御が難しいと……。
ならば やはり……。
次の起動試験も望みは 薄いのかもしれないな。
code-0-のデバイスは 無期凍結としよう。 」
「 本当にいいのか ?
聖正(キヨマサ)、エイオスに対抗できる稀少な手段の 1つだぞ ?
確かに、最初期型の code-0-は 未だに想定通りの能力を発揮できていないが……。
稼働済みの code-7-を含めても デバイスには限りがある。
今は 丹内(タンナイ)君が code-7-を使用し 主力を担っているが、
18年前のように怪人が 群を成して現れたら 対処が間に合わないだろう…… ?
それに当時、怪人の群れを指揮した 強力なリーダー格の個体が出現したら……。
code-7-だけでは……。 」
「 君の考えは理解しているつもりだよ。特務開発部部長……。
天瀬慎一(アマセ シンイチ)……。
私の見立てでは……。
今後もエイオスは間違いなく増加するだろう。
18年と半年前の大災害以降……。
2~3年に 1体程度しか 出現しなかったものが、半年程前からは 1カ月に 1体……。
そして最近は 2週間に 1体と、再出現までの間隔が短く成っているからね。
ならば……。
今後の人類に必要なのは、替えの効かない 稀少で突出した英雄ではなく、
画一化された 数の総力で 対向出来る安定した兵だと思わないか ?
大切なのは 一定水準の戦力の維持さ……。
どんな英雄も歳を取り、常に留まる事は出来ない。
最優先事項は 標準化された能力や技術を、後に続く者に繋ぐ手助けだと……。
私は そう思うがね……。
今後は、実動班 Resist-Ace-(レジスト エース)の全員が、
現行型の 特殊小銃 W.C.P.S以上の武装を携行し、怪人への対処を行えるようにしていく。
そうすれば 1人の英雄に負担させている重責を和らげる事にもなるわけだ。
何も悪い事は無い。反対する理由は無いだろう ?
決定権は C.E.Oの私が持っているんだ。
近日中に code-0-を凍結する方針は揺るがない。 」
…………。
ニューヒキダで最も強い影響力を持つ企業 APC。
その社長室では、2人の壮年の男によって 数日前に行われた試験結果についての 意見交流が行われており、
試験結果を精査した後の方向性が 決まっていく。
この結果は、開発試験に屋台骨として携わり続けた 特務開発部部長にとっては 腑に落ちないものだった。
…………。
……。
code-7-の名で 呼称されている 白い鎧のアルバチャス……。
戦馬車の英雄 とも呼ばれる人物は、実動班 Resist-Ace-の訓練を終えて、 自分の所属とは異なる部署に訪れていた。
その理由としては、ある用件で 昔馴染みの友人を訪ねる為である……。
戦馬車の男は、体育会系を絵に描いたような坊主頭と 太く雄々しい眉毛、鍛え上げられた大きく逞しい身体が特徴的で……。
研究者や技術者が 多い特務開発部の A.B.C.S開発課では 非常に目立っていた。
昼時間近でも バタバタと 錯綜気味の研究畑の中を 慣れた様子で進んでいく……。
大きな身体でも 器用に すれ違い、軽い挨拶も欠かさない。何度も今回のように出入りしている事が伺える。
戦馬車の男が 友人の前に辿り着いた。
…………。
「 十一(トオイチ) 今いいか? 」
「 丹内隊長 お疲れ様です !
プロテインを 血液から食べるのは 身体に悪いと思いまーす ! 」
「 急にからかうなよ。
普段通りでいい。
それに Resist-Ace-は隊ではなく実動班だ。
……つまり俺は班長であって 隊長ではない。
プロテインについては、起床後、食後、帰宅後、就寝前に それぞれ経口摂取している。
頼んでた件の 状況を知りたい。 」
「 くどい、五月蠅い、面倒くさい。
俺が悪かったよ。
相変わらず 生真面目な所は 昔から変わらないね 空護(クウゴ)。
code-7-の出力の事だよね ?
ちょっと待ってて。 」
…………。
戦馬車の英雄と親しげな白衣の青年は、要件についての回答を用意しているらしい。
落ち着いた態度で断りを入れると、慌ただしく働く職員全体に午前中の業務の区切りを伝えた。
白衣の青年の一声は A.B.C.S開発課 含めて、特務開発部 全体の職員に 波及していき、先程までの状況とは真逆の静かなフロアへと変化させる。
戦馬車の英雄が、首から下げたスポーツタオルの端で汗を拭いていると
白衣の青年が自身のデスクに戻り、中断した話の続きをはじめる。
…………。
「 大丈夫。
アレは今の段階でも充分だよ。
今以上にするのは ちょっと人間じゃないかな。 」
「 全然 大丈夫じゃないだろ それ。
俺は出力向上を頼んだはずだ。 」
「 良いんだよあれで。
空護みたいな筋肉モンスターじゃなかったら あんなに身軽に動けない。
そもそも……。
バイタル基準の段階で不適扱いで、systemの起動すら出来ない。
俺は 今でも よくやってると思うよ。
皆も そう思ってるんじゃないかな……。 」
「 十一。お前……。
昔馴染みだからって俺を自然と貶す癖ついてないか ?
毒舌も程々にしないと、
親父さんや 真尋(マヒロ)ちゃんが悲しむぞ。 」
「 ……空護に提案なんだけど、交換条件なんてどう ?
code-7-の出力向上は……、
父さんに頼んだら断られるのが 目に見えてるから 俺に頼んだんだろう ? 」
「 交換条件 ? 」
「 そう。急ぎの案件だ……。
是非とも真尋に嫌われて欲しい。」
「 大丈夫か ?お前……。
話が見えんぞ ? 」
…………。
アルバチャスの出力向上についての話題は、昔馴染み故の気軽さからなのか大きく脱線した。
戦馬車の英雄は、白衣の青年の意図が いまいち掴み切れず 眉間に大きな溝を作り首をかしげる。
学生時代を共に過ごした聡明で気心が知れた友人は、妹の話題に成ると途端に理解不能な言動を簡単にしてしまう。
以前は頻繁に 3人で休日の余暇を満喫する事も有ったが、当時は特に変わった様子は無かった筈だった。
戦馬車の男が、実動班としての職務に割く時間が増えてからは 3人で過ごす時間も減っていき……。
今になって思うと 白衣の青年の奇妙な言動の数々は、その時期 以降だったかもしれない。
数秒考えて 自身が望む条件とも天秤にかけるが、
どうしても腑に落ちず 友人の意向に添えない回答を告げる。同時に友人の精神面の健康を案じた。
…………。
「 断る。
とてもじゃないが無理だ。
考えてもみろ、昔から知ってる兄妹の友人から
意図のわからない行動をされたら怖いだろ ? 」
「 頼むよ 空護……。
意図のわからない事して 嫌われてくれよ。一大事なんだ。
身近な年上は 変な筋肉だったって、知らしめてくれよ。
俺との友情に免じて……。何卒 !!何卒 !! 」
「 せめて訳を言え !
何が そこまで させるんだ !? 」
「 ……訳 ?
そんな事 口にしたら、俺は 生きていけないよ……。
頭の中の筋肉で 察してくれ。 」
「 ……どうかしてるぞ お前……。
働き過ぎじゃないか ? 」
…………。
半ば 常軌を逸した 白衣の青年に、戦馬車の男は 正面から向き合った。
それでも、現状に大きな変化は無く……。
珍妙な話の流れ弾は、更なる人物を巻き込んでしまう。
その人物は、坊主頭の青年や 白衣の青年と 同年代程度の人物で、同フロアの別の デスクで 黙々と仕事に打ち込んでいる人物だった。
………………。
「 そうだね。どうかしてたよ。
身体の 90%以上が 筋肉で出来た 空護に言っても 伝わらないなんて知ってた筈なのに……。
……夢川さん何か良い方法無いかな ?
聞こえてるよね ? 」
「 ………急に 変な話題ふらないでくださいよ。
午前の進捗状況含めて 天瀬部長への報告は私がしておきます。
お昼行ってきて良いですよ。
私は まだ別件でやる事が有るので……。 」
…………。
白衣の女性は、流れ弾の被弾にも 淡々と受け答えた。
まるで 流れ弾等 無かったかのような振る舞いで 業務に戻る。
これを 変化の兆しに変えたのは 戦馬車の男だった。
………………。
「 だってよ 十一。
続きは食堂でしよう。
何が有った ?
もしかして真尋ちゃんと喧嘩でもしたのか ? 」
「 ……喧嘩なんてするわけないだろ。
今も仲睦まじい兄妹さ。 」
「 元気出せよ。今日の日替わりは なんだろうな。
最近食堂のメニュー美味くなったよな。 」
…………。
戦馬車の英雄は、精神面に難ありと思われる 馴染みの友人を半ば強引に牽引する。
変な話題に巻き込まれた難儀な女性職員に 軽く手で挨拶をして食堂へ向かっていった。
………………。
…………。
……。
~引き合う 要の切り札~
妹を溺愛する白衣の青年が、
昔馴染みの友人と共に昼食の ビーフシチューを食べている頃……。
白衣の青年の自宅では 若い女性が 1人 遅い昼食の準備を進めていた。
今日は休日らしく 仕事に向かう父と兄を見送ってからは、
1週間分の料理の仕込みや 今日の家事を終わらせて、余った材料を使った 自分用の昼食を作っているようだ。
女性は 昼食を食べ終えると 手早く洗い物を片付ける。
余暇の時間を捻出し、午前中の買い出しついでに 購入した雑誌を リビングのミニテーブルで広げた。
雑誌には 数々のレシピが掲載されており、単純に栄養バランスが整った日常向けの記事の他に、
本格的に 身体を作るための脂質を抑えダイエット向けな記事等、複数のジャンルに分けられて特集されている。
多くの 記事に目を通しながら、気になったページに 付箋を貼り付けてメモを取っていると、
すっかり熱中してしまい雑誌から視線も外さずに付箋を探るように成っていく……。
どれ程時間が経過したのか 意識すらしない中で……。
ミニテーブルの端に伸ばした手が 触り慣れない物に当たった事に気が付いた。
手元の方に視線を送ると、自分を含めても家族の誰のものでもない スマートフォンが視界に入る。
端末には電源が入っておらず、スクリーンは暗転していた。
…………。
「 なにこれ。
お父さんか お兄ちゃんの忘れ物…… ? 」
…………。
これまでに見た事のない機種に怪訝な印象を持ち、静かに頭の中で整理する。
記憶を巡るが、自分の物ではないし家族のスマートフォンとも異なった。
かといって最近自宅に誰かを呼んだ事は無い筈だ。
もしかすると……。
父や兄が、勤め先の APCから 誰かの物を間違って持ってきて返し忘れているのか……。
それとも……。
ニューヒキダを復興した程の企業が、新たに手がける商品の試作品なのかもしれない……。
判然としないが 考えられるのは こんな所だろうか。
何気なく 端末の背面を見ると、最近では メディアでも見かける様になった見慣れたロゴマーク……。
【 from APC 】の表記を見つける。
端末の背面下部には ロゴの他にも、この機種の名前や品番と思われる数字も記載されていた。
…………。
「 A-device( エー デバイス )?
機種番号が0なら、やっぱり試作品かな……。 」
…………。
敬意は不明だが 謎の機器の出所に予測が付いて安堵する。
その一方で、父や兄から聞いたことも無い品である事に変わりはなく、
これが仮に試作品ならば今すぐ届けた方が良いような何かを感じ取った。
父や兄がいる特務棟には 入れないかも知れないが、受付で要件を言えば父と兄のどちらかがロビーまで受け取りに来るだろう。
何度か考えた末に、どうしても気に成って今日中に届けようと思い立つ……。
幸いな事に……。
自宅から APCまでは、高台に有る公園の近くを通れば 10分もかからない。
それに 兄と親しい友人にも会えるかも知れない。
打算も あったが忘れ物を届けようと決めて 女性は準備を急いだ。
………………。
…………。
……。
~愚か者~
おんぼろな服を着た青年は、ニューヒキダの中でも見晴らしの良い高台の公園に訪れていた。
街を見渡せる景色と、静かな風に心地よさを感じてベンチに座る。
リュックから 記念館のパンフレットを取り出して、白いアルバチャスの戦闘映像の感動を噛みしめていると、
昼食を取り損ねた事を思い出させる 香りに気が付いた。
青年は 食欲を刺激する方角へと引き寄せられていく……。
公園から 少し外れた場所に 見覚えのあるキッチンカーが停車していた。
販売している メニューを確認しようとして、近づいていくと聞き覚えの有る声が話しかけてくる……。
…………。
「 調度、開店するところなんだ。
お客さん運が良いって言われない ?」
…………。
人の気配を感じ取ったのか……。
キッチンカーの裏から 看板を持っ男が 姿を現した。
男は 40代半ばの陽気な空気を漂わせる人物で、恐らく店長なのだろう。
店長と思われる壮年の男は、おんぼろな服を着た青年を見ると 目を細めて更に続けた。
…………。
「 ……あれ ?
お客さん どこかで……。
あ !! たしか……。
ここ来る途中の 海岸線沿いを歩いてた バックパッカーみたいな兄ちゃんか ?
本当にあの距離歩いて来たのか ?
確か名前は………。 」
…………。
数時間前 まで 壮年の男の記憶は遡った……。
この日の 早朝の 出来事である……。
キッチンカーの店長は、地方都市ニューヒキダに続く 海岸線沿いの国道で、自慢のキッチンカーを走らせていた。
というのも……。 過去の大災害から復興した目的地は 好景気に沸いているらしく、最近では唯一無二のバトルショーを目玉に、観光地としても注目されている。
ならば ニヒルなミドルの自分が作る ブリトーも需要が見込めるだろうと青写真を描き、
海岸線沿いのドライブを楽しんでいたのだ。
国道は海と山に挟まれており人里も長らく見当たらない。
たまに見かけるのは、休憩を目的としたドライバー用の自販機や トイレが併設されているだけの 簡素な駐車場のみである。
地方都市まで車で、20分程に差し掛かった所で 木の枝を杖にして歩いていたのが青年だった。
その時に、物見遊山で ニヒルなミドルから声をかけて 2人は軽く自己紹介を済ませていたのだ。
とはいえ、数時間ぶりの再開は思ってた以上に早く、どちらにとっても考えの外だった。
ニヒルなミドルは青年の名前を完全に思い出して会話を続ける。
…………。
「 覚えてるか ? 俺の事。
今朝、このキッチンカー運転してたニヒルなミドルが話しかけただろ ? 」
「 もちろん 覚えてるよ…。
っと、たしか……。マッケンジーさん !!
調度なにか食べたかったんだ。 」
「 巻健司(マキ ケンジ)だ。
うろ覚えで略すんじゃないよ !
まあいいや……。
折角だし、店 自慢のブリトーと スムージー奢ってやる。何がいい ? 」
…………。
数時間ぶりに遭遇した顔見知りの 2人は再開を祝した。
おんぼろな服を着た青年が空腹を満たしていると……。
ニューヒキダでは 2週間ぶりの警報が鳴り、近くに設置されたモニターが街の どこかの監視カメラの映像を映す。
モニターには映像元の区画情報や テロップでも情報が補足された。
警報が落ち着くと映し出されている場所で 何が起きたのかを 簡潔に説明するアナウンスが流れる。
…………。
『 緊急速報です。 F-04 地区にエイオスが出現しました。近くに居る方は直ちに避難してください。
緊急速報です。 F-04 地区にエイオスが出現しました。近くに居る方は直ちに避難してください。
現在、APCの実動班が対処に向かっております。大変危険ですので…… 』
…………。
落ち着いた調子のアナウンスと モニターの映像に青年が注目する。
程なくして、記念館で見た映像のように 白い戦馬車のアルバチャスが、
ホバー走行で駆けつけては 怪人エイオスへ攻撃をしかけている様子が確認できた。
アルバチャスは相変わらず地上を滑るように移動して 流れるような動きで スラローム射撃を行っている。
安心感のある戦いの間には、実動班が逃げ遅れた人の避難誘導や 怪人への警戒を行っているようだ。
この街 名物の荒事が発生したようだったが、戦闘が行われている場所は青年が居る場所からは大分離れているらしい。
それでも 記念館の編集された映像とは異なり、独特の重厚な雰囲気に緊張感が高まっていく。
…………。
……。
エイオスの出現を知らせる警報は、APCに向かう若い女性も 自宅を出てから数分が経過した頃に耳にしていた。
女性は慣れた様子で、自分の スマートフォンのアプリから戦闘区域の確認を行う。
…………。
「 F-04なら、ここからかなり離れてるし……。
APCまで 5分も かからないから大丈夫かな……。 」
…………。
現在の自分が居る区域は、今回の怪人の出現区域からは離れており、既にアルバチャスも出動しているなら……。
手早く判断し APCへと向かう歩みを再開させた。
その途上で、ある一点だけ気がかりな事に思い当たる。実動班勤務の兄の友人の安否だ。
父や兄は実動班の勤務では無い為 安心だが、
例え年内の殉職者が無かったとしても 実際に避難誘導などを行う場に従事する役回りは、不意な事故が起こらないとも限らない……。
女性は 心の内側の靄のようなものを 誤魔化そうと思い立ち、
手に持った水色のバックから APCへ届けるスマートフォンを取り出した。
……そこで スマートフォンが変化している事に気が付く。
電源が OFFから ONに変わっており 淡い青色を背景に、
白い光の粒が集中線状に流れていく スクリーンセーバーが立ち上がっているようだ。
タイマーで電源が ONに成ったのだろうか ?
女性が思案していると再び街に警報が鳴り響く……。
その警報は先程と同じく、怪人エイオスの出現を示唆するものだったが、
女性は異常事態の原因にアナウンスが流れるよりも早く気が付いてしまう……。
目の前の 20メートル程先……。
空間が歪み 青白い光が集積すると光は次第に人型を形作っていき、例の単眼の怪人が出現したのだ。
女性は気が動転し、後ずさりすら思い通りに行えず声の出し方も一瞬で忘れてしまう。
…………。
「 …………ッ……!! 」
…………。
これまでは……。
同時に複数の怪人が現れた事は無かった。
安心しきっていたのだ。
女性の頭の中の奥底だけが妙に冷静で、複数の怪人が同時に出現した前例を思い出す。
かつて この ニューヒキダを中心にして、辺りを 1日足らずで 廃墟同然まで壊滅させた過去の大災害だ……。
頭の中だけが動き 身体を動かせない女性に、単眼の怪人エイオスが 1歩ずつ近づいて来る。
女性の耳がやっと音を正常に捉えた……。
…………。
『 緊急速報です。 A-15 地区にエイオスが出現しました。近くに居る方は直ちに避難してください。
緊急速報です。 A-15 地区にエイオスが出現しました。近くに居る方は直ちに避難してください。
尚、F-04 地区のエイオスへの戦闘処理は現在もアルバチャスによって続けられており……。
A-15 地区に出現した エイオスについては………。
…………。……大変危険ですので A-15 地区からは直ちに避難…………繰り返しま……。』
…………。
女性の思考は再度鈍重になる。
…………。
「 ……アルバチャスが 来ない !? 」
…………。
女性は半歩すら後退り出来ない。
怪人エイオスは既に、3メートル前にまで迫っていた。
1歩、また 1歩と にじり寄る……。
けして早くは無い怪人の歩みは、惨たらしい被害を保証するには充分な速度だった。
APCからは、既に実動班 Resist-Ace-の 4個班が出発していたが、女性の耳にはアナウンスもモニターの映像も届いていない。
女性の精神は際限なく追い詰められており、極端に視野が狭まっていた。
西側に傾き始めた太陽が作り出す影は 怪人が漂わせる異質さを際立たせる。
…………。
……。
ニューヒキダで唯一の アルバチャスが F-04 地区に出現した怪人と交戦している合間……。
新手の怪人が A-15 地区に現れた瞬間から、
APC職員の殆どは未曽有の異常事態への対処に頭を抱え、白衣の青年すらも妹の危機に冷静ではいられなかった。
訓練を受けた実動班は 常に複数の班が待機してはいるが、
エイオスへの戦闘処理に アルバチャスが起用されるようになったのも、生身での戦闘は非常に危険だからである。
生身での戦闘を考慮するのであれば……。概算で 20人がかりでも決定打に欠けるのが実情なのだ。
推定では、3個班の総員 30人程度で 1体の怪人への対処が理想とされているが……。
あくまでも 推定であって昨今の戦闘処理は、アルバチャスに集積されていた。
長らく生身の実動班のみでの戦闘処理は行われていない。
もちろん……。これでも現状は対応に不備があった事は無かったのだ……。
Resist-Ace-の 4個班が A-15 地区に向かってからも、APCでは 出来うる事は無いか 絶え間なく議論を重ねた。
怪人と 女性との距離は、既に互いの手が届きそうな程にまで迫っており、いよいよ 人的被害が 発生しようとしていた。
エイオスが 両腕に鈍器のような形状の 青白いエネルギーを形成し振り上げる。
女性は その光景を瞬きすら出来ずに両目に涙をためて傍観していた。
A-15 地区で轟音が地面を揺らし 綺麗に舗装されていた住宅街の道路に小さなクレーターを作る……。
…………。
……。
怪人エイオスの両腕は 石材を砕いたが、先程まで硬直して立っていた女性が、怪人の片腕に潰されることは無かった。
…………。
……。
「 大丈夫か ?
立てるか ? 」
…………。
クレーターの近くで、へたり込む女性に 1人の青年が寄り添い声をかける。
それは 女性が殴り伏せられる直前の事だった……。
おんぼろな服を着た青年が 駆けつけて ギリギリのところで引き寄せて事なきを得たのだ。
ほんの何分か前……。
青年は遅い昼食でブリトーを齧りながら モニターの映像を観覧していたが、2度目の警報を耳にすると ある事にきがついた……。
アルバチャスの対応が確実に遅れる A-15 地区に、女性が いる事である。
以来……。実動班が来るまでの間だけでも、場当たり的に助けられるように駆けつけたのだ。
…………。
「 え ? ………え ? 」
「 逃げるぞ !! こっちだ !! 」
…………。
青年は女性の手をしっかりと掴み立ち上がらせると、驚異の根源から距離を取ろうと走り出す……。
怪人は獲物が逃げた方角に無感情に向き直って 追跡を試みる。
……そこへ 怪人の歩みを阻害する 何者かが到着した……。
先程 APCから出立した 実動班の 4個班が現着したのだ。
実動班は 対エイオス専用小銃 W.C.P.Sの銃撃による 掃射で 怪人の歩みを阻み始めた。
実動班 Resist-Ace-の小銃による弾幕は、怪人を怯ませているようだった。
…………。
「 弾幕を途切れさせるな !!
民間人の避難を援護する !!訓練通りだ 5名は護送の為に避難誘導として動け !! 」
…………。
班を指揮する人物が戦況の変わり目を認識したのか、
40人中 5人を避難誘導の要員として、青年と若い女性が駆けていった方角へ向かわせる。
残る 35人の実動班から、怪人に弾幕が撃ち込まれた。
怪人は再び鈍器のような形状の青白い光で両腕を包むと、
そこから波紋のように薄い皮膜を作りだし、自分の身を護るように全身に行き渡らせていく。
光の被膜が妖しく明滅すると 徐々に それは薄れていき、
これが完全に消え去ると 怪人エイオスの形状は これまで目撃されたものとは異なっているようだった。
両腕は 青白い光で形成した鈍器のように膨れており、体中に青白い光りをまとっている……。
そのせいなのか、今まで効果を示していた特殊な弾丸では、かすり傷すら付けられなくなっていた。
…………。
「 射手、射撃を止め !!
訓練通りアルバチャス 到着まで、格闘戦で時間を作れ !! 」
…………。
数人の班員は、この場で実動班を指揮する男の号令によって 瞬時に手段を切り替えて戦闘を継続した。
徒党を組んで W.C.P.Sの銃剣部分や装甲部分を利用した接近戦を仕掛けていく……。
訓練通りに 怪人の様子を伺いながらも、生存を念頭に置いた動きで時間を稼ごうと牽制し 怪人を取り囲んだ。
…………。
……。
戦馬車のアルバチャスが戦っている地区……。 F-04 地区では……。
A-15 地区に出現したエイオスが形質を変化させたタイミングに呼応するようにして、 F-04 地区の怪人も形質変化を起こしていた。
異なる点としては その変化には差異があり、エイオスの変化は 長大に変容した片腕だけだった事……。
長大に変容した形状の片腕の掌からは火球を放ち、
戦いに慣れた 白いアルバチャスを爆炎に閉じ込めては 苦戦させる。
…………。
……。
おんぼろな服を着た青年と、彼に手を引かれる若い女性は、
高台の公園に繋がる幅の広い 何十段にも及ぶ階段を昇っていた。
気が動転したまま夢中で走り続けているからか、普段ならなんでもないであろう距離でも女性の表情は苦しそうだった。
彼女の手を掴み牽引する青年もまた、余裕はなかった。
誰かの為に周囲を警戒しながら走る事で、思っていた以上に神経をすり減らしている。
普段なら無尽蔵に近いと思える自慢の体力の摩耗も自覚できた。
……とはいえ、青年には策が有った。
早朝 以来の顔なじみで、親しい間柄になった巻健司である。
高台の公園まで辿り着ければ 巻のキッチンカーで安全圏まで避難する事が出来る筈だ……。
これを狙い、事前に頼んでいたのだ。
…………。
……。
青年の策は ここまでの道中で女性にも共有も済ませており、互いの名前すら知らないまま、ひたすら高台の公園を目指す。
そんな最中だった。青年は異様な気配に思わず足を止めて 後方を目視してしまう……。
青年が感じ取った嫌な予感は的中した。
鈍い音や悲痛な声と共に気配の方角から Resist-Ace-班員の数人が階段の下方に吹き飛ばされて来たのだ……。
エイオスと呼称される怪人の姿も、先程とは異なる ずんぐりした姿に変異しており 目視できる距離に迫っていた。
青年と女性は 再び血の気が引く……。
急いで 階段を昇りきると、出発準備を整えていたキッチンカーに駆け寄って、
綺麗に片づけられた従業員用スペースの荷台に どうにか乗り込んだ。
…………。
……。
ニヒルなミドルは、自分のキッチンカーに 青年と女性が乗り込んだのを確認し 車のアクセルペダルを踏んだ……。
青年と女性の 表情から原因を察して、打ち合わせ通りに車での避難を速やかに開始する。
スポーツカーの様に スピードが特別に出るわけでは無いが、一定量の食材などを積んでも長距離を走行できるなら……。
いくら相手が 怪人とはいえ、逃げ切れるだろうと、青年も想定していた。
巻健司がアクセルを踏み込み、順調に回転数を上げて速度を出して走らせる。
高台の公園から離れて 下り坂をキッチンカーが走る。
市街地に続く平坦な傾斜の緩やかな道に差し掛かった頃、
巻健司が 2人の若者の緊張を和らげようとしたのか、明るい雰囲気で口を開く。
…………。
「 危なかったな。
コイツが間に合って良かっ……… 」
…………。
突然の衝撃と大きな衝突音だった。
青年が 五感で感じ取っている間に キッチンカーが横転する。
先程の ずんぐりした怪人が いつの間にか接近し 殴り飛ばしたのだった。
不意の強襲によって、キッチンカーに乗車していた 3人は身体を痛めて思考を途切れさせてしまう。
この状況で 意識を戻したのは青年だけだった。
脳震盪(のうしんとう)による吐き気に堪えながらも、
同乗していた 2人を なんとか車内から助けだすが、既に万策尽きており 視界はぼやけて朦朧としている……。
青年の後ろには今朝からの顔なじみで恩人でもある巻健司と、
もう少しで 助かりそうだった 女性が横たわっている……。
ずんぐりした怪人が にじり寄るが、意識のない 2人が気を失っているだけなら……。
尚更、この場を離れるわけにはいかなかい……。
おんぼろな服を着た青年は、自身の首元にぶら下がっている年季の入った御守りを握り、
数秒間で無理矢理に呼吸を整えると腹を決める。
肝の据わった眼で怪人を捉えて、無心で走りだし 生身での肉弾戦を仕掛けていった。
しかし……。
怪人の身体は青年が知る あらゆるものの中でも異質なほど硬く、
怪人が軽く片手を振り回すだけで、青年の身体は数メートル に渡って吹き飛ばされてしまう。
自由落下で地面に叩きつけられた衝撃は、青年の呼吸と思考を一時的に途切れさせるには充分だった。
それでも……。
痛覚が曖昧になってくる状況でも……。
青年は意識を手放さず、立ち上がろうと自身を奮い立たせる。無言のまま 自分を鼓舞した。
そんな時だった。
自身の上半身を起こすだけでも 腕が震える青年の耳に、聞いたことの有るような音声が入り込む。
…………。
『 Arcana Barrage Chase System!!Anytime, please...
Arcana Barrage Chase System!!Anytime, please... 』
…………。
青年は自身の目の前に落ちている端末に気がつく……。
スマートフォンのような端末のスクリーンには先程の音声と同様の文字が映し出されており、
その文字が記念館で見た 切り札の英雄 を表すものだと直ぐに思い当たる。
何気なしに それを手にした……。
…………。
『 Hello ! New Heroes. Who are you ?..
Hello ! New Heroes. Who are you ?.. 』
「 ……ハハハ。
こんな時に…… 呑気な言葉だ……。
……こんにちは……。ヒーローお前の名前は ?……か。
………どうにでもなれ、ダメで元々……だ…… !! 」
…………。
半ば自棄に成りながらも端末を持ったまま立ち上がる。
小さく息を吸い込んで、アナウンスされた1つの問いに 青年が力強く答えた。
…………。
「 有馬要人(アリマ カナト)!!
俺の名前は……。有馬要人だ !!
頼む。俺に力を貸してくれ !!
アルバチャス !!
起動 !! 」
『 Arbachas code-0- !! The Stupid Function !!
( アルバチャス コード ゼロ !! ストゥピッド ファンクション !! ) 』
…………。
青年 有馬要人が端末に投げかけられた質問に答えると、
端末から発せられる光の明滅は 現在の空のように 優しいオレンジ色に移ろっていった。
すると、正規の試験では只の 1度も作動しなかった デバイスが起動し 効力を発揮する。
デバイス内からあふれ出た 光の粒子が 外殻装甲を展開して、
有馬要人を赤と黄色の派手な道化のような姿へ変身させていく。
道化のアルバチャスは 臨戦態勢が整った意志を 目の前の怪人に向けて力強く言語化してみせた。
…………。
「 ここから俺が !全てをひっくり返す !! 」
………………。
…………。
……。
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